萌えフェス会場 -ルヒティンの刻-

『今朝早くに、テアにお使いを頼んだんだけどね。
ずいぶん経つけど、まだ戻ってきてないのよ。
朝ご飯もまだだし、そもそも寄り道するような子じゃないし。
まあ、いつものように迷ってるかもしれないんだけど。
まさかとは思うけど、帰り道に何かあったりすると心配だから…
クルム、ちょっと探してきてくれないかしら?』

下宿先、ネルソン商会の店主夫人にそう言われ、クルムは朝食を終えるとテアを探しに出かけていた。
とりあえず、テアが使いを頼まれたという店に行き、彼女は使いを終えてもう帰ったということを聞いたのだが…
「…また、迷っちゃったのかな…」
クルムは少しの苦笑と共に呟いた。
実はテアは極度の方向音痴で、一人で歩かせると必ずあらぬ方向に行ってしまう。
散々迷った挙句に、なぜか最期には不思議と目的地に辿り着いてしまうので、結果オーライというところなのだろうが…
そのテアに使いを頼むのがそもそも間違っているのだろうが、まさかこんな近くで迷うとはさすがに思わなかったのだろう。
クルムは念のため、普通は行かないだろうと思われる方向に足を伸ばしてみることにした。何せ彼女の方向感覚は常識では計り知れない。
きょろきょろとテアを探しながら歩き回っているうちに、なぜか妙に人の多い場所に出た。
「…あれ?オレまで迷っちゃったかな…ここって確か……」
「あー!クルムお兄さんだー!!」
きょろきょろと辺りをうかがうクルムに、後ろから素っ頓狂な声がかかった。
驚いて振り向くと、そこには。
「あれ、かるろ?!」
褐色肌の小柄な少年、かるろが陽気に手を振っていた。
「あ、え?じゃ、じゃあ、ここは」
改めて辺りを見回して、ここが去年も来た妙なイベントの会場だということに気づく。
思えば、このかるろ少年にもここで初めて出会ったのだった。
あの時と同じように、嬉しそうな顔をしたかるろがクルムの元に駆けてくる。
「なになになにー?新たな扉を開く覚悟が出来たのーーー?」
「新たな扉って、え?オレ、人を探してて……」
「そんなクルムおにーさんにびーっぐちゃーんす!!」
聞いちゃいねえ。
かるろはイベント時独特の妙なテンションで、びっと人差し指を上に突きつけた。
「今の時間はまだサークル参加のひとしか入っちゃいけないんだ―。
けど、なんと!今日売り子さんが急に来られなくなっちゃって、チケットが一枚あまってるんです!ででん!」
「さーく……売り子?チケット?」
訳のわからない単語の羅列に戸惑うクルム。
「やだなーそんなクルムおにーさんを急遽売り子として使おうとかそんなこと思ってるんじゃないよー?あくまでも新たな世界の扉を開くおにーさんへの餞として出来る限りのことしてあげたくて、出来ればそのついでにちょこっとだけ売り子手伝ってくれると嬉しいかな―なんて思ったりなんかしちゃったりするんだけど」
かるろはひとりでテンション上がりっぱなしだ。これは危険な香りがする。
「や、あの、オレは…」
クルムがまごまごしていると。
「やや!そこな御仁はもしやかるろ氏ではあるまいか?!」
後ろから、こちらも妙に聞き慣れてしまった微妙な言葉遣いの声がかけられ、クルムとかるろはそちらを振り向いた。
「あ、ムサカさーん。おはよーございますぅ」
慣れた様子で手を振るかるろ。この妙なナノクニ風口調の男性はムサカというらしい。美味しそうな名前だ。一歩間違うと人がゴミのようになりそうだ。
ムサカと呼ばれた男性は嬉しそうにかるろに駆け寄った。
「このようなところでお会い出来るとは、運命を感じますなあ!」
「あははー大げさだよー。でもここでムサカさんに会えるとは思わなかったなー、こっちのイベントにも興味出てきたの?」
「お恥ずかしながら、かるろ氏のミューたんフィギュアのいたく感銘を受けまして、このような出会いがあるのならこちらの世界に足を踏み入れるのも良いかと思った次第。一念発起して今日、こちらに参上つかまつったのですぞ」
「そうなんだー、ムサカさんがこっちに来てくれるのは嬉しいなー」
こっちとかそっちとか、いまいちよく意味はわからないが、どうやらこの男性もこのイベントに来るのははじめてであるらしい。
クルムはチャンスとばかりにかるろに話しかけた。
「え、ええと、かるろ。さっき言ってたチケット、この人にあげたらどうかな?」
「え?」
きょとんとするかるろ。
逆に、男性の方はさらにヒートアップした。
「なんですと?!かるろ氏、サークルチケットをいただけるのであるか?!」
「や、でも、クルムおにーさんが…」
「オレは偶然ここを通りがかっただけで、実はこれから行かなくちゃいけないところがあるんだ。この人も、その、サークルチケットとかいうのがないんだろ?だから、この人にあげてくれよ」
「んー……クルムお兄さんがそう言うなら……」
「どこのどなたか存ぜぬが、かたじけない!ささ、かるろ氏!そうと決まれば早速直行であるぞ!」
「はーい。それじゃクルムお兄さん、またねー」
「ああ、それじゃ」
ムサカを連れて建物の方に歩いていくかるろを見送って、クルムはほっとため息をついた。
「早くテアを探さないと……」
くるりと踵を返し、会場出口の方へと歩き出す。
と。
「あれ、クルムじゃん」
またも見知った顔と行きあった。
懐かしい顔に、クルムの表情がぱっと和らぐ。
「カイ!久しぶり」
なにやら布に包まれたものを持ったカイに駆け寄ると、カイも嬉しそうに相貌を崩した。
「久しぶりだね。ていうか、何でこんなところにいんの?
……まさかクルムもこのイベントに?」
「い、いや、違うよ!」
途端に嫌そうな表情になるカイに、慌てて全力で否定するクルム。
「カイこそ、どうしてこんなところに?」
「あたしは、ミルカに荷物を届けに来たのよ。忘れものしたとかで」
「ああ、ここにミルカが……」
してみると、去年見かけたのもやはりミルカだったのだろうか。
「で、クルムは?」
「ああ、オレは人を探してるんだよ」
「人を?」
「うん。あ、カイなら知ってるかな。テアっていう女の子なんだけど……カイと同じ学校に通ってる」
「テアって、システィア・フォルナートのこと?」
「そう!」
話が通じたことが嬉しかったのか、勢いよく肯定するクルム。
「カイとも知り合いなんだな」
「そうだね、ミルカと仲良いと大抵あたしともつるむことになるし」
「テアは学校ではどう?」
「んー…学科が違うから勉強の様子はわからないけど、優しいいい子だね」
「そうか」
自分が誉められたわけでもないのにとても嬉しそうに微笑むクルム。
「で、なんでクルムがテアを探してんの?知り合い?」
「ああ、そうか知らないんだ。テアとオレ、同じところに下宿してるんだよ」
「えっ、一緒に暮らしてるの?!」
「そっ、そういうわけじゃ!」
盛大に誤解するカイに、クルムは赤い顔で慌てて否定した。
「えっと、同じ家庭に下宿させてもらってるんだよ」
「ああ、なんだそういうこと。若いのにやるなあと思っちゃったわ」
「やるなあって……」
赤い顔のまま複雑そうな表情をするクルム。
「テアなら、さっき会ったよ」
「えっ、本当に?」
さらにカイの口から有力情報を得られ、クルムは身を乗り出した。
「うん。お使いの帰りとか言ってたかな?全然違う方向に来てたからこっちだよって言ったんだけど、その後中央公園の方に行っちゃったよ。大丈夫かな…」
「中央公園だね、わかった。ありがとう、カイ」
クルムは礼を言って早速駆け出した。
「うん、気をつけてね」
カイはそれを手を振って見送ってから、自分も本来の目的に戻っていった。

それからしばらくして。
「ラージサイトヴィーダとは……ここでいいのか?」
オルーカが辺りを物珍しそうに見回しながら歩いてきた。
もっとも、外見はオルーカでも今彼女の中にはアルディアの意識が入っているのだが。以下、中の人の名前で呼ぶことにする。
アルディアの傍らには、心底うんざりした表情のエルブラン。
彼が何故このイベントのことを知っているのかは永遠の謎だが。
「しかし、こう人が多いと…くだんの『司祭』とやらを見つけるのは一苦労だな」
アルディアは少し困った様子でため息をついた。
一般客の入場時間も迫り、辺りはさらに人でごった返している。入場する為の列は整然と作られているのだが、待ち時間の間にトイレに行ったり飲み物を買ってきたりする者達だけでも十分な混雑を生み出していた。
オルーカの僧院のワービーストに頼まれて、このイベントに参加している司祭への使いを頼まれたはいいが、肝心の司祭が誰なのか判らない。とはいえ、オルーカの姿をしているのに司祭の人相風体を訊くのも不審だ。
「さて、どうしたものか……」
と、アルディアが心配するには遠く及ばなかった。
「うはwwオルーカktkr!!ギザ出来た信徒系ですなぁ!」
急に横手から声をかけられ、驚いて振り返るアルディア。
するとそこには、一応司祭のローブらしきものをかぶった中年男性が、喜色満面でアルディアに近づいてくるところだった。
「小銭足りなくてもうだめぽwwと思ってたりなんかしちゃったりして!」
この口調は流行っているのだろうか。流行るにはずいぶん古いと思うのだが。今更ながらご冥福をお祈り申し上げます。
突然声をかけてきて訳のわからない言葉を喋っている男はありていに言ってかなりキモかったが、オルーカの名前を呼んでいるということはこの男がくだんの司祭なのだろう。アルディアは驚きつつも、ネイトから預かった包みを司祭に渡した。
「…どうぞ」
「フヒヒ、確かに!
というかオルーカ、ちょっと来なさい!私はこれから『ルナティック・マリヤ』様の新刊を転売ヤーから守るという崇高な使命を果たしに列に並ばなくてはならない系なので、その間スペで売り子をしていなさい!」
「は?」
いきなり手を引いて歩き出そうとした司祭に、アルディアは驚いた。
「もちろん私が帰ってきた暁には、並ぶ必要のないサークルにお使いをしてもらって……ああ!えすたる亭様には私が直々にご挨拶に参りますからな!その後はそうですな、メイドのコスでもしてもらって……」
「いい加減にしろー!」
ごす。
司祭が垂れ流す妄想に我慢の限界を超えたエルブランが後ろから司祭をどつき、そのままアルディアの腕を取った。
「行きますよ、アルディアさん!」
「しかし、この人が……」
「いいから!」
素直に手伝う気満々だったらしいアルディアの腕を強引に引っ張って、エルブランは足早に人ごみを抜けていった。

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萌えフェス会場 -ミドルの刻-

「ずいぶん迷ってしまったけど……ここが、くだんの会場、でいいのかな……」
ようやくラージサイト・ヴィーダに到着したフィズは、会場いっぱいにあふれ返る人の波にあっけに取られていた。
「これは……想像していた以上だね…カイの言う事も大げさじゃなかったんだ…」
苦笑して頭を掻く。
季節はもうすっかり冬だというのに、ここだけ真夏のような熱気だった。整然と並べられた机の間に、少しの隙間も埋めんばかりに人がひしめき合っている。皆一様に大きな紙袋を手に下げ、血走った目をして足早に歩いている。走っている者はスタッフらしき者に止められているので、歩いて出せる限界の速さに挑戦しているようだった。
どうやら未知の世界に迷い込んでしまったらしい、と思いながら、フィズはこの人の波の中に入っていくかどうか迷っていた。
確かにカイの言う通り、この中から恋人を探すのは並大抵のことではない。どこにいるのかという手がかりすら全くない状態なのだ。カイならば何か知っていたかもしれないが。
「……仕方がない、かな……」
ここはおとなしく帰って彼女の帰りを待ったほうが良いだろう。ただでさえ、神のいたずらか、すれ違うことの多い2人なのだから。もっとも、その神はおそらく金髪の化粧美人なのだろうが。
そう思い直し、踵を返した時だった。
「うわっ」
真後ろに見知らぬ男性が立っていたことに、フィズは驚いて後ずさった。
「ご、ごめん…よく見ていなくて」
もしかしたら男性の進行を邪魔してしまったのだろうかと思い、申し訳なさそうに謝ってみる。
しかし、男性は、にたあ、と気味の悪い笑みを浮かべると、フィズが後ずさったぶんだけ踏み込んできて顔を近づけた。
「君!」
「っはい?」
あまりの迫力に気圧されるフィズ。
男性はフィズに限界まで顔を近づけて、そのまま匂いでもかぐように彼の顔から体までをじっくりと検分した。
「その農耕地色の肌に豊かに燃ゆるアスパラガスカラーのヘヤー!もしかしてもしかしなくてもオタク、『にゃるる?農業ぱらだいすv春夏秋冬(SSFW)姫♪』のヒロインのうちの一人、ちょっとクールで植物の気持ちが分かって桑を刈る時泣いてしまう月夜のイベントがちょー萌えの『桑畑カイ子』コスプレではないかね!」
「はぁっ?!」
めったに声を張り上げぬフィズも、これにはさすがに素っ頓狂な声をあげる。
というか、最初から最後まで何を言っているのかさっぱり判らない。きつい方言を聞いているような戸惑いと、男性から受ける異様な迫力で、フィズは軽いパニックに陥っていた。
男性はそんなフィズの様子などお構いなしに、一人でヒートアップしているようだった。
「うはwみwなwぎwっwてwきwたwwwwこれはもうやるしかないお!
ちょっと来たまえ!」
ぐい。
言うが早いか、フィズの手を取って歩き始める。
「え?えぇ?」
全く訳のわからないフィズ。
男性の力は意外に強く、抵抗する気のない(というか、状況が理解できない)彼をどんどん人ごみの方へ引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと、待って?私は、あなたとは初対面だよね?」
どうにか状況を把握しようと話し掛けてみる。
男性はぐいぐいと手を引っ張りながら、それでも答えた。
「たシかニ!運命の出会いktkr!」
(うーん……)
全く言葉が通じる気がしない。
フィズは辛抱強く続けてみた。
「ええと……私は、フィズというのだけれど…あなたは?」
「おお、これは失礼!自己紹介がまだでしたな」
ようやくまともな返事が返ってきて、フィズは少しだけほっとした。
まだ手は引っ張られているわけだが。
「私はアイドル評論スペースに居を構える火乃神たまの言ぅ通ぉりDAゾッ♪のTHE・火裏闇と申します」
(……どこからどこまでが名前なんだろう……)
ひょっとしたら自分はとてつもなく無駄なことをしているのではないかという疑問が頭を掠めたが、それはひとまずさておいて、フィズは質問を続けることにした。
「ええと…どこへ行くのかな?」
「それは秘密ぽ(^w^)」
ぼぐ。
心底ムカつく返事を返した男性を、困惑顔のまま無言で殴るフィズ。
「いたっ!な、何をするのかね!」
「ごめん…殴って良いって言われたから…」
「誰に?!」
「14歳でIカップの妖精さんに……」
「おのれオルゥゥゥゥカァァァァ!!」
男性は無駄に闘志を燃やすと、競歩のスピードを上げた。

たどり着いたのは、少し離れた壁際にある机だった。ぞろぞろと長い列が出来上がっていて、これはこの場所でないと相当混雑が予想された。
「かるろ氏!かるろ氏ー!!」
男性(どこからどこまでが名前なのか判別できなかったので)はフィズの手を引いたまま、その机の近くにいた少年に話しかけた。
何かの値段表のようなものを持っていた少年は、男性に気づくと人懐こい笑みを見せた。
「あー、闇氏ー。お久しぶりー、どしたのー?」
「かるろ氏!頼みがあるぞなもし!」
どう見てもかるろと呼ばれた少年の方が年下だったが、男性(とりあえず闇氏と呼ばれているらしい)はこの少年に不必要に敬意を払っているようだった。態度からすると、かるろ少年の方が立場は上、といったところだろう。
「頼み~?」
首を捻るかるろ。闇氏はキシシと不快な笑い声を上げると、フィズをかるろの前に引っ張り出した。
「彼女を見るのであるよ!ほら!」
「わっ」
あやうく足を踏み外しそうになって、前につんのめるフィズ。
その拍子に、かるろと正面から顔を見合わせる。
かるろはしばらくまじまじとフィズを見ていたが、やがて闇氏と同じように顔を輝かせた。
「うわぁ…おにーさん、カイ子ちゃんそっくりだね!かわいー!」
女性のような顔立ちのフィズを、闇氏は女性と見間違えたようだったが、かるろは的確に「おにーさん」と呼んでいる。が、そこは2人ともあまり気にならないのか、全く触れられることなく話は続行された。
「それでかるろ氏、協力してもらいたいのだが!」
「協力ぅ?」
「彼女を使って、『にゃるる?農業ぱらだいすv春夏秋冬(SSFW)姫♪』のPVを作るぽw」
「PV?」
ビデオとかファンタジー世界で何言ってんだこいつという鋭い読者様に説明しよう。
PVとは、まさに農業なだけにパーフェクト・ベジタブルの略なのだ!
作品中の人物を野菜に見立て、それに完璧になりきることを指すが、それが転じてその完璧なコスチュームを映像に残すことをPVと……え。無理がありますかそうですか。つうかいいじゃないですかそれくらい。流して流して。細かいこと気にしてるとハゲますよ。
「ざっつらい!今から作れば新年の鐘が鳴るまでには完成するはず!
鐘と同時ににゃるるのPVが流れる…なんとも感動的ではありませんか!!」
ばっ、と両手を広げて力説する闇氏。
「んー…PVかぁ……」
かるろはフィズの顔と闇氏の顔を交互に見てしばらく考えたが、やがてにこりと笑った。
「ん、いいよー。時間あんまないけど、何とかなるでしょ」
「おお!さすがはかるろ氏!話がわかりますなあwww」
嬉しそうな闇氏。
「では拙者、これからシナリオ執筆作業に入るので、かるろ氏には機材の準備を頼みたいのであるが!」
「ん、それくらいならすぐ準備できると思うよー」
「うはwさすがかるろ氏ズザヤバスww」
闇氏はまたキシシシと笑い声を立てると、やおらフィズを振り返った。
「さささ!ではいざ!にゃるるのPVを撮りましょうぞ!」
「え…えーと……」
困惑を隠せないフィズ。
「…そもそも、その、にゃる……とかいうのは、何なの?」
「のおおぉぉぉぉっ?!まさかオタク、カイ子タンのコスをしているくせに肝心の作品を見ていないとか?!ありえないだろJK!」
「……いや、その、コス…?とかいうものでもないと思うんだけど…」
「コスはただ綺麗で完璧に出来ていればいいというものではないのだよ!コスもひとつの作品への愛の形である以上、作品を熟知していることはもはや必須事項!」
聞いちゃいねえ。
フィズの言葉を無視して、闇氏の演説は続く。
「作品もよく知らず、ただ人気で人に注目されるからその格好をしてみましたというのでは、175と呼ばれても仕方がないのですよ?!
…ふぅ…仕方ないお……私がシナリオ執筆の傍ら、君ににゃるるの何たるかを1から100まで叩き込み、君を完っ璧なカイ子タンにしてみせるぽ!!」
「……あー……」
もはや彼に言葉を投げかけるのを諦め、フィズは沈鬱な声を漏らした。

萌えフェス会場 -レプスの刻-

「読んだかね、カイ子タン!」
「……読んだけど……その名前で呼ぶのはちょっと…」
「君を完璧なカイ子タンにすると言ったのだ!君はカイ子タンだ!いいね!」
かなり強引かつにべもない闇氏の様子に、フィズはこっそりため息をついた。
「で、どうだったかね!にゃるるは!感動的な話だしょ?!」
さらに詰め寄られ、フィズは渡された本をもう一度パラパラと見返した。
「ええと…農場…が舞台…なのかな?」
「その通り!輝弥別(きゃべつ)ねぎ、牛馬(ぎゅうま)・W・みるく、桑畑(くわばたけ)カイ子の3人娘が繰り広げるハートフル農業物語(ストーリィ)だお!!アニメ、ゲーム、ラジオなどメディア展開も幅広い」
アニメとかゲームとかラジオとか、ファンタジー世界で何言ってんだこいつという鋭い読者様に(以下略)
「キャラ人気としてはみるくタンがトップを独走といった感じではあるが、カイ子タンのミリキにはかなわないおww」
「はあ……」
「見たまえ!今こうしてカイ子タンのために感動のストーリィを書いているところなのだよ?!」
「……ところで、その『(´,_ゝ`)プ』というのはどうやって喋ればいいの…?」
「顔文字は気合で表現する系だし!」
無茶苦茶である。
「さあ!原作を読んだら今度はこっちのアニメを見るべし!
その次はこっちのラジオを収録した水晶体を聴いて、こっちのムック本と、設定資料集!
水晶体はかるろ氏が特別に編集して焼いてくれたレアモノだおwうはwwwテラヤバスwww
あとは同人誌がこれだけと、せっかくだからサイン会もやろうね!
にゃる友にはもう声をかけておいたから!!きしし、楽しみだお!」

はぁ……
闇氏がなにやらわけのわからないものを積み上げていく横で、フィズが再びため息をつく。
「…いつまで続くんだろうか…これ……」

もちろん終わるまでに決まってるじゃないですか。

萌えフェス会場 -マティーノの刻-

24時間耐久イベント・萌え納め・萌え始めフェスティバルinヴィーダも、いよいよ佳境を迎える。
あちこちでいろいろなイベントが行われる中、会場の一角に、何かの上映場のようなセットが作られていた。
薄いスクリーンの前に、たくさんの丸い人たちが列を作って座っている。
何かが上映されるのを心待ちにしているようだ。

やがて。

ブー………

それっぽいブザーの音がして、スクリーンに明かりがともされる。
丸い人たちは期待に胸を膨らませ、全員がスクリーンに注目した。

ちゃららら……♪

軽快なカントリー音楽と共に、スクリーンに文字が映し出される。

『にゃるる?農業ぱらだいすv春夏秋冬(SSFW)姫♪』
スペシャルムービー

おおおおっ!
丸い人たちの間にどよめきが走る。

続いて映し出される、広い草原の風景。無駄に上手い。
柔らかな風が草を撫でる中、向こうから一人の少女が……妙に背が高い気がするが、一人の少女が走ってきた。

おおおっ!
再びどよめく丸い人たち。
「カイ子たんだ!」
「ズザスゴスwww」

少女は走ってきて…持っていた大根を生のまま齧ると、一言。

『かゆうま!(゜д゜) 』

おおおおおおおっ!
何故かどよめく丸い人たち。
「カイ子たん萌えス!萌えス!!」
「素人ってレベルじゃねーだろJK!!」

よく判らない盛り上がりを見せている丸い人たちの前で、ムービーは進んでいく。
牛舎の風景では、やはり同じ少女が走ってきて、生肉を齧り、一言。

『ニックニクにしてやんよ(´,_ゝ`)プ』

うおおおおおおっ!
「カイ子たんマンセー!マンセぇええええ!」

牛の乳を搾って、一言。

『うわぁ~いっぱい出たね!(>▽<)キャハハ』

をおおおおぉおぉぉおっ!
丸い人たちが大絶賛の拍手を送る中、スクリーンには『劇終』の文字が映し出される。
そして。

かーん……かーん……

遠くから王宮の鐘の音。
いつのまにか、ちらちらと雪も舞い始めている。
丸い人たちからの怒涛のアンコールがかけられるのを、感無量の表情で見つめる男が一人。

「神よ……我らは今年も誇り高く生き抜くことを誓います。
つらい時も苦しい時も健やかなる時も悩める時も、あなた様を信じ、ついてまいまい…
だから、だから、見ていてくださいね…アイドルネ申!」

その神なのか。

よくわからない、というか、まったく理解できない世界の盛り上がりを前に。
フィズは、珍しくげんなりした表情で、ぼそりと呟くのだった。

「……一体、私は何をやっているんだろうか……」

ご愁傷様です。

エピローグへ