エピローグ -ミケ・レティシア-

「……っていうかミケ、全然覚えてないの…?」
ボロボロになった真昼の月亭の壁を修理する手伝いをしながら、レティシアはミケに訊いた。
ミケは二日酔いのまだ抜け切れていない顔で、げっそりと答える。
「はい……飲むと、本当に記憶なくなるんですよ……これ、僕がやった…んですよね…」
無残な姿になってしまった真昼の月亭の壁。
レティシアは苦笑した。
「まあ、ほとんどはリリィがやったみたいなんだけどね」
「おのれ……」
ぶつぶつとリリィへの恨み言をいうミケ。
と、ふと思い当たったように、ミケはレティシアに訊いた。
「……そういえば、よかったんですか、ご家族と久しぶりに会ったんでしょう?来てくれて、僕は嬉しかったけれど……家族で新年を過ごさなくて良かったんですか?」
「あ、ううん、それはいいの。家族とは今まで何回も新年を過ごしてきたし…ミケと一緒に、新年をお祝いしたかったから」
レティシアは笑顔で首を振る。
「でも、どうして突然、新年会…だったの?」
レティシアの言葉にミケはきょとんとして彼女を見、それからふっと微笑んで、壁の修理をしながら話し始めた。
「……新年って、家族で迎えたりするものじゃないですか。でも、冒険していたり旅をしていたりするとなかなかそういうのって難しいと。それで……それでですね、家族がいたり大切な人がいる人は、その人たちで迎えると思うから……。そうでない……新年になっても一人の人は、結構いるんじゃないかと」
それは、彼も含め。
家出していたり帰る家がなかったり仕事だったり。色々あるだろう。
「だったら、ああやって新年会を開いて、みんなで楽しく新年が迎えられたら、今年一年も楽しく過ごせるような気がして」
「なるほどね。ミケは優しいのね」
レティシアが微笑み、ミケは照れくさそうに苦笑した。
「そんなことないですよ。……でも、良かった。あんな風に楽しく過ごせて。一人で新年を迎えること、結構多かったから」
幸せそうな家族に、唐突に寂しい気持ちが湧いた。
家族でいたときには、楽しい新年会の思い出はなくて。
魔導師になってからは、一人で。
仲間がいたときもあったけれど、いないときのことの方が多くて。
寂しいなどという気持ちをもったことは、なかったのに。
それは、暖かい気持ちにたくさん触れたからこそ。その暖かさがないことが、こんなにも心を冷えさせる。
そして、そう思っているのはきっと、自分だけではないはずだった。
だったら。……そう言う人にも楽しんで貰えたらいいなと、そう思った。遠巻きに街の喧噪に巻き込まれていくのではなく。中心で、その人自身も笑えたらと。
「せっかくの新年ですし、どーんと派手に、やってみたいかなと思って。だから、参加してくれて嬉しかったです。ありがとうございます」
「ううん、私も楽しかった。ありがとね、ミケ」
レティシアが言い、ミケは微笑んで、大工道具を置いた。
「新年になってから初めて何て言ったかは…残念ながら覚えてないんです。
ですから、ノーカウント、ですよね」
「え?」
きょとんとするレティシア。
「ですから、今朝交わした言葉が、僕の新年最初の言葉ですよ。
改めて、今年もよろしくお願いします、レティシアさん」
「ミケ……!」
レティシアの表情がぱっと明るくなる。
「うん!また一緒に、今年も楽しく過ごしましょうね!」
ぱ、とミケの手を握るレティシア。
と。

『ミケ…お願いがあるの。手を……ギュって、握ってくれる?震えが…止まるかもしれないから』

握られたレティシアの手に、唐突に思い出が蘇る。
「……っ?!」
ミケは慌てて、レティシアの手を振り解いた。
「……ミケ?」
唐突なミケの行動に、レティシアは驚き半分、不安半分といった表情で彼の顔を覗き込む。
ミケは自分で自分のしたことが理解できないといったように呆然として、それから顔を真っ赤にして頭を下げた。
「あ、れ?いやあのすみませんっ!別に嫌だったとかそう言うんじゃなくってですね、ええと……すみませんでしたっ」
「??」
こちらもわけがわからなそうに、レティシアが首をかしげる。
ミケは真っ赤な顔のままくるりとレティシアに背を向けると、いそいそと大工仕事の続きに取りかかった。

エピローグ -ジル-

昨日、宿を出た時は、空は雲ひとつない快晴だったのに、どんよりと曇っているように見えた。
しかし、今日の空はとても明るい。このまま、空を歩くことだって出来そうだ。
ジルは腰の短剣に触れ、柔らかな表情でをれを見やった。
いつの間にか、エレーナに嫌われた、という思いはどこかに行ってしまっていた。
気のせい、と片付けてしまうにはあまりにも重い気持ちだったと思う。
だけど、その気持ちは、やはり自分の思い過ごしだったと、今なら思える。
エレーナは、ジルに前向きに生きて欲しかったのだろう。それなのに、それを汲み取ることが出来ず、焦燥ばかりに駆られて、人と関わることをしなかった。
が、剣を探しているときに、そして見つかってからの人の賑わいに。見失っていた何かを、見つけられた気がした。
まだ、はっきりと形にはなっていないけれど…気付かせてくれたこの一日に、素直に感謝したいと思う。
「…あ…そういえば、結局コンドルにお礼、言いそびれちゃったな…」
今度会ったら、必ず礼を言おう。
そう素直に思った自分が、少しこそばゆい気もする。
自分の勝手な解釈なのかもしれない。けれど…久しぶりに…とても久しぶりに、自分の居場所はあるのかもしれない、そんな風に思った。

――辛くても、自分に負けないで。

どこからか、エレーナの声が聞こえた気がした。

エピローグ -リィナ-

「…んーっ!いい天気!」
三日三晩泣き通し…とまでは行かないけれど。ショウが帰ってしまってしばらく落ち込んでいたリィナは、久しぶりに外に出て大きく伸びをした。
「いつまでもクサクサしててもしょうがないもんねっ!
お兄ちゃんの背中を守れる女の子になるために、リィナも頑張らなくっちゃ!」
おー、と元気よく拳を振り上げて。
誓いを新たにしたリィナ、だったが。
「……えっ?!」
リィナのペンダントが、唐突に光り始める。
「……よっ、リィナ♪」
そうしてやはり唐突に現れたショウ。
リィナは俯いてふるふると体を震わせた。
「リィナが……せっかく悲しみを乗り越えて頑張ろうって気合を入れたのに……」
「り、リィナ?」
その気迫に、たじたじと後ずさるショウ。
「乙女の純情を返せお兄ちゃんのヴァぁぁぁぁカぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
再び炸裂する、リィナすーぱーすとらいく。
「な、なんでだあぁぁぁぁぁっ?!」
ショウは再び、お星様となるのだった。

仕事しろよ。

エピローグ -アッシュ-

「ふむ。雪の次は雹に挑戦か。悪くない」
「前回は雪が降っているのに月も星も出ていたからな。その反省点も含め開発に取り組まねばならぬだろう」
「パパヤ・ビーチでの実験も必要だろうな。どんな状況下においても同様の結果を出せなければ意味がない」
「然り。では早速開発に取り掛かるとしよう」

「ママー、あのおじちゃんたちなんでおんなじ顔してるのー?」
「しっ。見ちゃいけません」

エピローグ -コンドル-

「ありがとうございましたー」
魔術師ギルドから出てきたコンドルは、嬉しそうな表情で階段を駆け下りた。
後ろから、リュートとテイルもぱたぱたとついてくる。
「今日送れば、兄さまの誕生日にちょうど着くね、リュートくん」
リュートに語りかけて、わくわくした様子で空を見上げる。
「兄さま…元気かなあ…」
おそらく兄も同じ空を見ているのだろう。
コンドルは遠い空の下にいる兄に思いを馳せた。

エピローグ -オルーカ-

「へえ、じゃあ、お父様は毎週二日は必ずお家にいてくださるようになったんですね」
「そうなの!」
大通りのしゃれたカフェテラスで。
レオナは家の環境が変わったことを、嬉々として語った。
「良かったじゃないですか。これからはたくさん遊べますね、レオナ」
「うん!…あ、でも、オルーカをママにする計画は、まだ諦めたわけじゃないのよ?」
「うふふふ、それはさすがに、愛の女神様のめぐり合わせ次第ですね」
「もーうっ!パパお金持ちだし、よく働くし、先は短いし、有望株よ?」
「……最後の一言が気になるのですが……」

エピローグ -アルディア-

「こないだのクライアントさん、大喜びで!ホントにありがとうございました、ディストさん!」
仲介の青年が嬉しそうに語り、アルディアは薄く微笑んだ。
「何、少し手こずったがな。それで、今回はどんな依頼なんだ?」
「えっと、火傷の治療薬を、これだけ…お願いできますかね」
「…成る程。それでは、また森に入らねばならんな……」
アルディアは言って、傍らにあった胴当てを身に付けた。
「よろしくお願いします、ディストさん」
「判った。戻ったらまた連絡する」
淡々とそう言い置いて、アルディアは颯爽と宿を後にした。

エピローグ -ケイト-

「いやー、久しぶりに楽しい新年だったよ!ありがとうね、アカネさん」
「そんな、私は何もしてないですよ。ケイトさんこそ、たくさんお料理作ってくださってありがとうございました。これから、どうなさるんですか?」
「そうだねぇ、また旅から旅への根無し草さ。また、ヴィーダに立ち寄ったときには寄らせてもらうよ。それまで元気でね」
「はい、ケイトさんもお元気で」
アカネが手を振り、ケイトはそちらに笑顔を向けると、くるりと踵を返して真昼の月亭を後にした。

エピローグ -クルム-

「忘れ物はない?クルム」
「うん、大丈夫。ありがとう、テア」
入り口まで見送りに出たテアに、笑顔を向けるクルム。
師・イストークから連絡があり、新年の挨拶をしに育った家に戻ることになったのだ。
「テアは、もう学校が始まるんだよね。がんばって」
「ええ。クルムも、道中気をつけてね」
「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい、クルム」
手を振るテアに手を振り返して、クルムはネルソン家を後にした。

新しい年に、新しい希望を乗せて歩き始める人々。
年が変わると変わらぬとに関わらず、時は変わらずに平坦に流れていくのだろうけれど。
過ぎ去って行った日々への後悔を捨て、やがて来る未来への希望を新たにする。
新しい年というのは、その節目として、これからも変わらずに人々を通り過ぎていくのだろう。

巡り来る未来に希望を委ね。
新しい年に、たくさんの幸が舞い降りんことを。

….Happy New Year!

“HAPPY NEW YEAR!” 2006.9.20.Nagi Kirikawa