大通り -ライラの刻-

「……お……終わらん…」
ディセス特有の褐色肌でそんなに目立たないが、目の下にくっきりと隈を作って、アルディアは搾り出すような声でつぶやいた。
まだ早朝。やっと山の端が白み始めた頃だ。
滞在している、大通りからやや離れたところにある宿。窓から差し込んでくる光が必要以上に眩しい。
「…くっ………め、目が……。…目が重い……。身体も重い…。頭が痛い…。
うぅ…こ、このような仕事、受けねば…………い、いや、受けたのは紛れも無く自分の意思だ。そんな事を思うなど身勝手にも程が有る……」
勇んで森へ出かけたまではよかったが。
冬眠前の最後の餌探しといった風情の獣には襲われるわ、季節柄目当ての草がなかなか見つからないわで、結局必要な薬草が全部そろったのは昨日の夜の話だった。
急いで調合しなければ間に合わない。休む暇も無く調合を始めたアルディアだったが、夜が明けても、まだ全工程の半分も終えていない状態だった。
これでは、こんなぎりぎりの依頼を受けた自分に呪いの言葉を吐きたくなるのも無理は無い。
アルディアは力なく首を振った。
「…はぁ、どうかしているな、私も…。
と、兎に角……何とか……何とかして、時間までに薬を完成させねば……」
次は……と、傍らの調合表に目を通す。
「チルマァの葉とハウレの根…か。確か、この瓶の中に…」
ごそごそ。
胴当てのポケットを探る。
「………んなっ……?!」
アルディアの妙な声と共に、指はポケットの底を貫通して再び外へ。
無論、中に入っていた瓶は存在しない。
「…ひ、日頃から常々自分には運が無いとは思っていたが……。何故……何故、よりによって、こんな……。
……もう…もう、止めたい………こんな事……」
がっくりと机に突っ伏して、うめくように呟いて。
が、次の瞬間がばっと顔を上げる。
「ハッ、いかんいかん、そんな事を考えては駄目だ、しっかりしろ、私」
一瞬で立ち直ったアルディアは、立ち上がって腕を組んだ。
「…く…っ……しかし…私は一体どうすれば良いのだ…。
今から森に行って来た所で、昼までに街へ帰って調合を終わらせるなど到底不可能だ…」
ひとしきり策を考え、しかしもともとギリギリのところで受けた依頼なのだから、いい案など出ようはずもなく。
アルディアは、窓から本格的に差し込み始めた陽の光を、恨めしげに見やった。
「………あぁ……此れ程までに太陽の光を疎ましく感じた事があっただろうか…」

「…どうしたの?ぼーっとしちゃってさ」
さして広くは無い部屋。
ひとつだけあるベッド。
それに腰掛けていたジルは、隣からの声にわずかに微笑を返した。
「……ん、ああ。ちょっと考え事をしてただけ。」
獅子の獣人である自分とは違う、色白ではかなげな人間の少女。灰色の長い髪に、同じ色の瞳。
彼女はジルを元気付けるように、明るく笑って見せた。
「そんなに考え込んでばっかりだと、人生楽しめないぞっ!気楽にいこ、気楽に」
「…うん、そうだね」
返事をしてはみたものの、ジルの表情は沈んだままで。
長い髪の彼女は、むぅと眉を寄せた。
「…今日はいつもに増して元気ないよ?何か悩み事でもあるの?」
「……いや、別に。で、何の話だっけ?」
「ジルが漢気あるねって話…じゃない!こら、話を逸らすな~」
「…うっ…ばれちゃった?」
彼女が怒った真似をしてみせたのが何だか可笑しくて、ジルは少しだけ微笑んだ。
それが、感情を出すのがひどく苦手なジルが唯一心を許している相手なのだということを感じさせる。
少女は、おどけた表情から一転、心配そうに眉を曇らせた。
「悩んでるなら私に打ち明けてみてよ。大したことじゃなくてもいいからさ。喋ったら案外すっきりするかもよ?」
「…でも…」
逡巡するジル。彼女は、再び元気付けるように笑った。
「気にしない気にしない。私達、友達でしょ?ほら、笑ったりしないからさ。話してみてよ」
「……。」
暫くためらった後、ジルは重い口を開いた。
「……私の周りの人が辛い思いをする、不幸な目に遭う。そんなのを見てると、時々思うんだ。もしかしたら、それは私の所為なんじゃないかって……だとしたら、私は何のために生きてるんだろう。やっぱり私、いない方がいいのかな。」
口に出すことが、さらにジルを陰鬱な気持ちにさせる。
ぼそぼそと喋るジルの言葉を、彼女は黙って聞いて…そして、怒ったような表情を作った。
「…そんなこと、言わないでよ」
彼女は、怒ったような、でも怒っているのとも少し違うような声で、そう言った。
「……?!」
ジルは辺りの様子に驚いて立ち上がった。
突然周囲の風景が硝子のように砕け散り、辺りには闇が広がっていく。
小さな部屋も、ベッドももうなく。闇の中で振り返ると、彼女はジルに向き合うようにして立ち、俯いて表情を隠していた。
「……ごめんね。きっと、私がジルを縛り付けてるんだ。そういう風に考えちゃうのも仕方ないことなのかもしれない……」
「そんなこと…っ」
ないよ、と言ったあとに名前を呼ぼうとして、ジルは喉がはりついたように声が出ないことに慄然とした。
彼女は俯いたまま、言葉を続ける。
「でも、そんなジルは、嫌いだな」
「……っ!」
彼女の紡いだ言葉が、想像以上に自分の胸を刺す。
彼女に真意を問う言葉も、自分の悲しみを訴える言葉も、何一つ出てこないのがもどかしい。
彼女の名前、さえも。
「………!」
声が出ないまま必死に手を伸ばせば、彼女はそれから逃げるように後ろにすいと下がる。
そのまま、彼女は後方の闇に吸い込まれていった。
追いかけようとどんなにもがいても、体に何かが纏わり付いているようで、全然前に進めない。叫ぼうと腹に力を入れても、声は全く出ない。
そうしているうちにやがて、彼女は闇に呑まれて見えなくなってしまった。闇に消える間際に、彼女は何か言いかけたようだった。何を言っているのかは聞き取れなかったが、そのときに見えた彼女の表情は、とても辛そうだった。
ジルは、何かどろどろしたものに全身が包まれたかのように緩慢にしか動かない自分の手足を必死に動かしながら、声の出ない喉を振り絞って叫んだ。
彼女の、名前、を。

「……っエレーナ……っ!」
がば。
絞り出すような声と共に跳ね起きて、ジルは肩で息をした。
「…ゆ……め……」
ゆっくりと、辺りを見回す。
大通り沿いにある小さな宿屋。アマンから帰ってきて、しばらく滞在している。何も変わらない。運動もしていないのにびっしょりと汗をかいて、息を切らしている自分以外は、何も。
「……嫌な夢、見ちゃったな…」
ぼそりと呟いて、ベッドから降りる。
外を見れば、まだ空が白んでいるくらいの早朝。
とはいえ、もう一度寝ようにも、また先ほどのような夢を見るのではという怖さがある。
はぁ、とため息をついて、ジルは机に置かれた剣に触れた。
精巧な細工。ジルには判らないが、魔道が施されているのだろうか、少し変わった雰囲気がある…ように思える。彼女との思い出が詰まった剣。
『でも、そんなジルは、嫌いだな』
夢の中の彼女の声がよみがえって、ジルは目を閉じてそれを振り切るように首を振った。
夢だと自分に言い聞かせても、壊れてしまった蓄音機のように頭の中に繰り返しリフレインする。
そうではないと、彼女に否定してほしいけれど…会って確かめることは、もうできなかった。
彼女は…もう、この世にはいないのだから。
「…エレーナ…」
もう一度、夢の中で呼べなかった彼女の名前を口にしてみる。
そのことが、余計に胸を締め付けて。ジルは、胸を押さえて俯いた。

ルヒティンの刻-中央公園へ

ルヒティンの刻-真昼の月亭へ

大通り -ルヒティンの刻-

はあ、はあ、はあ……
日も昇りきり、そろそろ人々も外で活動を始めようか、という頃。
オルーカは、必死にあたりをきょろきょろしながら、あちらへ行ったりこちらへ来たりを繰り返していた。
顔には困惑の表情が張り付き、手も足も思い通りに動かないというようにもどかしげに体を動かす。
「もう……どこに行ってしまったんでしょう…!」
困惑と、狼狽と、少しの苛立ちと。焦りを表情に出しながら、大通りを行き来して。
あれよあれよという間に、一体どこからこんなに沸いて出たのか、というほど、大通りは人であふれ始めた。
「きゃっ」
遠くばかりを見ながら歩いていたせいだろう。不意に、壮年の女性とぶつかるオルーカ。
「あ、すいません!急いでいたもので……」
「いいえ、いいんですよ、気にしないで」
必死に謝るオルーカに、女性は優しく微笑みかける。
オルーカは、困惑の表情のまま女性に訊いた。
「あの、すいません。この辺りで10歳くらいの子どもを見ませんでした?青い服を着た金髪の女のコなんですけど…」
「青い服の…金髪の女の子?」
女性は首をかしげて、それから首を振った。
「これだけ人が多いと……ちょっと、心当たりがないわねえ。
「そうですか…どうもすみません、ありがとうございました」
オルーカは丁寧に頭を下げて、また駆け出す。
ある者は慌しそうに、ある物は楽しそうに、大勢の人間が通りを行き交う。
ただでさえ人の多い首都が年末のため更に混み合っている今日、よりによってどうして。
「レオナ……」
オルーカは、依頼を受けて面倒を頼まれた少女の名をぽつりと呟いた。
おとなしそうな子だった。だから少し目を離しても大丈夫だと思った。
まさか、その間に逃げられてしまうとは。
「……っ、悔やんでいても、始まりません…」
もし、悪いことを企む者たちにでも見つかったら。男爵の令嬢だ、使い道はいくらでもある。
否、そこまで最悪の事態に陥らずとも、これだけの人出だ。小さな女の子は大人の視界には入りにくい。もみくちゃにされ、怪我でもしていたら…
「……そうならないように、早く見つけなければ、でしょう!」
オルーカは頭を振って、表情を引き締めた。
胸の辺りをぎゅっと押さえ、高鳴る鼓動を沈める。
もう一度はぐれた場所から探してみよう。
そうだ、役所にも顔を出して迷子の届けが出ていないか確認しなければ…。
あとは…あとは?
……とにかく隅々まで捜すしかない!
オルーカは疲れを振り払い、再び走り出した。

「ひ……酷い目にあったわ……」
結局、本物のモデルが来て、やっと人違いだと理解してもらい、異様な熱気と人の波が渦巻く「ラージサイト・ヴィーダ」を出ることが出来た頃には、もう日はすっかり昇りきっていた。
へろへろになりながら、大通りへと足を運ぶレティシア。
「ええと、真昼の月亭は……っと……」
辺りをきょろきょろと見回した、その時。
どん。
「きゃ」
「す、すみません、よそ見してて…って、あれ」
突如人にぶつかられ、驚いてそちらを見ると。
「あれ、オルーカ!久しぶり!」
「レティシアさん!お久しぶりです」
先日依頼を共に受けた懐かしい顔に、レティシアは思わず顔をほころばせた。
それはオルーカも同じようで、嬉しそうに表情を崩す。
「お元気そうで。年末もヴィーダで過ごされるんですか?」
「うん。本当は実家で過ごすつもりだったんだけどね、ミケが新年会やるって言うから、急遽ヴィーダに戻ってきちゃった」
「え、ご実家って…?」
「マヒンダのほうなの」
「マヒンダですか?!そんな遠くからヴィーダに…お、お疲れ様です」
レティシアのミケへの強烈なアピールを知っているオルーカとしては、そこまでしてしまう気持ちも理解出来て。本当に、この少女の一途さには頭が下がる想いだ。
「オルーカも、ミケの新年会、来るの?」
「ええ、もちろんそのつもりです。出し物のために、夜なべして色々準備してたんですよ」
にっこりと微笑むオルーカ。
「わ、楽しみ。私、急に出てきちゃったから…何にも準備してないや」
「よろしければ、レティシアさんも一緒にやりませんか?」
「え、私も?急に飛び入りで出来るものなの?」
「大丈夫です、宴会芸は技術よりもノリと勢いですよ!大丈夫です、レティシアさんならきっと輝きます!」
「そ、そう……?」
オルーカってこんな一面もあったのね…と、ちょっとたじろぐレティシア。
と、オルーカが不意に何かを思い出したように、そわそわと辺りを見回した。
「そ、そうでした、それはそれとして、こんなところにいる場合じゃなかったのでした…」
「え、どうしたの、オルーカ?」
きょとんとしてレティシアが問うと、オルーカは困ったような表情を彼女に向けた。
「あの、レティシアさん、金髪で青い服を着た、10歳くらいの女の子を見かけませんでしたか?」
「金髪で、青い服?」
レティシアはうーんと唸って、首を振った。
「うーん、ちょっと心当たりないなあ。その子、どうしたの?…はっ、まさかオルーカの…?!」
「ち、違います!」
オルーカは慌てて首を振った。
「ええと、ちょっと依頼を受けて預かってる子で、はぐれてしまったんです」
「えっ、それ、大変じゃない!」
レティシアは驚いて言った。
「金髪で、青い服を着た女の子ね。名前は?」
「レオナです」
「レオナちゃん。わかったわ、私も手伝う!」
「え、いいんですか?」
驚いてオルーカが言うと、レティシアはにっこりと笑った。
「1人より2人の方が、効率がいいでしょ?じゃあ、私は中央公園のほうを探すね」
「はい、ありがとうございます、レティシアさん」
「じゃあ、見つかったら…」
「そうですね、西にあるガルダスの僧院に連絡をお願いします」
「わかったわ。それじゃあ、オルーカもがんばって!」
「はい、本当にありがとうございます、レティシアさん」
二人は慌しく挨拶を交わして、それぞれの方に駆けていった。

「……あら、あれって……」
人通りの向こうに見えた金の影に、リリィは立ち止まってそちらを見た。
「どうかしたのですか、リリィ」
メイが立ち止まって問うが、生返事を返してぶつぶつと何事かを言っている。
「今日は確か…………ふふ、面白くなりそうだわ」
リリィはにやりと笑うと、前の方で同じく立ち止まったチャカの方を向いた。
「チャカ様。私、所用が出来ましたから、少し失礼してもよろしいでしょうか?」
「リリィ?」
メイが驚いて問うが、チャカは艶然と微笑んだ。
「構わないわよ。アタシ達は適当にやっているから、お楽しみが終わったら合流なさいな」
「ふふ、ありがとうございます。じゃあ、失礼致しますね」
リリィは言うと、ふっと姿を消した。
メイが心配そうに、チャカのほうに目をやる。
「………よろしかったんですか?」
「いいんじゃない?お楽しみを邪魔するのも野暮でしょう?あぁ、どんな楽しいことが起きるのか、この目で見られないのは残念だけど」
チャカはにこりと微笑んで、再び歩き出す。
メイは釈然としない表情で、それでもその後について歩き出した。

ミドルの刻-中央公園へ

ミドルの刻-真昼の月亭へ

大通り -ミドルの刻-

「クルムくん!」
声をかけられ、クルムはくるりと振り向いた。
振り向いた先には、長い黒髪に風変わりな衣装をまとった少女。
しかし、その顔には少し見覚えがあって。
「………ああ、リィナか!いつもと違う雰囲気で、一瞬わからなかったよ」
トレードマークであるおだんご頭をほどいて垂らし、いつも着ていた赤いジャケットを着ていないだけでずいぶん印象が違うものだと思う。
リィナはにこりと笑った。
「そういうクルムくんこそ、前に会った時と違う格好だよね。…うん、格好いいなぁ~」
「そ、そう?ありがとう」
少し照れたようなクルムも、以前の服ではなく、カーキ色のズボンにブルーグレーの上着を羽織っている。
二人が話していると、さらにその二人に声をかける者たちがいた。
「クルムと……リィナじゃん?ひっさしぶり!」
聞き覚えのある声に二人が振り向くと。
「…ロッテちゃん!それにリーちゃん、ミシェルさんも!」
リィナが嬉しそうに表情を輝かせた。
「リーもロッテも、久しぶりだね。マヒンダの港で別れて以来か。
東方大陸からヴィーダに戻って来たんだね」
クルムも目を細めて、懐かしい顔を迎える。
嬉しそうな顔で駆け寄ってきたロッテの後ろには、落ち着いた表情で佇むリーと、相変わらずニコニコしているミシェル。
「お久しぶり、クルム。元気そうね」
「ああ、リーも元気そうでよかったよ。…そちらの方は?」
ミシェルとは初対面のクルムが首をかしげると、ああ、とリーが彼女を示して紹介した。
「母のミシェルよ」
「クルム、でしょうー?リーからお話は聞いてるわー。ミシェルよ、よろしくねー」
ミシェルが言うと、クルムは目を丸くした。
「お母さん………って、いうことは…!」
リーは天使と人間のハーフ。ということは、その母のミシェルは天使ということだ。
それはうかつに口に出さないようにして、クルムはミシェルと握手をした。
「はじめまして、オレ、クルム・ウィーグです」
と、リィナがきょろきょろする。
「あれ、あの金髪の子は?一緒じゃないの?」
クルムもそれに気付いたようで、同じように辺りを見回して首をかしげた。
「エリー、だっけ?確か、ロッテが一緒に旅してるって言ってたよね」
「あー、あの性悪天使のこと?」
あからさまに眉を顰めるロッテ。リーがフォローするように言葉を続ける。
「少し用事があって、今は離れて行動しているの」
「そうなんだ」
「ま、ボクはいなくなってせいせいしてるけどね~ん♪むしろ帰ってこなくてもいいよ」
「もう…またそういうことを言って」
敵意むき出しのロッテの言葉に、苦笑するリー。
「そういえば、リーちゃんとゆっくりお話しするのは初めてだよね。
ミシェルさんは依頼受けたし、ロッテちゃんはずっと一緒に旅をしてたけど…リーちゃんは依頼の最初と最後にお話しただけだもんね」
リィナが思い出したように言う。
「そうなるわね」
「あのさ…リーちゃんとも、ロッテちゃんみたいにお友達になれるかな?」
もじもじしながら言うと、リーは笑顔で頷いた。
「もちろんよ」
「やったぁ!」
リィナは嬉しそうに飛び跳ねた。
「ね、せっかくだし、みんなでゆっくりお話しつつその辺歩かない?」
はしゃいだ様子でリィナが言うと、クルムも頷いた。
「そうだね。セントスター島で別れてからの話も聞きたいし」
リーはにこりと笑った。
「もちろんよ」

「へえ、ミケが新年会?」
「うん、そうなの。銀貨2枚とお料理持ち寄りで、みんなでパーティーするんだって。リーちゃんたちも来ない?」
「へぇ…楽しそうね。寄らせてもらおうかしら」
「みんな来るんだよね。楽しそうだねぇ♪」
「うふふー、私も行こうかしらー」
ロッテとミシェルも楽しそうに会話に加わる。
「クルムくんも行くんだよね?」
「そうだね、オレも行かせてもらうつもりだよ」
「どれくらいの人が来るのかなー、楽しみだね!」
リィナはすっかりはしゃいだ様子だ。
と、ふと、リィナはリーのほうを向いた。
「そういえば、リーちゃん達にはいろいろ教えてもらったねー。天界と魔界のこととか…」
突然の話題の展開に、きょとんとするリー。
ミシェルが笑顔のまま言葉を挟む。
「異世界に移動する力が欲しい、って言ってたわねー」
リィナは頷いて続けた。
「リーちゃん達には話してなかったよね。リィナが、異世界の移動能力を欲しいのは…お兄ちゃんに会いたいからなんだ」
「お兄さんに?」
リーが問い、再び頷くリィナ。
「リィナは、お兄ちゃんと別の世界にいたんだけど…あることがあって、はなればなれになっちゃったんだ。
お兄ちゃんは、リィナの大切な人なの…でも、ここには居ない…そんな感じがするの。結構、依頼とかで旅をしてきたし、ロッテちゃんのことで世界半周ぐらいはしてるしね」
「つまり……あなたは、ここではないどこか別の世界から来た、ということ?」
「そう…だと思う」
さっきのはしゃいだ表情とは別人のような、真剣な瞳。
「リィナ、この世界に来て…全然知らない土地で、全然知らない人だらけで。世界地図も違うし、見たこともないような姿をした人たちもいるし、お金だって持ってないし…けっこう、大変だったんだ。
でも、そんなことより全然、お兄ちゃんに会えないほうが、辛いな…」
リィナは、そこでミシェルのほうを見た。
「ミシェルさん、好きな人にどうしても会えない。どうしても届かない…そういう時にその人のことが、とっても恋しいって思ったら、どうしたらいいのかなぁ?」
リィナの言葉に、ミシェルの笑みが消える。
目は閉じたまま、しばし考えて。
「……そうねー…その人の姿を思い出して…その人の言葉を思い出して。そうして、自分の心の中にその人が生きてるのを…自分で確かめるのがいいと思うわー?」
「ママ……」
ミシェルの言葉を、複雑な表情で聞いているリー。リィナもしょんぼりと肩を落とした。
「そっかぁ……そうだよね、それしかないよね…」
「つーかさ、つっこんでいい?」
しんみりとした空気にさしものロッテも口を挟みにくかったのか、こっそり言ってみる。
「ん、何?」
「お兄ちゃんお兄ちゃんって……キンシンソーカン?」
ロッテの言葉に、リィナは顔を赤くして首を振った。
「ち、ちち、違うよ!お兄ちゃんって呼んでるけど、ホントのお兄ちゃんじゃないよ!」
「なーんだ、あーよかった。ねねね、リィナのお兄ちゃんって、どんな人?」
興味津々のロッテ。リィナは頬を染めたまま、照れくさそうに話した。
「お兄ちゃんは、リィナにいろんなことを教えてくれたんだ…。兄であり、師匠であり、仲間であり…愛しい人…」
恋する乙女の表情になるリィナ。
が、そこでぱっと表情を変え、怒ったように振り返る。
「でもね!でもね!ちょー女の子に甘いの!」
「へぇ?」
面白そうに促すロッテ。
「リィナと一緒の時も、可愛い子が居たらすぐに口説いちゃうし…お得意の台詞は『愛は一つじゃないんだ。愛は想う人の数だけ存在する。一度想ってしまったら、忘れてはいけない。それは、その人を裏切ることになる』だって…ちょっと、キザじゃない?」
「きゃはは、そういうの、嫌いじゃないよ、ボクは」
ロッテが面白そうに言うが、リーは眉を顰めた。
「あたしはあまり感心しないわ、そういうのは。他の人を想うことで傷つく人がいるわけでしょう、今のリィナみたいに。それは裏切ってることにはならないのかしら」
「そう…だよね。
確かに関わる人の数だけ想いがあるのは当然だけど、その想いはみんな違うものだと思うよ。一番大事な人に捧げる想いだけは、間違えないようにしたいな、オレは」
クルムが続けて言い、ロッテがひゅうっと唇を鳴らした。
「クルムかぁっこいぃ。そーゆーくっさいセリフも、クルムが言うとサマになるねえ」
「か、からかうなよ、ロッテ」
頬を赤くするクルム。
そんな和やかな会話をしていると、前方から再び見知った顔が現れた。
「あ、リィナさん!」
「あっ、オルーカさん、こんにちは~♪」
リィナが手を振ると、オルーカはこちらに駆け寄ってくる。
「こんにちは。どうしたんですか、お揃いで。そちらの方々は…」
オルーカがリーたちのほうに目をやり、それに気付いたリィナが紹介をした。
「えっと、依然請けた仕事の依頼人の人たちだよ。リーちゃんと、ロッテちゃんと、ミシェルさん。えっと、クルムくんも初対面だったよね。」
「リーよ。よろしくね」
「ロッテだよ~」
「ミシェル、って呼んでねー」
「オレはクルム。よろしく」
「オルーカです。よろしくお願いします」
オルーカは4人に向かって礼をした。
そして頭を上げると、リィナに向かって、心配そうな表情を向ける。
「あの…実は、人を探してるんです。10歳くらいで、金髪の、青いコートを着た女の子を見ませんでしたか?」
突然言われ、顔を見合わせるリィナとクルム。
リィナは首を振って、オルーカの方を向いた。
「んー…そういう子は見てないなぁ」
「オレもだな。リーたちは?」
クルムがリーたちのほうを見ると、そちらも一様に首を振る。
「そうですか…」
肩を落とすオルーカ。
「迷子なの?大変だね。新年会までに見つかると良いけど…大丈夫そう?
リィナが心配げな表情で言う。オルーカは苦笑した。
「はい、それまでにはなんとしても見つけて…その子と一緒に伺う予定です」
「あっ、オルーカちゃん、ごめんね、衣装作ってもらっちゃって」
リィナが言うと、オルーカは笑顔で首を振った。
「そんな。いいんですよ、こちらも楽しかったんですし」
「衣装?」
クルムの問いに、リィナは意味ありげな笑みを返した。
「ミケちゃんの新年会でね。参加者は一芸披露ってのがあって、二人で仮装でやろうってのを相談してたんだ」
しかし、オルーカは申し訳なさそうに表情を曇らせた。
「と…でもそういうわけで、もしそれまでにその子が見つからなければ行けないかもしれません…あ!例の衣装は人に頼んで届けさせますから。夜なべして作りましたから★」
「あーっ、そうだよね……うん、わかった。見つかるといいね、その子!」
「はい。もし見かけたら西のガルダスの僧院に連絡をお願いします。私も定期的に連絡入れてますから」
「わかった。がんばって、オルーカ」
クルムが励ますように言うと、オルーカは笑顔で頷いた。

と、そんな会話をしている集団の後ろから。
またしても、悠然と近づいてくるひとつの人影があった。
「そこの可愛いお嬢さん達、この辺で情報が集まるような酒場をご存知ではないですか…?」
いかにも軟派めいた声で語りかけ、オルーカの肩を抱きながら輪の中に入ってくる男性。
短くそろえられた黒髪に、切れ長の赤い瞳。鍛え上げられた体つきが解るぴったりとした、風変わりな衣装を身に纏っている。
「えっ………?」
リィナはその姿を見て、短く声を上げた。
男性はにこにこしながら、輪の中の女性の顔を一つ一つ見回していく。
「おやおや、5人とも美しい方々ばかりですね。
淡い紫の瞳が美しき輝きを放つ、優しき天使のようなレディに…」
と、リーを見て。
「金髪に褐色の肌が似合う、美しい小悪魔のようなレディに…」
こちらはロッテ。
「銀の髪が輝くように美しい、この世に舞い降りた天女のようなご婦人に…」
ミシェルを見ながら。
「淡いグレーの瞳に憂いの色が見える、悩める美しき美女に…」
そしてオルーカ。
「それに黒髪のレデ…あれ?」
リィナに目を止めたところで、紅い瞳が大きく見開かれた。
同じように目を見開いて、呆然としているリィナ。
男性は、次に喜色をいっぱいに顔に広げると、腕を広げてリィナに歩み寄った。
「あれ?リィナ?やっぱり、リィナだよな!逢いたかっ……」
「ぅおにいちゃんの……」
押し殺したようなリィナの声。
「お兄ちゃんのヴぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!」
「のわあぁぁぁ…………」
きらーん。
リィナの渾身の一撃「リィナすーぱーすとらいく」が見事に決まり、男性はきれいに吹っ飛んだ。
「おー…お見事です。お星様になりましたね……」
感心したようにそれを見送ってから、オルーカはにこりと5人を振り返った。
「では、私は捜索に戻ります。みなさん、失礼しますね」
ぺこり、ともう一度礼をして、人ごみの中に消えていくオルーカ。
「あ……ああ…またな、オルーカ…」
呆然とした表情のクルムが、かろうじてそれを見送った。

「ひどいひどいひどい!髪下ろしてたくらいでリィナだってわかんないなんて、お兄ちゃんのばかばかばかばかばか!」
「わかった、わかったから!ごめんって!」
戻ってきてなおもタコ殴りにされる男性。困ったようにリィナをなだめる。
「んもぉ!リィナが色々やってきた努力はなんだったのー?!」
「あはは…俺だって、リィナ探すのに頑張ったですけど…」
乾いた笑みを浮かべて言ってから、男性はリーたちのほうに向き直った。
「いやーこんなに美しい方々と、お知り合いとは!俺、ショウ=ルーファって言います。よろしく!」
「リィナのお兄ちゃんだね!ボクはロッテ、よろしくねん♪」
「リーよ。…よろしく」
「ミシェルよー」
「クルム・ウィーグだよ。リィナとは何回か一緒に依頼をこなしたんだ。リィナのお兄さんに遭えるなんて思ってなかった、会えて嬉しいよ。よろしく」
一通り挨拶を終え、クルムがショウとリィナに言った。
「リィナ、せっかくお兄さんに遭えたんだし…積もる話もあるだろう?お兄さんと二人で、屋台とかバザーとか、見てきたら?」
「そうね、そうするのがいいんじゃないかしら」
リーも同意して頷く。
もっとも、リーはショウのことをあまりよく思っていないゆえの発言でもあったようだが。
リィナは頷いた。
「うん、ごめんね、みんな。また後でね~」
「えっ、いや。俺は…」
まだ美人と一緒に、と言わんばかりに手を挙げたショウを、ぎろりと睨むリィナ。
ショウは慌てて目を逸らした。
「じゃーねー」
リィナは片手を振りながら、ショウの腕をつかんで引きずっていった。

「なんだかすごかったね…」
少しげっそりした様子のクルム。再びリーたちと共に歩き出す。
ロッテは楽しそうな様子で笑った。
「きゃはは、あーゆーのはボクは嫌いじゃないけどねぇ」
「…そういえば…ロッテ」
ふと思い出して、クルムはロッテの方を向いた。
「ロッテは…その、キルとはあれから…会ってるの?」
ぴく。
ロッテより先に、リーの方が反応して振り返る。
クルムは続けた。
「あの時…セントスター島でお互いの気持ちを確認したみたいだったけど……キルは、ロッテの言う通り、ロッテは殺したって報告したのかな?
だとすると、人目につくようなところでは会えないのかな…って。あの後ちょっと考えたんだ」
「んふふ、ちゃんと聞いたわけじゃないけど、そーだと思うよ。たまに手が空いたときに、あっちから会いに来るのん」
「そうなんだ」
嬉しそうに言うロッテに、クルムも表情を和らげる。
「ロッテ、オレ達と旅をしていた時より…笑顔が柔らかくなったっていうか、なんだか、綺麗になったみたいだからさ」
「やだーんもークルムったら女殺しっ!そんなうまいコト言っても何も出ないよーん?」
「いや、あの、そういうわけじゃ」
嬉しそうな様子のロッテとクルムの会話を、複雑そうな表情で聞いているリー。
「今は…今はキルのこと、ロッテはどう思ってる?」
クルムが問うと、ロッテはうーんと唸った。
「どう、って改めて言われると、困っちゃうなぁ」
人差し指をこめかみに当てて、首を傾げて。
「スキだよ?
勝手だし慇懃無礼だし向こうが気が向いたときにしか会いにも来ないし、おとなしい顔して腹ん中真っ黒だしサディストですぐ噛み付くけど」
「か、噛み付く?」
好きだと言った後に悪口しか出てこないのに多少面食らった様子で、クルム。
「うん、そぉ。傷跡残したいとかいってたまに治してくれない時があるんだよね、見る?」
平気な様子でシャツを捲り上げようとするロッテを、慌てて止める。
「い、いいから!!」
「ちょっと待って何それ。初耳なんだけど」
隣で聞いていたリーが、剣呑な表情で言い募る。
「え。言ってなかったっけ。いーじゃん噛み傷のひとつやふたつくらい、もー慣れたよ」
「そういうことじゃなくってねえ!」
さらにヒートアップするリー。ロッテはふふん、と笑った。
「キミがあの性悪天使の猫っかぶりをあんま気にしないのと一緒。
そーゆートコロがあるからって、アイツに惹かれるのは止めらんない、ってヤツ?きゃはは!」
楽しそうに笑って、続ける。
「ボクが一番ドキドキするのも、キモチいいのも、ゾクゾクするのも、嬉しいのもイライラすんのも、アイツだけ。それ以外に考えらんない。
どう思う、って訊かれたら、そんなところかなあ」
「それは、光栄ですね」
ざわ。
背中を撫でるように不快感が駆け巡る。
その声と共に、彼は唐突に、ロッテの後ろに現れた。
長い長い黒い髪に、ロッテと同じ褐色の肌。赤い瞳を隠すように光るモノクル。
「……キル……!」
クルムは呆然と、彼の名前を呼んだ。

「…何の用、わざわざこんなところまで」
今までにないきつい視線をキルに投げかけて、リーは刺々しい口調でそう言った。
キルはロッテの後ろから彼女の体に腕を回すと、にこりとリーに微笑みかける。
「新年祭を愛しい女性と共に過ごしたいと思うのは、そのように罪なことですか?」
優しい笑顔と口調。しかし、言外にリーを嘲っているもので。
ぐ、と返す言葉につまるリー。
「……っ、それは…ロッテが望むなら、あたしが口を出すことじゃないけど…
でも、ロッテを無闇に傷つけるのはよしなさい。ロッテはあなたの物じゃないわ」
「おや、これは心外ですね」
キルの表情は崩れない。
「私の姫君は、私がつけた傷など、消そうと思えばすぐに消せるでしょう。傷を治すことなど、貴女にだって出来るのですから。そもそも、私に傷をつけさせないことすら、姫君には容易い事のはず。
では何故、姫君は私に傷をつけさせ、あまつさえそれを残しているのか…?」
リーは答えずに、きり、と唇を噛んだ。
キルはにこりと笑って、続けた。
「…姫君自らが、それを望んでいるから…そうではありませんか?」
ロッテはキルの言葉を肯定も否定もせずに、ただ楽しそうに微笑んでいる。
リーは悔しそうに、言葉を探した。
「……っ、でも…っ」
「ああ、ひとつだけ同意出来る事がありました」
リーの言葉を待たずにキルが言い、リーは眉を潜める。
キルはロッテに回した腕に力を込め、体をぴたりと密着させて、彼女の耳に頬を摺り寄せた。
「…姫君は、私の物ではありません。
……私が、姫君のものなのですよ」
「…っ!」
その、あまりに自信に満ちた、しかしあまりに甘い台詞に、リーは返す言葉もなくさっと頬を染める。
キルは再び、満足そうな笑みを浮かべた。
「…では、私達はこれで失礼します」
「…ちょっ、私たちって!」
キルの言葉に、まだわずかに顔を赤らめたままリーが言う。
「もちろん、姫君もご一緒していただきますよ」
「なっ…」
「ゴメンねリー、みんなで楽しんでねーん♪」
ロッテも陽気に手を振り、キルはそれに満足したように微笑むと、ロッテと共に一瞬で姿を消した。
「ロッテ!」
リーがそれを追うように手を伸ばすが、もう姿は消えた後で。
「…もう……!」
リーは悔しそうに、伸ばした手を引き寄せて握り締めた。
クルムもつられてかすかに頬を染めながら、ため息と共に呟く。
「はぁ……なんというか…すごいね」
「すごい、なんてものじゃないわ。もう…ロッテもあんな男のどこがいいんだか……」
眉を寄せて、リー。
クルムはそちらを向いて、首をかしげた。
「リーは何故、キルのことをそんなに嫌うんだ?」
「え……」
リーはきょとんとしてクルムのほうを向く。
クルムは続けた。
「リーの気持ちもわかるよ。オレたちがロッテと旅をしてきた時のように、きっと何度も危険な目に遭わされたんだろう。それになんと言っても、魔族だしね」
「…まあ、ね。それでも、ロッテを大事にしてくれるならともかく…ああ、でしょう?顔を出さない時に、ロッテが寂しい思いをしていることは…あの子は表に出さないけど、判るし」
渋い顔で、リー。クルムは頷いた。
「そうだね。堂々と会うことが出来ない、不安定な関係なのは心配だけど…オレは、二人を応援したいと思うよ。だって…」
そこで、にこりと微笑んで。
「あのロッテが心を開いたんだから。キルは、ロッテが選んだ相手だから…そうだろ?」
「………」
ますます渋面になるリー。
クルムはくすっと笑った。
「今のリーの顔。さっき、よく似た表情を見たよ」
「え?」
「ロッテ。あの、エリーっていう人の話をしたときに、ロッテは今のリーとそっくりな顔をしてた」
「…っ」
図星だったのだろう。返す言葉もないリー。
「さっき、ロッテにも言ったけど…綺麗になったのは、リーも同じだよ。
失礼なことを言ってごめんね、その相手っていうのは…エリー?」
さっ、と顔を赤くするリー。
その後ろで、ミシェルが黙ってわずかに首をかしげる。
リーは赤い顔で、視線をクルムから逸らした。
「ロッテの言うことは…判らないでもないのよ?」
少し恥ずかしそうな様子で、肩をすくめる。
「傲慢で自信家で…二枚舌で、嘘つきで。大事なことは何一つ言わないのに…それでも、想うのは止められない。
あたしがドキドキするのも嬉しくなるのも、一言で一喜一憂するのも、苛々するのも泣きたくなるのも…彼に対してだけ。それ以外に、考えられないわ」
ロッテと同じ事を、リー自身の言葉で言って。
クルムはまた笑顔になった。
「だったら」
「でも!」
何か言おうとするクルムを遮って、リーは強い調子で言った。
「…ロッテの全てを肯定するのは、あたしの役目じゃないわ。そうでしょう?あの子があたしに対してそうであるように」
きょとんとするクルム。
「あの子があたしにそうするように、あたしもあたしがノーと思うことはノーって言い続けるわ。
それをどう判断するかは、ロッテの自由でしょう?」
リーの言葉を理解して、クルムは優しく微笑んだ。
「…そうだね。じゃあ、オレもオレなりに、ロッテを応援したいと思うよ」
リーはそれを見て、眩しそうに微笑む。
「…クルムこそ」
「え?」
「クルムだって、とても優しい顔をするようになった、と思うわ。
誰か、好きな人でも出来た?」
「……え」
思っても見なかったことを訊かれ、クルムはまたきょとんとする。
リーは続けた。
「話すとドキドキして、心が温かくなって。一言が気になって、嬉しくなったり悲しくなったりする。
不思議とそんな風になる人は、いる?」
クルムはその表情のまま、考える。
自分が、誰かに…恋をしている?

『たくさんの幸せがクルムに訪れますように』

「な」
ぐわ、とクルムの顔が赤くなった。
(な、なんでテアのメッセージが浮かんでくるんだ?)
混乱するクルム。
リーはくすっと笑った。
「じゃ、あたしはロッテたちを探してくるから。見つからなかったら…まあ、そのまま一人で新年会に向かうわ。ママはどうする?」
「んー、そうねー、私は先に真昼の月亭に向かうわー」
「そう。じゃ、クルム。また後でね」
「あ、ああ。リーもミシェルも、また、後で……」
まだ頬を赤らめたまま、クルムはリーとミシェルに手を振った。

レプスの刻-萌えフェス会場へ

レプスの刻-中央公園へ

大通り -レプスの刻-

「参加者は、確か一品持ち寄り、ということだったな…」
クルムと別れ、宿に戻ってきたアルディアは、ふむ、と考え込んだ。
「おかえりなさい、ディストさん」
宿屋の主人に声をかけられ、そちらを向く。
「あぁ、主人、只今。
…すまないが、調理場を貸しては貰えないだろうか」
「調理場?台所のことかい?ああ、構わないよ。食材も、残ってるのでよかったら使ってくんな」
「すまないな」
アルディアは一礼をして、宿屋の奥にある厨房に足を踏み入れた。
「さて、一品作ると言ってもな………何が良いだろうか…。
最後にまともな料理を作ったのが5年前だから、上手く出来るかどうか…」
きょろきょろ、と辺りを見回す。
「材料は一通り揃っているようだ…主人も使っていいといっていたが…
以前は何を作っていただろうか…」
記憶の糸をたどり、ふと思いついた単語を口にしてみる。
「―― 青汁 ――」
と、首を振って。
「…いや………いかんな、あれは不評だったものな。
健康に良いのだが、味が不評ならばいた仕方有るまい」
うん、と頷いて。
そのまま沈黙する。
「しかし、他に何も思いつかんからな…」
ううむ、と再び唸って。
「………まぁ、良いだろう。多少苦くても、良薬口に苦しと言うからな。
健康に良い物は良い物だ。うむ」
アルディアは一人で頷いて、決まったメニューを作成するための材料選びにとりかかった。

昼も過ぎ、大通りはさらに賑わいを見せていた。
ジルとコンドルは、注意深く辺りを覗いながら、ジルの短剣を奪っていった男を捜している。レオナは訳が解らないながらもそれにくっついて歩いている。
「や、やっぱり…これだけ人がいると、探すのも大変ですね……」
「……そうだね…」
コンドルがぼやくのをさらりと流して。
ジルは必死に、先ほどの男を捜していた。
時間が経てば経つほど、絶望に似た気持ちが心を支配していく。
このまま見つからなかったら。
見つからなかったら……
ぎゅ、とジルが目をつぶった、その時。
「!………」
ジルはびくりと体を震わせて、その場に立ち止まった。
「じ、ジルさん?」
「…あいつだ」
ジルの目はまっすぐに、10メートルほど離れたところにいる男を捕らえていた。
貧相ないでたちに、手に持っているのは間違いなくジルの剣。
ジルは何も言わずに、一目散に男に向かって駆け出した。
たたた、たっ。
男の前で足を止め、指差す。
「…見つけた。剣、返してもらうよ…!」
男はぎくりと立ちすくみ、持っていった剣を自分の後ろに隠すようにした。
「ちっ……しつこいガキだな!おい!」
男は苦々しげにいって、隣に立っていた連れを振り返った。
白衣を着た、研究者風の男。貧相な男に輪をかけて細く、いかにも身なりに気を遣っていなさそうなぼさぼさの頭をしている。
「こいつをやっちまえ!存分に暴れていいぞ!」
ぴく。
男の耳が動いたように見えたのは気のせいだろうか。
ぎらり、と異様な光を眼に宿した男は、命令を下した男のほうに、ねっとり、というのが一番ふさわしい擬音語だというように顔を向けた。
「あばれてぇ、いいぃぃい?ぅおまえぇ、それ、本当かぁ?」
「ああ!存分にやっちまえ!」
貧相な男が言うと、彼はにたり、と笑って、やおら両腕をがばっと天に掲げた。
「いぃぃでよおぉぉぉ、ブリリアントフレキシブルゲングルガンガー!!」
ご。
男の声と共に、辺りの地面が揺れる。
「な、何…?!」
ジルは慌てて後ろに跳び、男と距離を取った。
ご、ごご、ごごごご。
小刻みに揺れた地面が、唐突に盛り上がる。
ぼご。ごごご、ごしゃあっ。
派手な音を立てて、巨大な何かが地面から『生えてきた』。
「な……!」
絶句するジル。
そこにいたのは、大きな……岩で出来た人形、のようなものだった。
人間の2倍はあろうかという体長。ごつごつとした、不恰好なフォルム。そのいかつい様子が、化け物めいた雰囲気を助長していて。
人々は突如大通りに現れたモンスターに驚いて、急いでその場から離れていった。
ゆらり。
研究者風の男はうっとりとゴーレムを見上げると、不意にジルの方を見て、甲高い声を上げた。
「ひゃーっひゃっひゃっひゃっひゃぁ!ぅおれはぁ!ぅおれはやるぅ!」
真剣にヤバイ。
ゴーレム以上に強烈なその男に多少引き気味のジル。
剣もなく、あんな巨大なゴーレムに勝てる手段などない。
しかし、剣はそのゴーレムの向こうにいる男が持っていて。
ジルはぎり、と奥歯を噛みしめた。
「じ、ジルさん」
いつの間にか隣にいたコンドルが、ゴーレムを見つめたままジルに言う。
「ぼ、ボクがあのゴーレムの注意を引きます。じ、ジルさんはその間に、あの男から剣を奪ってください」
「えっ……」
ジルが驚いてコンドルを見る。
コンドルはちらりと彼女の方を向いて、こくりと頷いた。
その瞳にははっきりと、おびえの色が見て取れたけれど。
「……わかった」
ジルも頷いて、ゴーレムの方向に向かって身構える。
あたりの人々はだいぶ遠くの方へ逃げたようだった。
コンドルはゆっくりと、ジルの前に歩み出た。
そして、す、と両手を重ね、前に突き出す。
「陽よ、劫火を纏いし鳥となり捉えし全てを焼き尽くせ」
いつもの口調とはうって変わって、朗々と呪文を唱えると、コンドルの頭上に白く光る大きな鳥が現れた。
ゴーレムマスターはけひゃひゃひゃ、と奇妙な笑い声を上げた。
「ぅおれのブリリアントフレキシブルゲングルガンガー、無敵ぃ!無敗ぃ!完全無欠ぅ!ソテツはパイナップルうぅぅぅ!!」
微妙なことを叫びながらゴーレムマスターが手振りをすると、ゴーレムはぐおおお、と叫び声のようなものを挙げて両腕を振り上げた。
「行け、シャイニングフェニックス!」
コンドルがゴーレムを指差し叫ぶと、コンドルの頭上にいた光の鳥がふわりと浮き上がり、一直線にゴーレムへとつっこんでいった。
「目からびいぃぃぃぃぃぃむぅぅ!」
と、ゴーレムマスターが叫び、ゴーレムの目から光が放たれた。
ざっ。
光はシャイニングフェニックスに命中し、音もなく霧散させる。
「なっ……」
絶句するコンドル。
ガッツポーズで叫ぶ貧相な男。
「おおっ、すげえじゃねえか!その調子でバンバンやっちまえ、あんなガキどもけちょんけちょんにしてやれ!」
すると、ゴーレムマスターがまたねっとりと振り返る。
「……いっかぃうつとぉぉ、充填完了まで10分かかるぅぅ」
「使えねえなオイ!!」
全力でツッコミを入れる貧相な男。
コンドルは再び両手を重ねて構えるとシャイニングフェニックスを出した。
ごわっ。
今度は、陽の火の鳥はゴーレムを掠めるようにして大通りを通り過ぎていく。
「ひいぃぃぃやぁぁぁがははぁぁ」
「おうわぁっ!」
ゴーレムが避けた拍子に思い切りバランスを崩すゴーレムマスターと貧相な男。
その時。
「…っ!」
どん。
いつの間にか貧相な男のすぐ後ろに移動していたジルが、男を思い切り突き飛ばした。
「うわぁっ!」
悲鳴を上げ、地面に倒れる男。
それと同時に。
から、からん。
男の持っていたジルの短剣が、勢いよく地面に転がった。
「っ……!」
ジルは探検に向かって駆け出すと、急いでそれを拾い上げた。
「…っ、やった……!」
思わず手の中の短剣を確認するジル。
「っ、てんめえっ!」
貧相な男はようやく立ち上がると、ジルに向かって叫ぶ。
ジルはくるりと振り返って、剣を元のホルダーに納めると、剣を抜かずにそれに触れたまま、短く言った。
「……爪撃、閃」
と。
しゅっ……
何か、目に見えない軌跡が、男の胸から首筋にかけて走る。男の服が切り裂かれ、下の肌に赤く筋が入る。
男はびくっとして立ち竦んだ。
「て、てめぇ…な、何しやがった」
ふぅ、と息をついて、ジルが答える。
「……ゴーレムを引っ込めて、消えて、二度と私の前に姿を現さないで。
…私もまだ、完全にこれを扱えるわけじゃないから……次は、かするだけに出来るか、わからない」
「…なっ……」
男の顔が青ざめる。
「…コンドル!」
ジルは男に視線を向けたまま、コンドルに向かって叫んだ。
「このゴーレム、ダウンさせられる?!」
はっ、と顔を上げて、コンドルが頷く。
「は、はい、やってみます!」
ばっ、と構えて、コンドルは朝にやったように、長い呪文の詠唱無しに光の鳥を作り出す。
「……いけえっ!」
コンドルの掛け声と共に、鳥は一直線にゴーレムの腹めがけて突っ込んでいく。
ごうっ!
音無き音が駆け抜けて、バランスを崩したゴーレムはずしんという派手な音と共に尻餅をついた。
そこに。
「…斧舞、砕」
ジルの鋭い呟きと共に。
がごっ。
何か大きな刃が振り下ろされたような衝撃が、ゴーレムを一刀両断にする。
「ぅ、うぅぅうおおぉおぉぉぉおおお!ぅおれのぉ、ぅおれのブリリアントフレキシブルゲングルガンガーがぁぁぁ!」
膝を突くゴーレムマスター。
ゴーレムはみるみるうちに崩れ、土に還っていった。
号泣してくずおれるゴーレムマスター。
「ひ………ひゃああぁぁぁっ!」
貧相な男は、情けない悲鳴を上げると、連れを置いて一目散に逃げていった。
「…………ふぅ」
ジルは小さく息をつくと、もう一度短剣に触れ、わずかに微笑んだ。

「よ、よかったですね、ジルさん…け、剣が、戻ってきて……」
たどたどしく、だが自分のことのように嬉しそうにコンドルが言い、ジルはそちらの方を向いて頷いた。
「…うん。ありがとう、コンドル」
辺りはまだ騒然としていたが、誰かが自警団を呼んだのかばらばらと人が来始めている。
建物の陰に隠れていたレオナもこちらに寄ってきて。ジルは小さく言った。
「……面倒なことになる前に、新年会の会場に行っちゃおうか。もう、ここには用はないし…」
「そ、そうですね、真昼の月亭に行けば、レオナさんの保護者にも会えるんですし…」
コンドルの言葉に、頷くジル。
占いなど半信半疑だったが、確かに大通りで自分の剣が戻ってきたことを考えると、信じるほかあるまい。
「さ、さあ、レオナさん、行きましょう」
コンドルが手を引いて歩き出そうとすると。
レオナはその手を、ぐいと自分の方に引き寄せた。
「れ、レオナさん?」
「……いや」
レオナは小さく言った。
「え?」
「いや!会いたくない!おうちにも帰りたくない!ずっとママといっしょにいる!」
コンドルは未だに「ママ」のままだ。
コンドルは困ったように、レオナの顔を覗き込んだ。
「れ、レオナさん……ど、どうしてですか?」
問うも、レオナは拗ねたように横を向くばかり。
ジルは嘆息して、レオナの前にしゃがみ、彼女と目線を合わせた。
「…あなたの親はあなたのことを心配してるから怒るんだよ。もしかしたら心の底では怒ってないかもしれない。それは、訊いてみないと解らないんじゃないかな……?」
レオナは黙っている。
ジルはさらに続けた。
「あなたの親はあなたが嫌だと思うようなことをしたり、させたりするかもしれない。でもそれってきっと、あなたのことが大切だからしてることだと思うんだ……」
少し、黙って。
「……想ってくれる人がいるのは…とても……とても幸せなことだと思うよ…?」
少しだけ辛そうな表情になるジルを、コンドルが心配そうに見る。
レオナの反応はない。ジルは嘆息した。
「あ、あの、あの」
コンドルは困ったようにジルとレオナを交互に見る。
「あの、れ、レオナさん、お腹空いたでしょう?あの、新年会に行けば、た、食べ物いっぱいありますよ?」
ぴく。
レオナの表情が、わずかに動く。
そして、彼女は一歩踏み出した。
「………行く」
「は、はい!じゃ、じゃあ行きましょう!」
嬉しそうにレオナの手を引くコンドル。
「………………」
ジルは複雑な表情で立ち上がり、無言でその後を追った。

ストゥルーの刻-真昼の月亭へ

大通り -マティーノの刻-

「みんな盛り上がっていたなぁ…久しぶりに話せた人もいたし、楽しかったな」
一足早く真昼の月亭から出て家路についていたクルムは、まだ人で賑わう大通りをのんびりと歩いていた。
本当はもう少し早く帰るつもりだったがついつい長居をしてしまった。今からではネルソン家に新年の鐘までに戻るのは無理だろう。それなら、新年祭の幸せな雰囲気をもう少し堪能したい。
どん、どどん。
王宮の方から花火が上がる。人々は感嘆のため息と共にそれを見上げる。
花火職人たちがこの日のためにと作ったであろう、豪華絢爛な花火たち。
クルムは目を細めてそれを見やる。
来年もいい年になるのだろう。
そんな気持ちが素直にわいてくる。
と。
「………!!」
不意に、大きな力の波動を感じ、クルムは振り返った。
「…この、気配は……」
まさか。そんなはずはない。
彼女は今頃……
しかし、そんなクルムの気持ちを打ち破るかのように、クルムの後ろ、通りと店との間にぽかりと空いたスペースに、ぽうっと小さな光がともる。
光は瞬く間にいくつもいくつも現れ、集まって人の形を取った。
「……!」
どん、という、ひときわ大きな花火の音を合図にしたように。
音もなく、小さな光が空に散る。
そしてそこには、ほのかに光をたたえた、旅装束のテアが立っていた。
声も無く、それを見守るクルム。
いつの間にかちらちらと降り出した雪が、彼女の妖精のような神秘的な美しさをより一層のものにしていて。
「……クルム!よかった、会えて」
テアはクルムを見つけると、顔をほころばせた。
「ヴィーダで新年を迎えたくて戻ってきたの」
彼女の笑顔も、彼女の声も、彼女の言葉も。花火の光も、降り始めた雪も、鳴り響く新年の鐘も。
何もかもが完璧に美しく調和していて、自分が何か声を発したら、それが全て壊れてしまいそうで。
クルムは金縛りにかかったように、動くことも、声を上げることも出来ずにいた。
「ちょうど年が明けたのね」
王宮の大きな鐘を見上げながら言うテア。
周りの人々も、口々に新年の言葉を交わしあい、巡り来る新しい年を祝っている。
「転移術を掛けて貰うとき、前みたいに、到着地が違わないようにみんなのところに帰れるようにって一生懸命イメージしてきたのよ。
…本当はお店の前に着く予定だったんだけど」
テアが再びクルムのほうを向いて言い、にこりと微笑んだ。
「クルムが居るところに着いたのね。
新年の挨拶を、一番最初にクルムに言えてよかった。
あけましておめでとう、クルム」

『新年を迎えて、一番最初にことばを交わした方と、その年一年幸せに過ごせる、というそうですわ』

エータが言った言葉が、胸の中によみがえる。
クルムは、そこで始めて、笑顔をテアに向けた。

「……新年おめでとう、テア。今年も、幸せな一年を過ごせるといいね」

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