予告

フォラ・モント。

ヴィーダから北へ3日ほど馬車に乗った先にある、小さな村。
だが、ヴィーダの富裕層にこの村の名を知らぬ者はない。
フォラ・モントが有する金山から産出される純度の高い金は、まるで満月のように美しい光沢を放ち、その希少性もあって驚くほどの高値で取引される。
金山は代々村長を務める一族しか立ち入りを許されず、金の精製方法も門外不出。
どんなに身分の高い者が、どれだけの金を積もうとも、フォラ・モントがその金のノウハウをよそものに口外することはない。
今なお謎に包まれた、黄金の村。

この村に、静かな緊張が忍び寄っていた。

朝もやの立ちこめる中、村の片隅にある民家のドアが静かに開く。
大きなあくびをしながら出てきた40がらみの女性は、湿った空気を思い切り吸い込んでから吐き出した。
「さぁて、朝ごは………」

のんびりと紡ぎ出された言葉が途中で凍りつく。

振り返った先には、彼女が今しがた出てきた家のドア。
そのドアを引き裂くようにして、獣の爪あとが刻まれている。
引き裂かれたその部分は、まるで金をこすりつけたようにキラキラと金色に輝いていた。

「そんな………なんで……」

がくり。
呆然と呟いた彼女の膝が、糸が切れたように地面に落ちる。
わなわなと震える手で覆った頬には、大粒の涙が伝っていた。

「なんで、うちの子が……!」

静かな村に、慟哭が響き渡る。

10年に一度の悲劇が、再びこの村に訪れようとしていた。

「どういうことだよ?!なんでフレイヤが!!」
村長の屋敷。
二十歳ほどの青年が、怒りの形相もあらわに村長につめよっている。
村長は沈痛な面持ちでため息をついた。
「こらえてくれ、オード。これは仕方がないことなんだ」
「仕方がないって、なんだよ?!フレイヤの命なんてどうでもいいってのか?!」
オードと呼ばれた青年はなおも食って掛かるが、村長は落ち着かせるように肩に手を置いた。
「そんなことは言っていない。だが、フレイヤを捧げなければ村は滅ぼされてしまう。
村の多くの命を救うために、フレイヤには気の毒だが犠牲になってもらうしかないんだ」
「だから、なんでだよ?!フレイヤが…生贄だなんて!」
「前の時には、お前は子供だったからよく覚えていないかもしれない。
私達も、子供に残酷なことは聞かせまいと黙っているからな。
だが、この村は……何十年も前から、あれに逆らっては生きてはいけんのだ……」
「あれ……って……?」
青ざめた表情で問うオード。
村長は目を閉じて渋い表情を作った。

「金山に棲む、黄金の獣………ルナウルフ」

10年に一度、このフォラ・モントから見える月が黄金のように輝く夜。
ルナウルフは村の娘を一人、生贄として所望する。
差し出さねば、金山に入る村人は残らずその黄金の爪で引き裂かれ、フォラ・モントの金が赤く染まる。
金を主要な産業としている村にとって、それは命を絶たれるのと同然だった。

「……私達だって、フレイヤを犠牲にしたくはない。
だが、仕方がないんだ…こらえてくれ、オード」
「仕方がない、って……なんだよ……なんだよそれ!」

オードは千切れんばかりにかぶりをふって、駆け出した。

「オレは許さねえ!そんなわけわかんねえ魔物に、フレイヤをやるもんか!」
「オード!」
村長の傍らにいた男性が呼び止めるが、オードは立ち止まることなく屋敷を出て行った。
困ったようにおろおろと辺りを窺う男性に、村長が嘆息して告げる。
「……放っておけ。一人で何が出来るものか。この村に、ルナウルフに逆らうことに協力するやつなどおらんよ」
「………」
オードが出て行った扉を心配そうに見やる男性。
村長はそれを尻目に、自分の部屋へと戻っていく。

「負けるもんか…!村がダメなら、ヴィーダに行って強い冒険者を連れてきてやる!
絶対に……絶対に、フレイヤを死なせるもんか……!」

オードは強い口調で言って、村の出口へと急ぐのだった。

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