予告

幻術とはな。
如何に相手を騙すか、ではない。
如何に相手を納得させられる世界を作り上げるか、じゃ。

相手に虚構の世界を押し付けるからには、その世界は完璧でなくてはならん。
僅かな綻びが疑問を生む。
その疑問が広がり、世界の崩壊を招く。
綻びのない世界を作り上げるには、確かな知識と教養はもちろんのこと。
相手がどう感じ、どう考えるのか。
相手の常識は何であるのか。
それらを全て把握している必要があるのじゃ。
相手の観察を疎かにしていては、相手の納得できる世界は作れん。


つまり、幻術は最高のエンターティメントというワケじゃな!!

「………本当……なのですか、その話は」
蒼白な表情で、少年は問うた。
綺麗なストレートの金髪を背中まで垂らした、14・5歳ほどのおっとりとした感じの少年である。山吹色のローブを身につけ、青い瞳にくっきりと、憂い…というか、ある種恐怖に近い表情を浮かべている。
「はい…残念ながら。師のことですから悪意があってのことではないのでしょうが、事が事だけに賢人議会も対応に困っているらしいのです」
彼の向かいに座っている、彼と同い年くらいの少年も、沈鬱な表情でため息をつく。
「もし…万が一、師が現世界で何かしでかし…いえ、茶目っ気を出しすぎて、大事にでもなったら…」
「……考えたくないですね」
彼は額を手のひらで覆った。
「ですから、師の研究室の筆頭であり、ちょうど現世界に行かれているサラディさんに、こうして非公式にお願いに上がったのです」
向かいに座る少年は、真剣な表情を彼に向けた。
「お願いです。師を探し出してください。サラディさんだけが頼りなんです」

「話は終わったの?エリー」
話し相手が辞したドアから、銀髪の少女が入れ違いに入ってくる。
それには答えず、彼は口に手を当てたまま真剣な眼差しで虚空を睨んでいた。
「……エリー?何かあったの?」
エリーと呼ばれ、彼はそのまま視線を少女に移した。
「……リー。すまないが、しばらく別行動をとらせてくれ」
先ほどのおっとりとした様子とはうって変わったクールな口調と表情で、彼は言った。
「…どうしたの?」
訝しむ少女に、複雑そうな表情でため息をつく。
「…俺の師匠が、現世界に来ているらしい」
「師匠……って、天界の?」
「ああ。俺の幻術の師匠だ。正確には軍官学校の教授だな。
それが、天界を抜け出して現世界に来ているらしい」
「…天界と現世界の行き来って、確か厳重に管理されてて、それを破ったり転移の術を使ったりするのは違法じゃなかった?」
「無論だ。師匠は幻術で現世界の調査団に成りすまして門番の目をかいくぐり、あとで成りすまされた本人が現れて大騒ぎになったそうだ」
「………それって、結構大事じゃない?」
「結構どころじゃない。大変なことだ」
彼は肩をすくめて、嘆息した。
「師匠はなんというか、幻術に関しては天界髄一の使い手で、それなりに信頼され地位もあるんだが、困ったことにこういう悪ふざけが大好きな人なんだよ。賢人議会も師匠のこの性格には手を焼いているようでな。……まったく、困ったもんだ」
「それで、教え子で現世界にいるあなたに白羽の矢が立ったって訳?」
「ま、そういうことだな。ちょっと手間取りそうだ。人でも雇って手っ取り早く探すことにするさ」
「わかったわ。でも別行動なんて言わなくても…あたしも手伝うわよ」
「いやそれは断る全力で」
速攻で拒否すると、彼女は眉を寄せた。
「どうしてよ?あなたが大変だっていうなら力になるわ?」
「いや、そういう問題じゃなくてだな…」
現世界で一緒に旅をしている、何よりも大切なこの少女のことをあの師匠が知ったら。それこそどんなにからかい抜かれるか判ったものではない。
しかし、それを正直に言うのもためらわれて、適当に言いくるめる。
「天界の問題だろう。天界をわざわざ蹴って現世界に留まったお前と、あろうことか魔族のハーフと一緒にいるところを使いの天使にでも見られたら、色々不味いんじゃないのか」
彼女ははっと表情を固まらせて、視線を逸らした。瞬間、言い方が不味かったと後悔する。
「そう…よ、ね。わかったわ。あたしはロッテと旅を続けるから、片付いたらまた合流して」
「リー」
思いつめたような表情の彼女を軽く引き寄せて、額を寄せる。
「…悪かった。そういうつもりじゃなかったんだ。すまない」
彼女は苦笑して彼の手に手を重ねた。
「わかってるわ。がんばって。貴方にしか出来ないことなんだから」
「ああ」

数日後、真昼の月亭にこんな依頼票が貼りだされることになる。

*急募*

人探しをしています。
人探しにあたって、どうしても人手が必要です。
経験のある冒険者の方にお願いしたいです。
報酬は、成功時に一人当たり金貨3枚。
探すに当たっての手段はこちらで説明します。

レスティック・エリウス・サラディ

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