ねぇ、もしそこにね。
自分がとても欲しいものがあって。
ちょっと手を伸ばせば届きそうなのに、
あと少しのところで、届かなかったら。
あなたは、どうする?

取るでしょう?
どんなことをしてでも。


同じように手を伸ばしている人間を、払いのけてでも。

ヴィーダの大通りは今日も活気に溢れている。
安息日前日で多少人出は少ないものの、露店なども出ていて道行く人に元気に声をかけている。
いそいそと歩く者、ぶらぶらと店を見て回る者、立ち止まって楽しそうに話をする者、さまざまな人でごった返す大通りを、これ以上ないほどの上機嫌で歩き回る一人の青年がいた。
青年、と言うにはまだ幼く、かといって少年、と呼ぶには体が出来上がりすぎている、そんな印象の男だ。長い金髪を女学生のように左右で三つ編みにしており、黒い瞳はきつくつりあがっている。黒い皮のツナギから少々露出今日気味に覗く身体は相当鍛え上げられていることがありありとわかった。
「おおー建物が新しいなっ、井戸がまだ壊れてないなっ、なんだか人間も新しいぞっ♪おお、この前腐って落ちた看板が新品だ!何だ頑丈に作ってあるじゃないか、20年も点検せずに放っておくから悪いのだな。うっかり子供を傷つけそうになって、皆からヒナンゴウゴウになっても当然というものだ。うん」
わけのわからないことを言いながら、上機嫌で辺りを見回しつつ歩いている。その様子はさながらガイドブックで知識だけ仕入れて披露したがっている典型的なおのぼりさんだ。
「風花亭の位置は…うんうん、変わっていないな。20年やそこらではそう大して変わるものではないだろうが。たのもー!!」
わけのわからない叫びとともにドアを開ければ、一斉に彼のほうに視線が集まる。
それは大して気にならないのか、彼は満面の笑顔でうなずきながら、マスターのほうに歩いていった。
「おおっ!じいちゃんがおっちゃんに変わった!あははは、面白いな!!でも面影があるぞ、うん、別人には見えないな。これならきっと私にも父上が一目でわかるな、良かった」
やはりわけのわからない物言いに面食らうマスター。それすらも気にならないのか、上機嫌でその前に立つと、彼は言った。
「ということでじいちゃん!いやじいちゃんじゃないな、おっちゃんだな。私は仕事を探している。何しろ数ヶ月前にここに一文無しで放り出されたのだ、ピリカのやつはいつの間にかいなくなってるし、父上を探すにも先立つものがなければ餓死するしな、そういうわけで手持ちが乏しいのだ。何かいい仕事はないか?なるべくなら守ったりとか届けたりとかそういう簡単な仕事でぼろ儲けできるものがいいのだが。三色昼寝付きで日がな一日ボーっと本でも見つつ菓子食っていられて日給金貨100枚とかがいいぞ」
「そんな仕事があったら俺が行ってるよ」
もっともなツッコミを入れてから、マスターはあごに手を当てて首をひねった。
「そうだな、今は護衛も配達も入ってないな…ああ、一件、人探しっていうのがあったが、あれは内容の割に報酬が良かったな」
「人探しか?」
「ああ。なんでも、村を滅ぼした仇を追ってるんだそうだ。探し出して仇を討ちたいと、手伝ってくれる冒険者を広く募っていたよ。竜族の女性だったかな」
「り、竜族、ですか?」
マスターの話に横槍を入れたのは、青年のほうではなかった。
青年の傍らでジュースを飲んでいた、幼い男の子。女の子とも見まごう可愛らしい顔立ちに、不安げな紅い瞳が大きく際立っている。長いエメラルドグリーンの髪の毛をゆるくくくり、青いマントと杖がなければこんなところにいないでおうちに帰りなさいと諭してしまいそうな、どこから見ても子供だった。
マスターは少年のほうに顔を向けると、普通に頷いた。
「ああ。ずっと仇を追って旅をしてるそうだ。ちょうど今、集まった冒険者と打ち合わせをしているところじゃなかったかな。もし気になるなら、行ってみるといい。あっちのフロアだったと思うぜ」
「あ、は、はい、その、あ、ありがとうございます…」
「わかったぞ!ご苦労だったなおっちゃん!」
しどろもどろに言う少年を尻目に、青年はさっさときびすを返すと歩き出す。少年はわたわたと代金をカウンターに置くと、青年の後を追った。
「あ、あ、あの、あなたも、依頼を受けるんですか…?」
何とか話しかけると、青年は大股で歩きながら少年のほうを見た。
「そうだぞ。人探しならまあ、私でもできそうな仕事だろうしな。ひとまずは話を聞くことにしよう」
「あ、あの、じゃあ、よ、よろしくお願いします。ぼ、ボクは、シェリク=ムー・ウェルロッドといいます。コンドルって呼んでください…」
フルネームと呼び名が違うことは気にならないのか、それとも最初から覚える気がないのか、そもそも名前だということをきちんと理解したかも怪しいが、青年はにかっと豪快な笑みを見せると、胸を張って言った。
「私の名は、ピリララ。小畑・ピリララ・パシシィだ!」

「仇を探している竜族というのはお前か?」
隣のフロアの奥まった場所で話している10名ほどの団体に、ピリララは臆面もなく大声で話しかけた。総勢が少し驚いた様子で彼のほうを見、正面に座っていた女性が眉を寄せた。
「そうですけれど…貴方様は?」
真っ白い肌に丹精に整った顔立ちをした、20代前半ほどの女性である。しかし、顔の両側からふわふわと大きく広がる動物のような白い耳と、同じく柔らかな白い毛に包まれ後ろに長く伸びる尻尾が、彼女が白竜族であることを物語っていた。切れ長の青い瞳に、ストレートの白い髪を長く後ろに伸ばしてひとつに括っている。独特のデザインの赤い装束が、彼女の見事なボディーラインと白い肌を惜しげもなく強調していた。
「私は小畑・ピリララ・パシシィ。先ほどあそこにいるおっちゃんから話を聞いてやってきた。まだ間に合うのなら仲間に入れるがいい」
無意味に尊大な物言いと態度に、一瞬一堂に沈黙が走る。
依頼人らしき女性はわずかに眉をひそめた。
傍らにいたコンドルが、わたわたとフォローに入る。
「あ、あの、ぼ、ボク、コンドルっていいます。か、仇を討ちたい、竜族の人だって聞いて…た、大切な人たちを奪われたのにその仇討ちも出来ないなんてすごく辛いだろうなって思ったんです。ち、力になれたらと思って…ま、まだ雇う余裕があったら、あの、ボクも雇ってもらえませんか…?」
女性はそちらを見て、少しだけ眉を緩めた。
「貴方様は……」
が、彼女が何かを言う前に、ピリララが大きな声で続ける。
「安心しろ。おっぱいぼよよんな女は意地悪だという経験があるからな。間違っても間違いなんか起こさないぞ。あれ、間違わないんだが、間違ってるんだが、あれ。まぁ、そういうことだ」
ぴき。
何もない空間に亀裂が入るような音を、ピリララ以外の全員が聞いた気がした。
女性の眉が寄らない代わりに、額にくっきりと青筋が走る。
彼女は努めて冷静にといった様子で深呼吸をすると、ピリララを睨み付けた。
「……生憎ですけれども、貴方様のようなお方をお雇いする余裕はわたくしにはございませんの。コンドル様にはぜひお力になっていただきたく存じますが、せっかくですがお引き取りくださいましな」
「えー!!何でだ!」
「失礼ですが、貴方様のような礼節をわきまえない方にお支払いするお金はございませんわ」
「レイセツって何だ!うまいのか?」
「貴方様にもお分かりになる言葉で申し上げるなら、馬鹿に払う金はない、と言うことです」
「馬鹿って言うな!馬鹿じゃないぞ!馬鹿かもしれないかもしれないけど断じて私は認めないから私は馬鹿じゃないやい!!」
「さて皆様、コンドル様もいらしてくださったことですし、もう一度ご説明いたしますわね」
「無視するなー!いいじゃないかこれだけ人がいるのだから一人ぐらい馬鹿がいても!」
「うわ認めた」
冒険者の中からぼそりとツッコミが入るが、ぎゃーぎゃーと騒ぐピリララを完全に無視して、女性は自分の隣にコンドルを座らせた。
「さて皆様、ご依頼の話ですけれども」
「私は絶対一緒に行くからな!来るなと言ってもついて行くから、諦めて認めるなら今のうちだぞ!」
「もはや目的を見失っていますね…」
またもツッコミが入るが、女性は完全に無視。ピリララは憤慨した様子で隣の席の椅子に座ると、堂々と立ち聞き…否、座り聞きを始めた。
「コンドル様もいらっしゃいましたので、改めてご紹介からさせて頂きますわね。
わたくしの名はエレヴィニーア・メルス。レヴィニアとお呼び下さいましな」
にっこりと微笑む様は、清楚、というよりは、艶然、と形容したほうが相応しそうだった。
レヴィニアは続けた。
「依頼書にもございましたとおり、皆様方にはわたくしの仇を探すのを手伝っていただきたいのです。
わたくしの村を滅ぼし、村の至宝を持ち去っていった、にっくき仇を。
村の至宝は、莫大な力を秘めたもの。あのような者の手にあっては、いずれよくないことが起こるやも知れません。そうならないためにも、皆様にご助力をお願い致したいのです」
胸の前で手を組み、切なげに眉を寄せて訴えるレヴィニア。
冒険者たちの表情が引き締まるのを確認して、彼女は再びにこりと微笑んだ。
「ここにおいでの皆様は、この内容を理解していただいた上でご依頼をお受け下さった方々と思ってよろしいでしょうか。では、詳しいお話をします前に、皆様に自己紹介をしていただきたいのですが」
言って、レヴィニアはすぐ左隣に座っていた男性に目を向けた。
彼は少し慌てたように居住まいを正すと、恥ずかしそうに礼をした。
「あ、失礼しました。グーディオ=マジュール=メグナディーンと申します。マジュールとお呼び下さい」
年のころは20代半ばといったところだろうか。大柄な体格に、大きな白黒の縞柄のついた耳が目を引く、典型的な獣人である。模様から見て、白い虎の獣人なのだろう。短く整えられた黒い髪、少し元気のなさそうなブラウンの瞳。きちんとした白い服に包まれた大きな体を少し気落ちしたように丸めて、彼は続けた。
「引き受けさせていただいたからには、精一杯尽力させていただきます。どうぞ皆様、よろしくお願いします」
丁寧に挨拶をして、左隣の者に視線をやる。
一目でわかるナノクニの装束に身を包んだその青年は、表情を引き締めたまま浅く礼をした。
「一日千秋という。見てのとおり、ナノクニの出だ」
年はせいぜい二十歳そこそこ、といったところなのだろうが、落ち着いたその佇まいからかやや上に見えないこともない。後ろで括られた黒い髪、きつめの黒い瞳。着ているナノクニの装束とも合わせて、あまり身なりに気を使っている様子はない。
「正直面倒ごとはごめんなのだが、敵討ちの助力とあれば協力したい。ナノクニの武家、あるいは侍というのは仁義とか、そういうのを割りと重く見るところが多い。下級とはいえ俺も武家の生まれ、そういったものを重視する考えはしっかりと教え込まれたからな」
「ナノクニでは、敵討ちが評価されているというんですか?」
彼の正面に座っていた、魔術師らしい少年が問う。顔見知りなのか、さして抵抗なく頷くと、千秋は続けた。
「ああ。ナノクニでは正当な理由のある仇討ちに加勢することは一種の美徳として見られる事もある。まあ、他の国の文化に照らし合わせようとするならば厄介なことだがな」
「そうなんですか…国の文化もいろいろなのですね」
理解はしたが納得はいっていない表情で、少年。千秋は肩をすくめて、続けた。
「まぁ、教え込まれているとはいえ、この国の考え方も理解は出来るつもりだ。多少考え方は違うかもしれないが、よろしく頼む」
ナノクニの武人らしく礼をして、千秋は次を促した。
隣にいたのは、落ち着いた雰囲気の女性。彼女は目を閉じて会釈すると、静かに語った。
「オルーカと申します。苗字はありません。ただのオルーカです。どうぞよろしく」
藍色の髪を肩できっちり揃え、端正だが派手さのない容貌に優しげなグレーの瞳が光る。臙脂色の身軽げな修道服を身に纏っており、彼女が神にその身を捧げていることが伺えた。
「東方から単身この地に流れ着いてまいりまして、お恥ずかしいお話ですが、路銀が底を尽きてしまいました。それで、こちらの依頼に身を寄せさせていただくことになったのですけれども…偶然でのご縁とはいえ、お受けしたからには仕事を適当にこなすようなことは致しません。誠心誠意、きっちりやらせていただきます。安心してくださいね」
彼女の紹介がそれで終わったと判断したのだろう、彼女の隣に座っていた男性が憮然とした面持ちを上げる。
「…アラキティラス=ディスラディエル。アーラだ」
ぼそり、という表現が一番似合うのだろう。別段聞き取られることを意識していない口調で言った男性は、20代前半ほどといったところだろうか。腰までの黒髪をひとつに結わえ、きつくつりあがった赤い瞳、青白い肌を身軽そうな黒い服で覆っている。
「…依頼を見てな。全く…敵討ちなど意味のないことがよく出来るものだな。つまらない…意味もないことなのにな」
ぼそりと言ったアーラの一言に、レヴィニアの眉が寄る。
「ではアーラ様はなぜこの依頼をお受けになったのです?意味がないと仰るのでしたら無理にお受け下さらなくても結構ですわ?」
語尾にやや苛ついた雰囲気を感じ、アーラはばつが悪そうに首を振った。
「…悪い、言い過ぎた。よくない事が起こるのなら、手を貸さないわけにはいかない。仕事に手を抜くつもりはない。安心しろ」
レヴィニアは納得いっていない様子で、しかし彼を追い出す気はなさそうだった。今は傍らに置いている彼の二本の剣が、彼が手誰であることを感じさせたからだろう。
「まあまあ、落ち着いて。人の考えはそれぞれだからね」
アーラの隣に座っていた女性が、にこりと笑って場を和ませた。
「僕の名前はララ・ホームズ。よろしくね」
20代前半ほどの、落ち着いた雰囲気の女性である。薄紅色の髪は軽くウェーブがかかっていて、大きなエメラルドグリーンの瞳をしている。愛らしいといえなくもないが、どちらかというと優しく包み込むような母性的なまなざしだ。
「仕事で室内に引きこもりがちなんだけど…たまに連れとショッピングやレジャーに出かけるんだ。今日はたまたまそうしてここに来て、メルスさんの依頼を聞いてね。連れは竜族の依頼は面倒だからやめろって言ったんだけど、メルスさんがあまりにも思いつめた顔をしていたから、力になってあげたかったんだ。連れはもう帰っちゃったけど…心配しないで、大丈夫。きっと見つかるよ」
そう言ってにこりと微笑むと、レヴィニアは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます、ララ様」
名を呼ばれ、彼女は一瞬きょとんとした顔をした。そして、ふたたびにっこりと微笑む。
「ごめんね、君とはファーストネームで呼び合う仲ではないと思うんだ、『メルスさん』」
レヴィニアのファミリーネームを強調して、笑顔できっぱりと拒絶する。その様子に、レヴィニアが一瞬鼻白んだ。慈愛に満ちた微笑とは裏腹に、この人物は存外に人に心を許さないタイプであるらしい。
「はいはーいっ!次はリィナだよね。リィナ=ルーファです!リィナって呼んでね」
なんとなく場に満ちた緊張を、明るい声が途切れさせる。
ホームズの隣に座っていた、10代後半ほどの少女だ。黒髪を左右でお団子にして纏め上げ、大きな赤い瞳を楽しそうに輝かせている。どこの国のものなのかがあまり判別できない独特のデザインの装束を身に纏い、右手には不思議な紋章の刻まれたグローブを着けていた。
「えっと、前のお仕事からヴィーダに戻ってきて…うん、あんまり休んでいたくもなかったから、ここに来てあなたの依頼を見つけて、受けることにしたんだ。ちょっと、秘宝っていうのに興味があった、っていうのが一番の理由かな。まぁ、その前にその秘宝っていうのを持っている人を見つけ出さなきゃいけないんだよね。とりあえず、がんばってみるよ、よろしくね!」
元気いっぱいに微笑むリィナを笑顔で見やって、先ほどの魔術師の少年が言った。
「相変わらずですね、リィナさん。今回もよろしくお願いします」
「うん、よろしくね、ミケちゃん!」
「あら、お二人はお知り合いでいらっしゃいますの?」
レヴィニアが言うと、ミケと呼ばれたその少年は頷いた。
「はい、前回のお仕事で。リィナさんと、マジュールさんと、こちらの」
と、リィナと反対側の隣にいる少女を指し示し、
「レティシアさんとご一緒してたんです。あと、千秋さんとも、別の依頼のときにご一緒しました」
「ヴィーダは広いようで狭いものだな」
感心したように千秋が言い、レヴィニアは頷いた。
「皆様はたくさんの依頼をこなしてきていらっしゃいますのね。期待いたしておりますわ」
「はい。僕は、ミーケン=デ・ピースと申します。ミケとお呼び下さい」
少年は改めて丁寧に礼をした。魔術師ということが一目でわかる、ずるずるとした黒いローブを身に纏い、長いブラウンの髪を三つ編みにしてまとめている。かわいらしい大きな青い瞳を貼り付けたその容貌は、ともすればリィナよりも年下かと思えるほど幼かったが、その瞳に宿る光は見かけによらず大人びた雰囲気をたたえていた。
「お恥ずかしい話ですが、僕も少し懐が寒くてですね…前回の報酬がお金ではなかったもので。それで、軽くアルバイトでもしようかなとこちらを覗いたら、興味深い依頼を見つけまして。あまり穏やかな依頼ではないというのが正直な印象ですが…まあ、ここ最近、少なくとも事件自体は穏やかな依頼が続きましたから余計にそう思うのかもしれませんけれども…村を滅ぼして、宝を奪う。それははっきり言えば極悪非道な事件です。許せないとは思います。犯人を捜すのに協力したいと思います。よろしくお願いしますね」
彼が再び微笑んで礼をして、彼の隣に座っていた少女は慌てて居住まいを正した。
「あ、えっと、レティシア・ルードよ。レティシアでいいわ」
長い金髪をポニーテールにした、十代後半ほどのかわいらしい少女である。緑色の瞳を快活に輝かせ、露出度の高い赤い服に身を包んでいる。
「私も前の依頼が終わってね、やっぱりミケと離れちゃうのはさみし…じゃない、えっと、懐が寂しくなっちゃったものだから、ミケがいないかな…じゃなくて、いい依頼でもないかなーってここに来たのね。そしたらミケがい…いやいやいや、えっと、ここの依頼を見つけて、お仲間に入れさせてもらおうと思って。よろしくね!」
全く言い繕えていない不純な応募動機を披露して、レティシアはにっこり微笑んだ。
一通り自己紹介が終わったところで、レヴィニアが満足そうに微笑む。
「ありがとうございます。では、依頼のお話を詳しくさせて頂きますわね」

「皆様にお願いしたいのは、わたくしの村を滅ぼした仇を探していただくことです」
「村を滅ぼした…かたき」
コンドルがゆっくり繰り返すと、レヴィニアは辛そうに目を伏せた。
「はい。わたくしの村は、あの女によって滅ぼされました…家族も、友人も、住む家も、全てを壊し、あの女は村に伝わる至宝を奪い去っていったのです。
わたくしは、無残に殺された家族や友人の仇を取り…そして、奪われた至宝を取り戻すべく、ずっと旅を続けてまいりました。しかし、わたくし一人の力には限界があります。そこで今回、皆様方にご助力をお願い申し上げた、という次第です。
あの至宝は村の宝…大きな力を秘めています。あの女の手にあっては、どのようなものに悪用されるやも知れません。わたくしだけの問題ではないのです。どうか、あの女の手から至宝を取り戻すお手伝いを…お願い致します」
「なるほど、な」
ふむ、と一息ついて、千秋。
「…過去に何があった?」
アーラがぼそりと尋ね、ミケがうなずいた。
「そうですね。ひとつの村が滅ぼされるというのは大きな事件です。村の規模はどの程度のものだったのでしょう?大切な人が奪われたのに規模は関係ないかもしれませんが…」
「そうですね…」
レヴィニアは何かを思い出すように顎に手を当てた。
「…わたくしの家族も含め…20世帯にも満たない小さな村でございました。白竜族自体の絶対数が少ないのもありますが…人数も、50人にも満たなかったと思いますわ」
「殺された人は、どんな風に殺されていた?
たとえば切り傷だとか、銃創、毒殺。それが解れば、犯人と遭遇したとき警戒できるでしょ?」
ホームズが訊くと、レヴィニアは厳しい視線を返す。
「魔法で焼き尽くされた者もいれば、剣で切り殺された者もいます。銃…は、さすがにありませんでしたが…毒殺、という間接的な手段ではございませんでした」
「無差別に殺していた?一箇所に集めて?遭遇した順に次々と?」
「遭遇した順に…という風でした。とにかく、村の民すべてを殺すのが目的であったようでしたわ」
おとなしそうな外見の割りにさらりと残酷なことを尋ねるホームズに、やはり言いにくいことをさらりと返すレヴィニア。妙齢の美しい女性が交わす会話とは思えない違和感の中、千秋が割って入る。
「レヴィニアは、その場に居合わせたのか?」
「はい…と、お答えするのがこの場合、正しいかどうかはわからないのですが…」
「どうしてあんただけ生き残ったの?どこかに隠れていたの、それとも居合わせなかったの?」
喋っているうちに気が高ぶってきたのか、人称代名詞が乱れるホームズ。レヴィニアは首を振った。
「わたくしは村の外に出る用事がございまして、難を逃れたのです。帰ってきたときには、もう…」
「…あれ、それなのにどうしてどうやって殺されたかがわかったの?」
眉をひそめるホームズ。レヴィニアは辛そうに目を伏せた。
「残っていた遺体から想像しただけですが、これ以上は…お察しください」
ホームズは少しばつが悪そうに眉を顰めると、言った。
「あぁ、ごめんね……ええと、それは何年位前の話なの?貴女も竜族だろうし…最近の話でもないんでしょ?」
「正確には、109年前のことです」
「109年?!」
驚いてレティシアが声を上げる。
「た、確かに竜族は長生きだって聞いたけど…基準が違うのねえ」
感心したように言うレティシアの向かい側で、千秋が眉をひそめる。
「ちょっと待て。レヴィニアは今幾つなんだ?」
「年齢のことでございますか?248歳でございます」
「で、その、村を滅ぼした女とやらは?」
「詳しくは記憶しておりませんが、確かわたくしより少し下だったと思いますわ。生きていれば、成人はしていると思います」
「え、ちょっと待って。その滅ぼした人って、知ってる人…っていうか、年がわかるくらいに親しい人なの?」
驚いてレティシアが尋ねると、彼女は頷いた。
「はい。あの女は、わたくしの村の民でございましたから」
何かをこらえるように、震える声で。
「パールフィニア・セラヴィ…あの女は自らの手で、自らの村を滅ぼしたのです」
「む、村の人が村を滅ぼしたって言うの…?!」
青ざめて絶句するレティシア。
「なるほどね…君の名前と似てると思ったら、君の村の人だったんだ」
妙に納得した様子で、ホームズ。
「…ということは、事件が起きた時、相手はまだ子供だったというのか?子供が集落を滅亡させた、と?」
千秋が言い、ミケも頷く。
「…そうですよね。当時はまだ未成年の少女が、年を経た龍族含めて、不意を突いたとしても滅ぼすのって、大変なことだと思うんですよ。彼女…ええと、パールフィニアさん、でしたか?彼女は、どうやってそんなことをしたんでしょうか?」
レヴィニアはゆっくりと頷いた。
「かろうじて生き残った者が、今際のきわに教えてくれました…あの女は、至宝を餌に、レッドドラゴンの一族を騙して村を襲わせたのだと…実際に村を滅ぼしたのは、そのレッドドラゴンの一族です」
「そう…ですか…」
ふむ、と唸るミケ。
「あ、あの、生きていれば成人はしてる、って言いましたけど…あ、あなたがもし、その、パールフィニアって人にいざ会った時に、本人だとわかるんですか?」
コンドルが尋ねると、レヴィニアは迷うことなく頷いた。
「はい。見間違えることはございません」
「と、いうことは…ある程度親しい人であった、と?」
マジュールが割って入る。
「お答えにくければよろしいのですが…あなたと、その、パールフィニアという女性は、どういったご関係なのでしょうか?例えば、家族ぐるみで付き合いがあったとか…」
「彼女は、関係だけで言うのでしたら、わたくしの従姉妹に当たります」
「従姉妹……」
「はい。わたくしの母の兄が、彼女の父に当たります。とはいっても、分家筋のわたくしと、本家筋のあの女には、幼い頃に共に遊んだというような記憶はないのですが……」
「それにしても、おまえだけ良く無事だったな。それともそいつが見逃してくれたのか?どっちにしろ、その時に友達を止められなかったのは悔しいだろ」
座り聞きしていたピリララが無遠慮に声をかけ、レヴィニアはそちらに厳しい視線を向けた。
「あの女は友達などではございません」
「ええ、なんで怒るんだ!?だって見てなきゃそのパ…パー…がやったってわからないじゃないか」
不満そうに言うピリララに、ホームズが頷く。
「そうだね。そもそもどうしてパールフィニア・セラヴィを犯人だと、きみは思ったの?さっき、生き残った人が死ぬ間際に言ってたって…はっきり、彼女が犯人だと言っていたの?」
「いいえ、それは…」
レヴィニアはわずかに言いよどんで、しかし次にきっと視線を返した。
「しかし、わたくしたちの村はその至宝を守るがゆえに、容易には進入できない結界が張ってあります。一族の者でないレッドドラゴンがそれを通り抜けられるとしたら、内部に手引きをしたものがいたということ…」
「けれど、それをその方がやったとは限らないでしょう?」
ミケの問いにも、レヴィニアは毅然と首を振った。
「事件の後、わたくしは同胞の亡骸を弔いました。そこに…あの女の遺体だけが、なかったのです」
「ふむ…」
唸る千秋の向かい側で、なおも青ざめてレティシアが言った。
「同じ村に住んでる人を…家族や、仲間を、どうして憎んだり、殺したり…そんな争いが起こるっていうの?」
悲しそうに目を潤ませて。
それを労るように視線をやって、ミケが続ける。
「そうですね、『なぜ』その人が村を滅ぼしたのか…あなたは、知っていますか?心当たりがあります?」
「はい」
レヴィニアはきっぱりと頷いた。
「先ほどお話しました…村に伝わる、至高の宝が目的であると…わたくしは思っています」
「その…探して欲しい、っていう宝物のこと?」
リィナが言い、ゆっくりと頷くレヴィニア。そこにまたピリララが無遠慮に割って入る。
「シコウの宝ってなんだ?やっぱりキラキラした奴か?それとも父上が好きそうな昔の本か?私は馬鹿のなおる実があったら欲しいなぁ」
「やっぱり認めてる…」
ミケがぼそりとつっこむが、レヴィニアは完全に無視。フォローするように、オルーカが続けた。
「そうですね。秘宝を取り戻す手伝いを、というのも依頼内容ですから…その秘宝に関する情報は必要ですね。形や…膨大な力、良くないことが起こるなど、もう少し詳しく教えて頂けますか?」
アーラもぼそりとそれに付け加える。
「その秘法に関する伝承もあったら…それも」
「順番にお答え致しますわね」
真面目な表情で、レヴィニアは頷いた。
「わたくしの村に伝わる至高の宝…先ほども申しましたとおり、わたくしどもの村はその宝を守るためにあり、外界からの接触を断っておりました。
はるかな昔に、わたくし達の一族に神から与えられた力…その力の結晶が、石の形を取ったものだと伝えられています」
「石…ということは、宝石ですか?」
「はい。手のひらほどの大きさの、紅い石です。神から与えられた膨大な力が眠っており、有事にはその力を使って難を逃れるように…と。
銘を、『クリムゾンアイズ』といいます」
「クリムゾンアイズ…」
「膨大な力…とは、どのようなものでしょう?魔力と解釈してよいのでしょうか?」
オルーカが尋ねると、レヴィニアは眉を顰めた。
「さぁ…それはわかりませんが…しかし、わたくしどもの一族にだけ使える力であるのではないかと、わたくしは解釈しております」
「自分だけの問題じゃない…と仰いましたよね。それって、どういうことですか?」
ミケが言い、レヴィニアは厳しい表情になる。
「先ほども申しましたとおり、もしその力を得たあの女が、良くないことを企めば…その力が及ぶのは、もはやわたくし達一族だけではない、ということです」
「よくないことってなんだ?他の村も滅ぼしてまわるとかか?」
ピリララがまた割って入り、リィナが続いた。
「そうだね、そんな大きな力を持ったものをわざわざ奪ったんだから、何か目的があるかもしれないよね。
その秘宝を使って国を滅ぼそうだとか…そういうの心当たりない?」
ピリララが割り込んだことにか、レヴィニアは眉を顰めて言葉を濁した。
「さあ…それは、なんとも。その可能性がある、としか申し上げられませんが…秘宝を手に入れるために村を滅ぼしたあの女のこと…その可能性が高い、とわたくしは考えておりますわ」
「なるほどねー……」
考え込む冒険者たち。沈黙が落ちる。
「…それで、あなたは、今までどんな風に探してきたの?何か、手がかりは見つかった?」
ホームズが問うと、レヴィニアは目を閉じて首を振った。
「いいえ、何も。何しろ、100年以上の時が経っています。わたくし同様、あの女も成長していることでしょうし、何をしているのか、足取りも全くつかめない状況で…わたくし自身も、あまりこういった事に手足れている訳でもなく、ただその日を食べ繋いでいくのに精一杯で…
しかし、このままではわたくしの思いは果たせないままです。思い切って、冒険者様をお雇いすることに致しました。皆様のご助力を、期待しておりますわ」
「今まで全く、足取りをつかめなかったのですか?」
オルーカが尋ねると、気落ちしたように頷く。
「はい。先ほども申しました通り、わたくしとあの女は、血縁があると申しましても、それほど親しかったわけではないのです。ましてや、当時はお互い少女でございましたし…今どこで何をしているのかは、全く…」
「では、探す手がかりとなる外見の特徴や、性格や、趣味嗜好などは……」
「…申し訳ございません。そのような手がかりがもっと具にあれば、わたくし自身の手であの女を見つけ出せていたと思いますが……そのような事情ですので、冒険者様のお手をお借りしようと思い立った次第でございます」
「要するに、手がかりが少ないからお前らを雇ったんだろ仕事しろやボケ、ということだな」
うんうんと頷きながら、ピリララ。レヴィニアはそちらのほうには全く取り合わず、続けた。
「わたくしが記憶しておりますあの女は…わたくしと同じ白竜族、なのはもちろんでございますわね。わたくし同様、乳白色の髪をしておりました。少々癖のある髪質であったと思います。瞳も、わたくしと同じ青。空色の服を好んで着ていたように思います。あまり話をしたことがございませんので、性格や嗜好などはわかりかねます…申し訳ございません」
「では、彼女の現在の職業なんかも…」
ミケが言い、また沈鬱な表情で首を振る。
「…申し訳ございません」
「いいえ、それであなたも今まで苦労してこられたのでしょうし。がんばりますよ」
ミケは苦笑して、励ますように言った。
「それで…その、失礼ですが報酬はいかほどでしょう?」
言い難そうにオルーカが切り出した。
「気を悪くしたらすいません。いやらしい人間と思われるかもしれませんが、今回の一番の私の目的はそれですし、こういうことは始めにきっちり決めておきたいタイプなんです。
それと期間ですね。人探しという途方もない依頼ですから、見つかるまで半永久的…ということはないでしょうが、見つからなくても二週間限定とか。その辺りを詳しくお願いできますでしょうか」
「もちろんですわ。大事なことですものね」
レヴィニアは気を悪くした様子もなく、にこりと微笑んだ。
「今回の報酬と致しましては、まず、依頼をお受けいただく冒険者様に前金として金貨五枚ずつ。
期間は、半永久…と言えなくもないかもしれませんね。見つかるまでお探し頂きたいのが本音です。ですが、皆様方を永久に繋ぎ止めておく訳にも参りません。
ですから、皆様方が無理と判断なされたら、その時点で依頼は放棄してくださって結構です。その旨わたくしにお伝え下さいましな。前金はそのままお持ちくださって構いません。
見つけて頂けましたら、成功報酬としてその時点で放棄なさっていない方々皆様に金貨10枚ずつ。お出しするつもりでおります」
「持ち逃げオッケーなのか?!」
ピリララがびっくりして問う。そちらのほうは無視したまま、問いに答える形で冒険者達に言った。
「もちろん、前金を渡した時点でそれをお持ちになり姿を消されることも可能ではございますわね。皆様の良心を信じておりますわ」
にっこり笑って。
「もちろん、お金だけもらって逃げるようなことはしないわ。あ、ねえ、だけど…」
笑顔で言った後で、レティシアの表情が曇る。
「復讐…って言ったわよね。誰かを殺すとか…穏やかじゃないなぁ、って私は思うの。私達は冒険者であって、殺し屋じゃないんだから。
だから、私は人を探すのは手伝えるけど…その先は手を貸すことはできないから。それでいい?」
「そうですね。その後の敵討ちまで、私達がお手伝いする必要はありますか?」
気の進まなそうなレティシアとは対象的に、淡々と問うオルーカ。
レヴィニアは目を閉じて少し考えた。
「…強制は致しません。ですが、秘宝を手に入れたあの女がどんな力を身につけているかわからない以上…わたくし一人であの女に対抗できると宣言できないのが正直なところです。
これ以上は…皆様方にお任せいたしますわ」
「ひとつ、訊いておきたいんですが」
真面目な表情で、ミケ。
「あなたにとって大切なのは、敵を討つことですか?それとも、秘宝を取り返すことですか?」
質問に、レヴィニアは眉を寄せた。
「……正直申し上げて、わかりません。秘宝をあの女が持っていては大変なことになる…という気持ちは、本当です。しかし、わたくしの大切なものを残らず奪い去っていったあの女を憎く思う気持ちも、また真実なのです。どちらが上かなど…考えられません。申し訳ございません。
ただ…故郷を滅ぼしてまで秘宝に執着していたあの女のことです。秘宝を返せと言ったところで、素直に返すとも思えません。あの女を倒すということと、秘法を取り返すということは、イコールであると考えております」
「そうですか…わかりました」
ミケは頷いて、顔を上げた。
「では、早速調査に取り掛かりましょう。皆さんはどこに行かれますか?」
「僕は、そうだね、大通りのほうで情報を聞いてみようと思うんだ。
誰か、一緒に来てくれる人はいないかな?」
ホームズが言うと、マジュールがそちらを向いた。
「…では、私がご一緒してもいいでしょうか…?
世界中の情報が集まっているところ…となれば、やはり酒場などが適しているのでしょうが…酒場には、少し、辛い思い出がありまして…」
言って、しゅんとうなだれる。
「じゃあ、酒場にはリィナが行くね。真昼の月亭に風花亭に…白銀のイルカ亭のお客さんにも聞いてみる。ヴィーダには多分たくさん旅の人が居るから、少しは情報があるといいなぁ…」
「…では俺も行こう…大勢の者達が集まるから、知っている者がいるかもしれない。今の職業も外見も性格もわからないとなれば…探すのは多少難しいかもしれないがな…」
アーラがそれに同意し、コンドルもおずおずと手を上げる。
「あ、じゃ、じゃあ、ボクも…あの、酒場を、探そうと思います…」
「あ、じゃあ私も私も。冒険者って、世界の至るところに出掛けて行くから、その情報量や情報網って結構頼りになるものよ。あ、私はまだ冒険者になって日が浅いから、まだそこまでの情報や知識はないけどね。
だから、やっぱりまずは冒険者たちに話を聞くのが一番いいと思うのね」
レティシアが言い、ミケも頷いた。
「そうですね、僕も酒場を見て回ることにしましょう。酒場はいくつかありますから、分担して回ることにしましょうね」
「あ、じゃあリィナ、白銀のイルカ亭に行くよ」
「では、私もお供させて頂いてよろしいですか」
オルーカが静かに申し出た。
「とにかく私自身この辺りに不慣れということもありますし…人の集まるところをご存知の方にお供させていただきたいです」
「うん、よろしくね、オルーカさん」
リィナは笑顔でそれに頷いた。
「ぼ、ボクは、こ、この風花亭で聞き込みをすることにします…」
コンドルが言うと、アーラがすっと手を上げる。
「…では、俺もそれに付き合おう…」
「では、僕は残りの真昼の月亭に行くことにしますね」
「ミケは真昼の月亭かぁ…じゃあ、私も一緒に行っていい?」
嬉々としてレティシアが言い、ミケも笑顔で頷いた。
「ええ、もちろん。がんばりましょうね」
「やったぁ!」
一通り皆の意見が出揃うと、千秋が頷きながら言った。
「では、俺は魔術師ギルドに行くとしよう。何か情報があるかもしれん」
「レヴィニアさんはどちらに行かれるのですか?」
ミケが問うと、レヴィニアはにこりと微笑んだ。
「わたくしは、皆様とは別行動を取らせていただいて…わたくしの調査を続行することにいたしますわ」
「え、私たちと一緒に来ないの?」
てっきり一緒に調査をするものだと思っていたレティシアが、きょとんとして聞き返す。レヴィニアは笑みを崩さずに答えた。
「ええ、皆様方の調査は皆様方にお任せして…わたくしはわたくしで進めている調査がございますので、そちらを続けます」
「では、連絡はどう取ったらいいのだ?見つかったときなど困るだろう」
千秋が言い、レヴィニアは頷いた。
「もちろん、毎日定時に皆様からのご報告を聞く時間は設けますわ。後ほど細かいことをご説明いたしますわね。ほかに何かご質問はございまして?」
レヴィニアが一同を見渡し、質問がないことを確認して、にこりと微笑んだ。
「では皆様、よろしくお願い致します。皆様のご活躍を、期待しておりますわ」

「なあなあ、レヴィはどこに行くのだ?みんなと一緒には行かないのか?別行動なのか?」
酒場を出て、冒険者たちとは別の方向に歩き出すレヴィニアに、不思議そうな顔をしてついていきながら、ピリララが後ろでまくしたてる。
「そんなことを言って、私だけ除け者にして、皆で他の場所に集まる気だな!?」
対するレヴィニアは、全く無視を決め込みながら、カツカツと早足で歩いていく。ピリララは憤慨した様子で、意地になってそれについていった。
「こらー!無視するな!置いてくなー!!」
ぎゃんぎゃんとわめくピリララ。
レヴィニアはしばらく肩を震わせながら歩いていたが、やがて耐えかねて怒りの形相で振り返った。
「いい加減になさいまし!!なぜわたくしの後をついてくるのですか!」
「私はまだ雇われたわけじゃないから、おまえから目を離したら置いてけぼりにされるだろう。だから一緒にいる。別にいいじゃないか一緒にいるだけだぞ?邪魔はしないようにする」
「一緒にいるだけで充分邪魔です。皆様と一緒にいらっしゃればよろしいでしょう」
「あれだけの人数いっぺんに顔と名前を覚えられるか!一人か二人、一致すればいいほうだぞ!もうすでに別れた後だし、今から戻ってもわかるかどうか……あ、今馬鹿だと思っただろう」
「自覚があるところだけはかろうじて馬鹿ではないのですね」
「馬鹿と言うな馬鹿と!それに、私と一緒に来たコン…コン…とかいう子供のほうがよっぽど頼りにならなそうだったではないか!私を雇わずあの子どもを雇うのは納得がいかん!」
「コンドル様でございますか?子供と仰いますが、あの方は貴方様よりずっと年上でいらっしゃると思いましてよ?」
「あの子供が私より年上?どういうことだ?」
「貴方様にお話しする義理はございません」
「ムキー!!馬鹿にするな馬鹿にするなー!もういい、とりあえず、ついて来て欲しくないのなら私を雇え。この際報酬はいらないから!あ、でも馬車代も持ってない……お金を借りてもいいか…?あの、荷物も持つし夜の番も進んでやるから…頼む」
もはや完全に目的を見失っている。
レヴィニアは沈鬱な表情でため息をついた。
「……致し方ございませんわね。荷物も夜の番も結構です。皆様方と同様に前金をお渡しいたしますから、皆様方と合流して調査なさいまし」
レヴィニアは懐に収めていた金袋を取ると、ピリララの前に差し出した。
ぱっと表情を輝かせるピリララ。
「ほ、本当か?!よし、私頑張るからな!つり橋に乗ったような気分でいろ!」
「…………ではわたくしはこれで」
レヴィニアはもはやかける言葉も見当たらず、ピリララに背を向けて歩き出した。
「おう!レヴィもがんばれ!さて、早速調査に向かうぞー!」
ぶんぶん手を振って見送ってから、ピリララは意気揚々と振り返った。
と。
どん。
「うわ」
「わぁっ」
ちょうどやってきた人物にぶつかって、出鼻をくじかれる。
「あたたたた…ちゃー、ごめんねーお兄さん」
声がした方…下を向くと、14歳ほどの少年が鼻を押さえていた。褐色肌に尖った耳、リュウアン風の身軽そうな衣装に身を包み、大きな眼鏡をかけている。彼はずれた帽子を直しながら、上目遣いでピリララを見た。
「お兄さんの筋肉、かったいねぇー」
「おう!私は鍛えているからな。腹筋は割れていなければ腹筋ではないぞ!」
「んーマッチョ萌えは専門外だなぁ。でもその切れ込みの入ったツナギはいいよねぇーうちの常連さんにも需要ありそう。勝負服よ!何の勝負?野球拳!考え直してー!みたいなー。っていうか、マッチョでツナギでなおかつ三つ編みってそのアンバランスさがすごいよねお兄さん!お好きな人にはたまらないってヤツなのかなぁ、僕もまだまだ勉強不足だなぁ。つるぺた4頭身なら右に並ぶ者はいないっていう自信はあるけどさー?こないだの猫天使もモチーフとしては良かったよねぇ、羽根幼女に抱かせたらいいのが出来そうな気がするんだけどやっぱり僕の顧客ボンキュッバンが好きだからさーなんていうのかなー欲求不満?」
ピリララを上から下までじろじろ見ながら、一人でわけのわからないことを言いつつ頷く少年。
「お前、さっきから何言ってるんだ?わけがわからないぞ」
首を傾げるピリララに、少年はあははと笑った。
「だーよねぇー、うんうん気にしないで?ぶつかってごめんねーお兄さん」
「反省してるなら気にしないぞ!というか3歩歩けば忘れてるしな多分!」
自覚はあるようだ。
「じゃあな、前方に気をつけるのだぞ、少年!」
「お兄さんも、チャックそれ以上下りないように気をつけてねー」
お互い陽気に手を振りあって、それぞれの行く先に歩いていく。
ピリララは表通りへ。少年はピリララと逆の方向…レヴィニアが向かったのと同じ方向へ。
「あーあー、なーんで僕がこんなことしなくちゃいけないのかなーいくらこっちに遊びに来てるからって人使い荒すぎだよねー。ま、お使いはさっさと済ませてー、シヴァちゃんとこに遊びにいこーっと♪」
そして、裏通りへ続く道に再び静寂が戻った。

「あ、あの、ぱ、パールフィニア・セラヴィって人を知っている人は居ませんか?」
風花亭。
声をかけているかいないかも判別できないほどに小さな声で、コンドルはあたりの冒険者たちに聞き込みをしていた。
「パールフィニア・セラヴィ?変わった名前ねえ…」
何とかそれを聞きとどめた女性の冒険者が、首をひねる。向かいに座っていた男性が、面倒げに言った。
「名前だけじゃ何とも言えんな。とりあえず名前に心当たりはないぜ」
「…白竜族の、女性だ…白い髪に青い目…年は成人しているくらいだ」
傍らのアーラが補足する。が、冒険者たちの表情は渋いままだ。
「白竜族…ねえ。めったに見ないから、いたら印象に残りそうだが…」
「心当たりは無いわねえ。ごめんなさいね」
「そ、そうですか…あ、ありがとうございました…」
コンドルがぺこりと頭を下げて、その場を離れる。
「はぁ…や、やっぱり、名前だけじゃわかりませんよね…」
ため息をつくコンドルに、アーラも嘆息する。
「風花亭なら、レヴィニアが既になんらかの聞き込みをしていてもおかしくないしな…」
「あ、そ、そうですよね…」
しゅんとうなだれるコンドル。
「あ、あの…アーラさんは…こ、今回の依頼のこと、ど、どう思ってるんですか?か、敵討ち…って」
遠慮がちな質問に、アーラは肩を竦めた。
「全く意味もなく、つまらない事だと思っている。例え憎い相手でも、敵討ちなどするものじゃない。例え…俺が全てを失われてもな…」
「そ、そう…ですか…」
コンドルは困ったように、悲しそうに、眉を寄せた。
「ボクは辛いものだと思ってます。
ボクは大切な人たちを殺されたのに、その殺した本人は何も苦しまず生きているのだと思うと絶対に許せないです。ホントはしちゃいけないことでも、ダメだなんて言えないです…。
だって…どうする事も出来ないなんて辛すぎるじゃないですか…」
「だからといって、敵を討ったところでどうにかなるとも思えんがな」
「そ、そうですけど……」
それきり、コンドルは口をつぐんだ。
その、悲しそうな、悔しそうな瞳は、言葉にしていない何かをはらんでいるようで。
この小さい体の中にどんな過去や思いが秘められているのか。訊いてはいけない気がして、アーラも口をつぐむ。所詮、敵討ちをしたいなどと思う人間の気持ちは、大切な人を無残な形で失ったことがない限りは判らない。想像でものを言い、正論を紡ぐだけなら容易い事だ。
「…あ、あの…パールフィニア・セラヴィっていう人を…」
入口からまた新しい冒険者が入ってきて、コンドルはそちらのほうにとてとてと歩いていく。アーラもその後を追った。

「うーん、やっぱり名前と髪と目の色だけじゃ、なかなか情報はないわねー」
真昼の月亭。
疲れたように嘆息して、レティシアが言った。
「年さえもはっきりしてるわけじゃないし。せめて、たとえば、口元にほくろが…とか、相手に質問しやすい特徴があったらいいのに…これで人探しなんて、ぶっちゃけ無理なんじゃないのかなあ」
聞き込みも空振りに終わり、ついつい本音が出てしまう。
ミケは苦笑して言った。
「そうですね、そんなに手がかりがないからこそ、レヴィニアさんも100年もの間見つけられなかったのですし、高いお金を出して僕たちを雇う気になったんですよ。もう少し、続けてみましょうよ」
「うーん。そうねー、ゴメンゴメン、最初からそんないい情報にぶち当たるわけないもんね」
レティシアも苦笑して、うーんと伸びをした。
「さ、気を取り直して続け」
ばたーん。
立ち上がりかけたところに、勢いよく酒場のドアが開く。
上機嫌で入ってきたのは、ピリララだった。ざっと酒場の中を見渡し、ミケたちを見咎めると、まっすぐそちらに歩いてくる。
「ああ、ピリララさ…」
「そこのお前、人を探しているのだ少々時間を貰うぞ。最近この近くで私によく似た金髪の、20代の男の月光人を見なかったか?今ごろならきっと人間の女性も一緒にいる筈なのだが。名前はおばた」
べし。
「アー痛い何をする!」
顔にはりついた黒猫を引っぺがして、ピリララは怒鳴った。
ミケも負けじと怒鳴り返す。
「何やってるんですか!探す人が違うでしょう、パールフィニアさんですよ!白竜族の!」
「痛いじゃないか猫を投げるな馬鹿!私はただ父上の事を聞いただけなのに、なんで急に肉球を押し付けられなくてはいけない!気持ちよかったけれど、ちょっと猫くさかったぞ!」
「何て言いました!?ポチと全国の猫に謝って下さい!だいたい僕と貴方は知り合いでしょう、さっき自己紹介したばかりじゃないですか!何で僕に訊くんですか!」
「おまえの顔に見覚えはあるような気もするが、名前が思い出せないから知らないことにしたまでだ!5回くらい聞けば覚えるような気もする!だいたい全国の猫に謝ってる暇はない、父上を探すという目的があるのだ!」
「ミケですミケですミケですミケですミケです!パールフィニア・セラヴィを探すというレヴィニアさんの依頼はどうなったんですかー!!」
怒鳴りあいの末に痛い所を突かれたらしく、ピリララの目が泳ぐ。
「そ、それはこれからやろうと思っていた所だ!…本当だぞ!?父上のことを聞いてから聞こうと思って…なんだその目はー!」
ミケはため息をついて、引っぺがされた黒猫を抱き上げた。
「ふぅ、行きましょうかポチ」
「無視するなミケですー!」
「”です”は名前じゃありませーん!!」
「ギャーいたあぁあーい!!」
力任せに三つ編みを引っ張られて悲鳴をあげるピリララ。
「ま、ま、まあ2人とも落ち着いて?」
レティシアが何とかなだめに入る。
「えっと、ピリララ?私も一応、仲間だから。レティシアよ。レティシア。レティシア。レティシア。レティシア。レティシア。覚えた?」
「おう!なんとなく覚えた気がするぞ、レティ!レヴィと名前が似ていてときどき間違えるかもしれないが気にするな!」
「それはGMがいちばん後悔してるポイントだからつっこんじゃダメよ。ちなみにリゼスティアルの皇女ともかぶっててがっくりよね。それはともかく。ここの人たちに、パールフィニア・セラヴィのことを知っている人はいなかったわ。他を回るか…他の酒場の人が何か掴んでるかもしれないけど」
「まあ、焦っても仕方がありませんし、少しここで休憩でもしていきましょうか。アカネさん、何か飲み物を頂けますか。僕はミルクティーで」
「あ、じゃあ私レモンスカッシュ」
「とんこつラーメン麺抜き!マヨネーズたっぷりでな!」
「飲み物じゃないでしょう!コレステロール値が上がりますよ!」
「あはは、ミケが怒ると思って言っただけだ。私は牛乳がいいぞ」
「おちょくられた…?!」
「おお、この牛乳(使用前)というのがいいな!」
「なんですかそれ」
「あそこに書いてある」
「メニューにあるんですか!」
驚くミケに、アカネがパタパタと手を振る。
「えー、でもそれ使う前ですからただの牛乳ですよ?」
「何に使うんですか?!」
「ミケうるさい」
アカネが厨房に引っ込んで、カウンター席に座った3人はふうと一息ついた。
「でも…ミケがいたから思わず依頼受けちゃったけど、正直意外だな。ミケが敵討ちなんていう依頼受けるなんて」
レティシアがしみじみ言い、ミケは頷いた。
「そうですね…レヴィニアさんが真剣なのもわかりますし、事情を聞いて相手を憎く思う気持ちもわかります。ただ…そのパールフィニアという女性には、僕は会った訳ではないですし…レヴィニアさんのお話から、その女性が犯人であるということが限りなく疑わしい状況であっても、僕のこの目で犯行を確認したわけではないですし。探して、見つけて、さあ敵討って下さい、という風になるかは、自分でもわかりません。その女性が、レヴィニアさんの言うように、本当に力のためにはなりふり構わない、放っておいたらあちこちに危害が及ぶような危険な方だったら、手を貸すこともあると思いますが…」
「そうよねえ。全く知らない人を、敵討ちのために殺しますから探してください、っていうのがねぇ。微妙といえば微妙なのよね」
ふぅ、とため息をついて、レティシア。
「依頼の時も言ったけど、敵討ちなんて私は賛成しかねるのね。生きてこそ、生かしてこその人生だと思ってるから。殺されたから、相手も殺してリセットっておかしいと思うのよ。それなら生かして、罪を償わせる方がいいと思うの。
そりゃ…許せない、って気持ちはわかるけれどね。レヴィニアの受けた苦しみは、私が想像できるようなものじゃないんだろうし…その気持ちを全部なしにしろ、っていうのは無理なのもわかる。
まあけど、いつ命を落とすか判らないような兄がいる身としては、命は大切にして欲しいわけよ」
「お兄さん…エリオットさんですか?」
レティシアを迎えに来た兄を思い出してミケが言うと、レティシアは苦笑した。
「あー、エリオット兄ちゃんがそんなか弱い訳ないじゃない。エリオット兄ちゃんの下の兄ちゃんよ。ルティア兄ちゃんっていうの。小さい頃から身体が弱くてね、あまり満足に外にも出られなくて、最近になってようやく外に出られるようになったんだけど、それでも飛んだり跳ねたりはご法度なの。
だからねぇ、私も兄ちゃんを見てるから、命ってすごい大切なものなんだなって思うし、軽々しく死ぬとか殺すとか言って欲しくないな、っていうのはあるのよね」
「そうですね…」
兄の話は耳に痛く、ミケは少し苦笑した。
「……もしも、自分一人残して故郷が滅びたら……僕ならどうするかな。……家族は苦手だけれど、憎い訳じゃなかった。故郷は好きだと、思う。……そうしたら、滅ぼした人が憎くて仕方ないかも知れない。
少なくとも、僕は自分をまず責める。
そうして、もう失わないように、今度は守れるように力を付けると思います。……どうだろう、敵を取ろうと、思うかな……」
自分自身に問いかけるように。
「僕はレヴィニアさんを否定はしません。同じ状況なら僕もでもそうするかもしれないから。
でも、積極的に肯定もしたくない。第3者の視点で申し訳ないですが、……やっぱり僕自身、人を殺すの、嫌いなんだと思うので。
それよりも、僕は…パールフィニアさんのことも含めて、なぜそんなことをしたのか、が知りたいんだと思うんです。村1つを滅ぼしてまで、なぜその秘宝を、力を手に入れたかったのか。僕がこの依頼を受けたのは、それが知りたかったから、だと思うんですよ」
「なるほどねぇ…」
真剣なミケの横顔にうっとりと見惚れながら、レティシア。
「ピリララさんはどうなんですか。敵討ちとかは」
いきなり自分に振られ、ピリララはきょとんとした。
「私か?別に構わないと思うぞ。
私も家族が理不尽に殺されたら敵を取りたいと思う。もし、なにか悪いことをした罰で殺されたなら…まだ我慢は出来る。でもただそこに居たというだけで、誰かの都合だけで、なんで私の大事な人が殺されなきゃならない。なんで殺された怒りを我慢しなきゃならない。
そいつにも家族がいる、死んだら悲しむ人がいる。そんなことはわかってる。でも、そいつが誰かを殺すのは良くて、私がそいつを殺すのは悪いのか?そんな理屈はよくわからない」
言っているうちに自分でその光景を想像して熱が入ってくるピリララ。目じりにはうっすら涙も浮かんでいる。
ふぅ、とため息をつくと、続けた。
「ここまでは私にもわかるのだが、父上はさらに『敵討ちという理由があろうとも人殺しは人殺し、罪に問われることはしない方がいい』と言った。していいのか悪いのか…難しくてよくわからない…」
むうぅ、と眉を寄せて困った顔をする。
「父上がなんて言ったか全部覚えているぞ。『いいかピリララ。奪った者から奪い返したら、相手の子供がお前の元に奪い返しに来るだろう。永遠に続くループだ、実に下らない。こんな事は早々に断ち切っておいた方がいい。
一番”良い”のは奪い返さない事だ。だが我慢したのでは意味がない。奪い返さなくても良いと、奪った相手を許せるのならば、それが一番だろうな。精神衛生上』
…セイシンエイセイジョウってなんだ?」
「えっと、自分の気持ちがいちばんいい形で収まる、っていうことだと思うわよ」
「いいことを言うお父様ですね」
ミケが言い、えへへと照れるピリララ。
「ええと、『二番目に”やりやすい”のは相手に繋がる者を全て消しておくことだ。家族も友人も同じ故郷の者も全部。そうすれば誰も奪い返しに来ない、輪は繋がらない。ただし、本人以外を手に掛けることは半端な怒りと覚悟では出来ないだろう。なによりここまでやったら法の番人が黙ってはいない。すぐに捕えられて処刑され、お前の汚名はしばらく語り草になるだろうな』」
「早くも前言撤回したくなりました」
半眼でミケ。ピリララはそちらには取り合わずに、続ける。
「『三番目に”賢い”のは誰にも知られず討ち取ることだ。いいか、ピリララ。誰がやったのかわからなければ良いというものではない。事故でも病気でもいい、相手の死に誰も…何も疑問を抱かないように上手くやるんだ。そうすればお前は罪に問われず、相手の家族も恨みを抱くこともないだろう。爽快感はないが達成感はあるし…』と、ここまで言ったところで母上が『子供に何てことを教えるの!!』って怒って父上を隣の部屋へひきずって行ったから終わりだ」
「そ、そぉですか…何かなんとも言いようのない既視感を感じるんですが…ど、どんなお父上なんですか…というか、どんな親子の会話なんでしょう…」
げっそりとしてミケが言うと、ピリララは表情を輝かせた。
「私の父上はすばらしい方だぞ!何がすばらしいかというとだな、もう全てがすばらしいのだ!私と違って馬鹿ではないし、いや私も馬鹿ではないのだぞ!父上の仕事に対するひたむきな姿勢、決してガタイは良くないがあれこそがオトコの背中だ!カタカナで書くとなんだかアヤシイな。漢と書いておとこと読むのだ。父上はまさに漢の中の漢、風に流れるあの緑がかった綺麗な金髪といい、涼しげな目元といい、女は言うまでもなくたまに男も見惚れてしまうほどの美貌といい、父上よりすばらしくすばらしい方はこの世にはいないのだ!他にもな……」
それから2刻ほど延々と「父上萌え」を語られ、ミケはさらにげっそりとしながら、「父上について」をこの青年に訊いてはいけない、と魂に刻み込んだ。
どこかで見たような気がする「父上の特徴」も、右から左へとスルーしてしまうほどに。

「パールフィニア・セラヴィという白竜族の女性を探しているのですが…お心当たりはありませんでしょうか?」
白銀のイルカ亭。
風花亭よりまばらな客に、丁寧に聞き込みをしていくオルーカ。しかし反応は芳しくなく、また丁寧に礼を言ってその場を離れる。
「オルーカさん、どうだったー?」
向こうのほうを回っていたリィナが歩いてくる。オルーカは目を閉じて無言で首を振った。
「そっかー……まあ、名前と簡単な外見だけじゃねえ。年もはっきりわからないし…」
「まあ、調査は始まったばかりです、気長に行きましょう」
「そうだねー。ちょっと休憩しよっか」
リィナの提案にオルーカも頷き、二人はカウンター席に腰をかけ、簡単な飲み物を注文した。
「やっぱり大変だね、手がかりが少ない人探しは」
「そうですね…レヴィニアさんの苦労がしのばれます」
苦笑してオルーカが言い、リィナはふぅとため息をついた。
「敵討ちかぁ…人を殺すとか好きじゃないんだよね。まぁ、大切な人を失ったんだから仕方ないのかもしれないけど…
オルーカさんはどう思う?」
問われ、オルーカは戸惑ったように口元に手を当てた。
「私…ですか?申し訳ありません、ノーコメント、でよろしいですか?これは経験論からなのですが、依頼中に、そういう個人的な見解の交換はしないようにしてるんです。すいません」
「あーんー、そうなんだ?
うーん…リィナもパパとママを殺されたんだけど…その時の痛みはお兄ちゃん達が埋めてくれたし、結局相手もわかんないしね。
リィナも、もしお兄ちゃんが殺されたりしたら、その殺した人を殺しちゃうかもしれない…獣みたいに怒りのままに、殺せなかったとしてもリィナの痛みを刻むぐらいは…」
目つきが真剣になってくるリィナを、不思議そうに見つめるオルーカ。
が、リィナはすぐにぱっと表情を崩すと、手をパタパタと振った。
「…まぁ、そんなことはないだろうけどね。お兄ちゃんは強いもん。お兄ちゃんが負けるなんて、ないない。もしも、お兄ちゃんが負けるんならリィナもあっというまにやられちゃうよ」
「お兄様は、お強い方なのですね」
「うん!リィナにとって、すっごいすっごい、大切な人だよ!」
リィナは兄が褒められたのが純粋に嬉しいらしかった。顔をほころばせて言ってから、また真面目な表情になる。
「それにね。冷静に考えると、その憎しみのままに敵討ちをしても、死んだ人は帰ってこないし、死んだ人が喜ぶとも限らない。
その敵にだって家族もいるだろうし、大切な人もいるかもしれない。そしたら結局、今度はこっちが敵になっちゃうかもしれないね」
「そうですね…」
神妙な表情になって、オルーカ。
リィナは複雑そうに眉を顰めてから、ふぅと息をついて肩をすくめた。
「ま、結局はレヴィニアさんの問題だし。リィナは依頼をこなさなきゃね」
「…そうですね」
ゆっくりと頷くオルーカ。リィナはあたりをきょろきょろと見渡した。
「ここがダメだとするとー…あとはどこかなあ」
「大衆食堂、武器や道具屋の類、図書館…役所なんか以外に盲点だったりしますよ。過去の経歴の洗い出しもできますし」
「あ、なるほどねー。うん、じゃああとで回ってみよっか」
「はい。ああ、ドラゴン族の方の溜まり場というか、サロンみたいなところがあれば、そこはもちろん外せませんね」
「竜族の溜まり場?んー、そんなのがあるのかなあ?」
「さあ…あればと思って口にしたのですが…」
「竜族の人ってさ、あんまり人間の前に姿現さないんでしょ?それでもヴィーダみたいにたくさん人がいたら、それなりにいて、何か同業者組合みたいなの作ってるのかなぁ。けど、そうだとしてもやっぱりそれって人間が知ってることじゃなさそうだよね。ドラゴンのことはドラゴンの人に聞いてみるのがいいんだろうけど…」
「ヴィーダ在住のドラゴンの方…ですか…どなたか心当たりはないでしょうか…」
「ヴィーダに住んでるドラゴン…かぁ……あっ」
ふと思いついたように、リィナがポンと手を打った。
「前に依頼受けた、カイちゃん。あの子は確かドラゴンだったな」
「カイ、さん?」
きょとんとするオルーカ。リィナは笑顔で頷いた。
「うん。魔法を教えてる学校に通ってる、レッドドラゴンなんだよ。もしかしてカイちゃんなら、そういうドラゴンの集まりみたいなのを知ってるかもしれないね」
「学校に通われているのですか…では、明日がちょうど安息日ですし、訪ねてみるのがいいかもしれませんね」
「うん、そうだね。じゃあ今日は、別のところ回っちゃおうか」
「はい、そうですね。では、参りましょう」
二人は頷きあい、会計を済ませると酒場を後にした。

「失礼。手紙を出したいのだが」
魔術師ギルドを訪れた千秋は、カウンターの受付嬢に言った。
メール配送サービスに案内され、指定の封筒を渡されて、傍らに用意された机に腰掛けると、便箋にしたため始める。

『前略。
こちらは今、まさに仕事の真っ最中だが、そちらはやはり今日も暇を暇で潰す日々なのだろうか?
位を剥奪されない程度には仕事をするそぶりをした方がいいと思っているのは今も変わらぬ故、ご一考願う。
さて、この度は国内で少し調べ物をして欲しく思い、手紙を出した』

ふぅ、と一息つき、なるべく簡潔に、要件を書いていく。
パールフィニア・セラヴィなる人物を探していること。白竜族の女性で、成人はしているが詳しい年齢はわからない。癖のある白髪に青い瞳ということ以外、性格や職業などはわからない。
その人物は白竜族の村一つを丸ごと滅ぼした危険人物かも知れないので、もし国内で見つけたら足止めをお願いしたい。
また、その証拠集めとして、白竜族の村で突然消滅したという事件がないかどうか調べて欲しい。
赤い宝石の至宝がその村から持ち去られたらしい。多分マジックアイテムだと思うのだが、白竜族の村と赤い宝石という言葉からどういう性質のものなのか知らないだろうか。

そこまで書いて、苦笑する。
「……あの暇人にいきなりこれだけ突きつけるとショックが強すぎて倒れるかも知れんな。だが、たまには良いだろう。あれも一応ナノクニの貴族だ。本腰を入れればそれなりに調べられるのではないかと期待しているが…」
一人ごちて、千秋は続きをしたためた。

『以上だ。情報が少ないうえに、白竜族などという気の長い種族故、100年以上前の話なのだそうだ。
神仏にもすがる思いでこの手紙をしたためたので、何卒よろしく頼む。
          一日千秋より、柘榴の君へ        』

最後まで書いてから、自分で微妙な笑みを浮かべてしまう。
「柘榴の君…か。言いえて妙だな。皮肉が返ってくるのが目に浮かぶようだ」
したためた便箋を所定の封筒に入れ、窓口の魔道士に差し出す。
「着払いで頼む」
「かしこまりました」
営業スマイルで封筒を受け取る魔道士。千秋は肩で息をついた。
「…今の俺に最速のサービスの料金を支払う余裕はないからな…さて」
一息つくと、あたりをきょろきょろと見渡す。
「一応、ここでも聞き込みをしてみるか…冒険者を雇う窓口があったな、あそこに行くべきか」
こちらに来たのとは逆側にあった看板を思い出し、そちらに足を運ぶ。
一人で歩きながら、千秋はこの依頼のことを考えていた。
「…敵討ちか」
故郷でもそういった話を何度か聞いた覚えがある。加害者が悪党だったり、暴力があまりにも理不尽だったり。そういう話は大概が美談として、あるいは教訓として語り継がれていた。もっとも、ほとんどはフィクションだったが。それ故に同情や快哉を叫ぶ人も多かった。
しかし、今の彼にとっては敵討ちは別の意味合いを持つ。
想いを通じた隣人の少女と、その一門を皆殺しにされて、復讐心が育つ間も無く下手人として追放。
空虚な心を抱えたまま放浪して数年、たまたま届いた便りに呼ばれて故郷に戻れば、偶然にも埋もれた過去を清算する出来事に遭遇。その過程の最後で、一応は仇討ちとも言えることはやったが……それもあまり気分の晴れることは無かった。
どう裁きようのない天災のような犯人だったというのもあるが……所詮は現実に対する八つ当たりでしかなかったからだ。
だから、あの席ではレヴィニアには何も言わなかったが、彼自身は敵討ちということに対しては否定的だった。
敵討ちをしたところで、後に何が残るわけではない。復讐心自信が消えてなくなるわけではない。ただなんともいえない空しさが残るだけだ。
しかし、そんなことは他でもない本人もわかっていることなのだろう。人間の10倍の寿命を持つ白竜族だ。一体どれくらいの年月を怨嗟の声を上げながら過ごしてきたのかなど、考えたくもない。無意味だと判っていつつも、どうにも出来ない思いというものはあるものだ。
「…おお、あそこか」
もと来た道を引き返し、冒険者向けの依頼の窓口に向かう。
普通、冒険者向けの依頼といえば風花亭などの酒場をイメージするが、こういったギルド内で仕事を斡旋していることも多い。広く冒険者を募る場合は依頼を酒場に持っていくが、依頼内容が魔術的な方面に偏る場合など、魔術師が多く集まるこのギルドで斡旋したほうが効率がいいのだ。
が、今は待ち合いをしている冒険者の数もまばらで、窓口に座っている受付嬢も暇そうに書類を整理していた。千秋は窓口のところまで歩いていくと、言った。
「すまないが、人を探している。白竜族の女で、名前はパールフィニア・セラヴィ。年頃は…成人しているくらいだ。癖のある白い髪に、青い瞳をしているらしい」
言ってみてから、あらためて手がかりが少ない、と思う。受付嬢は、本来の仕事とはかけ離れた用件に一瞬きょとんとしていたが、すぐに我に返ったようだった。
「人探しですか?ええと、白竜族の……」
ぺらぺらと名簿をめくる。依頼を受けた冒険者の名前をチェックしているのだろう。
ややあって、彼女は眉を顰めた。
「うーん、ここ最近でそういう名前の方はここにはいらしてませんねえ」
「…そうか。手間をかけたな」
もとより、手がかりがあると思って訊いたわけでもなかった。千秋は礼をすると、踵を返し…
「…あっ」
受付嬢の上げた声に、足を止める。
「あ、すみません。ええと、白竜族の女性の方ですよね?」
「…そうだが、心当たりがあるのか?」
「いえ、その方かどうかはわかりませんが…ちょっと前に、ここで依頼を受けた冒険者様のお連れ様が、確か白竜族の方だったと思うんですよ。ふわふわした耳と大きな尻尾で、可愛らしい方だったから印象に残ってるんです」
「その、冒険者というのは?」
「ええっと…」
女性は首をひねりながら、名簿をパラパラとめくる。
「確か…この方だったと思います。フカヤ・オルシェさん。隣町までギルドの馬車を護衛するというお仕事を請けてくださって」
「その、フカヤというやつの連れが、白竜族だったというのだな?」
「はい、確か……」
「今、そいつはどこにいるかわかるか?」
「その護衛が往復のものですので、今日の夜にヴィーダにお戻りになるはずです。明日、こちらに依頼料を受け取りにいらっしゃいますよ」
「そうか。手間をかけてすまない」
千秋は受付嬢に簡単に礼を言うと、今度こそ踵を返して窓口を離れる。
「…あれっ……あのお連れの方って、目が青かったかしら……?ウサギみたいで可愛いーって思ったような気がするんだけど…やっぱり人違いなのかな…?」
ややあって、受付嬢の不思議そうな声がポツリと響いた。

「…はぁ……」
昼下がりの大通り。
ホームズと2人連れ立って歩いているマジュールは、本日何回目かのため息をついた。
「どうしたの?さっきからため息ばっかりついて」
にこりとホームズが微笑みかけると、マジュールは苦笑した。
「あ…す、すみません。どうも、最近気が抜けてしまっているようで…よく言われるんですよ」
「何か、悲しいことでもあったの?」
「はい…実は、大切な人が、とても遠い所に旅立ってしまったんです。『しばらく戻ってこれないかもしれない。でも…また会えるよ、きっと』と言い残して」
「そうなんだ…」
眉を寄せて同情するホームズ。
マジュールは悲しそうに微笑んだ。
「……いや、いつか会えると…信じてますけどね……今までだって、互いに仕事が忙しくて会えない日々の方が多かったのです。それが、少し長くなっただけですよ…」
「元気を出して。その彼女も、きっと君のことをそう思っているよ」
「ありがとうございます…ホームズさん。私がこのようなことではいけませんね。しっかりしなくては」
「ふふ、その意気だね」
少し元気の出てきたマジュールに、ふわりと微笑みかけるホームズ。
「でも、メグナディーンさんのように優しい人が、敵討ちの依頼を受けるなんて、変わってるね?」
「それが、ですね…」
マジュールは苦笑して頭を掻いた。
「実は、風花亭でもこのような体たらくで、隣にあった犬探しの依頼を引き受けようとして、間違えてしまったんですよ…気付いたのがもう、だいぶお話が進んでしまった後で…あの雰囲気の中で依頼を間違えましたとは言えず…」
「ふふふふ」
ホームズは可笑しげに笑った。
「あ、もちろん、この依頼は誠心誠意、きっちりやり遂げますよ。私を信じて旅立っていった彼女のためにも…」
「そうだね。きっと彼女も、メグナディーンさんにまた会えるのを楽しみにしてると思うよ」
「ありがとうございます、ホームズさん」
ようやく翳りの取れた笑顔を見せて礼を言ってから、マジュールはふう、とため息をついた。
「敵討ち、ですか…私自身は、他人に対し敵を討つことなど考えたこともありません。その必要もありませんし…」
「そうだね、人を殺してしまうんだものね…表向きにはいけない事だと思うけど、大切な人をたくさん殺されているんだよね。僕がもし…あ、本当は考えたくも無いんだけど。おじいちゃんやお父様が殺されて、犯人が捕まっていなかったら。
僕ら竜族は長生きだし、どんなに時間がかかっても犯人を見つけて…それから、迷わず殺してしまうね」
さらりと残酷なことを言われ、マジュールは言葉に詰まった。
「そう……なのですか?」
「うん。メルスさんに自分を重ねて考えるのはよくないことだけど…大事なのは、彼女の気持ちだし、同時に僕の気持ちと道徳だしね。メルスさんの気持ちが、わからないわけでもないんだ。
けど僕はやっぱり、救える命は救うよ」
「………?」
救いたいのか、殺したいのか、どっちなんだと思いつつ、彼女の瞳に潜む表情に、それ以上突っ込んで質問しないほうがいいと思うマジュール。先ほどのレヴィニアとの話のときといい、彼女は自分でも気付かずに、くるくると気持ちが入れ替わる性質であるらしい。
「そうですね…本来ならば、たとえ仇であっても、人を殺すようなことはよくないと…素直な方でしたら、そう仰るかもしれませんね。
でも、最近…色々思うことがありまして、そこまで素直な意見を言えなくなっている自分がいるんですよ…」
マジュールは苦笑しながら、自分の意見を述べた。
「…まず、敵を取りたい対象が、人であるということが前提ですよね。
どんなに怒ろうが、恨もうが、その怒りや恨みが特定の人物であるとは限らないわけですよ。特定の人間であるのならば、敵を討つことで何かが好転する可能性が無いとはいえませんよね。
むしろ、敵といえるものが、もっと抽象的な…例えば、『運命』とか。
そんな目に見えないものに対して、怒りや恨みをぶつけたくなることだって…ありますよね」
「運命…か」
神妙な顔でマジュールの話を聞くホームズ。
マジュールは続けた。
「だけど、そんなことをしても、人は運命に対して敵を討つことなんてできません。抗うだけ無駄なのであれば、受け入れるしか…でも、本人にしてみると、なかなか受け入れられないものなんですよね…」
「そう…だね…」
なにやら自分にも思うところがあるのか、呟くようにホームズは相槌をうった。
マジュールは苦笑して頭を掻く。
「すみません。具体的な人物に対する敵討ちの話からずれてしまいました。私はまだまだ未熟者ですね」
「ううん、辛いことをどうにも出来なくてもどかしい気持ちって、あるよね。わかるよ」
「ありがとうございます」
笑顔でフォローするホームズに、こちらも笑顔で礼を言って。
「さて…では聞き込みを始めましょうか」
きょろきょろと辺りを見回す。ホームズも同じように、辺りをざっと見回した。
「似た人を探してみようかなと思ったんだけど…白竜族なら、それなりに目立つよね。白い髪に動物みたいな大きな耳としっぽなんて、そうそういないし」
「そうですね。レヴィニアさんもあそこで相当目立ってましたし…ざっと見渡したところ、そのような方はいらっしゃらないようですね」
「竜族の人とか…いないかな。いたら知ってるかもしれないけど…」
「竜族は人間の世界にはめったに姿を現しませんからね。…たぶん」
「たぶん?」
「いや、今までずいぶんたくさん竜族に会ったなーとそんなことを思ってみただけです」
「…そう?」
「それに、人間と全く区別のつかない竜族も多いですしね」
「ああ、そうだね、僕みたいにね」
「あ…ホームズさん、竜族なんですか?…そういえばさっきそんなことを言っていたような気も…」
「人間には見分けがつかなくても、僕ならある程度わかるんだよ。たとえば…」
と、そこまで言って口をつぐむ。
「たとえば?」
「ううん、なんでもない。本人が隠しているかもしれないことを、僕が言ってしまうのもなんだしね」
「…そう、なんですか?」
「うん。……竜族はこの辺りにはいないみたいだけど…せっかくだから誰かに訊いてみようか。ちょっといいかな?」
ホームズは立ち止まって、露天商に話しかけた。
「はい、いらっしゃい」
「ちょっと、人を探してるんだ。ホワイトドラゴンの女性なんだけど…パールフィニア・セラヴィって。知らないかな」
「年は成人してるくらい、癖のある白い髪と、青い瞳をしているんですが…」
「ホワイトドラゴン、ですか?うーん」
店主は眉を寄せて腕組みをした。
「そんなのがいたらちょっと目立つと思うんだけどねえ。んー…覚えがないなあ」
「そうですか……」
「…ん。待てよ。ホワイトドラゴン?」
店主の眉がわずかに上がる。
「何か心当たりが?」
マジュールの問いに、曖昧な表情で答える。
「いや、たまーに噂を聞くんだよ。よく当たるホワイトドラゴンの占い師がいるってな」
「占い師……?」
ホームズが反復すると、頷く。
「流しの占い師っていうのか?店は持ってなくて、旅をしながら回ってるらしいんだが…ごくたまに、大通りの先の中央公園の噴水広場で、店を出すらしいんだ。決まった日に店を出すってわけじゃないんだが…ヴィーダにいる間は来ることが多くてな。ちょっとした評判なんだよ。最近ちょっと噂を聞いたから、また店を出してるかもしれないと思ってな」
「この先の、中央公園ですね?」
「ああ。だが今日は中央公園に出店は出てないぜ。明日が安息日だから、明日行ってみるといいかもしれないな」
店主が人の良さそうな笑みを見せる。
マジュールとホームズは顔を見合わせた。

明日は安息日。
人の動きと共に、事態も大きく動き出しそうな、そんな予感がした。

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