憎しみって、どこから生まれるんだと思う?
どうやったら消えるんだと思う?

…当然だね。
君の心から生まれて、
君の心が消していくんだ。

憎しみが生まれるのは誰かのせいじゃない。
憎しみが消せないのも誰かのせいじゃない。
ぜんぶ、君次第なんだよ。

だから、いいんじゃない?
相手を血祭りにして、土下座して謝らせて、
それで君の心から憎しみが消えるなら、
そうすればいい。


本当に、消えるならね。

「どーうなっちゃってるんだろうなぁ~」
全くお手上げ、というように両手を振り上げて、レティシアはどっかりと椅子に座った。
「レヴィはパフィを仇だと言ってるわ、そのレヴィはフカヤの親の仇だわ、こんなにこんがらがっちゃったのも久々だわ」
もう考えるのは嫌~、と言わんばかりに手を振っている。
昨日と同様に男性陣の部屋に集まった仲間たちも、同様の表情をしていた。別れて行動していたミケとホームズも合流している。時刻はそろそろストゥルーの刻にさしかかろうとしているところだ。
「ほ、本当ですね…さ、最初はレヴィニアさんを助けてあげられたらって思ってたのに、な、なんでかな…どうしていいのかわからなくて…。ぱ、パフィさんやフカヤさんの事も助けたいって思っちゃったんです…。
ど、どうすれば…」
ひたすら困惑した様子のコンドル。
「…ただ真実を知りたいだけが、真実と虚構が混じって、余計に複雑になっている。それが何かに踊らされているようで…。不快だ…」
アーラも、いつもより少しだけ苦い顔で心情を語る。
「いやはや、パフィさんとフカヤさんがレヴィニアさんの話に対して、あのような反応をするとは…少し、予想外でした」
少し苦笑混じりに、マジュール。
「パフィさんがレヴィニアさんを怖がる素振りを見せていることに加えて、フカヤさんにとっても、レヴィニアさんと何らかの因縁がある可能性が出てきたとなると…いよいよ、2人、いや3人を会わせにくくなってしまった感がありますね」
「こんがらがってきていますよね。依頼人の敵討ちの相手の恋人の敵が依頼人だった…なんて」
オルーカが言い、そちらに向かって頷くマジュール。
「あまりにもひどい運命というか、偶然というか…偶然?」
自らの言葉に首をひねるマジュールに、オルーカも神妙な面持ちで頷く。
「ええ、偶然にしてはあまりに出来すぎてます。やっぱり誰か違う、第三者の力が働いてると思うんですけど……生憎、推理をするのは苦手なんですよねぇ」
「両方の側が子供の頃に家族を殺されて、お互いに家族の仇と思っていて…もし本当に偶然だとしたら、こんな嫌な符合はありませんね」
「フカヤさんの両親を殺した仇だって話でしょ?リィナはとりあえず、レヴィニアさんの行動が怪しくなったかなぁ…」
眉を顰めて、リィナ。
「フカヤさん、嘘つくような人には見えないし…あっ、これはリィナの一方的な見方だけど…でも、あのまっすぐな目、お兄ちゃんにちょっと似てて…なんて。いやそうじゃなくて、パールフィニアさんもあんなに怖がってて、嘘だとは思えなかったし…」
「かといって、レヴィニアさんが嘘をついているようにも、僕には見えないんですよ」
ふむ、と唸って、ミケ。
「全面的に信頼、とまではいきませんが…嘘はついていない、と思うんです。嘘と言える根拠がない。…まあ、かといって、全てを真実だと言える根拠もないわけですが…」
「…そうですね。彼女の頑なな態度の為、彼女に対する信頼を厚くするような材料がなかなか出て来ないのですが、さりとて彼女に対する信頼を失墜させるほどの材料も出て来ていないわけで…」
苦笑して、マジュールが続く。
「…クリムゾンアイズは、一子相伝だという話だったな…?」
アーラがぼそりと言い、仲間たちはそちらの方を向いた。
「そしてそれは娘であるパールフィニアが継ぐはずだったと。ならばパールフィニアがクリムゾンアイズを持っていても不思議ではない…」
一人、確認するように言ってから、アーラは仲間たちに視線を移した。
「ならば、何故従姉妹であるレヴィニアがその在り処を知りたがるんだ?悪用される危険性は、代々それを継いで村を守っていく家系だからこそ、少ないと考えてもいい。レヴィニアを疑っているわけではないが、そこに少し矛盾を感じる……お前たちは、どう思うんだ?」
「ええと、少し整理しましょうね」
ミケは少し嘆息して、言った。
「レヴィニアさんの談によれば、もともとクリムゾンアイズはパフィさんの姉であるメリィさんが受け継ぐことになっていました。これは、パフィさんも同じことを言っていたことからも、その『メリィ』さんという人の存在があり、クリムゾンアイズは順当に行けばその人が受け継ぐはずであったことは間違いないでしょう。
レヴィニアさんの主張は、パフィさんがそれを良しとせず、クリムゾンアイズを我が物にしたいがために村を滅ぼした、というものです。整理できましたか?」
「……そう、か。俺の杞憂であったようだな」
アーラはふむ、と唸って口を閉ざした。
千秋が嘆息した。
「まったく、なぜ毎回毎回、こうも話がややこしくなるのか。見つかった仇とやらを斬って捨てるのは安易だが、実際にそれをやったとして、実は違いましたと言うことになっては敵わんな」
ふう、と沈鬱そうに息を吐いて。
「何にせよ、真実がわからん以上、人を討って一件落着、というのは不愉快だ。俺が。
この件について既に他に協力も求めている以上、もはや仕事だけでは済まない。いい結末に導きたいものだな」
「ええ。簡単に解決できる問題ではない、ということだけは分かります。でも、なんとか解決したい、とも思います」
祈るように目を閉じて、オルーカが続く。
「ホームズはどう思ってるの?」
まだ眉を寄せて、レティシアがホームズに問う。ホームズはひざの上の植木鉢を大事そうに抱えて、弱く微笑んだ。
「皆はメルスさんを疑ってるみたいだね。だったらなおさら、僕1人ぐらいはメルスさんを助けてあげないと、と思うよ。きっと誰も傷つかないで終わる事はないから、被害は少なく、傷は浅くね。ハッピー・エンドで幸せになるのは主役だけだから」
冒険者たちは微妙な表情で視線を逸らす。
(…助ける、のであって、信じる、のではないんですね)
喉まで出かかった言葉を飲み込むミケ。それは、自分とて同じことだ。依頼人を信じきれず、意に反する行動をする。果たしてそこに正義はあるのか。
何度も考えてきた迷いを首を振って振り払い、ミケは言った。
「それ……今日ダメージを受けたっていう、土の精霊ですか?」
ホームズの抱えている植木鉢の上に、何かが見えるのだろう。ミケの言葉に、ホームズは心配そうに膝の上の植木鉢に視線をやった。
「…うん。お父様から頂いた大事な精霊なのに…僕の軽率な行動で、こんなことに…」
「…地面の下の精霊に気がつくとか、それに攻撃するとか。普通、できないですよね。魔術や超感覚を持った人の存在を感じますが」
「…あの子……」
少しだけ表情を厳しくして、ホームズはつぶやいた。
「…どこか、変じゃなかった?」
視線を送って同意を求められ、きょとんとしてから…思い当たったらしく、応えるミケ。
「ああ、あの子ですか?」
「あの子?」
レティシアの問いに、そちらの方を向く。
「ええ。土の精霊が攻撃され、そちらに向かって走っているときに、出会い頭に少年とぶつかったんですよ。それで、ええと…何でしたっけ。もう2クール前のドラマで流行った台詞なんですが……ああそう、萌えとか語られました」
「えっ」
驚いて声を上げるリィナ。
「ぶつかって萌え語り…って…その子、14歳くらいの地人っぽい子で、短い黒髪にメガネかけてて、リュウアンっぽい服着てた?」
「えっ…ええ、そういえば、そんな感じの子だったような気がします」
「それって、リィナがぶつかった子と一緒かもしれない!レヴィニアさん追いかけてるときに!」
「ええっ?」
驚きの声を上げるミケに、少しだけ目を見開くホームズ。
「そういえば、あの子…どっかで見たような雰囲気だなって思ってたんだよ。ね、地人っぽい見かけにリュウアン風の服って、誰かを連想させない?」
「…そんな、まさか」
表情を変えて、ミケ。千秋とレティシアも腰を浮かせかかる。
ミケはややあって、悔しそうに視線を逸らした。
「…ああ、関わっていないとも言い切れませんね。また、話がややこしくなることを……」
「…ピースさん?どういうこと?あの子どもは、知り合いなの?」
訝しげな表情で問うホームズ。ミケはそちらの方に苦い顔を向けた。
「僕たちが以前からちょくちょく関わっている、魔族の一族がいるんです。褐色の肌に尖った耳、リュウアン風の衣装を好んで着ていて…現世界に、頻繁にちょっかいをかけにきているんですよ」
「…あの子は、魔族かもしれない、っていうこと?」
「そうと断定は出来ませんが…ただ、僕たちの場合もリィナさんの場合も、両方とも『レヴィニアさんを追っている』時に邪魔をするように現れ、そして実際それにかく乱されて僕らはレヴィニアさんを見失っている。それにその条件が重なれば、その可能性も…そして、ホームズさんの精霊を攻撃した『超感覚・魔術』の存在も、説明がつくことになります」
「………」
ホームズの表情から温度が消えていく。
「まあ、何にせよ、これからの方針を決めなければなるまい。不確定な要素に加え魔族の可能性も出てきたとなると面倒だが…」
千秋がふむ、と唸って話を進める。
「俺は、二人を引き合わせて話し合いをさせてみるべきだと思う。
意見の食い違いもあるが……何より、時間切れだな。
これ以上依頼人を無為に待たせることはできんし、できたところで得をすることもないだろう」
「…そうですね。一日だけ待つ、とレヴィニアさんが仰っていたんです。それを押して会わせない訳には行かないと思います」
ミケが続き、仲間たちを見渡す。
「…もっとも、この時点でレヴィニアさんの依頼を放棄する、という方がいるなら、話は別ですが」
微妙な表情になる仲間たち。
マジュールが顔を上げた。
「私は、現時点ではレヴィニアさんの依頼を放棄をする気はありません。お二人を引き合わせるのが、妥当だと考えています。
両者の話の食い違いはそう簡単に解決はしないでしょうけど…逆に、当事者同士だから解決できる部分もあるかもしれませんし、少なくともレヴィニアさんから我々が事の核心を聞きだすのは難しいとも考えます」
「そう…よね。本当は、レヴィの本当の気持ちを知りたいの、私は」
はぁ、とため息をついて、レティシアは言った。
「レヴィが何でパフィを仇だと言ってるのか、何でクリムゾンアイズのありかを知りたがって、それを欲しがってるのか。
でも、レヴィは絶対話してくれないよね。レヴィは私たちを信用なんてしてないもの」
気まずそうに言葉をなくす仲間たち。
レティシアは続けた。
「パフィはパフィで、クリムゾンアイズの事に関して部外者には何も言えないって言ってるし…。なぁんか、お互い顔を会わせて話し合ったほうがいいなぁって思うようになってきたなぁ。色々話聞いてるうちに。
結局矛盾だと感じてることも何も解決してないから、当人同士で話し合ってもらった方が、案外すんなり解決しそうな気もするのよね」
「……依存は無い。会わせるのなら、できるだけ短い時間がいいとは思うがな…」
アーラがぼそりと言い、
「…ぼ、ボクもそれでいいと思います……も、もう、どうしたらいいのか、よくわかんないけど…」
コンドルがそれに続く。
「私も賛成です」
オルーカが控えめに手を上げた。
「そして、もしフカヤさんの許可が下りるようなら、レヴィニアさんにフカヤさんの仇の話をしたいと思うんです」
「フカヤのことを…?」
レティシアが反復し、そちらに向かってうなずく。
「はい。それですぐにどうなるとは思えませんけど…
敵を討つということがどういうことなのか、少しでも考えるキッカケになればと思います」
それから、悲しそうにうつむいた。
「私にはレヴィニアさんが何かを怖がってるようにも見えるんです。この事件に関して彼女は被害者なわけですから、傷ついてるのは当然ですが、同じ被害者であるパフィさんと違って、レヴィニアさんは未だに何かを恐れている気がします。
それが何か分からないですけど…レヴィニアさんは敵を討つということによって、自分の憎しみややり切れなさを清算しようとしてるだけなんじゃないでしょうか。パフィさんを犯人と断定してるのも、状況からよる憶測で、何も証拠はありませんし。
そんな精神状態じゃ敵を討ったとしても、何も解決しません。レヴィニアさんもパフィさんも救われません」
それから、顔を上げて仲間の方を見た。
「…多分、レヴィニアさん本人もそのことに気づいてると思うんですよね。だから私達がパフィさんと会うのは少し待ってくれ、と言った時、引いて下さったんじゃないでしょうか。
もしそうなら、もう少し、彼女の考えの方向を転換させるものが欲しいです。そのきっかけになるなら、お二人を合わせるのは悪いことではないと思うんです。
世の中には話し合いで解決できないこともたくさんあります。憎しみにかられた人間に言葉なんて届かないことも多いからです。
でもまだ彼女が周りの意見に耳を傾ける心が残っているなら、その部分を大きくしていくお手伝いがしたいです」
「…でも、それってやっぱり危険よねぇ…」
心配そうにレティシアがつぶやく。
「私たちがパフィを守れば大丈夫かなあ?一応、あだ討ちは最後の手段にして欲しいって、レヴィにお願いしたいな」
「でも、パールフィニアさんはレヴィニアさんに会うの怖がってるんだよねぇ」
ふぅ、とため息をついて、リィナ。
「説得するしかないだろうけど…上手くいくかな?」
「今すぐパフィさんをレヴィニアさんに会わせるというのは、酷なような気がするのです…あれだけ怖がっていらっしゃるのですし」
心配そうに、マジュールが言った。
「勿論、パフィさんにとっても…たとえ今うまく逃げることができても、今後また延々と逃げ続けなければならないとなれば、それもまた辛いことだと思います。ですからそうならない為にも、パフィさんにレヴィニアさんと話し合う機会を持っていただくのは重要なことだとは思うのですが…」
少し考えるようにうつむいて、それから仲間の方に再び顔を向ける。
「…ですから、まずは、フカヤさんに、レヴィニアさんと会っていただく、というのはいかがでしょうか?」
「フカヤ一人に会ってもらうの?」
レティシアが驚いたように言い、マジュールはゆっくりと頷いた。
「ええ。まず、パフィさんとレヴィニアさんが会う前にワンクッション置くことで、より冷静に話を進めやすくできると思うのです。
そして、これはレヴィニアさん側からみたメリットですが、フカヤさんの警戒心が緩んで、パフィさんをレヴィニアさんに会わせても良い、と考えてもらえるかもしれない。逆にいうと、フカヤさんにレヴィニアさんの人となりを見極めていただきたいのです。
うまくいけば、パフィさんが不当に逃げ回る生活をしなくて済むかもしれないので、頑張ってください…というように。
…まあこれも、フカヤさんにとって酷というか、フカヤさんの人柄にかなり依拠した内容ですけどね…」
「私はフカヤに会わせるのはどうかなあ、と思うのよ」
レティシアは渋い表情で言い募った。
「レヴィは多分フカヤのこと、覚えてると思うんだよね。フカヤ自身を覚えてなくても、両親は絶対覚えてるはず。見たら絶対思い出すって。
見たからどうにかなる、ってもんじゃないと思うけど、フカヤは同席しない方がいいと思うんだよね。別室で待っててもらう、っていうことは出来ないかな?」
「…それは、そのフカヤ・オルシェという人の言うことを全面的に信用してるっていうことだよね?」
ホームズが指摘し、レティシアはきょとんとしてそちらを向いた。
「えっ…う、うん…」
ホームズは少し疲れたような表情でため息をついた。
「どういう訳か、依頼人の言うことより依頼人が仇だと言う人物の言うことを信じている人が多いようだけど。突然自分の事を王子だとか言いだす人の言うことのほうが、よっぽどウソ臭いと僕は思うけどね?」
「………それは……」
反論できず俯くレティシア。
「僕はフカヤ・オルシェに一度も会ったことがないんだ。見ず知らずの人の言うことをそのまま鵜呑みにできないよ。依頼人のことを、雇われた暗殺者だ、なんて言う内容ならなおさらだ。
僕はただメルスさんをセラヴィに会わせる、それだけはやるつもりだよ。その時に、こちらがどう思うかにかかわらず、フカヤ・オルシェは絶対についてくると思う。だって、親の仇だと思ってる人物が、自分の恋人を仇だといって命を狙っている、っていうんでしょう?それが本当であれ嘘であれ、そう言っている以上ついてこざるをえないと思うよ」
「…そうですね…我々の意思はどうであれ、フカヤさんとパフィさんがそれに同意してくれることが前提になりますし」
ふむ、と唸るマジュール。
「でも、レヴィニアさんにフカヤさんのことを言う必要性は、僕はあると思います。双方の言っていることが本当なのか偽りなのか、確かめるためにも。
嘘を言っているように見えるなら、失礼ですがフカヤさんもレヴィニアさんもパフィさんも大して変わらない。なら、変に隠し立てをして余計に混乱を招くより、正直に正面から訊いた方ががいいと思います」
ミケが言い、ホームズもそちらに向かって頷いた。
「メルスさんとセラヴィを会わせられるのなら、それ以外のことは僕は構わないよ」
「レティシアさんも、よろしいですか?」
「うん…何が本当で何が嘘なのかわからなくなってきちゃった。ミケがそう言うなら、それでいいよ」
レティシアも混乱した表情で、それでも頷く。
ミケはうん、と頷くと、再び思案の格好になった。
「…問題は、場所ですが」
再び仲間に向き直り、考えを述べる。
「僕は、『なるべく人の多い』『閉鎖されない空間』…たとえば、この風花亭だとか真昼の月亭のような場所を指定するのがいいと思うんですよ」
「…根拠を訊いていいかな?」
ホームズの言葉に、そちらの方を向くミケ。
「人の出入りのある場所なら、いきなり派手なことはしないだろう…という理由です。簡単に言えば。
レヴィニアさんのあの気性です。顔を合わせた瞬間に、パフィさんに襲いかかるかもしれません。そんなときに、人目があれば、その抑止になると思うんです。落ち着いて話をさせるため、いきなり最終手段に出ないようにするために、そうしたほうがいいと思うのですが…」
ホームズは苦い顔をした。
「…無関係な一般の人までまぎぞえにするつもり?僕はそんなことは出来ないよ。出来るだけ人の少ない、開けたところの方がいいと思う。いつ戦いになるのかわからないというなら、なおさらね」
ミケも、眉をしかめて反論する。
「だからそのために、人の目に触れるところで、と言っているんです。目撃者があるかもしれないと思えばいきなり派手なこともしないでしょうし、目撃者が多ければ逃げることも難しくなります」
「…残念だけど、甘いと思うよ。赤竜族を使って村の人を皆殺しにするような人が、目撃者を皆殺しにして口封じ、ということだって考えられるでしょう」
ミケは微妙な齟齬に気づいて眉を寄せた。
「…待ってください。ホームズさんは誰のことについて言っているんですか?」
「もちろん、セラヴィのことだよ。赤竜族を使って、村を滅ぼした。そんな危険な人物を、罪もない普通の人たちの中で暴れさせるわけにはいかないよ」
ミケは言いたいことが伝わらないもどかしさに、苛々した様子で息をついた。
「そりゃ、僕らが人質にされようが、殺されようが、それは冒険者という職業上、覚悟の上ですが。僕は、むしろ、その場で戦いが起きないようにしたいんです。話を聞いた限りではパフィさんはレヴィニアさんに対して『怖がっている』と聞いています。積極的に攻撃は仕掛けてはこないでしょう。万が一仕掛けてくるにしても、顔の売れている占い師が町中で暴れることは、この先のことを考えても得策ではないでしょう。人目に付かないところこそ、危ないと思いますが?」
「一般市民の前だから、戦闘を回避できるとはと言い切れない。
残念だけど、僕の予知では偶然や奇跡に分類される、非常に少ない確率の未来まで見ることはできないんだ。
建物を壊してしまったとかはいいんだ。偶然居合わせた一般の子供の目を焼いてしまったりとか。お金がいくらあっても取り返しのつかないことを避けるためにも。この際広い狭いはどうでもいいけど、一般市民のいる場所をセッティングすれば戦いは起きない、避けられる、と考えるよりも、万が一を考えて備えておいたほうが現実的だと、僕は思う」
「ホームズさんは、戦わせたくないのか、戦わせたいのか、どっちなんですか」
だんだん表情も険しくなり、言葉にも感情がこもってくるミケ。
「争わせたくない、傷つけたくないと言っている割に、ホームズさんは戦わせないための策を何も講じないじゃないですか。二人を戦わせて、どちらかが倒れれば決着がつく、この事件がそんなに単純なものだと思うんですか?」
「まあ、二人とも待て。落ち着け。論点がどんどんずれていくぞ」
千秋が間に入ってなだめ、ミケはひとまず息をついていずまいを正した。
「確かに、人目があれば戦いにはならないかもしれない、というミケの主張は、ならないという確実な保障がない以上、無茶なことだ。あの沸点の低い一族が喧嘩して自分を見失って、それこそ竜の姿に変身して大暴れ、という可能性もないわけではない以上、周りに被害が及ばないように配慮する、というのも当然のことだろう」
ホームズが同意して頷き、ミケは少し不本意そうにその話を聞いている。
千秋は続けた。
「がしかし、俺たちの目的はあくまで『両者に話し合いをさせ、証言の食い違いを検証し、出来れば和解させること』だ。いきなり人気のない開けた場所…決闘場のようなところに連れて行くなど、それこそ思う存分そこで戦えと言っているようなものだろう。それはそれで、目的に適っているとは言いがたい」
ミケが頷き、今度はホームズが不本意そうに眉をひそめる。
千秋は腕組みをして、うーんと唸った。
「要するに、回りに被害が及ばないような場所であり、なおかつきちんと話し合いを出来る雰囲気の場所であること…だな。ふむ」
しばらく考えてから、ふと仲間の方に視線を戻して。
「…魔術師ギルドの部屋を一室借りる、というのはどうだ?事情を話した上で、だ」
ミケは一瞬黙り込み…そして、感心したようにため息をついた。
「……すごい、千秋さん。まったく思いつかなかった。それがいいと思います、それにしましょう」
「ホームズはどうだ?」
「…そうだね。それなら、まあまったく問題ないとは言えないけど、いいと思うよ」
「では、魔術師ギルドの部屋を一室借りる、ということで。明日、行く前に手配せねばならないな」
「あ、ど、どうせなら、今からお願いしに行った方が、いいと思います…」
コンドルがおずおずと言い、オルーカがそれに続く。
「そうですね。では、私とコンドルさんで早速行ってきましょう」
「じゃ、あとはパールフィニアさんとフカヤさんに、会ってもらうよう説得しなくちゃね。どうしようか?」
リィナが言い、ミケがそちらを向いた。
「明日、レヴィニアさんに会う前に話をつけてしまったほうがいいと思うんです。
ですから、もう夜になってしまいますが、これからまたお二人のところへ伺いたいと思うんです。皆さんからお話を伺って、訊きたいこともいくつかありますし」
「あ、じゃあリィナも行くね。パールフィニアさんたちを説得できるといいな」
リィナが手をあげ、レティシアもそれに倣う。
「ミケが行くなら私も行く!」
「では、俺も行こう」
「僕も行くよ。説得はともかく、少し聞きたいこともあるし」
千秋とホームズが手を上げ、最後にアーラが続いた。
「……俺もだ」
しばらく待ったが、それ以外に声は上がらない。ミケは頷いて、確認した。
「では、僕とリィナさん、それにレティシアさん、千秋さん、ホームズさん、アーラさんで向かう、ということで。あまり遅くはならないと思いますが、段取りをつけられるようがんばってきます」
「……おい。そういえば、一人足りなくないか?」
千秋が言い、仲間たちは辺りをきょろきょろと見回した。
「…あれ、そういえばピリララは?」
レティシアが言い、ああ、と思い当たる仲間たち。
「道理で話し合いがスムーズに進むと思った。一緒に帰ってきたはずだが…どこに行ったんだ?」
千秋が言って辺りをきょろきょろ見回した、その時。
ばたん。
勢いよくドアが開き、向こうから何とも言えない気まずそうな表情をしたピリララが顔を出す。
「ピリララ、どうし…」
声をかけようとして、その後ろにもう一人いることに気付く。
ピリララに負けず劣らず大柄な、女性。ピリララと同じ髪と瞳、よく似た顔立ち。思い切りのいいショートカットに、メリハリの利いた文句なしのナイスバディを惜しげもなく晒すぴったりとした服に身を包み、値踏みするような視線をこちらに向けている。
「みんな…すまないのだ。私は行かなくてはならなくなった」
事態の重さからか、それとも後ろに立っている女性からのプレッシャーのためか、ただでさえ白い肌を余計に青白くして、ピリララは言った。
「志半ばでここを離れることは、本当はしたくないのだが…」
と、そのピリララの言葉をさえぎるように、女性がずい、と前に出る。
「皆様、ご迷惑をおかけいたしました。このバカが依頼などに首を突っ込んで、さぞかし皆様のお邪魔になったことでしょう。ここにはいない父上母上、一家郎党に成り代わりまして、私がお詫び申し上げます」
丁寧に頭を下げられ、冒険者たちは毒気を抜かれたようにはあ、と生返事をした。
「バカと言うなバカと!私はバカではないぞ!」
「はいはい、判ったからちょっと黙ってなさいバカ」
抗議するピリララをぎろりと睨んで黙らせてから、女性は冒険者たちに向き直りにっこりと微笑んだ。
「私の名前は小畑・ピリカ・パシシィ。こちらに飛ばされ、はぐれてしまったうえに私の存在を忘れあっちへうろうろこっちへひょこひょこしているバカを見つけ出すのに苦労しました。これで無事帰ることが出来ます。皆様にはご苦労をおかけしました、このバカは責任を持って連れて帰りますので、どうぞつつがなく依頼を達成してください」
再び深々と頭を下げるピリカ。呆然とする冒険者たちを尻目に、ピリララの三つ編みを掴んで引っ張る。
「さ、行くわよバカ」
「痛いイタイいたい!引っ張るなというのにピリカ!痛いではないかってゆーか人の話を聞けえぇぇぇ…」
フェイドアウトしていくピリララの悲鳴。
あまりに唐突な出来事に、冒険者たちはただ呆然と、去っていくその声を見送るしかなかった。

「パフィさんと2人で、話を…ですか?」
道中のホームズの言葉に、ミケはきょとんとして首をかしげた。
「…そう。どうしても、他の人のいないところで、2人だけで話をしたいんだ。すぐに済むことだから、少しだけ時間をくれないかな?」
「…事件に関係したことではないんですか?」
「うん。僕とセラヴィの個人的なこと。どうしても、他の人に知られたくないんだ」
「…ホームズさん、パフィさんと知り合いだったんですか?」
「あー、言い方がまずかったね。ちょっと…そうだな、占ってもらいたいことがあって。それが、他の人には言えないようなことなんだ。本当に手間は取らせないよ。お願い」
まだ釈然としない様子のミケ。
が、ゆったりと話しているようでいて、ホームズの瞳の奥には隠しきれない焦りがあった。それを見て取って、ミケは頷く。
「わかりました。では、僕たちは先にフカヤさんと話をしていますから、ホームズさんはパフィさんとのお話が終わり次第一緒に来てください」
「ありがとう。恩にきるね」
ホームズはほっとしたようににこりと微笑んだ。

「…あれっ。こんばんは。どうしたの、何かあったの?」
陽気な海猫亭に入ると、1階の酒場で食事をしていたパフィとフカヤがすぐに声をかけた。
「すまない。明日までに、どうしても話しておきたいことがあってな。今から、時間をもらえるだろうか」
千秋が進み出て言うと、フカヤは気さくに表情を崩した。
「構わないよ。もう夕食も食べてしまったし…君たちは、まだ?」
「あ、私達はもう食べてきたわ。ありがとう」
レティシアが笑顔で答える。そして、その隣にいたミケが進み出た。
「初めまして。一緒に依頼を受けている、ミケといいます」
「フカヤだよ。よろしく」
「パフィなのー。よろしくなのねー」
2人は笑顔でミケの握手を受けた。
「じゃあ、どうしようか。話は、ここで聞いていいかな。リザーブしている部屋は狭いし…他に誰もいないし」
「構いません。あ、パフィさんに少し…」
「セラヴィ。少し、話があるんだ。いいかな」
ミケがホームズを促そうとする前に、ホームズがずいと前に出る。パフィは驚いて目を瞬かせた。
「え?う、うん、なんなのー?」
「ちょっと、こっち」
幾分焦った様子で、ホームズはパフィの手を引いて奥へと連れて行く。空き室のようだった部屋へ入り、鍵を閉めると、厳しい表情をパフィに向けた。
「…ねえ、セラヴィ。きみ、昨日の占いの結果を誰かに話した?例えば、地人の少年とかに…」
真剣な表情のホームズ。
パフィは困惑というより純粋に驚きの表情のまま、首を傾げた。
「昨日の占い、ってー…えっと、マジュールのー?」
「そうじゃないよ、僕の」
「ホームズの、占いー?」
パフィは困惑の表情で目を泳がせて…やがて思い当たったのか、ホームズに向き直った。
「ああ、どちらでもない、っていったものなのねー?ううんー、話してないのー。人の占いの結果を他の人に喋ったりしないのねー」
「…そう……だよ、ね…。うん。ごめん、思い過ごしだったみたい」
ホームズはほっとしたように表情を崩して詫びると、再び真剣な表情で考え込んだ。
(じゃあ…僕のことを一目で見破ったあの少年は、やっぱり…)
「ホームズー?お話、それだけなのー?」
「え?あ、うん。ごめんね、手間を取らせて。みんなのところに戻ろうか」
笑顔で言って、ホームズはドアを開け、外に出る。
パフィはひたすら驚きの表情のまま、その後に続いた。

「まずは、皆さんに伺ったフカヤさんとパフィさんの事情から、少し確認しておきたいことを何点かお聞きしたいんですが、よろしいでしょうか」
ホームズとパフィが席に戻ってきたところで、ミケがパフィとフカヤに向かって問いかけた。
「構わないよ。どうぞ」
フカヤが頷くと、ミケはそちらを向く。
「では、フカヤさん…少し、酷なことをお聞きしますが…お父様がレヴィニアさんに殺された時の状況を、もう少し詳しく伺えますか」
フカヤの表情より、パフィの表情の方が酷く歪む。
フカヤは一度目を閉じてから、顔を上げてミケにゆっくりと言った。
「…昼間話したので、全てだと思うけれど。俺も小さかったし、鮮明には覚えていないんだ」
「覚えていることだけで構いませんから。いくつか質問しますから、それに答えていただけますか」
「わかったよ」
フカヤが神妙な顔で頷くと、ミケは、では、と一呼吸置いて質問を始めた。
「レヴィニアさん…少なくとも、エレヴィニーア・メルスと名乗る女性が、あなたのお父様を殺害した、ということですが…神経毒を使った、というお話なんですけれども、それは、飲ませたり注入したりする毒ですか?それとも、神経を麻痺させる魔術のようなものなのでしょうか?」
「わからないけど、後者だと思う。彼女は触れられるほど父に近づいてはいなかった。見た目どおり、魔術師のようだったから…剣士である父との接近戦は避けたかっただろうしね」
「なるほど。手足を動けなくされてから、嬲るように殺していった…ということですが、そのときのレヴィニアさんの様子はどうでしたか?」
ミケの質問に、フカヤは辛そうに眉を寄せた。
「……父は、俺を逃がすために、彼女の目に触れないところに俺を隠した。かろうじてそこから戦いの様子をのぞき見ることは出来たけど…途中で、見るのをやめた。意識も、だんだん朦朧としてきて…よく、覚えていない。彼女が、笑っていたような気もするけど…はっきりとしないんだ。すまない」
「そう……ですか。わかりました」
ミケが痛ましそうに礼を言うと、アーラがぼそりと問うた。
「…1つ、気になっていることがある」
フカヤがそちらの方に顔を向けると、アーラは続けた。
「…フカヤの両親を殺したのがレヴィニアだと仮定して、依頼主との関係は?接触の経緯は?」
フカヤは落ち着いた様子で答えた。
「依頼主というと、父の弟…叔父のことだね。俺が生まれたのは父が城を出た後のことだから、俺は叔父に会ったこともないし、顔も知らないんだ。だから、叔父と彼女の関係はわからない。
接触の経緯…というのは、どういう風に出会ったかということ?言った通り、彼女は父を殺す刺客として姿を現した。最初から父を殺すつもりで襲い掛かってきたように…少なくとも俺には見えたかな」
「…そうか。それから…フカヤとパフィから見たレヴィニアの印象を聞きたい」
「印象…そうだな…とても冷たくて、残酷な女性だと思った。具体的にどんなことを言ったのか、したのか…っていうのは、正直曖昧なんだけど…そういう印象が強烈に残っているよ」
「パフィは…昼間、言った通りなのー…レヴィおねえちゃんとはあんまり話したことないし、レヴィおねえちゃんはパフィたちのこと嫌ってたのー…ちょっと、怖いのー…」
「……そうか……俺から見るに、激情家で少し謎のある女性だと思う」
「冷たい感じっていうのは、ちょっと同意しちゃうな。あと、ちょっと沸点低いわよね。それも同意」
レティシアが言い、その場に同調の空気が流れる。
「…では、今度はパフィさんにお伺いします。
…クリムゾンアイズのことですが」
ミケの言葉に、パフィの表情が引き締まる。
「…クリムゾンアイズのことは話せないのー」
「承知しています。答えられることだけで構いません。駄目ですか?」
「………話せないことは話さないのー。それでいいなら、構わないのー」
「ありがとうございます。…ええと、昼間冒険者の皆さんが聞いたときに、『他に目の赤い人はいたのか』という質問に『赤い人も青い人もいた』と答えたそうなのですが。ご家族や親類に赤い目の方はいらっしゃいました?例えば、お父様お母様、お姉さん、あとは……レヴィニアさんのご両親とか」
パフィはミケを見つめたまま少し黙って、言葉を選ぶようにしてゆっくりと語った。
「…いたかいないか、っていう質問なら、いた、と答えるのー」
「どなたが、というのは、お聞きしてよろしいですか?」
「…答えられないのー」
「そうですか」
ミケはあっさりと引き下がると、質問を重ねた。
「あなたの目は、今は赤いのですが、それは昔からなのでしょうか」
パフィの紅い瞳が、大きく見開かれた。それから、す、と冷たい表情になって、答える。
「……答えられないのー」
「なぜ?」
「話せないことは話さない、さっきそう言ったのー。答えられないのー」
「…そうですか、わかりました」
ミケがそう言って口をつぐみ、それ以上の質問をしないのを見計らって、ホームズが続いた。
「ねえ、村人はクリムゾンアイズが手のひらくらいの、紅い石だということを知っていた?」
パフィはそちらの方を見て、こくりと頷いた。
「…そうなるのねー」
「では、クリムゾンアイズは手のひらくらいの紅い石だというのは、本当なのだな?」
千秋が重ねて問うと、パフィは首を振った。
「クリムゾンアイズのことは、答えられないのー」
「…そう、か。仕方ないよね」
ホームズは肩を竦めて立ち上がり、パフィの傍らへと歩いた。
「それにしても、きみ色白いよね。ちゃんと栄養とってる?僕、しばらく医療活動に従事していたから、そういうの見てあげられるんだ。ちょっとじっとしていてねー、痛くないから」
言って、細い指をす、とパフィの目に近づける。
と、パフィがゆっくりと、その手を払うように避けた。
「…セラヴィ?」
パフィはとがめるような視線を、ホームズに向ける。
「クリムゾンアイズのことは話す気はないのー。知られたくない、ということなのー。
パフィはホームズと似た力を持ってるのねー。ホームズが何をしようとしているかは、わかるのー」
ホームズは一瞬鼻白んで、それから苦笑して肩を竦めた。
「それは失礼したね。悪かった、謝るよ」
千秋が眉を寄せて問う。
「パールフィニア、お前がクリムゾンアイズを隠すことで、得をするのは誰だ?」
パフィはそちらの方を向いて、眉を寄せた。
「…得ー…?」
「言い換えれば、一体誰のためにそれを隠しているのか、ということだ」
千秋は言って嘆息した。
「たとえばクリムゾンアイズの保有自体が目的なのか。それとも、保有しておくことは手段なのか。そしてそれは故人のためでもあるのか、だな」
パフィは悲しそうに眉を寄せた。
「クリムゾンアイズは、パパとお姉ちゃんがパフィに託してくれたものなのー。パフィは、パパとお姉ちゃんのために、それを守り抜かなきゃダメなのー。パフィは、クリムゾンアイズを使って何かをする気はないのー」
「……成る程。では、実際はどうか知らないが、もし今パールフィニアの手の中にクリムゾンアイズがあったとする。安全の保障や信頼、信用、そのほかの面倒くさい諸々の問題をすべて解決できたとして、そのまますぐにレヴィニアに手渡すことはできるのか?」
「レヴィおねえちゃんに?」
パフィは思ってもみなかったことを言われたように目を丸くした。それから、真剣な表情になって、千秋に告げる。
「パフィは、クリムゾンアイズを誰にも渡す気はないのー。パフィが誰にも教えなければ、クリムゾンアイズは永久に誰の手にも渡らないのー。もちろん、レヴィおねえちゃんの手にも渡らないのー。パフィの望みは、それだけなのー」
「誰の手にも渡らないのが、望み…?」
眉を寄せて千秋が問うと、パフィは悲しそうに頷いた。
「こんなものがあるから、争いが起きるのー。クリムゾンアイズは、このままずっと、誰にも知られないまま、ひっそりと姿を消すのがいいと思うのー…」
「じゃ、じゃあ、相手がレヴィニアでも、クリムゾンアイズのことを喋る気はない、っていうこと?」
少し慌てた様子で、レティシア。パフィはそちらに向かって無言で頷いた。
「そ、そんなぁ…」
困惑の表情を隠せない冒険者たち。
「…仕方ないですね。では、それはそれとして…
僕たちが、あえて今日、もう一度あなた方を訪ねたのは、できればレヴィニアさんに会って、無実だと説明して欲しい、とお願いするためです」
ミケが言うと、パフィはまた悲しそうな表情を作った。
「レヴィおねえちゃん、と…」
「はい。ただ今の話……フカヤさんが見たときと同じことをするレヴィニアさんだとすると、非常に危険であることは間違いないので。予防線は張りますが……どうでしょう、フカヤさんと一緒に……会ってみては。先にパフィさんのお話を伝えてみて、ワンクッション置いてからにしますが…」
「レヴィは、確かにパフィのこと、いい感情で見てないかもしれない。でも、フカヤの話を聞いて思ったんだけど…お互い誤解したままでいると、レヴィはずっとパフィを追いかけて仇を討とうとすると思うの」
心配そうな表情で、レティシアがそれに続く。
「それだったら、せっかくのチャンスだし、お互いの誤解は解いたほうがいいと思わない?いきなり攻撃するのだけはやめてね、って、私達もがんばってレヴィを説得してみるから。あとはパフィの気持ち次第」
身を乗り出して、パフィの顔を覗き込むようにして、さらに続ける。
「っていうか、会って欲しい。このまま誤解を持ったままでいるのは辛い…そう思わない?今が一番のチャンス、そう思うの。
もちろん私たちも、パフィに万が一のことが起こらないように守るから」
「でも…」
パフィは、なおも不安そうな表情のまま、おずおずと言った。
「レヴィおねえちゃんは、パフィのこと…クリムゾンアイズが欲しいから村を滅ぼしたって思ってるんでしょー…?
パフィがクリムゾンアイズのこと話さないって言って、パフィのこと信じてもらえるとは思えないのー…」
「だがな。居場所が判明してしまった以上、例え逃げたとしても、それこそフカヤの時とは比べ物にならないような妄執で二人を探し出そうとするだろう。レヴィニアの気性ならばな」
千秋が言い、嘆息する。
「何しろ、百年以上も仇だと思って追ってきたのだ。相手がそれを知って逃げたとあれば、より気持ちが強まるに違いない。いつか忘れた頃に見つかり、一度目とは比べ物にならないほどに凄惨な目に会うかも知れない。
そう思うからこそ、今ここで、俺は決着をつけて欲しいと思っている」
「…………」
パフィは暗い表情のまま黙っている。
千秋は肩をすくめた。
「それに、レヴィニアが怖い、と避けていても、彼女が怖くなくなることは……まあ、あんまり無いんじゃないか?」
「千秋さん…」
ミケが呆れたように言う。
「俺は人相見の専門じゃないから分からないが、向こうが執拗に追いかけてくる以上、今よりも怖くなることはあっても、マシになることはなさそうに思えるぞ」
「まあ、否定はしませんが。要するに、レヴィニアさんが暴走するのを止める人がいるうちに、話し合いをして誤解を解いておいた方がいいんじゃないんですか、ということです、パフィさん」
「………」
パフィは俯いたまま黙っている。
「…フカヤは、どうなんだ。さっきから黙っているが」
千秋がフカヤに振ると、フカヤは困ったように苦笑した。
「どう、と言われても。俺の気持ちは、昼間言ったとおりだよ。パフィが会うというなら、それに従う。パフィの意思を尊重するよ」
「しかし、フカヤの父は、長い長い逃亡の末に殺されたのだろう?その相手に自分の恋人を会わせるのに抵抗はないのか?」
「抵抗は、あるよ。だけどだからこそ、俺はパフィに何も言いたくない」
「…どういうことだ?」
眉をひそめて問う千秋に、フカヤは落ち着いた様子で言った。
「俺が何かを言えば、それはどうしても俺の見方に偏った言葉になる。俺がエレヴィニーア・メルスと何も関わりがなければ、俺はパフィのために一番いいと思うことを言うことができると思うけど、今それを出来る自信はない。だから、俺はパフィに何も言うべきではないと思うよ」
それから、苦笑して軽く肩をすくめる。
「…まあ、俺の記憶違いや、同姓同名の別人という可能性も、まったくないわけではないしね」
「…ふむ。そうか。では、パフィが会いに行くと言えば…」
「俺が反対する理由はない。もちろん、俺もついていくけどね」
「…何も言わないのではないのか?」
「パフィが行くかどうかはパフィの意思だよ。でも、俺が行くかどうかは、俺の意思だよね」
言って、にこりと笑うフカヤ。
「そっか、パフィが行くならフカヤは一緒に行くのね…」
レティシアがどこか納得のいかない表情で、言った。
「…パフィとレヴィニアが会う前に、フカヤと会って、フカヤにレヴィニアと会わせていいかどうか判断してもらうっていう案も出たんだけど…どう?」
「…うーん…」
フカヤは眉を寄せて唸った。
「さっきも言ったけど、パフィの判断に、俺の私情っていう余計な要素を入れたくないんだ。俺がパフィについていくのは、もしエレヴィニーア・メルスがパフィを傷つけようとした時に、俺が身をもってパフィを守るためだ。それ以上でも、以下でもない。俺の父のことを彼女に問い詰める気もないよ」
「…そっか…うん、わかった」
レティシアは頷いて、パフィの方を向いた。
「フカヤはこう言ってるけど…どうする?パフィ」
パフィはまだしばらく眉を寄せて黙っていたが、やがて決心したように目を閉じると、顔を上げて冒険者たちを見た。
「…わかったのー。レヴィおねえちゃんに、会うのねー」
「…パフィ…!」
レティシアは顔中に喜びをあふれさせた。
「パフィも、レヴィおねえちゃんに、訊かなきゃ…フカヤのパパを殺したの、本当なのか……なんで、パフィのこと疑ってるのか……」
まだ不安の抜けない表情ながらも、決意を秘めたまなざしで、パフィ。
「逃げてたら何も解決しないのー。それはきっと、レヴィおねえちゃんも、一緒なのー…」
「ありがとうございます、パフィさん」
ミケも笑顔でパフィに礼を言った。
「では、明日は魔術師ギルドの一室をお借りして話し合い、ということになると思います。こちらからお迎えにあがりますので…」
「いや、いいよ。ギルドって、俺が依頼を受けたところだろう?場所はわかっているから、二人で行けるよ」
ミケの言葉をさえぎってフカヤが言い、ミケは微笑して頷いた。
「わかりました。では、ミドルの刻にギルドで、ということで」
「わかった。わざわざ有難う。必ず行くから、明日はよろしく」
「はい。それでは、夜分に失礼致しました。おやすみなさい」
「おやすみなのー」
一通り挨拶を済ませると、冒険者たちは陽気な海猫亭を後にした。

「パフィが会う気になってくれて、よかったねー」
帰りの夜道を歩きながら、レティシアが嬉しそうに言った。
「あとは、レヴィニアの説得だけだな。落ち着いて話し合いをしてくれるといいのだが…」
千秋が言い、ミケが苦笑する。
「そうですね。どう説得したらいいか……アーラさんは、どう思いますか?」
ミケに振られ、アーラはしばらく考えてから、ぼそりと言った。
「……お前たちに任せる」
「任せる、って……」
驚きに目を見開いてから、呆れたようにため息をつくミケ。
「適材適所、はわかりますけど、これは仕事なんですから。受けた以上、自分に出来ることはやらないとダメですよ」
「……わかっている」
アーラはそれきり口をつぐんでしまった。
「…もし、戦いになるなら…」
ホームズが言い、仲間たちはそちらに視線を向けた。
「フカヤ・オルシェにはセラヴィを守りきってほしいな。なんだか、立場が僕に似てる気がして」
「…ホームズさんに、似ている?」
首をひねるミケ。ホームズはふふ、と笑った。
「仕事に私情は挟まないし、他人に自分を重ねないつもりでいたけど…ふふ、やっぱり僕も感情の生き物なんだね。愛する人を憎む者から、愛する人を力の限り守り抜いて、愛を示して欲しい…障害を乗り越えて、ね」
ホームズが似ていると言う「立場」については言うつもりはないらしい。突っ込んで訊くわけにもいかず、ミケは嘆息した。
「戦いには、できるだけなって欲しくないんですけれどもね。そうならないように努めるのが、僕たちの役目だと思っています」
「ふふ、そうだね。頑張らなくちゃ」
相変わらずのはぐらかすような笑顔。ミケは肩をすくめて、上を見上げた。
「…すっかり遅くなってしまいましたね。皆さんに報告もありますし…今夜は少し遅くなりそうです。お夜食でも、適当に見繕っていきますか。皆さんは、先に帰っていてください。買い物をして帰りますから」
「あ、なら私もついてく!いいでしょ、ミケ」
レティシアが手を上げ、ミケはそちらに向かって微笑んだ。
「もちろんですよ」
「では、俺たちは先に帰っている。軽く報告も済ませておくよ」
「助かります。では、またあとで」
千秋たちを見送ってから、ミケはレティシアと一緒に表通りの方に足を進めた。
「この時間ですと、マーケットは閉まっているかもしれませんね…繁華街の方に足を運んだ方がいいかもしれません」
「そうね、それがいいと思うわ」
遠くの明かりを見ながら生真面目にそんなことを言うミケに適当に相槌を打ちながら、レティシアはうっとりと端正な横顔を眺めていた。
(2人でお買い物…かぁ……何かこう、新婚さん、みたいよねぇ……)
目が違う。
もはや外界の刺激は完全にシャットアウトされた状態で、妄想が広がっていくレティシア。
(重いですか、レティ?持ってあげますよ……ううん、いいの。苦労は二人で分け合うって誓ったじゃない。…ええ、そうでしたね。それに、ほら、二人で荷物を持てば空いた片手同士はつなげるんですものね。…ミケ……レティ……)
「なーんて、なーんて、きゃーっっ!!」
両手を自分の頬に当ててぶんぶん首を振るレティシア。
「おーい姉ちゃん、連れの兄ちゃんあんなところまで先に行っちゃったぜ。…って、聞いてねえなこりゃ…」
通りすがりの酔っ払いに声をかけられても何ら堪えることなく、レティシアの妄想の夜は更けていった…

「…ということで、パフィさんと会う段取りをつけてきました」
次の日。
報告を聞くために風花亭に現れたレヴィニアに一通り事情を説明して、ミケは言った。
「場所は、魔術師ギルドの一室を貸していただくことにしました。その手続きも、もう済んでいます」
「…魔術師ギルド?」
眉を顰めて問うレヴィニア。
「落ち着いて話し合いができ、かつ何かあったときに無駄にあたりに被害が出ない場所…ということで選ばせてもらった。事後承諾になるが、異論はないか」
千秋が言うが、レヴィニアの表情は変わらない。
「話し合い、で御座いますか?お話が見えないのですけれども」
「敵討ちのために相手を探していたのに、話し合い、って唐突だよね」
ホームズが苦笑しながら口を挟む。
レティシアがおずおずと口を開いた。
「パフィはね、レヴィに会うの怖がってるの」
そちらの方に視線を向けるレヴィニア。レティシアは続けた。
「レヴィは、パフィたちのこと…嫌いなの?パフィは、村にいた頃、レヴィからそんな雰囲気を感じてたらしくてね、会うことに消極的だったの」
「あまり接触する機会はなかった、と申し上げておいたはずですが」
レヴィニアは静かに、冷たく言い放った。
「わたくしのことを怖いと言っているのは、村を滅ぼしたが故。村の生き残りであるわたくしの復讐を恐れているからですわ」
「そう…なっちゃう、んだ…」
レティシアは悲しげに俯いた。
「なぜ話し合いなどしなければならないのか、わたくしとしては理解に苦しむのですが」
あきらかに不快を表情に出して、レヴィニアは言った。
「少し、事態が込み入ってきましたので。聞いていただけますか」
ミケが言い、レヴィニアはそちらの方を向く。
「昨日、パフィさんとお話した際に、クリムゾンアイズと敵討ちの話を直接聞いてきたんですよ。
そうしたら彼女は、『自分は赤竜族に村を襲わせてはいない。村人が襲われる中、お姉さんが最後の力を振り絞って自分を逃がしてくれた』と言ったんですよ」
レヴィニアの眉が寄る。
ミケは続けた。
「クリムゾンアイズについては、何かを知っていらっしゃるようですが、他人には話せないと繰り返すんです。村は、秘宝を守るためにあったから、他の人には話せないと」
真剣な表情で、レヴィニアを刺すように見つめて。
「僕が、パーフィルニアさんを探した折に、ヴィーダに何年か住んでいるレッドドラゴンの方に話を聞きに行ったことはお話ししましたよね?
彼女は、パーフィルニアさん自身から、村を滅ぼされたこと、レッドドラゴンが関わっていることを聞いています。その上で、『彼女が仇であるはずがない。彼女はそんな人ではない』と言われました。
ここで問題になるのは、パーフィルニアさんが、一体どれくらいの人にこの話をしたかということなんですよ。
彼女を信じて、彼女がそんなことをするはずがないと思っている人が、どれくらいいるのか」
ふぅ、と息をついて、続ける。
「これから会って、そのときに仇を討ってしまうことはできるでしょう。
ですが、いきなりそれをやってしまった場合、パーフィルニアさんが悪い人ではないと考えている方々から、逆にあなたが、ただの強盗殺人犯であると言われ、追われる身になるかも知れません。
あなたは、仇を討って、クリムゾンアイズを守って暮らしていくのですよね?彼女を殺して秘宝を取り返して、それで終わりではない。だから、パーフィルニアさんが、秘宝を奪い村人を殺したということを認めさせなければなりません。証拠があればなお良いんですけども」
「仇を討つという依頼を放棄するつもりはないが、俺の誇りもかかっている以上は斬った後で『実は違うんじゃないか』という物言いがつくと、それだけで非常に困る」
千秋も難しい顔でそれに続いた。
「それに、百年以上も時間をかけたんだ。最後は盛大に、罪を認めさせて終わった方が気分がいいと思う。そのために今、やれることは全てやっているつもりだ。話し合いもそのひとつだ。
本当に悪い奴が分かれば、斬って捨てることに躊躇はない」
レヴィニアの表情は未だ不本意そうだ。
千秋は嘆息した。
「どうせ顔をあわせるのだ、いきなり殺しにかかるのではなく、どうこうするのは情報を吐き出させた後にしよう。それに、自分が正しいならば、堂々と、余裕を持っているべきだろう?」
「そうよ、レヴィ。パフィはレヴィに会うの怖いって言ってたけど、私達の説得に応じて会ってくれるって言ってくれたわ」
それに乗じて、レティシアも身を乗り出す。
「話し合えば分かり合えるかもしれないのに、それをしようともしないなんて悲しいじゃない…。お願いだから、パフィと会ってもいきなり危害を加えるようなことはしないで、話し合いをして、解ける誤解は解きましょうよ?」
「そうだよ、リィナからもお願い。パールフィニアさんが言ってることと、レヴィニアさんが言ってること、食い違ってるのはやっぱりおかしいよ。いきなり攻撃とか最終手段に訴えないで、まずは話をして、食い違ってることを正していこうよ」
その横で、リィナも同じような表情で訴える。
「同じ、村を滅ぼされた二人の言ってることがまったく違うって…もしかしたら、全然別の敵がいる可能性だってあるんだよ?千秋さんも言ってるけど、一度話し合ってからでも遅くないんじゃないかな?」
「…せめて、どうして村を裏切ったのか、は訊いて欲しいな、セラヴィに」
ホームズも控えめに主張する。
「もし止むに止まれぬ事情があったり、百余年経って反省しているなら、話し合いをして和解してほしい。僕もね」
「…わかりました、わかりました。もう結構ですわ」
レヴィニアは呆れたように嘆息して両の手のひらを冒険者たちに向けた。
心底嫌そうな表情で、肩をすくめて。
「皆様がそこまで仰るのであれば、まずは話し合いをいたしましょう」
「レヴィ…!」
表情を輝かせるレティシアに、釘を刺すように冷たい視線を向けて。
「ただし。わたくしは、皆様が仰いました、パールフィニアの主張を信じるつもりは毛頭ございません。納得のいく答えが得られないのであれば、あの女を擁護する皆様のご期待に添うことは出来ません。そのおつもりでお願いいたしますわ」
ことさら皮肉げに言われ、複雑な表情になる冒険者たち。
「納得のいく答え…とは?」
ミケが問うと、レヴィニアはそちらに視線を向けた。
「一番気になるのは、クリムゾンアイズのことですわ。皆様に対しては語らなかったのでございましょう?」
「…そうですね」
レヴィニアはそこで、初めてうっすらと微笑んだ。
「皆様方は部外者であるから話せないというのであれば…わたくしに対してその言い訳は通用しませんわね?」
レヴィニアの言葉に、彼女を見据えたまま黙り込むミケ。
「ミケ………」
レヴィニアにも話せないと言ったパフィの言葉を心配するようにレティシアが声をかけると、ミケはそちらに釘を刺すように視線を向けた。そして、もう一度レヴィニアに向き直って、答える。
「…そうですね。実際に会って、あなたが、クリムゾンアイズの行方を訊いて下さい。依頼を受けた身で力及ばずで…申し訳ないのですが」
「もとより、そのつもりですわ」
薄く笑ったまま言うレヴィニアに、少し考えて…ミケは訊いた。
「あなたがそこまでクリムゾンアイズのありかに固執するのは、何故ですか?もしもパフィさんが悪用しないのならば、それでもいいのではないでしょうか」
レヴィニアは笑みを崩し、冷ややかな視線をミケに向ける。
「村を滅ぼした相手が大きな力を悪用しないという前提で話を進められるほど、わたくしはお人よしではございませんので」
しばしの沈黙。
「…どうあっても、パフィさんの言うことは信用しない、と?」
「ミケ様がわたくしを信用なさらない程度には、ですわね」
痛いほどの緊張が走る。
ミケはため息をついた。
「別にあなたが嘘をついているとは思いません。でも、あなたの言葉が全部真実で正しいとも、時々思えないのですよ。気に障ったなら謝ります。ただ、気に入らないなら辞めろと言われても辞める気はないので。あなたがクビだというなら受け入れますが。依頼人はあなたなのですから」
「お好きにどうぞ、と申し上げたはずです。皆様方がわたくしを信じようと信じまいと、瑣末なことですわ。報酬に値する働きをしてくだされば、皆様方の心まで縛ろうとは思いません」
「…そうですか。では僕も、好きにさせていただきます」
険悪なムードが漂う。
「あの、えっと。じゃあ、問答無用で攻撃したりしないで、まずは話し合いをしてくれるっていうのは、約束してもらえるのね?」
レティシアが遠慮がちに言うと、レヴィニアはそちらに半眼で告げた。
「レティシア様がどのようにわたくしを見ていらっしゃるかがよく伺えるお言葉ですが……話をする、というお約束は、させていただきますわ」
「う……ほ、ホントに、約束したからね?もし、レヴィが今の約束を破るようなことが起こって、パフィに危害を加えるようなことがあったら…」
そこで言葉を止めて目を逸らし、再び決意した様子で視線を戻して。
「私は…依頼を放棄してパフィを守るからね…」
「…リィナも。二人の食い違い、話し合いじゃなくて力で解決するっていうなら、パールフィニアさんを護る側につくから」
リィナも決意したように宣言し、レヴィニアは冷めた表情で頷いた。
「お好きなように。わたくしも、好きなようにさせていただきますわ」
再び、重い空気が落ちる。
「…もし、戦いになるなら」
不意にホームズが言って、全員がそちらを向いた。
「お願い、できれば周囲に迷惑をかけないでほしいんだ。竜族同士の死闘でしょ?メルスさんがどんな戦法をとるつもりかしらないけど。魔法戦なんてしたら建物は半壊しちゃうよ。魔術師ギルドならある程度の防衛策はとってると思うけど、敵討ちだとするならなおさら、人気のない広い場所で仕切りなおして欲しいんだ」
真剣な様子のホームズに、レヴィニアは無表情のまま、首を少し傾けた。
「…考えておきますわ」
「…レヴィニアさんの得意な戦い方とかを聞いておいてもいいでしょうか?戦いになった時、僕らもできることを考えておきたいので」
ミケが言い、レヴィニアはそのままの表情で答えた。
「わたくしは、神経に作用する魔法を得意としております。属性魔法でしたら、火の魔法を得意としておりますわ」
「ま、魔法系…ですか」
少し困ったように、ミケ。
「え、ええと……そうすると、僕、フォロー系の魔法しか役に立てそうに、ないですが……」
「始めに申し上げました通り、敵討ちのお手伝いは任意で構いませんわ。リィナ様やレティシア様のように、あちらにつくという方がいらっしゃるのでしたら、何度も申し上げましたように、御自由になさって下さいませ」
冷たいまなざしで、にべもなくレヴィニアは言った。
それを励ますように、ホームズがにこりと微笑む。
「大丈夫、僕はメルスさんの手助けをするからね。でも、ハーフの僕じゃ、純血のメルスさんの足手まといになってしまうと思うんだ。そのかわり、セラヴィの恋人には邪魔をさせないように、必ず足止めをするから」
「…恋人……?」
レヴィニアが反復すると、ホームズは神妙な表情で頷いた。
「うん。セラヴィにはフカヤ・オルシェという恋人がいるそうだよ。詳しくは知らないけど冒険者らしい。必ずセラヴィを守ると思うから気をつけて」
「フカヤ・オルシェ……」
特に驚く様子もなく、その名を繰り返すレヴィニア。
「お名前に…心当たりはありませんか?」
オルーカが問うと、レヴィニアは無表情のまま彼女の方を向いた。
「…ええ。初めて聞く御名前ですわ」
「その…実は、ですね」
マジュールが言いにくそうに告げる。
「その、フカヤ・オルシェという方が、あなたのことを『両親の仇だ』と仰っているんですよ」
「…わたくしのことを?」
レヴィニアの表情は変わらない。
マジュールは複雑そうな表情で、続けた。
「…はい。あなたの大事な方々と同じように、いわれなき理由によってあなたに命を奪われたのだと…そして、あなたのお名前を聞いて警戒心を強めています。先ほど、ホームズさんも仰いましたが…
…本当に、このお名前に心当たりはないですか?」
レヴィニアは、かすかに微笑を作った。
「…ええ。心当たりは御座いません。
もっとも、村を滅ぼした女の恋人である男の言うことを、そのまま信用できようはずも御座いませんけれど」
「そうですか…」
マジュールはしばし考えて、真剣な表情でレヴィニアに言った。
「でしたら、フカヤさんの警戒心を緩めるためにも、その誤解を解くためにも、そのことを直接レヴィニアさんの口から話していただけませんか。こればかりは、当事者ではない我々では説得力を持ちませんから」
レヴィニアはゆっくりと答えた。
「……考えておきますわ」
ふたたび、沈黙が落ちる。
「…ご質問が以上でしたら、そろそろ出立致しませんか?正直申し上げまして、待ちきれないのです」
レヴィニアが言い、ミケがゆっくりと頷いた。
「…そうですね。そろそろ、約束の時刻にもなります」
立ち上がって、レヴィニアに再度問う。
「…今日は、昨日の方のところには行かないんですか?」
レヴィニアはきょとんとして、それから嫣然と微笑んだ。
「…行く必要が御座いまして?もう、あの女は見つかったのですから」
「…それも、そうですね」
用心深く、レヴィニアを見つめたまま。

何にせよ、一向は魔術師ギルドへと向かうことになった。

魔術師ギルドに到着すると、受付嬢は「お連れ様はもうお待ちですよ」と告げた。
軽く礼を言って、リザーブした部屋に向かう。階段を上り、3階…最上階にある部屋だった。
「じゅ、12人だって言ったら、一番大きな部屋を貸してくれました…」
階段を上りながら、コンドル。その横でオルーカが微笑む。
「魔道的な措置が施された部屋だそうで、少々派手な魔法を使っても外側に被害は出ないそうです。まあそれも、術者の力量次第なんですが…」
「それで充分だと思いますよ。僕らは戦いに行くんじゃないのですし」
牽制するように、笑顔で告げるミケ。無言のまま、階段を上り続けるレヴィニア。
微妙な緊張をはらんだまま、一行は部屋に到着した。
「失礼します」
軽くノックをし、ドアを開けると、まさに会議室のような内装の部屋だった。窓は南と西に1つずつ、中央に大きな机があり、それを囲むようにいすが並べられている。
正面の椅子に座っていたパフィとフカヤは、ドアが開くと同時に立ち上がってこちらを見た。
「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」
笑顔でミケが言うと、パフィは控えめに微笑んだ。
「気にしなくていいのー」
「ではレヴィニアさん、こちらへ」
ミケが促すと、レヴィニアは浅く頷いてパフィが座っている椅子の真向かいの椅子に向かった。
用心深く…というよりは、多分に敵意のこもったまなざしで、パフィを見つめている。
レヴィニアとパフィが腰掛けたところで、他の冒険者たちもそれぞれに空いた椅子に座っていった。フカヤは椅子には座らず、少し離れて見守るように佇む。ミケも椅子には座らずに、全体が見渡せる入口付近に立った。
「…では、話を始めようか」
千秋が言い、レヴィニアとパフィはそちらの方を向いた。
「双方の話の食い違いを正すのが、真実に近づく第一歩だ。パールフィニアは…まああまり心配はないだろうが、レヴィニアはさっき言ったとおり、冷静に話をして欲しい」
「何度も仰らずとも心得ておりますわ」
少しイライラしたように、レヴィニア。千秋は頷いて、話を始めた。
「村が滅ぼされた時の、双方の主張から話してくれないか。もう俺たちには話したと思うが…」
レヴィニアは頷いて、パフィを睨み据えるようにして話し始めた。
「わたくしは、その時たまたま、所用で村を離れておりました。
帰ってくると、いつも張ってあるはずの結界がなくなっておりました。不審に思い足を進めると、焦げたような匂いと、血の匂いが漂ってまいりました…わたくしは急いで村へ戻りました。しかし、到着した時にはもう既に、村はめちゃくちゃに荒らされ、同胞たちは既に息絶えておりました…」
溢れ出る感情を必死に抑えるように、絞り出すような声で、続ける。
「生き残りはいないかと、村を探しておりましたら…深手を負った村長が、御自宅の前に」
「パパ……」
きつく眉を寄せて、パフィが呟く。それには注意を払った様子もなく、レヴィニアは続けた。
「わたくしが助け起こしますと、村長は息も絶え絶えに仰いました。『赤竜族が村を襲った。やつらは、クリムゾンアイズを探していた。誰かがやつらをそそのかし、結界を解いて招き入れた。クリムゾンアイズを守らなければ』と……ですからわたくしは、クリムゾンアイズが安置されていると言われる、村長の御自宅の中庭に向かいました。ですがその祠の中には、何もなかった…すでに、何者かに奪われていたのですわ」
そこで、きっ、とパフィを睨んで。
「メルレーニアにクリムゾンアイズが受け継がれるのをよしとしなかったパールフィニアが、レッドドラゴンを使って村を滅ぼし、そこから持ち去っていったのですわ」
「ち、違うのー!パフィはそんなことしてないのー!」
どん、と机を叩いて、パフィ。
早くも話し合いは冷静なものではなくなってきている。
レヴィニアはパフィを睨んだまま、続けた。
「弔った同胞たちの遺体は、貴女を除いて全員のものが御座いました。あの村の生き残りは、わたくしと貴女のみ…結界を解く方法を知っていたのも、クリムゾンアイズを狙う動機があったのも、貴女をおいて他にはおりません」
「パフィは結界のことなんか知らないのー!パフィはあの村から出たことなんてなかったのー、レッドドラゴンのことも知らないし、会ったこともないのー!レヴィおねえちゃん、どうしてそんなこと言うのー?!」
がたん。
パフィは興奮した様子で、テーブルに手をついたまま腰を浮かせた。
「いつもそうだったのー、レヴィおねえちゃん、パフィとメリィおねえちゃんのこと睨んでたのー、パフィたち何にもしてないのに、何でレヴィおねえちゃんはパフィたちのこと嫌いなのー?」
「わたくしはそのようなことをした覚えは御座いません。被害妄想も甚だしいですわ」
「ちょ、ちょっと待て、落ち着け、2人とも」
千秋が間に入って2人をなだめ、二人は口をつぐんだ。パフィはそのまま、再び腰をかける。
「感情的になって問い詰めたところで食い違いは正されるわけがないだろう。レヴィニアの話が終わったのだから、今度はパフィの番だ。村が滅ぼされたときのことを、もう一度話して欲しい」
「……パフィは…」
パフィはきつく眉を寄せて、少し涙声で語り始めた。
「…お家の中にいて……遠くから、悲鳴が聞こえて…メリィおねえちゃんとパパが、外に様子を見に行って……しばらくして、爆発の音とか…木が裂ける音とか、燃える音とか、悲鳴とかが聞こえてきて…外に出たら、紅い髪の竜族が、村のみんなを………」
そこで、う、と声を詰まらせる。
「パフィ、怖くて動けなくて…そしたら、パパがかばってくれて…おねえちゃんと一緒に逃げろって…おねえちゃんは、パフィを抱いて、たくさん走って……でも、途中で追いつかれて………」
そこで、長い沈黙。
「…最後の力で、おねえちゃんはパフィを遠くに飛ばす魔法をかけたのー……その後のことは、知らない…けど、村のみんなを殺してくレッドドラゴンの、恐ろしい顔だけは…今も、覚えてるのー……」
「自分で連れてきておきながら、ぬけぬけと言えたものですわね」
レヴィニアが嫌味がましく言い、パフィは涙目でそちらを睨んだ。
「だから…っ!パフィは、レッドドラゴンなんて連れてきてないのー!!」
「どうですかしら。では何故、クリムゾンアイズが無くなっているのです?貴女が持って行ったのでは御座いませんの?」
「………っ」
言葉に詰まって沈黙するパフィ。
レヴィニアはそちらの方をじろりと睨んだ。
「貴女が本当に、クリムゾンアイズ目当てにレッドドラゴンを呼び寄せて村を滅ぼしたのでないと言うならば…貴女の持っているクリムゾンアイズは不要のものでしょう。わたくしに渡し、何処へなりともお消えなさいな。そうすれば、物騒なお話には致しませんわ」
「……クリムゾンアイズ、は…」
パフィは努めて冷静たるよう息を吐きながら、レヴィニアに告げた。
「…渡せない、のー。パフィが、パパとおねえちゃんに託された、大事なもの、だからー……」
レヴィニアは眉を寄せ、下からねめつけるようにパフィを睨んだ。
「何を言っているのです?貴女は、クリムゾンアイズの正当な継承者ではないでしょう?」
「…正当な継承者じゃないのは、レヴィおねえちゃんも一緒なのー」
すっかり落ち着いた様子で、パフィ。
どうやら、クリムゾンアイズの話になると彼女は別人のような落ち着きを見せるようだった。
レヴィニアはふん、と鼻で笑った。
「やはり、その力が目当てなのでは御座いませんか」
「違うのー。パフィは、クリムゾンアイズをもう表に出したくないだけなのー。パフィが黙っていれば、永遠にクリムゾンアイズは封印されるのー。きっと、その方がいいのー」
「貴女が悪用しないという保障はどこにあるのです?」
「それは、レヴィおねえちゃんだって一緒なのー」
もうすっかり、涙も引いた落ち着いた表情で。
まっすぐにレヴィニアを見つめると、パフィは言った。
「結界を解くことが出来る……クリムゾンアイズを欲していた……他の仲間はみんな死んで、それが出来たのはパフィしかいない…レヴィおねえちゃんが、パフィを犯人だって言った根拠なのー。
でも、それは…」
少し、躊躇するように目を伏せて。
しかし、すぐに開くと、落ち着いた声音で告げる。
「……レヴィおねえちゃんにも、そのまま当てはまることなのー」
今度は、レヴィニアの表情がこわばる。
「…レヴィニアさんも、結界を解くことができた、と?」
ミケが訊ねると、パフィはそちらの方に視線を向けた。
「言ったのねー。パフィは、結界があったこともそもそも知らないのー。
結界の解き方を知らないって言ってるレヴィおねえちゃんと、結界があったことを知らないって言ってるパフィ、どっちも言ってることは大して変わらない…ホントかウソかもわからない…条件は同じなのー」
「ふむ……」
納得したような、しないような表情で再び口をつぐむミケ。
パフィは再びレヴィニアに向き合った。
「パフィも、レヴィおねえちゃんに聞きたいことがあるのー。
レヴィおねえちゃんが、フカヤのパパを殺したって…本当なのー?」
真剣な表情。
レヴィニアはパフィの後ろに立っているフカヤを一瞥すると、薄く微笑んだ。
「ああ、そのような事を仰っていたそうですわね。
残念ながら心当たりは御座いませんわ。お人違いか、御記憶違いなのではないですかしら。
…もっとも」
その笑みを、少しだけ嘲るように歪めて。
「…わたくしの言及から逃れるために吹いた法螺だという可能性も否定は出来ませんけれど?」
パフィは眉をきっと吊り上げた。
「フカヤはそんなことしないのー!フカヤのこと、悪く言わないでー!」
再び先ほどのように激昂し、机を叩く。
「パフィ。俺のことはいいから、落ち着いて」
いつの間にかパフィのすぐ傍まで歩いてきていたフカヤが、パフィの肩に優しく手を置いた。
「今は俺のことで話を混乱させてる場合じゃないよ。このままじゃ、議論は堂々巡りだ。
どちらの言っていることにも、客観的な根拠がまるでない。証拠、と言い換えてもいいかな。
結界の件にしても、クリムゾンアイズの件にしても、パフィもレヴィニアも自分の憶測だけでものを言っている。それじゃあ、二人の言っていることの食い違いはずっと食い違ったままだ」
レヴィニアは冷静にそう言うフカヤを胡散臭げに睨んだ。
「…ですから、クリムゾンアイズを渡してくだされば信じると申し上げているのです」
「それこそ、堂々巡りだね。君がパフィを信用できないように、パフィもまた君を信用できない、って言っているんだよ」
そちらを冷静に見つめ返して、フカヤ。
「俺が意見を言うとどうしても俺の私情が入ってしまうから、何も言わないつもりでいたけど。
パフィの言うことに根拠がないように、君の言うことにも根拠はないよ。結界の話も、パフィの父さんの話も、クリムゾンアイズの話も、全部君が言っているだけの事だと言われたら何も反論は出来ないはずだ」
「………」
レヴィニアは黙ってフカヤを睨む。対してフカヤは、なおも冷静に、言った。
「冷静に話をしよう。どちらかの言っていることが嘘なら、嘘はつき続けるうちに必ず綻びが出来る。両方の言っていることが本当なら、それはどこかに、両方が知らない事実があるっていうことだ。
まずはそれを整理することから始めなければね」
「何が本当なのか嘘なのか、わからないから混乱するんだな。とはいえ、百年も昔の話だ。証拠といえるものは出てこない…ふむ」
千秋が腕組みをして唸る。
そして、再び二人の方を見た。
「実は…今まで黙っていたが、もうひとつ、ある人物に調査を依頼している」
「ある人物……ですか?」
ミケがいい、そちらに向かって頷く。
「ああ。そいつはナノクニのかなり上の方の貴族で、しかもそれなりに長生きをしているし、趣味が高じてマジックアイテムについても詳しい。
事件について詳しいことが明らかになるかは正直微妙な線だが、結果次第ではあるいは村を滅ぼしたレッドドラゴンについても分かるかもしれない。パフィの視点でもレヴィニアの視点でもない、第3者から事件の全容を見られる。上手く行けば、の話だが」
「なるほど。その手紙は、いつ返事が来そうですか?」
「それがな。依頼を受けた日…つまり、3日前のことなんだ。手紙の行き来のタイムラグも考えると、まだもう少しはかかるかもしれん」
「それまで、わたくしに待てと仰るのですか?」
なじるようにレヴィニアが言った。
「正直申し上げまして、もう待てるものではございません。皆様方が乱暴は止めろと仰るから、クリムゾンアイズを得れば仇討ちは見送ると申し上げているでは御座いませんか」
そこで、パフィに鋭い視線を向ける。
「クリムゾンアイズを悪用しないと仰るのでしたら、貴女にもう用はないでしょう?
貴女が自分は無実だと仰るのなら、わたくしにクリムゾンアイズを渡してそれを証明して見せなさいな」
「レヴィおねえちゃんこそ、どうしてそんなにクリムゾンアイズにこだわるのー?クリムゾンアイズはもともとパパとメリィおねえちゃんのものなのー、レヴィおねえちゃんに渡すのはおかしいのー」
負けじと言い返すパフィ。
「だから、待てというに。いい加減堂々巡りを止めないか」
再び、慌てた様子で割って入る千秋。
「それが真か虚言かを見分けるだけなら、すぐにもできるぞ。簡単なことしかわからないが、やってみるか?」
「本当ですか?」
オルーカが問い、千秋は頷いた。
「俺の使える術の中に、髪読みの呪というものがある」
「かみよみ…黄泉から魂を呼び寄せてくくるんですか?」
「いやもうそれは何と言うか色々な意味で危険だからやめてくれ。そういうものではなく、その人物の髪の毛から、その人物が経験してきた出来事を追体験する術だ。髪が長ければ長いほど多くの記憶を読み取ることが出来る。
幸い、二人とも髪はそこそこ長いようだからな。100年前の記憶は無理だろうが、虚言程度なら、読み取ることはたやすいだろう」
「わたくしの記憶を……読む、のですか…?」
露骨に嫌そうな表情で、レヴィニア。
千秋はわずかに眉を寄せて、言った。
「気が進まないのは判る。それに、まじないの結果を信じてもらえるのかという問題もあるな。
が、お前がさっき言ったように、自分の言葉が嘘でないと証明するには、一番の早道だ。お前の言葉が嘘でないというなら、パフィと一緒に髪を読ませてはもらえないだろうか?」
「……っ……」
レヴィニアは逡巡して視線を泳がせた。
と、横にいたパフィが真剣な表情で頷く。
「…パフィは、構わないのー。パフィの言葉、本当だってこと、みんなにわかって欲しいのー」
言って、ぷつ、と一本、自分の髪の毛を抜いて差し出した。
「…そうか。レヴィニアは、どうする?」
パフィの髪の毛を受け取ってから、千秋は改めてレヴィニアのほうを向いた。
レヴィニアは答えられず、ぐっと喉を詰まらせる。寄った眉も泳いだ瞳も、今までにない彼女の中の葛藤を如実に表していた。
ここでノーと答えるということは、自分の言っていることが虚言であると宣言するに等しい。
「……わ……わたくしは……」
搾り出すような声で。
手をかたかたと震わせて。
「…わたくしは…………っ」
ぎゅ、と目を閉じた、そのとき。

「ほーら、だから無理だって言ったじゃん?」

思わぬ方向から飛んできた声に、一同はぎょっとしてそちらを振り向いた。
南側…大通りに面した側の窓から、その声の主は顔を覗かせていた。…3階、なのだが。
年のころは14~5歳ほどの、少年である。褐色の肌に短い黒髪、大きなオレンジ色の瞳にレンズの大きなメガネをかけ、リュウアン風の服に身を包んでいる。
「君は……!」
鋭い声で言って、ホームズががたんと腰を浮かせた。
少年はそちらには注意を払う様子はなく、えいっと窓の縁を乗り越えて部屋に入ると、ニコニコ顔でレヴィニアのほうに歩いてきた。
「だから、最初っからこんなめんどくさいことしないで、僕たちに任せておけばよかったんだよー」
事態が読めない冒険者たち。
レヴィニアはふう、と長いため息をついた。

「………仕方ありませんわね。条件を飲みますわ」

「じょ、うけん……?」
少年とレヴィニアの会話が読めない冒険者たちは、ひたすら混乱した様子でそのやり取りを見守っていた。
ふぅ、と再び息を吐いて、レヴィニアは続けた。
「わたくし、誰かに対価なしに使われるのを好みませんの。貴方がたのお話は大変魅力的で御座いますけれど、束縛されるものは少ないに越したことは御座いませんから」
レヴィニアの正面に立った少年は、苦笑して頷いた。
「うんうん、そうだよねー。あの時の対価を払うのに、100年こき使われたんでしょ?そこでまたおいしい話持ち出されても、はいそーですかって頷けないよね。
ま、でも、君がああまでして手に入れたかったものなんだし。それが対価だと思いなよ。
僕なんてひどいよー?こんなにこき使われてるのにスパチュラのひとつだってくれないんだから」
肩をすくめて言う少年を、レヴィニアはイライラした様子でぎろりと睨んだ。
「…早くしていただけませんこと?」
「ん、そだねー。邪魔されないうちにとっととやっちゃおっか」
少年は上機嫌で頷いて、すぐ隣にいたパフィの手にぽんと手を重ねた。
「おねーさん、ちょっと体貸してね」
「えっ………」
パフィが驚いて声を上げた、かと思うと。
かくん、と、彼女は急に首を垂らした。
「パフィ!」
驚いてフカヤが覗き込むが、パフィはすぐにす、と顔を上げる。
「え……え……?」
パフィの手から手を話した少年は、なぜか混乱したようにきょろきょろと辺りを見回した。
パフィはすっくと立ち上がると、にっこりと笑った。
「僕の可愛くない妹が、いくら現世界にいつもいるからって、何で毛嫌いしてる僕にわざわざ頼んだのかっていう話だったんだよね。ま、調べてみれば単純なことなんだけど」
先ほどまでのパフィとは、明らかに違う口調で。
…まるで、パフィの体を借りて、少年が喋っているように。
パフィはすっと手のひらを広げると、自らの目を隠すように指先を額に触れさせた。
「大昔、月の女神ムウラがこの一族に授けた秘宝『クリムゾンアイズ』。
他の目を眩ませるために、宝石、って言ってたんだけど、本当は宝石なんかじゃないんだ」
パフィの言葉に、少年がはじかれたようにパフィの方を見る。
「クリムゾンアイズっていうのは、ムウラがこの一族に与えた純粋な『力』。
世界が危機に陥ったときに、その危機に対抗するために授けた、大きなパワーそのものだった」
「だめ……」
とうとうと語っていくパフィに、少年が小さくつぶやく。
「その『力』は、魔力だけじゃない。それを宿した者に計り知れないほどの身体能力ももたらす。
その代わりに、それを宿した者の瞳は、血のように紅く色づいてしまう。
だから、クリムゾンアイズと呼ばれるんだよ。
ムウラからこの力を授かったホワイトドラゴンの長は、この秘密が絶対に外に漏れないように、この力と秘密自体を一子相伝のものとして、村の他の者にさえ一切話さず、紅い宝石であると嘘をついた。
万が一、クリムゾンアイズを狙って誰かが暗躍して、それを継ぐ者が殺されたとしても…その秘密ごと、眠れるように」
「やめて……」
パフィはにっこり笑って、額に当てていた手をすっとレヴィニアに突きつけた。
「クリムゾンアイズを次の者に継承させるには、クリムゾンアイズを持つ者が、次の継承者を認めればいい。こんな風に、ね」
「や………」

「紅い瞳を継ぐもの、何者にも負けぬ体と、何者にも挫けぬ心を背負い、その大いなる使命を全うせよ」
「やめてえええぇぇぇぇっっ!!」

パフィが高らかに歌い上げるのと、少年が声を限りに絶叫するのが、同時だった。
その瞬間。
辺りが、異様な雰囲気に包まれる。
濃い霧のような、息苦しい濃密な『力』の気配。辺りが紅く染まったように見えたのは、気のせいだろうか。
その濃密な空気は、急激にレヴィニアの元に収束していった。目を閉じて顎を上げたレヴィニアの体に、吸収されていく。
やがて。
すべてを吸収したレヴィニアは、目を閉じたまま、かたん、と音を立てて椅子から立ち上がった。
「……ふ。ふふ。宝石ではなかった、というのは計算外でしたけれども……けれど、やっと。
…やっと、手に入れましたわ」
ゆっくりと。
妖艶に微笑んだレヴィニアの瞳が、開かれる。
その瞳は、まさに血の色のように、紅に染まっていた。
「ふぅ。任務完了、かな」
軽い口調で言って、パフィも目を開く。
その瞳は、彼女が身にまとう装束と同じ…澄んだ青い色に変わっていた。
パフィはにっこりと笑うと、傍らで呆然としている少年の肩にぽんと手を置いた。
「おねーさん、身体返すね。ありがとね」
「えっ……」
一瞬。
笑顔を作っていたパフィははじかれたように手を引き、少年はにこりと笑顔を作った。
「これでいーかな、レっちゃん」
少年が言い、レヴィニアはそちらに向かってに、と笑った。
「ええ。やっと手にすることが出来ましたわ。
魔族の力を借りて、レッドドラゴンを操り…村を滅ぼしてさえ、手に入れることの出来なかったものが…漸くわたくしの物になりました」
「!………」
パフィが目を見開いてレヴィニアの方を見る。
レヴィニアはそちらの方に笑みを向けた。
「計画は失敗に終わりましたが、魔族への対価として100年近くも命令通りに動かなければなりませんでしたから…クリムゾンアイズの情報をつかんだ、という今回のお話も、すぐに頷くわけには参りませんでしたの。
けれど……これで。漸くわたくしの物になりましたわ」
にぃ、と、笑みを深くして。
「わたくしの物でなかった、力も、幸せも、全て。貴女方から、奪い取りましたわ」
「レ…ヴィ…おねえ…ちゃん……」
「その呼び方も、虫唾が走りますの。辞めて頂けませんこと?」
紅く色づいた瞳で、パフィをぎろりと睨んで。
「わたくしがどんなに望んでも得ることの出来ない力と幸せを生まれながらに手にし…得られなかった者の苦しみを知ることもなく、能天気に微笑んでいられる貴女方を…例えようもないほど憎らしく思っておりました」
そこで、ふ、と表情を緩める。
「でも、それももう、おしまいですわね。
わたくしは、こうして力を手に入れたのですから」
歌うように言って、レヴィニアは冒険者たちを振り返った。
「冒険者の皆様も、ご苦労様で御座いました。
結局、貴方がたは何の役にも立ちませんでしたが……こうして目的を果たせましたから、許して差し上げます。今、わたくしはとても気分がいいのですわ」
にこ、と綺麗に笑って。
「それでは、御機嫌よう」
「レヴィおねえちゃん!」
「レヴィニアさん!」
「メルスさん!」
パフィたちが止める隙もあらばこそ。
レヴィニアは笑顔のまま、一瞬にして姿を消していた。
パフィは呆然とした表情で、ぺたん、と床に座り込む。
いつの間にか、あの少年の姿も無くなっていた。
「…そう……か……そうだったんですね……」
やはり、呆然とした表情で、ミケが呟くように言った。
「…ずっと、疑問だったんです。レヴィニアさんの言うことが嘘だったとして…なぜ、わざわざ冒険者を雇って、パフィさんを探させたのか。
オルーカさんの言うように、少し調べればすぐわかる場所に、パフィさんはいました。ヴィーダではちょっとした噂になっている占い師。裏社会に回らなくたって簡単に行方は知れるものを、何故あえて僕たちを雇って、調べさせたのか。
パフィさんの居場所を突き止めるのが目的じゃなかった」
顔を上げ、仲間たちの方を見て、告げる。
「関係のない第三者に謂れのない疑いをかけられて問い詰められたパフィさんが、自らの身の証明のためにクリムゾンアイズを差し出すように仕向ける…僕たちは、そのために雇われたんです」
「なるほど、な……」
苦い表情で、千秋が唸る。
「クリムゾンアイズを持っているらしいパールフィニアは、昔自分が殺した男の子供と共にいる。パールフィニアが村長の直系の身内であることも合わせ、自分には分が悪かった。
だから、本来なら自分にかかってもおかしくない疑い…まあ、滅ぼした当人なのだから当然だが…その疑いを、逆に正面から相手に吹っかけることで、身の証明を立てさせる。第三者を巻き込むことで、逃れられぬよう固めた、ということか……」
「じゃあ、フカヤさんなんて知らないって言ったのも、ウソ…なのかな」
リィナが悲しそうに言い、オルーカが頷いた。
「おそらくそうでしょう。魔族への対価として、100年間魔族の命令に従っていた、と仰っていました。おそらく、フカヤさんのお父様の件も、そのうちのひとつであったのだと…」
「…そうして、冒険者を雇ったけど…結局、パフィの意志は固くって、クリムゾンアイズのことはわからなかった…だから、また、魔族の力を借りたんだね……」
レティシアが悲しそうに言う。
言葉もなく、肩を落とす冒険者たち。
…と。
座り込んでいたパフィが、ゆっくりと立ち上がった。
「……パフィ、いかなくちゃー……」
「…どこに?」
傍らで心配そうに見守っていたフカヤが訊ねると、パフィは決然と青い瞳を向けた。
「レヴィおねえちゃんのところにー……レヴィおねえちゃんに、クリムゾンアイズ、返してもらうのー」
「パフィ……」
心配そうに名を呼ぶフカヤ。
「ごめんねー、フカヤ。レヴィおねえちゃんがひどいことして、ごめんねー。
パフィ、レヴィおねえちゃんのところに行ってくるのー。
全部に、決着をつけてくるのー」
パフィの青い瞳は、揺るぎない意思に満ちていた。
フカヤは仕方がないというように苦笑した。
「…俺も、行くよ。パフィの、助けになりたい」
「フカヤ……」
パフィは、嬉しそうに目を細めてフカヤの手を取った。

南に向いた窓から、傾いていく陽が覗く。
決意を確かめ合った恋人たちの姿を、冒険者たちは静かに見つめていた……

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