予告

マターネルスの第40日からミドルヴァースの第1日に移るこの日は、1年の中でも特別な意味合いを持つ。
新しい年を迎える、すがすがしい区切り。
一年の憂いごとをすべて洗い流し、まっさらな心で新しい1年を始める。
時はただいつものように昨日から今日へとその歩みを進めるだけなのだが、この日この瞬間だけは、人々の心に別の何かが働きかけているようだった。

ここヴィーダでも、今日マターネルスの第40日は、明日迎える盛大な祭りの準備に追われる人たちが慌しげに行き交っていた。
新しい年が始まったと同時に開催される、『新年祭』。
1年を無事に過ごせたことへの感謝と、新しい年への期待。それを神に届ける……という名目で夜通し行われる、まあ要するにどんちゃん騒ぎである。
祭り好きの王が外国からも客人を呼び、まさにヴィーダ中、そしてフェアルーフ中が浮かれ踊る、一年で一番の祭りとなる。

さて、どんな人々がどのように新年祭を過ごすのか。
大晦日となるこの日のヴィーダの様子を、少し覗いてみよう。

フェアルーフ王立魔道士養成学校

「あれー、フィズ。何、帰ってたの?」
校門のところで佇むフィズに、カイが後ろから駆け寄って声をかける。
「そりゃあ、里帰りくらいするよ。むしろ君は帰らないの?」
苦笑してフィズが言うと、カイはははっと笑って手を振った。
「何かさ、今年は夜通し新年祭に参加するってみんな張り切っちゃってさー。
今いろいろパーティーの準備とかしてるところだよ」
「じゃあ、ミルカも?」
フィズが問い、カイは意味ありげににやりと笑う。
「そ、ミルカも。今日はいろいろ飛び回って準備してるんじゃないのかな」
「…そう」
フィズは一瞬遠くを見て、それからカイに向かって微笑んだ。
「じゃあ、私も手伝うよ。何かすることはあるかな」
その言葉に、カイも豪快に笑顔を返す。
「もちろん。することだらけよ、さー入った入った!」
買い物の荷物を小脇に抱えて、カイはフィズの背中を押して学校の中に入った。

「ミリー、こちらの資料はこれで……あら」
ドアを開けて入ってきたルーイは、校長室のソファに座る見慣れた顔に思わず弾んだ声を上げた。
「マリー。来ていたんですね。休暇が取れたのですか?」
マリーは立ち上がってルーイの元へと歩み寄る。
「ええ、どうにか。いくら魔術師ギルドと言えど、新年祭くらいは休みたいですものね」
「こっちもどうにか終わりそうよ。ありがとう、ルーイ」
ミリーも立ち上がって、ルーイの持っていた資料を受け取る。
「じゃ、このままいつものところに直行といきましょうか」
書類を整えて二人のほうに笑いかければ、いつものように頷き返す。
「ミリーもマリーも、ほどほどにして下さいね?いつも介抱するのは私なんですから」
「まあいいじゃない、一年に一度のお祭りなんだから」
「その通りですわ。顔を合わせることもなかなか出来ないのですもの、このようなときくらい派手に飲みましょう」
「その、3人が顔を合わせられる希少な機会に、満遍なくすごい勢いで飲むから言っているのです…」
まるでセーブする気がない様子のマリーとミリーに、ルーイは眉を寄せて額を押さえた。

フェアルーフ王宮・妖精の庭園

「ラヴィ様、このようなところにいらしたのですか」
花畑を眺めていたラヴィは、後ろから呼び止められてふり返った。
「ティア。だってほら、こんなに綺麗なんだよ。さすが世界随一の大国フェアルーフだねえ」
ラヴィが柔らかな笑顔で言うと、ティアはやや不満げな表情を見せた。
「リゼスティアルの真珠の樹も、負けてはおりませんわ」
「勝つとか負けるとかじゃないでしょ。あっちも良くて、こっちも良い。その良さは違うもので、比べるものじゃないよ」
ラヴィが苦笑して言うと、ティアは不満そうにしながらも口を閉ざした。
と。
がさ!
「きゃあ!こんなところに出てしまいましたわシータ、見て見て素晴らしいお花畑ですわよ!」
「わよー」
茂みを掻き分けて現れたのは、エータとシータ。
「さすが世界随一の大国フェアルーフですわ、お花畑も世界一ですわー!」
「ですわー」
いつものようにエータの言葉を繰り返すシータ。
と、二人はそこで初めてラヴィとティアに気付いた。
「まあ、先客がいらっしゃいましたのね。ごきげんよう」
「よう」
ラヴィは先ほどと砕けた様子とはうって変わった、気品のある笑みを浮かべて見せた。
「マヒンダ国の女王様方でいらっしゃいますね。初めてお目にかかります、リゼスティアル国皇女、ラヴェニア・ファウ・ド・リゼスティアルと申します」
恭しく礼をされ、エータとシータも嬉しそうに礼をする。
「まあ、ご丁寧にありがとうございます。わたくしたちは、エーテルスフィア・クィン・マ・ヒンディアトスと、シーティアルフィ・クィン・マ・ヒンディアトスと申します。どうぞ、エータとシータとお呼び下さいましね」
「ましねー」
ラヴィは微笑んで頷いた。
「ええ、是非。それではわたくしのこともラヴィとお呼び下さいませ」
「ラヴィ様ですのね。承知いたしましたわ」
「したわー」
「エータ様とシータ様も、シュライクリヒ陛下のご招待ですか?」
ラヴィが訊くと、エータが頷いた。
「はい。例年は自国で新年を迎えるのですけれども、陛下が是非にとご招待くださいましたので、兄上と数人の従者を連れて参りましたの」
「たのー」
「そうでしたか」
優雅な笑みを見せるラヴィ。
「新年祭の折には、この妖精の庭園を始め、王宮内も広く一般に開放されて、身分を問わずの盛大な祝典が執り行われるそうですね。
今からどのようなものになるのか、楽しみです」
「わたくしたちもですわ。ヴィーダはマヒンダよりとっても広くて、面白そうなところもたくさんたくさんありますのね!お祭りになりましたら、そちらの方へもぜひ行ってみたいですわ!」
「ですわー」
「うふふふ、エータ様とシータ様は快活でいらっしゃいますね」
快活の一言で片付けるか。
喉まで出かかった言葉を飲み込んで、ティアは微妙な表情で王族たちのハイソな会話を見守っていた。

ヴィーダ市街・中央公園

「ママとこんなところで会うなんて、珍しいわね。ヴィーダにはめったに来ないのに」
久しぶりに母と肩を並べて歩きながら、リーは嬉しそうに母を見上げた。
「んー、リーがここにいるってわかったからー、久しぶりに一緒に新年祭を楽しむのもいいかしらー、と思ってー」
ミシェルは相変わらずののほほんとした笑顔で娘を見下ろし、答える。
「んじゃ、ボクはお邪魔だったかな~?」
にやにやとしてロッテが言うと、ミシェルはそちらの方を向いた。
「とんでもないわー。今日は一緒に楽しみましょうねー」
「そー言ってくれんなら嬉しいよ。ちゅーかリー、あの性悪天使はどこ行ったのん?」
「ああ、なんだか、天界から定時の連絡があったとかで、しばらくここを離れるそうよ」
「そっかー、まっ、せいせいするけど!」
「またそういうことを言って……」
「うふふー、さあ、今日はどこに行きましょうかー。
どこもお祭り騒ぎだから、きっと楽しいわよー」
ミシェルは楽しげに娘たちを眺めながら、祭りの準備でにぎわう公園を歩いて回った。

「パフィ、これはここでいいのかな」
「うん、ありがとなのー」
大きな荷物を足元に置いてもらい、パフィはフカヤに笑顔を向けた。
「だいたい揃ったのー、これでお店も始められるのー。
フカヤ、ちょっと休憩するのー」
「うん、そうだね」
ふぅ、と息をついて、そばの椅子に腰をかけるフカヤ。
パフィは携帯のポットからカップに茶を注ぐと、フカヤに差し出した。
「はいー」
「ありがとう」
フカヤは茶を一口飲んで、パフィを見上げた。
「新年祭をヴィーダで迎えるのは初めてだな。準備だけ見てもすごく賑やかだね」
「ヴィーダは大きい街なのー。きっと、新年祭が始まったら、もっともっとたくさんの人が来るのねー。ここにも、きっとたくさんの人が来るのー」
「そうなんだ。楽しみだな。ひと段落ついたら、俺たちもどこかに行こうか」
「うん!」
嬉しそうに微笑んで、パフィも茶を一口含む。
と、ふと何かに思い当たり、再びフカヤのほうを向いた、
「あ、そういえばー。ヴィーダの新年祭には、ちょっとしたジンクスがあるらしいのー」
「ジンクス?」
「うん、あのねー。新年を迎えて、最初に口を聞いた人とー、その年一年、幸せに過ごせるっていうジンクスなのー」
「へえ」
フカヤは柔らかく微笑んだ。
「…素敵なジンクスだね」
「パフィもそう思うのー」
青いテントの中、恋人たちは満ち足りた表情で微笑みあった。

ヴィーダ・大通り

「こうしてヴィーダの大通りを歩くのも久しぶりですねー。なんだか、うきうきしちゃう」
楽しげに言いながら先頭を歩くリリィ。
「…そうですね。これだけの人がいれば、紛れて楽しむことも出来るでしょう」
その後ろを、控えめにメイが歩いている。
「紛れて、だなんて。堂々と楽しめば良いじゃない?
アタシたちは何も悪いことなんかしてないんだから」
彼女たちに囲まれて、悠然と真ん中を歩くチャカ。
その傍らをキャットが歩き、後ろを守るように静かにセレが続く。
「今日はお祭りなんだもの…野暮なしがらみは忘れて、楽しみましょう…?ふふっ」
チャカが言い、少女たちがうっとりと彼女を見つめて頷く。
と。
ぴこ。
キャットの耳が動き、たっと駆け出した。
「師匠~!」
彼女の言葉に、チャカの表情が目に見えて苦くなる。
キャットが駆けていった先では、ゴロゴロと大きなカートを引きずったカーリィがこちらに向かって歩いてきているところだった。
「あ、猫ちゃん~。ってことは、チャカちゃんも一緒?おおぉ、いたいた~。やっほーチャカちゃん、なに、お忍び?」
大きな荷物を引きずってきたカーリィは、上機嫌な様子でチャカたちの前で立ち止まった。
「…まあ、そんなようなものかしら?」
「みんなで来るってことは、キルっちが駆り出されてるってことかな?一緒じゃないの?」
「キルくんは愛しのお姫様のところにご出張のようよ?」
「ふぅーん、隅に置けないねえ」
「…一応訊くけど、カーリィ兄様は?」
「僕?僕はこれから、年越し24時間耐久イベント『萌え納め・萌え始めフェスティバルinヴィーダ』で萌え尽きてくるんだよ~。今回の新作はキューティー☆クルンvsブラッディ★クルンの巫女ナースコスバージョンもちろん脱衣版と着衣版セット、自信作なんだ~。これのために1週間徹夜しちゃってもーヘロヘロなんだよー。でも!今回はらいみん☆ぱせりさんがブラキューの新刊出すっていうから、根性出して並ばなきゃなんだよー!それでねー」
途中から明らかに聞いていない表情で、チャカはうんざりと視線を逸らした。

新年祭。
新しい年への期待に胸を躍らせる者たちの、年に一度の大騒ぎ。

果たしてあなたは、どんな新年祭を過ごすのだろうか…?

プロローグ