中央公園 -ライラの刻-

まだ太陽がその姿を現しておらず、山が少し白み始めたか、というその頃。
ほとんどの者たちがまだ夢の中を漂っているその時が、料理を生業とする者たちの活動開始時間である。
中央公園のほど近く。大通りのすぐ脇に、生鮮食料品ばかりを取り扱う問屋街はあった。
マティーノの刻がライラの刻に変わる頃に店を開け、ルヒティンの刻にはもう閉めてしまう。一般の客でなく、店を持ち商売をしているものを対象とした店たちだ。

「それにしてもケイトさん、今日は早起きでしたね」
まるでそこだけ別世界のように活気溢れる町並みを歩いているのは、真昼の月亭の看板娘、アカネ・サフランと、昨日から滞在しているカトリーヌ・ウォン・カプラン。
小柄で華奢な、どこから見ても普通の少女であるアカネと、大柄な体にさらに大きなかごを背負い、赤褐色の肌に特徴的な「炎の爪痕」が走るケイトが並んで歩く様子は、どうにもアンバランスな心地がする。
アカネの言葉に、ケイトは嬉しそうに頷いた。
「そりゃあそうさ!皆さんが来る新年会とあっちゃ、酒に酔った体で料理をするわけにはいかないからね!」
「ああ、そういえば昨日はお酒を飲んでなかったですよね」
得心が行ったように、アカネ。
ケイトはうんうんと頷いた。
「そうさ。料理は買い出しから!いい材料を見極めて安く仕入れるのも、料理人の腕のうちさね。仕入れをサボってうまい料理を作れる訳がないよ!」
「ふふふ。ケイトさんのお料理、楽しみにしていますね」
アカネとケイトは楽しそうに連れ立って歩きながら、さまざまな食材を仕入れていった。
「おっちゃん、今日で店仕舞いだろ?もうちょっとマケてくれたってバチは当たらないんじゃないかい?」
「これ以上負けるのかい?そんなこといったらうちぁ年越せなくなっちまうよ」
「そんなこといったって、これが売れ残ったら丸損だろ?ちっとでも負けてくれりゃその分の金は入るんだ。勉強しとくれよ~」
「ん~姐さんにゃかなわないね!じゃあ…大負けに負けて銀貨2枚!」
「銀貨1枚銅貨5枚!」
「おいおい、そりゃあんまりだろ。銀貨1枚と銅貨9枚!」
「銀貨1枚銅貨8枚!これ以上は譲れないね!」
「あーもう、姐さんには負けたよ!持って行きやがれ!」
やけくそ気味に言って、野菜をケイトのかごの中に入れる主人。
「いや~悪いねぇ♪んじゃ良い御年を!」
ケイトは上機嫌で代金を払う。
アカネが感心したようにため息をついた。
「はぁ~…すごいんですねえ、ケイトさん」
「このくらい朝飯前さ。なんだい、アカネさんは仕入れで値段交渉したことないのかい?」
ケイトが訊くと、アカネはにこりと笑った。
「そうですね。だって皆さん、私が何も言わなくても……………れば…………てくれますから」
「…えっ?すまないね、ちょっと周りがうるさくてよく聞こえなかったんだけど」
「さ、じゃあ行きましょうケイトさん」
「ちょ、ちょっとアカネさん?肝心なところが聞こえないといろいろ想像してヤなんだけど、アカネさーん?!」

ルヒティンの刻・真昼の月亭へ

中央公園 -ルヒティンの刻-

夜も明け、朝食が終わった時間帯…ルヒティンの半刻を過ぎると、街もだんだんと活気づいてくる。
ここ中央公園でも、昨日から準備が進んでいた新年祭のバザーが華やかに始まっていた。
自分の家の要らないものを捨てるよりは多少の金に、と出すものもいれば、クルムが下宿しているネルソン商会のように、普段店では出来ないようなサービスをバザーで、と出店する店もある。
今日は、店主であるソーヤ・ネルソンの娘アリシアが、中央公園のバザーに出向いていた。
問屋街の方にある本店は3日前に仕事納めをし、ソーヤと、アリシアの夫マイトが母屋の大掃除中だ。
アリシアは母を亡くしてからソーヤと2人で店を切り盛りしてきた実績もあり、客さばきの手際もいい。とはいえ、2歳でまだまだ甘えたい盛りの息子マルセルを連れてでは、色々と不便もある。クルムは何かがあったときに、一番身軽に動ける自分が役立とうと思っていた。
「はい、銅貨5枚ね。ありがとうございましたー」
愛想良くアリシアが言って、客に品物を渡す。
ネルソン商会が店頭で扱っているものは主に量り売りのドライハーブだが、まさかこの狭い長机ひとつの上で量り売りをするわけにもいかない。そのハーブを使ってアリシアが作る、ちょっとした薬やハーブソープ、リースやサシェなどが並んでいる。アリシアのハーブ製品はよく効くと評判で、さらに通常の値段の3分の2から半額ということも手伝ってか、バザーが開始してからさして経っていないが飛ぶように売れている。
「ふぅ、だいぶはけたわね」
息を吐いてアリシアが言う。クルムはにこりとして頷いた。
「そうだね。あっという間だった。もう、商品もそんなにないし…あとはちょっと楽が出来そうだよね」
「そうね。じゃあのんびりと、追加のリースでも作ってようかしら」
アリシアは椅子に腰掛けて、余っていたハーブを取り出し編み始める。小さなマルセルは先ほどもらったハーブキャンディーを舐めながらおとなしくしている。クルムが出動しなければならないような緊急事態もさしてなく、このままつつがなく終わりそうだった。
めぼしい商品はあらかたはけ、残っているのはあまり需要のなさそうな…効能がよくわからないようなものばかりだった。
クルムは籠の中にバラバラに入っていたそれを、綺麗に机の上に並べ直した。
煎じ薬とわかるパッケージに、漢らしく筆書きで名前が書かれている。
「『滋養強壮』『一発☆快癒』は…まあいいとして…この『笑う絶対神(ミドルヴァース)』とか『冷静と情熱の中心は、君だ』っていうのは…」
一目で効能が全くわからない。
アリシアは編む手を止めずにクルムのほうを見て、目を細めた。
「マイトはハーブが好きで、ハーブの事を知り尽くしてるけど、知識じゃなくて感性で調合するの。芸術的な一品よ?効くわよ~」
いやだから何に効くかを訊いてるんですが。
しかし、それを訊くのは少し怖いような気がして、クルムはそれ以上の追求を控えた。
「効き目を分かってくれる、マイトのファンみたいなお客さんが買っていってくれるの」
「へぇ……」
この品書きで効能がわかる…のは、やはり相当のファンなのだろう。
自分の知らない世界があることに、クルムは素直に感動を覚えた。

その頃。
「み…見つからん……やはり……このような場所では売っていないのだろうか…」
顔面に悲壮な表情を貼り付けたアルディアが、人並みでごった返す中央公園をフラフラと彷徨っていた。
年の瀬に入手しにくい薬の調合など普通の店には頼めないからこそアルディアに頼んだのだ。通常の薬草の問屋など開いているはずもなく。
藁にもすがる思いで、中央公園で開かれているバザーに来てはみたが…やはり藁は藁でしかなかったようだ。まさに八方ふさがりである。どうしたらいいものか……
「…………うん?あれは……」
きょろきょろと見回していると、向こうに知った顔を見つけた。
向こうもこちらに気づいたようで、にこりと笑って手を上げる。
アルディアは人の波に逆らわずにそちらに歩いていくと、彼に挨拶をした。
「やあ、アルディア。久しぶりだね」
「あぁ、やはり貴方だったか、クルム。元気そうで何よりだ」
気さくに笑う少年は、つい先日の依頼を共にした冒険者だ。冒険者をしているからか、見かけよりずっと大人びた心の持ち主で、関わった時間は短いが、アルディアは好感を持っていた。
「新年祭のバザーを見てるんだ?いろいろあって、楽しいね。よかったら、ここも見てって欲しい」
「あ、ああ…だが私は」
バザーが目的ではなく、と言いかけて、クルムがいるブースの商品を見、目をわずかに見開く。
「此処は……薬を売って居るのか?」
驚いた様子のアルディアに、クルムは笑顔のまま頷いた。
「ああ。オレがお世話になってるネルソン商会は、薬草の仕入れを主に扱ってるんだ。
本店の方はもう店じまいしたけど、今日はちょっとしたものをバザーに出させてもらってるんだよ。オレはその手伝い」
クルムの話を聞いているのかいないのか。
アルディアは机の上の煎じ薬の袋を取って、それをしげしげと眺めた。
「これは…これには、チルマァの葉が入っているのか?」
アルディアの口から薬草の名前が出たので、アリシアがリースを編む手を止めてそちらを見る。
「…ええ、確かそのはずだけど…」
「…そうか。独特の香りがしたからもしかしたらと思ったが…ありがたい、これを使って薬を仕上げることにしよう」
「待って、他のものが混じっていていいの?薬師さんのようだけど…何かを調合しようとしてるんでしょう?」
アリシアが立ち上がって問う。
アルディアはやや眉を寄せて答えた。
「ああ、パスカ病の治療薬なのだが…恥かしい話だが、材料を無くしてしまって…」
「なるほどね…足りないのは、チルマァの葉だけ?」
「ああ、あとハウレの根もだが…」
「他は揃っているのね?」
「ああ、あとはその二つだけだ。問屋街も皆店仕舞いをしてしまっていてな…」
「その二つなら、まだ在庫がありそうね」
アリシアは手元のメモにさらさらとなにやら書くと、クルムに手渡した。
「クルム、悪いけどお店に行って、この薬草を持ってきてもらえる?
少し珍しい薬草も入っているけど、マイトにこのメモを見せればすぐに分かるから。彼に揃えて貰って」
アルディアは驚いて手を上げた。
「い、いや、其の様な迷惑は………」
「何言ってるの、必要なんでしょ?ウチなら大丈夫だから、どんとまかせなさい」
アリシアに笑みを向けられ、アルディアは申し訳なさそうに肩を落とした。
「……………う………あ、いや、すまない……頼む…」
クルムはメモを取ると、机の脇を通って道に出た。
「わかった。じゃあアルディア、オレこの薬草を持ってすぐ戻ってくるから!」
元気にそう言い残して、バザーの人ごみの中へと駆け出していく。
アルディアはそれを見送ると、再びハーブ製品の並ぶブースの方を向いた。
「あー」
先ほどまでおとなしくしていたマルセルが、自分が持っていたハーブキャンディの包みをひとつ、アルディアに差し出す。
「………うん?どうした、坊や…?………ハーブキャンディ?……私に、くれるのか…?」
アルディアはそれを受け取ると、目を細めた。
「…有難う、良い子だな」
包みを解いて口に入れれば、独特の香りと甘い味が口中に広がる。
「どれ、世話になってばかりと言うのも気が引けるし、何か買わせて頂こう」
「あらそんな、気を使わなくていいのよ?クルムの友達なら、私たちにとっても友達だし」
アリシアが微笑んで言うと、そちらの方にわずかに笑みを返す。
「…いや、正直な所、私自身、興味が有るのだ。別に気を使っているわけではないよ。
ふむ、取り敢えず此れを貰おうか」
例の「冷静と情熱の中心は、君だ」と書かれた袋を取り、代金を支払って。
袋をしげしげと眺めながら、少し戸惑ったような声を出す。
「此れは…効能が書かれていないではないか…まあ良い…ふむ。
色は少し赤茶がかって粗め…其れにこの独特の甘い匂いは………セズーネか」
ぶつぶつと言って、やおら包みを開けると、中の薬草を取り出して口に入れた。
もぐもぐと咀嚼し、頷く。
「………ふむ、やはりな…他に使われているのは……」
無表情ではあるが微妙に目が輝いているアルディア。
と、そこで、王宮に備え付けられた大きな鐘がひとつ鳴った。ルヒティンの四半三刻を告げる鐘だ。
アルディアははっとして顔を上げた。
「し、しまった、時間が…!!」
渋い顔をして、アリシアのほうを向く。
「すまない、アリシア!少し場所を借りるぞ!!」
「えっ?え、ええ、構わないけど」
アリシアは少し驚いた様子で、しかし快くブースの中にアルディアを入れた。
アルディアは胴当てから調合中の薬草を取り出すと、調合表を開いた。
「ええと、何処まで行ったかな……あぁ、そうだ、此処だ。
…く……先に此方の作業を済ませて置かなければ間に合わん…!」
苦い顔で言うアルディアを、アリシアが覗き込む。
「急ぎの仕事なの?私も一応知識はあるから、何か手伝えることがあったら言って?」
アルディアは一瞬躊躇したが、遠慮している場合ではないと判断し、苦い顔で頷いた。
「………………す、すまない、では頼む。
依頼されているのはパスカ病の治療薬だ。
材料はクルムに頼んだチルマァとハウレの他に、リュリン・サボリナの葉、ノゼコの種、ソリカスの根だ」
「……うん、揃っているようね」
アルディアが広げた薬草を確認しながら頷くアリシア。
「クルムに頼んだもの以外の残りの材料は纏めて持って来ているので、私が挽いていく。
アリシアはすまないが、乾燥させたサボリナを一度湯に浸けて戻して欲しい」
「わかったわ。道具はここにあるものを使えばいいのね?」
「ああ。出来れば其の後にソリカスを擂って欲しい」
「了解。分量はどれくらい?」
「…あぁ、大丈夫だ、既に量ってある。其の小瓶の中に有る分全て使ってくれ」
アリシアに指示を出しながら、てきばきと薬草を擂っていくアルディア。
しばし、二人は黙々と作業を続けていた。
と、そこに息を切らしながらクルムが戻ってくる。
「お待たせ、アルディア!」
「あぁ、クルム、戻ったか。
有難う、此れで薬を作る事が出来る…!」
アルディアはクルムが持ってきた薬草の袋を受け取ると、焦った様子で中から薬を出し、再び擂り始めた。手馴れた様子のアリシアの作業も手伝ってか、瞬く間に作業が終わっていく。
「………で……出来た!!」
最後の調合の作業が終わり、アルディアはがくりと気が抜けたように跪いた。
「時間は!?」
「まだミドルの刻にはなっていないくらいだよ」
クルムの答えに、力強く頷いて。
「…ま、まだギリギリ間に合いそうだな…!
よし、納品してくる!!すまない、直ぐに戻る!!」
慌しくそう言い残して、アルディアはすっくと立つと再び人ごみの中に消えていった。
「いってらっしゃい、気をつけて」
「がんばれ、アルディア」
アリシアとクルムはその背中を見送って、見えなくなってからほっとして微笑みあう。
「間に合ってよかったね。ありがとう、アリシア」
「お礼を言われることじゃないわよ。クルムもお疲れ様」
ふぅ、と息をついて椅子に腰掛けて。
アルディアが商品をあらかた買っていったので、もうさして売るものもなく。ネルソン商会のブースには再びぽかんとした時間が訪れた。
「……そういえば……」
クルムはふと思い立って、ポケットをごそごそと漁った。
親しい友人から貰った、何通かのニューイヤーカード。
一番上はミケからのものだ。
新年会の誘いが書いてある。先約がなければぜひいらしてください、と丁寧な字で書かれていた。
ひらり、とめくって、2枚目は以前とあるイベントで知り合った、ミルカという少女。
魔法学校の学生で、テアとも仲が良い。白地に青い縁取りの星の模様がちりばめられたかわいらしいカードに、これまた女の子らしい丸い文字で、田舎に帰ってるけど、新年のイベントに合わせて帰ってくる予定、新刊の原稿が上がればね!今猛烈追い込み中よ~!と書かれている。
「……新刊の原稿って何だろう……?」
ここにも、クルムには判らない世界がありそうだ。世界は広い。
「もう、ヴィーダには帰ってきてるのかな…」
つぶやきながら、もう一枚カードをめくる。
そこで、クルムの手が止まった。
淡いピンク地に花の飾り枠がプリントされていて、枠の少し下に本物の小さなレースのリボンがついたカード。
書き手の穏やかさを表すような、丁寧で美しい字で、こう書かれている。

「終わりと始まりのお祭と、新しい年、おめでとう
クルムがヴィーダで私を助けてくれて、
ネルソンさんの家族になることが出来て嬉しかったわ。
本当にありがとう。
来年の、その先もずっと、
たくさんの幸せがクルムに訪れますように。

システィア・フォルナート」

「テア……」
テアからのカードをじっと見つめながら、無意識のうちにつぶやく。
テアはヴィーダにやってきたときに少しトラブルがあり、クルムがそれを助けたことから、クルム同様ネルソン商会に下宿することになったのだ。
彼女とは知り合ってそれほど時が経っていないが、たおやかな優しさの中にもしっかりとした芯の強さがあり、一緒にいると暖かい気持ちになれた。
ぼうっとテアからのカードを眺めていると、隣にいたアリシアがくすっと笑う。
「寂しい?」
「……え?」
何を言われたのか判らず、気の抜けたような声を返すクルム。
アリシアはニューイヤーカードの時のような意味深な笑みを浮かべて、言った。
「テアちゃんに会えなくて」
「え」
思ってもいなかったことを言葉にされ、クルムの頬がかすかに染まる。
アリシアはそれに満足したように満面の笑みを浮かべると、さっと話題を変えた。
「そういえば、お友達の主催の新年会があるって言ってたじゃない?
もうそろそろお店も引き上げるし、マイトが迎えに来てくれるから、クルムそっちに行って良いわよ。ああ、たしか一品持ち寄りだったわよね」
思い出したように言って、アリシアは長机の下にある紙袋をごそごそと漁る。
そして、綺麗にラッピングされたケーキのようなものをクルムに差し出した。
「お得意さまへのお年始用に沢山作ったから、持って行きなさい」
クルムは話題の転換についていけずに目を白黒させたが、差し出されたものはとりあえず笑顔で受け取った。
「ありがとうアリシア。じゃあここを片付けてから行かせてもらうよ」
「そうね。じゃあちょっと早いけど、店じまいにしましょうか」
と、アルディアが椅子から立ちかけたところに、たたたっとこちらに駆け寄ってくる足音。
「只今……どうにか、間に合ったよ。本当に有難う。感謝する」
息を切らせて戻ってきた、アルディアだった。クルムが驚きつつ、笑顔で迎える。
「わざわざ、それを言いに戻ってきてくれたんだ?気を遣うこと無かったのに」
「いや、本当に感謝している。クルムもアリシアも、有難う」
アルディアが改めて礼を言うと、アリシアはにこりと微笑んだ。
「困ったときはお互い様。良かったら今度うちのお店に来てね。サービスするわ。問屋街の『ネルソン商会』よ。うちのお店、マイトの趣味で、結構珍しい種類の薬草も扱ってるの」
にっこりと微笑んで店までの地図を書いたメモを渡すアリシア。
アルディアは真面目な表情でそれを見つめた。
「ネルソン商会…?…ああ、是非。是非に伺わせて頂く」
アルディアは力強く頷いた。
「私も薬師をしているが、独学では知りえない事が沢山有る筈だ。色々と話を聞かせて欲しい」
「ええ。マイト…ああ、私の主人だけど、マイトも一緒に、3人で情報交換が出来たら楽しいわね」
アリシアもにこりと微笑む。
ふとしたきっかけで出来た新たなつながりをほほえましく眺めながら、クルムはふと思いついて、先ほどのニューイヤーカードを見た。
「…そうだ、アルディア」
ミケのカードを出しながら、アルディアに話しかける。
「友人が年越しパーティに誘ってくれたんだけどもし都合が良かったら、アルディアも行かないか」
「年越しパーティー?」
きょとんとするアルディア。クルムは笑顔のまま頷いた。
「銀貨2枚と持ち寄り一品で、誰でも参加出来るんだって。友人はすごく良い人でね、その彼が企画したから、きっと楽しいパーティになると思うんだ。どうかな?」
「ふむ、新年会…か。
私のような、面識の無い者が行っても大丈夫なのだろうか…?」
「もちろん大丈夫だよ。きっと、みんな歓迎してくれるさ。
今アリシアとアルディアが仲良くなれたように、たくさんの人とつながりがもてたら楽しいだろ?」
屈託の無いクルムの笑み。
アルディアは目を細めた。
「……そうか……。…ふふ、新しい年を大勢の者と過ごすのも悪くないな…」
「じゃあ、行ってくれるんだね」
「うむ、誘ってくれて有難う。…一緒に行かせてくれ、クルム」
アルディアが頷いて、2人は嬉しそうに笑みを交わした。

ミドルの刻-大通りへ

レプスの刻-大通りへ

中央公園 -ミドルの刻-

中央公園の出店は大盛況だった。
向こうの方でバザーもやっているが、名物の大きな噴水の周りには、まさに祭りといった風情の屋台が所狭しと並んでいる。
カステラ、クレープなどのお菓子から、フライドポテト、ベーグルなどの軽食、持ち歩きながら遊べる玩具。ダーツや射的などもある。
コンドルとジルはたくさんの店と、それに群がるたくさんの人々に、多少辟易しているようであった。
「た、たくさん人が、い、いるんですね…」
「…そうだね」
感心したようなコンドルの言葉に、淡々と答えるジル。真昼の前で出会ってここに来るまでの間、ずっとそんな構図が続いていた。ジルが喋るのが苦手なのか、それともあまり人と関わりたくないのかは判らないが…コンドルもそんなに、人間と喋るのは得意な方ではない。
「あ、あの、ボク、兄さまの誕生日プレゼントを、買おうと思って……」
「…そうなんだ。見ておいでよ」
何か話題を提供しようと口を開いても、軽くかわされてしまう。コンドルは若干さびしそうな表情で、じゃあ、と言って向こうの雑貨の方に行ってしまった。
ジルは一瞬申し訳なさそうな顔になるが、すぐに嘆息してきびすを返す。
せっかく来たのだから、いろいろ見て回るのも良い。本当にたくさんの屋台がある。
ジルは食べ物から工芸品、アクセサリー、旅用品など、いろいろな屋台があるのをじっくりと見ていった。もっとも、大して物は買っていないが。こういうものは、雰囲気が大事なのだ…と思っている。
「よっ!そこのお嬢ちゃん!」
声をかけられ、おおよそ「お嬢ちゃん」の自覚がないので自分の後ろに誰かいるのかと振り向いてみる。
「あんただよ、あんた!そこのでっかい猫耳のお嬢ちゃん!」
大きな猫耳と言われれば、この中には自分しかいないようだ。ジルは少し驚いて、声をかけてきた屋台の主人の方を向いた。
「どう?今夜のおかずに。安くしとくよ!」
「………魚…?」
その屋台は、魚を簡単に調理して売っているらしい。所狭しと、焼いたり揚げたりした魚が並んでいる。が、他の食べ物のように、歩きながら食べられるといった類の品物ではないようだ。
ジルは少し眉をひそめた。
「…いや、私は……」
「そんなこと言わないでさあ!ほら!このカニ!美味しいよー、今なら銀貨1枚で大奉仕!買って損はないから、絶対美味しいから!ね!」
「…あの………」
いらないと言えないでいるうちに、ジルは無理やりカニを押し付けられ、銀貨1枚を取られていた。

「どんなのにしようかな…兄さまへのプレゼント……」
一人、楽しそうに屋台をめぐるコンドル。
「あれっ…コンドルじゃない?」
と、声をかけられ、振り向く。
「あっ……れ、レティシアさん」
以前共に依頼を受けたレティシアの姿に、コンドルは笑顔を浮かべた。
「コンドルも新年祭に来てるの?」
「あ、は、はい…あ、あの、に、兄さまの、誕生日プレゼントを……」
「へぇ、コンドルもお兄さんいるんだ」
「は、はい……あ、ああっ、えっと、あの…それもあるんですけど、あの、探し物を、してるんです…」
「探し物?」
きょとんとするレティシア。
コンドルはこくりと頷いた。
「えっと、さっき、あの、怖い人から助けてくれた人が…あの、その怖い人に、剣を持っていかれてしまったんです…それで、その人を探してて……」
「ホントに?!悪いことをするヤツがいるのね!ちょうど私も人を探してるところだし、一緒に探してあげる。どんな人?」
「え、あぁあの……」
男の特徴を、と聞かれても、とっさのことであまりよく覚えていない。かといって、ジルの持っていた剣の特徴はもっと覚えていない。今更ながらに、手がかりがないことをコンドルは痛感した。
言いよどむコンドルを根気強く待っていたレティシア、だったが。
「あっちで魔王ゲーミフィギュアが大特価ですって!」
「ぬわんですってぇぇっ?!」
どこからか聞こえてきた声に激烈に反応する。
「ごめんコンドル!私行かなきゃ!また後でね!」
どこにいるのか、どこで待ち合わせるのかも、相手の返事すら待たずに、レティシアは走り去っていってしまった。
「あ……れ……レティシアさん…?」
コンドルは呆然と、それを見送っていた。

ジルはなんとなく釈然としない気持ちでカニを持って歩いていた。すると、向こうの方からコンドルが歩いてくる。
「あ、じ、ジルさん」
「………プレゼントは、買えた?」
「あ、は、はい。いいものが見つかりました」
コンドルは嬉しそうに笑って、手の中にある包み紙を大事そうに撫でた。
「…じ、ジルさんは…そのカニは……お、お好きなんですか…?」
ジルとカニという取り合わせが意外だったのか、コンドルが目を丸くして問う。
「いや…なんか知らないけど……買うことになっちゃって…」
「…た、食べるんですか?」
「いや、食べ方わからないし……どうしよう」
困った顔のジルにつられて困った顔になるコンドル。
と、ふいに何かに思い当たったらしく、ぽんと手を叩いた。
「あ、あの、じ、ジルさん、あの、さ、さっきのお店…真昼の月亭っていうんですけど、あそこで、今日、し、新年会があるんですよ」
「新年会?」
きょとんとして、ジル。
「は、はい。あの、ぼ、ボクの知り合いの方が幹事なんですけど、銀貨2枚と、持ち寄り一品で、だ、誰でも参加できるんです。じ、ジルさんもよろしければ、そのカニを持ち寄り品にして、みんなでパーティーしませんか?」
うきうきした様子で、一生懸命話すコンドル。
ジルは少し考えて、頷いた。
「……そうだね。このまま腐らせるのももったいないし。そうするよ」
コンドルは嬉しそうに微笑んだ。
「は、はい、じゃあ、夕方からですから、それまでにジルさんの探し物を見つけましょうね」
「…そうだね」
ジルはそこで、わずかに微笑んだ。
「じゃ、じゃあ、早くパフィさんのところに…」
と、コンドルが歩き出そうとしたところで。
どんっ。
「うわぁっ?!」
「きゃあっ」
今日はぶつかる人が多い。ぶつかりデーだ。
やはりドンとぶつかって始まるロマンスは王道中の王道であろう。
この場合あまり関係ないが。
「ご、ごめんなさい、よ、よそ見してて…だ、大丈夫ですか?」
「……大丈夫?コンドル…この辺りは人が多いんだから、ちゃんと気をつけてないと」
「す、すみません……」
コンドルが慌てて助け起こしたのは、肩までのウェーブのかかった金髪に、青いコートを着た少女だった。
彼女は助け起こしたコンドルをまじまじと見ると、やおらその小さな体に抱きついた。
「ママ!!」
「ま、ままままママ?!」
激しくうろたえるコンドル。
いくら髪が長いからとはいえ、自分とさして変わらないか、ともすると自分より下の年齢にも見えるコンドルをママ呼ばわりはいかがなものだろう。
ジルは冷静にそんなことを考えたが、とりあえず落ち着いた表情で言う。
「……コンドルの子供?」
「ちちちちがいます!あの、ええっ?!」
面白いほどうろたえるコンドル。
少女は声をかけてきたジルの方を見ると、首をかしげた。
「……ママ?」
コンドルに抱きついたまま。
ジルは怪訝そうに眉を寄せた。
「…ママを探しているの?」
その言葉に、少女はむっとして顔を背ける。
「あ、あの、ええっと、お、お名前は…」
コンドルが問うと、少女はうつむいたまま、小さく答えた。
「……レオナ」
「レオナさん、ですね」
「お父さんかお母さんと、一緒に来たの?」
ジルの質問には、相変わらずむっとしたように黙りこくる。
ジルが気に食わないのか、それとも…
「あ、あの、ジルさん。この子の保護者さんを探してもいいですか?」
「……それは、構わないよ。迷子だったら、きっと探してる人がいるだろうし…」
ジルは無表情で、それでも肯定の意を示した。
コンドルは嬉しそうに表情を緩めると、レオナの手を取って立ち上がらせた。
「じゃ、じゃあ、行きましょう……あの、ボクたちも今、探し物してるところなんです。
今から、すごくよく当たる占い師さんのところに行きますから…そこで、レオナさんのことも一緒に占いましょうね」
レオナは優しく言うコンドルの顔をじっと見て…ややあって、こくりと頷いた。
「…じゃあ、行く先々で、このこの保護者らしき人を見なかったか、ざっと訊いてみよう」
ジルが言い、コンドルはそちらに向かって頷く。
「そ、そうですね。み、見つかると良いですけど…」

しかし、結局レオナの保護者を見たという人も見つからないまま、パフィの占いのブースにたどり着いた。
「わ、わぁ……や、やっぱり、大人気なんですねえ…」
予想通りというか、パフィの青いテントにはすでに長蛇の列ができていて。
コンドルたちは、その後ろに並ぶことにした。
レオナは先ほどコンドルに買ってもらったフライドポテトをおとなしく食べている。
「……こんなに列が出来るなんて…その占い師、よっぽど当たるんだ?」
ジルが自分の知らない世界を語る調子で言うと、コンドルは頷いた。
「は、はい…それはもう本当に、よく当たるんです」
「占いとかって、そんなに信じてないんだけど…どんな占いをするの?」
「た、タロットカードを使った占いです」
「タロット……あの、神々を模したカード?」
「は、はい。あの、手を触れずにカードを動かすんです。と、とってもよく当たるんですよ」
「…とってもって…どのくらい?」
「と、とってもです。外れることがないですよ」
「そう……?」
コンドルの口調もあいまってか、当たる当たると言われるほど胡散臭い。
が、当たると信じている人間の前でそれを口にするのも気が引ける。ジルはそれについては特にコメントせず、質問の矛先を変えた。
「…コンドルは、前に占ってもらったことがあるの?それとも、コンドルの個人的な知り合い?」
「あ、あの、い、以前に受けた依頼で知り合って……」
「…そう。結構、依頼を受けることって、あるの?」
「あ、あの、はい……じ、自分で、お金稼がなきゃいけないし…」
「そうなんだ…偉いね。若いのに」
自分も相当若いのだが、まあコンドルの方がずっと若いのでそういう言い方をする。
もっとも、どこからどう見ても子供の彼を雇う者はそうそういないと思うのだが…自分も似たようなものなのだし。
と、そんなことを言っている間に、列は短くなり、コンドルたちの番になった。
コンドルはテントの入り口にかけられたカーテンをめくると、中の人物に声をかけた。
「こ、こんにちは、パフィさん。お元気ですか?」
中にいた人物は、コンドルの顔を見ると嬉しそうに微笑んだ。
「あ、コンドルー。お久しぶりなのー」
その少々間延びした声に、ジルは意外そうな顔でコンドルに続いてテントの中に入る。
テントの中に座っていたのは、青い占い装束を着たまだ若い少女だった。顔の両脇から伸びるふさふさした白い耳、床に横たわる大きな尻尾から、白竜族なのではないかと思う。
パフィ、と呼ばれた占い師は、上機嫌でニコニコ笑いながら、コンドルに椅子を勧めた。
「よく来てくれたのー。今日は、何か占うことがあるのー?」
「あ、あの、三つあるんですけど…あの、まずは、この人なんですけど…」
コンドルはそう言って、ちらりとジルのほうを見る。
「ジルさんというんですけど、あの、た、大切なものを取られてしまったんです。ど、どこに行けば取り返すことが出来るでしょうか?」
「わかったのー」
パフィはにこりとジルの方に微笑みかけると、目を閉じて、机の上にまとめて置かれたカードに手をかざした。
すると、カードがふわりと浮き上がり、す、とその中から3枚が飛び出て、ふわりとテーブルに着地する。
「!………」
手を触れずにカードを動かす、と言うコンドルの言葉の意味がよくわからなかったが、まさしくそのままの意味だった。思いがけない光景に目を見開くジル。レオナも黙ったままだが、その光景に釘付けになっている。
パフィは目を開けると、カードを一枚めくった。
「FALSE」風の神のカード。パフィから見て、正立の向きにある。正位置、といったか。
2枚目。「DIESH」大地の女神のカード。逆位置。
3枚目。「GANNA」殺戮の神のカード。逆位置。
パフィは少し眉を寄せると、先ほどの間延びした口調とは違った様子で、占いの結果を語り始めた。
「……人がたくさんいる…大きな通り。ここから遠くない。困難が待ってる。困難は味方をつけている。大きくて、強い…けど、もろい。必ず打ち勝てる。打ち勝ったとき、心の迷いも晴れる」
「!……」
ジルはドキッとして身を竦めた。
心に迷いがあることを言い当てたのは、偶然だろうか。占いなど信じていなかったが…
パフィは顔を上げると、にこりと微笑んだ。
「たぶん、ここを出てまっすぐのところにある、大通りなのねー。でもー、それを取り戻すまでに、ちょっと大変なことがあるみたいなのー。ジルの大切なもの、持って行っちゃった人はー、それを返したくなくてー、仲間を連れてきてるのー。でも大丈夫なのー、ジルの大切なものは、必ず戻ってくるのー」
「………わかった。ありがとう」
ジルは素直に頷いて、礼を言った。パフィはにこりと微笑んで、コンドルの方を向く。
「あと2つ、言うのー」
「あ、は、はい、こ、今度は、こっちの子なんですけど……」
コンドルは、言ってレオナの方を向いた。
「こ、この子の保護者さんはどこで探したら見つけられるでしょうか」
「わかったのー」
パフィはまた目を閉じると、同じようにカードに手をかざした。
同じように、3枚のカードがひとりでに抜き出て並び、パフィがそれをめくっていく。
1枚目。「FALSE」風の神のカード。正位置。
2枚目。「MUHLA」月の女神のカード。正位置。
3枚目。「STRAMIA」星の女神のカード。正位置。
「…親しい人がたくさんいるところ…パーティー。楽しそうな人たちの姿。大切な人に会える」
やはり、神妙な口調で言ってから、パフィはコンドルの方を向いた。
「ミケが新年会やるって言ってたのねー。そこに行けば、いるのー」
「そ、そんなことまで判るんだ…」
感心と、少しの驚愕が混じった感想を漏らすジル。コンドルはわかりました、と頷いた。
「さ、最後なんですけど…ぼ、ボクの兄さまが今、危ない事してないかどうか占ってもらえますか?」
「わかったのー」
三度占いをはじめるパフィ。
1枚目。「RUHITESS」太陽神のカード。正位置。
2枚目。「DIESH」大地の女神のカード。正位置。
3枚目。「MIDDLEVERS」絶対神のカード。正位置。
「…安定…穏やかな生活…幸せ。秩序」
パフィは呟いてから、コンドルの方を向いた。
「危ないことはしてないのー。何事もなく、平和に暮らしてるのねー」
「そ、そうですか…よかった」
コンドルはほっとしたように頷いた。
「じゃ、じゃあ、レオナさんのほうは、夕方の新年会に行けばいいみたいですから…さ、先にジルさんのほうに行きましょうか」
「…大通り、って言ってたね。レオナ、もう少し付き合ってくれる?」
ジルが問うと、レオナは黙ってこくりと頷いた。
「じゃ、じゃあ、パフィさん、ありがとうございました」
「ありがとう…お仕事、がんばってね」
コンドルとジルは礼を言い、パフィのテントを後にした。

レプスの刻-王宮へ

レプスの刻-大通りへ

中央公園 -レプスの刻-

「こんばんは、パフィさん」
青いテントのカーテンをめくって覗いた顔に、パフィはぱっと笑顔になった。
「オルーカ。お久しぶりなのー」
オルーカはテントの中に入り、中央の椅子に座った。
「お久しぶり…というのもおかしな感じですけど。お元気そうで何よりです」
パフィの、穏やかな紅い瞳を見て、ほっと安堵の息を漏らすオルーカ。
そして、さっと表情を引き締めると、身を乗り出してパフィに言った。
「あの、年末のお忙しいところすいません。占って欲しいことがあるんですが。依頼を受けたんです。子守りの。…実はその子とはぐはれてしまって。あちこち探したんですが見つからないんです。今どこにいるか…見てもらっていいでしょうか」
「それは大変なのー。ちょっと待ってるのねー」
パフィは目を閉じると、テーブルの上のカードに手をかざした。
ふわ、と浮き上がり、3枚のカードが抜き出て着地する。
パフィはそれを一枚一枚めくっていった。
1枚目。「FALSE」風の神のカード。正位置。
2枚目。「MUHLA」月の女神のカード。正位置。
3枚目。「STRAMIA」星の女神のカード。正位置。
そのカードを見て、パフィがきょとんとする。占いの結果が良いとか悪いとかと言う次元の様子ではないようだ。
「…ど、どうかしたんですか?」
「オルーカ」
パフィはオルーカのほうを向くと、首をかしげた。
「オルーカの探してる子って、ふわふわの金髪に、青いコートを着てる子ー?」
「そ、そんなことまでわかるんですか?!」
驚いて問うオルーカ。
パフィはにこりと笑った。
「その子は、夕方のミケの新年会に行くことになってるのー。そこに行けば会えるのねー」
「ミケさんの新年会…そこにあの子が…ありがとうございます。ばたばたしてすみません、私、行きますね」
「気をつけて行くのー」
「ありがとうございます。では、お代はこちらの方に。
よいお年を。いずれまた、ゆっくり」
オルーカは少し慌てた様子で、それでもきっちりと頭を下げると、テントを後にした。

「…ふむふむ、今、お兄ちゃんは『南天三連邦』って所で騎士団の団長さんみたいなお仕事をやってるわけだね」
ショウの話を聞いて、リィナは感心しながら頷いた。
ショウも重々しく頷く。威厳はあまりないが。
「そうそう。一応ね。偉い人なわけよ」
「で、その偉い人は、今日はそのお仕事は?」
リィナが問うと、ショウは一瞬固まって…それから、てへ、と笑って見せた。
「…ん、抜け出してきました」
絶句するリィナ。笑うショウ。
「はははははっ」
「……あは、あはははは。……いいのそれ?」
「大丈夫大丈夫。…多分」
無責任な様子でひらひらと手を振るショウ。
「でも、なんでいきなりこっちの世界に?ここって、リィナたちがいた世界とは別の世界でしょ?」
リィナの問いに、ショウはどう答えたものかと眉を寄せた。
「んー……ええと。リィナをこっちの世界に飛ばしたアイテムの研究が進んでな。俺が使えば、こっちとあっちを自由に行き来できるようになったんだ」
「ホント?!すごい、お兄ちゃん!」
リィナはぱっと表情を輝かせた。
「それじゃ、またお兄ちゃんと一緒に……」
と、リィナが言おうとした、その時。
「見つけたぞ!ショウ!」
背後から鋭い声がかかり、ショウとリィナは驚いて振り返った。
「あれ?むったんだ。あちゃー、見つかっちゃったか」
少し苦い顔で、ショウ。
向かい合って対峙する女性は、セミロングのグレーの髪の毛に、きつめの形をした暗茶の瞳、ナノクニの格闘かがまとうような風変わりな装束をまとった、18歳ほどの少女であった。
彼女は怒りをまったく隠そうとしない表情でつかつかとショウに歩み寄ると、ぎろりと彼を睨んだ。
「また定期巡回サボりやがって…公務を何だと思っている!」
乱暴な口調でそう叫ぶが、ショウはまったく堪えた様子はない。苦笑して手をひらひらさせる。
「大丈夫、だーいじょーうぶ。最近は、治安も安定してるでしょう~ここみたいに平和なんだから、兵隊が武器ぶら下げて、巡回なんてしないほうがいいって。その方がみんなの神経逆なでしちゃうでしょ~?」
「だからと言って、公務をサボって、しかもこんな異世界まで来て、ナンパしていることが正当化される…訳はないと言うことはわかるよな?」
もっともである。
「ちょ、ちょっと待って、あなた誰?!」
リィナが二人の間に割って入ると、女性は居住まいを正し、浅く礼をした。
「…失礼。自分は『南天三連邦』の筑山睦と申します」
「つくやま…むつ」
不思議な発音の名前を繰り返すリィナ。
睦は続けた。
「そこの男の関係者で、彼を迎えに来た者です。ご迷惑をおかけしたようで…」
リィナに丁寧に事情を説明してから、ぎろり、とまたショウを睨む。
「とりあえず、あの人に『連れて帰って来い』と言われてる。帰るぞ」
「やだ、って言ったら?」
からかうように、ショウ。
睦はさらに眉を吊り上げた。
「もちろん、力づくだ。ナンパまでしてる時点で貴様に拒否権はない」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
是が非でもショウを連れて行く様子の睦に、リィナは慌てて間に入った。
睦は煩わしげに眉を寄せる。
「貴方には、関係ありません。そこを退いていただきましょう」
「いや!関係あるもん!退かない!」
かたくなな様子のリィナに、睦は理解できないというように眉を寄せた。
「そこの男は、貴方をナンパしてきただけの男でしょう。何故、そこまで…」
「ナンパしただけの男じゃないもん!リィナのお兄ちゃんです!」
ぐい、とショウの腕を引き寄せて、リィナ。
睦の顔が、とたんに引きつった。
「………お兄ちゃん?また、そういう悪趣味なことをやってるのか…」
完全に変態を見る目つきで。無理もないが。
「ちょ、何考えてんのむったん。いやいや、そうじゃなくて、義理の妹だけど…マジで妹」
慌ててショウが言い、睦は複雑な表情で答えた。
「…まぁ、お前の妹ということは理解しよう。だが、だからと言って、はいそうですか、とはいかないぞ?」
「リィナだって、はいそうですか、って言えるわけないよ!
やっと会えたんだから!お兄ちゃんはもうずーっと、こっちの世界でリィナと一緒にいるんだから!」
「リィナ…」
少し驚いたように、ショウはリィナを見た。
リィナはグローブをはめた右手をぎゅっと握り締め、睦に向かって身構えた。
「そんなに連れて帰りたいんだったら、リィナを倒してから行ってよね!」
ふぅ、と仕方なさそうに息をつく睦。
「…怪我をしても、責任は取りませんよ?」
「はああっ!」
睦の言葉には答えず、リィナは声を上げて睦に飛びかかった。
がっ、と音を立てて、リィナの拳を腕で受ける睦。
リィナはそれを気に留めた様子はなく、次々と拳を繰り出していく。
睦は体勢を低く構えて、その拳を次々と受け流した。
「えへへ、防御ばっかりじゃ、勝てないよ!」
余裕げに言うリィナ。睦は冷静な表情で、低く言った。
「…多少は、手ごたえがありますね…ですが!」
ばっ。
睦は受け流したリィナの腕を、体をひねって捕らえると、そのまま流れるように彼女の体を投げた。
「きゃあっ!」
体勢を崩し、地面に背中をつくリィナ。
「とどめだ!!」
リィナの腹めがけて、睦が拳を振り上げたその時。
じゃらっ!
硬い金属音がして、何かが睦の腕に絡まり、その動きを止めた。
「…っ…!」
睦は驚いて、自分の拳をからめ取った鎖の繋がる先を見る。
「そーこーまーでー。はいはい。もういいでしょー」
余裕の表情のショウ。睦は苦い顔をした。
「そんなに妹が大事か…?」
「んーどうだろうねー。あと、イフ。お前もストップ」
ショウが苦笑して睦の背後に向かって話しかけたので、睦は驚いて振り向いた。
「……流石に、あんたにはバレるか…」
ふ、と姿を現すイフリート。睦は目を見張った。
「精霊…だと。いつの間に…」
「むったんが大人気なくリィナにとどめさそうとするからさ。リィナがこっそり出したんでしょ」
「…ったぁ…イフちゃん、戻っていいよ」
何とか体を起こすリィナ。睦は憮然とした。
「つーわけでむったん、この勝負は引き分けってことで、今日の深夜まで…ね。ちゃんと帰ったら、お仕事やるからさー」
「引き分けって、お前なあ!」
食って掛かろうとする睦に、ショウはさっと耳元で囁いた。
「手抜いて油断してたってことは、わかってるから…な。ここは…」
ぎゅう、と渋い顔をして、睦は嘆息した。
「ちっ、まったく…わかったよ!深夜までだからな!」
リィナは立ち上がって、心配そうにショウの方を見た。
「お兄ちゃん…」
ショウはリィナの方を見て、にこりと微笑んだ。
「さて、お許しが出たところで、リィナの知り合いのパーティに行くとしますか!」
「……うん。…あの、お兄ちゃん、お借りしていきます…」
リィナは少し申し訳なさそうに、睦に向かって言った。
彼女自身も、睦との実力の差は感じているようで。
睦もそれを感じ、素直に頷いた。
「………はい、よろしくお願いします」

そして、リィナとショウは一路、真昼の月亭へと向かうことになった。

ストゥルーの刻-真昼の月亭へ

中央公園 -ストゥルーの刻-

中央公園の裏手に、公園の喧騒が嘘のようにひっそりと静まり返った場所がある。
明かりもなく、うっそうと茂った木々とボロボロになった柵に囲まれた、まるで別世界のような場所。
共同墓地、と呼ばれる場所である。
弔うべき家族も、入るべき墓もない、そんな人間たちが葬られる場所。墓参りをする者もなく、時折役人が清掃をし、新たな住人を迎えるときにだけ人が来る…1年で1番賑やかな瞬間を迎えようとしているこの日とは、最も縁の遠い場所。
そんな、最も人とは縁のないこの時この場所に、がさがさと無造作な足音が響く。
足音の主は、2人。
薄い明かりで足元を確認しながらなので、顔はうかがえない。闇に動く影の大きさから、2人とも男性であるようだった。
ざっ。
2人は、簡素な墓標の前で足を止めた。
「そろそろ、始まるぞ」
「うむ」
その声が終わるや否や、背後で一発目の花火が打ち上げられた。ほんの少し遅れて音が届く。
ヴィーダの街に新しい年の到来、すなわち新年祭の開幕を告げるものだ。この花火が始まれば、新年はもうすぐそこ、ということになる。
花火の明かりに照らされ、二人の男性の顔が映し出される。
ぼさぼさの黒髪、大きな瓶底眼鏡、この寒空に薄汚い白衣。……の格好をした男性が、2人。
全く同じ人間が二人いる。
「では、始めるか」
「うむ」
その言葉を合図に、2人の同じ人間は、持っていたスコップで墓標の周りを掘り始める。
ざっ、ざっ。規則的な音があたりに響く。不規則に上がる花火の音と、奇妙なコントラストを奏でて。
その、いかにも科学者然とした風体の男性が、スコップを使って土を掘るという様子は、いかにも旧時代じみていてアンバランスだ。
が、それは太古の昔から、自らの体を酷使することで機能を強化してきた、「人間」という大自然の作り上げたメカニズムが遺伝子に刻んだ信号であるのかもしれない。
重い土としばらく格闘を続け、ようやく2人は墓標の下に埋まった棺を掘り出す。
2人はスコップを土に突き刺し、棺の蓋を開けた。
中には、本が1冊。
先に手のついた妙な器具を伸ばし、その本をとって引き寄せる。
ひらり。ページをめくると、打ちあがった花火の光にページの内容が映し出される。

1.魚類コイ目コイ科:出目てる
2.両生類カエル目カエル科:ピョン奇知
3.鳥類スズメ目カラス科:九郎
4.げっ歯類ネズミ目ネズミ科:岩場
5.哺乳類食肉目ネコ科:子子子子子の子
6.哺乳類食肉目イヌ科:来夏
7.哺乳類サル目サル科:モンキー拳撃
8.哺乳類サル目ヒト科:王猿

項目だけ見れば極めて偏った動物図鑑のようでもあるが、決してそうではない。挿絵と固有名詞は、彼等がかつて個体として認識されていたものたちであることを示している。
「今回は?」
「幸か不幸か、追加はない」
2人は淡々と問答をして、ページをめくっていく。

9.哺乳類霊長目ヒト科:アフレイム
10.哺乳類霊長目ヒト科:ミリンダ
11.哺乳類霊長目ヒト科:ジャスワル
12.哺乳類霊長目ヒト科:ナンティア
13.哺乳類霊長目ヒト科:ゴルフォ
14.哺乳類霊長目ヒト科:ストレット

それぞれを描いた、肖像画というには簡素すぎる全身像。
それを眺めながら、感慨に浸っているような表情を見せる男性。
さまざまな人間のさまざまな運命。15ページ以降の空白が意味するものは果たして何か。

その間にも、花火はひきもきらずに上がっている。
王国の繁栄と平和を象徴する、豪華絢爛たる花火。
この瞬間、その繁栄も平和も只でないことを自覚している者がどれだけいるというのだろうか?

男の一人が、淡々と促す。
「さっさと埋め戻すとしよう。そろそろ花火も終わるはず。上手くいけば、面倒なことになる」
「上手くいかないはずも無いな。急ごう」
もう一人が頷いて、音を立てて本を閉じると、暗く口を開けた棺に再び納めて蓋を閉める。
そうして、掘り返した土を埋め戻すという作業を、また黙々と始めた。

「…来るぞ」

どど、どどどどん。
花火の打ち上げも、いよいよクライマックスに差し掛かる。次々に細かい花火が打ち上げられ、最後にひときわ大きい花火が上がって、そして新年の鐘が鳴る。
花火の段取りは、確かそのようになっていたはずだ。

「…もっとも、実行委員会に某花火名人の名で寄付された大玉が、私こと天才科学者アサークル・ドイマの新年最初の発明品披露とは誰も気付くまい」

アッシュは満足げに言って、最後の一発を待った。
連続で上がっていた花火がおさまり、空がまた静寂を取り戻す。
そして、ややあって上がった打ち上げ音。
しかし、空に火の花は咲かない。

「5、4、3、2、1」
「ゼロ」

ひら。
ひら、ひら。
手を休め、空を見上げるアッシュ「たち」の上に、冷たいものが舞い降りた。
雪だ。

ごーん…ごーん……
同時に、新年を告げる鐘も、高らかに鳴り響いた。

「ふむ。効果範囲も特に問題は無いようだな」

降り始めた雪は瞬く間にあたりを白く染める。普通の雪と違うのは、空に依然として星空が広がり、さらには月が輝いていることだけ。

「急げよ」
「ああ」

アッシュたちは、雪の降りしきる中、棺を埋め戻していった。
やがて完全に土を元に戻すと、くるりと墓標に背を向け、その場を後にする。

「科学の礎」

ただそれだけが書かれた、墓標を。

中央公園 -マティーノの刻-

「あはははっ、今日はいろいろあったけど、楽しかったね!」
中央公園のはずれ。
新年の鐘を前に、徐々に盛り上がりを増していっている中心部の喧騒が遠く聞こえる中、新年会を途中で抜け出してきたリィナとショウは二人で暗い道を歩いていた。
「ああっ…やっと、リィナに逢えて、嬉しかったよ」
リィナの言葉に、優しい微笑を見せるショウ。
が、その表情は瞬く間に暗いものとなった。
「あれ?お兄ちゃん、どうしたの?」
きょとんとするリィナ。
ショウはややためらって…しかし、真剣なまなざしをリィナに向けた。
「リィナ……お前、俺とずっと一緒にいたいか?」
「え…もちろんだよ!お兄ちゃんと一緒に、まだまだ知らないことがたくさんのこの世界を冒険…」
「リィナ」
リィナの言葉を遮って、ショウは言った。
「俺は…ここにはいられないんだ」
「えっ…」
「俺は、この世界に留まる訳にはいかない」
「へ?…なんで?なんで一緒に居れないの…?」
リィナの表情にも翳りがさしてくる。
「ここじゃない所で苦しんでる人が居る。その人達を助けたい。その為には、ここでリィナと暮らすわけにはいかないんだ…」
『南天三連邦』。
兄の所属する…それも、長として就任している組織。
兄が職務を放棄すれば、連れ戻しに来る者が現れる。つまりはそれだけ、責任のある仕事、ということだ。
この世界ではなく。
リィナが居た、元の世界で。
リィナの知らないところで、兄はかけがえのない人物となっていた。
リィナと組み手をして、気の向くままに旅に出て、好きなように飛び回っていた兄は、もういないのだ。
「俺は、リィナを見つけたら、元の世界に連れて帰るつもりでいた。当然、リィナもそう思ってると…帰りたがってるとばっかり思っていた。だから、驚いたよ。リィナが、『この世界で』俺と共に在りたいと当然のように思ってることに」
「それは……」
「わかってる。俺が南天三連邦に属したように、リィナには、この世界での時間が在った。たくさんの冒険をして、たくさんの人と知り合った。それをすぐに切り捨てられるわけがない。それを忘れていたのは、俺が迂闊だったよ」
「………」
うつむくリィナ。
「だけど、判ってくれ。同じように、俺にはあっちの世界での時間が在って、それを切り捨てるわけにはいかない。
俺の勝手でこっちの世界にお前を飛ばして、今またわがままを言っているのは判ってる。それでも…」
ショウは真剣なまなざしで、リィナを見つめた。
「……俺と、一緒に帰ってくれないか。リィナ」
「……お兄ちゃん……」
リィナは泣きそうな瞳でショウを見つめ、ややあって、うつむいて首を振った。
「ごめん…リィナはまだ、ここに居たいの」
「リィナ……」
残念そうな声を上げるショウを、リィナはばっと見上げた。
「違うの!お兄ちゃんが嫌いになったとか、そういうんじゃない!確かにこの世界での人たちも大切だけど、お兄ちゃんより大切な人なんていないよ!」
「じゃあ、どうして」
「今のままじゃ、リィナ、お兄ちゃんの役に立てない……今日、睦さんと手合わせして、ホントにそう思ったの」
「そんなことないさ、リィナはちゃんと…」
「嘘だよ」
ショウの言葉を遮って、リィナは言った。
「手加減…してたでしょ。…多分、本気を出してたら…イフちゃんの攻撃も読めてたと思う…」
バレてたか、というように眉を顰めるショウ。
リィナは俯いて続けた。
「リィナは、何も出来ない…何も出来なかった。あの日も、何も……」
「リィナ……」
得体の知れないものに襲われ、ショウによってこの世界に飛ばされた時のことが蘇る。
「お兄ちゃんは…リィナを守るために、この世界に飛ばしてくれたんでしょ?
なら…リィナが今、あっちの世界に戻っても…今のリィナじゃ、きっとお兄ちゃんの足手まといになる…そんなのは、やだもん」
リィナは再び顔を上げると、決然とした表情で言った。
「リィナは、お兄ちゃんの背中を守れる女の子になりたいの!お兄ちゃんが、困ってる時に助けられる女の子に!
だから、この世界で強くなる!お兄ちゃんと居ると、リィナ、またお兄ちゃんに甘えちゃうと思うから…」
「リィナ……」
ショウは複雑そうな表情で、しかし微笑んでリィナの頭を撫でた。
「リィナは強くなったんだな…」
「お兄ちゃん…」
「わかった。リィナはここに残ってがんばる。俺も、向こうでがんばるってことで」
「また、離れ離れだけど…ごめんね」
「いや、逢えないことはないさ…また、逢いに来るから…」
ショウは言って、リィナの頭を撫でていた手を後頭部に回し、優しく上を向かせると、そっと唇を落とした。
ごーん……
まるでそれを合図にしたかのように、王宮の鐘が盛大に鳴り響く。そして同時に、空からちらちらと雪が舞い始めた。
「…これが…新年の鐘の音か?」
ショウが言うと、リィナは微笑んで頷いた。
「多分…そういえば、この街では、新しい年になって初めて話した人と、その年一緒に幸せに過ごせるってジンクスがあるんだって…」
「ははは…」
空笑いをするショウ。どうやらそのジンクスは、この二人には当てはまらないようで。
ざっ。
妙に大きく響く足音を立てて、睦が現れる。
「時間だ…これ以上は待てない」
ショウは神妙な表情で頷いた。
「…………わかった」
「お兄ちゃん……」
リィナが不安げな表情でショウを見上げ、ショウは複雑な表情で微笑んだ。
「ペンダント…。貸して」
ショウに言われ、リィナは首に下げていたペンダントを外して彼に渡した。
ショウはそれを手に取り、目を閉じて低く何事かを呟く。
「これで俺がこっちに来る時はこいつが知らせてくれるから…」
言って、ペンダントを再びリィナの首にかけるショウ。
「うん…わかった。ありがと、お兄ちゃん」
「また、必ず来るから…」
ショウは言って、リィナの瞼にキスをした。
「お兄ちゃん……」
リィナはぎゅっと目を閉じて、ショウの胴に腕を回す。
しばし、別れを惜しんでから。ショウはゆっくりと体を離し、睦の持っていた大きなマントをばっと羽織ると、そのままくるりと踵を返して歩き出した。
睦も一礼してから、それに続く。
リィナはその後姿が見えなくなるまでずっと手を振っていたが…やがてぱたりと手を下ろすと、その場にしゃがみこんだ。
雪で白く染まった地面に、はた、はたと暖かい雫が落ちる。
「お兄ちゃん…またね。これがリィナの選んだ道だから…けど…けど…やっぱり、寂しいよぅ…」
鐘の音もやみ、静けさを取り戻した辺りに、リィナの嗚咽の声が響いた。

「ったく、貴様の放浪癖はスケールがでかい。こんなことが最近毎回だ、身が持たんぞ」
呆れた様子で睦が言うと、ショウは苦笑した。
「あははは…、ごめんね。今日は助かったよ。むったん」
「どうした?やけに素直じゃないか」
「ん……」
ショウは振り向くと、黙って睦の首に腕を回した。
「なっ、離せっ。こら」
真っ赤になって暴れる睦。ショウは気にする風もなく、静かに言った。
「……ごめん、ちょっち、振られちゃってさ。少し、元気が出るまで、このままで居させてよ…」
「………………ふん」
視線を逸らし、静かになる睦。
ショウは睦を抱きしめたまま、しみじみと言った。
「娘の成長を寂しく思う親、の心境かねぇ…嬉しくもあるけど、自分を選んでもらえないことがこんなに堪えるなんて、ね……」
拒否されるという事態は全く考えていなかったことを改めて思い知る。
ショウはふう、とため息をつくと、呟いた。
「リィナ、また逢いに行くから…」
がごん。
「いてっ」
睦に頭を殴られ、呻くショウ。
「女を抱いてるのに、別の女の名前を出すな………」
睦は不機嫌そうに低くそう言った。

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