あたしじゃなくてもよかったの?
 あなたじゃなくてもよかったの?

 あたしは大好きだったのに
 あなたのことが大好きだったのに。

 あなたはあたしじゃなくてもよかったのね。
 あなたが淋しくなければよかったのね。
 あなたが必要とされていればそれでよかったのね。

 みんなそうなのね。
 あなたたちはみんなそうなのね。

 じゃあそうしてあげる。
 生きる理由を与えてあげる。
 あなたに理想を与えてあげる。

 輝きなさい。
 必要とされなさい。
 踊りなさい。

 そして、自分を見失いなさい。

STEP1>作戦会議

PLACE>真昼の月亭

太陽と月 白と黒
相容れない混ざれないものたち。
反発を招くだけの力は
何かを正す事ができるんだろうか?
混ざり合うのを嫌う限り
いつまでたっても平行線。
分かり合えることなんてまだ遠い先。
あきらめられるならこんなに憎んだりしない。
忘れられるならこんなに涙を流す事なんてない。

ぱちぱちぱちぱち。
後ろから拍手が聞こえて、キファは振り返った。
「相変わらず上手だな。即興の歌かい?さすがだね」
「クルム。もう来たんだ。早いね」
クルムは部屋に入りドアを閉めると、真ん中のテーブルまで来て荷物を置いた。
「キファほどじゃないよ。塾長に白クラスの住所と通学路を聞いておいたからね。それを避けてくるのも容易かったよ」
「そっか~。残念だったね~、ナミヘイハウス使えなくって」
「そうだな。…まあ、塾内で密談っていうのも激しく危険ではあったけど…肝心の家が、あれじゃあな」
残念そうに言うキファに、クルムは苦笑を返した。
ナミヘイハウスとは。
言うまでも無く、中庭にナミヘイ・ウィソノンことナンミンが建てた、自称「秘密基地」。狭い中庭に雇われた総勢8名が入るはずもなく、とりあえず小屋を作ってそこから地下室を作る予定…だった。
当然といえば当然だが、ヒュン以下黒魔法クラスの生徒たちがそれを看過するはずがない。
「スパイの拠点なんか作らせるもんか!!」とばかりに、忽ち小屋は壊され、ナンミンは放り出されてしまった。
そういうわけで、冒険者の何人かが宿を取っている真昼の月亭の一室で、生徒たちが昼間義務教育のジュニアスクールに通っている間に作戦会議、という運びになったのである。
「そういえば、ナンミンとミケは?あいつら、ここに宿取ってるんだろ?」
「んー、何か、みんなが食べる物を作るって言ってたよぉ」
キファもそれ以上の事は聞いていないらしく、首を傾げる。
「なんだ、気なんか使わなくてもいいのにな」
クルムは苦笑して椅子に座った。
「こんにちはぁ」
「ぼんじゅーる。なに、あんた達だけ?他は?」
続いて、セアとルージュがドアを開けて入ってくる。
「ああ、まだオレたちだけだよ。ミケとナンミンは下でなんか作ってるらしい」
「ルージュとセア、一緒に来るなんて仲いいのね~。こないだは戦ってたのに」
キファは面白そうに言って、バルコニーから中へふよふよと舞い降りた。
「やーね、あれはフリよ、フリ。ねぇ、セア?私はパチンコ玉当ててくれた事なんかこれっぽっちも気にしてないからね?」
「ルージュさん、目が怖いです…」
にっこりと微笑むルージュに、にじり下がるセア。
「ハイハーイ、微妙なオーラ出してないでさっさと中に入ってくだサーイ」
その後ろからフロムも顔を出す。それに押される形で、2人は中に入った。
「あとは?」
「ジェノだけかな。ミケとナンミンは下でなんか作ってるみたいだよ」
「下って…厨房?アカネがいる?」
ルージュが何故かぞっとした様子で問い返す。
アカネというのは、真昼の月亭のマスターの娘。いつ寝ているのか誰も知らない恐怖の看板娘である。
「爆弾とか入ってないでしょうね」
「…何で爆弾なんですカ~?」
「いや、何でも」
そんなことを言っている間に、階段の方から3つの足音といい匂いが漂ってきた。
やがてガチャリとドアが開いて、大きい黒ずくめと、中くらいの黒ずくめと、小さな白ずくめ(というか裸)が入ってくる。
「…よう」
「こんにちは。もう皆さんおそろいですね」
「ちょうどおでんも出来上がりました!皆さん、つまんでください!」
ナンミンは嬉々として持っていた鍋をテーブルの上に置いた。
「わぁ、おいしそう~!いっただっきまーす!」
「あっ、セアも、セアも欲しいです~」
「どれ、俺ももらうぞ」
「オ~、これは美味しそうデスネ~」
「悪いな、ナンミン。いただくよ」
「じゃ、私ももらおうかな」
「お味見だけしましたけど、美味しかったですよ。僕もいただきますね」
一同一斉に集まって箸を入れる。
GMの地元並に何故かスープが真っ黒く中に入っているものが見えない。
そして、皆一斉にそれぞれが掴んだものを取り出し…
「わっ、すごい!」
クルムが取り上げたものを見て驚嘆の声をあげた。
よく煮込まれ出汁が染み渡った、妖精の形をした大根。
「おお!クルムさん、運がいいですね!それはミケさん特製の、妖精像の大根です!」
ナンミンが嬉しそうに解説をする。
詳しくは「月明かりの魔術師」をご参照くださいv(宣伝)
その一方で。
「うぇっ、なによこれ!」
ルージュは自分が掴んでしまったものを見て頬を引きつらせた。
苦悶の形に歪んだままの顔がついた卵。
ナンミンはまたしても驚きの声を上げた。
「おおっ、ルージュさんも運がいいですね!それはおでん卵人、略してオンタマです!」
(運がいいのか…?)
ナンミン以外の全員が、口には出さずにそう呟いた。

「ふぇ、ひらへたほとなんらけろ…」
「キファさん、口の中のものは飲み込んでから発言してください」
ミケにたしなめられて、キファは口の中の魚河岸揚げをこくんと飲み込んだ。
「で、調べた事なんだけどね…」
テーブルに身を乗り出して、続ける。
「例の謎の人物、ヌル、ね。それについて、クラスのみんなにもうちょっと詳しく聞いてみたの。
そしたらね、うーんと…」
何かを思い出すような仕草で天井を見て。
「フルネームはヌル・ダフナ。女の子。ボーイッシュに髪を刈り上げた、勝気なタイプ。クラスのリーダー的なツェーンと、よく議論を交わしてたって言ってたわ」
「うんうん、ツェーン君によく噛みついてたって、フィーアさんが言ってたね」
キファと一緒に聞き込みをしたらしいセアが、うんうんと相槌をうつ。
「でも、そのおかげでみんな、黒クラスのことについて疑問をもって、今の考えを持ったみたいだから、クラスの中でヌルを悪く言う人は一人もいなかったわ。どころか、尊い犠牲、くらいのことを言ってたわ。英雄視されてるっていうの?」
「尊い犠牲?どういうことですか?」
ミケが眉を顰めて問い返す。
「あのね、ヌルが今授業に出てないのは、3ヶ月くらい前に、黒クラスの人たちに襲撃を受けたからなんだって。おなかにすごい傷を受けてクラスに入ってきて、黒クラスの人たちにやられた、あの人たちをあのままにしていては危ない…って。それで、みんなヌルのかたきだって黒クラスに行って、ケンカになって…結局、それがきっかけで黒と白のクラスが直接的に争いあうようになったらしいよ」
「傷を受けて…で、ヌルさんはそのあと、どうしたんですカ?まさか一緒に行ったのではないでショウ?」
今度はフロム。キファは頷いた。
「白クラスの子達が魔法を使っても治らないくらいの傷で、自分はこのまま病院に行くから、黒クラスに対抗できる計画をきちんと立てて、黒クラスに行くようにって言ってったんだって。それからずっと休んでるから、まだ傷が治ってないんだろうって言ってたわ」
「お見舞いとかには行ってないのかな?」
クルムが首をひねると、それにはセアが答えた。
「ヌルのおうちは郊外で、通ってる学校も違うから、ヌルのおうちは知らないんだって。そう言ってたよ」
「そうか…」
「ふーん…面白いのね」
ルージュが悪戯っぽく唇の端をつり上げた。
「じゃあ、私が訊いてきたヌルの情報を言うわね。フルネームはヌル・ノーフト。長い金髪を後ろで縛った優男。控えめっていうよりはぼんやりだけど、時々鋭いことを言ってくるのが印象的だったって。やっぱり、彼のおかげで白クラスの存在に疑問を持ったらしいわ。今は怪我で長期欠席中…っていうのもね」
くすくす笑いながら、続ける。
「白クラスに最初に被害を受けたのは、彼なんだって。腹部に裂傷を受けて教室に飛び込んできて、白クラスがついに実力行使に出た、って。それを追うように白クラスが駆け込んできて、そこで交戦…。それが白と黒が最初に戦った時だったらしいわ。それ以来彼には会ってない。学校も違うし、家も知らない…」
含みがありそうな表情ながらも、調べたことを淡々と報告するルージュ。
一同はうーんと唸った。
「どういうことかな~?」
セアが首をひねる。
「…兄弟ゲンカ、でしょうかネ?最初に二人がケンカをして、その怪我をお互いのクラスのせいにしたと…以前関わった事件で、姉妹の嫉妬が原因だった、というものがありましてネ」
フロムが言うと、ミケが首を振った。
「…いいえ、だったらわざわざ白クラスと黒クラスに入り込んで、生徒たちを煽動する必要はないはずです。それに…塾長が管理している正式な名簿に、ヌルの名前はないんですよ?単なる兄弟ゲンカで、そこまでするものでしょうか?」
「ふーむ…そうデスねぇ…」
「同一人物…だろうな」
ジェノがぼそりと言った。
「この塾は毎日誰かしらが休んでいるし、それについても深くは言及しねえ。姿を変えてクラスを行き来してたとしても、あの状態じゃバレねえんじゃねえか?」
「でも、それに塾長や先生が気付かなかったっていうのは、どういうことだろ?」
今度はキファが首をひねる。クルムは考えながら答えた。
「うーん…想像の域を出ないけど、あの狭い教室だ、先生たちはごまかせないだろ。おそらく…塾長に化けてた…んじゃないかな。で、先生には偽の名簿を渡して…とか」
「…それを、一人でやってたってわけ?それ、ちょっと無理があり過ぎない?」
ルージュが眉を寄せて言うと、フロムがそれに同調した。
「そうデスよ。二人のヌルは少年と少女で、髪形も性格も違っていたという話デスし…百歩譲ってその二人を上手く変装し分けたとして、大人の女性で体格も輪郭も全く違うルーイサンになりすますというのは、どう考えても無理がありマス」
二人の意見に、きょとんと顔を見合わせる4人…ミケ、クルム、ジェノ、ナンミン。
「ああ…そうか。オレたち以外は知らないのか」
ややあって、クルムが納得したように頷いた。ジェノが静かにそれに続く。
「…出来ないように思えるだろう。だが、俺達は知っている。それを実行する事が可能な、桁外れの能力と演技力を持ったやつを…な」
「桁外れの…能力…?」
セアが言葉を反復すると、ミケが続いた。
「変形術…トランスフォームというのをご存知ですか。あるものの構造を組替えて、まったく別の形にしてしまう術です。ポピュラーなものでは獣人のビーストチェンジなんかがそうですね。あれは、自分の体のみを、しかも決まった形にしか変形させる事が出来ません。ですが、熟練すれば、自分の思う形に変形させる事ができるそうです。さらに熟練した術士は、自分以外のものも変形させる事ができるそうですが…」
「オレ達は以前、その変形術に長けたやつと戦った事があるんだ。戦闘能力は全然なかったけど、とにかく器用なやつでね。俺たちの前には、3種類の違う姿で現れたんだ。少年と、成人の女性と、猫っていう姿でね。でも本当の姿はそのどれでもなかった。演じ分けも見事だったよ。同一人物だとは思えなかった」
クルムが神妙な表情でそれに続く。
「あの方は、怪我をした個所を全く無傷のように変形させる事も出来ました。もちろん、ダメージはダメージなのですけれど…見た目には全く無傷のように。でしたら…その逆の事も、できるのではないでしょうか」
わたくしにはとても無理な話ですが、とナンミンは自らの腹部をさすった。
つまり、ヌルが怪我をしたというのも、彼、もしくは彼女の自作自演だったといいたいのだろう。
「そう…なんだぁ。よく、わかんないけど…でも、じゃあ、何でその人が、こんなことしてるのかな?」
いまいちピンとこない表情で、キファが首をひねった。
「そうデスネ。何故こんな手の込んだ、ややこしいことをするのでショウ?塾や生徒に対して恨みがあるなら、もう少し直接的な手段を選ぶような気がするのデスガ…」
「…楽しんでいるんですよ」
フロムの疑問に、ミケが苦い表情で答える。
「最高に手をかけて舞台を用意して、人々がそこで踊っているのを見て楽しんでいるんです」
「フム、愉快犯というわけデスカ…愉快犯にしては規模が小さいような気もしマスけどネ?愉快犯というのは、世間の注目を集めたくて事件を起こすものでショウ?」
「大きかったらそれこそ、シャレにならん。こないだ豪邸をひとつぶっ潰したばかりだからな」
ジェノが憮然と答える。
「それに、やつらの目的は世間の注目を集める事じゃない。自分の用意した舞台の上で人間が踊る事そのものが楽しいのさ。規模が大きかろうと小さかろうと関係無い。そもそも、やつらにとっては人間の世間などという枠など、小さなものに過ぎないだろうしな…」
「な、なんだか、皆さんの話を聞いてると…その人たち、人間じゃないような気が…するんですけどぉ…」
セアがびくびくしながら言う。4人は複雑そうに顔を見合わせたが、何も言わなかった。
「ま…相手が誰だろうが、私たちはやるしかない、っつーことよね」
ルージュが肩をすくめて言い、全員の視線が彼女に集まる。
彼女はにやりと笑った。
「犯人は誰か、何故、どうやってやったか、もちろん重要な事だけど?そんなのここでぐじゃぐじゃ言ってても始まらないでしょ。いいかげん、どうやって解決するかに議論を移した方がいいと思うけど?」

「…それもそうですね。過ぎたことを議論するより、これからのことを考えましょう」
「どうやってあいつらのケンカをおさめるか、だな…」
ジェノはふむ、と顎に手を当てて考えた。
「いっそのこと、俺が単身で白クラスに乗り込むか?あいつらの望んだ状況にしてやるんだ。『俺を倒せなければ黒クラスの壊滅など不可能だ』くらいのことを言ってだな…あいつらがどう出るか、見ものだな」
「ちょ、ちょっと待ってくだサ~イ、ジェノサン。貴方が本気で戦ったら、まだ本格的に魔道の学校にも通っていない生徒などイチコロですヨ。そもそも、彼らに無用な争いを止めさせて、これ以上怪我をさせないための依頼なのに、本末転倒デ~ス」
フロムが慌ててその意見に待ったをかける。
「でもぉ、セアはいいんじゃないかなぁ、って思う…よ」
セアがおずおずと同調の意見を挙げる。
「いいかどうかは、良く分からないんだけど…黒のほうじゃ、難しいかもしれないけれど、思いっきり主張?を通させてみたらどうかな?白なら、どんな形だろうと攻撃は止める。黒なら助けたり護ったり治したりするのを止める。自分達の意見が、どれだけ偏ってるか知ってもらえれば、なんとかなるかなって思ったんだけど。でも、これだとヌルさんの話の解決にはならないよね…」
自分で言っておいて、自分でつっこんで話を完結させている。
ジェノは首を振った。
「いや、目的はそれじゃない。『怪我で入院しているヌルの仇を取りに来た』と言ってだな。こちらのクラスにも『ヌル』という名前の人物がいるということをアピールするんだ。そこから疑問が広がれば、子供の事だ、信じていたものが崩れ、目を覚ますのも早いだろう」
「でも…相手の言う事なんか信じるかしら?黒クラスの言うことなんかデマに決まってる、って片付けられるのがオチじゃない?」
ルージュが言うと、ジェノはまた考え込んでしまった。
「方向性は、悪くないと思いますよ」
ミケは頷きながら、その意見に同意した。
「ただ、一人で、というのは危険ですし、説得力に欠けるかもしれません。それにやはり、言葉だけでは彼らを納得させるのは難しいかもしれません…ということは」
指を一本立てて、一堂を見わたす。
「彼らが騙されていた、ということを、もう一度再現する事で身を持ってわからせる事。そして、一同が出揃ったところで、両方のクラスにヌルがいるという不自然な状況を指摘し、この状況に疑問を抱かせる事。片方のクラスだけなら相手が嘘をついている、で終わりですが、両方揃えば状況があまりにも似通っている事に疑問を抱く隙もあるかもしれませんからね。この作戦でどうでしょう?」
「いいんじゃないかな?」
「それで、具体的な作戦ですが…」
「ちょっと待ってください。わたくしにいい案があるのですが…」
珍しくナンミンが身を乗り出したので、顔見知りの一同は驚いて彼を見た。
ぼそぼそぼそ。
ぼそぼそぼそ。
やや沈黙。
「…でもそれって、ナンミンにすごく負担がこないか?」
クルムが心配そうにナンミンの顔を覗き込む。ナンミンは意気込んで、拳を握った。
「キャットさんに出来た事です!わたくしにできないはずがありません!」
「ナンミンさんが…燃えている…」
ナンミンの背中に炎のオーラが見えた気がして、セアはキファと手を取り合ってそれを見つめた。
「では、実行する前に一度、塾長にそのお話をして置きましょうね」
「オー、そうデスネ。それが言いと思いマス。ではその役目は、私が引き受けまショウ」
ミケが言うと、フロムが嬉しそうに答えた。
「それでですね、皆さん」
ナンミンは一息ついたところでまた身を乗り出した。
「どんな姿にも自由自在に変身し、かつこちらを欺くだけの演技力を持つ敵が相手です。わたくしも前回、味方そっくりの姿で騙され、煮え湯を飲まされたことがありました…」
くっ、と唇を噛んで苦い思い出を堪えると、ナンミンはさらに続けた。
「そこで!今回はそのような危機を回避するために、こんなものを用意しました!」
じゃじゃん!
自分で効果音をつけて、卵ドセルから小さな玉を数個取り出し、テーブルに広げる。
「わたくし渾身の一作です!名づけて!卵ロケット!」
見ると、キラキラと輝く精巧な細工を施された、親指の先ほどの丸い入れ物だった。透かし彫りが施されており、中には小型の…小型の、卵人。
「キュピー!!」
持ち上げると、卵人は可愛らしくそう鳴いた。
「うわぁ、かっわいい~!!」
セアとキファは素直にそう喜ぶ。対してジェノとルージュは複雑そうだ。フロムはニコニコと観察している。
「これをですね、邪魔にならない、目立たないところにつけてください。何かあったときは、お互いにこれを差し出して確認する、と。よろしいですか?」
「はーい、わかりましたー」
「どこにつけよっかなぁ~♪」
「なかなか興味深い細工デスネ~」
「…まあ、着けろと言われれば着けるが…」
「…つけないとダメ~?」
「…ってあれ。5個しかないぜ?」
クルムがきょとんとしてナンミンの方を向くと、ナンミンは頬をわずかに赤らめて手を差し出した。
「クルムさんには、こちらです!」
そこには、さらに細かい装飾を施した、ハート型のロケット。
「こ…これか?」
クルムは複雑な表情で手に取り、ぱかっと開ける。
中で卵人がくるくると回りながら、音楽を奏でる。
(お…オルゴール付き…)
相変わらず無駄に器用な腕である。
「あ、ありがとう、ナンミン…早速つけてみるよ」
クルムは言って、ベルトのところにハートがタオルゴール付きロケットを装着。
しかしこれがなかなか難しく、思うようにつけられない。
やっと付け終わり顔を上げると、そこにナンミンはいなかった。
「あれ?ナンミンは?」
「ん?なんかさっき、ミケと一緒にあっちの部屋へ行ったわよ」
ルージュが答えて、向こう側の別室を指差す。既にロケットはどこかにつけ終えたらしく、おでんの残りを咀嚼している。
クルムは指差されるまま部屋の方へ歩いていき、
「ナンミン、つけ終わった…」
ドアを開けて、硬直した。

真っ青な顔(?)をしてクルムのほうを向いているのは、何故か薄暗い部屋でミケのローブを腿までめくりあげているナンミン。
対照的に真っ赤な顔をしているのは、めくられたローブから露になっている白い足に、先程のロケット付きガーダーベルトを装着中のミケ。
「……………」
「……………」
「……………」

暗転。

STEP2>作戦実行

PLACE>ゼラン魔道塾:白魔法クラス

「ねえ、なんか変な話を聞いたんだけどね…?」
教室に入ってくるなり、フィーアはおずおずと告げた。
「変な話?」
ツェーンが罠の細工を作る手を止めて、彼女のほうを向く。
ゼクスが読んでいた本から顔を上げ、彼にくっつくようにして後ろから本を覗き込んでいたアハトもつられてフィーアの方を見た。
「何?もったいぶらずに話しなよ」
入口近くにいたツヴァイもフィーアの話を急かす。
今日は珍しく、というか新メンバーが入ってから初めて、ヌル以外の旧メンバーが揃っていた。
新メンバーはクルム、キファ、セアの3人がいる。ミケは先ほど少し席を外した。
フィーアは視線を泳がせながら、おずおずと喋り始めた。
「あの…ね。なんか、向こうのクラスにも、ヌルっていう名前の子がいる…って」
「何だって?」
気色ばんで立ち上がったのは、ツェーン。
「一体、誰がそんなことを?」
「あのね、医務室の…フロム先生…あのねっ、フィーアたちのために、黒クラスの情報を集めていたんだって…医務室に来る黒クラスの子から色々訊いたりして…そしたら、黒クラスにも、ヌルっていう名前の子がいるって言ってたのね」
「本当か?」
クルムが眉を寄せて問い返す。フィーアはこくりと頷いた。
「うーん…塾長や先生みたいな信用置けない人たちの言うことならともかく、あのいっつも張り付いたような笑顔でうさんくささ大爆発だけど言うことは確かなフロムさんの言うことだったら、ちょっとは信憑性あるかも…」
相変わらず言っている事は普通なのに言葉の端々が攻撃的なアハト。
「…どういうことだろう?」
クルムがクラス全体を見渡して問い掛ける。
「…まさか…同一人物…?」
「そんなわけない!」
キファがおそるおそる言った意見を、鋭くツェーンが遮る。
「あれだけ黒クラスの批判をしたやつが、黒クラスに出入りなんかするわけがない!黒クラスのやつらのでまかせに決まってる!」
「でも…黒クラスがそんなことを言って、何か得がある…?だって、向こうはこっちのことなんか全く知らないんでしょ?セアたちと一緒で…ヌルさんの名前だって…どうして知ってるの…?」
おずおずと言ったセアの言葉に、うっと言葉に詰まるツェーン。
その時だった。
「たっ…助けて、下さい…っ!」
がらり、と扉が開いて、ミケがクラスの中に倒れこんだ。
「ミケっ!」
クルムが慌てて駆け寄る。
「ミケさん!」
「どうしたの?!」
他のメンバーも慌てて駆け寄った。
ミケは腹部に大怪我を負い、ここまで来るのがやっと、という体であった。
「あの…っ、見知らぬ方に、お前は白クラスかと訊かれて…そうだと答えたら、いきなり…」
「…黒クラスの連中だなっ!ヌルに続いて、ミケにまでこんなひどい怪我を…!」
ツヴァイが怒りに拳を震わせる。
その時。
がしゃん!
突然教室の窓ガラスが割れて、一同はそちらの方を見た。
窓の向こうには、踵を返して逃げていくショートカットの少女の姿。
「あの方です!あの方が、いきなり攻撃を…!」
指さすミケに、クルムがいち早く反応した。
「待てっ!」
素早く立ち上がって、逃げていった少女を追いかける。
だが、その他の白クラスメンバーは、呆然と逃げていった少女を見詰めるばかりだった。
「どうしたの?!あれ、黒クラスの子なんでしょ?!早く追いかけようよ!」
じれたように問い掛けるキファに、呆然とツェーンが呟く。
「………ヌル……」
「えっ?」
「…あれは、ヌルだ。でも、何故…?」
冷静に言葉を紡ぐも、信じれらない表情のゼクス。
「ねぇ、あれがヌルさんならそれこそ、本当のことを確かめなくちゃ!クルムさんだけじゃ危ないよ、早く行こう?」
セアが切羽詰ったように言い、白クラスのメンバーはまだ納得行かないような表情で、それでも立ち上がった。
「僕の事はいいですから、早く行って下さい…そして、真実を確かめてください…!」
苦しそうに言うミケに促される形で、白クラスの生徒たちは教室を後にした。

PLACE>ゼラン魔道塾:黒魔法クラス

「おかしな噂を聞いたよ?」
開口一番、ノインはクラス全員にそう言った。
「おかしな噂?」
アインが眉を顰めていい、ジーベンがそれに続いた。
「どういうことですか、ノイン嬢?」
テキストを読んでいたドライとヒュンも顔を上げて、ノインの方を見る。隅のほうにいたジェノものそりと顔を上げた。
「…医務室の…なんつったっけ、フロム?あいつが…あたしたちのために白クラスのことを少し調べたとか言いやがってさ。そしたら…何か、あっちの方にも『ヌル』っていう名前の生徒がいるとか…」
「は?」
「ノインちゃん、嘘はダメよ~?」
ドライとヒュンが眉を寄せて口々に言う。ノインはむっとして言い返した。
「あいつがそう言ってたんだ、あたしが言った訳じゃない。でも、ヒュン、お前だってあいつには一目置いてたろ?」
「フロムさんのこと?うん、そ~ね、面白い人だし、ヒュン達のことにも賛成してくれたし。でも~、なんか信じらんない~。だって、ヌルが最初に白の事おかしいって言い始めたんじゃなかった?きっと、何かの間違いよ~」
「だが、もし本当だとしたら?」
それまで黙っていたジェノが、立ち上がって一堂を見渡した。
「愚にもつかぬ、そんなはずがない、と一蹴するのは簡単だ。だが、それでは真実は見えてこないぞ」
「それはそうですが…」
ジーベンが言って、ふと言葉を止めた。ジェノの向こう、窓の外に何かを見て。
「…ルージュお姉様」
その様子がいつもと違ったので、他の面々もジーベンの視線を追った。
「…えっ………」
ルージュの向こうで、金髪を後ろでまとめた少年がなにやらルージュの腕に手をかざしている。その手は淡い光を発しているようだった。
ルージュは手を上げて少年に別れを告げると、こちらへやってきた。
がらりと扉を開け、中に入ってくる。
「ぼんじゅーる。遅くなってごめ…」
「ルージュ(お姉様)っ!」
入ってきたとたんに、黒クラスの少年少女全員に詰め寄られて、ルージュはぎょっとした。
「な、なによいきなり」
「ルージュ、今の奴は?!」
ノインが尋常でない剣幕でルージュに問いただす。ルージュはああ、と言うと、やや眉を寄せた微妙な表情で少年の去っていった方向を見た。
「ちょっとドジって、ヤケドしちゃってさ。それで今日遅くなったんだけど、そしたら通りがかったあの子が治してやる、って。あたしは白魔法なんかで治さなくていいって言ったんだけど、遠慮するなって無理矢理…まあ、こないだ顔を合わせた白クラスの子でもなかったみたいだし、早くここに来たかったから言われたとおりに治してもらったんだけどね」
経緯を説明して、ルージュはクラスメイトに視線を戻す。
「…今の子がどうかしたの?あっ、ひょっとしてあいつも白クラスの子だった?」
「…………ヌル………」
アインがかすれた声で言う。
「え?」
「ヌルだよ。遠目ではっきりとは見えなかったけど、あれは…ヌルだ」
ドライも蒼白な表情で呟いた。
「ヌル?どういうことよ?何でヌルが白魔法なんて使えるの?おかしいじゃない」
「ホントに…ホントにヌルなの?ヒュン、信じられないよ!」
ヒュンもだいぶ混乱しているようだ。全員が青い顔でお互いを見合っている。
「…信じられないなら、確認してきたらどうだ?」
ジェノがぼそりと言い、全員がそちらを見た。
「まだ追いかければ間に合うんじゃないのか?それとも…真実を追究するのが、怖いのか?」
しばし、沈黙が落ちる。
「…ちくしょうっ!」
ノインは言って、ルージュを押しのけて外へ出た。
「あ~、待ってよノイン!」
ヒュンがその後を追い、続けて男子生徒も外へ出て行った。
ジェノも外へ出るために入口へとかけより、そこで合流したルージュと目配せを交わした。

PLACE>ゼラン魔道塾:中庭

「確かにこっちに来たようだったけど…」
「こっちに来たのは間違いないんだ!」
中庭の、両クラス側の入口からわらわらと入ってきた生徒たちは、お互いを見つけて表情を険しくした。
「…っ…!」
「………!」
とっさに、何か罵倒の言葉を浴びせかけようとするが、ヌルのことがあって何と声をかけていいかわからない。
訊いてしまえば簡単だった。
ヌルは、お前達のクラスが差し向けた奴なのか、と。
だが、訊いてしまったら。そしてそれを肯定されてしまったら。
自分達のやってきた事が、根底から崩れてしまう。
良いと信じてやってきたことが、ただ相手に踊らされていただけのことになってしまう。
それが怖かった。
と、白クラス側のクルムが、黒クラスを指さして叫んだ。
「ちょうどいい!この機会に黒のやつらと決着をつけよう!」
白クラスの生徒たちは驚いてクルムを見た。
クルムは黒の生徒を指さしたまま、大声で続ける。
「お前達がヌルにしたこと、絶対許せない!
ヌルはお前達から受けた傷のせいで、あれからずっと塾に出てこられないんだ!」
先程、「黒クラスにもヌルがいるなんてどういうことだろう?」などと言っていたことはすっかり忘れてしまったかのような発言だが、混乱のせいかそれに気付く生徒はいない。
白クラスの生徒たちは微妙な表情で黒クラスのほうを見た。
と、黒クラスのほうにいたルージュが、眉を寄せて、こちらも大声で叫ぶ。
「え、ちょっと待って。ヌルの仇ってどういう事?!ヌルの仇を取らなきゃいけないのは、こっちの方じゃない!」
黒クラスの生徒たちの動揺の表情も深くなる。
お互いに混乱はしているが、やはり決定的なことを相手に訊こうとする生徒はいない。お互いに、味方とひそひそささやき合うばかりだ。
と、ジェノが一歩前に出て、言った。
「…状況を整理しよう。…お前達のクラスにも、怪我を負ってずっと授業に出てこられない、『ヌル』という名前の生徒がいるのだな?」
その問いに、クルムが同じように一歩前に出て、答えた。
「…ああ。黒クラスの生徒に卑劣な奇襲を受けて、腹に深い傷を負った」
「嘘だ!ヌルは…ヌルは、お前達に怪我を負わされて…!」
反射的にノインが反論するが、そのセリフも途中で途切れてしまう。
ざわざわざわ。
ひそひそ話は、そのボリュームを増した。相手に騙されているというには、どこか様子がおかしい事に、生徒たちも気付き始めていた。
「…お前達…お前達が、ヌルを差し向けたのか…?僕たちを騙すために…」
「そ…それはこっちのセリフだっ!ヌル…回復魔法が使えるっていうことは…お前達のクラスなんだろう?!」
ツェーンが言ったセリフに、アインがむきになって反論する。
ざわざわざわ。
何かがおかしい。
どこかつじつまが合わない。
何が正しくて、何が嘘なのか。
生徒たちの混乱が頂点に達した時。
「…彼…もしくは彼女は、あの時もこうやって、皆さんを騙していたのですよ」
別の方向から聞こえた声に、全員がそちらを振り返った。

「…ヌル…?……いや、違う……」
ドライがかすれた声で呟く。
金髪を後ろでまとめた少年が、入口の方から歩いてくる。
金色の髪に、青い瞳。やけに整った顔。あの時ルージュの向こうにいた少年ではあろうが、明らかに彼らが知っているヌルの姿ではなかった。
「…皆さんの話を人づてに聞いて変装しただけですから、細かい人相とかはわからなかったのですよ…ですから、遠目で見ていただく必要があったんです」
黒ヌルもどきはやけにいい声でそう言うと、自らの髪を掴んだ。
ずるり。
いとも容易くずり落とされた髪の毛に、両クラスの生徒は唖然とした。
黒ヌルもどきはスキンヘッドになった頭に、今度は短めの黒いカツラをかぶせた。
「あっ!」
今度は白クラスのほうが声をあげる番だった。同じように、先程ミケに怪我を負わせて逃げた白ヌルの後姿に間違いなかった。
白ヌルもどきはにこりと笑うと、またそのカツラをはずした。
そして、中腰になると、ぐっと気合を入れる。
「フンっ!」
ぽん!
妙な音がして、白ヌルもどきは一気に膨れ上がった。
背丈も一気に縮んだ、卵形の胴体に細い手足、そして妙に整った顔らしきものが貼りついている(と形容するのが最も相応しかろう)、なんともコメントしがたい物体に。
展開のあまりの異様さに、両クラスの生徒は言葉を失った。
卵形の物体…ナンミンは、もそもそと体に纏わり付いて服を脱ぎながら、続けた。
「わたくしは、このように自分の体を変形させて変装することしか出来ませんが…ですが、わたくしの不完全な変装でも、現に皆さんはこうしてここに来ています。もしわたくしが、両方のヌルさんの顔をはっきり知っていたら…もっと確実に皆さんを騙せる自信はありますよ」
「僕たちが…ヌルに、騙されていたっていうのか…?みんな…ヌルの、一人芝居だったって…?」
震えるツェーンの声は、怒っているようにも、泣いているようにも聞こえた。ナンミンは頷いた。
「ええ。それぞれに違う姿で潜入したのは、相手のクラスの方と一緒のところを見られるといろいろ不都合だったからでしょう。この塾は1日や2日休んでも何も言われないし、誰も追及しないところです。休んだ振りをして相手クラスのほうに行くのも、不可能なことではないでしょう」
「でも…でも!ヌルは、あんなにひどい怪我をしてたのよ?!それも、自分でつけたっていうの?!」
ヒュンがむきになって叫んだ、その時。
「怪我というのは、これのことですか?」
声は、また別の方向からした。
全員がそちらを振り向くと、そこにはミケが笑顔で立っている。
「み、ミケ!大丈夫なのか、動いて!」
ツヴァイが慌てて駆け寄ると、ミケは笑顔で片手を上げてそれを制した。
その腹部には、今も生々しい傷が広がっている。
「大丈夫です、こんなもの、すぐに治りますから」
ひょい、と、傷の上に手をかざして。
すると、魔法のように傷は消え去っていた。
再び、息を飲む両クラスの生徒たち。
ミケは笑顔を生徒たちに向けた。
「僕が使ったのは、幻影の魔法なんですけどね…ですが、自在に姿を変えられる変形術士でしたら、傷に見えるものを作り出すのも容易い事でしょう。もちろん、『傷に見えるもの』であって『傷』ではないわけですから、回復魔法で癒すことなんかはできませんけれどね」
あっ、と、アハトが声を上げる。
ミケは続けた。
「ヌルはそれぞれのクラスに姿を変えて潜入し、相手クラスに対する疑惑を植えつけ、そして最後に自らが引き金を引くことで、本格的な抗争を起こしたんです。自分は怪我をしたといってそれ以降授業を休み、どこかから自分の起こしたこの争いを、楽しげに見ていたんでしょう。このような方法で皆さんを騙せることは、今僕とナンミンさんが証明しましたしね」
「…でもっ…でも!」
アインが無理矢理吐き出すように言った。
「それはっ…そういうこともできた、っていうだけで、ヌルがやったっていう事にはならないじゃないかっ!」
「それが、そうでもないようなんデスネー」
のんびりとした声が、それに答えた。
ミケの後ろから、白衣の男性がにこにこ笑いながら入ってくる。
「フロム先生…」
フィーアが名前をぽつりと呟いた。
フロムは持っていた書類を顔あたりまで上げて示すと。再びにっこりと首を傾げて笑った。
「これ、塾長室からこっそり失敬してきた塾生名簿なのですケドネ、おかしなとこに両方とも、新しく入ったルージュさんやミケさん達の名前はあるのに、ヌルという人物の名前が存在しないのデスよ」
「そんな…っ!」
アインは慌てて、フロムからその塾生名簿をひったくった。
上から下まで何度も目を通し、呆然と呟く。
「本当だ…こんなことが…」
フロムはにこりと笑って、生徒たちを見渡した。
「相手はプロデス。騙そうと思えば大人だって騙せマス。皆さんが騙されたのは、仕方がないことでショウ。皆さんの中に生まれた思想が、誰かに植え付けられたものであると…それだけわかればいいのデスよ。皆さんはこれからもっと勉強をして、誰かのモノマネでない、皆さんだけの考えを見つけ出していってくだサイ」
そこで、表情を少しだけ真剣なものにする。
「ですが…自分と相対するものを貶める努力をするくらいなら、自分を高める努力をしなさい。
相手を陥れ、貶めることは、それ以上に自分を貶めているということに気付きなさい。
自分の考えが正しくゆるぎないものである自信があるのなら、
自分を高めていけばおのずと周りが判断を下すはずです。
相手を貶めないと不安なのは、自分の考えに自信が無い証拠ですよ?」
いつもの口調とは違う、厳しい言い方。
生徒たちは俯いて、沈黙してしまった。
フロムはまたいつもののんびりとした笑顔に戻ると、冒険者達の方を向いた。
「サテ、これで生徒さん達の方は大丈夫デスネ~。皆さん、ご苦労様デス」
冒険者達もほっと安心したように表情を緩ませる。
フロムは指を一本立てて、楽しそうに続けた。
「ところデ、先程面白いものを見つけたのですけれどネ?」
冒険者達は、きょとんとして彼を見つめた。

STEP3>仕上げ

PLACE>ゼラン魔道塾:塾長室

ルーイは塾長室の扉を開け、いつものように中に入った。
「お帰りなさい、ルーイさん」
中からかけられた「自分の声」に、ぎょっとする。
塾長室の椅子には、自分と全く同じ姿をした人物が座っていた。
彼女はにっこり笑うと、立ち上がった。
「驚きましたか?でも、あなたと同じことをしただけなんですけれどね」
そのセリフとともに、先程閉めたドアがカチャリと開く。
そこからぞろぞろと、雇った冒険者、そして白黒クラスの生徒たちが入ってきた。
ルーイはそれに押される形で塾長の机のところまで下がっていく。
そして、最後に部屋に入ったのは。
不安そうな表情をした、「自分」。
ルーイは呆然と、入ってきた面々を見詰めた。
塾長机の椅子に座っていた「自分」も、立ち上がって前に回る。
そうして、長い金髪を掴むと、ずるりとずり落とした。
ぽん!
奇妙な音を立てて、「自分」の形をしていたものは、卵形の奇妙な物体に戻る。
「声はミケさんに風の魔法をかけてもらったんです。わたくしにもこの程度のことは出来るんですよ」
まだ魔法がかかったままなのか、ルーイの声のままで言うナンミン。
「作戦のことを塾長に報告すれば、あなたが出てくるだろうと思っていましたよ。狙い通りでしたね」
その横でミケがまっすぐにルーイを見つめて言う。
「ミケさん達が、塾長が犯人だと確信しているようでしてネ…私はそんなはずが無い、と思いましたノデ、少し調べてみたんですヨ。ルーイェリカ・ゼランという人が本当に存在するのかどうか…」
後ろで、フロムが少し肩をすくめて言った。
「ゼラン塾長は、こういった教育の場以外でも、ずいぶんなご活躍をされているようデスネ。魔術師ギルドで少しお名前を出しただけでも、十分すぎるほどの情報が得られましたヨ。その記録も、さすがエルフといいまショウか、ずいぶん昔にさかのぼることが出来マス。ここまで架空の人物をでっち上げることはまず不可能デス。とすれば、ルーイェリカ・ゼランという人は実在するト…考えていいデショウ。
存在していることさえ裏付けられれば、後はそれを捜せばいいだけデス。結末を見定めて、そのまま逃げるつもりでしたカ?意外とすぐわかるところに監禁していましたネ」
連れてきたルーイの背中をポン、と叩いて、フロムはにこりと微笑んだ。
「本物のルーイさんも、こうして保護しました。いいかげんに正体を現してはいかがですか、キャットさん」
冒険者達は厳しい表情で、机に寄りかかるようにして立っているルーイの姿をした人物を見つめる。
ルーイは冒険者達を、生徒たちを、そして最後に自分をゆっくりと見渡して、嘆息した。
「…もうここまで嗅ぎつけられてしまうとは、少し甘く見ていたようですね」
自嘲気味にくっ、と笑うと、その輪郭がぐにゃりと歪む。
ルーイの体はみるみるうちに縮んで…やがて、一匹の茶色い縞猫の姿を取った。
初めて見る冒険者、そして生徒たちは、その術の巧みさに思わず息を飲む。
だが。
「……………!」
驚いたのとはどうも違う表情で、わなわなと手を震わせる人物がいた。
ルーイ。
彼女は蒼白な表情で一歩、二歩とキャットに近づくと、震える声で、言った。
「………マオ………?そんな…まさか……」
ミケとクルムが眉を寄せてルーイのほうを見る。
キャットはみぃ、とひと鳴きすると、またぐにゃりと体を変形させた。
知っている者にはお馴染みの、13、4歳ほどの少女の姿。ふわふわの金髪を、猫っぽさが残る大きな耳の上でまとめ、派手なピンク色の異国の衣装に身を包んでいる。
キャッとはくす、と笑うと、ルーイを下から覗き込むように見上げた。
「お久しぶリネ、ご主人サマ」

「マオ…?」
眉を寄せて、キファがルーイのほうを見る。
「ルーイさん、この人と知り合いなんですか?」
セアがきょとんとした表情で、首をかしげた。
「知り合い…といいますか…えっ…でも…」
ルーイは混乱した様子だった。
キャットはくすくす笑って塾長机からトン、と下りると、後ろで腕を組んで机に寄りかかった。
「アタシが生きてルノが、そンナに不思議?そウヨね、アタシはあナタに捨てられタンですモの」
「捨てられた…?」
クルムが反芻すると、ルーイははじかれたようにキャットを見た。
「そんなっ…捨ててなんか!」
「デも、アタシを置いテ帰っチャっタデしょう?アタシは、見つかラナくてモ諦めラレる子だったンデしょウ?」
キャットはにぃ、と笑みを深くした。
「だカラ、すグニ新しい子を飼い始めタノよね?」
「………」
黙ってしまったルーイに、ミケが遠慮がちに聞いた。
「あの…マオ、とは?あなたは、彼女のことを知っているのですか?」
ルーイは一瞬迷ったようにミケとキャットを見比べたが、やがてゆっくりと語り始めた。
「…私の、使い魔、でした。もう…そうですね、90年ほど前になります。
ある山奥の村に仕事で出かけたときに、敵の攻撃にあって、散り散りになってしまって…使い魔ならば、本来は感覚を共有できるのではぐれてもすぐに見つけることが出来るのですが…その時は、何故か全くマオの感覚がつかめず…方々探し回ったのですが、結局見つからず…使い魔の繋がりも切れてしまったので、もう死んでしまったのだろうと…諦めて、帰って来たんです…」
ルーイはそう言って、うなだれた。
「アタシはね、スゴいケガを負っテ…ご主人サマの居場所もわかンナくて。そレデも一生懸命、帰巣本能を頼りニ街に戻っテキたの。もチロん、ご主人サマよリズっとペースは遅イカら、何日も、何十日モカかったワ。
そシテ、やっトモとの家にたドリついタトき」
キャットの笑みは、先程より幾分か凄絶に見えた。
「ご主人サマの隣には、モう別の子ガイたの」
「…仕事の面でも、精神的な面でも…使い魔がいない状態というのは、何かと不便なのです。ですから、すぐに新しい子と契約をして…」
ルーイはキャットの方を見ないようにして、そう呟いた。
キャットはくすっと笑って、侮蔑するようにルーイを見た。
「そレヲ見たとキ、アタシ…キャット、思っタノよ。
あア、この人は、別にアタシじゃなクテもよかっタンだっテ。
使い魔としテノ機能が果たセレば。
自分のそバニいて、自分に依存しテクれるもノガいれば、それデイいんだっテ。
自分が必要とさレテると感じテイられレバ。
別にアタシじゃなクテもいイ。
この人は…この人たチハ、みんナソうなンダって」
にこり、と笑って、冒険者達の方に目をやる。
「だカラ、キャットは道具でモ平気。
チャカ様は、キャットにカン違いをさセナいわ。
道具トシて、きチンと管理して、愛しテクれるの。
だからキャットは、安心してチャカ様にすベテをゆだネラれる。
だからキャットは、チャカ様に拾っテイただいタノよ」
うっとりと今の主人の名を呼んで。
静まり返った部屋の中に、キャットのくすくすという笑いだけがこだまする。
「だカラ、教えテアげよウト思ったノ。
ご主人サマの、可愛い可愛い生徒さンタちに。
自分達が、いカニ軽い存在かっテイうこと。
自分が正しイッて言うこトダけ証明でキレば、その中身なンテどうだっテイいのよネ?
世の中ノタめに戦ってルンだっテ思えレバ、その考えが白でも黒でモドっちでモイいのよネ?
だっテ、そウダったデシょう?」
キャットはそこまで言って、ぱちんと指を鳴らした。
とたんに、彼女の輪郭がぐにゃりと歪み、形を変えて…ショートヘアの、ややきつめの顔立ちの少女の姿になる。
「アタシの言うことに、面白いように乗せられてたよな?」
言って、白クラスの生徒たちを見て。
そして、もう一度ぱちんと指を鳴らし、今度は長い金髪を後ろでまとめた優しい瞳の少年の姿をとる。
「僕の言うことに、とても共感してくださいましたよね?」
にこりと笑って、黒クラスの生徒たちを一瞥する。
そしてみたび指を鳴らして、元の猫少女の姿になると、キャットは可笑しそうにくすくすと笑った。
「あナタたチハ『正しいコト』が欲しかッタんじゃナい。
『思想』が欲しかっタノでさエ、ナい。
あナタたちガ欲しかっタノは、『正しイコとをしテイる自分』。『正義を貫いテイる自分』。
そシテ、『正しイ自分に裁かれルベき悪』。
そウデしょウ?
だカラ、あナタたちの欲シカったもノヲあげタノよ。
ねエ?望んダモのを得て、気分ガヨかっタデしょう?」
そして、きゃはははは、と高笑いを上げた。

「くっ…!」
気色ばんだノインやドライを、ルージュが鋭く腕で遮った。
「ストップ。ここでこいつに飛び掛っても、無駄よ」
「そうだ。場が混乱すればするほど、それに乗じて逃げるのがこいつのお得意の戦法だよ」
クルムが油断なくキャットに目をやりながら、生徒たちに言う。
「こいつには、並外れた変身術の能力がある代わりに、戦闘能力は全くない。落ち着いて取り囲めば、捕まえるのは簡単だよ」
冒険者達は油断なくキャットの方を見ながら、じりじりと位置を移動して徐々にキャットを包囲していった。
セアがドアに回って、ノブを後ろ手でしっかりと持つ。
塾長室の窓ははめ殺しで、入口もそのドアだけだ。逃げ場はない。
キャットはニヤリ、と笑うと、ホットパンツのポケットをあさって、何かを取り出した。
手のひらの上で転がる、飴玉ほどの大きさの玉。
冒険者達は訝しげにそれを見やる。
キャットはにっこり笑って、玉を見せるように差し出した。
「こレネ、リリィが作っテクれたノ。使うのは初めテナんだけド。使っテミてモイい?」
言うが早いか、振りかぶってその玉を床に叩きつける。
「あっ!」
止めようとした時にはもう遅かった。
ぼわん!
叩きつけられた玉は、瞬く間に大量の煙を吐き出した。
「うわっ!」
「げほっ!げほげほっ!」
「なに~?!何も見えないっ!」
忽ち騒然となる室内。
フロムが見えないながらも振り返って、大きな声を張り上げた。
「セアさんっ!ドアは?!」
「だ、大丈夫ぅっ!何にも見えないけど、ドアはしっかり閉めてるよっ!」
煙でけほけほ言いながらも、セアが必死になってそう答える。
「風よ、この地に汚れなき吐息を!」
ミケの呪文とともに、部屋に風が渦を巻き始める。ほどなく、煙はその風に乗って消えていった。
そして、冒険者と生徒たちが互いの姿を確認できるほどに視界が復活した、その時。
「…うえぇっ?!」
その場にいたほぼ全員が、不可解な呻き声を上げた。
そこにいた、生徒とルーイ以外の人間…つまり冒険者達…であったもの、は。
三つ編みにされた長い髪の毛、少女かとも見紛う美貌、そしてずるずるの黒いローブ。
そう、全員、ミケの姿になっていたのである。
もちろん、その中にはキャットも混じっているであろうから、総勢9名。なかなか壮観だ。
「えっ、えええええっ、なに、なに、なんなのっ?!」
「ミケさんが、ミケさんがいっぱいいますっ!ええっ、あれっ、セアもミケさん?!」
「なんだなんだ、どういうことだ?!どうなっていやがる、これは!」
冒険者たちは忽ちパニックに陥った。
「み、みんな落ち着いてくれ!これはキャットの仕業だ!」
「そうです!皆さん落ち着いて…」
などと言う者の言葉など、すでに耳に入らない。
ミケのうちの一人がポン、と手を叩くと、名案とばかりに声を張り上げた。
「そうです!こんな時こそ、わたくしがさし上げたロケットを確認しなければ!」
どうやらナンミンらしい。
「本物のミケさんならば、ガーダーベルトにわたくしのロケットがついているはずです!それっ!」
言うが早いか、近くにいたミケのローブを盛大にめくり上げる。
「っきゃああああぁぁぁぁぁっ!!」
室内はさらにパニックに陥った。

もちろん、そんなことをしている間にキャットに逃げられたのは言うまでもない。

STEP4>後始末

PLACE>ゼラン魔道塾:塾長室

「今回は、本当に有難うございました」
そう言って礼をしたルーイの表情は、先程よりだいぶ落ち着いているように見えた。
「皆さんをお雇いしてよかったです。結局は私の身から出た錆ということでしたが…きっと皆さんがいなかったら、事態はもっと悪い方向へいっていたに違いありません。有難うございました」
白黒クラスの生徒たちはすっかり意気消沈した様子で、それぞれの自宅へと帰っていった。
明日からは普通に、講師の授業を受けてくれるそうだ。
おそらく、相手のクラスへのわだかまりは消えることはないだろう。だが、もう相手クラスへの攻撃は止むのではないかと思われた。それならこれから少しずつ、相手のことを理解していけばいい。
「こちらは、お約束の依頼料になります。お納めください」
言って、8つの袋を差し出す。冒険者達は遠慮なくその袋を受け取った。
「あの…キャット…マオ、さんというのは…本当に、使い魔だったのですか?」
ミケがやや遠慮がちに問うと、ルーイは哀しそうに表情を曇らせた。
「ええ…だから私も、驚きました。まだ生きている…どころか、人間の姿になっているなんて…おそらく、何か魔道的な改造を施されたのだとは思いますが」
「でも、逆恨みだよね。ルーイさんだってマオのこと、探したんでしょ?それでも見つからなかったのはルーイさんのせいじゃないし…新しい猫かったって、別に悪いことじゃないわよね!」
キファが憤慨した様子で言った。冒険者達は何も言わなかったが、表情は賛成の意思を示している。
「でもね…セア、わからなくもないと思うの…」
その中でただ一人、セアだけがおずおずと意見を口にした。
「ご主人様が見つからなくて、心細くて…いっぱい苦しい思いして、一生懸命ご主人様のところに帰ってきたら、ご主人様はさっさと別の子を飼ってたなんて…セアだったらきっと、すごく哀しくなると思うの…」
「だけどさぁ…」
「私も…そう思います」
ルージュが何か言いかけたのを、ルーイ本人が遮った。
「彼女の気持ちは…わかります。私もそう思ったことでしょう。もし、あの子の立場なら」
哀しそうに目を伏せて。
「ですけれど…あの子を失って淋しかった私が…新しい子を飼ったことも。その子が亡くなればまた次の子を飼い始めたことも。それは…わたしに必要だったことなのです。確かに…あの子の言う通り、当人にしてみればこれほど薄情なことはないでしょう。あの子が、この世に生きるものはすべてそのような儚い存在なのだと思うのも、不思議ではありません…ですが」
しかし、その後にルーイは決然と顔を上げた。
「それが、彼女を愛していなかったか、必要としていなかったのか…決してそういうわけではありません。彼女はかけがえのない存在でしたし、彼女に代わりなどいません。もちろん、彼女の後に飼った子もです。
あの子が、人なんていくらでも代わりがきくものだと…ただ必要とされたいがために生きる儚いものだというのなら…私は、それは違うと…言っていくまでです。何度でも。私の、この命ある限り」

彼女のこの様子なら大丈夫だろう。
冒険者は安堵の表情で、ゼラン魔道塾を後にした。

PLACE>ゼラン魔道塾:玄関前

「あーあ、なにやら厄介だったけど、とりあえず一件落着で何よりね」
塾を出たところで、ルージュがうーんと伸びをした。
もう日もすっかり暮れている。長い一日だった。
「収入も入ったことだし、どう?これから打ち上げ兼ねて飲みに行かない?」
グラスを煽る仕草をして、冒険者達に微笑みかける。
「いいデスネ~、私も行きまショウ」
「…そうだな、金があるうちに飲んでおこう」
「お酒はいただけませんが、僕もご一緒しますよ」
成人組が笑顔で参加。
「あたしはいいよ~。もう遅いし、宿に戻るね」
「セアも…みんなとお仕事できて、楽しかったです。また一緒にお仕事できたらいいね。ばいばい」
地人と陽光人の少女2人組は笑顔で手を振って反対方向に去っていった。
「オレも…まだ未成年だしな。今日は遠慮しとくよ」
クルムも苦笑して手を振った。
「そお?じゃあまた今度、食事にでも付きあってね」
ルージュはいたってさっぱりとクルムを送り出す。
「さて…わたくしはどうしましょう…?せっかくですから、わたくしも皆さんとご一緒に…」
「ナンミン」
ルージュたちのほうに行きかけたナンミンの、肩は無理だったので頭にぽんと手を置くクルム。
手を頭の上に乗せたまま、ナンミンは振り返って…硬直した。
「ナンミンには、ちょっと話があるんだ」
不自然なほどににこにこと、クルムはナンミンに言った。
「…で、では僕たちは行きましょうか、ルージュさん!」
ミケが何故か焦った様子でルージュたちをせかした。彼らはあわただしくクルムとナンミンに別れを告げると、そのまま夜の街へと消えてゆく。
「あっ、えっ、あのちょっと、みなさん?!」
ナンミンが慌てて引きとめようとするがすでに遅い。
ナンミンはもう一度、青ざめた顔をクルムに向けた。
クルムは相変わらず、不気味なほどの笑顔をナンミンに向けている。

「…………クルムさん…………?」

“Black or White?” THE END 2002.6.26.Nagi Kirikawa