萌えフェス会場 -ライラの刻-

「つ……着いたぁ…!」
ヴィーダの入り口となる、大きな門。
今日に間に合う最終馬車に乗ってたどり着き、レティシアは感慨に身を震わせた。
「間に合うか心配だったけど…転送サービスを使うようなお金もないし…でも間に合ってよかったあぁぁぁ!」
拳を震わせて感動に浸る。
「さーて、真昼の月亭は……っと」
多少の睡眠不足も何のその。レティシアはやる気まんまんの顔で辺りをきょろきょろと見回した。
「……あれ。何だろ、こんな朝早くからあんな列が出来てる」
と、目に留まった人の群れに、首を傾げて。
「……新年祭の準備かな…?
…いやそれにしても、あの列はただ事じゃないわよ…?」
まだ太陽も出ていないうちから、何事かと思うほどの列。ざっと見ただけで1000人は超えるのではないだろうか。列整理をする人々に誘導され、まだずらずらと列が出来ていっている。
徹夜はやめようね。
「これ…いったい何の列だろう?」
興味を引かれて、列を眺めながら歩いていくレティシア。
道を圧迫しないよう、4、5人程度の列が整然と出来ていく。並んでいる人々は、なにやら分厚い本や地図のようなものを広げながら、うきうきとした表情で連れの者たちと喋っている。大きな荷物を持っている者、なにやら絵が描かれた袋を持っている者、様々だが…どこか、普通とは違う雰囲気をかもし出していた。どこが、と言われると答えにくいのだが。
「まだこんな早くだし…新年会の準備も、始まってないよね」
レティシアは興味を引かれ、その列の先を確かめることにした。
ずらりと並んだ列は、どこに続いているのかまったく判らない。
レティシアは荷物を肩にかけると、列に沿って駆け出した。

「………ってぇ……な、何なのこの列は……」
ぜえぜえと息をつきながら、レティシアはげっそりとつぶやいた。
最初の勢いはどこへやら。しかしそれも無理はあるまい。
もうかれこれ八半刻は歩いているのに、一向に列の先に到達しない。門から大通りを越えてさらに奥へ、もう学びの庭の辺りまで来ているが、列の先に到着するどころか、列が途切れる気配すら見えない。先ほど1000人だと思った人の列は、どうやら1万人、いやそれ以上になるだろう。
「こ、こんなにたくさんの人が集まって、どこで何をやるっていうのよ…?」
ここまできたら、その先が何なのか確かめなければ気が済まない。レティシアは表情を引き締めると、足を速め……
「あーっいたいた!何やってんすかこんなところで!」
列の先の方から、一人の青年が手をぶんぶん振ってこちらに駆けてくる。
「えっ?」
見覚えの無い彼の顔に、思わず後ろに誰かいるのかと振り返るレティシア。
が、そこにはやはり列がずらずらと並んでいるだけで。
彼は自分の目の前で立ち止まると、息を切らしながら言ってきた。
「なにボケかましてんすか。今日のキューティー☆クルンイベントに出るモデルさんでしょ?金髪ですからクルンたんッスよね。ちょっと胸がありすぎな気がするッスけど」
「えっ?え、も、モデル?」
モデルと言われて悪い気はしないが、きっぱりばっちり人違いである。レティシアは慌てて手を振った。
「え、ち、ちがいます私」
「ほら、もうすぐリハ始まっちゃいますよ!開場まであと何刻もないんだから、急がないと!行きますよ!」
青年はレティシアの話などまったく聞く気が無いらしく、一方的に彼女の手を取って走り出した。
「えっ、えええちょっとおおぉぉぉぉ?!」
青年がレティシアを連れて走り去っていった先には、大きな建物。記念式典や、大きなイベントに使われる、「ラージサイト・ヴィーダ」という建物だ。
今日行われるイベントは…入り口に、でかでかと。かわいいイラスト入りで極彩色の文字が書かれた垂れ幕が下げられていた。

「年越し24時間耐久イベント・萌え納め・萌え始めフェスティバルinヴィーダ」

ルヒティンの刻-大通りへ

萌えフェス会場 -レプスの刻-

「あ、あれ…変な所に出ちゃったな」
考え事をしながら歩いていたら、あたりの景色がだんだん見覚えのないものになってきた。
クルムは慌ててきょろきょろと辺りを見回す。そこで、彼はようやく、自分のいる場所が少し変わった雰囲気であることに気がついた。
派手なのか地味なのか微妙な姿の少女たち。服はやたら凝っていて綺麗なのに、体型に合っていなかったり、雰囲気にそぐわなかったり、化粧をしていないせいで妙にちぐはぐに見える。
男性は身軽そうな服装ではあるが、大きなリュックをしょっていたり、可愛らしい少女の絵が描かれた大きなバッグを持っていたり、こちらも微妙にちぐはぐな感じだ。
薄い本を開いて読んでいる者、大声で意味の解らない単語を叫んでいる者、きらきらとした衣装をまとって歩いている者、さまざまではあるが、それらが一体となってここ一帯に奇妙な空気を展開させていた。
「な……何だろう?この人たち…」
呟きながら、少しこわごわとあたりを歩くクルム。
「ひゃー待った待った。ジュース買うのに2時間って何それ。トイレはこりゃーどっか外行った方がいいなー…っと。あれ」
前の方から、そんなことを言いながら一人の少年が歩いてくる。
少年はクルムのほうを見ると、ぱあっと顔を輝かせた。
「おにーさんおにーさんおにーさん!」
「えっ…?!」
駆け寄ってきた少年に、そのことだけでなく驚くクルム。
褐色肌、赤に近いオレンジ色の瞳、短い黒髪、モノクル…ではないが、大きなメガネ。リュウアン風の装束。
(キル…?!いや、違う……)
テンションが高い様子のこの少年とキルはあまり共通点はないように見えるが、彼の持っている独特の雰囲気のようなものが、何故かキルを連想させた。
少年ははしゃいだ様子でクルムの腕を取った。
「おにーさん、マジ正統派勇者萌え!ねねね、ちょっとこっち来てよ!スケッチさせてスケッチ!」
「え、ちょ、ちょっと?!」
クルムの返事を待たずに、少年はクルムの腕をぐいぐいと引っ張り、向こうの建物の中へと誘導する。
自分とさして変わらぬ年の少年に強く言うことも出来ず、それに少年の力が思ったより強く、あれよあれよという間に建物の中へ連れて行かれてしまうクルム。
「……って、な、なんだ、ここ…?!」
そこには、クルムの見たことのない世界が広がっていた。

人でごった返す、という表現は生ぬるい。
広い会場に、よくこれだけ人を詰め込んだ、というほど、そこは人で溢れかえっていた。
先ほど外にいた人々のような格好をした男女が、瞳をぎらつかせて早足で歩いている。
持っている派手な紙袋…描かれているのは少し淫靡な姿の少女(クルムさんはこんなもの見ちゃいけません)…な紙袋には、取っ手が壊れるのではと思えるほどぎっしりと紙束(多分先ほど皆が読んでいた薄い本)が詰まっている。
「え…な、なんだここ、バザー……?」
辺りをきょろきょろ見回しながら、クルムはうわごとのように呟いた。
確かに、長机が並んで人々がその間を行き来し、机の向こう側の人間と話をしながら何かを買っている様子からバザーのようにも見えたが…長机の上に並んでいるのは、やはり皆が持っている薄い本や、色のついた小さな像、人形に綺麗な服を着せているところや、アクセサリーなどもある。しかしやはりメインはあの薄い本のようだった。
もちろん、クルムにその本の表紙に派手に描かれたキャラクターを理解できようはずもなく。冬だというのに真夏かと思えるほどの熱気に当てられながら、クルムは少年に手を引かれて歩いていた。
「ここ、ここ!ちょっと待っててね、道具取ってくるから!」
少年はブースの前にクルムを立たせると、自分は机の向こうへと消えていった。
何かまじないでもかけられたかのように、呆然とそこに佇むクルム。
「えすたる亭、最後尾はこちらでーす!」
微妙に聞き覚えのある名前に、ぎくりとしてそちらを向く。
看板を持ってそう叫んでいるのは、可愛らしい姿をした女性だった。そこが最後尾だという列は、先ほど少年が消えていったブースへと続いている。えすたる亭、という名前の店なのだろうか。
脇から覗き見た限りでは、「えすたる亭」とやらでは、先ほど見たような色のついた像を売っているらしかった。精巧な造りで見栄えもいい。どこかで見たような姿だが…
列に並ぶ人々の興奮した様子の会話が聞こえてくる。
「えすたる亭のかるろ氏のキューティ☆クルンの新作は、 着衣版と脱着版、同時発売だそうでござるよ」
「良かったであります。それなら魔改造は必要ないでありまするな。 自分はまだ未熟者ですから…そこまでのスキルが無いのであります。」
「かるろ氏が拙者たちのニーズを理解してくれたってことでござるな!」
「勿論両方、即ゲト~であります!」
彼らの言っていることが全く理解できないクルム。
「走らないでくださーーい!階段は飛ばさないで、一歩ずつゆっくりと進んでくださーい!」
「4人で1列を作って、順番に並んでください!あっ、そこの人走らないでー!」
注意というか、もうすでに怒号になっている声で会場を整理しているスタッフ。
「あの、コスプレの方ですか?」
後ろから声をかけられ振り向くと、腕章をつけた女性がクルムの下げている剣を指差している。
「こす……ぷ?」
「30センチ以上の長物は持ち込み禁止となっています。こちらでお預かりします」
女性は言って、クルムが下げている剣を取ろうとした。
「あ、あのっ!オレ、その、違うんです!す、すぐ出ますから、すみません!」
クルムは慌てて女性から離れると、出口に向かって走った。
「あっ、走らないでください!」
後ろから叫ぶ女性。しかし、早くここから離れたいという衝動の方が強かった。
必死に人込みの中を出口に向かって早足で歩いていく。
やっと会場の出口をくぐれた、と思ったその時。
「……?!」
クルムはすれ違った人影に驚いて、慌てて後ろを向いた。
が、目当ての人影はもうすでに人込みにまぎれてしまって見当たらない。
「あれは……あれ、見間違いかな?」
白いフリルのついた、少女少女した服。瑠璃色の巻き毛。
しかし、クルムが見つけた少女は、少なくともこの中から探し出すのは困難であろう。
「気のせい……じゃないにしても、これじゃあ会うのは無理だな……」
入り口から垣間見えるカオスの世界に、クルムはぶるっと身を震わせて、再びくるりときびすを返した。

レプスの刻-王宮へ