わかっているの
憎んでもどうにもならない
大切な人は帰ってこない

罵りの言葉をぶつけても
憎しみの刃を突き刺しても
怒りの業火で焼き尽くしても
この気持ちは晴れることはない

私自身が思い切らない限り
私自身が許せない限り

私自身が 変わらない かぎり

この黒々とした感情を
一生背負って生きていく
それが私自身のせいだと 認めたくなくて 目を逸らす
あいつが全部悪いのだと
あいつが最悪の存在なのだと
自分は理不尽な悪にさらされた可哀想な存在なのだと

そう思い込めば 楽 だから

わかっているの
理不尽なのは私だということくらい

わかっているの
私が変わればいいんだっていうことくらい

でも こわいから
現実を直視すれば
それを認めれば
今まで私が思っていたことは全部間違いになる
今までの私が全部否定される

こわいの


こわいの…

「これは…少々厄介なことになってきましたね…」
時刻はストゥルーの四半三刻。
風花亭にリザーブされた、男性陣の部屋。
一通り仲間たちの報告を受け、ミケの言葉と共にうーんと冒険者たちは唸った。
「本人が見つかったはいいが…事態はややこしくなったようだな」
アーラが相変わらずの淡々とした口調で言い、オルーカが苦笑した。
「そうですね、正直混乱しています。どうしていいか、自分ひとりでは判断がつきかねますね…」
「パフィは村を滅ぼしたのはレッドドラゴンだって言って激しく憎んでる…クリムゾンアイズらしき宝石はもってないみたい…」
報告を整理するようにレティシアが言うと、コンドルが頷く。
「は、はい…い、1年以上も一緒に旅をしていた、ふ、フカヤさんが、一度も見たことがないっていうのは…お、おかしいと、思います」
マジュールが腕を組んで、息を吐いた。
「パフィさんにお会いしたときの様子で…私には、パフィさんが犯人だとは、どうしても思えないのです。もし犯人だったとして、ああいう激昂の仕方をするものなのでしょうか…。演技でああいう怒り方をするのは、冷静にさめざめと泣いて話すより、嘘をコントロールするのが難しいと思うのです。それができるならば、パフィさんはよほどの演者ということになりますが…」
「カイさんが、成人というには少し幼い方だと仰っていましたね」
ミケがフォローを入れると、マジュールはなるほどと頷いた。
「やはり…であれば、あの怒りは、彼女にとっての真実を話している可能性が高いですね」
「そうか、パーヴィが犯人じゃないかもしれないのだな。難しくてよくわからんが」
ピリララがむぅ、と唸って腕を組む。
「と、すると…胡散臭くなってきたな」
千秋が言い、コンドルがそちらに悲しそうな視線を向けた。
「れ、レヴィニアさんが、嘘をついている、っていうんですか…?」
「そうは言っていない。が、そうでないとも言い切れない、どちらを確定する要素も出ていないだろう。村を滅ぼしたと言っている女二人の、感情的な証言だけではな」
冷たい千秋の言い草に、眉を顰めるミケ。
「僕は…レヴィニアさんの言うことは、嘘ではないと思うんです。かといって、カイさんが嘘をつくとは思えない。レヴィニアさんに『パフィさんが犯人だ』と思わせるような何かが、ある…と思うんですよ」
「私は…千秋さんに少し賛成、です」
やや身を乗り出して、オルーカ。
「二人の食い違いが、私にはどうしても、納得できません。
勘違いからそうなった、というより、どちらかが何かを意図してそうした、と思えるんです。
すなわち、どちらかが嘘をついているのではないか…または嘘をつかされているか…」
「どちらが本当か嘘か、まだはっきりしたことは言えないけど」
少し迷ったように視線を泳がせて、それでもホームズは決然とした表情で言った。
「僕もこの事件は…何か人為的なものを感じるね。ここを歩くようにって整えられた綺麗な街道を歩かされている感じ…何か、そう、不快感を感じる。運命は引き寄せ合うって…予知者は言うけど。本当にそうしている神様がいるんだね」
唐突なホームズの発言にきょとんとする仲間たちに、ホームズはにこりと微笑んだ。
「それは…もしかしたら神様じゃない、かもしれないけど」
「人為的に整えられた道…確かにそうかもしれませんね。あとひとつ…何か手がかりがあれば、全てがスムーズに解決すると思うんですよね。
その手がかりが、『クリムゾンアイズ』であると、私は思うんです」
真面目な表情でオルーカが言い、レティシアがそれに続く。
「クリムゾンアイズっていえば…宝石は持ってなかったけど、パフィの瞳も紅いって、カイが言ってたんだけど…千秋たちが会ったパフィも、瞳は紅かった?」
「そう、それだね。僕も気になっていたんだ」
ホームズが身を乗り出して頷いた。
「他の全てで、メルスさんの言うセラヴィとセラヴィ本人は一致している。だけど、瞳の色だけが違ってるんだ。白い髪のホワイトドラゴンで、青い装束を着ていて、あんなに目立っている大きな紅い瞳の色を見間違うかな?と思うんだよね」
「ですが、姓も名も同じ、レッドドラゴンに村を滅ぼされたホワイトドラゴンが二人いるなんていう偶然があるとも思えませんし…」
うーん…と、再び考え込むミケ。
「何をそんなに難しい顔をしているのだ?」
ピリララが不思議そうに首を傾げる。
「目当てのやつが見つかったんだ、良かったじゃないか。見つけたという大いなる前進をレヴィに報告して喜んで貰わねばな!まさかこんなに早く見つかるとは思っていなかったぞ。やはり日頃の行いが良いのだな!早寝早起き一日三食牛乳と御飯はよく噛んで良い子であった甲斐があったな!偉いぞ私!」
ツッコミどころを見失って黙り込む仲間達。
「…俺は賛成できんな」
千秋が憮然として言った。
「事態が見えてきていない。パフィにレヴィニアのことをきちんと話して、了解を得た上で、レヴィニアに会わせるべきだと思う。
……あの村に本当にレヴィニアという住民がいたのか、という疑問もあるからな」
「や、やっぱり、レヴィニアさんが、嘘を…?」
再び悲しそうな表情になるコンドルに、肩を竦めて息を吐く。
「何度も言うが、そうは言っていない。疑り過ぎだとは思うが、一応、ということだ」
「そうだな…逆に、まだパールフィニアが犯人という線も消えてない。まだ情報が不足している…事件の惨状もレヴィニアの見解だけだから…出来る限り正しい情報を集めたい。それまではまだ、できるだけ会せないようにしたい。会わせて混乱が起これば、血を見るかもしれないしな…」
アーラがぼそりと同意し、リィナもそれに続いた。
「リィナも、今会わせても真実を突き止められない可能性のほうが高いと思う。会わせるのは待った方がいいと思うよ」
「ぼ、ボクは、レヴィニアさんにパールフィニアさんに会ってもらいたいです。レヴィニアさんに報告するべきだと思います…」
悲しそうにうつむいてコンドルが言うと、レティシアが眉を寄せて反論した。
「私はレヴィに今パフィのことを話すのは早い気がするんだけど。だって『パフィを見つけました』って言ったら『会わせなさーーーい!!!』って言うに決まってるもん。
それに、さっき千秋も言ったけど、二人の意見が食い違っている以上、レヴィニアの言うことが全部本当じゃない、っていう可能性もあるわけでしょう?そんな状態で二人を引き合わせて、最悪のことになっちゃうことだってあるわけじゃない。万が一パフィが犯人じゃなかったら、パフィに申し訳ないわ」
今までに何度か欺かれた経験があるからか、苦い表情で意見を訴えるレティシア。
「私は無駄な争いも無駄な犠牲も出したくないの。だからちゃんと矛盾を解決してから話したい。
今レヴィに話しちゃっていいのかなぁ。絶対沸点低いよ、あの人。『会わせろ』ってキレると思うんだけどなぁ…。
私はまだレヴィに話すの反対っ」
「でも、そんなこと言っていてセラヴィが逃げてしまったらどうするの?」
ホームズが、わずかに眉を寄せて反論する。
「セラヴィは、今頃宿に帰ってフカヤ・オルシェと会っているだろうね。そうして、オルシェから今日の話を聞くだろう。セラヴィとクリムゾンアイズを調べるサークルと、百余年前の事件について調べるナノクニの隠密の、同日同時刻の接触。これは何か繋がりがある…と、警戒してもおかしくないんじゃないかな。本当は今すぐにでも、メルスさんを連れてセラヴィの元に行くべきだと思うよ」
「しかし、レヴィニアさんはここにはいませんし…明日にならないと連絡は取れないのですから、それは難しいですね」
ミケが言い、ホームズは苦笑した。
「そうだね。でも、僕はセラヴィが逃げないうちに、二人を引き合わせて、早く決着をつけてしまった方がいいと思う」
「しかし、事前に何も準備せずに会わせると、少なくともレヴィニアさんは制止がきかない状態になるでしょうね。憎き敵が目の前にいるのですから」
マジュールも渋い表情で意見を述べる。
「パフィさんに限れば…『レヴィニアさんが生きている』という話をすれば、犯人でなければ普通に喜んでくれるでしょうし、顔を合わせた直後にすぐ不穏な行動を取ることはないと思うのですが…。まあそれも、千秋さんの仰るように、あの村に本当にレヴィニアさんがいたかどうかによっても変わってきますが…」
もごもごと口ごもってから、続ける。
「私は、パフィさんに会って、レヴィニアさんの話を出して、そのうえで前回聞けなかったことを尋ねたいと考えています。二人を合わせるのは、まだ早いかと…」
「確かに、激昂しやすい2人をそのまま会わせるのは危険、というのは頷けますが…しかし、冒険者が10人もいるのですから、いくら白竜族とはいえ、二人を争わせないよう静止して話し合わせるのは難しいことではないのではないでしょうか?」
落ち着いた声で反論するオルーカ。ピリララが即座に同意した。
「そうだそうだ!二人が喧嘩し始めたら止めればいいじゃないか。
確かに怪獣大決戦になったら止めるのは難しそうだが…敵討ちをしたと思ったら間違いでしたとかあるかもしれないのだが…」
自分で言っておいて脱線を始めたピリララはおいといて、話を進めるオルーカ。
「事件の真相にしろ秘宝にしろ、私たちは一つも事実を得てないんですよね。人から聞いた話ばかりで。
だったら食い違った話をする当人達に会ってもらうのが一番早いかなぁと思います。
また、千秋さんたちが会ったパールフィニアさんが、レヴィニアさんが探している本物の「パフィ」さんなのかどうか分からない。
でも本物か偽者かは、少なくとも二人を会わせれば、レヴィニアさんの反応次第で分かりますよね。
そういった意味でも、直接会わせた方がいいのではないでしょうか」
オルーカの言葉に、頷いて同意するホームズ。
「そうだね、僕もそう思う。仮にセラヴィが犯人じゃないっていう確固たる証拠があってもメルスさんの態度に変化は無いと思う。パールフィニア・セラヴィを犯人だと、はなから決め付けているのだから。
メルスさん一人を何とかすれば、リスクは大きく減ると思うよ?メルスさんには悪いけど少し腕力を使わせてもらおう。冒険者が10人もいれば止められるよね。おとなしく会わせる事が不可能であってもデメリットは少ないと思うよ」
例えばうーん、そうだなあ、と考えて、続ける。
「セラヴィにも、これから会う人は貴方のことを疑っている、貴方に攻撃をするかもしれない、僕たちが止めに入るけど一応警戒はして下さい、っていう風に説明をしておいて。恋人の危機となればフカヤ・オルシェも助けてくれるだろうし。そうして、安全に配慮した話し合いの場をセッティングして、2人に全ての情報を明かし、食い違いを正す。個別にこそこそ嗅ぎ回るより、こうした方が新しい情報を手に入れられると思うんだけどな」
「そうですね。パフィさんにもう一度話を聞きに行くということは、レヴィニアさんのこともすべて話すということでしょう?パフィさんには全てを話して、レヴィニアさんには話さないというのも、おかしな話ですよね」
オルーカが同意すると、千秋がしかし、と反論する。
「それを言うなら、パフィがレヴィニアのことを一方的に知らないというのもまずいだろう。フェアじゃない」
「なぜだ?私達の仕事はパーヴィを探してレヴィと会わせることだろう。パーヴィに対してふぇあでいる必要があるのか?」
不思議そうにピリララが言い、オルーカも頷いた。
「私も…依頼主であるレヴィニアさんに嘘をつきたくない…というのが大きいです。会わせないことには何も解決しませんし。
出来ればレヴィニアさんにも、パフィさんにもしこりを残さずすっきりして頂きたいので。
それに私たちがこれ以上走り回って情報を集めても、大した成果が上がるとは思えません」
「…俺は、まだ情報は足りていないと思うがな…」
アーラがぼそりと割って入る。
「…相手に身分を偽っているがゆえに、訊けていないことが多くある。だから事態が混乱している。それを得ないまま会わせても、後手に回るだけだと思うが…」
「そうよ。わからないことがあるから、じゃあ会わせてみんな聞いちゃえば簡単って、なんだか乱暴な気がするわ」
レティシアも眉を寄せて同意した。
「それに…ホームズもオルーカも、力ずくで止めて押さえつければ何とかなるって言うけど…それは、二人みたいに冷静に判断ができる人が、冷静だったときの話でしょ?
悪いけど…人の気持ちって、そんなに理屈で割り切れるものじゃないよ。力ずくで押さえつけられて、レヴィニアが冷静に順序だてて話ができると思う?パフィだって同じよね、カイの話じゃパフィも頭に血が上りやすいって言うし。そんな状態で、お互いの話の食い違いを冷静に正せるかなあ?
下手したら、『依頼人の邪魔をする冒険者なんて!裏切られた!』って思うんじゃない?それこそ」
リィナも頷きながら同意する。
「うん、リィナもそう思うよ。それこそ、ホームズさんが言ってたみたいに、レヴィニアさんが証拠もないのに相手の言い分をちゃんと聞くかなあ?もうちょっと情報を集めてからでも遅くないと思うよ」
「………」
沈黙が落ちる。
「…ミケはどうなんだ。さっきからずっと黙っているが」
千秋に促され、ミケはきょとんとした。
「え、僕ですか。知らせるか知らせないかで言われたら、知らせたほうがいいと思うんですけど」
「えー、ミケもそう思うの?」
複雑そうなレティシア。ミケは苦笑した。
「でも、僕が知らせたほうがいいと思うのは、ホームズさんやオルーカさんの意見とは少し違うんですよね。二人を会わせてそれで誤解が解けるかと言われたら、僕は解けない方に一票を入れます。
ですが…このまま、レヴィニアさんに知らせないままパフィさんの元へ詳しい話を聞きに行ったとして…もし、単独で調査をしているレヴィニアさんが何かの拍子にそのことを知ってしまったとしたら…
レヴィニアさんは本当に裏切られたと感じるかもしれません」
「それは…」
言葉に詰まってうつむくレティシア。
「レヴィニアさんの依頼は、パフィさんを見つけること、クリムゾンアイズを取り戻すこと、敵討ちの手伝いをすること。その3点に関しては、レヴィニアさんに対して誠実でいなくてはいけないというのは、僕もピリララさんやオルーカさんに賛成です。ですから、パフィさんらしき人が見つかったということはレヴィニアさんに話すのが筋だと思います」
ミケはいたって冷静に、淡々と言葉を紡ぐ。
「が、まだ情報が混乱していること、その状態で二人を会わせても混乱するばかりできちんと食い違いを正すのは難しい、パフィさんは何もしていないかもしれないのですから、パフィさんにレヴィニアさんのことを知らせないままに二人を引き合わせるのは避けた方がいい、というのは、僕も千秋さんとレティシアさんに賛成です」
そこで、眉を顰めて首を傾げる。
「ですから、まあ、妥協案として…レヴィニアさんに報告は正直にきちんとした上で、まだはっきりしていないことがあるから少し待ってもらうように説得する…というのが、一番いいような気がするんですが…最大のポイントは、『瞳の色が違う』ということ、それから『クリムゾンアイズらしき宝石を持っていない』ということ、ですね。それがはっきりするまで、引き合わせるのを待ってもらうように説得する、ということでどうでしょうか?」
「話した上で、待ってもらう…か。レヴィニアが応じるかどうか判らない、という点を除けば、双方のリスクはクリアになるな」
頷きながら、千秋。
「…俺はそれでいい」
「ぼ、ボクも…れ、レヴィニアさんにちゃんと話すなら…」
アーラとコンドルが言い、マジュールも頷いた。
「私も、その方針で異論はありません」
「僕は、やっぱり二人を会わせたほうがいいと思うけどな。でもみんながそれにするっていうなら、僕たちの意識を合わせることが大事だよね」
ホームズが言い、オルーカも複雑そうな表情で続く。
「そうですね…私も、それに従いましょう」
リィナとレティシアは納得のいっていない表情だ。
「リィナは、レヴィニアさんがおとなしく待ってくれるとは思えないんだけど…」
「私も…レヴィニアに話すのは危険だと思うなぁ。でも、みんながそう言うなら…」
しぶしぶ頷く2人。
ピリララが豪快に手を上げた。
「なんだかわからんが、とにかくだな!私はレヴィに嘘をつくのは嫌だぞ!パーヴィを見つけたと言うからな!」
「だから、話すんだって言ってるじゃないですか…」
げっそりとミケが言うと、満足げに頷く。
「…うむ。言っていいならいいのだ」
「パフィさんは犯人ではないかもしれないので、レヴィニアさんに会うのはちょっと待ってもらうよう説得するんです。大丈夫ですか?」
「そうか、それなら私も力を貸すぞ。パーヴィにもうちょっと話を聞いた方がよいと思うしな。
レヴィのやりたいことだ、レヴィがどうするか選べるのなら文句はない。レヴィが待ってくれればそれでいいし。待たなくてもいい。レヴィが選んだことでレヴィがどうなっても…うーん、構わないと言うかー、仕方ないと言うかー…だってそういうものだろう?
私は私の思いを告げる。レヴィはレヴィのしたいことをする。それが違ってしまうのは悲しいとは思うがな」
沈黙が落ちる。
ピリララの言葉に、それぞれがそれぞれの思いを馳せているようだった。
ピリララは再び、元気に立ち上がった。
「それじゃ、私はレヴィが来るのを表で待っているのだ~♪」
「ピリララさんっ、レヴィニアさんが来るのは明日の朝です、夜通し待ってるつもりですかー?!」

「ミケ」
皆がそれぞれの部屋に戻った後。
1階の酒場で一人、遅めの食事をしているミケの後ろから、レティシアが声をかけた。
「レティシアさん。お休みにならないんですか」
ミケは少し微笑んで、自分の隣の席を指し示す。
レティシアは頷いてその席に座ると、思いつめたようにミケに言った。
「ミケ、やっぱり私、正直にレヴィニアに話すのは気が進まないわ。なんだか嫌な予感がするの」
ミケは苦笑して、頷いた。
「そうですね、レティシアさんの気持ちもわかりますし、正直そう言うんじゃないかなって思ってました。ちょっと、僕の話を聞いてくれますか」
ミケはシーフードドリアの最後の一口を食べ終え、食器を横に避けてから、話し始める。
「レティシアさんの言い分はとてもよくわかります。確かに、パフィさんの立場に立って、もしパフィさんが犯人でないとして、レヴィニアさんに犯人だと決め付けられるのも辛いでしょうし、最悪静止しきれずに絶望的な事態に陥る可能性も充分ありえます」
「でしょう?だから…」
言い募ろうとするレティシアを制するように、ミケは言葉を続けた。
「でも、僕はレヴィニアさんの立場に立って考えてみたんですよ」
「…レヴィ、の…?」
ミケはゆっくり頷いて、レティシアに視線を合わせた。
「僕らはレヴィニアさんの依頼を受けた冒険者です。仇を探して探して、他に頼る当てもなく、最後の手段として冒険者を雇った彼女を裏切るような真似は、するべきではないと思っています。
そうして、藁にもすがる思いで雇った冒険者が、実は裏でパフィさんに肩入れしていると彼女自身の調査で分かったときに、彼女は本当に何もかもから裏切られた事になる…」
そこで、少し視線を下げて。
「……そうやって一人になって、闇に堕ちた……というか、色々吹っ切って元気にやっている人を4人ほど知っているので……まあ、そういう事態は避けたいかな、と思う…んですよね」
「ミケ……」
多少なりとも事情を知っているレティシアは、返す言葉を失って俯いた。
ミケが言っているのは、彼が冒険の中で遭遇した、ある魔族の配下。もとは人の社会で暮らしていたのだが、人々に裏切られ、絶望し、絶対的な力を持つその魔族の元へと飛び込んで、配下として暗躍している。
レヴィニアが、自分たちが裏切った…少なくとも、彼女がそう思ったせいで、その配下達と同じ存在に堕ちてしまうのは、食い止めたい。沈んだミケの表情は、そのことを切実に訴えていた。
「かといって、レヴィニアさんの気持ちのままに突き進んでも、いい結果は生まれないと思うんです。だから、レティシアさんが…彼女を説得してくれませんか」
「わ、私が?!」
レティシアは驚いて自分を指差した。
ミケはゆっくりと頷いて、続ける。
「最初に『パフィを探すお手伝いはするけれども殺す手伝いはしない』と明言している訳ですし、レヴィニアさんに待つよう説得するなら、僕よりあなたの方が適任だと思うんです。
僕は…えっと、今日のことで、レヴィニアさんの印象はあまりよくないですし…まあ、疑ってる前提みたいな訊き方をしてしまいましたしね。それは僕の責任ですけど」
少し苦笑して。
「クリムゾンアイズを返してもらえれば、レヴィニアさんは別にパフィさんを殺さなくてもいい、と言っていたわけですし、それを交渉材料に出来ないかな、と思うんですよ」
「え、レヴィ、そんなこと言ってたっけ?」
驚いた様子で言うレティシア。ミケもきょとんとした。
「え?確か、『素直に返してもらえればそれでいいけど、そのために村をひとつ滅ぼすような人だから、そうも行かないんじゃないか』って言ってませんでした?」
「え、それって、『そうも行かないから絶対に殺さなきゃ』って言ってるように聞こえたんだけど…」
「え、そうなんですか?!」
心底驚いた様子で、ミケ。
「え、えっと…持っているならそれを渡すなり、渡さなくてもいいから話し合いの場に持っていくことで、いきなり殺し合いにはならずに済むんじゃないか…と、思ったんですけど…ええと」
レティシアも一緒に困惑した様子で。
「え、えっと、私が単純にそう思っただけかもしれないし、交渉の余地はあると思うけど…でも…レヴィニアのあの性格だからなー…」
やはり渋い表情のレティシアに、ミケもうーんと唸りながら。
「そうなると…やっぱり、目の色が違うことと、宝石らしきものを持っていない…から、きちんと確かめるまで待って欲しいと…そういう線で行く、しかないでしょうか…」
「う、うん…それから、パフィが犯人じゃないかもしれないから、もし間違って敵討ちをしちゃったら、レヴィと同じ思いをする人が増えるかもしれないって…そう説得してみる」
混乱しながらのレティシアの言葉に、ミケはふっと微笑んだ。
「…あなたの、その真摯な気持ちがあるからこそ、僕はあなたに説得をお願いしようと思ったんですよ」
「えっ……」
唐突に褒められて、きょとんとして頬を染めるレティシア。
「あなたがそうして、全ての人を心から思いやり、心配する人だからこそ…あなたに説得してもらえれば大丈夫だと、思ったんです」
レティシアをまっすぐに見つめて、笑みを深くする。
「…あなたを、信じていますよ。レティシアさん」
「み、ミケ………」
あなたを信じていますよ…あなたを信じていますよ…信じていますよ…いますよ…すよ…
ミケの言葉が、何度もレティシアの頭の中をリフレインする。
「信じてる…信頼、もしかして私ってば信頼されちゃってる?っていうかこれはもう愛されてるっていうのと同じことじゃない?!っていうかむしろプロポーズの言葉よね?!
はっ。いやいや、ダメよレティ、調子に乗りすぎちゃ!今まで何度それで苦汁を舐めてきたと思ってるの…!予想外のミケの反応に何度涙したことか……いや、予想外は予想外でも、こう、何かいつもと違う面を見せてくれたりするとそれはそれでハートがズギュンって感じよね。むしろこう、なんていうの?クールでダークな面があっちゃったりなんかすると!ふ、って耳元に顔を寄せられたと思ったら、ハスキーな声で低く『あまり調子に乗っていると…どんなことになっても知りませんよ?』とか言っちゃうの!それでそれで、私が表のミケと裏のミケの違いに戸惑いながら、それでも惹かれずにいられなかったりすると、ふいにまた耳元で『…レティ』って呼ばれたりなんかして、びっくりしてるとちょっと悪っぽく微笑んで『ご不満ですか?』とか言っちゃうのーもー心臓わしづかみって感じじゃなーい?!」
「お客さん、お連れさんはもうお部屋に戻ってますよ……って、聞いてねえなこりゃ…」
呆れた様子で言うマスターの前で、レティシアはいつまでもいやーんミケったら超かっこよすぎーと一人で頭をぶんぶん振っていた。

その半径1メートル以外では、夜は静かに更けていった…。

「……………」
レヴィニアは、何かを堪えるように目を閉じて黙り込んだ。
「れ、レヴィ。いいか、落ち着いて聞けよ」
少しびくびくしながら、ピリララがなだめるように手のひらをゆらゆら動かす。
「そのな、パーヴィがお前の村を滅ぼしてないようなのだ。と皆が言っている」
最後の一言で鮮やかに責任転嫁をしてから、続けた。
「パーヴィは『レッドドラゴンに村が襲われた、私は犯人じゃない』と言ったと、皆が聞いたのだ。
パーヴィが嘘をついているかもしれないのだから、確実には言えないのだが…。
結界を解く方法も知らなかったようだし。レッドドラゴンを嫌って食って掛かったそうなのだぞ。
もしかしたらだが、レッドドラゴンが勝手に滅ぼしに来たんじゃないのかな。
レヴィもパーヴィも偶然助かっただけで、お互いに唯一の同郷であるかもしれないのだ。
もうちょっと調べるから、それまで待っていて欲しいのだが」
全員が固唾を呑んでレヴィニアの様子を見守っている。
レヴィニアは目を閉じて黙ったままだ。
コンドルがおずおずと続けた。
「ち、直接会って聞きたい事や、た、確かめておきたい事もあるんです。だ、だから1日だけ待ってください!」
レヴィニアの反応はない。
コンドルはじれたように、続けた。
「し、その人がレヴィニアさんが探してるパールフィニアさんで、どこかにクリムゾンアイズを隠し持ってたら、レヴィニアさんは仇もとれずに殺されちゃうかも知れないんですよ!!それでいいんですか!?」
興奮した様子でそう言ってから、周りの呆然とした視線に気付いて真っ赤になるコンドル。そのままもごもごと口ごもったまま小さくなるコンドルに代わり、レティシアが眉を寄せてレヴィニアに訴える。
「あのね。確かに、パールフィニア・セラヴィっていう名前の白竜族は見つけたわ。その子は、自分の村が赤竜族に滅ぼされたって言ってた。レヴィの探している人と一致するわね。
でも、ピリララやコンドルが言ったとおり、その子は瞳の色が違うの。レヴィが言ったような、青い瞳じゃなくて、紅い瞳だったの」
「…紅い瞳…」
ぽつりと言って、レヴィニアが薄く目を開ける。
反応があったことに、レティシアは喜色を表した。
「そう!それにね、1年以上も一緒に旅をしている人が、その子が大きな宝石を持っているのなんか一度も見たことないっていうの。その辺、まだハッキリと調べがついてないの。他人のそら似ってことも考えられるし、もうちょっと時間もらってもいい?」
「そう、そうなのだ、宝石を持っていないようなのだ!な!?」
ピリララが思い出したように言い、周りに確認するように訴える。
「どこかに隠したのかもしれないし、売ったのかもしれないし。敵を討つ前に居場所は明らかにしておかないと、見つからなくなったらまずいだろう」
レヴィニアはうつろな瞳のまま、黙っている。
レティシアはさらに眉を寄せて、悲しげな表情になった。
「前にも言ったけど、私はあだ討ちなんて本当はして欲しくないの。しかも、しかもよ。
それでもレヴィがあだ討ちするって言って、私が止められなかったとして、そのパフィかもしれない人にだって、家族や大切な人がいるだろうし、万が一人違いだったとしたら大変なことになっちゃうし、その人や家族なんかに申し訳が立たないわ」
胸の前で手を組んで、訴える。
「大切な家族や仲間を失う辛さや悲しさは、レヴィが一番良く知ってる…そうでしょ?」
レヴィニアは困ったように眉を寄せて、レティシアを見た。
「だから、ハッキリしたことがわかるまで待ってて。お願い」
真剣な瞳で訴えるレティシア。
冒険者も固唾を呑んでレヴィニアの返事を待つ。
たっぷりの沈黙の後、レヴィニアは掠れた声で言葉を発した。
「……判りました。すぐにでも見定めに行きたいのは山々ですが…宝石を持っていない、というのが気にかかります。仇を討てたとしても、クリムゾンアイズの行方がわからないのでは、いつその力を何者かに悪用されるかわかりませんし…」
レヴィニアは納得がいかない表情のまま、冒険者たちの方を見た。
「クリムゾンアイズの行方をはっきりさせるために、あと一日、待ちます。
皆様の迅速な調査を、期待しておりますわ」
「…うん。ありがとう、レヴィ」
肝心の、パフィが犯人ではないかもしれないから、というところは綺麗にスルーされていることに少し複雑な気持ちになりながら、レティシアは礼を言った。
「ところでな、レヴィがパーヴィを犯人だと思うのは、結界と、遺体がなかったのと、知り合いがそう言ったから、だったな」
唐突にピリララが言い、全員がそちらを向いた。
「結界は…パーヴィが嘘をついているかもしれないな。遺体は…生きているのだからあるわけがないな」
自分で確認するように上を向いて、つぶやく。そしておもむろにレヴィニアの方に向き直って、身を乗り出した。
「レヴィの知り合いだが…名前は何て言う奴なのだ?五回ぐらい言って貰えれば覚える。いつまでも『瀕死の人』とか言ってられないからな」
「名前を聞いて…どうなさるおつもりですの?」
ピリララの意向が読めず、訝しげな顔をするレヴィニア。
「もちろん、パーヴィに訊くのだ!そいつが、お前がやったって言ってたが本当か、とな!で、そいつは正確には何て言ったのだ?確か、はっきりとパーヴィがやったって言ったわけではないのだろう?レヴィはパーヴィ嫌いだからそう聞こえたのかもしれないって、ミケがそう言っていたぞ」
「ぴ、ピリララさん…」
また華麗に責任転嫁をされ、ぐったりと机に伏すミケ。ピリララはいたって真剣な表情で、レヴィニアに言った。
「私にはまた違ったように聞こえるかもしれないからな!覚えているならきちんと聞かせて欲しいぞ」
レヴィニアはあからさまに眉を顰めている。はぁ、とため息をついた後、言った。
「その者は…いいえ、その方は、村の長。ウェイレーメント・セラヴィ…わたくしの伯父にして、パールフィニア・セラヴィの父に当たる方です」
「村長…」
眉を顰めてつぶやくミケ。
「助け起こしたわたくしに、村長は、『赤竜族が村を襲った。やつらは、クリムゾンアイズを探していた。誰かがやつらをそそのかし、結界を解いて招き入れた。クリムゾンアイズを守らなければ』と、息も絶え絶えにそう仰いました」
「なんだ、やはりパーヴィを名指ししたのではないではないか!父親と聞いたからびっくりしたぞ、気が気ではなかった」
大きな声で言って、息をつくピリララ。
「ですが、唯一の生き残りがあの女である以上、招きいれたのはあの女と考えるのが妥当でございましょう?」
眉を顰めてレヴィニアが言うと、ピリララは意外そうな顔をした。
「そうか?そうかもしれないが、もしパーヴィが犯人じゃないのなら、それでもいいじゃないか。
同じ痛みを知ってる仲間が一人増えるのだ。固執することはないだろう?もちろん、犯人かどうかは調べた後での話だぞ。まだ実際に襲ってきたレッドドラゴンをやっつけてはいないのだろう?二人でならやっつけにいけるじゃないか」
「…皆様は」
レヴィニアは眉をきつく寄せて、目を閉じた。
「どうあってもあの女が犯人でないと……わたくしの言うことが間違いであると仰りたいのですね」
冒険者たちは電気に打たれたように身を震わせて…複雑な表情で互いの顔を見合わせた。
「…わかりました。皆様に依頼を遂行する気がないのでしたら、今すぐ降りていただいて構いません。もともとそういうお話で御座いましたし、新しい冒険者様をお雇い致しますわ」
「そ、そんなことは言っていないじゃないか!」
あわてて手をぶんぶん振るピリララ。
ふぅ、と息をついて、千秋が言った。
「ピリララの一人暴走に釣られるな。俺たちは本人の確証が取れていないのと、宝石のありかが確定していないから時間をくれと言っただけだ。辞めさせるならそいつ一人だけにしろ」
「何を言うのだ黒いの!ひどいじゃないか!」
食って掛かるピリララを無視して、千秋は続けた。
「いずれにしても、不明瞭な部分の調査が終わり、そいつがお前の探し人だと確定したらお前をそこに連れて行くのに依存はない。お前が言うようにそいつが村を滅ぼしたのだとしたら、敵討ちのために手助けもしよう。俺たちに今言えるのはそれだけだ。それが不満なら他の冒険者を雇え。同じことになるとは思うがな」
「…………」
レヴィニアはまっすぐに千秋を見、ややあって頷いた。
「…承知いたしました。ピリララ様もお好きにして下さって結構です。仰る通り、1日だけお待ちいたしますわ」
「そ、そうか!わかったぞ」
ほっとしたように息を吐いて、ピリララは仲間たちの方を向いた。
「それで、今日はパーヴィにお話に行くのか。全員か?」
仲間たちの方を見ると、ミケが真っ先に手を上げた。
「あ、今日は僕は別を当たろうと思います…パールフィニアさんが、別人かもしれませんし。まだ調査を続ける必要もあるかもしれませんから。みなさん、昨日の方のところへ行くのでしょうし」
それに続いて、ホームズが悠然と微笑む。
「僕は二人とも本当の事を言っていると思っているから、占い師をこれ以上調査するつもりはない。
だから僕はみんなの調べごとが終わって、二人を会わせる時を待つよ」
他の面々からは返事がないところからすると、他はパールフィニアの元へ行くのだろう。
「それじゃあ、決まりだな!今日も張り切ってがんばるぞー、おー!」
張り切って一人で手を上げるピリララ。わらわらと立ち上がる冒険者たち。
なんにせよ、1日は始まろうとしていた。

「メルスさん。今日も一人で情報収集に行くの?」
ホームズに声をかけられ、レヴィニアは振り向いた。
「…ええ。それが何か?」
「伝を使って情報収集をしていたと言っていたけど。どんなもの?情報屋や竜族に?」
ホームズの質問に、レヴィニアは片眉を顰めた。
「…そのようなことをお知りになって、どうなさいますの?」
ホームズは真面目な表情で言う。
「気を悪くしないで聞いて。もしかしたら、メルスさん悪いのに捕まっているかも。占い師のパールフィニア・セラヴィは大通りで聞き込みをしたらすぐに見つかった。僕たちが一日で集めた情報なのに、その人は教えてくれなかったんだろう?裏でセラヴィと繋がっているとまでは考えられないけど。…知っていたのに教えなかったとか、セラヴィから口止めされていたとか。そうは考えられない?」
「わたくしの調査だけでは不充分だと感じましたから、皆様をお雇いしたのです。手段が多ければ、どれかが当たるのは道理で御座いましょう?たまたま皆様方に当たりがあったからといって、その方が悪いとは申し上げられませんわ」
苦笑するレヴィニアをしばらくじっと見つめてから、ホームズはふわりと微笑んだ。
「…メルスさんがその人を信頼しているというなら、ごめん、考えすぎだったみたいだね。信頼している依頼主が言うのだから、その人は信頼できる人なんでしょう。僕もメルスさんが会っていた人物に会ってみたいんだけど、いい?」
「ホームズ様には、ホームズ様のお仕事が御座いますでしょう?そちらの方にご専念下さいましな」
「会わせられない、っていうこと?」
ホームズの言葉に、しばし表情を失って沈黙し。
「…会わせる理由が御座いません。ホームズ様のお仕事に専念していただきたい、と申し上げているのですわ。雇い主として、それ以上の理由が必要で御座いますか?」
微妙な緊張が走る。
ホームズは悠然と微笑んだまま、頷いた。
「そうだよね。じゃあ、今日もメルスさんはがんばって調べものをして。僕も、僕の仕事を頑張るよ。メルスさんの期待に応えられるようにね」
「期待しておりますわ。では、御機嫌よう」
レヴィニアは嫣然と微笑んで会釈すると、扉を開けて風花亭を後にした。
ホームズはその後姿をいつまでも見送っていた。

「パフィたちにお客さんって、誰なの~?」
宿の主人に呼び出され、奥の客室からやってきたのは、昨日となんら変わらぬ姿をした白竜族の娘と、その連れの狼獣人の少年だった。
「…あ、昨日のー…」
「あれ、君たちは昨日の…」
割と手狭な1階酒場に所狭しと詰め掛けた8人の冒険者たちを見て、パフィとフカヤが同時に声を上げる。そして、お互いに顔を見合わせた。
「のっけからすまないが、事情があってな。とりあえず、俺たちの話を…」
「あなたがパフィね!初めまして、私レティシア!」
千秋の言葉をさえぎるように横からぬっと割り込んだレティシアが、パフィの手を取る。
「は、はじめましてなのー…?」
さらに目を白黒させるパフィに、レティシアはわくわくした様子で話しかける。
「ねえねえ、パフィの占いってすっごくよく当たるんでしょ?!私今ね、片想いしてる人がいるの!その人との相性と、どんな風にアプローチしたらいいかとか、あとそれからラッキーカラーとラッキーアイテムとかそれかむぎゅっ」
「と・り・あ・え・ず・お・れ・た・ち・の・は・な・し・を!聞いてくれないか!」
レティシアを後ろから羽交い絞めにしながら言う千秋に、パフィとフカヤは不思議そうに首をかしげた。

「……依頼…?」
フカヤが、ゆっくりと言葉を反復する。
とりあえず、他に客のいないその酒場で、8人はテーブル席に腰を落ち着けた。正面に座っているフカヤに向かって、千秋がゆっくりと頷く。
「ああ。パフィを探して欲しい、という依頼を受けて、君たちと接触した。依頼主を悟られたくなかったのでな、俺たちも、そしてこちらのメンバーも、少々身分を偽って接触したのだ。偽っていたことについては、素直に謝ろう。すまなかった」
「そういうわけだ。昨日言ったことは嘘だ。ごめんなさい」
ピリララも素直に頭を下げる。
「お仕事の邪魔をする形になってしまい、申し訳ありませんでした。
ですが、占いを相談した内容は本当のことです。愛しの君と私の運命が再び交差するその時まで、強く生きていきます!ありがとうございました」
謝りつつもまだ感激の残る様子で、マジュール。
「…私たちも、そういう事情で身分を偽って接触をしました。申し訳ありません」
オルーカが丁寧に頭を下げ、アーラもそれに倣ってわずかに会釈する。
パフィもフカヤも、狐につままれたような顔をしている。
「ごめんって言われてもー、パフィたち別にいやなことされてないのねー。気にすることないのー」
「そうだね。それよりも、素性を偽ってまで、どうして依頼主を悟られたくなかったのか…そっちの方が気になるな。なぜ?」
フカヤが問うと、コンドルがおずおずと答える。
「そ、その依頼が…あ、あの、パールフィニアさんを見つけ出して、敵を討ちたいって、いうのなんです……で、でも、そう言ったらゼッタイ何も教えてくれないって思ったから、うそついてたんです。ご、ごめんなさい…」
「か、かたき?」
予想だにしなかった言葉に、フカヤが唖然とした表情になる。隣のパフィもそれは同じで、昨日と同様、何が起こっているかわからない、というような表情で言った。
「ぱ、パフィ、かたきを討たれるようなこと、何もしてないのー!なんで、パフィがかたきなのー?!」
「それを確かめるために、昨日、私達はあなたにお話を聞いたんですよ」
申し訳なさそうなマジュール。パフィは、はっ、と何かに気付いたように硬直した。
「まさか……まさか、パフィのこと、村を滅ぼしたって言って、敵を討とうとしてるのー?!」
「その通りだ」
千秋が頷き、パフィは腰を浮かせて身を乗り出す。
「じゃあ……じゃあ、その依頼人って、パフィの村の人……なのー…?」
おそるおそる、信じられないといった表情で問う。
冒険者たちは顔を見合わせて…少し言いにくそうに、レティシアが言った。
「……エレヴィニーア・メルス、っていうの。知ってる…人?」
「…エレヴィニーア・メルス?!」
がたん。
予想外の所から上がった声に、冒険者たちは驚いてそちらの方を見る。
椅子を倒してしまうほどの勢いで立ち上がったフカヤは、全員の視線を浴びて我に返った。
「…あ……ご、ごめん。何でもないんだ」
恥ずかしそうに椅子を起こして座ると、続けて、と促す。
「…え、えっと。それで、レヴィのことは、知ってる…の?」
「レヴィおねえちゃんはー…パフィの従姉妹、なのー…」
眉を寄せて、どこかおびえたように、パフィは言った。
「パフィのママの、妹の、娘さんなのー」
「従姉妹…といえば、血筋としてはかなり近い間柄だと思うのですが…レヴィニアさんは、パフィさんとはあまりかかわりが無かったということを仰っていたんですよ。
同世代でも本家の方と分家の方で遊んだりすることもなかったのでしょうか?」
パフィはおびえたような表情のまま、視線を泳がせた。
「レヴィおねえちゃん…あのねー……怖かった、のー」
「…怖かった?レヴィニアが、か?」
千秋の問いに、パフィはこくりと頷いた。
「ママと、レヴィおねえちゃんのおかあさん…えっと、おばさんはねー、すごく仲がよかったのー。けどー、レヴィおねえちゃんは、パフィたち家族のこと、嫌いだったみたいなのー…あんまり、話したこともないしー…たまに見かけてもー、パフィや、メリィおねえちゃんのこと、すごく睨むのー…パフィ、レヴィおねえちゃんのことは、あまりよく知らないのー…」
「そうなのか……」
ふむ、と考え込む千秋。
パフィは、皆殺しにされたと思っていた村の生き残りがいて、しかも自分を仇と狙っていることにショックを隠しきれない様子だった。うつろな瞳でうつむいて、押し黙る。
「レヴィはおまえのことを犯人だって言ってたぞ。かなりガンコにな」
ピリララが言うと、パフィはうつむいたまま瞳を潤ませた。
「…パフィ、犯人じゃないのー…レヴィおねえちゃんは、何でそんなこと言うのー…?」
「…本当にお前は、犯人ではないのだな?」
アーラが言い、パフィは悲しそうに頷いた。
ふぅ、と息をついて、千秋が続く。
「先ほども言ったように、我々は君が村1つを滅ぼした危険人物、という疑いを持って接触していた。が、こうして嘘をついていたことを謝罪し、全てを明かして君に話を聞いている。ということは、一も二もなく、君への疑いが晴れてきているのだということだと理解して欲しい」
「私達も、敵討ちなどということまでは正直言って賛成しかねるのです」
オルーカが、胸に手を当ててそれに続いた。
「誤解だというのならば、敵討ちなどという悲しい結末を回避し、双方しこりが残らないよう、すっきり出来る道を探したい。そのために協力して頂きたくて、今日はこちらに参ったのです」
「………」
パフィはまだ混乱した様子で黙っている。
心配そうに、マジュールが身を乗り出した。
「あなたが嘘を仰るとは…少なくとも私は考えていませんし、何よりあなたの占いを信じなければ私の未来はまた暗闇に…すみません、関係ありませんでしたね。
ですので、もう少し話をお聞かせくだされば、と思うのですが、よろしいでしょうか?」
「お話ー…って、いってもー……昨日話したので、全部なのー…」
覇気のない様子でパフィが言うと、横のピリララががば、と手を上げる。
「しかしだぞ。お前の父親が、お前のことを犯人だとレヴィに言ったというのだぞ」
「ぱ、パパが?!」
びっくりしてそちらを向くパフィに、あわててレティシアが横槍を入れた。
「ち、違うでしょピリララ。村長さんは、『赤竜族が村を襲った。やつらは、クリムゾンアイズを探していた。誰かがやつらをそそのかし、結界を解いて招き入れた。クリムゾンアイズを守らなければ』ってレヴィに言い残したんでしょ?」
「おお、そうか。そうだったな。それで、そのことについてのお前の意見はどうだ?」
「どう…って…言われてもー…」
パフィは再び困ったように眉を寄せた。
「昨日も言ったけどー、パフィは村に結界が張ってあったっていうことも知らなかったのー。パフィ、そのときはまだちっちゃかったから、村から出たことなんてなかったのー。パパがそう言うならー…そうなんだと思うのー…」
「レッドドラゴンが来たのは本当なのだな?」
「それは本当なのー!パフィ、あいつらが村を焼くのをこの目で見たのー!」
「近くにいた奴等なのか?今はどうしているか知らないか?」
「そんなの知らないのー!さっきも言ったのー、パフィ、それまで村から出たことなんてなかったのー。村の外がどうなってるのかも知らないし、村の人以外に会ったことなんてないのー」
「むぅ…そうかー…」
うーんと考え込むピリララ。
「そういえば、少し気になっていたことがあるのですが」
マジュールが、控えめに手を上げる。
「レヴィニアさんから聞いた話では、パフィさんの瞳は青いということでしたが…レヴィニアさん自身の瞳も青かったので、我々もそのつもりで考えていたのですが、実際には異なるのですね?
パフィさんのご家族も瞳が赤かったのですか?」
パフィは言いにくそうに表情をしかめて、答えた。
「…青かった人もいるし、赤かった人もいるのー」
「うーん…他の人が成りすましてるっていうんでもなさそうだしなあ…レヴィニアさんの勘違いかな?」
うーん、と唸ってから、リィナは質問を変えた。
「ねえ、クリムゾンアイズのことなんだけど」
リィナが言い、パフィはそちらの方を向いた。
「レヴィニアさんはね、パールフィニアさんがその、クリムゾンアイズっていうのを自分のものにするために、レッドドラゴンを使って村を襲わせたって言ってるの。そのことについて、話を聞かせて欲しいんだけど」
「クリムゾンアイズ………」
パフィの表情が引き締まる。
「パールフィニアさんの村の、秘宝なんでしょ?パールフィニアさんの村は、その秘宝を守るためにあって、村長の家系が一子相伝で守ってきたものだって。
レヴィニアさんは、パールフィニアさんが、お姉さんに受け継がれてしまうその秘宝が自分のものにならないから、秘宝を奪うためにって言ったよ。それは、本当のこと?」
パフィは、先ほどまでの悲しそうな顔から一変して、厳しい表情を作った。
「レヴィおねえちゃんがどうしてそんなこと言ったのかは知らないけど、それは、本当のことじゃないのー。パパたちが、クリムゾンアイズを守ってきたのは、本当なのー。パフィの村が、そのためにあったのも、本当のことなのー」
「どうして一子相伝で守ってきたの?」
「他の人に知られて、その力を悪用されると困るからなのー」
「どうしてレッドドラゴンが狙ってたのかな?それを奪う為に結界を破壊してレッドドラゴンを連れて来たの?」
リィナが問うと、パフィは一瞬何かを堪えるように目を閉じた。そして、すぐにまた目を開く。
「パフィは、結界を破壊してレッドドラゴンなんか連れてきてないし、レッドドラゴンの目的も知らないのー」
沈黙が落ちる。
「それで…その、クリムゾンアイズは、今どこにあるんだ」
ぼそりとアーラが言い、パフィはそちらに視線を向けた。
たっぷりの沈黙の後。
「………答えられないのー」
「答えられない……って…どうして?」
レティシアの問いに、今度はそちらに視線をやる。
「さっきも言ったのー。パフィの村は、クリムゾンアイズを守るためにあった村なのー。クリムゾンアイズのことを、他の人に知られるわけには行かないのー」
「それは…クリムゾンアイズが、お父様かお姉様からあなたに託された、という意味ですか?」
マジュールが問い、それにもパフィは首を振った。
「そうとも言えないし、違うとも言えないのー。他の人には、話せないのー」
冒険者たちは、困った様子で顔を見合わせた。
「…しかし、それではレヴィニアの疑惑を晴らせない。レヴィニアの言うように、クリムゾンアイズ欲しさに村を滅ぼしたのだと言われても仕方がないのではないか」
千秋の言葉に、パフィは困ったように目を伏せる。
オルーカが、眉を寄せてパフィに言った。
「ご事情はお察しいたしますが…こちらも事情が事情ですので。協力して頂けるならもちろんパフィさん達にもメリットはあります」
パフィがそちらを見る。オルーカは続けた。
「先ずはレヴィニアさんに命を狙われなくなるということ。
脅迫にも近い理由ですけど、どのみちレヴィニアさんに命を狙われてることに変わりはないんです。
それなら状況の分からないパフィさんとフカヤさんだけでなく、レヴィニアさん本人に接触してる私達と連携を取った方が、危険は回避しやすいと思います」
「ちょっ……」
予想外のことを言い始めるオルーカに仲間たちは驚いて彼女の方を見るが、オルーカは構わず続けた。
「もう一つは村を滅ぼされた事件の真相が分かるかもしれない。…これ以上の報酬はないと思いますけど」
にこりと笑って。
「パフィさんとフカヤさんは必ず守ります。でも危険にさらされることは覚悟してください。危険な状態なのは協力して頂いても頂かなくても一緒です。
それでも協力したくないというなら好きにして頂いて結構です。その理由は一応聞いておきたいですけど。私も勝手にします。勝手にうろついて勝手に護衛しますから」
「ちょ、ちょっと待って、オルーカ」
さすがに先走りすぎだと判断したのか、レティシアが待ったを入れる。
「私は、パフィがやってないっていうなら、パフィ本人にレヴィニアにそう言ってもらったほうがいいんじゃないかと思うの。私たちがとやかく言うよりも、本人が言うほうが説得力があると思うし。レヴィはパフィが村を滅ぼしたって思ってるから、その誤解を解いたほうがいいと思う」
「けれど、本人を会わせたところで冷静に話などできないと仰ったのはレティシアさんですよ?」
オルーカは苦笑して言った。
「私はレヴィニアさん側はもうパフィさんに気づいてるんじゃないかと思っています。
今は気づいていなくても、気づかれるのは時間の問題です。ヴィータで有名な占い師パールフィニア・セラヴィ。一人でも聞き込みをしていればすぐに行き当たる情報ですよね」
そこで、パフィのほうを向いて。
「最近身の回りで変わったことはありませんでしたか?怪しい人物を見たとか、不審な出来事が起きたことは?」
突然自分に振られ、パフィは少し驚いた様子で答えた。
「えっ……え、えっと、心当たりはないのー…」
「そうですか…ですが、パフィさんには私達が接触しているとバレないようにする必要があるかもしれませんね。
パフィさんには普段どおりの生活を続けてもらって、フカヤさんにはこっそり護衛をしてもらうのはどうでしょう。お二人には宿も変えてもらいましょう。気休め程度かもしれませんが…
私達とは定期的に連絡を取れるようにして。何かあったらすぐ連絡を下さい」
「だから、待てと言うのに」
千秋が再び制止をかける。
「まだレヴィニアの意向もわからんし、パフィの意向も決まっていない。あまり先走るな。それにそういうことは、前もって相談しておけ。俺たちがびっくりするじゃないか」
「もちろん、こういう風にしてはどうかという提案に過ぎませんよ」
堪えていない様子でにっこりと微笑むオルーカ。
「パフィさんさえその気なら、私たちはできるだけあなたの要望に応え、あなたの安全を図る気があるということをお伝えしたかったんです。
どうなさいますか?パフィさん」
オルーカに問われ、パフィは困ったように眉を寄せて黙り込んだ。
「……パフィ…クリムゾンアイズのことは、やっぱり話せないのー」
「レヴィニアさんには…お会いしたい、ですか?」
マジュールの質問にも、複雑そうな表情を見せる。
「パフィは……村の生き残りだから、会いたい、のー……でも、レヴィおねえちゃんが、パフィのことそんな風に言ってるなら…パフィ、どうしたらいいか、わからないのー…」
冒険者たちは困ったように顔を見合わせた。
確かに、憎まれている、仇と狙われてると言われて会いに行く人間はいないだろう。まして、もともとあまりいい感情を持っていないのだ。
「フカヤさんは…どう、思いますか?」
ずっと黙っていたフカヤに、オルーカが話を振る。
フカヤは一瞬ためらったように視線を逸らし、そして冒険者たちに向き合った。
「…その…エレヴィニーア・メルスという人なんだけど……」
言いにくそうに眉を顰めて。
「俺たちの年齢で言うと、20台半ばくらいの人で…パフィと同じ、白い髪、白い動物のような耳に、青い瞳で…髪の毛は長いストレート、赤い装束を…着ていた?」
きょとんとする冒険者たち。
「フカヤ…レヴィを知ってるの?」
レティシアが訊くと、フカヤは辛そうな表情で目を逸らした。
「…もし…その、エレヴィニーア・メルスという人が、俺の知っている人物なら……」
そこで区切って、目を伏せる。
ややあって、何かを決意したように目を開け、冒険者たちに告げた。

「彼女は…俺の父さんと母さんを殺した……仇、だよ」

「…デ・ピースさん?」
行く先にミケの姿を見つけ、ホームズは声をかけた。
振り向かないミケに、眉を寄せて声を高くしてもう一度呼びかける。
「デ・ピースさん!」
「あっ?!ええはい、僕のことですか?!」
あわてて振り返るミケ。
「ああ。ホームズさん。お疲れ様です」
「デ・ピースさんも、お疲れ様。今日は何を調べているの?」
「あ、あの、ホームズさん。その、できればファミリーネーム勘弁して欲しいんですけれども。ミケで結構ですから」
多少慌てた様子で言うミケに、きょとんとするホームズ。
「え。僕とそういう関係になりたいの?」
「そういう関係って、ええと信頼しあえる仲って事ですか?ええ、なりたいですよ」
笑顔で言うミケに、ホームズは微妙な笑みを見せた。
「君って…天然?」
「あなたに言われたくないです」
「ふふ、冗談だよ。でも、やっぱり親しくない人を名前で呼ぶのは抵抗があるから。ピースさん、でいいかな」
「うう…はい、わかりました…」
何かよっぽどの事情があるのか、うなだれるミケ。
ホームズは不思議そうに首を傾げると、ミケに問うた。
「ピースさんは、ここで何を?」
ミケは微妙な表情で視線を泳がせる。
「…ええ、白い髪に青い目の、白竜族の足取りを追っています。昨日、リィナさんがこのあたりで見失ったと仰っていたので」
「それって……」
白い髪に青い目、とは、レヴィニアが探しているパフィの外見そのものだ。が、同時にレヴィニアにも当てはまる。
それを言外に訴えると、ミケは苦笑した。
「…ええ…まあ…理由はあんまりないですが、せめてどこに行っていて、どこに泊まっていて、どんな調査を今までしているのか教えて欲しいのと、いざというときに連絡付けられる状態にして欲しいと…それくらい教えておいて欲しいと…僕たちを信頼しているなら、なおのことそう思うんですよ」
「なるほどね」
ふむ、と唸って、ホームズ。
「確かに、謎の多い依頼人だし…僕も、そのつてというのに会わせてと言ったら断られたしね。気持ちはわかるよ。不安だよね。ピースさんは、自分に正直なひとみたいだから…」
「あ、やっぱり態度に出てました?」
修行が足りないな、と苦笑するミケ。
「本当は、こんなことしちゃいけないってわかってるんですけどね。何か、嫌な予感がするんです。取り返しのつかないことが起こっているような…そんな予感が」
「その、つてっていうのが…どうにも気になるんだよね。メルスさんはとても信頼しているようなんだけど…その人に騙されているっていうこともあるでしょう?」
「ああ…ホームズさんも思いましたか」
わずかに眉を寄せて、ミケ。
「せめて、どんな人かわかれば…と思ったんですけど。なかなか、聞き込みというのも上手く行かないものですね。風の魔法で、昨日のこのあたりの記憶が手繰れないかやってみたんですが…思うようには行かないものです」
「そう。僕もそれとなく、宿を出たメルスさんを追ったんだけどね。やっぱり撒かれちゃって。うん、でも大丈夫だよ、ピースさん」
にこりと笑うホームズに、ミケはきょとんとした。
「こんなこともあるかと思って、僕が使役している精霊に、メルスさんにくっついて移動するように命令したんだ。メルスさんが歩く土の下に潜んでいるから絶対に見つからないし、彼女が地面に足をつけている限りはずっと足取りを終えるよ」
「そうなんですか、すごいですね。でもその場合、建物に入ってしまったら…?」
「ああ、それ以上は追えなくなるけど…建物を特定するだけでも収穫でしょ?よかったら、一緒に追う?」
「はい、ありがとうございます」
「ふふ、じゃあ行こうか……」
そう言って、身体の向きを変えたホームズは、やおらびくりと身体を震わせた。
「……ぁあっ?!」
「ど、どうしました、ホームズさん?!」
心配して駆け寄るミケに、ホームズが愕然とした表情でゆっくりと呟く。
「僕の…精霊が…!…っ、何者かに、攻撃されたみたい…」
「な、何ですって?!」
「すごいダメージだ…かろうじて存在はしてるみたいだけど…すぐに行ってみよう!」
ミケの返事も待たずに、ホームズは駆け出した。
精霊のたどった足取りを追って、路地から路地へと入り組んだ道のりを駆けていく。
「ここを曲がれば、すぐ……」
そう言って、角を曲がったその時だった。
どん。
「わぁっ」
「うわっ!」
「わひゃあっ!」
誰かにぶつかって、3人の悲鳴がこだまする。
ホームズにぶつかった誰かは、その拍子に地面にしりもちをついた様子だった。
「いたたたた……ドンとぶつかって始まるロマンスにも程があるよね、そろそろワンパターンな感じ」
うるさいですよ。
「ご、ごめんなさい、急いでいたから…大丈夫?」
ホームズが手を差し出すと、その少年はにっこりと笑ってその手を取った。
「うん、僕もごめんね、おねーさん」
14歳ほどの、ディセスの少年である。ショートカットにした黒髪、大きなオレンジ色の瞳に大きなメガネが可愛らしい。東方大陸風の風変わりな白い装束を身に纏い、上目遣いでこちらを見上げてくる。
ホームズはその視線にややたじろいだ。
「な、なに?僕の顔に何か…」
「おおっ!僕おねーさんか!んー、一人称『僕』のおねーさんは僕的に結構ポイント高いよ?ま、おねーさんは僕のベーシックな萌えからは年齢的に外れてるけどさ、ボーイッシュなおねーさんは結構好きだなー僕」
嬉しそうな顔で近寄ってくる少年に、ホームズは困ったようにあとずさった。
「あ、あの、僕ちょっと急いでるんだけど…」
が、少年は全く取り合わない様子で、興味津々にホームズの袖に手をかける。
「ねえねえ、やっぱり男の人より女の人のほうが好きだったりするの?汚らわしい男の手にかかるくらいなら私のこの手で汚して差し上げましょうとか言っちゃうの?んー大丈夫、僕そういうのには理解あるからさ?…って、あれ」
少年は何かに気付いた様子で、ホームズの顔をまじまじと見つめた。
「…な、何?」
困ったような表情のホームズに、満面の笑みをたたえて少年は言った。
「よく見たら、おねーさんじゃないんだね!なんて呼んだらいい?おねにーさま?」
「そのネタを知ってる人が一体どれだけいるんですか」
後ろからミケのツッコミが入る。すいません、実はよく知らないんです。
と、少年は今度はミケのほうに視線をやった。
「えーっ、ボーイッシュなおねーさんの次は女顔のおにーさん?!なにこの絵に描いたようなカップル。よく見たらおにーさんも萌え要素満載じゃん、童顔女顔、よく年下に間違えられるとか女に間違えられるとか、なんて基本的な萌えなんだろー!みるくちゃんあたりにパターンだわって言われちゃうよ!」
「ほっといてください」
「しかも敬語?うわ敬語!女顔で童顔だったら受っぽいけど、敬語ってことで僕はあえて攻で行きたいね!敬語攻めなんて言ったら僕じゃない誰かが僕に乗り移ってえんえん語っちゃうよ?んー大丈夫、僕腐女子萌えにも理解があるから」
「理解があっても困ります。というか、そろそろ新しい萌えポイントが欲しいんですけど、僕も」
「そこはやっぱり魔王で」
「それは萌えではなく黒歴史です」
よくわからない会話の応酬を傍から眺めながら、ホームズは微妙な表情を作っていた。
(この子………僕のこと………)
そして、ゆっくりと少年に歩み寄り、その顔を覗き込む。
「もしかして……君がメルスさんに信頼されている人?」
驚いてホームズの方を見るミケ。
少年はきょとんとした表情で首をかしげた。
「……めるすさん?人の名前?誰?」
ホームズは答えずに、少年の瞳をじっと見た。
少年はきょとんとしたままホームズの視線を受け止める。
(……気のせい…かな)
いくらなんでもこんな少年が、と首を振るホームズ。
「ごめん。僕の勘違いだったかも」
「誰か探してたの?ごめんねー、邪魔しちゃって」
あまり悪いとは思っていない様子で、少年はにこりと笑う。
「ええと、一応…このあたりで、白い髪に青い目の、白竜族の女性を見ませんでしたか?」
ミケの問いに、んー知らないなーと首を振る少年。
「そうですか…ホームズさん、精霊は?」
「あ、ああ…戻ってきてもらったよ。ちょっと休ませないと、今は何も出来ない状態みたい」
「そうですか……仕方がありませんね。今日はもう戻りましょうか」
「そう……だね」
まだ名残惜しげに辺りを見回していたが、やがてホームズもミケに続いて路地を後にした。
最後に残された少年が、あーあと肩をすくめる。
「そろそろ限界なんだけどなー。何で僕がこんなめんどくさいことしなくちゃいけないんだろ。確かにイベントもなくて暇っちゃ暇だけど。僕の妹君も人使い荒いよねー。妹萌えーとかいうのはあの子に限ってはないねー。あーのー子ーにーはー萌えない。あーあー、どっかその辺に可愛い幼女が落ちてないかなー」
ぶちぶち言いながら、少年は路地の奥へと姿を消した。

「か…かたき?!」
一番驚いた声を上げたのは、他ならぬパフィだった。
フカヤは言い難そうに、そして辛そうに彼女に答える。
「…うん。パフィには…今まで言えなかったけど。言う必要もなかったし…白竜族っていうことで、パフィに辛い思いをさせたくなかったから。まさか、本当にパフィと繋がりがあるとは思わなかったけど…」
「レヴィおねえちゃんが…フカヤの、パパとママを…?」
呆然とした表情で言葉を失くすパフィ。
「ど…どういうことなんだ?」
混乱した様子で、千秋。コンドルもそれに続く。
「れ、レヴィニアさんが、ふ、フカヤさんの、仇……?」
「よろしければ…事情をお聞かせ願えませんか…?」
努めて冷静にオルーカが問い、フカヤは頷いた。
「俺の父は、フェアルーフ北東の深い森の中にある、狼獣人だけの国の、王位継承者だったんだ」
また唐突な話に、面食らう冒険者たち。
フカヤは続けた。
「父は第一王子で…父には弟がいた。そしてその弟は、王位を強く望んでいた。逆に、王位に興味がなかった父は、愛し合っていた城付きの小間使いと共に城を出て、結婚したんだ。それが、俺の母」
淡々と、起こった出来事だけを説明していくフカヤ。
「父は王位も家族も全て捨てて、外の国で生活を始めたんだけど…父の弟…叔父は、それでも父が邪魔だったらしいんだ。自分の部下を使ったり、外の人間を雇ったりして、父と母の命を執拗に狙った。父は、それなりに腕が立つ人だったから、何とか追っ手をかわしながら、母と、俺と3人で旅を続けていたんだけど……そこに現れたのが、叔父の雇った、白竜族だった」
パフィが傍らで、悲しげな顔をしてフカヤを見つめている。
「俺はそのときまだ小さかったから、よく覚えてないんだけど…その白竜族は、とても術に長けていて…母は、俺をかばって命を落とした。父と俺は、かろうじて逃れて…その後も、何年か旅を続けたんだけど…俺が12のときに、ついにその白竜族が、俺たちの行方を掴んで、やってきたんだ」
フカヤは虚空を見つめて、ぎゅっと手を握り締めた。
「父は俺を隠して、白竜族と対峙した。彼女は、神経毒で父の手足の自由を奪い、嬲るように父を殺していった。俺はただ、隠れてそれを聞いているしかなかった…父の悲鳴が、完全に聞こえなくなるまで…」
パフィがいたたまれずに目を閉じて顔を逸らす。その話は、もうすでに聞いたことがあるようだった。
フカヤは辛そうに目を閉じて、言った。
「俺も何度か、追われているときに姿を見た…そして、彼女自身が名乗った。あの姿と、名前は…たぶん、一生忘れない。エレヴィニーア・メルス……間違えようのない、俺の、仇の名前だ」
沈黙が落ちる。
冒険者たちの表情は、すっかり困惑の色に染まっていた。
依頼人の仇を探していたら、その仇の恋人が、依頼人自身を仇だと言う。
一体、どういうことなのか。
「フカヤさんは…その、レヴィニアさんと会ったら…仇を、取りたいと…思いますか?」
恐る恐るマジュールが問うと、フカヤは目を閉じたまま首を振った。
「いいや。そのつもりはないよ」
「えっ…」
意外そうな顔をする冒険者たち。
フカヤは目を開けて、彼らに向き直った。
「父が彼女に殺されたというのは、事実に過ぎない。彼女を憎む気持ちは、ないわけではないよ。でも、それにとらわれて、父や母が俺に託した願いや、俺に与えたかった幸せを俺自身が無駄にしてしまうべきではないと思う」
「それは…その通りだと思うけど…」
心配そうに言うレティシア。
「フカヤは…それで、辛くないの?」
「どうして?」
フカヤは、ふわりと微笑んだ。
「父と母が俺に与えてくれて、命がけで守ってくれた命を、今充分に幸せに生きている。それは、辛いことではないと思うよ。大切な人もそばにいてくれる。それなのに、憎しみで心を満たして、幸せを感じないのはすごく、勿体無いことだと思う」
「フカヤ…」
パフィが、泣きたいような微笑みたいような、微妙な表情でフカヤの名を呼んだ。
フカヤはそちらに微笑みかけて、続ける。
「白竜族全てを憎む気にもなれない。まあ、パフィと一緒にいるんだから、それはわかってもらえていると思うけど」
と、そこでふっと微笑を消して、冒険者たちの方を向く。
「…君たちがこの話を信じてくれるかどうかは、君たちの自由だと思う。
…だけど…もし、君たちの依頼人が俺の言うエレヴィニーア・メルスだとしたら。
俺は、その話を信用することは出来ない。パフィと会わせるのも、気が進まない。パフィ自身が決めるなら、それに従うけど…」
言いにくそうに表情を崩してから、しかしやはりきっぱりと言う。
「エレヴィニーア・メルスを討ち取りたいという気持ちは、ない。
けれど、彼女がまだ、俺の大切な人を俺から奪おうとするなら、俺は全力で戦うつもりだよ」

再び、沈黙が落ちる。
穏やかに過ぎていく、昼下がりの時間。
小さな宿屋の、小さな酒場にひしめき合った冒険者たちは、次々と押し寄せる事実を困惑の表情で迎え入れていた。

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