とりあえず報告会

「………えー……皆さん、お疲れ様です…」
その中の誰よりも疲れた顔をして、エリウスは冒険者達を見渡した。
「…大丈夫か?エリウス」
アルディアが気遣うように言い、そちらに苦笑を返す。
「あ、はい。少し……疲れてしまいまして。アルディアさんも疲れていらっしゃるのに、申し訳ありません」
「其れは構わんが…どうやら、似たような目に遭った様だな」
そういうアルディアも、ひどく疲れたような表情をしていて。どうやら、ここにいる全てが似たような体験をしたことは間違いないようだった。
「ええと…では、あの……当初のお願い通り、行った先で何があったかを、お聞かせ願いたいのですが…」
帰ってくる答えは大体想像できるが、といった様子で、ためらいがちに問うエリウス。
一番近くにいたミケが、似たような表情で苦笑した。
「…あははは。ええと…その。行った先に、何か魔道の仕掛けのようなものがあったらしくて、そのまま2人とも幻術にかかってしまったんですよ」
「そうそう!すごかったよねー、こことは全然違う世界なのに、私たちすっかりその世界の住人になってるの!」
興奮気味に同意するレティシア。
「私はね、ジョシコーセーって…えっと、ハイスクールの生徒みたいな感じになってて、ミケが、先生になるための勉強をしにその学校に来た人なの。それで、世紀の大恋愛が始まっちゃうの~!!」
「れ、レティシアさん」
テンションが高くなっていくレティシアを、ミケが頬を染めて止める。
「あの、そういう感じで、こう…この世界の記憶も何も持っていなくて、完全にお話の中の登場人物として振舞っている感じでした。それでですね…」
ミケは戸惑いながら、幻術世界の中で起こった出来事を順を追って説明していった。
できるだけ自分の感情を交えずに、その世界の中での様子を客観的に語っていく。レティシアの格好が半脱ぎだったとか自分の天使と悪魔が脳内会議をしたとかいうことは上手に排除して。
「…僕が、レティシアさんの苦手教科を担当していて…それで、レティシアさんの成績が思わしくなくて、授業後に一対一で指導をしたりとか…」
「そうなのーっ!ミケったら教え方も超上手くてね、みるみるうちにわかっていったの!『この公式を当てはめるんですよ。そう…この右側の公式です…ふふっ、よくできましたね、ご褒美を上げましょうか…』みたいなー!」
「そ、そんなことは言っていませんよ?!」
いつの間にか事実が捏造されている。このままレティシアに報告を任せてはまずい。
「え、ええとですね!それから、レティシアさんの成績が上がって、僕の教育実習期間が終わって…それで、学校を去る前に、最後の挨拶を」
最後の挨拶というか、ぶっちゃけて告白なのだが、ミケにそこまで言えるはずもなく。
「それで、あの、こっ……いえ、挨拶の途中で、現実の世界に引き戻されちゃったんですよ」
少し頬を染めて、あはは、と笑いながら頭を掻く。
「やー、ちょっと惜しかったかもしれませんねー、あのまま行ったらレティシアさんと恋人同士とか楽しそうでしたけどもー」
ミケの言葉に、レティシアが大きく目を見開いて彼を見た。
「いやん、私は今からでも全然オッケィよ~。むしろ望むところよドンと来い!!何なら今から交換日記から始める?」
「れ、レティシアさん?」
こちらも驚いて真っ赤になるミケ。
「……変な風に言った僕も悪いんですが、その。……からかわないでくださいね?」
レティシアの言葉をからかいと取ったらしく、恥ずかしそうに口など押さえて。
しかし、その言葉は当然レティシアの耳には届かなかった。
「あぁん、せっかくミケと付き合える絶好のチャンスだったのにー。っていうか、もう一度幻術を私にっっ!!じゃないや、ミケと私にっっ!!」
「れ、レティシアさん、もういいですから、これ以上からかわないで下さいーっ!」
一人で盛り上がるレティシアと、真っ赤になって止めるミケ。
「…………何だろう…このバカップル感……」
「あはは、2人は仲がいいんだねー」
半眼で言うリィナ、脳天気なコメントのレナス。
「と、とにかく!現実の世界に戻ってすぐ、こんな紙切れが落ちてきたんです」
ぺら。
ミケが机の上に一枚紙を出す。
それには几帳面な字で、こう書かれていた。

孤高の石塔 いと高し
真理と戦う 賢人の
飼いならしたる 孔雀の尾

「…何のことだか判りませんが…おそらく何かの暗号かと」
真面目な顔で言うミケに、冒険者達も同様に真面目な顔で頷いた。
「……千秋さんとレナスさんのところはどうだったんですか?」
エリウスが促し、千秋がうっと言葉に詰まる。
「うーんと、そうだなぁ」
千秋が答えずにいると、レナスが少し考えて、言った。
「いろいろあった」
「7文字ですか」
「えー。だって面倒だし。てかもう忘れかけ~。千秋が話してくれるよ!私は補足ね」
「なにっ」
いきなり振られて動揺する千秋。
いろいろ思うところもあるのだろう、少し複雑そうな表情で、淡々と語り始める。
「そうだな…やはり、この世界とは全く違う世界だったな。なんだかよく分からない技術がはびこった世界だった。ウチュウとかいう、空の上の向こうが舞台だったようだが……」
「そーそー。ソラトブフネで働いて、捕まって、逃げて、ドンパチして、めでたしだったヨ」
「省略しすぎだが、まあそんなところだ。レナスは海賊船の下っ端団員で、それに捕まった……金持ちのお嬢様の一緒にそこを逃げ出そうとするんだ。
俺は鮒とかいうなんだかよく分からないゴーレムみたいなものにさせられた挙句、箱詰めされて鱒なんちゃらとかいうモノで打ち上げられて酷い目にあった。
……まったく、悪趣味な幻術だ。しかも奴にまで苦しめられるとは……」
「…奴?」
「あいや、こっちの話だ。関係ないことだ、気にしないでくれ。むしろ気にするな」
たたみかけるように言われ、きょとんとして口を噤む。どうも触れてはならない一線のようだ。
レナスは楽しそうに言葉を続けた。
「千秋もラブラブだったし、破壊活動もタンノウ出来たし、面白かったよ!」
「は、破壊活動?」
「うん!ヒメと一緒に逃げるときに、波動砲はっしゃー!とかやったりして、でも向こうがキレてでっかい大砲撃ってきて、うげんたいはー!みぎににげろー!とかやってたりしたところに、千秋が颯爽と打ち込まれてきたんだよー」
「颯爽?」
微妙な表現に眉を顰める千秋。
「んで、千秋とヒメがラブラブになって、めでたしめでたし!」
「先ほどから名前の出ているその、ヒメさんというのは?」
エリウスが聞くと、レナスが元気いっぱいに答える。
「千秋のダイジナヒト!」
その横でめいっぱい渋面をたたえた千秋が、ため息交じりに補足する。
「……昔の知り合いだ」
「ということは、その世界には、千秋さんのお知り合いが登場した、ということですか?」
興味深げにミケが身を乗り出す。彼らの世界には、ほぼ彼らだけしか登場しなかったから。
千秋は頷いた。
「ああ。どういうからくりかは知らんが、少なくとも俺やレナスと同じ術に巻き込まれて登場したのでないことは断言できる」
「何故です?」
「簡単なことだ」
千秋は面白くなさそうに肩を竦めた。
「彼女はもうこの世にはいない」
無言で目を丸くするレナス。
千秋は嘆息した。
「ミケたちの世界にはそのようなことはなかったようだが…レナスの知り合いも登場していたんじゃないのか?月姫の他にもうひとりいたようだが」
「へっ?あーんー、知ってる人が出てきたような気もするんだけど…記憶力悪いからなー」
突然振られたレナスが、複雑な表情でぽりぽりと頭を掻く。
「おそらくは、僕たちの精神に干渉し、記憶を読み取ってそれを元に幻術の中での世界を構築しているのだろうと思います」
エリウスが真面目な表情で解説を入れ、何人かが目をみはった。
「そんなことができるのか、幻術というものは」
「もちろん、幻術単体にそこまでのことは出来ません。精神干渉と混合の、高度な術になりますが」
「ふむ…」
千秋が唸って黙り込む。
「で、私たちの所にも、同じように紙切れが落ちてたんだー」
レナスは言って、テーブルの上に紙を出した。

夢見る乙女のときめきガーデン
お花畑でつかまえて
あなたと2人のときめきガーデン

「……先ほどとはだいぶ違った趣の暗号ですね……」
少し眉を寄せて、ミケ。
エリウスはさらに次を促した。
「リィナさんとアルディアさんのところはどうだったんですか?」
「……どう……と言われると……」
こちらも複雑そうに、アルディア。
「……あの世界での私はどうやら自警団の様な組織に所属していて、とある宗教色の強い学校で事件が起きたのを切っ掛けに、潜入捜査をする事になったのだ。リィナもその捜査官の一人だった」
「そうそう!リィナとアルディアさんがシスターになって、潜入捜査したんだよ!」
苦い表情のアルディアとは対照的に、リィナが楽しそうに話す。
「行方不明の女の子たちの友達に聞き込みしたりして。かっこよかったぁ~」
「……で、聞き込みをして……校内の遊泳所が怪しいと分かり、夜に調査に出掛けたのだが……」
「そうそう!すっごい大きなプールがあってね、アルディアさんの水着姿すごい綺麗だったよ~!」
「…………油断して捕まってしまって…………」
「プールの捜査してたら、急に後ろから襲われてヘンな薬かがされちゃって、リィナたち大ぴーんち!」
「………それで目が覚めたら…………まぁ……色々有ったのだ…色々な……」
「なぁんと!犯人は誰あろう、その学校の理事長その人だったのです!ってな大どんでん返しがあってね、すごい盛り上がったよねー!」
およそ同じことを語っているとは思えないテンションの違いに、仲間たちもどう反応していいかわからない。
多少戸惑った様子で、エリウスがさらに質問を重ねた。
「…すごいお話だったようですが……アルディアさんたちの所にも、お知り合いは出ましたか?」
先ほどの千秋達の話と同じように、アルディアたちの世界にも彼女たちに近しい人物が登場した可能性がある。
エリウスの問いに、リィナは興奮した様子で身を乗り出した。
「うんそう!出てきた出てきた!リィナのお兄ちゃんが、リィナたちの組織の署長っていう役で出てきたの!」
「あ…ああ、あの人物か」
アルディアも思い出した様子で頷く。
「何というか……可笑しな人物だったな。リィナの兄はもともとああいう人なのか?」
「うっ……いや、あそこまでひどくはないと…思いたいけど……」
気まずそうなリィナ。アルディアは嘆息した。
「しかし、仮にも署長という立場なのに、職務を忘れて関係ないことに精を出し、部下にこんな格好をしろだのこんな姿勢になれだの右を向けだの、可笑しな事ばかり言っていたぞ」
「あ…あははは、リィナの頭の中のお兄ちゃんってあんな感じなのかなー、でもイザっていう時にはかっこいいんだよ?ちゃんと」
微妙なフォローを入れるリィナ。
「……其れで、私達の所は、こんな暗号だった」
アルディアは嘆息して、テーブルの上に紙を置いた。

わたしのだいすきなたべものは
さむいふゆでも あつあつおでん
だいこん たまご ちくわにこんぶ

「お~おいしそうな暗号だね!」
目を輝かせて、レナス。
「これもまた毛色の違う文ですね…どんな意味があるんでしょうか」
ミケが暗号を見て唸り、レティシアがエリウスの方を向く。
「エリウスのところはどんな感じだったの?」
「僕のところ、ですか…」
エリウスは一瞬微妙な表情になって、それからクルムのほうを向いた。
クルムも微妙な表情で、答える。
「…オレ達が見せられた幻術世界の物語は、エリウスが…その世界での恋人を救う話で、オレはエリウスを助ける友人の役、だったよ」
「世界観はここと似て非なる場所のようでした。僕もクルムさんも冒険者ではなく、少し貧しい身分の少年、という様子で」
「へぇ…エリウスが恋人を救うって、恋人が魔物とかに連れ去られちゃったりする冒険物なの?」
わくわくした様子で問うレティシアに、クルムは少し頬を染めて視線を逸らした。
「あ、んー………いや、その…恋愛、もの、かな?」
あの世界での自分とテアのことを思い出し、自然に顔が熱くなる。
レティシアはさらにテンションが上がったようだった。
「へええぇっ、恋愛もの?どんな話なの?」
それにはエリウスが困ったように微笑んで答える。
「よくある話ですよ。貧しい少年と裕福な家の少女が身分違いの恋をし、意に染まぬ結婚をさせられそうになった少女を結婚式場から連れ出す、という」
「へえぇぇぇ!ドラマチック!」
レティシアは手を胸の前で組んで目を輝かせた。
「ああんっ、私もミケに連れ去って欲しいっっ!」
「…そ、それで、クルムさんたちのお話にも、お知り合いが登場したんですか?」
ミケが問うと、クルムはきょとんとした。
「えっ…」
再び頬を染め、視線を泳がせるクルム。
「どうしたの、クルム?」
レティシアが不思議そうな表情を向ける。
「な、なんでもないよ。ええと…」
別に登場した人物とどういう関係なのか詳細に話せというわけでもないのに、混乱して上手く話せないクルムの代わりに、エリウスが微笑んで質問に答える。
「はい、登場しましたよ。クルムさんのお知り合いの女性と、僕の連れが」
「へぇ……連れ、って?」
レティシアが重ねて問い、エリウスはにこりと微笑んだ。
「今はここにはいませんが、僕の旅の連れです」
「どんな役柄だったの?」
「先ほど申し上げた、裕福な家の少女です」
「へえぇっ!っていうことはもしかして、その連れの女の子って、エリウスの…」
興味津々のレティシアに、エリウスは苦笑して頷いた。
「そうですね、大切な女性ですよ」
臆面もなく言ったエリウスを、少し目を丸くして見るクルム。
レティシアは嬉しそうに頷いた。
「やっぱりそうなんだ~!何で今一緒にいないの?」
「僕の個人的なことに彼女を巻き込むわけには行きませんから」
「そうなの?でも一緒にいたくない?」
「いたくないと言えば嘘になりますが、少し離れていたところでどうなるものでもありませんから」
「ひゅーひゅー、羨ましいわ~」
嬉しそうにはやし立てるレティシア。クルムはどぎまぎしながら、話を元に戻した。
「ええと…オレの知り合いも、出てたけど…本当に、姿から話し方まで、そっくりだったよ。幻術だっていうのが信じられないくらいに」
「…そうですね。さすがは先生だと思いました。幻術だけでなく、こんな複合魔術を操られるとは…」
「エリウスのところは、暗号はなかったのか?」
千秋が訊き、エリウスが神妙な表情をそちらに向ける。
「ありました。こちらです」

ゆためのたなかをたおたもいだたしてたごたらん
たたどちたらをたたむけたたばいいたたのたかな
たゆたかいでたたおちゃためたなじたいさんたの
げたんじゅたたつたにきたみはたもうとたたりこ

部屋が沈黙に包まれる。
そうやら、思っていることは皆一緒らしい。微妙な表情。
エリウスは目を閉じて嘆息すると、冒険者たちを見回した。
「……ひとまず、今日はもう遅いですので。
今日はお開きということで、一晩じっくりこの暗号のことを考えてきていただくことにしましょう。
よろしいでしょうか?」
エリウスの言葉に、無言で頷く冒険者たち。
そして、その場はひとまず解散となった。

「エリウス」
わらわらと冒険者たちが出て行ったあと、その場を後にしようとするエリウスを、千秋が呼び止めた。
「千秋さん。何か御用ですか?」
相変わらずの柔らかい笑顔を千秋に向けるエリウス。
千秋は真剣な表情で、エリウスに言った。
「ジョン・ウィンソナーというご老人……本当に人間か?」
エリウスの表情から、笑みが消える。
千秋は続けた。
「世界をまるごとひとつ捏造する、などというのは聞いたことも無いぞ。しかも、立て続けに4つ、だ。
挙句、術にかかった人間の頭の中まで書き換えて、記憶の中の人物まで登場させて時差無しで反映させるとは正気の沙汰とは思えんな。
これほどの使い手がただの教授職で収まっているはずが無い。何か別の……もっと重大な何かではないのか?」
沈黙が落ちる。
千秋は視線を外さずに、エリウスの返事を待った。
ややあって。
ふ、とエリウスが微笑んだ。
「幻術はエンターテイメントだと、先生はよく仰っていました」
「なんだと?」
全く別方向からの話題に、眉を顰める千秋。
「歌、絵、芝居、笑劇……見ている人を楽しませるために披露されるものです」
「それはわかっている。俺は…」
憮然とする千秋の言葉を遮るように、エリウスは言葉を続けた。
「相手に虚構を押し付けるからには、その世界は完璧でなければならない。一部の隙もなく、相手を納得させることが出来なければ。しかしそれには、その世界に関する詳細な知識を身につけておくことはもちろん、相手の観察も怠ってはならないのだと」
懐かしいものを思い出すような表情。
「完璧な秩序を理想とする人がいれば、混沌とした自由な世界に生きる人もいる。知識も教養も価値観も人それぞれ。相手の常識が何であり、どういう価値観を持ち、何を望んでいるのかを知りえて初めて、虚構の世界は彩を持ち、納得させることが出来るのだと。
明るく社交的な人がいれば、人とのかかわりを断ちたい人もいる。自分の事情を出来るだけ秘密にしておきたい方もいらっしゃるでしょう。どの方も一様に納得させる『唯一つの真実』などありません。真実は人によって自在に形を替えるものなのですから。
その人の『真実』が何であるのかを見抜き、それに応えて幻影を見せる…なるほど、幻術というものはエンターテイメントであるのかもしれません」
そこで千秋に視線を戻し、にこりと微笑みかける。
「冒険者さんたちのお仕事というのも、そういうものなのではないでしょうか?」
「………」
千秋はエリウスを見つめたまま黙り込んだ。
エリウスの探す「ジョン・ウィンソナー」という人物の素性が何であれ、エリウスの依頼に応えることが冒険者たちの役目なのではないか、と暗に言われているということだ。
再び、沈黙が落ちる。
「……それは、俺の質問に答えられないと解釈していいんだな?」
エリウスは困ったように苦笑した。
「僕がどうお答えしても、千秋さんは納得なさらないと思いますよ」
「……ふむ、確かにな」
千秋は肩をすくめて、踵を返した。
「成る程、確かに俺の役目は依頼人の依頼を遂行することだ。その点に関しては、誠心誠意努力をしよう。そこは心配することはない」
「はい、よろしくお願いします」
元通りの笑顔で、エリウスは千秋に言った。
千秋は憮然とした表情で嘆息すると、そのまま部屋を後にした。

暗号解読大合戦

「…まあとりあえずは、簡単そうなところから行きましょうよ」

次の日。
再び真昼の月亭に集まった冒険者達は、奥の個室で4枚の紙切れとにらめっこを始めた。
レティシアがまず言って、びっ、とその中の一枚を指差す。
「これの解き方ならわかるわ!昔読んだ、『少年少女推理大全』に似たようなのが載ってたわ。
この動物の絵は…たぬきねっ!!
たんたんたぬきのきん……」
げほんげほん。
「…と、取り乱したわ。
みんなももうわかったと思うけど、この絵がたぬきで…『た』抜き、なわけよね」
私たちは一体何語で喋っているんでしょう。
「そうすると、この文の『た』を全部抜いて読めばいいわけで…えっと…そーすると……」
「夢の中を思い出して御覧。
どちらを向けば良いのかな。
愉快で御茶目な爺さんの幻術に君はもう虜」
アルディアが横から言い、ふむ、と唸った。
「……ということになるな」
とたんに渋面になるレティシア。
「……解けたけど……また暗号みたいじゃないの……」
「ふむ、どういう意味なのだろうな」
「この文で大事なのは、最初の2文よね?」
「夢と言うと…矢張り、あの幻術の空間の事を指すのだろうな…」
「夢の中………よかったなぁ、夢の中……」
レティシアは突然夢見るように視線を彷徨わせた。
「あのままミケ先生と夢の世界でお付き合い。私はミケ先生の為にお弁当を作るの。そして放課後は二人っきりで勉強会……『よくできました』なんて言って、そっとちゅーとかしてくれたりしてー!!」
ばしばしばし。
隣にいるアルディアを叩きまくるレティシア。
「…痛いぞ、レティシア。少し落ち着け」
冷静にツッコミを入れると、レティシアははっと意識を取り戻した。
「……ゴメン。ちょっとまたあっちの世界に旅立っちゃった」
ふるふると頭を振ってから、また顎に手を当てて悩む。
「どちらをむけばいいのかな って、どーいう事だろう。
夢の中、って、この場合…クルムとエリウスが見た幻術限定なのかなぁ。
二人とも、心当たりってある?」
「うーん……どうだろう……」
問われ、クルムが首をひねる。エリウスも同様のようで。
「ううむ…此れだけでは何とも言えんな、他の暗号も手掛かりにせねば…」
アルディアが僅かに眉を寄せて唸り、そして不意にはっと息を飲んだ。
「そうだ、この暗号は文章から『た』の文字を抜けば良かっただろう?
他の暗号も同じようにしてみてはどうだろう?」
「同じように…ですか?」
きょとんとするミケ。
アルディアは頷いた。
「うむ。例えば此れだ、此れは私達が拾った暗号文なのだが…」
アルディアが指差したのは、彼女達が持ってきたおでんの暗号。

わたしのだいすきなたべものは
さむいふゆでもあつあつおでん
だいこん たまご ちくわにこんぶ

「これから、『た』の字を抜いてみる」
「えええ?!」
何人かが驚きの声を上げるが、アルディアは気にせず続けた。
「すると、こうなる」

わしのだいすきなべものは
さむいふゆでもあつあつおでん
だいこん まご ちくわにこんぶ

「『ワシの大好き鍋物は、サム異父茹でても、あつあつおでん。大根、孫、竹輪二個分。』」

場が静まり返る。
痛いほどの沈黙の中、アルディアは真面目な表情で唸った。
「…で、私の解釈だが、此れは多分、御師匠殿は、サムと言う名の男の異父殿が非常に嫌いでは有るのだが、例え若し其の彼が茹でた物であったとしても、そんな事は関係無い、と……其れ程迄に熱いおでんが好きなのだろう」
誰もコメントできない。
というか、したくない、というか。
「…つまり、そんな彼を呼び出す為には、彼の為に大根と孫を、竹輪二個分用意すれば良いのだろうと思うのだが………
………孫………」
と言いつつ、エリウスの方を見る。
「……どうだろう、エリウス」
「………いえ、どうだろう、と言われましても」
困った様子で首を傾げるエリウス。
「一部字が増えてたり順番が違うところがあるようですが」
「そこからつっこむんだ」
アルディアはまた難しい顔をして唸った。
「そうか…違うか……。
まぁ、貴方がそう言うのならば、きっとそうなのだろうな。
では他の暗号を見て、考え直してみるか…」
「こっちはどうかな?」
レティシアはその隣にあった暗号を指差す。

夢見る乙女のときめきガーデン
お花畑でつかまえて
あなたと2人のときめきガーデン

「何かとっても素敵な暗号じゃない?私ととっても波長が合いそう…」
言うが早いか、レティシアの瞳が再び夢を見るように空を彷徨い始める。

ああ…私とミケ、二人きりのデート。お花畑で、ミケが私に花冠を作ってくれるの。
『とってもよく似合いますよ、レティシアさん』とか言ってくれるのよー!!
で、で、そうよ!!シロツメクサの指輪を作ってもらわなきゃ!!
シロツメクサの指輪が二人の婚約指輪なの~
もう、そこで結婚式しちゃってもいいんじゃない?っていう感じよねぇー!!
「れ、レティシアさーん?」
ウフフアハハと小さな笑い声を上げながら、完全にどこかの世界へ行ってしまったレティシアをミケが揺り起こす。
「っていうか、ミケ、いっそ結婚式をしましょう!!!!」
「どえぇぇぇぇっ?!」
飛躍どころではない宣言を突きつけられてミケが悲鳴に近い声を上げる。
そこで、レティシアははたと我に返った。
「………はっ!!!また私ったら夢の世界に旅立ってた?!」
「そっちにも夢の世界に旅立っているヒトがいるみたいだよ」
レナスがのんきに指差した先には、千秋の姿。
暗号の書かれた紙を見つめながら、何故か真っ青な表情でかたかたと震えている。
「千秋ー?ちーあーきー?」
レナスが目の前で手を振ってみるが、反応はない。

「はぁ、はぁ、はぁ……!」
 走る。走る。必死で走る。
一体、何処で間違えてしまったのだろう?
俺が何をしたというんだ?
夢ならば醒めて欲しい……!
混乱したままの頭では良い考えなど浮かばず、恐怖に縛られた心は、立ち向かうことよりも逃げることを選択した。
「ぐくぁ… が、は、ッ!」
背中に迫る恐怖に駆り立てられるように、さらに速度を上げて逃げる。
既に脚には限界まで疲労が蓄積し、心臓の鼓動は吐き気を催すほどに激しくなっている。
これ以上は走れない、そう体は訴える。が、恐怖におびえた心はその悲鳴をことごとく無視し、ただひたすら逃走を続けようと……
「は、ッ!?」
鬱蒼とした森が突然途切れ、視界には一面の紫が広がる。
花畑だ。見たことの無い花が咲き乱れている。
甘ったるい香りが、酸素を求める肺の中に充満して思わず咳き込みそうになるのを、ぐっと飲み込んだ。
「くそっ……!」
考えている暇などない。もう奴はすぐそこまで……
花畑を踏み荒らしながら、一直線に走る。
体は酸素を求めて激しく呼吸をするが、肺に満ちるのはこの花の香りだけ。
「がは、ッ… が、ふ、はっ…!」
激しくもだえながら、見晴らしの良い花畑を逃げ……

背後に、冷たいものが走る。
思わず振り返る。
……奴だ! 花畑の入り口にいる。追いつかれてしまった!
長い髪を振り乱し、巨躯でこちらを圧倒しながら、血のように赤い口ににやり、と醜い笑みを浮かべ……
来た! 息も乱さず、すさまじい速さでこちらに迫ってくる!
「あ、あああああああああ!?」
何も分からなくなり、悲鳴を上げながら再び走り出す。
しまった、追い込まれた。
きっと、ここは奴のテリトリーだ。
この見晴らしのいい花畑も、この甘ったるい香りも、すべてが奴の思惑通りで……!
叫び声を上げても、誰一人として近寄ってこない。ここにいるのは、俺と奴の二人だけ……!
「ぐぁっ!?」
花で覆われて見えなくなっていた地面のくぼみに脚を取られ、転ぶ。
みじめにも顔を強打するが、そんなことは構ってなどいられない。
すぐに起き上がって逃げないと、奴に追いつかれ――
立ち上がろうとした瞬間、体に重い衝撃が走る。
あの勢いのまま走ってきた奴に体当たりを食らったのだと分かったのは、跳ね飛ばされて背中を地面に打ち付けた後だ。
「あ―――」
にたり、と笑みを浮かべた奴が宙を舞って迫ってくる。
逃げなければ、逃げなければ 逃げ
「げへっ…!?」
腹に再び重い衝撃。
跳躍してきた奴が、そのまま飛び掛ってきたのだ!
俺の腹の上に座り、笑みを浮かべた口から鋭くとがった牙を覗かせる。
そして、上に圧し掛かられ、身動きの取れなくなった俺の喉笛に、奴の牙が―――――

「うわあぁぁぁっ!!」
「わきゃー!!」
いきなり悲鳴を上げた千秋に、レナスが驚いて尻餅をつく。
「ど、どーしたの千秋?」
青ざめた顔で、脂汗をびっしり浮かべ、ぜえぜえと息をつく千秋。
「き、気をつけろ。この暗号文は罠だ。例の幻術が襲い掛かってくるぞ……!
なんと恐ろしい幻を……!クッ、この使い手は本当に人間か!?」
「そ、そう……?」
レティシアが恐る恐る暗号の紙を覗き込んでみる。
「……ち、千秋の考えすぎじゃないか…?」
クルムもこわごわ言ってみる。
「花畑で何か連想でもしたのではないか?」
「花畑でそこまで怖がれる人も珍しいですよね」
アルディアとミケも口々に言う。
「……というか、丸コピペはどうなんでしょう。物書きとしてのプライドはないんでしょうか」
ありません。
「と、とにかく…お花畑…ガーデン…そんな綺麗な庭園を探せばいいんじゃないの?」
なんとか軌道修正をしてみるレティシア。
「この辺に、デートスポットになるくらいの花畑ってある?
あるなら、私ここに行きたい!!
そしてミケにシロツメクサで指輪作ってもらうの~!!」
そして早速脱線するレティシア。
「花畑……ですか……中央公園とかでしょうか…?」
エリウスが眉を寄せて唸る。
「とにかく、行ってみませんか?何か手がかりがあるかもしれませんし」
ミケが言い、そちらに向かって頷く。
「わーいっ!さささ、早く行きましょミケ!!」
レティシアが意気揚々と部屋のドアを開けた。

「…………なにもありませんでしたね……」
少し疲れた様子で、冒険者たちは再び真昼の月亭へと戻ってきた。
「それらしい花畑や庭園はありましたが…特に怪しい物はありませんでしたね」
「そうだな、他の暗号のことも気になるし」
クルムが言って嘆息し、冒険者たちははぁ、と気鬱そうにため息をついた。
「シロツメクサもなかったし…」
「気にするところはそこなんだ…」
心底残念そうにため息をつくレティシアに、控えめにつっこんでみるクルム。
「じゃあ、次の暗号行ってみようか…ええと…」
と、次の暗号に目をやって。

わたしのだいすきなたべものは
さむいふゆでも あつあつおでん
だいこん たまご ちくわにこんぶ

「見ただけでお腹が空きそうな暗号ねぇ」
レティシアがお腹を押さえて言う。
「でも、やっぱりおでんには黒はんぺんがないとって思うんだけど。
白はんぺんも好きだけど、やっぱりサイレントヒル名産の黒はんぺんは美味よね~って、黒はんぺん、誰も知らない?!」
「いや、オレは知ってるけど…」
「はんぺんと言われれば黒いですよね。白い物は白はんぺんです」
「何の話ですか……」
サイレントヒル人の内輪話はいいから。
「じゃ…じゃあ、それは置いといて…『さむいふゆでも』って、おでんって冬に食べるのが美味しいのに?
何か文章に違和感があるなぁ。これが『熱い夏でも』だったら違和感無いんだけど…。何か謎解きに関係あるのかなぁ…」
うーんと唸るレティシア。
と、レナスがぴっと指を一本立てた。
「んふっふ。私はこー見るね!」
びし、と暗号の紙に指を突きつけて。
「まず、最初のはパン屋の後ろってのがポイントさ。いと高し!パン屋の値段が高いって言ってるのよさ!」
「お、おおおぉぉ?」
感心していいのか微妙な声を上げるレティシア。
レナスは続けた。
「次に喫茶店跡!文面見る限り…この喫茶店、きっとすげ~美味かったんだよ!勿体無いなあ…行ってみたかったな~」
ときめきガーデンから何故そんな結論に。
レナスを除く全員の心が一つになる。
しかしそれには気付かない様子で、心底惜しそうによだれなどたらしつつ、レナスは続けた。
「三番目は簡単!!空家は元おでん屋さんだったのだ。で、最後のはそのうち何処に行く?っていってるの。
つまりウィンナー師匠が一番好きな食べ物がある所に来い!どどん!」
効果音はセルフサービスである。
「この文章見る限り断然、3だね!サザミ・ストリート三番街、ゼラン魔道塾隣の元おでん屋だよ!!でけでん!」
またセルフサービスな効果音が響き渡り、そして部屋が沈黙に包まれる。
「……素直に取るなら、歓楽街のおでん屋さんだけど…」
何事もなかったかのようにスルーしようとするレティシア。
レナスは驚いて食い下がった。
「えええ?!だからー、その元おでん屋さんだってば!」
「これに書いてあるおでんの具を食べたら更なるヒントが…とかさぁ」
「でもおでん屋さんはもう廃業しちゃってるんでしょ?きっとその超美味しかったおでんの味を再現して欲しいとかなんだよ!」
じゅるり。
よだれが大変なことになっているレナス。
「ま、まあ、とりあえず行ってみましょうよ。おでん屋さんと…それから、魔道塾隣の建物にも、念のため」
ミケが言い、レナスは不満げな表情で腕を組んだ。
「だ~か~ら~、絶対そこだってー!念のためじゃないよ、メインだよー!」

「………やっぱりなにもありませんでしたね……」
再び疲れた表情で真昼の月亭に戻ってくる冒険者たち。
「大根と卵とちくわと昆布を持ってっても、何もなかったしね…」
「まぁそふぉうーこふぉもあるふぉ、おれんがおいひーかふぁもうまんふぁいらねー」
「レナスさん、食べるか喋るかどちらかにしてください」
ふぅ、とため息をついて、エリウスが残りの暗号に目をやる。
「残るは、これ、ですか…」

孤高の石塔 いと高し
真理と戦う 賢人の
飼いならしたる 孔雀の尾

「これもまたずいぶん雰囲気が違って、真面目な感じねぇ」
レティシアが腕を組んで唸る。
「イメージとしては、ものすんごく高い塔の上に住んでる賢者様のペットの孔雀がいる…ってそのまんまか」
「孔雀……孔雀か」
アルディアが何かを思いついた様子で言った。
「孔雀と言えば、大抵の者はあの美しく立派な羽を思い出すだろうだが、実は、あれを持つのは『雄のみ』らしいのだ」
「へー、そうなんだ」
やっとおでんを飲み込んだレナスが、のんきに相槌を打つ。
アルディアは頷いて続けた。
「で、私は思うのだが…其の前の、『真理と戦う 賢人の』…の部分」
「真理と戦う賢人…偉い人っていうことかなぁ」
レティシアが言い、アルディアはそちらを向いた。
「多分此れは、其の御師匠殿御自身の事を指しているのだろう」
「な、なるほど!」
合点が行った様子で、レティシアはぽんと手を打った。
アルディアはもっともらしく頷きながら、続ける。
「そして、彼の飼い慣らした雄…………そう、エリウス、貴方の事だ」
「えええ?」
そこでいきなり飛躍した論理に、エリウスが驚いて声を上げる。
「貴方の尾……つまり、尻を差し出せと。彼はそう言っているのではないか?
……とても高い石塔の有る場所に」
沈黙。
再び、誰もコメントの出来ない痛い空気が流れる。
アルディアはそれをものともせず、心配そうにエリウスの顔を覗き込んだ。
「………エリウス…1つ聞くが、貴方は何か彼を怒らせるような事をしなかったか?
何か些細な事でも良い…身に覚えは無いか?
尻を叩くと言えば、親が子供に対する仕置きの中でも有名な例だと思うのだが……」
「いえあの……」
「うん?どうした?」
どうしたと言われても。
エリウスは途方に暮れたような顔をして、首をかしげた。
「ええと…僕はもうずっと先生の元を離れて生活をしていて……あの、お会いしていない状態なので、そういう心当たりはないんですが……」
「…そうか、これも間違っているのか……」
アルディアは再び腕組みをして考える。
「偉い人がいる、綺麗なものがある場所…とかかなぁ。
この辺でそんな場所ってある?
ん~…私が思い浮かぶのは、魔道学校くらいなんだけど…」
レティシアも困った様子で首を傾げる。
と。
「あつあつ…と、孔雀の尾、ですか……」
そこで、今まで発言しなかったミケがふと呟いた。
「厚い…と、派手な孔雀の尾、ということで、あそこじゃないですかね。喫茶『厚化粧』」
「厚化粧~?ああ、ピーナツバターパンのところだね!」
レナスが認識コードの判りやすい発言をする。
ミケは頷いた。
「っていうことで、ちょっと厚化粧も調べてみましょうよ」

「………で?どうしてあたしのところに来るの?」
突然の訪問者を引きつった笑顔で出迎えたのは、フェアルーフ王立魔道士養成学校の校長、天下無敵・御意見無用・泣く子も黙る化粧美人、ミレニアム・シーヴァンその人である。
ミケは感心したように頷いた。
「わー、ブルーポストの時にも思ってたけどーリミさんって厚化粧ですよねー」
「うむ、確かに派手な化粧だな。孔雀の尾と言っても差し支えあるまい」
アルディアがその横でもっともらしく頷く。
ミケはにっこり笑って、爽やかにミリーに言い放った。
「ええと、あってそうだから、喫茶厚化粧跡に行ってみます、ありがとうございましたっ」
したっ。くる。
軽く礼の動作をして、踵を返す。
が。
「……言いたいことはそれだけかしら…?」
にっっっっっっこり。
ミリーが、これ以上ないくらい満面の笑顔を浮かべた。
「―――黒の終焉!」

ちゅどーん。

「………で?改めて聞かせてもらって良いかしら?」
黒くすすけたミケとアルディアに、ミリーは再び満面の笑顔を向けた。
「……うう。思ったことを言っただけなのに…」
「黒の――」
「あああああすみませんすみませんすみません。もういわないからゆるしてください」
「そもそも、あなたとは初対面よね?」
「僕的には限りなく違うんですがオフィシャルではそういうことになってます」
「何で初対面の人間に顔を合わせるなり厚化粧呼ばわりされなきゃいけないのかしら?
誰がそんなこと言ってたわけ?」
「ええと、ジョンさんっていう幻術士さんです」
違います。
激しく違います。
臆面もなく言い切るミケ。
「…話が見えないし、ジョンという幻術士にも覚えがないんだけど」
半眼で言うミリーに、へらっと笑ってみせる。
「いや、その人の残した暗号を解読したら、厚化粧っていう言葉が出てきたんでー。厚化粧と言えばあなたかなって」
「永遠の紺碧!!」

ちゅどーん。

「ああああぁぁぁぁぁぁぁ………」
再び爆風に吹き飛ばされたミケとアルディアは、屋根を突き破って空のかなたへと消えていった。
「まったく……何だったんだか。……純白の約束」
ミリーが穴の開いた屋根に手をかざして呪文を唱えると、みるみる間に穴が塞がっていく。
彼女は嘆息して、再び椅子に腰掛けた。
「……ん。ジョン……幻術士?」
ふ、と。
何かに思い当たった様子で、ミリーはきょとんとした。
数秒、考えて。
「…………まさかね。ここに居るはずないし。いたとしても関わりあいになりたくないし」
さーシゴトシゴト、と言いながら、ミリーは目の前の書類に視線を戻した。

真面目にやりましょう

「………そろそろ真面目にやりましょう」
「今まで真面目にやってなかったんだ…」
すすけた顔で告げるミケに、レナスが冷静につっこんでみる。
「まあとりあえず、4つそれぞれに意味があるのでなく、全体でひとつの暗号になっているとは思うんですよね」
ミケは言いながら、4枚の暗号の紙を手に取った。
「ふむ」
「で、まあ、順番通りに並べてみたらいいんじゃないかと思うんです」
「順番通り?」
レティシアが聞くと、そちらに向かって頷いて。
「はい。1番街、2番街、3番街、4番街の順に」
「あ、そうか!そうよね、わざわざ番地がかぶらないように離れて暗号を置いてるんだもの!」
レティシアは感心した様子で頷いた。
「確か、1番街は……」
「私たちのところだな」
アルディアが手を挙げる。
ミケは頷いて、アルディアたちの暗号を一番上に並べた。
「2番街は……」
「俺たちのところだ」
千秋が手を挙げ、その暗号を下に。
「3番街は……僕たちのところですね」
3枚目を自ら並べ、
「4番街が…エリウスさんのところ、と」
一番下に並べ終え、息をつく。

わたしのだいすきなたべものは
さむいふゆでも あつあつおでん
だいこん たまご ちくわにこんぶ
夢見る乙女のときめきガーデン
お花畑でつかまえて
あなたと2人のときめきガーデン
孤高の石塔 いと高し
真理と戦う 賢人の
飼いならしたる 孔雀の尾
ゆためのたなかをたおたもいだたしてたごたらん
たたどちたらをたたむけたたばいいたたのたかな
たゆたかいでたたおちゃためたなじたいさんたの
げたんじゅたたつたにきたみはたもうとたたりこ

「……並べてみたはいいんですが……ここで止まってしまうんですよね」
困ったように眉を寄せるミケ。
「やっぱり最後の、どちらを向けばいいのかな、っていうのが気になるわよね。
どっちを向けばいいか、かー……」
レティシアも同様にため息をつく。
「夢……幻術の世界の中で、どちらかを向いていましたか…?」
「んー、さっぱりわかんない!!」
渋い顔で言って、何かを放り投げるようなしぐさをするレティシア。
他の冒険者達も、それは同じのようで。
しばらく、沈黙が部屋を支配した。
と。

「…………右………?」

ぽつり、と呟くクルム。
「え?」
「いや、右、かなって。昨日のみんなの話を思い出してさ」
「右……ですか?」
首を傾げるミケ。
「みんなの話のどれにも、右、っていう言葉が出てきた気がするんだ。
覚えてないか?」
「右……」
昨日の話を思い起こすミケ。

「そうなのーっ!ミケったら教え方も超上手くてね、みるみるうちにわかっていったの!『この公式を当てはめるんですよ。そう…この右側の公式です…ふふっ、よくできましたね、ご褒美を上げましょうか…』みたいなー!」

「うん!ヒメと一緒に逃げるときに、波動砲はっしゃー!とかやったりして、でも向こうがキレてでっかい大砲撃ってきて、うげんたいはー!みぎににげろー!とかやってたりしたところに、千秋が颯爽と打ち込まれてきたんだよー」

「しかし、仮にも署長という立場なのに、職務を忘れて関係ないことに精を出し、部下にこんな格好をしろだのこんな姿勢になれだの右を向けだの、可笑しな事ばかり言っていたぞ」

「………確かに……!」
納得した様子で、頷く。
エリウスの表情が引き締まった。
「その場面のことを、もう一度詳しく思い出していただけませんか?」
「は、はい」
言われて、冒険者達はそのときのことを思い起こした。

「…あ、えっと、公式、でしたね。この場合は…ほら、この項の係数が奇数になっていますから、この右の公式を当てはめるんです」
「えっ…こっちの、右の?」
「ええはい、右側の公式です」

「エネルギー切れのようですね。右舷大破です」
「冷静に言わないでよーっ!お、おもかじいっぱーいっ!右!右に逃げるよーっっ!!」
「きゃあぁぁぁっ!」

「いいよ~そのクールな感じ!もっとセクシーに!
そのポーズのまま!こっち見て!いやそっちじゃない、右、右だよ!…そうそう!」

「これは……!」
アルディアが驚きの表情で呟く。
「…エリウスさんたちの話にも、やはり、右、と?」
ミケが真剣な表情で問うと、エリウスが同様に頷いた。

「どっちだったっけ……左?右?」
「…右です。建物の構造を見た限りでは…」
「右だな。よし、行こう」

「……間違いないようですね。そうか、右………なるほど……」
しきりに頷くミケ。
「でも……右っていうのがわかって、それで?
右を向けば、ウィンソナーさんがいるっていうこと……?」
レティシアが困惑の表情で、とりあえず右を見てみる。
しかし、そこに誰がいようはずもなく。
「右………暗号の、右を見ろ、ということでしょうか?」
エリウスが顎に手を当てて言い。
そこで、クルムがはっと息を飲んだ。

「そうだ、右だよ!」

「え?」
首をひねるレナスに、クルムは力強く自分の考えを述べた。
「この暗号の、一番右の文字だけを読んでいくんだ!」
言って、並べられた暗号の一番右の文字を、指でたどっていく。

わたしのだいすきなたべもの 
さむいふゆでも あつあつおで 
だいこん たまご ちくわにこん 

夢見る乙女のときめきガーデ 
お花畑でつかまえ 
あなたと2人のときめきガーデ 

孤高の石塔 いと高 
真理と戦う 賢人 
飼いならしたる 孔雀の 

ゆためのたなかをたおたもいだたしてたごたら 
たたどちたらをたたむけたたばいいたたのたか 
たゆたかいでたたおちゃためたなじたいさんた 
げたんじゅたたつたにきたみはたもうとたたり 

「はんぶんてんしのおんなのこ」

「!………」
読んでみてから、クルムの表情が固まる。
「はんぶん、てんしの、おんなのこ……?
え、それって……」
レティシアがきょとんとした表情で、何かを言いかける。
が。

だん!!

その言葉は、テーブルを力いっぱい叩いた音に遮られた。
びくう。
レティシアはもちろん、その場にいた冒険者達全員が驚いてそちらを向く。
おそらくこの中の誰よりも、感情にまかせてテーブルを叩いたりしないだろうと思われた人物。
「え………エリウス………」
クルムが恐る恐るその名を呼び、少し引きつった表情で彼を見る。
エリウスはテーブルを叩いた拳をふるふると震わせて、暗号の紙を睨みつけている。
「……エリウスさん、これは…」
ミケの言葉も全く耳に入らない様子で、エリウスはテーブルの上の手を振り上げた。

「……っ……トランスポート!!」

その呪文と共に。
部屋にいた全員の姿が、その場から消えた。

ラスボス、華麗に登場

たたっ、たっ。
一瞬後に降り立ったのは、先ほどとは全く違う場所だった。
「え、え、え??」
状況がわからず、きょろきょろするレティシア。
「ここは……」
見渡してみれば、ここも先ほどの真昼の月亭と同じような、宿屋兼酒場のような場所であるらしかった。壁の色やテーブルの配置などが違うことから、別の場所であるとはわかったが。
冒険者達が急な展開に戸惑っている中、中心に降り立ったエリウスが足早にその輪を抜けて店の奥へと歩いていく。
「あ、ちょ、ちょっと、エリウス?!」
レティシアが慌ててそれを追いかけ、仲間達もそれに続く。
冒険者達の声が聞こえているのかいないのか、エリウスは脇目も振らずに店の奥の階段を駆け上り、2階にある一室へと向かった。
がちゃ。
勢いよくドアを開け、慌てた様子で中へと飛び込む。
「リー!!」
彼が呼んだ名に、冒険者達の何人かは表情を変えた。
特に、すぐ後ろを追いかけていた、クルムが。
エリウスは部屋に入ったところで足を止め、それに続いて冒険者達も次々にその部屋へと足を踏み入れ…そして、その場に広がっていた光景に唖然とする。

「ふははははははははは!よくぞこの場所を見破った!まずは合格点じゃ!」

部屋の中央で高笑いを上げていたのは……50代後半ほどの男性……のように見えた。
「なんだ……あれは」
千秋がげっそりとした声で呟く。
「すげー!ちょーかっこいいー!!」
レナスが興奮した様子で声を上げる。
宿屋の一室であろうその部屋の中央にふよふよと浮いていたのは、黒いマントをひらひらとなびかせ、シルクハットに仮面をつけた、推定年齢50代後半の男性…であった。
エリウスは70代だと言っていたが、とてもそんな風には見えない。
そして、大きく広がるマントで包み込むようにして、一人の少女を抱きかかえている。どうやら気絶しているようだ。
年はエリウスと同じくらい。さらさらと風になびく銀髪、白を貴重とした旅装束。
「あ、あれは……リーさん?!」
その少女の顔を知っているミケが、驚いて声を上げた。
「ほ、ホントだ!」
「え、な、なんでリーがこんなところに?!」
動揺するレティシアとリィナ。
クルムは困惑した表情で、3人と、リーと、そしてエリウスとを見回した。
エリウスは厳しい表情で、一歩前へ進み出る。

「悪ふざけはいい加減にしてください、先生!」

「矢張りあの御仁が件の御師匠なのか…」
やはりげっそりとした様子で呟くアルディア。
ジョン…と思われる老人は、ぶわさっ、とマントを翻した。
「何を言うか!せっかく来たんじゃ、まだまだ楽しみつくしてやるわい!
とゆーわけで、この嬢ちゃんはワシが預かった!返して欲しくばお主自らの手で取り返しに来るが良い!」
ひらり。
ジョン老人の手のひらから、一枚の紙が舞い落ちる。
どうやら地図であるらしかった。
エリウスはきり、と奥歯を噛み締めた。
「先生、僕だけならばいくらでもお付き合いします、ですが彼女は関係ないでしょう!離して下さい!」
「やーだねー」
ジョン老人は拗ねた子供のような口調でふい、と横を向いた。
「エサがなきゃ、お前さんつきあってくれんじゃろ?調査員に報告でもされたらかなわんしの♪」
「く……!」
手の内を読まれていたことに言葉を詰まらせるエリウス。
ジョン老人は再びふはははは、と高笑いを上げた。
「では、ワシはそこでお前さんを待っておる!この嬢ちゃんが大切なら、取り返しに来ることじゃな!」
そこで再び、ぶわさっ、とマントを翻す。

「この、ペヨン・ジョン・ウィンソナーの元にな!!」
「フルネームを名乗らないで下さいと何度言えばわかるんです!!」

エリウスの全力のツッコミも何のその。
ジョン老人は高笑いを残して、その場から忽然と消えうせた。
「……くっ……!」
わし。
地面に落ちていた地図を掴んで、苦悶の呻きをあげるエリウス。

その様子を、途方もない脱力感と共に、呆然と見つめる冒険者達の姿があった……。

第3話へ