忘れようと努めても
どれだけ頭の中から追い出そうとしても
ふとした拍子に思い出してしまう

何気ない風景の中に
他人の他愛のない会話の中に
夜の闇に独り目を閉じるときに
ふと物思いに沈んだときに

憎んでも仕方がないこと
怒りは自分の心を歪めるだけ
そんなことはわかっている
理屈では理解している
だからそうならないように努める

でも

癒えたはずの傷がふとした拍子に蘇る
刺さったまま抜けない棘のように
思い出したら痛み出して止まらない
感情があふれ出すのを止められない

血に染まった自分の体
耳にこびりついて離れない悲鳴とうめき声
むせ返る血の匂いと耐えがたい腐臭
そしてはっきりと蘇る、憎しみ

この感情を抱いてはいけないことなんて
そんなことはわかってるんだ

でも止められない

それが こころというものじゃないのかな

「あ、おはよーミケ」
宿屋で顔を見るなり、上機嫌でぶんぶん手を振るレティシア。
ミケはそれを見て、こちらも嬉しそうににこりと微笑んだ。
「おはようございます、レティシアさん」
「今から食事?」
「はい、それと、レヴィニアさんがいらっしゃる前に皆さんと簡単に作戦会議でもと思って」
「あ、じゃあ他の人たちも?」
「ええ、ホームズさんはご自宅に戻られたようですが、皆さんもう起きて集まっていらっしゃるようですよ」
「え、本当?!じゃあ私も早く行かなくちゃ」
起きて身だしなみを整えたばかりのレティシアは少し慌てた様子だった。そこに、ミケが安心させるように微笑みかける。
「それが、ピリララさんがどこを探してもいないんですよ。ここに宿を取ったわけでもないようですし…探しに行こうかと思っていたんですが」
「えっ、本当?じゃあ、私が探しに行ってくるよ。ミケはみんなの話を聞いてて」
「えっ、でも」
「ほら、そういうのって私がやるよりミケのほうが適任でしょ?ピリララならすぐ見つけて連れてくから。私とピリララの分も朝食注文しておいてね~」
「あっ、ちょっとレティシアさん!」
止める暇も有らばこそ。
レティシアは挨拶のときと同じ勢いで手を振って、出口の方へと駆けていった。
「…しょうがないな」
ミケはくすぐったそうに苦笑して、ダイニングへと足を向けた。

「うーん…どこいったのかしら…っていうかみんなあそこに宿取ってるのになんで取らなかったのかしら?まあ、この辺にいるはずだとは思うけど…って」
きょろきょろと辺りを見回すと、探し人は思うより簡単に見つかった。
「ちょっ……何でベンチで寝てるのよ…?」
半眼でつぶやいて、足早に駆け寄っていく。
風花亭の正面、市民の憩いに少しでも貢献するようにとの王の命で公園でもないのにしつらえられたベンチから半分ずり落ちるようにして寝こけているピリララ。毛布などはもちろんかけておらず、自慢の皮ツナギのチャックも全開。冬でないとはいえよく風邪をひかないものだ。
「…改めて見ると激烈にいかがわしい格好よね…こないだ芸人のヨーイズミ・オーが似たようなタイツ着てたけど……これ以上チャック下りちゃったら絶対ヤバいよね。自警団モノよね」
いろいろ妄想はしつつも花も恥らう18の乙女。レティシアは極力そちらを見ないようにしつつ、ピリララの肩をゆさぶった。
「ピリララ、ピーリーラーラー。朝よ~。ほら、みんなと合流して報告聞かなきゃ。私たち有益な情報手にできなかったんだし」
「んむ…」
意外にあっさりとピリララは目を覚ました。むく、と起き上がって目を2、3度瞬かせ、目の前のレティシアに向かって豪快な笑顔を見せる。
「おはようさんだ、レティ。どうしたんだ、夜這いではないから朝這いか?」
「な、なんでそうなるのよ!っていうか、何で宿で寝ないのよ?!」
「待ち合わせの場所も時間もどうせ忘れると思ってな。その場所の近くのベンチに寝ていれば忘れないし間に合うだろうと思ったんだ。どうだ、賢いだろう」
「……いや、えっと、待ち合わせは宿だから、宿で寝ればいいと思うんだけど…」
「なに、そうなのか?!そうならなぜそうと言わない!」
「言ったわよ」
「そうか…ならしかたないな」
「仕方ないんかい」
一応つっこみを入れて、しょうがないわねと肩を竦める。
「さ、急いでみんなの所に行くわよ」
「…お腹が……」
「痛いの?外でお腹出して寝てるからよ」
「すいた」
「………朝食がてら簡単に報告と作戦会議するから。ピリララの分の朝食も頼んであるから大丈夫よ」
「本当か?!レティはいいやつだな!」
嬉しそうな表情でぴょいと起き上がると、寝乱れた髪の毛がぶわっと広がる。
「あーあーあー。ちゃんとして寝ないから髪の毛がすごいことになっちゃってるじゃない。しょうがないなー、ご飯食べたら私がまとめてあげるから。早く行きましょう」
「おう!」
上機嫌のピリララを連れて、レティシアは再び風花亭のドアを開けた。

「ああんもうほら、そんなに動いたら乱れるでしょ。もうちょっと静かに食べられないの?」
早々に朝食を食べ終えたレティシアは、まだ上機嫌で食べているピリララの髪の毛を梳かしながら呆れたように言った。
「ほーはひっへほ、ほいひーはーしはははいは」
「口の中に物入れたまま喋るんじゃないの。それにこの髪も…あんな状態で寝てたらもつれて当然よ。きちんと梳かさないとダメじゃない。せっかくの綺麗な髪なのに…」
ちょっと羨ましそうに言うと、口の中の物を飲み込んだピリララが嬉しそうに笑う。
「そうだろうそうだろう!父上と同じ髪の色なのだ、とっても綺麗だろう!?私の自慢なのだ。切るのが嫌でこんなに伸びてしまったが、洗うのは面倒だしなかなか乾かないし、放っておくとばっさばさになるし…。父上と母上のサラサラヘアは努力の上にあったのだな、私も見習わなければ」
自慢がしたいのか愚痴が言いたいのか。眉を寄せて唸るピリララに、レティシアも同じ表情で頷く。
「わかるわー。私はちょっとくせっ毛だし、一本一本が太いから寝癖もよく治らないし…くうっ、ミケみたいなするするサラサラアジアンビューティーになりたいいいー!!それでそれでっ。並居る美女を抑えて優勝カップを手にするミケを、キューティー★クルンが嫉妬の眼差しで見つめるの!」
瞬時にあっちの世界へ行ってしまったレティシアは置いといて、ピリララはミケのほうを向いた。
「ミケは綺麗な髪だな、父上の次に綺麗だ。長いしサラサラだし」
むず。
「あいたたた。何するんですかピリララさん」
髪の毛を強引に引っ張られて、ミケが痛そうに眉をしかめる。
「これも努力の成果なのか。卵パックとか海草パックとかバックパックとかナップザックとかしてるのか?」
「面白くないですし、してません」
にべもなく言い放つミケを華麗にスルーして、さらに押す。
「ジップロックとかアップアップとかパックンマックンとか」
「…………」
「くうっ、ミケですが冷たい目で睨むっ!羨ましいぞこのストレートめ!」
そこで、あっちの世界のレティシアが唐突に戻ってきた。
「でしょでしょっ!私も綺麗だなっていつも思ってるの。普通にただ背中に流してないで、もっと綺麗に編み込んでアップにして頭に可愛いティアラでも乗せたら、きっと可愛いお姫様にうふふふふ」
「れ、レティシアさん?」
頬に汗を垂らしたミケの声も聞こえない。ピリララの髪を三つ編みにしながら器用に妄想の世界に浸るレティシアに、ピリララが無邪気に笑いかける。
「レティも綺麗だと思うぞ」
「やだ!急になによもう!誉めても三つ編みが編み込みになるくらいよ」
「金髪というだけで誰でも素晴らしいのだ!綺麗にしてもらうのは好きだから、よろしく頼むぞレティ」
「まかせてー、髪の毛いじるのは得意なの」
その会話にはもう入っていくのは不可能だと思ったのか、ミケはそちらの方から仲間の方へと視線を戻す。
「白竜族の占い師と、白竜族の連れがいる冒険者、それにカイさん、ですか…まあ、手がかりとしては上々ですね。レヴィニアさんにご報告して、今後の意向をお伝えしましょう」
昨日の成果を簡単にまとめてから、す、と表情をひきしめる。
「ただ…ええと、僕のほうから、提案といいますか、お願いといいますか…皆さんにお伝えしておきたいことがあるんです。レヴィニアさんには内緒で。聞いていただけますか」
ミケの突然の提案に、仲間たちはきょとんとした表情になる。
「どうぞ。君がそう言うのなら、よっぽどのことだろうしね」
柔らかな笑みを浮かべて、ホームズ。ミケはありがとうございますと頷いて、話し始めた。
「僕は、この事件…パールフィニアさんは、もしかしたら村を滅ぼしていないかもしれない…というか、滅ぼしていないんじゃないかと、今思っています」
「ど、どういうこと…ですか?」
不安げに尋ねるコンドル。
「…理由をお聞きしてよろしいですか」
冷静に尋ねるオルーカ。コンドル以外に驚いたものがいないところからすると、その可能性については頭に入れていたようだった。ピリララはよくわかっていないだけだろうが。
ミケは頷いて、話し始めた。
「まだ、疑問に思ったことをレヴィニアさんにお訊きしていないので、詳しいことはまた詰めていこうと思っていますが…
まず、『至宝を餌にレッドドラゴンに村を襲わせた』という話なのですが、実際にはどうなのかと思っています。
『村の至宝をやるから、村を襲ってくれ』と面と向かって頼むのは、多分難しいというか。
捕まって『命が惜しかったら』と言われたところで、村の中にいれば安心な訳ですし。人質でも取られない限りは、実行しないと。……自分の命は惜しいですし。
匿名の手紙で、『何月何日、結界が解けるから、村の至宝が取れそうだ』とか送ったところで、鵜呑みにして集団で襲ってくるかどうか。
レッドドラゴンを信用させる何かがある人が、内側から手引きしたということになるかな、と。そうでないなら、結界解いた後、自分も一緒に殺される可能性だってあるわけですし。
僕がその方法でおびきよせられたとしたら、確実に結界を解いたその人を『ご苦労様でした』と最初の犠牲者にするでしょうからね」
残酷なことをさらりと言って。
沈黙する一同。
「そもそも、そのような面倒なことをする必要があるのか、という疑問もありますね」
マジュールが、やはり真面目な表情で続いた。
「もしパールフィニアが秘宝を得る為に策を練ったとしても、その人物はそもそも外界をさえぎる結界の内部にいたわけですから、単に秘宝を盗み出して村から逃げ出せば済みそうな気がします。
わざわざレッドドラゴンを手引きして村を滅ぼすような、面倒なことをする必要が感じられないのです」
「秘宝を盗み出した自分に、村からの追っ手がかからないようにするため、では?」
冷静なオルーカの意見に、そちらの方を向いて続ける、
「仮にそのためだと仮定しましょう。
レッドドラゴンを思惑通りに動かす為に、至高の宝を餌としたのであれば、彼女が秘宝を手にした瞬間、レッドドラゴンは彼女にだまされていたことに気付いたはずですよね。
そうすれば、今度はパールフィニアがレッドドラゴンの一団に『裏切り者』として命を狙われることになりかねません。
特に対処しなければ、レッドドラゴンに命を狙われるリスクがある。
では、どう『対処』すればよいのか?
……秘宝の力で、村を襲ったレッドドラゴンを殲滅することではないでしょうか。
それならば、レッドドラゴンの亡骸をレヴィニアさんが目撃していないはずはありません。亡骸が消し飛ぶほどの破壊力なら、レヴィニアさんが弔ったというホワイトドラゴンの亡骸も残っていないでしょうから」
「そうですね、それは僕も考えました」
ミケが頷いて同意する。
「ですから、そうだと考えると、パールフィニアさんもすでに秘宝を狙ったレッドドラゴンの手によって殺されていて、秘宝は彼らの手に落ちている可能性もあります。あるいは、秘宝に込められた莫大な魔力は、破壊系の力を持たないもので、パールフィニアさんはその秘宝を持ってうまく逃げおおせたか…」
ミケの仮説に、マジュールが頷きながら続いた。
「あるいは…これは想像の域……あるいは妄想といってもよいかもしれませんが、秘宝の入手とレッドドラゴンの襲撃が、時系列的に逆であった可能性もあるように思うのです。
パールフィニアは、レッドドラゴンに村が襲われるのを察知して、秘宝を持ってどこかに逃げた。村の外に逃げたので、その秘宝の力でレッドドラゴンを追い払うことまではできなかった…というように」
「んー、何だかよくわからなくなってきたよ?そのパールフィニアの目的が何で、今いったいどうなっちゃってるのかな?こんがらがっちゃってよくわかんないよ」
首をひねりながら言うリィナに、ミケは笑って言った。
「そうです。よくわからないんです。それでいいんですよ」
「?どういうこと?」
ますますわからないという様子のリィナに、ミケは再び表情を引き締める。
「わかっている状況は、レヴィニアさんの村は何者かによって滅ぼされたこと。秘宝と呼ばれる代物がなくなっていたこと。かろうじて息があった方が『秘宝を餌にレッドドラゴンに村を襲わせた』と言い残したということ。村人の遺体の中にパールフィニアさんのものがなかったということ。大まかには以上です」
そこでいったん切って、意味ありげに声を低める。
「それだけの材料で、考えられる可能性は僕やマジュールさんが述べたようなものもあるわけです。もしかしたら他にもいくらでもあるかもしれない。
でも、レヴィニアさんはパールフィニアの仕業だと断定し、仇を討ちたいと100年以上も探し続けてきた。
それが、僕には疑問なんです」
再び、沈黙が落ちる。
「それって…ええと、レヴィニアが嘘をついてる、っていうこと?」
恐る恐る問うレティシア。ミケは首を振った。
「いえ。そうと断定出来る材料もまた、ありません。ただ、不可解なのは事実です」
「そうだね。僕も思っていたんだ。内側からの手引きなしには村に入ることはできなかったということと、今わの際の証言があったにしても…それだけでパールフィニアの仕業だと決め付けてしまうには、少し早計なんじゃないかなって」
ホームズも頷いて同意する。ミケは続けた。
「レヴィニアさんにはもっと詰めて訊いてみようとは思っていますが…ただ」
ふむ、と顎に手を当てて。
「それだけの材料でパールフィニアの仕業だと断定するという背景には…おそらく、村がこうなる前から、レヴィニアさんはパールフィニアさんに対してあまりいい感情を持っていなかったのではないか、と思うのです。接点はなかった、とご本人が仰っていましたが、そう考えると多少納得がいくので…と、すると」
そこで再び、仲間たちに視線を戻す。
「レヴィニアさんの言うことは、事実かもしれませんが、彼女の私情が多く混じっている。それは否めません。わからないことが多すぎるんです。
僕は、……ごめんなさい、仇を討たせて終わりという形の仕事はしないつもりです。彼女の言っていること、何か納得できないから……パールフィニアさんは探します。でも、先に少し話を聞いてみたいと思っています。だから、みなさんも、パールフィニアさんにもし出会ったとしても、いきなり攻撃したりはしないでほしいなぁと、思うのですが。どうでしょう」
「私もです。もし事件の真相が別にあって、レヴィニアさんの誤解だとするならば、彼女に仇を討たせることは全く意味がありません。私は、事件の真相を知りたいです。人探しをしつつ、少しでも事件の真相に近づくヒントを手に入れたい」
マジュールが続き、冒険者たちは顔を見合わせた。
「…そうだね…僕も納得行かないことはあるし、調べる必要もあるとは思うよ。ただ、引っかかるのは、今際のきわの村人の証言と、内側からの手引きなしには、容易に村に進入できないという2つの点。この説明がつくまでメルスさんには言わないほうがいいかもね」
ホームズが言い、オルーカがそれに続く。
「私も…敵討ちは出来れば避けたいと思っています。依頼を受けた冒険者として、依頼主に悪いとは思うのですが…その仇が見当違いのものであるなら、なおさらです。ですから、敵討ちをしなくて済む方法を考えながら、事件を解決していきたいです」
「んー…そうだね、リィナもそっちの方をよく調べてみる必要があると思うよ」
リィナも同様に頷く。
「うーむ…まあ、パールフィニアに対して過激な行動を取らない方がいい、ということには同意するがな」
千秋は少し思案顔で言った。
「が。白状しておくが、俺は仇討ち成功、めでたしめでたしで終わらせたいと思っている」
「そうですか……」
少し寂しそうに、ミケ。千秋は続けた。
「だが、万が一……そうだ、万が一、レヴィニアの恨みの対象が筋違いだったとき、パールフィニアを討っても悲劇にしかならん。そんなものは不愉快だ。
だから俺も、多少道はそれるが……始まりの109年前の事件についても調べて、本当に討つべき仇は誰なのかを確かめたい。
まあ、そう言うわけだから、俺は本当の犯人がはっきりするまではレヴィにパールフィニアを引き合わせるようなことはしないつもりだ」
千秋の言葉に、ミケは安心したように微笑んだ。
「ありがとうございます」
「なに、俺も納得の行く仕事をしたいからな」
「ぼ、ボクは…正直、よ、よくわからないので……で、でも、がんばります…」
「…俺は別に構わない」
曖昧なコンドルとアーラ。レティシアはもとよりといった様子で、ピリララもどうということはなさそうにまだ朝食を食べている。
「ピリララさん、大丈夫ですか?僕の言ったこと、わかります?」
「わからんぞ」
ものすごい勢いで即答され、がくりとうなだれるミケ。
「細かい所はよくわからんが、犯人は別人かもしれないということだろう?犯人が別人なら、敵討ちの相手はパーヴィではないということだな。敵討ちが出来ないなら、レヴィの手伝いをしたことにはならないからな。犯人を見つける必要はあるな」
「それだけわかっていれば十分です」
苦笑して、ミケ。
「さあ、そろそろレヴィニアさんの来る時間ですね。先ほども言いましたが、ここで言ったことはレヴィニアさんには伏せておくつもりです。皆さんもそれで、よろしいですね?」
ミケが仲間たちを見渡し、仲間たちは真剣な表情で頷いた。
「レヴィニアが来る前に、個人的なことで済まないがひとつ訊いておきたいことがあるんだが…」
と、唐突にそんなことを言うアーラに、仲間たちはきょとんとした表情を見せる。
アーラは構わず、話を続けた。
「一人の女性を見なかったか?下半身は蛇体でその蛇体に白い翼がついていて…上半身は俺を同じくらいの女性。髪は腰まであって茶色。目は青くて…肌の色は白。見たことがあるなら教えてほしい。…俺の、大切な親友なんだ」
沈黙が落ちる。
「………あの。アーラさん」
恐る恐る言うミケ。
「何だ」
「探す人、違いませんか?」
再び沈黙。周りに漂う空気が『全くだ』と語っている。
「これは仕事とは別だ。個人的な用件で済まないが、ずっと探しているんでね」
別段気にした様子もなくさらりと言うアーラ。これは言っても無駄だろうと察した仲間たちが、うーんと一応考えてみる。
「蛇体って…蛇っていうことですよね。蛇獣人ですか。見たことないし聞かないですねえ」
「下半身蛇のまま動き回ってたらとりあえずすごく目立つしね」
「寝ぼけてて魔法を忘れてる大魔道士だったりするのかな」
「そのネタいったい何人がわかるんだろう…」
「僕も聞いたことないなあ」
「お力になれないみたいですね、すみません」
アーラは沈鬱そうにため息をつくと、首を振った。
「いや…いい。もしかしたらと思って聞いてみただけだ」
再び漂った微妙な空気を、ピリララが元気にぶち壊す。
「パーヴィを探さなくてもいいなら私も父上を探すぞ!父上はだな、まず背が高くて」
「あーはいはいわかりましたから」
「そんな子供をあやすような目で私を見るなー!!父上は金髪で超美人でそれから」
「ほら、そろそろレヴィニアさんが来ますよ。わかりましたからわかりやすく紙にでも描いて下さい。余裕があったら探しておきますから」
「本当か!頼んだぞミケですー!」
「ですは名前じゃな……いえ、もういいです……」

「皆様、お早う御座います。昨日はお疲れ様で御座いました」
冒険者たちが座っているテーブルに訪れたレヴィニアは、薄く笑みを浮かべて会釈をした。
「おはようございます。お疲れのようですが昨夜はよく眠れましたか?」
顔色を伺って心配そうに問うオルーカに、レヴィニアは苦笑した。
「わたくしのことはお気になさらず。皆様もお疲れのことでしょうから」
オルーカは眉を寄せて首を振った。
「睡眠は生活の基本ですから、無理にでも眠られないと。…探し物の心配でもなさってるんですか?」
そのことに思い当たってから、優しく微笑みかける。
「きっと見つかりますよ。私達も手を尽くしますから」
「有難う御座います、オルーカ様」
笑顔で頭を下げるレヴィニアに、横からホームズも優しく微笑みかけた。
「いくら寿命の長い高位種族でも100年は長すぎるよ…。1人で、よく頑張ってきたと思う、えらいね」
「ホームズ様…」
レヴィニアは困惑したようにそちらを見た。ホームズは笑顔のまま、続ける。
「きっと、メルスさんを動かしたのは、家族や村人を殺されたという強い強い憎しみの気持ちだ。静かに眠れた日はなかったんじゃないかな。今だけは僕らに任せて、心穏やかな時を過ごしてくれたらいい。敵討ちを前に精根尽きていたら敵も倒せないでしょ?今はゆっくり休息の時だよ」
「…有難う御座います。ですが、わたくしもわたくしにできることは精一杯やらせていただきますわ」
笑顔で礼を述べながらも、気丈に言うレヴィニア。ホームズとオルーカは心配そうに首をかしげた。
「早速ですが、ご報告と今日のご予定をお聞きしてよろしいでしょうか?」
椅子に座り、落ち着いた様子で問うレヴィニアに、冒険者たちは一度顔を見合わせてから話し始めた。
「ええと…僕とレティシアさんとピリララさんで酒場を回りましたが、めぼしい情報は得られませんでした」
ミケが言い、レティシアとピリララがそれに頷く。
「私達も、特にこれといっては」
オルーカが言い、リィナがそれに続いた。
「あっと、でも、リィナちょっと思い出したんだけど、前に受けた依頼の依頼人がドラゴンで、この街に住んでるはずなんだ」
「まぁ、本当で御座いますか?」
レヴィニアは少し驚いた様子で言った。
「うん。カイちゃんっていうんだけどね。確かヴィーダで魔法の学校に通ってるって言ってたから、訪ねてみたらドラゴンの情報とかいろいろもらえるんじゃないかな、と思って。依頼中はずっとリィナたちと一緒に行動してたし、何かしらの協力は絶対してくれるはずだよ」
「カイさんは信用に足る方だと思いますよ」
ミケがそれに付け足すような形で言い、レティシアが笑顔で同意する。
「うん、私もそう思う。懐かしいねー、元気にしてるのかなー。久しぶりに会いたくなっちゃったなー」
「依頼人だった……ということですが…?」
レヴィニアの問いに、レティシアは頷いた。
「うん、故郷の近くにある町の幽霊騒ぎを調べて欲しい、っていう依頼だったの。元気で勝気だけど、強くて優しい子よ。レッドドラゴンなの」
「レッドドラゴン…?」
レヴィニアの眉がぴくりと動く。
レティシアはきょとんとして、首をかしげた。
「うん、そうよ。レヴィニアの村を滅ぼしたレッドドラゴンとは違う村の子じゃないのかな。一口にレッドドラゴンって言ってもいろいろいるんでしょ?」
複雑そうな顔で黙り込むレヴィニア。
「…あの。レッドドラゴンに対しての感情は、お察しします。レヴィニアさんが、レッドドラゴンは全て信用ならない、嫌いだと仰るようでしたら、僕たちも…」
「…いえ。そのあたりのことは、わきまえているつもりですわ。レッドドラゴンだからといって全てが同じわけではないということも、理解しております。それに、レッドドラゴンが虐殺しているところをこの目で見たわけではないので、正直複雑な心境です」
目を伏せて、搾り出すように言うレヴィニア。
「…皆様方が、そのレッドドラゴンを信用に足ると仰るのでしたら…それは、真実なのでしょう。それに、レッドドラゴンの情報を聞くには、同じレッドドラゴンに頼る必要もありましょうし…皆様に、お任せいたしますわ」
快く、とはお世辞にも言いがたい様子のレヴィニアに、ミケとレティシアは顔を見合わせる。
と、微妙な空気をまたもピリララが元気にぶち壊した。
「ミケはレッドドラゴンの友達がいるのか。へえー、旅をしていると色んな奴と知り合うのだな!凄いな!全員の名前も顔も覚えてるのか!ミケは頭がいいな!」
「…微妙なところを誉められてもあんまり嬉しくないです…」
「なあなあ、じゃあミケはモナの友達はいないのか!?こっちの大陸にはあまり居ないと聞くが、一人ぐらいは見かけたこともあるだろう?」
「モナ、ですか?そうですね、一人、依頼をご一緒した方はいますが」
「ああ、あの人ね」
つい最近、依頼を共にしたばかりのモナを思い出し、同じく共にしていたレティシアが頷く。
ピリララは嬉しそうに食いついてきた。
「そうなのか!どんな奴だったのだ?」
その問いに、ミケは微妙な表情をした。
「ええ、そのモナの方は……ええ、なんというか。
ギンギラギンにヘソ出しの、実は下着で遺跡内を闊歩し、顔しかないラスボスに、『肩の後ろの二本のゴボウの真ん中のスネ毛の下のロココ調の右を押せば止まる』とか言い出したり。妻がある身でありながら、幼女や猫耳メイドや、女医やナースや、男や……トカゲと一つになったりしていました……そして……誰も触れていないのに、突然船の上から飛び立ち、海の藻屑となってしまったのです……」
………沈黙。
事情を知っているリィナとマジュールも、微妙な表情をしている。
「そうそう。遺跡に潜ってうららスーツを装着してトカゲさんと掛け合い漫才をして、本職も真っ青なほどの見事なボケっぷりを披露し、そのトカゲさんのしっぽを掴んでイチローもかくやというトカゲ打法を見せつけ、14歳の女の子とともにド派手なイカだかタコだかを召還して、更にその少女とひとつになって、少女にボンテージファッションといういかがわしい格好をさせるという暴挙に出た…」
「……何なんだ、それは。…モナとか言う以前に、それはこの世界の生き物なのか…?」
非常にもっともなツッコミをするアーラ。ミケは苦笑した。
「い、いや、たぶん、きっとまともな方なんだと思いますよ?でも残念ながら彼は、そのまま海の藻屑になってしまって…」
「そうなのか……では父上のことは聞けないな……」
しゅんとうなだれるピリララに、ミケが慰めるように微笑んだ。
「いつか見つかりますよ。お名前は何と言うのですか?」
「父上の名前はおばた――」
「こほん」
イライラした様子でレヴィニアが咳払いをし、ピリララの言葉は中断された。
「……本題に戻らせていただいてよろしいでしょうか?」
「あ、はい…申し訳ありません」
申し訳なさそうに首をすくめて、ミケは口を閉ざした。
「俺のほうは魔術師ギルドに行ってみた。秘宝のこともそうだが、何か白竜族の手がかりがないかと思ってな」
千秋が淡々とそれに続く。
「白竜族の連れがいる冒険者の噂を耳にした。もっとも、人違いの可能性も十分ありえるので、確認をする必要はあるがな」
「冒険者と行動を共にしているかもしれない、ということですわね…そちらの方も、当たってみる必要がありますわね」
真剣な表情で頷くレヴィニア。
そして、最後にマジュールが続く。
「大通りのほうですが、残念ながらめぼしい情報はありませんでした。引き続き聞き込みを続けていきたいと思います。それに、今日は安息日。人出も多くなるでしょうし、いろいろな出店も出るそうです。最近、良く当たると評判の占い師も出店するようですし…そちらのほうにも行ってみようかと思っています」
「占い師…で御座いますか?」
訝しげに眉をひそめるレヴィニア。マジュールは慌てて弁解した。
「ご気分を悪くされるかもしれませんが、今は占いでも何でも、何かヒントになるものがあれば入手したいのです。
当然、当たるも八卦、当たらぬも八卦で、信憑性はあるとは限りませんが…」
「あの、マジュール様。わたくしは正直、占いなどに頼るために冒険者様方をお雇いしたのではないのですけれども……」
はっきりと不信感を表情に表して、レヴィニア。困った表情になるマジュールの横から、ホームズがさらりと口を出した。
「別に、占いをあてにしているわけじゃないよ。そこの占い師、ホワイトドラゴンらしいんだ。流れの占い師で昨日は店を出していなかったけど、今日は安息日だから店を出しているだろうって」
「ほ、ホームズさん…!」
ますます慌てるマジュールの方を向いて、不思議そうに首を傾げるホームズ。そのことはさして気に留めずに、続ける。
「だから、占いをしに行くんじゃなくて、調査に行くんだよ、安心して。もちろん、用心はするに越したことはないと思うけど」
レヴィニアはまだ不安そうに、それでも頷いた。
「そういうことで御座いましたら…よろしくお願い致します」
先ほどから微妙な空気が漂う中、ミケがまとめに入った。
「では、今日は引き続きそちらの調査に当たるということで…皆さんは、どうされますか?
僕は先ほど話が出ましたカイさんのところに行ってみようと思います。顔見知りであれば情報も引き出しやすいでしょうし、僕もカイさんに久しぶりに会いたいですし」
「あ、じゃあ私もそっちに行くわ」
当然の流れで、レティシアがそれに加わる。
「じゃあ、そっちの方は二人に任せて、リィナは別のところを自分で調べてみるね。他のところは人手が足りてそうだし、新しい情報が何か入るかもしれないし」
リィナが手を上げて言い、隣のオルーカが続く。
「では私は、千秋さんが仰ったフカヤ・オルシェさんのところに行こうと思います。魔術師ギルドに依頼料を受け取りにいらっしゃる、とのことですよね。ではそちらの方で待たせていただこうかと」
「あ、あ、あの、じゃ、じゃあ、ボクも、そっちに行きます…」
コンドルがおずおずと手をあげ、アーラが続いた。
「……俺もそちらに行こう」
「では、情報をもらっておいてなんだが、人手は足りているようなので俺はその占い師のところに行こう」
千秋が言って腕を組み、ピリララが元気に手を上げる。
「私は占い師の所に行くぞ。だって白竜族を探しているんだから、同じ竜族に聞くのが一番いいだろう!」
そちらの方に目をやり、ため息をついて。
「………こいつの押さえも必要だと思うしな」
その場にいたピリララ以外の全員の気持ちがひとつになる。
「ピ、ピリララさん、あ、あまりたくさんしゃべらないでくださいね…?」
コンドルがおずおずと言うと、ピリララはきょとんとした。
「なんでだ?私は聞き込みに行くのだぞ。しゃべらなければ聞き込みはできないぞ!」
「え、あ、その、えっと、うう……」
返答に困ったコンドルに、千秋が諦めたようにため息をついた。
「気持ちはわかるが、俺に任せろ。お前はお前の方をきちんとこなすんだぞ」
「あ、は、はい、わかりました…」
不安そうに頷いて引っ込むコンドル。
「では、私もお供いたしましょう。占い師のことは気になりますし」
マジュールが言い、ホームズもそれに続いた。
「じゃあ、僕もそっちに。大所帯になってしまうけど、よろしくね」
「では、僕とレティシアさんがカイさんのところへ、オルーカさんとコンドルさんとアーラさんが魔術師ギルドへ、千秋さん、ピリララさん、マジュールさん、ホームズさんが占い師のところ、リィナさんが別途調査を、ということで。よろしいでしょうか」
冒険者たちが頷き、レヴィニアも満足げに微笑んだ。
「では皆様、本日もよろしくお願い致します。わたくしも頑張りますわ」
「昨日も、お一人で調査をされていた、ということですよね?」
オルーカが言い、レヴィニアはそちらを向く。
「ええ。それが何か…?」
「昨日一人でどんな調査をして、どのくらい成果をあげられたのか、聞きたいのですが…」
聞かれるとは思っていなかったらしく、きょとんとするレヴィニア。それから、苦笑した。
「こちらの伝を頼って、情報を色々いただいていたのですが…正直、有用な情報は得られませんでしたわ。皆様のご活躍を期待しております」
「そう、ですか…」
もう少し詳しい話を聞きたかったのだろう。オルーカは曖昧な返事をして、そのまま口を閉ざした。
「…敵討ちをしてそれからどうするんだ?…敵が討てれば満足か…?」
沈黙が落ちたところに、アーラが唐突に問う。レヴィニアは少し眉を顰めた。
「敵を討ち、秘宝を取り返すのがわたくしの望みですと、申し上げたはずですが…?」
「…そうか。ならいい…」
再び口を閉ざすアーラ。
「…ついでに、僕も少し、訊いておきたいことがあるんですけど、いいですか?」
ミケが言い、そちらの方に顔を向けるレヴィニア。
「はい。わたくしで答えられることでしたら」
「レヴィニアさんの村を襲ったレッドドラゴンはどういう人たちで、その後どうしているのかはご存知ですか?」
「残念ですが、そちらも皆目わかっていない状態です。調べてはいるのですが…」
「そうですか…では、村が襲われたときと、村に駆けつけたときに、レヴィニアさんは何をしていたか、詳しく教えていただけますか?」
ミケの言葉に、レヴィニアは再び眉を顰めた。
「……そのようなことが、何か捜査の役に立つのですか?」
「…えーと。詳しくお話を聞いて、レヴィニアさんが気に留めていなかったことから手がかりがあるかもしれませんから。お辛いのはお察ししますが、もう一度、細かいことまでよく思い出していただけませんか?」
レヴィニアは納得いかない様子で、それでも考えながら言葉をつむぐ。
「わたくしは、村長の命で、外に使いに出ていました。ゴールドドラゴンの集落に届け物をするというものでした。戻ってみると結界は解け、辺りは無残な姿になっていました」
「その遺体の中に、レッドドラゴンのものはありましたか?」
マジュールが問いかけ、そちらにも訝しげな視線を向けるレヴィニア。
「いえ、ございませんでした」
「レッドドラゴンの姿は、見かけましたか?」
再びミケが問い、首を横に振る。
「いいえ。ですが、辺りに何がしかの気配は残っていたように感じました」
「それがレッドドラゴンであるという確証は?」
「…御座いません」
レヴィニアの瞳に、剣呑な炎が灯る。
「…ミケ様は、わたくしの言った事が偽りであると仰りたいのですか…?」
「……そのように取られることを言ったのは事実ですね。申し訳ありません。そんなつもりはありませんよ」
真剣な表情のまま答えるミケ。不穏な空気が当たりに流れる。
「結界が解けてたって言ってたな。結界を解くってどうやるんだ?村の奴なら誰にでも出来るのか?」
またも元気に空気をぶち壊しながら、ピリララ。思いがけないところから質問が飛んできて驚いた様子で、レヴィニアは答えた。
「結界と申しましても、触れた者を弾くですとか、跡形もなく燃やし尽くすようなタイプのものでは御座いませんの」
刺々しい表情は消え、手振りを加えながら淡々と説明する。
「近づいた者の感覚を狂わせ、真っ直ぐに進んでいるように錯覚させて歩く方向を歪め、村の中に近づけないようにする、というものです。わたくしたち村の者には効かないようになっており、村の者が誘導をすれば村に着くことが出来ます。ですが、その結界そのものがなくなっていましたの…わたくしは結界を解く方法を存じ上げませんが、本家の者でしたらあるいは…」
「パーヴィはそのホンケとやらのやつなのか?」
「はい。まあ、いずれはあの女も分家になるはずでしたから、知っていたかどうかはわたくしには判りかねますが…知っていても不思議ではない、とだけ申し上げます」
「その、本家と分家、ということに対して、お伺いしていいですか?」
ミケが再び言い、レヴィニアはそちらの方を向いた。
「本家というのは、村長の直系、の一族を指します。クリムゾンアイズを直接保管する家系で、一子相伝。長子がクリムゾンアイズを守ることになり、長子が相続をした時点でその兄弟は全て分家となります」
「ということは、パールフィニアさんは…」
「はい。その時点での村長の娘。長子であるメルレーニアの妹にあたります」
「なるほど……あなたがパールフィニアさんを犯人と仰るのは、彼女自身が、姉がいるためにクリムゾンアイズを自分の物に出来ない存在であるから、ですね?」
「…はい。あの女には動機があり、そしてその手段もありました。ですから、わたくしはあの女を犯人と考えたのですわ」
「宝石は赤竜族が取っていったんじゃないのか?分け前が欲しくて村を襲ったんだろう、分け前がないと怒るんじゃないのか?」
ピリララが言い、冒険者たちは目を丸くする。まあ、こう思っていることをレヴィニアには言わないでおこう、と言ったミケの言葉を、彼が覚えているはずもなかっただろうが。
レヴィニアははっきりと眉を顰め、言いにくそうに言った。
「それは…そうですが。それをはっきりさせるためにも、皆様にご助力をお願いしているのですわ」
「そうか、そうだな」
レヴィニアの言葉にあっさりと引き下がるピリララ。かと思うと、さらに質問を重ねる。
「で、赤竜族がやったってレヴィに言った奴はレヴィの知ってる奴か?」
「はい。もとより50人ほどの小さな村です。村の皆が顔見知りですわ」
「そうか、ならその言葉を信用してもよさそうだな」
うんうん、と頷くピリララ。
「秘宝については、レヴィニアさんも含め…村人たちはどのくらいご存知だったんですか?具体的にどういうもので、どこに安置されているかとか知ってたんでしょうか」
ミケがさらに質問すると、レヴィニアは眉を顰めた。
「先ほども申し上げましたとおり、クリムゾンアイズは村長の家系が一子相伝で守ってきたもの。それを受け継ぐ者にしか、その姿を見ることは出来ません。それが安置されている場所は、村長の家の中庭にございましたが…それを開けて中を見たことは、わたくしもございません。残念ながら」
「え、レヴィニアもクリムゾンアイズを見たことないの?」
驚いて問うレティシア。
「はい」
「では、見たこともない宝石をどうやってクリムゾンアイズだと判断するんですか?というか…そもそも、見たことがないのにどうして無くなっているとわかるんです?」
さらにつっこんで問うミケ。レヴィニアの瞳に、明らかな不快感が宿る。
「仲間を弔う際に…もう、村長も本家も関係なくなりましたから、安置されている場所を開けてみましたの。中には何もございませんでした。それが全てですわ」
冷たく言い放つ語調から、それを察したのだろう。ふ、とため息をつくと、ミケは頭を下げた。
「ありがとうございました。そして、不快に思わせてしまったようで申し訳ありません。この情報を手がかりに、調査を進めますね」
「……よろしくお願い致します」
レヴィニアの口調は、まだ冷えたままだった。
「なあ、レヴィ。昨日も誰か言っていたような気がするが、敵討ちに乗り気じゃない奴もいるのだよな?今は役に立っても後で邪魔になった時は、私はそいつをどうすればいい?」
また唐突に、しかもかなりの爆弾発言をするピリララにぎょっとして彼のほうを見る冒険者たち。
レヴィニアはそちらを見、そしてちらりとミケのほうを見て、また視線を戻した。
「……わたくしの依頼を遂行する気が無くなりましたら、抜けて頂いて結構ですと申し上げてあるはずです。敵として対峙するのでしたら、わたくしもそれなりのことを致しますわ」
「つまり、殺すということか?」
無遠慮に問うピリララ。レヴィニアは一瞬沈黙して、答えた。
「…お任せ致しますわ」
「わかった、私はレヴィのお手伝いさんだ。壁は砕く」
爽やかな笑顔で答えるピリララに、周りの「壁候補」たちが一斉に複雑な表情をする。
微妙な空気のまま、作戦会議はひとまずお開きとなった。

「予知?」
唐突に飛び出た言葉に、千秋は眉を顰めた。
風花亭から大通りに出て、中央公園に行く道すがら。
言葉を発した本人…ホームズは、どうということもなくにこりと笑って頷く。
「そう。今朝、予知をしてみたんだよね。占い師を訪ねてみようと決めた時から、予知者の勘がひしひしと僕になにか訴えてきていたから」
「………」
コメントに困って口をつぐむ千秋。普通ならこんなことを臆面もなく口にする時点でかなり電波すれすれなのだろうが、本当に何の飾りもてらいもなく普通にそう言うところからすると、彼女には本当に予知能力があるのだろう。
ホームズは続けた。
「そうしたら、占い師行きを志願する人の顔と、小畑さんの行動がまず見えてきて」
「お、私のことが見えたのか!これから占い師の所に行くのに、桃色の方が占い師みたいだな!かっこいいぞ!」
「も、桃色って、僕の事?」
ピリララの勢いに少し押されたように、ホームズ。しかし、すぐ気を取り直して、ピリララに優しく微笑みかける。
「それで、その予知なんだけど、ふふ、小畑さんが占い師に『占いに来たんじゃないなら帰れ』て言われるところが見えたんだよね」
「そうか、桃色はすごいな」
内容はともかく、予知ということにひたすら感心しているピリララ。ホームズは子供に向かって諭すように、ピリララの顔を覗き込んだ。
「占い師さんに失礼なことしたらダメだよ、小畑さん。たとえば、いきなり質問をしたり、大声をだしたり、向こうも商売をしているんだから、ね。相手の人に悪い印象を与えちゃダメ。まずは様子をみよう」
「わかったぞ桃色!覚えていれば覚えておく」
「………」
ひょっとしたら自分は途方もなく無駄なことをしたのかもしれない、と複雑な表情をするホームズ。
「それで…その占い師なのですが」
話が済んだところで、マジュールが言う。
「実際に発見したら、まずはその他の何かを占ってもらいに来た客のふりをして近づき、その占いの精度などを見極めてから、それに見合った質問をしていくべきだと思います」
「占いの精度、か?」
千秋が言い、マジュールは頷いた。
「もし占い師がターゲット本人だったとして、相手に対して一切合財話すことはできませんよね。逃げられる可能性もありますし、……最悪の場合、街の一般の方々に危害が及ぶかもしれません」
「そうだね。相手は強大な力を秘めた秘宝を奪うために街を滅ぼした人物…かもしれないんだから」
真剣な表情で同意するホームズ。
マジュールは続けた。
「『占いの精度』というのは…馬鹿げた発想かもしれませんが…。
占い師の占いが、なんとなく相手の運命がわかるだけではなく、例えば相手のことを見透かす能力や魔法の類にあたるものだったりすると、こちらが相手に情報を隠しても、相手は私達の真意を悟ってしまうかもしれない。
相手に与える情報量をこちらで調整する為にも、念のため占いによってどこまでの情報がわかるのか、確認しておきたいと思います」
「なるほど、な。しかし、精度を見てもらうといってもな…何か、占ってもらうことでもあるのか?」
「はい。私にはあります」
「そうか。ではそちらはマジュールに任せる。それで、もしその占いによってパールフィニア・セラヴィの居場所が判ったり、あるいは…これはまずないと思うが、その占い師本人がパールフィニア・セラヴィであった場合だ。ミケも言っていたように、まず事実関係の確認をしたい。レヴィニアの依頼のことは伏せておく必要があると思う。それはいいだろうか」
千秋の提案に、神妙な表情で頷くホームズとマジュール。
千秋は続けた。
「そこで、俺は『ナノクニからの密偵』だということにして、接触をしたい」
「密偵?」
予想しなかった言葉に驚くホームズ。
「ああ。100年前の事件のことを調査しているナノクニの密偵だ、と名乗って接触し、本人から事件のことを聞きだす。密偵と、それに雇われた冒険者、ということにして話を進めたいと思うんだ。
パールフィニアがレヴィニアの言う通りの人物だったならば、その通りに対応すればいい。が、もし事実がレヴィニアの言うことと違っていたならば、レヴィニアのことは伏せて本人に話を聞く必要がある。そういう設定にしたいと思うのだが、どうだろうか」
「いいと思います」
心なしか高揚した表情で、マジュール。
「ナノクニの密偵、ということでしたら、どう見てもナノクニの人間でない私たちはそれに雇われた冒険者、ということになりますね。私たちはあくまでも捜査協力を依頼された冒険者、ということにして、質問のメインは千秋さんにしていただいた方がいいかもしれません」
「…そうだね。あまり捜査内容をぺらぺら話す密偵はどうかと思うし。僕もそれでいいと思うよ」
ホームズも頷き、千秋はよし、と表情を引き締めた。
「では、マジュールがまず占いをしてもらい、それで精度を見てパールフィニア・セラヴィの事を訊く。それでいいな?」
「わかりました」
「わかったよ」
「ピリララもいいか?」
「いいと思うぞ!」
元気に返事をするピリララに多少釈然としないものを感じつつ、では、と改めて中央公園の方を向く。
安息日だけあって、大勢の人が集まっているのが見えた。

「ずいぶん、人気みたいだね……」
問題の占い師は、噴水の傍にある大きな木の下に青いテントを張っていた。入り口からは、主に若い女性が長い列を作っている。列が動くたびにテントから出てくる者たちは皆一様に幸せそうな表情をしていた。
「評判というのは本当のようですね。これは、期待できるかもしれません」
感心したように、マジュール。冒険者たちは言葉少なに、列が短くなって自分たちの順番が来るのを待った。
「ありがとうございました!」
テントの中の人物に嬉しそうに礼を言って出て行く少女。次はいよいよ冒険者たちの番だった。
マジュールを先頭に、連れ立ってテントの中に入っていく冒険者たち。大柄なマジュールだけでも割と圧迫感がある上、3人も余分に入ってしまってはかなりテントの中は狭く感じた。
入るとすぐに、声がかかる。
「いらっしゃいませー、なのー」
高くて可愛らしい、少し間延びした印象のある声。
「あ…あなたが…占い師さん……ですか?」
少し唖然としたように、先頭のマジュールが言う。
「はいなのー。見失った道を照らすのがお仕事なのねー。あなたのお悩みのアドバイスをさせてもらうのー」
はたり。
足元に伸びた、ふわふわの白い尻尾が言葉に合わせて動く。
竜というよりは動物のような、純白の毛並みに覆われた尻尾。顔の両側から伸びる、同じく毛に覆われた長い耳。年のころは10代後半といった所か。乳白色の癖のある髪の毛を二つにまとめて縛り、幼い顔立ちには大きな赤い瞳が白い肌と対照的に優しげな光を放っている。テントの色と同じ青い占い装束に身を包み、中央に置かれた小さな机の向こうにちょこんと座っていた。
可愛らしい、と形容するのが一番しっくり来るその少女は、にこりと笑ったあとに不思議そうに首をかしげた。
「どの人がお客さんなのー?」
「あっ……あの、私、です……」
おずおずと進み出るマジュール。占い師はきょとんとして、言った。
「うしろの人たちは、なんなのー?」
「あ、えっと…」
「付き添いだ」
にべもなく千秋が言って、はい、そうなんですと続けるマジュール。占い師はなおも不思議そうに言った。
「お悩み相談するの、聞かれてもいいのー?他の人たちは、お外で待っててもらってた方がいいと思うのー」
もっともな話である。悩み相談をするのに付き添いを連れてくるなど聞いたこともない。
マジュールは困った様子で、それでも言った。
「あの…信頼の置ける方々ですから。私は構いません…」
「そうなのー?それじゃあ、その椅子に座るのねー」
首をかしげながらも強要するつもりはないらしく、占い師は自分の正面の椅子を指し示した。
マジュールはのそっと歩み出てそれに座ると、肩を落として話し始めた。
「私の最愛の女性と、離れ離れになってしまいました。
彼女にも彼女の考えがあって、私の元から離れて行ってしまったのかもしれませんが…彼女が、今無事で暮らしているかどうか、それだけでも知りたいのです。
どこかで病気になったり、苦労をしていたり……もしかすると、戻りたくても戻れない理由があったりしないだろうか…心配で…」
ううっ、と嗚咽混じりに語るマジュールを、労りの表情で見つめる占い師。
「それは、大変だったのねー。じゃあ、見てあげるのねー」
「よっ…よろしくお願いします…」
言ってマジュールが顔を上げると、占い師は目を閉じて机の上に手をかざしている所だった。
大きな紅い瞳を神妙に閉じて、両の手のひらを机の上に束ねて置かれているカードの上にかざす。
ふ、と息を吐き、額を飾るアメジストのサークレットがきらりと光ると、ふわ、と手も触れないのにカードが浮き上がり、宙を舞った。
「おおおおっ!?カードが浮いてるぞ?!」
「しっ」
興奮した様子のピリララをホームズが短くなだめる。占い師はそれは気にならない様子で、目を閉じたままカードに気を集中しているようだった。
カードはしばらく机の上を無軌道にくるくると舞っていたが、やがてふわりと机の上に舞い降り、複雑な陣を描いて着地する。
占い師は息を吐いて目を開けると、奥の方から一枚一枚、カードをめくり始めた。タロットカードというのだろうか。この世界の神々が描かれているカードが顔を出していく。
「FALSE」…風の神のカード。マジュールから見て逆さまになっているので、占い師から見れば元の向きになっている。正位置、と言っただろうか。「THOTHO」死の神のカード。これは占い師から見れば逆さの向き。確か、逆位置と言ったはずだ。。「DIESH」大地の女神のカード。正位置。
「んー……彼女さんはー、今結構大変な状況にあるみたいなのねー。次々と苦難が訪れていて、大変みたいなのー」
「ほ、本当ですか…?!」
思わず身を乗り出すマジュール。占い師はカードをもう一枚めくってから、にこりと彼に微笑みかけた。
「でも、大丈夫なのねー。彼女さんの運命は、好転の兆しが出ているのー。彼女さんはー、お兄さんとまた一緒になれるように、今一生懸命がんばってる所なのー。だから、安心して待ってるといいのねー」
「は、はい……!ありがとうございます…!」
目に涙を浮かべて頷きながら、マジュールはしきりに礼を言った。
占い師は微笑んだまま、励ますようにマジュールの手を取った。
「お兄さんはー、彼女さんが帰ってくるときのために、お兄さんの運命を精一杯がんばると良いのねー。大丈夫なのー、彼女さんとお兄さんの運命はこの先重なってるからー」
「はい…はい…!ありがとうございます、勇気づけられました…!」
「ちょっと待った、おい、白黒!」
感動的な場面に、うしろから鋭い声がかかる。
「ぴ、ピリララさん?」
ピリララは腕組みをして、むぅ、と唸った。
「お前、それじゃあこの占い師の腕試しにならないじゃないか!白黒の彼女が今どうなってるのか、白黒は知らないのだろう?この占い師が適当なこと言ってるだけかもしれないじゃないか!」
「お、小畑さん!」
あれほど言ったのに、と慌てて叱咤するホームズ。まあ、ピリララが半刻前に言ったことを覚えている道理もないのだが。
「腕試しー?」
占い師はきょとんとして、それからむぅ、と口を尖らせた。
「道を見失った人のお手伝いをするために占いをするのー。占いをしに来たんじゃないなら、帰るのねー」
予知の内容とそっくり同じセリフが吐かれ、はぁ、とため息をつくホームズ。ピリララはのしのしと占い師に近づくと、言い放った。
「占いの腕が確かなら運命を託せる。そうでないやつに託す運命も払う金もないぞ!お前が本当に腕のいい占い師だと言うなら、私が出す問題に答えてみろ!」
すでに腕試しの域を超えているような気がする。
占い師ははぁ、とため息をつくと、半眼でピリララを睨んだ。
「…しょうがないのねー。当ててあげるのー」
す、と机の上に手を差し出すと、並べられていたカードがジャッという音と共に一斉にその手のひらに集まる。占い師は静かにそれを机の上に置き、もう一度ピリララに目をやって、言ってみろ、と無言で語る。
「私がどこから来たかわかるか?」
腰に手を当てて、どうだ、と言わんばかりに得意げな表情を作るピリララ。
占い師は目を閉じると、再びカードの上に手をかざした。すると、束ねられたカードの中から、すい、と二枚のカードが飛び出る。
占い師はゆっくりと目を開けて、カードをめくった。「MINU=TIMISS」時間神。正位置。「GALDASS」火の神。逆位置。
「…あるべき運命を捻じ曲げてくっつけた拍子に放り出された…遥か遥か先。ここではない所。でもここである所」
「おお!当たりだ!すごいぞ!」
ピリララは素直に歓声を上げる。曖昧な答えに、眉を顰めて顔を見合わせる冒険者たち。
「それじゃあ判らないよ…僕も問題を出して構わないかな?」
ホームズがいたずらっぽい笑みを浮かべて前に出る。占い師は無言でそちらを見た。それを了承と取ったホームズは、彼女に歩み寄り、耳元でこそりと何かを囁く。
「…そんなことでいいのー?」
「うん、当ててみて?」
不可解そうな占い師に、にこりと微笑んで、ホームズが答える。占い師は首をかしげて、もう一度ピリララのときと同じようにカードの上に手をかざした。
「THOTHO」死の神。正位置。「MINU=TIMISS」時間神。逆位置。
「……どちらでもあり……ううん。どちらでもない、のねー…」
いまいち自分でも結果が信じられない様子で、占い師。ホームズは満足げに頷くと、仲間たちに言った。
「うん、正解。この占い師の腕は確かだね」
「そ、それでいいのか?」
訳がわからないといったように千秋が言うと、ホームズは満面の笑みを浮かべて頷いた。
「うん。これでいいの」
「そうか!疑って悪かったな、白竜族!じゃあ早速だが父上の居場所を占ってくれ!父上は”今”は27とか、28歳ぐらいだと思う。私と同じ髪の色で、目は赤と金色だ。とっても綺麗な人なんだぞ!スリーサイズはな…」
「あー、こいつのことは気にしなくていい」
とたんに身を乗り出して騒ぐピリララを押さえつけて、千秋が前に出た。
「試すようなことをして済まない。俺たちの目的のために、腕前を見ておきたかったんだ」
「…お兄さんのお悩みを晴らすお手伝いが出来るなら、構わないのねー。でも、こんなことは他の占い師にはしちゃダメなのー」
まだ不機嫌そうな表情で、占い師。千秋は苦笑した。
「済まないと思っている。だがこちらも、おいそれと人に話せる内容でもなければ、占い師にも頼りたいほど情報が少なくてね。お前が白竜族だという点でも、協力を願いたいんだ」
「白竜族ー?」
占い師は少し驚いたようだった。千秋はゆっくりと頷いて、続けた。
「白竜族の女性を探している。占いで居場所を見つけてもらうのが一番良いのだが、もしお前が何かを知っていたら、情報を聞かせて欲しい」
「人探し、なのー?」
占い師が首をかしげ、千秋が頷く。
「ああ。パールフィニア・セラヴィという名の女性だ。何か、心当たりはないか」
占い師の紅い瞳が、今度こそ本当に大きく見開かれた。
答えが返ってこないことに、首を傾げる千秋。
「…何か、知っているのか?」
占い師は驚きの表情のまま、ぼんやりと口を開いた。
「パフィに、何か御用なのー?」
「なに?」
千秋が問い返すと、占い師は再び、にっこりとやわらかい笑みを浮かべた。
「パフィのお名前、パールフィニア・セラヴィっていうのねー。パフィ、って呼んでなのー」

「どこに行くんだろう…っていうか、昨日もどこに行ってたんだろうなぁ、考えると」
大通りを歩きながら、リィナは小さくつぶやいた。
彼女は今、ある人物の後ろを適度な距離を置いてついて歩いている。要するに、尾行である。
「ミケちゃんに言われてみると、そうだよね。レヴィニアさんって謎な部分も多いし。今朝だって…」
と、今朝のことを思い起こす。

「レヴィニアさんは今日のご予定は?また調査に行くの?」
リィナの問いに、レヴィニアは艶然と微笑んだ。
「はい。わたくしも引き続き、つてを辿って調査を行いますわ」
「リィナも一緒に行こうか?」
「いえ、リィナ様はリィナ様で、調査をお続け下さいまし。わたくしの方の人手は足りておりますので」
「そう?」
「では、万一のときの連絡手段として、ポチをお連れ下さい」
横からミケが言い出し、きょとんとしてそちらを見るレヴィニア。
「ポチ?」
問い返すと、ミケは笑顔で肩に乗っている猫を撫でる。
「はい。僕の使い魔で、僕と感覚を共有することが出来るんです。レヴィニアさんに何かあったら、すぐに駆けつけることが出来ますし」
「でも、それではミケ様が御不自由なさるのでは御座いませんか?」
「僕のことは気にしないで下さい。その方が僕も安心できますし」
笑顔で応酬するミケとレヴィニア。その間に言い知れぬ緊張感が漂っている気がして、リィナは少したじろいだ。
「…やはり、連れて行くのは不必要と思われますわ。どうぞ、ミケ様の御調査のお役に立てて下さいまし」
「…そうですか。わかりました」
ミケは存外にあっさり引き下がると、レティシアと共に宿を出て行った。

「ポチちゃんを連れて行きたがらなかったのだって、ポチちゃんに見られたら困るやばいことやってるからかもしれないし…『つて』ってのが何だかもわかんないし。レヴィニアさんって怪しいところ多いよね!」
自分で言っているうちにヒートアップしたらしく、うんうん自分で頷きながら一人で自分の言葉に納得するリィナ。
「というわけで、レヴィニアさんが信頼出来るか調査するための尾行なんだから、これは悪いことじゃないよね、うんうん」
誰も訊いていないのに理屈をつけて、満足そうな笑みを浮かべる。
と、それを聞いていたというわけでもなかろうが、大通りを歩いていたレヴィニアが不意に向きを変え、横道に入っていく。リィナは慌ててそれを追った。
曲がっていった角まで行って、さりげなく入って行った通りを見やる。レヴィニアの後姿が見え、ほっとしたようにリィナはそのあとに続いた。
と。
どんっ。
「きゃっ」
「うわ」
角に入ったとたん誰かにぶつかって、リィナはたたらを踏んだ。
「ご、ごめん大丈夫?!」
と、ぶつかった相手を見れば、まだ15歳ほどの少年。ディセスなのだろう、褐色肌に尖った耳、ショートカットにされた黒髪。大きなオレンジ色の瞳にはこれまたレンズの大きな眼鏡。リュウアン風の装束がどこかの誰かを髣髴とさせる。
「あはっ、ごめんねおねーさん。曲がり角でドンとぶつかって始まるロマンス、みたいな?お約束だよねー」
少年は特に気にした風もなくけらけらと笑った。リィナは相手に怪我がなかったことにほっとしつつ、レヴィニアが向かった方を見やる。幸運なことにレヴィニアはこちらには気付かず、まだ姿も確認することが出来た。
「ううん、リィナもごめんね。よそ見してて。それじゃあね」
と、早速あとをつけようと足を踏み出すと。
「いいけどおねーさん、そのまんま行くと結構大変なことになったりしない?」
「え?ってきゃー!」
少年の指差した方に目をやると、リィナが着ている服のお腹辺りにべっとりと、少年が持っていたソフトクリームがこびりついている。
「あはは、ごめんねー、僕もいきなりで避けられなくってさ。でもよかったじゃん、もーちょっと上だったら結構大変なことになってたかもよー。おねーさんちょいロリ元気娘路線っぽいからなぁ、僕的マイブームはやっぱツンデレなんだけど、ツンデレも最近あっちこっちで氾濫しまくっててちょっと食傷気味なのは否めないよね。ていうかホントごめーん、洗濯するからさ、脱いで脱いで?」
いきなりジャケットのボタンを外そうとする少年を、リィナは慌てて止めた。
「ええっ?!い、いいよ、リィナ自分で出来るから!」
「えー?いいよそんな遠慮しなくて。あ、大丈夫大丈夫、僕専門はロリだけどおねーさんはちょっとストライクゾーン外れちゃってるからそんなに心配しなくていーよ。あ、おねーさんに魅力がないとかそういうこと言ってるんじゃないんだよ?おねーさんは元気っ娘路線の魅力には溢れてると思うけど、ほら、心の琴線に引っかかんないとかそんな感じ?判ってくれるかなあ。僕もわざとらしくソフトクリーム持ってエロショタ属性をアピールしてみたんだけど、世の中にはマッチョ萌えとかショタお断りとかいろんな属性の人がいるわけじゃん。僕はメガネ萌えの条件は満たしてると思うんだけど、やっぱ世の中は厳しいよねー」
「えええええと!!リィナ、本当に大丈夫だから!気にしないで!ってきゃー!」
あわあわと少年の相手をしながら、レヴィニアを見失ったことに気がついて悲鳴を上げるリィナ。
「どうしたのおねーさん。あ、ひょっとして急いでた?」
「う、ううん、そんなことないけど…ああもーっ、ごめんねボク、リィナ急いでるから!アイスのことは気にしないでね!それじゃ!」
リィナは慌てて、先ほど最後にレヴィニアを見かけたほうへと走っていく。
少年はそれを無言で見送って、残りのソフトクリームをぺろりと舐めた。
「…ま、器用にやり通すのは難しいよね。どーせヒマだし、手伝いくらいはするけどさー」

レヴィニアは、結局見つからなかった。

「ふ、フカヤ・オルシェさん……き、来ませんね…」
そわそわと落ち着かない様子のコンドルに、アーラが目を閉じたまま言う。
「…開館と同時に入ったんだ。すれ違うことはあるまい。おとなしく待っていろ」
「あ…は、はい…」
にべもなく言われ、しゅんとうなだれるコンドル。オルーカが苦笑してフォローを入れた。
「まあまあ。何もせずにただ待っているだけというのは、気疲れのするものですよね。
ましてやこのような、砂漠に落ちた砂金を探すような、手がかりの少ない依頼では…正直、奇跡を起こさない限り、敵討ちはおろか、秘宝を取り返すことも難しいと私も思います」
「そ、そうですよね…じ、事件が起こってから、時間が経ちすぎていますし…」
「ふふ、愚痴になってしまいましたけれど。それでも絶対に見つからないとは思いませんよ。
それに…」
「…それに?」
アーラが続きを促すと、オルーカはそちらの方を見た。
「レヴィニアさんはまだ私達に話していないことがあります。昨日、私達と行動を共にしていない間、何をしていたのか。
彼女は何か掴んでいるんじゃないでしょうか。それこそ相手がヴィーダにいるという、確固たる情報を。…なんて、全くの私のカンですけどね」
「お、オルーカさんも、レヴィニアさんが嘘をついてるって、お、思うんですか…?」
心配そうに見上げるコンドルに、苦笑を返す。
「そうではありませんが…まあ、見えていない部分があるのは確かです。もうしばらくはこのまま、様子を見る必要がありますね…」
オルーカの答えに、コンドルは悲しそうにうつむいた。
「そ、それはわかりますけど……でも、ボクはレヴィニアさんの辛さがわかるから……で、できるだけがんばります…」
「それでいいと思いますよ。コンドルさんはお優しい方ですね」
オルーカがにこりと微笑みかけ、コンドルは複雑そうに笑みを返す。
と。
「護衛の依頼を受けた、フカヤ・オルシェですが」
という声が背後から聞こえ、3人は一斉にそちらを見た。
カウンターの前に立っている、背の高い男。後姿なので顔は見て取れない。
カウンターの受付嬢は笑顔で彼を取り次いだ。
「はい、伺っております。こちらが報酬になります。またお願いしますねー」
営業スマイルに軽く会釈をすると、男性は報酬を道具袋に入れてこちらを振り返った。
「失礼ですが、あなたがフカヤ・オルシェさんですか?」
そこを狙ってオルーカが声をかけ、彼は驚いて立ち止まる。
「……はい、そうだけど…?」
男性……というよりは、まだ少年の幼さを残す顔立ちをしている。背は高いが、おそらく年齢は18歳そこそこといった所だろう。短く刈られたブルーグレーの髪から覗く、動物のような茶色い耳。おそらく獣人なのだろう。背中には背丈ほどもある大剣を背負っているが、つけている防具は最低限の身軽なものだ。ピーコックブルーの瞳には、幼い顔立ちにそぐわない落ち着いた光が宿っている。
オルーカはにこりと微笑むと、言った。
「突然申し訳ありません。私はオルーカと申します。こちらの方はコンドルさんとアーラさんです」
オルーカの自己紹介に合わせ、軽く礼をする二人。
「私達は、地方の伝承儀式や宝物に興味がありまして、サークルを作って調べているんです」
いきなりそんなことを言うオルーカに、アーラとコンドルが驚いてそちらを見る。
オルーカはそちらのことは気に留めず、続けた。
「今調べているのは、白竜族に神がもたらしたとされている宝石『クリムゾンアイズ』なのですが…ご存知ですか?」
フカヤはきょとんとした表情で、頭を掻いた。
「いや…ちょっと、心当たりはないなぁ。そもそも、何で俺にそんなことを?」
「実は、調べているうちに、白竜族のとある方がそれを持っている、というところまで突き止めたのです。それで、その方を追って聞き込みをしていましたら、こちらで依頼を受けた方が白竜族の方を連れていらしたということで、よろしければお話を伺いたいと思い、お待ちしていたんです」
「ああ、なるほどね」
フカヤは得心がいった様子で、気さくに微笑んだ。
「じゃあ、俺を待っててくれたんだ。だけどごめん、残念ながら、今日はその白竜族の連れはいないんだ。今別口の仕事でね…夕方くらいになるんじゃないかなと思う。それからでよければ案内するし、俺が訊けることだったら連れに訊いておくけど」
「あ、あの」
コンドルがおずおずとフカヤに向かって言った。
「そ、その白竜族の方は、パールフィニア・セラヴィさんというんです…お、お連れの方が、ご存知だったりはしないでしょうか…?」
「え、君たち、パフィを探してたの?」
驚いて言ったフカヤの言葉に、3人もまた驚く。
「パフィ…?」
「うん。パールフィニアの愛称がパフィだよ。彼女は俺の連れだ。偶然ってあるものだね」
笑顔で言ったフカヤに、顔を見合わせる3人。
「本当に…こんな偶然があるなんて。名前だけで人を探すなんて不可能に近いと今朝がたまで思っていたものですから。嬉しいです」
オルーカが喜色に頬を染めて言った。
「しかし……パールフィニア・セラヴィは今はいないのだろう」
無愛想にアーラが言い、コンドルがそれに続く。
「あ、あの、待たせてもらってもいいですけど、えっと、フカヤ・オルシェさんからだけでも、お話を聞けたら…と、お、思うんですが…」
フカヤはそちらにもにこりと笑みを投げた。
「俺のことはフカヤでいいよ。コンドルと、オルーカと、えっと…アーラ、だったっけ?
ここだと何だから、向かいの店にでも入ろうか」
「判りました」
オルーカが頷いて、じゃあ早速、とフカヤは先にギルドを出る。
それを見届けて、アーラがオルーカに非難のまなざしを投げた。
「……どういうつもりだ。聞き込みをするんじゃないのか」
「はい。でも、初めからレヴィニアさんの話を出したりしたら警戒されるだろうと思いまして、こう偽ることにしたんです。上手く行きましたでしょう?」
「…確かにな…だが、こういうことはあらかじめ言っておけ…話を合わせ辛い」
「それもそうですね。申し訳ありません」
「……まあいい。目的の情報さえ聞ければな……」
アーラは嘆息して、フカヤの後を追う。オルーカは苦笑して、コンドルを連れてそれに続いた。

「えっと、パフィがその、クリムゾンアイズっていう宝石を持ってる、っていう話だったよね」
ギルドの向かいの店で注文をした後、改めてフカヤが話を切り出した。
「…そうだ。その力や伝承のことを詳しく聞きたい」
アーラが言い、フカヤは眉を寄せた。
「それが、俺、パフィがそんな宝石を持ってるなんて、知らないんだよ。話も聞いたことないし」
「持っていない…?」
オルーカが眉を寄せて問い返す。フカヤは頷いた。
「うん。パフィと旅をするようになって…えっと…もう1年半くらいになるかな。ずっと一緒に旅をしていたけど、そんな宝石見たことないし、パフィがそのことを話しているのも聞いたことないよ。だから、おかしいなと思って。その、パフィが宝石を持っている、っていう情報は、どこから手に入れたの?」
フカヤの問いに、答えに詰まる3人。
オルーカがやや逡巡して、答えた。
「…他の白竜族の方から聞きました。それ自体が曖昧な情報だったのですが…これは、パフィさんにお会いしてお話を聞いたほうがいいかもしれませんね。彼女は今、どちらに?お仕事と仰っていましたね?」
「うん。パフィは本業は占い師でね。旅をしているからそれなりに冒険者としての知識も力もあるし、俺の仕事に付き合ってくれることもあるけど、仕事がないときは彼女は彼女で占いの店を出してるんだ。今日は、中央公園に行くって言ってたよ」
「中央公園に?」
少し驚くオルーカ。では、中央公園の占い師というのもパールフィニア本人だったということか。ここまで偶然が重なるのは偶然なのだろうか?
「…そうですか…ではいずれ、パフィさんともお話をさせていただきたいですね。
フカヤさんは…パフィさんと一緒に旅をされて1年半と仰っていましたが…二人きりで旅をされているんですか?」
「うん、そうだね。パフィと出会うまでは俺は一人で旅をしてたんだけど、出会ってからはずっと二人で旅をしているよ」
「ご一緒に旅をされる…仲間、というだけのご関係ですか?」
持って回った言い回しをするオルーカにフカヤは少しきょとんとし、それからやわらかい笑みを見せた。
「…彼女は、俺の大切な人だよ」
「…恋人、ということか?」
ずばりと言い換えるアーラの方を向いて、ゆっくり頷く。
「そういうことになるかな」
「そう…ですか」
つぶやいて、少し考えるオルーカ。
「どっちにしろ、夕方までもう少しあるかな。俺が答えられることは少なそうだし…パフィに直接会ってもらった方がいいかもしれないね。
俺達はこの先の、陽気な海猫亭っていう小さな宿屋にいるから。ストゥルーの刻になれば、パフィも帰ってきてると思うよ」
「わかりました。ありがとうございます」
笑顔で言うフカヤに、オルーカも笑顔で礼を言った。

「あ、本当にミケとレティシアだ」
フェアルーフ王立魔道士養成学校。
その寮を訪れたミケとレティシアは、呼び出しに応じ寮の入り口から顔を出したカイに手を振った。
「久しぶりー、元気だった?」
嬉しそうに微笑みながら歩いてくるカイ。年のころは16歳ほど、赤茶けた髪をショートカットにし、同じ色の勝気そうな瞳に身軽そうな赤い服がどこか少年のような印象を与える少女である。
「カイ!久しぶりー。元気そうね」
嬉しそうにカイに駆け寄るレティシア。その後ろから、落ち着いた足取りでミケが続く。
「お久しぶりです、カイさん。お変わり無いようで何よりです」
「二人も、変わってないね。そういえばこないだブルーポストの時にミケとよく似た」
「その話はしないで下さい後生です」
速攻でつっこみを入れ、本題に入るミケ。
「実は、カイさんにお聞きしたいことがあって。ちょっとお時間をいただけますか?」
カイは気さくに笑った。
「いいよー。入った所に食堂があるから、そこでいいかな」
「あ…えっと、出来ればあまり人がいないところが」
「あ、そうなの?それじゃあうーん…寮に男入れるわけにいかないしなあ」
「あら、ミケなら大丈夫よ」
「それもそうだね。じゃあ、あたしの部屋にしようか」
「何の疑問もなくその流れになるのが複雑ですが……」
半眼でミケ。カイはははっと笑った。
「今、ルームメイトもバイトに出てるしさ。お茶くらい出すよ。さ、こっち」
カイが手招きして、二人は寮の中へと足を踏み入れた。

「へぇ、じゃあ今の依頼にリィナもいるんだ。世界って狭いね」
紅茶のカップを置きながら、カイは楽しそうに言った。
「リィナさんは、今日は別口に調査に回っていますけど。お手紙を預かってますよ」
「手紙?」
ミケから封筒を差し出され、きょとんとして受け取るカイ。
かさかさと便箋を開くと、小さく丸い文字が躍っていた。

『カイちゃんお元気ですか?今日は、ミケちゃん達と別行動なので会いにいけませんでした…また、別の機会に会えることを願っています。ゆっくりお話したいし、それにリィナも前より強くなったので手合わせしたいなぁ。カイちゃんも魔法の方とかうまくなってるんだろうなぁ…んじゃ、ご協力をお願いします。またね。リィナ♪』

文面を読んで苦笑するカイ。
「あの子は相変わらずだね。ま、そのうち機会があったら手合わせしたいね、って伝えといて」
「はい、わかりました」
微笑んで、紅茶を一口。その間に正面に座ったカイが、身を乗り出した。
「で、あたしに聞きたいことって?」
「カイって、レッドドラゴン、よね?」
レティシアの言葉にきょとんとするカイ。
「うん。なに?改まって」
「あのね、ドラゴンってレッドとホワイトといるじゃない」
「あ、うん。他にもブルーとかゴールドとか色々いるけど」
「ね、レッドドラゴンとホワイトドラゴンって仲が悪いの?」
「何よ唐突に」
カイは話の内容にというよりは、レティシアの口からそんな言葉が出たことに驚いているようだった。
「お互いに交流とかがあったりするものなのかなあって。ドラゴンの間のことはよくわからないから」
「んー、そうだねえ」
カイは眉を寄せて首をかしげた。
「竜族って、あまり人間の前には姿を現さないでしょ。ヒッキーみたいになってるところがほとんどだよ。あたしの集落も、他の集落と全然交流がないっていうわけじゃないんだろうけど、少なくとも村の者以外の種族を村で頻繁に見かけたりするようなことはなかったなあ。あたしも、他のドラゴンの知り合いなんて数えるほどしかいないし」
「じゃあ、他のドラゴンはもちろん、他のレッドドラゴンの集落との交流もほとんどない感じ、なのね?」
「んー、全部が全部そうっていう訳じゃないかもしれないけど、少なくともあたしの村はそうだったよ。ドラゴンのこと訊きたいなら、ちょっと役に立てないかもしれないなあ」
困ったように、カイ。レティシアも眉を寄せた。
「じゃあ、レッドドラゴンの種族のなかに、アウトローというか『悪だぜ』みたいな奴等で有名なの、っていうか…報酬しだいでどんな悪いことでもしちゃうような、そんな奴等…にも、心当たりがあったりは…しないかな?」
「うーん……人間が色々いるように、レッドドラゴンにも色々いるからね。そういうやつらがいるのは、申し訳ないけど本当のことみたいだね。どこで何をしてるやつら、とかは全然わからないんだけど」
少し悲しそうに、カイ。ミケはうーんと唸って、話を切り出した。
「実は、100年ほど前に、ホワイトドラゴンの集落がレッドドラゴンによって滅ぼされた事件を追ってるんですよ」
ミケの言葉に、カイの表情がぴくりと動く。
「ホワイトドラゴンの村がレッドドラゴンに…って、それひょっとして、パフィの村のこと?」
「パフィ?」
カイの口から飛び出した名前に眉を寄せるミケ。
「うん。パールフィニア・セラヴィって、白竜族の子。レッドドラゴンに村を滅ぼされたって」
「ぱ、パールフィニア・セラヴィをご存知なんですか?」
驚いて腰を浮かすミケ。カイはそのことにびっくりした様子で、目を瞬かせる。
「え、う、うん。会ったことあるよ。ヴィーダに来てたときに」
「………」
言葉を失い、ミケとレティシアは顔を見合わせた。その様子に少し慌てるカイ。
「え、な、何?パフィの村の事件のことなんじゃないの?その話が出たから、あたしパフィが依頼を出してミケたちがそれを受けたんだと思ってうわ世間って狭すぎご都合主義にもほどがあるわとか思っちゃったのに」
うるさいですよ。
「あ、あの、カイさん。その、パールフィニア…えっと、パフィさん、ですか?彼女とは、どこで会ったんですか?」
呆然とした様子で、それでも何とかミケが質問すると、カイはやはり驚きの表情のまま答えた。
「え?だから、パフィがヴィーダに来て、中央公園で占いの店を出してたときに知り合ったの」
「じゃあ、今中央公園にいる白竜族の占い師って…」
レティシアが言ってミケのほうを見、ミケも頷く。
「そうですね。パールフィニアさんの可能性が高いかもしれません」
「あ、今も来てるんだ。じゃあ会いに行ってみようかな」
のんきに言うカイに、ミケが重ねて問う。
「一応同名の別人ということもあるでしょうし…カイさんが仰るパフィさんというのは、白竜族で、年は成人しているくらい、乳白色の髪の毛に青い瞳をしている方ですか?」
「成人っていうにはちょっと幼い感じがしたけど…ああでも、確か200は越えてるって言ってたな、年。じゃあ、成人なのかな。うん、白い髪の毛に…あれ」
そこで、きょとんとする。
「確か、目は紅かったと思ったよ。パフィ」
「え」
「じゃ、じゃあ、別人なのかな…?」
「レヴィニアさんの記憶違い…ということでもないのでしょうけど…」
「でも、レッドドラゴンに滅ぼされた村、でしょ?それ、絶対あたしの知ってるパフィのことだよ」
カイが強く押し、眉を顰めたままミケは唸った。
「詳しく、聞かせていただけますか。パフィさんがどんな方で、村の事件についてどのように語っていたのか」
「え、うん、いいけど……」
何だか様子がよくわからないといった風に、カイは語り始めた。
「パフィは、さっきもちょっと言ったけど、成人してるっていうには幼い感じがする子だよ。おっとりしてるっていうか、ぽやーんとしてるっていうか。話し方も何だか、間延びしてる感じでさ。優しくて、印象は幼いけど達観してる子だと思うよ」
「なんか…思っていたのとだいぶ違う人物像ね…」
『村の秘宝を手に入れるために村を滅ぼした仇』を想像していたレティシアが、拍子抜けしたように言う。
カイは苦笑した。
「でもね、自分の大切な人のことに関わると、とたんにキレちゃうんだ。理屈も道理も何もないよ、本当に子供みたいに怒鳴り散らして、周りが見えなくなっちゃうんだよね」
「なるほど…」
神妙な表情で頷くミケ。
「あたしが、何でパフィと知り合ったか。さっきも話したとおり、あたしはパフィの占いの『お客さん』だったわけ。でもね、パフィはあたしを見るなり、キレちゃったの」
「え、な、何で?」
レティシアの問いに、カイは真剣な表情で答えた。
「あたしが、彼女の村を滅ぼしたやつらと同じ、レッドドラゴンだったからだよ」
沈黙が落ちる。
「パフィは、レッドドラゴンを激しく憎んでた。あたしが、あの子の村を滅ぼしたレッドドラゴンじゃないどころか、そんなやつらのこと全然知らないっていうのすら、あの子には関係なかったみたい。問答無用で帰れって怒鳴りつけられたの。色々あって、あたしのことは認めてくれたけど…でも、あの様子じゃあ未だにレッドドラゴンを見るたびに嫌な気持ちになるんだろうな、って思うわ」
カイは悲しそうに俯いた。
「気持ちはわかるよ。自分が何も出来ずに、目の前で大切な人を奪われていく気持ち…そんな風に思ったってどうにもならないって、理屈では理解してる。でも、そのときのことを思い起こさせる何かに触れるたびに、心臓がわしづかみされたみたいにぎゅって痛むんだ。あの子はその引き金がレッドドラゴンで、その耐え切れない気持ちがああいう風に爆発するんだろうって…思う」
寂しそうに微笑んで。
「そうだと判っていても…その気持ちをぶつけられるのは、正直、痛いけどね」
「カイ…」
レティシアが、心配そうにカイの手に手を重ねる。
以前、カイに依頼された事件は…彼女自身が、大切な人を失った事件と関わるものだった。その時の気持ちが痛いほどわかるだけに、それをぶつけられても、それで自分が傷ついても、それを責める気にはなれないのだろう。
「そんなに…パフィさんは、レッドドラゴンを憎んでいた、と…?」
神妙な表情で問うミケに、カイは頷いた。
「うん。レッドドラゴンのことを、無抵抗な者を嬲り殺しにする野蛮な一族だって。パフィの家族や、親戚や、友だちが、彼女の目の前で次々とレッドドラゴンに殺されていったらしいわ。そこまでされたら、あたしだってその種族をそれくらい思うよ」
不快そうに眉を顰めて。
「そう言ってたのを聞いただけで、具体的に村がどうなって、パフィがそのレッドドラゴンからどうやって逃げてきたのかは聞いてないんだけどね」
「なるほど…では、クリムゾンアイズ、という宝石については、何かご存知ですか?」
ミケの質問に、カイはきょとんとした。
「クリムゾンアイズ?聞いたことないな」
「手のひらほどの大きさの紅い石なのだそうですが…パフィさんが持っている様子は、ありませんでしたか?」
カイは眉を寄せて首をひねった。
「パフィの道具袋の中まで見たわけじゃないからなんとも言えないんだけど…少なくとも、あたしが目にしたことはなかったよ」
「そうですか…」
ふむ、と考え込んだミケの横で、レティシアがカイに問う。
「ね、じゃあ、エレヴィニーア・メルスっていう人、知ってる?」
「エレヴィニーア・メルス…?」
「ミケが今訊ねたパールフィニア・セラヴィって人と同族で血族なんだけど」
「いや、あたしが知ってるのはパフィだけだよ」
「そっか」
レティシアがあっさりと引き下がり、ミケがそれを引き継いだ。
「実は、僕たちの依頼人というのは、そのエレヴィニーア・メルスという女性なんです。
その、滅ぼされた白竜族の村の生き残りで、パフィさんを探して欲しい、という依頼で」
「へぇ」
単純に偶然を楽しむように、カイが相槌を打つ。
「その方…レヴィニアさんは、パフィさんのことを、村の仇だと…仇を討つために、行方を捜して欲しいと、依頼してきたのです」
「仇?」
カイの眉が寄る。ミケは頷いた。
「レヴィニアさんは、パフィさんが、そのクリムゾンアイズという宝石を奪うためにレッドドラゴンをそそのかして村を襲わせ、滅ぼしたのだと…そう、言っていました」
「はぁ?!」
カイはテーブルを叩いて腰を浮かせた。
「その女、何言ってんの?!そんなはずないよ!パフィがそんなことするはずない!」
「ええ、僕もそう思います。それはレヴィニアさんの話を聞いたときから思っていましたし、今カイさんのお話を聞いてその確信は深まりました」
激昂するカイに、落ち着いた表情で返すミケ。
「この事件には、レヴィニアさんが言うだけではない事実がある。それを全て知るまで、レヴィニアさんにパフィさんを引き合わせるわけには行かないと思います」
「うん…そうだね」
レティシアも神妙な表情で同意する。
カイは苦い表情で、再び椅子に腰掛けた。
「そんなこと言ってる奴がいるなんて……誤解なら、それを解ければいいんだろうけど……何か、嫌な予感がするな…」
呟いてから、ミケたちのほうを見る。
「あたしで協力出来ることがあったら、何でも言って。パフィにも会ってみるよ。中央公園にいるらしいし…どうせ、フカヤも一緒だろうし」
「フカヤって…フカヤ・オルシェのこと?」
驚いた様子で問うレティシア。カイは頷いた。
「うん。パフィの連れだよ、よく知ってるね」
「じゃあ、魔術師ギルドにいた冒険者っていうのもヒットだったんだ…」
偶然に驚くレティシア。
「中央公園の占い師にも、そして、そのフカヤさんという冒険者の方にも、僕たちの仲間が接触しているはずです。また、何か判ったら知らせてくれませんか?依頼の間は、僕たちは風花亭に滞在していますから」
「うん、わかったよ。こっちもこっちで、出来るだけ調べてみるね」
「ありがとうございます。お礼は…えっと…あまり振るえそうにないですが…バイト先の料理屋さんで奢るくらいしか…」
苦笑して言うミケに、カイも苦笑した。
「やだなぁ、お礼なんていいよ。あたしが協力したいからするんだし。気にしないで」
「ありがとうございます。あ、えっと、あと、そのクリムゾンアイズという宝石について調べたいと思うんですが、マジックアイテムなんかの文献って、どこに行けば調べられるでしょうか?」
「マジックアイテムかぁ。魔術師ギルドでも良いけど…うちの学校の図書室も結構揃ってるよ。確か一般にも開放してるはずだから、今から案内するよ」
「あ、ありがとうございます。お言葉に甘えます」
じゃあ、と早速立ち上がるカイ。二人も出されたお茶を飲み干して、立ち上がった。

「昼下がりの図書室…窓から差し込む光が、真剣な表情の彼を優しく照らし出している…」
図書室。
カイの案内で関連の文献を読み漁っているミケの正面で、頬杖などつきながら、うっとりとその横顔を眺めるレティシア。どうでもいいが思っていることが小説形式で口に出ている。
「ああ…真剣に打ち込むミケの横顔って…素敵…。その真剣なまなざしが、少しでも私の方に向いてくれたら……どうしたんですか、レティ…え、ううん、なんでもないの。ただミケの横顔に見とれちゃって…そんな、僕はいつでもレティに見とれてますよ……えっ…それってどういうこと、ミケ…?……罪な人だな…それを、僕の口から言わせる気ですか…?……言ってくれなきゃ判らないよ……では、言わなくても判るようにしてあげますよ…さ、目を閉じて……きゃーっっ!!ミケったらダメよそんな素敵すぎるー!!」
最後の方は絶叫しながら、手近にあった本をばっさばっさと投げ飛ばすレティシア。
「れ、レティシアさんっ?!本は投げちゃ駄目ですっ!」
やっとそれに気づいたミケが、慌てて立ち上がりレティシアに駆け寄った。
暴れるレティシアの肩に手を置いて、落ち着かせようと試みる。
「……ね、落ち着いて?何か、ありました?」
正面から、心配そうな表情でレティシアの顔を覗き込むミケ。
突然眼前に迫ったミケの顔に、一瞬にしていくつもの妄想がレティシアの頭の中を駆け巡る。
「わ……」
「わ?」
「ワイは…犯罪者や……」
言い残して、レティシアはふぅっと卒倒した。
「れ、レティシアさん?!何で犯罪者っていうか何でシェリダン訛り?!し、しっかりしてくださいーっ!!」
「うるさいよミケ。図書館では静かにしないと追い出されるよ」
追加の文献を持ってきたカイにたしなめられ、ミケは困ったようにカイの方を向いた。
「カイさん、どうしましょうっ!?レティシアさんがっ!ここの図書館、何か出るんですか!?」
「はぁ?」
「レティシアさんが、レティシアさんが急に!
衛生兵、衛生兵ーーーーーっっ!」
「でも、ちょっと胸キュンv」
倒れたレティシアが目を閉じたまま言い、カイは半眼で呟いた。
「今いったい何人にそのネタが通じると思ってんの…」

「大丈夫ですか、レティシアさん」
「うん、ご、ごめんねミケ」
カイの案内で、倒れたレティシアを別室に運んできた。リラクゼーションルームという名前の部屋らしい。日当たりがよく、観葉植物などで飾られた室内にゆったりと座れる椅子が並べられている。勉強に疲れた生徒たちを心地よく癒してくれる部屋なのだろう。今日は安息日だからか、他に人は見当たらない。カイも続きを調べると言って図書室に戻ってしまった。
「調べるの邪魔しちゃったみたいで…」
「気にしないで下さい、時間はまだありますから。それに、何だかクリムゾンアイズのことやあの事件のことの記録を調べるのは難しいような気がします…そもそもクリムゾンアイズを奪われないようにするために、レヴィニアさんの村は結界を張ってそれを守ってきたのですしね…」
「ミケ…あのね」
レティシアは言いにくそうに切り出した。
「朝の場では何となく言い出せなかったんだけど…ミケにだけは話しておくね。
私は、正直この依頼にモヤモヤするものを感じてるのよ。
女の勘…っていうのかしら…
うまく言葉じゃ言えないんだけど…心の端っこに引っかかるのよ」
「…というと?」
ミケが問い返し、複雑な表情の真夏付けるレティシア。
「村が壊滅状態だったのに、彼女だけが無傷っていうのがやっぱり腑に落ちないんだ。
外出も都合良すぎ…って思うの。
っていうことは…ね、極端な考えだけど、
パフィとレヴィの立場が逆…っていう可能性もあるんじゃないかなって思っちゃうのよ」
「逆の立場、ですか?」
「うん。みんなが昨日その事に触れてたけど、曖昧にして答えなかったじゃない彼女。その割に状況の説明は結構リアルだったし。
いくら遺体の状況を見たと言っても…そこまでわかるもの?パフィの遺体がなかった、ってだけで彼女が犯人だって決め付けてるのもちょっと引っかかるの。
それに、自分以外に生き残りがいない、ってことはよ…どんな風にだって言えちゃうのよね?
だって『違うよ』って言う人は誰もいないんだもの」
「…確かに、そうですね」
冷静な表情で頷くミケ。
「さっきのカイの話聞いて…カイが嘘つくとも思えないし、だとするとパフィ本人も村はレッドドラゴンに滅ぼされたと思ってるわけでしょう?この食い違いって…何なんだろう?ますます疑いが濃くなっていっちゃうのよ…」
「そうですね…女性の勘というものは侮れないと言いますしね。言葉にしないところで他にも疑わしい要素を見つけていらっしゃるのかもしれませんが…」
ミケは少し眉を寄せた。
「僕は、レヴィニアさんの思い込みや思い違いというだけのような気がするんですよ。というか、そうであってほしい、と願っています。
彼女の言葉は確かに一方的で、彼女の私情が多くを占めています。でもそれこそ、さっきのカイさんの言ったようなことだと思いますよ」
悲しそうに苦笑して。
「辛くて辛くて、何かにその原因をかぶせて憎まずにはいられない。物事を冷静に見るだけの判断力すら奪われてしまうほどの思いというのは…僕には、経験があります。だから、それが思い込みであることだけを教えてあげればいいんです。根拠のないことに心を囚われて物事が見えなくなるのは、悲しいことですから…ね」
「ミケ……?」
ミケの表情に、心配そうな視線を向けるレティシア。
が、そこでミケの表情が急に引き締まった。
「レヴィニアさんの言葉が全て真実だという確証がないのは、今朝も申し上げたとおりです。ですが、彼女の言うことが嘘であるという確証もまだない限りは…僕は、彼女を信じてみようと思います。
それより、僕が懸念しているのは……」
視線を逸らし、俯いて独り言のように呟く。
「…彼女を『思い込ませている』……彼女の思考を誘導している何かがいないか、ということです…」
「………ミケ……?」
心配そうなレティシアの呟きを最後に、部屋に静寂が戻った。

結局、白竜族の村の事件とクリムゾンアイズに関する文献は見つからなかった。

「お…お前が、パールフィニア・セラヴィ…なのか…?」
『秘宝欲しさに一つの村を滅ぼした憎き仇』とはあまりにもかけ離れた外見と話し方に、絶句する冒険者達。
とたんにピリララが立ち上がって身を乗り出した。
「そうかっ!お前がパーヴィかっ!それは良かった、案外すぐに見つかるものなのだな!お前のことをレ」
「っ、こら!」
彼が何を暴露しまくるかが容易に想像できた千秋が、慌てて後ろから羽交い絞めにして口を押さえる。
「っ、この、余計な、事を、喋る、なっ」
「ギャアアア痛いいたいイタイ!」
複雑な関節技を極められ、悲鳴を上げるピリララ。パフィはびっくりしてその様子を見守っている。
「…ふう。実はな」
と、千秋が手を離すやいなや、ピリララが猛然と抗議する。
「何をするんだ黒いの!痛いじゃないか!」
千秋はパフィに聞こえないように、ピリララに耳打ちした。
「レヴィニアのことは秘密にしておけと最初に言ってあっただろう、もう忘れたのか!」
「そんなことを私が覚えているとでも思うのか!」
「うを、綺麗に開き直った」
「だいたい、隠し事はよくないぞ!おい、パーヴィ!お前のことをレび」
「小畑さんっ!」
見かねたホームズが、ピリララの後ろから彼に手を延ばし、その背中に触れる。
かきん。
「うわっ」
硬い音を立て、一瞬にしてピリララが透明な氷に包まれた。慌てて身を引く千秋。
ホームズはにこりと千秋に微笑みかけた。
「……話、続けて?僕はメグナディーンさんと一緒に外で彼を溶かしてくるから。凍らせたことも謝りたいし」
ピリララを止めるためとはいえ、自分で氷づけにしておいてさらりと言うホームズに、気圧されたように千秋は頷いた。
「…わかった。じゃあマジュール、ホームズと一緒にこいつを外に運んでくれないか」
「はぁ…わかりました」
密偵とそれに雇われた冒険者らしく、マジュールは素直に千秋の命令に従ってテントの外に出た。
「ふぅ……すまなかったな」
「ううんー、パフィは気にしないのねー。でも、あの子大丈夫なのー?」
「まあ…大丈夫だろう、多分」
ふ、と肩を落として嘆息して、改めてパフィに向かい合う千秋。
「それで…お前が、パールフィニア・セラヴィだというのだな?」
「はいなのー。お兄さんは、ナノクニの密偵、って言ってたのねー?」
「ああ。俺は一日千秋という。千秋でいい。今外に行ったのは、ここに来てから雇った冒険者だ。
あのでかいのがマジュール、女がホームズ、残りの変な生き物がピリララだ」
「覚えたのねー」
こくりと頷くパフィ。千秋は居住まいを正して、パフィの正面に座った。
「実は、俺は、109年前、白竜族の村が滅んだ事件について調査している」
パフィの眉がぴくりと寄った。
「109年前…パフィの村のこと、なのねー?」
神妙な表情になるパフィに、千秋がゆっくりと頷く。
「でも…どうして今になって、パフィのこと探してるのー?」
「それが、実はな。国内でお前の手配書が出回っていてな。しかも何故か秘密裏に、だ」
「パフィの、手配書?」
パフィの眉が寄る。
「そうだ。お前を、その村を滅ぼした犯人だということで追尾する手配書だ」
「ぱ、パフィが犯人ー?!」
パフィは心底驚いたようだった。怒るというよりは、信じられないことを聞かされて純粋に驚いている様子である。
「な、なんでそんな話になってるのー?!パフィ、何にもしてないのねー!」
「わかった、落ち着け。俺はその手配書の真偽について調べるために放たれ……村の生き残りがいるということを掴んだ。そして、お前に接触をしたというわけだ」
ふぅ、とため息をついて、千秋は続けた。
「何もしていない、と言ったな。ならば、犯人や、事件が起きた状況などを教えて欲しい」
「犯人も何も、パフィの村を滅ぼしたのは、レッドドラゴンなのー!パフィを犯人扱いしたのも、きっとそのレッドドラゴンの仕業なのー!」
だん!
パフィが机を叩き、机の上に置かれたカードが揺れる。
「レッドドラゴンが村を滅ぼしたのか?どこから来たドラゴンだ?一人で村を滅ぼしたのか?」
「そんなの、知らないのー。レッドドラゴンは一人じゃなかったのねー。パフィが見ただけでも3人くらいいたのー。村に火を放って、村人達を次々に殺していったのー」
辛そうに眉を寄せて、押し殺したような声で語るパフィ。
「パフィ、逃げ回るのに精一杯で、あいつらの顔とかよく覚えてないのー。パパやママや、村の人たちが次々にあいつらに殺されるの、見てるしかなかったのー……」
目じりに涙さえ浮かべて、悔しそうに語る。
「なるほど……手配書の内容によれば、村には強固な結界が張ってあった、とのことだが…何でも、その結界は内側からの手引きなしには進入が難しいらしいのだが、どうやって襲撃者は結界を破ったのだろうか」
「結界……パパが何か言ってた気がするけど、覚えてないのねー」
「ふむ。誰か、手引きをするような者に心当たりは無いか?」
「手引き……レッドドラゴンと手を組んで村を襲ったやつが、村の中にいる、って言いたいのー?」
パフィの瞳に剣呑な光が灯る。
「パフィの村には、そんなことするひとはいないのー!」
「でもね」
突然別の所から声がかけられて、パフィと千秋はそちらを振り向いた。
入り口から、ホームズとマジュールが顔を覗かせている。先程の声は、ホームズのものだった。
ホームズはゆっくりとテントの中へと足を進めながら、続けた。
「実際にレッドドラゴンは、容易には破れない結界を抜けて村の中に侵入し、村人達を次々に殺害している。それは、君も知っていることだよね、セラヴィ?」
「そ、そうだけどー……」
「結界を破ることは不可能。けど現実に結界は消え、レッドドラゴンは村の中に入ってきている。君ならこれをどう解釈する?」
「わ、わからないのー……結界の話も、パフィはあまりよく知らないのねー…」
きつく眉を寄せて、おびえたように返事をするパフィ。
ホームズは肩を落として嘆息した。
「普通に考えるのなら、内側から手引きをした人間がいた…というのが妥当な線だと思う。たとえば…唯一の生き残りである、セラヴィ、きみに、とか、ね…」
「パフィが、レッドドラゴンを手引きしたっていうのー?!」
再び激昂して、パフィは立ち上がった。
「パフィはそんなことしないのー!結界だって、レッドドラゴンが力ずくで破ったに決まってるのー!パフィの村にだって、レッドドラゴンと手を組むようなひとはいないのー!」
「落ち着いて、セラヴィ。何も僕はそうと決め付けてるわけじゃない。だけど、そう考える人がいたからこそ、きみの手配書が出回った、っていうことだろう?」
パフィをなだめるように肩に手を置いて、ホームズは優しく、けれど訴えかけるようにパフィに言った。
「きみが手引きしたというのでないなら、どうやって襲撃者は結界を破ったのか、もしくは誰かきみ以外に手引きをしたものがいるのか教えてほしい。それの説明がつけば、きみへの疑いがはれるんだ」
「そうだな。真相の究明に力を貸してくれれば、手配書を初めとした名誉回復はきっちりすると誓おう。
俺も元は冤罪で国を追放された身でね。世界のあちこちを放浪した後、呼び戻されて処刑されかけたところである貴族に拾われて。その後、何とか濡れ衣を晴らして、今こうして密偵をやっているんだが……
今までに色々と困ったせいで、濡れ衣や冤罪をかけられている人を見ると我慢が出来なくてね。
……本当は無罪証明までするのは越権行為なんだが、ね」
千秋が肩をすくめ、そして苦笑する。
「所詮は自己満足でしかないかもしれない。が……真犯人を突き止めるとか、決着をつけたいならばこちらも協力する。
何か心当たりがあったら、教えてはもらえないか?」
「心当たり…っていってもー…」
パフィは不安そうに視線を泳がせた。
「本当に、パフィ、結界のことも何も知らないし…レッドドラゴンがどこから来たのかもわからないのー…ただ、もう、気がついたら辺りは火に包まれてて、あいつらが…村の人たちを……パパやママや、お姉ちゃんを…」
言葉が嗚咽につまり、目じりに涙が浮かぶ。千秋は困ったようにホームズと顔を見合わせた。
「結界を張ったのは、村長の一族だという話だが…本当に、何も聞いていないのか?お前は、村長の娘なのだろう?」
パフィは目を閉じて首を振った。
「パフィは何も聞いてないのねー。パパのお仕事はお姉ちゃんに引き継がれるはずだったから、パフィは何も教えてもらってないのー」
「お姉さん…?」
ホームズが反復すると、パフィは顔を上げて頷いた。
「そうなのー。メルレーニア・セラヴィ…メリィお姉ちゃんが、パパの一番上の子どもだったから、パパにいろんなことを教えてもらってたみたいなのー。パフィは小さかったから、そのあたりのことはよくわからなかったし…パパも、パフィに教えるつもりはなかったと思うのー」
「結界は、その村長である父上と、その直系の娘であるメリィにしか解けない、ということか?」
千秋が訊くと、パフィは困ったように視線を上げた。
「さっきも言ったのー。うんとも言えないし、ううんとも言えないのー。パフィが結界のことを知らないだけで、パフィ以外の村の人はみんな知ってたかもしれないのー」
「うーん…」
「でも、パフィはレッドドラゴンが力ずくで破ったんだと思うのー。パフィの村に、レッドドラゴンと手を組むような人はいないのー」
もう一度訴えかけるように、パフィ。3人は複雑な表情で顔を見合わせた。
「…お前は、どうやってレッドドラゴンから逃げ延びたんだ?レッドドラゴンは、村人を皆殺しにしようとしていたんだろう?」
千秋が問うと、パフィは再び悲しそうに俯いた。
「あいつらが迫ってきた時…お姉ちゃんが、体を張ってパフィをかばってくれたのー。お姉ちゃんは大怪我を負って……最後の力で、パフィに……」
そこで、す、と表情が変わる。
悲しげな、辛そうな、幼さを残す表情ではなく…冷たく、重いものを背負った者の瞳。
白い手袋がはめられた右手を、紅い両の瞳を覆うように上げて。
しばしの沈黙の後、パフィは言った。
「…パフィを、最後の力で遠くに飛ばしてくれたのー……それから、村には戻ってないのー…お姉ちゃんが命がけで守ってくれたものを…パフィが壊したくないから……」
それきり、パフィは口をつぐんだ。

「そろそろみのむしが辛くなってきたぞー。おーい、黒いのー、白黒ー、桃色ー、何も喋らないという約束を覚えている間は何も喋らないから、さっさと降ろしてくれるがいいぞー」
テントのすぐそばの大きな木に、みのむしよろしく吊るされているピリララが、ぶらぶらと揺れながら訴える。
テントの入り口から列を作っていた客は、なかなか出てこない前の客に、一人、また一人と列を離れていく。
その客がすべていなくなるまで、3人はとうとうテントの中から出てくることはなかった。

夕日が、中央公園を茜色に染め上げる。
楽しい安息日が、終わりを告げようとしていた。

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