予告

夏の暑さもとうに終わり、秋が急ぎ足で過ぎ去っていって、街に雪がちらつき始める頃。
年の区切りを間近に控え、ヴィーダの街はにわかに活気づき始める。
1年に一度、新しい年を盛大に祝う、新年祭。
今年も、この季節がやってきたのだ。

今年は一体、どんな新年祭になるのか。
マターネルスの第40日、ヴィーダの様子を少し見てみよう。

フェアルーフ王立魔道士養成学校

「……あれ……ミルカは?」
久しぶりにこの地に訪れたフィズは、あたりをきょろきょろ見回しながら言った。
「あんた、いっつもタイミング悪いねえ。
ミルカなら、出かけたよ。いつものイベントに」
「ああ……そうか。そうだったね」
呆れたように言うカイに、フィズは少し残念そうに肩を落とした。
「また、みんなでパーティーを?」
「うん、今準備してるところ。あんたも来る?」
「いや、私は……」
フィズは一瞬ためらって、それから言った。
「…ミルカを追いかけてみようかな」

「はああぁぁぁぁ?!」

カイは盛大に眉を顰めた。
「あんた!あそこがどんなところだか、わかって言ってんの?!
いつも連れて行かれてるあたしだって正直ヒくのに、あんた生きて帰ってこれると思うわけ?!」
「そ、そこまで酷いの…?」
カイの必死の形相に、フィズは恐る恐る訊いた。
「酷いっつーか、アレは人間の行く場所じゃないね!
知らない方が良いことってのは、世の中に確実にあるんだよ?」
「…でも、カイはいつもミルカと一緒に行ってくれているのだよね?」
「…まあ、そうだけど」
意外なフィズの切り返しに、カイは勢いを引っ込めて答える。
フィズはふわり、と微笑んだ。
「ありがとう」
「な、なんであんたに礼を言われなきゃいけないのよ!まったく!」
かすかに頬を高潮させて怒鳴るカイ。
フィズは微笑んだまま、言った。
「私は、やっぱりミルカのところに行ってみるよ。
どんなものか、一度見てみたいしね」
「言っとくけど、会えると思って行かない方が良いわよ?
初心者が何の案内もなしに行っても、迷った挙句に肉襦袢の波に揉まれて流されるのがオチなんだからね?」
「うん、気をつけるよ」
脅しのつもりのカイの言葉に、フィズは笑って答えて、くるりと踵を返した。
「ったく…どうなっても知らないよ…」
カイはふう、とため息を一つついた。

「はぁぁぁっぴぃにゅういやぁぁぁん♪」
「……もう飲んでいるのですか、ミリー……」
校長室に入るなりかけられた陽気な声に、ルーイは呆れたようにため息をついた。
「だってもうお仕事終わったんだもーん♪ねー、マリー」
「うふふふふ、ルーイもこちらにいらっしゃいな、美味しいお酒が手に入りましたのよ?」
「マリーまで……」
「それはそうと、おつまみは持ってきたんでしょうね?」
「はいはい、今用意しますから……まったく、まだミドルの刻ですよ…?」
ルーイはため息をつきながら、今日の酔っ払いの世話は長丁場になりそうだと考えていた。

フェアルーフ王宮・妖精の庭園

「きゃあぁぁぁっ!ラヴィさま、お久しぶりですわー!」
「ですわー!」
「あはっ、エータにシータ、久しぶりー!」
色とりどりの花が咲き乱れる庭園で、一国の女王たちと皇女は感激の再会を果たしていた。
「ごめんねー、ホントはマヒンダとかにも遊びに行きたいんだけど、なかなかまとまった時間が取れなくてさー」
「それはこちらのセリフですわー。ラヴィさまのお言葉に甘えて是非リゼスティアルに足を運びたいと常々思っているのですけれど、お兄様がなかなか国から出してくださいませんのー」
「ませんのー」
「ふふ、エータとシータは仕方ないよ、皇女のあたしと違って、国をしょって立つ女王なんだもん。
マヒンダにはいつもお世話になってるんだから、あたしの方から表敬訪問しなくちゃね!」
「まぁ、その時には国をあげて歓迎いたしますわ!」
「ますわー!」
「あっはは、楽しみだな!よーし、帰ったら早速母様にお願いしなくっちゃ!」
去年ですっかり意気投合したのか、ラヴィもエータとシータに対してはくだけた様子で話していた。
エータとシータも、楽しそうにラヴィと会話を交わしている。
「申し訳ありません、うちの皇女が…」
ラヴィに同行していたティアは、申し訳なさそうにエータ・シータに同行していたイオタに頭を下げた。
イオタはにこりと微笑んで首を振る。
「いいえ、うちの女王もとても楽しそうです。年が近いこともあって、話しやすいのでしょうね。
女王が公務を離れて楽しんでくださるのでしたら、私はその方が嬉しいですよ」
「そう言っていただけると嬉しいです。私も、皇女が心を許せる方と安らぎのひとときを過ごせるのはとても嬉しいですし…」
「似たもの同士ですね、私たちは」
「ええ、そうですね」
ふふふ。
王族の従者たちも、楽しそうに微笑みあった。

魔術師ギルド・ヴィーダ支部

「つき合わせてしまったようで、済まなかったな」
「いいえ、とんでもない。一人でフェアルーフにご旅行など、ご心配なムツブさんの気持ちも判りますからね」
魔術師ギルドヴィーダ支部へと向かう道すがら、改めて言うセイカに、アスはにこりと微笑んだ。
「だが、魔道士養成学校まで擁している魔術師ギルドを、前々からぜひ一度視察してみたかったのだ。
他支部の評議長を招いて新年祭を祝うパーティーをするというのなら是非顔を出させてもらい、これを機会に他支部の評議長とも面識を深めたい」
「そうですね、ダザイフ支部はまだまだできたばかりですから」
いつになく真剣なセイカの声音に、アスも同調して頷く。
「うむ。今回は、くだんの魔道士養成学校の校長を務める魔道士や、マヒンダの総本山にいらっしゃる総評議長もいらっしゃるそうだ。一度お目通りを願えたらと思う」
その2人ならすでにべろべろに酔っ払ってますが。
セイカはさすがに公式の場ということで、いつものハカマとミチユキではなく魔術師ギルド支給のローブを着ている。
魔術師ギルドの前に到着すると、セイカはアスを振り返った。
「ぬしはどうする。良ければ共に来るか」
アスは苦笑して首をかしげる。
「いえ、それはさすがに…ギルド関係者でない僕が行くのは憚られます。
僕は、こちらのディーシュ教会に身を寄せさせていただこうと思っております。
終わりましたら、連絡を頂ければ…お迎えに上がりますので」
「いや、ぬしに手間をかけさせるのは忍びない。終われば私のほうから教会に出向こう」
「いえ、そんな……」
「教会の新年祭にも興味がある。私も行ってみたいのだ」
「……わかりました」
アスが苦笑すると、セイカの口元が僅かに緩んだ。
「では、また後で」
「ええ、お気をつけて」
そうして、2人はギルドの入り口で別れた。

ヴィーダ市街・中央公園

「あーあ、今年はコイツと一緒かぁぁ」
バザーでにぎわう公園を、ため息をつきながら闊歩しているのは、リー、エリーと連れ立って歩いているロッテ。
あからさまに嫌そうな顔をして、がっくりと肩を落としながら歩いている。
エリーは憮然としてロッテの言葉に答えた。
「俺だってあんたと祭りを回るなんざごめんだね」
「マジで?!んじゃ、さっさとどっかいってよね!ボクはリーとらんでぶーするんだから!」
「アホか。あんたが俺といるのが嫌だと言ったんだから、責任持って俺らから離れろ。
だいたい、去年はあんたリーと回ったんだろ。なら今年は俺に譲れ」
「去年は途中でキルに連れてかれたから半分しか一緒じゃなかったもん!」
「知ったことか!ならなおさら、今年もあの魔族と一緒に回ればいいだろうが!」
「キルもボクのだけど、リーもボクのなのー!!」
「ちょ、ちょっと、2人ともやめてよ!!」
いつものように始まった2人のケンカを、いつものように止めるリー。
「毎度毎度、そんなくだらないことでケンカしないでちょうだい。
お祭りは3人で回りましょう?いいわね?」
2人の間に割って入るようにしてなだめるリーに、2人は憮然として互いにそっぽを向いた。
「まったくもう……」
「そーいや、今年はミシェルいないんだね?」
ふと思い出したようにロッテが言うと、リーは片眉を顰めた。
「ええ、なんでも、魔術師ギルドのパーティーに呼ばれてるとか…適当に切り上げてくるって言ってたから、もしかしたら途中で合流するかもしれないけど」
「そっかー、去年あんま話した気がしないから、合流できるといいねえ♪」
機嫌が戻った様子のロッテに、エリーは複雑な表情で肩を竦めた。
彼はどうも、あの母親は苦手だったから。それは、向こうも同じことだろうが。
「まあ、とにかく楽しみましょう。
あっちに綿菓子が出てたの。色々変わった味もあるみたいだから、行ってみましょうよ」
言って、二人の手を引っ張るリー。
2人はきょとんとして、それから苦笑して、彼女についていった。

「今年はこんなに目立つところに来ちゃったね。去年が大好評だったからかな」
噴水広場。
一番人通りの多い好位置に配置されたパフィの占いテントは、間もなくの開店時間を前に準備の真っ最中だった。
感心したように言うフカヤに、パフィはにっこりと笑みを返す。
「今年も、たくさんのお客さんが来てくれると嬉しいのねー。
新年祭は毎年、たくさんの良い気で満ちてるのー。来年もきっと、みんなに幸せが訪れるのねー」
「そうだね」
客の幸せを自分のことのように喜び、願うパフィに、フカヤも思わず微笑む。
「この場所なら、去年のように列で混雑して通行を妨げることも無さそうだ。列の整理は俺に任せて。がんばろうね」
「がんばるのー」
パフィはほやや、と微笑んで、真っ白な尻尾をパタパタと動かした。

コンサートホール「スターライト・セレモニー」

「ようこそ……!私の罪深き信者達よ…!」

きゃああああぁぁっ!
ヴィジュアルロックバンド「セブンス・ヘヴン」のヴォーカル、「ルシフェル」がナルシスティックなポーズでそう叫ぶと、会場に集まった何万人という乙女達はいっせいに黄色い悲鳴を上げた。

「今日は1年に1度、私とお前たちの魂が重なる日…!
今宵、罪深き1年に別れを告げ…また新たなる罪深き年にその身を捧げるのだ…!」

きゃああああぁぁぁっ!
乙女……罪深き信者達は、また黄色い悲鳴を上げる。

「…意味わかんないわ」
「…はは…そうですね……」
舞台袖で身も蓋もない感想を述べるミューに、ベータは苦笑を返す。

ミューのヴィーダ遠征が好評だったからか、イプシロンは自らのバンド「セブンス・ヘヴン」の年越しライブをヴィーダでやることに決めた。
そして、相変わらずついて来させられているミューとベータだったが、ライブが始まったからにはもう彼らがいても大して意味はない。
「もー…無意味に疲れちゃった。いこ、ベータ」
「えっ……あの、ど、どこへ……」
「ヴィーダの新年祭なんて初めてでしょ。せっかくだから色々見てきましょうよ」
「えっ……で、でも……」
「いいから!ほら、ちゃっちゃと行くわよ!」
「あ、ミュー……」
さっさとベータの手を引くミューに、ベータは困った様子で、それでも彼女に合わせて歩き出した。

ヴィーダ・大通り

「ちゃぁぁぁっかちゃ~~ん!」
後ろからかけられた陽気にカッ飛んだ声に、チャカはうんざりした様子で額に手を当てた。
「……また出た……」
「なんだよう、ひとをユーレイかなんかみたいにぃ」
いつもの姿の、えすたる亭のかるろことカーリィは、チャカの前で立ち止まると仁王立ちになって口を尖らせた。
「こんにちは、お久しぶりです、カーリィさま」
「やっほーユリちゃん、おひさー♪メイちゃんも鈴ちゃんも猫ちゃんも元気ぃ?」
「おかげさまで」
「…………問題ない」
「師匠とごブサたで寂シカったワ」
配下の面々とも笑顔であいさつを交わし、カーリィは再びチャカに向き直る。
「チャカちゃんは、またお忍び旅行~?」
「そういうカールにいさまは、また例の妙ちきりんなイベント?」
「あっはは、チャカちゃんは相変わらず全力で失礼だなー」
なにやら大きなカートを引きずって歩いているカーリィは、しかしチャカの言葉を否定せずにパタパタと手を振った。
「今年もやるんだよぉ、年越し24時間耐久イベント『萌え納め・萌え始めフェスティバルinヴィーダ』!今年は、去年残念ながら落選しちゃったストロベリークランチのみるくちゃんが久しぶりにゲミタゼ本で萌えあがるらしくって、今からチョー楽しみなんだ!それでねぇ…」
ああ、また始まった。
チャカはもう一度うんざりした顔でため息をつくと、遠い目で空を見上げた。

新年祭。
新しい年への期待に胸を躍らせる者たちの、年に一度の大騒ぎ。

果たしてあなたは、どんな新年祭を過ごすのだろうか…?

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