あなたに瓜二つの 生き物が
 わたしの子宮から 出てきたら
 バンドを呼び集めて 舞い踊り
 その子の誕生を 喜ぶわ

 あなたのように わたしを捨てないように

 鉄の柵で作った 檻に入れて眺め
 乳を与えあやして いつもいつも見てるわ
 壊れるくらい 愛してあげるの

 首輪と足枷でも こしらえて
 わたしの名前だけを くり返す

 他人の蜜を覚えて汚れないよう

 霧の朝が来たなら 海の見える部屋で
 軋む肌を教えて 強く抱いて眠るわ
 溶け出すくらい 愛されたいから

 届かない影を追い求めて
 一人で泣き叫ぶ毎日を

 くり返さないように

 鉄の柵で作った 檻に入れて眺め
 乳を与えあやして いつもいつも見てるわ
 壊れるくらい 愛してあげる

 霧の朝が来たなら 海の見える部屋で
 軋む肌を教えて 強く抱いて眠るわ
 溶け出すくらい 愛されたい

 あなたのように わたしを捨てないように

 「ベビーベッド」
 作詞・作曲:こっこ
あのひとは死んでしまったの
あなたという忘れ形見を残して
わたしのことを置いて死んでしまったの

だから わたしはあなたを守らなくちゃいけないわ
あなたを誰の目にも触れないようにして
どこもかしこも汚らしい 危険な外の世界から守るの
わたしだけを見て わたしだけの声を聞いて
そうすればあなたは永久に汚れないまま
そうすればあなたは永久にわたしのもの
そうすればあなたは永久にわたしだけを愛してくれる

ねえ あのひとは死んでしまったの
けっしてあんな汚らわしい女に惑わされたんじゃないわ
そう あのひとは危険な外の世界に殺されたの
だからあなただけはわたしが守ってあげる

あのひとのように わたしを置いて死んでしまわないように
わたしが永久に あなたを守ってあげる

出会いは、いつも突然に訪れる。
生まれてから(ぱおーん)年、両手の指を使っても足りないほどの男性達と様々なドラマを繰り広げてきた(と、少なくとも彼女は思っている)彼女は、自らの経験の中で、それを悟っていた。
曰く、雷に打たれたように。
曰く、心臓が止まってしまったかのように。
曰く、呼吸を止めて一秒。あなた真剣な目をしたから。
………ともかく、彼女はいつも、そうした突然の出会いの中で、自らの内に生まれた炎を傍迷惑なほどに燃え散らかしながら、あるいは自らの思いを成就させ、あるいは破れ燃え尽きてきた。どちらかというと後者の方が多い気がするが、彼女自身はあまり気にしていない。
今回の出会いも、突然に訪れた。
気候と風土が気に入って、つい居座ってしまったヴィーダ。しかし、料理人として定職につけるわけでもなく、かといって冒険者としての仕事にありつけるわけでもなく、そろそろ別の街に移ることも考え始めていた、ある日のこと。
「うわっ!」
そんなことを考えながら歩いていたものだから、横手から来た馬車に気付かなかった。さすがに跳ねられはしなかったが、腕を派手に引っ掛けられて転倒した。
「気をつけろ!」
自分のことを棚に上げて罵声を浴びせ去っていく馬車の御者に、無言で親指を下に向けてから、彼女は眉をしかめて腰をさすった。
「いたたたた…」
「…大丈夫ですか?」
目の前に差し出された手をきょとんと見つめて、彼女は不思議そうにその差し出された手から目線を徐々に上げていく。
「大変でしたね。お怪我はありませんでしたか?」
優しいテノールで言って青年が微笑んだ瞬間、彼女はこれが人生で何(十)度めかの『運命の出会い』であることを確信した。
短くそろえられた、エメラルドグリーンの艶やかな髪。
優しげにこちらを見つめる、同じ色の涼やかな瞳。
彼女は差し出された手をとって、うわごとのように呟いた。
「あ…はい…どうも、ご丁寧に…本日はお日柄もよく」
自分でも言っていてわけがわからない。
彼女はフェイリア特有の赤褐色の肌をさらに紅潮させた。
転倒して座った体勢にあるとはいえ、大柄でどちらかというと肉付きのよい体つき、あまり手入れの行き届いていない赤い髪を無造作に縛っただけの、化粧っけひとつない自分のそのような仕草は、さぞや滑稽に映ったであろう。
だがそんな彼女の様子にも、彼は変な顔ひとつ見せずに微笑みを返してくれる。
「…あっ、あのっ…!ど、どうもありがとう…ございました…お礼というのもなんですけど、あっちのお店でお茶でも奢らせて…」
自覚をしたらすぐに攻勢に転じるのは彼女の得意技だった。
だが、青年は変わらぬ笑顔で首を横に振った。
「いえ、わたくしは急いでおりますので…それに、何をしたわけでもないですし。お礼は結構ですよ」
「そ…それならせめて、お名前だけでも…!」
なおも食い下がる彼女に、青年は微笑した。
「ナ…」
「な?」
何かを言いかけて青年は口篭もり、再度微笑を浮かべる。
「…ランスロットといいます。本当に、お礼はいいですからね」
青年は、言って踵を返した。その背中に、彼女は精一杯の一声をかける。
「あ…あたしは、カトリーヌ・ウォン・カプラン!」
いつもならば大柄で姐御肌の自分には似合わぬからと決して初対面の人物には名乗らないフルネーム。
ランスロットは少しだけ振り返り、また微笑した。
「カトリーヌさんですか…いいお名前ですね。それに…とてもいい声ですね」
後半は謎だったが、それだけ言うとランスロットは礼をしてまた去っていった。
カトリーヌ…ケイトは、しばらく呆然とそれを見送っていたが、やがて何かを決心したような表情を碧い瞳にたたえて歩き出した。
ランスロットが去っていった方向へと。

「ランちゃん、おそぉい、遅いよぉう!もうみんな来てるよ~?!」
風花亭…待ち合わせの場所の入口で、待ちきれない様子で待っていた少女が、ランスロットの手をぐいぐいと引っ張って中へ連れて行く。
「すみません、チェルさん…あの、そんなに引っぱらないで下さい…」
ランスロットは困惑した様子で、それでもなすがままに引っぱられている。
やがて辿り着いた広いテーブルには、総勢9名が顔をそろえていた。
「こんにちは、ランスロットさん。これで全員が揃いましたね」
一番奥手に座っていた地人の美しい男性が微笑んでそう言い、ランスロットと出迎えた少女は空いていた席に座った。
「先日はギルドの方で顔合わせ、ということでしたが、今日はマヒンダへの出発の前に、依頼人の方と直接お引き合わせを…ということで」
そう言って冒険者達を見渡すと、彼は隣に座っているやつれた男へと向き直った。
「改めまして、マヒンダの魔術師ギルドから仲介の役目をおおせつかりました、フィズ・ダイナ・シーヴァンです。よろしくお願いします」
そう言って微笑む様子は、声さえ男性のものでなければさながら男装の麗人のように映るであろう。地人特有の褐色の肌に尖った耳、くすんだ緑色の髪をゆるく後ろでまとめ、ブラウンの瞳は優しげな光をたたえている。その見目かたちはもちろん、醸し出す雰囲気も充分に、彼を女性のように美しく見せていた。
しかしその瞳が向けられた先に座っていた男は、およそいろんな意味でフィズと正反対だったと言わざるをえない。健康な状態であったならさぞかし頑健なスポーツマンタイプで、女性にももてただろう面影のある、がっしりとした骨格に、整った顔立ち。だが今やそれは見る影もなく、白茶けた金髪はぼさぼさに乱れ、海色の瞳は濁って落ち窪み、およそ生き生きとした生気を彼から感じることはなかった。
彼はのろのろと頭を下げると、自己紹介をした。
「…ソル・レガードといいます…今回は…僕の恋人のことで、皆様にご協力いただくことになり…その、ありがとうございます」
声にも覇気が感じられない。彼が「この一件」で、どれだけ精神的にダメージを受けているかがわかる。
フィズは気遣うようにソルに微笑みかけると、冒険者達に向き直った。
「では、冒険者の方々も、順に自己紹介をお願いできますか」
フィズが促すと、彼のすぐ隣にいた青年が笑顔で会釈をした。
流れるような銀髪に、優しげな紫色の瞳。優男のようにも見えるが、必要以上なボリュームの肉体と、きっちりと着込んだ神官服が威厳を醸し出している。
「エルダリオ=ソーン・フィオレットと申します。知識神フェリオーネスに仕える、神官をしております。よろしくお願いいたします」
続いて、エルダリオとは対照的な、線の細い魔道士風の男性が、丁寧に会釈をする。男性…といっても、こちらもフィズと同じように、女性と見紛うほどに美しい容貌をしていた。大きく可愛らしい形をしているがその奥にははっきりとした意思をたたえた青い瞳、長くたらして先を三つ編みにした栗色の髪。その間から小さな猫がその瞳を覗かせている。
「僕はミーケン=デ・ピース。ミケとお呼び下さい。ご覧の通り、魔道士です…マヒンダがらみの事件ということで、お役に立てれば光栄です」
その隣には、派手な赤い髪と真っ白な肌をした少女が控えていた。緑色の瞳を面白そうにソルの方に向け、小さな口元を不敵に歪めて見せる。真っ白、というには少し白すぎる肌は、少し多めのピアスがつけられた尖りぎみの耳とともに、月の女神ムウラの従属人種、月光人の特徴だった。この白い肌は、夜になれば銀色の神秘的な光を発する。
「グリムよ。グリム・K・ラシュナード。一応魔道士…見習いってところかしら。まあ、役には立てると思うけど。よろしくね」
グリムと並んで座っていたのが、先程入口までランスロットを迎えにいった少女。薄緑色の大きな瞳と、ふたつ結いにした長い銀髪は、年齢よりずっと幼い印象を与える。大事そうに抱えた熊のぬいぐるみ以外は、上から下まで真っ白にしつらえられていた。まるで彼女自身も、可愛らしい人形であるかのように。
「えっと、チェルシーはね、チェルストロワっていいます。でも長いから、チェルシーって呼んでね。チェルシーも、いちようまほーつかいなの。がんばっておにんぎょーさんの呪いをとくね。よろしくね」
その隣、依頼者のソルと向かい側の誕生席に座っているのが、大柄で黒ずくめの、愛想のない男。刃先を黒い布で覆った大きな槍と、首から頬にかけて走る紅い刺青、そしてそれと同じ色の、油断なく光る鋭い瞳が少し近寄り難い雰囲気を醸し出している。
「…ジェノサイド・ルインワージュだ。ジェノでいい。魔道はさっぱりだが…まあ、力仕事があったらいってくれ」
その隣に座っていた男性が、笑顔で会釈をした。座っているのでそれほど目立たないが、ひょろりとした長身の白衣の男である。さらさらとした黒髪に、どこか飄々とした印象を受ける笑顔。その期待を裏切らず、口から出てくるのもまた飄々とした口調だった。
「フルフロム・ルキシュと申しマス。よろしくして下さいネ~」
さらに順番が回って、ストレートの銀髪をたらした美しい女性が、軽く首を傾げて挨拶をした。冒険者にしてはずいぶんと肌を露出させた服を着て、多少きつめの血の色の瞳を挑戦的に依頼者に向けている。
「ルージュ・ディアスよ。魔法はからきしだけど、まあ少しは役に立てると思うし。よろしくね」
その隣には、対照的に幼い、けれど表情はずいぶんと大人びた少年。栗色の髪を短くそろえ、身軽な服装だが背中に大きな剣を下げている。今はその剣は壁に立てかけているが、大人びた表情といい、妙にちぐはぐな感じのする、しかしそれが不思議に魅力的な少年だ。彼は丁寧にお辞儀をした。
「クルム・ウィーグです。俺も魔道は簡単なものしか使えないけど…がんばります。よろしく」
そして最後に席に座った、ランスロットが微笑して頭を下げた。
「ランスロット=D=ナンミンと申します。よろしくお願いいたします」
全員の自己紹介が終わったところで、フィズがソルに向き直った。
「それでは、改めてご依頼の内容を確認させて頂いてよろしいですか」
ソルがゆっくりと肯き、フィズは再び冒険者達の方を向いた。
「依頼人のソル・レガードさんは、恋人であるミィナ・サルファンスさんと、2月前にマヒンダへ旅行へ出かけました。
ところが、帰ってきたミィナさんは、マヒンダで買った人形を、異様に溺愛し始めた。赤子のように抱き上げ、話し掛けているうちに、とうとうその人形としか話をしなくなりました。家族にも、恋人であるソルさんの言葉にもまったく耳を傾けず、その人形をまるで自分の子供のように可愛がり、世話をし、出るわけは無いのに乳を与える仕草をしたり…そして、その人形を奪おうとすると、鬼のように怒り狂い、暴れまわるのだそうです」
フィズの表情は痛ましげで、この事件を心底憂えているようだった。
「これは、その人形にかけられた呪いのせいなのではないか、ということで、ソルさんはマヒンダの魔術師ギルドに調査を依頼しました。そして、私が派遣されたのです。
腕の立つ冒険者さん達に、この人形を調査し、この人形にかけられた呪いを解いていただくために。
改めて、皆様、よろしくお願いします」
フィズがそう言って軽く礼をした、その時。
「面白そうじゃないか」
声は、入口の方からした。

よく通る…綺麗、と言うよりは単純に大きな声に、冒険者たちはその方向を振り返った。
そして、声の主を認めて名前を呼んだのは、ランスロット。
「…カトリーヌさん!」
そう、先ほど馬車に轢かれそこなった…もとい、轢かれそうになったフェイリアの女性、カトリーヌ。
呼ばれた自分の名前にこそばゆそうに苦笑すると、彼女は大股でフィズに歩み寄った。
「その依頼、あたしも一口かませてもらうよ。…いいだろう?」
言外に「嫌とは言わせない」という雰囲気をぷんぷんと匂わせてすごむ。
しかし、その迫力に欠片も動じていない様子で、フィズはにこりと彼女に微笑みかけた。
「…お名前を、伺ってよろしいですか?」
「おっと、これは失礼したね。あたしはカトリーヌ・ウォン・カプラン。ケイトって呼んでおくれよ」
「では、ケイトさん。何故今聞いたばかりのこの依頼を受ける気になられたのですか?」
「そりゃあもちろん…」
ケイトはランスロットの方を見て、パチン、とウィンクをした。
「ランスロット様をお助けするために決まってるさ!」
その場にいた全員が、絶句した。
「カ、カトリーヌさん…?」
ランスロットも二の句が告げない様子だ。
やがて、ぷっ、という声が聞こえたかと思うと、ルージュが腹を抱えて爆笑した。
「っはははは!面白いじゃない!ナ…ランスロットも結構女殺しね」
「ととととととんでもないですルージュさん、何をおっしゃるのですか」
慌ててぶんぶんと首を振るランスロット。すると、隣に座っていたクルムも、くすくす笑いながら同意した。
「それはともかく、助けてくれるって言うなら、好意は素直に受けておいた方が良いんじゃないか?調査をするんだから、人数は多いほうがありがたいしね」
それは、他の冒険者達も同意見のようだった。フィズはそれを確認すると、再びケイトに顔を向けた。
「それでは、お仲間に加わっていただく…ということで。ご一緒に話を聞いていただけますか?」
「ありがたいね、そうさせてもらうよ」
ケイトは言って、空いていた椅子に腰掛けた。
フィズは仕切りなおしというように座りなおして、冒険者達に向き直る。
「ミィナさんは人形にかかりきりでろくに食べ物も食べていないため、このままですと衰弱死するおそれがあります。そうなる前に是非、皆さんに人形の呪いを解いていただきたいのです」
「単純に、人形を壊したらいいんじゃないのか?」
ジェノが眉を顰めて言った。
「俺はよく知らないが…呪いっていうのは要するに、その人形にかけられた魔法みたいなものなのだろう?なら、その人形を壊してしまえば解決するような気がするのだが」
「それを調べる前に人形を壊してしまったら、もしそうでなかった場合に取り返しのつかないことになってしまうからですよ」
フィズは落ち着いた口調で答えた。
「こちらも、まがりなりにも魔術師ギルドです。普通の呪いでしたら、何も冒険者さんの手を煩わせることもなかったでしょう。ですが、魔道の専門家が魔力関知をし、あらゆる手段で呪いの正体を探ろうとしても不可能だったのです。ですから、こうして冒険者の方々を募ることになったんですよ」
「そうか…そう言われてみればそうだな」
ジェノは納得したように背もたれに寄りかかった。
「それでは、ソルさんにお尋ねしてよろしいですか?」
沈黙していたエルが、真面目な表情で身を乗り出した。ソルも真剣な表情でエルに向かって肯き返す。
「彼女は、どのようにしてその人形を手にしたのですか?そして、失礼ですが…呪いという以外に、彼女をそのような状態に追い込む何かが、私生活の方にあったのではないか…お心当たりはありませんか?」
ソルは哀しそうな瞳をエルに向け、そして瞳を伏せた。
「あの人形は…マヒンダの土産物屋で買ったものだと…彼女はそう言っていました。たまたま別行動をして…そして、合流したらあの人形を持っていたので、どの店で買ったかまでは…」
ふるふる、と首を振って。
「彼女は…幸せだったと思います。もう結婚も決まって…僕も浮気なんかしたことは無かったし、彼女の愛情を疑ったことも、裏切るようなことをした覚えもまったく…だから…彼女のために何もしてやれないことが…辛いんです」
何かを堪えるようなソルの様子に、場に奇妙な沈黙が落ちる。エルは申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません、不粋な質問を…。では、彼女をそのような状態にしてしまったのは、その人形の力によるものとしていいでしょうね…」
「彼女には、会わせてもらえないんですか?彼女の様子と…できれば、人形も直に見たいんですけど」
クルムの問いに、フィズは困ったように眉を寄せた。
「あまりお見せしたくはないのですが…けれど、見ていただいたほうがいいのでしょうね。あとでご案内します。ですが、先ほど私やソルさんが言った以上の情報は、おそらく彼女からは得られないものと思ってください。人形は…こちらに」
言って、フィズは机の下から鞄を取り出し、中から両手でちょうど抱えるほどの赤子の人形を取り出した。
冒険者達は驚いてそれを見た。
「えぇっ、フィズちゃん、お人形さんはそのおねえさんから離れられないんじゃないのぉっ?」
チェルシーが素っ頓狂な声をあげる。フィズはそちらに向かって微笑んだ。
「もちろん。これはその人形と同じ型の人形です。マヒンダでは昔から人気のある、ミルク飲み人形です。スタンダードな型で、ずいぶん昔から作られているようですね。ミルクを飲むと笑って『ママ』と言う仕掛けが施されています。音声は魔道による仕掛けですので、彼女が買った人形は、すでにその効力は切れていますが…」
「…では、魔道の効力が切れるほどには、年月が経っているもの…ということですね」
ミケがふむ、と考える。
「デスガ、たくさん生産されている人形と言うト、ますます出所が限定しづらいデスネ~」
フロムが困ったように肩をすくめて、グリムがそれを引き継いだ。
「呪い、に対する知識も薄いしね…そこからも調べなくちゃならないかしら」
手がかりは少ない。フィズの談によれば、実際に人形を見ても、大した情報は引き出せないだろう。もっとも、容易く見つけ出せるようなものであるならば、そもそも冒険者などに依頼をしたりはしないのだ。
場が重苦しい雰囲気に包まれる。と、ケイトがばんっ、と隣にいたジェノの背中を叩いた。
あからさまに痛そうな表情を向けるジェノに構わずに、ケイトは冒険者達に向かって大きな声で言い放つ。
「な~に、やる前からぐだぐだ言ってんだい!まず行く!調べる!出来ることをする!悩むのはそれからだろ?」
この荒々しい激励に、ルージュは肩をすくめて苦笑した。
「…確かにそうだわね。何も考えてないように聞こえるけど、確かにまずやらなくちゃ話にならないわ」
多分に「何も考えてない」の部分を強調するも、その意見に冒険者達はひとまず同意したようだった。
決意のこもった眼差しをフィズとソルに向けると、ソルは深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします…ミィナを、救ってやってください」

「うっわぁ~、気持ちいい~!チェルシーねぇ、お船に乗るの久しぶり!」
船の舳先で海風を一身に受けながら、チェルシーはそう言ってはしゃいだ。
マヒンダに向かう船の甲板。船室から出て、冒険者は陽射しの穏やかな海の旅のひとときを楽しんでいた。
「この船で、どれくらいかかるのですか?」
ミケが問い、フィズが微笑んで答える。
「3、4日で着くのじゃないかな…豪華客船の旅ではないのだし…っと」
そこで、何かに気付いた様子で、苦笑する。
「申し訳ありません、仕事をお願いする方々にぞんさいな言葉遣いを…普段使い慣れていない言葉は、ダメですね」
「なぁにぃ、フィズちゃん、チェルシーたちに気を使ってけーご使ってたのっ?んもーう、水くさいんだからぁ!」
チェルシーがぱたぱたと駆け寄ってきて、がしっと抱きつく。それについてくるように、グリムもふよふよとやってきた。
「ミケとかエルとかフロムとかがフツーに敬語だから、気にしてなかったけど。他の人はともかく、あたしは気にしないわよ。気を使われてるほうがかえってこそばゆいし。好きなように喋って?」
フィズはチェルシーに抱きつかれて困惑気味に他の冒険者達を見渡した。皆同意見のようだ。
そして、ふわりと綺麗に微笑む。
「…ありがとう、じゃあそうさせてもらうよ。そうだね、この船は普通の客船だから、内容よりも速さを優先するんだよ。天候がいいようなら、それこそ3、4日で着くのじゃないかな」
「そうですか、では航海中に殺人事件が起こったり歌に翻弄されて船が沈みかけたりするようなことはなさそうですね」
ミケがさらりと言い、微妙な沈黙が落ちる。
さして気にした様子も無く、フィズは続けた。
「皆さんは、マヒンダは初めて?」
「うん!初めて初めて!チェルシー、まほーつかいだからぁ、すっごぉ~く楽しみ!」
「そうですね、魔道を志す者としては、一度は訪れてみたい地でしょうね」
「マヒンダに留学してたら、今ごろ立派な魔道士になれてたのかなぁ…」
職業魔道士であるチェルシー、ミケ、グリムが、それぞれに期待のこもった眼差しで進行方向を見る。
「俺は、よく知らねえんだ…魔道には、疎いもんでな。おそらく仕事じゃなきゃこねえだろうな」
ジェノが言い、ルージュが右手をひらひらと上げた。
「右に同じ~。魔法の国、くらいのことしか知らないわね。どういうところなの?」
問われて、フィズは逆に微笑んで問い返した。
「じゃあ、皆さんはどんなイメージを持っているのかな?答える前に、教えてくれるかな」
冒険者達はうーんと唸った。
「マヒンダのイメージ…ですか?なんか赤いです。建物とか、屋根とか、宮殿とか、服とか赤っぽいです」
「ランスロット、それってマゼンタ…」
絶妙のツッコミがクルムから入る。
「…はッッ!そ、そうかもしれません…え、ええとですね…そして、時間の流れが他の国よりゆっくりそうです。古時計の音が似合いそうな…」
「そうデスネ~、幻想的なイメージはありますネ。建物も普通の形の建造物ではなく玉ねぎ型の屋根とか夜は魔法光が漂ってイタリ。裏通りがやたらとあってそこにはひっそりと隠れ名店が存在スル…といったヨウナ」
フロムも目を閉じながらイメージを膨らませているようだ。
「う~ん、イメージね…やっぱ『魔法の国』って言葉しか思い浮かばないよ。食べ物を冷やして保存したり、あっという間に温めたり、そんな魔法が一般家庭まで普及してる国だったら素敵だよね♪」
ケイトが楽しそうにそれに続く。
「魔道の『魔』とは、不思議なもの、を指すのでしょうね、きっと。そういうものは畏怖の対象となって、魔女や魔法使いの迫害に繋がったりする訳ですけども、マヒンダって、そういう人達が身を守る為に身を寄せ合ったのが始まりなのではないでしょうか。排他的なイメージがまったくないのも、そういう痛みを知っているからこそ、なのでしょうね」
真面目な解説をするエルに、チェルシーがまだわくわくとした様子で続いた。
「マヒンダって、まほーつかい、たっくさんいるんだよね~!チェルシーのともだちいっぱい、いるといいなぁ♪」
フィズはくすくす笑いながら、その様子を聞いていた。
「なるほど、皆さんマヒンダは初めて、というわけだね。そうだね…街並は、ヴィーダとはやはりまったく違う感じがするよ。建物の作りも違うし…色彩も派手だし。まあ、そのあたりは行ってもらえれば判るだろうから適当に省くとして…」
穏やかな表情はそのままに笑みだけ引っ込めると、フィズは続けた。
「マヒンダは、人口の90パーセント以上が魔道士という、筋金入りの魔法国家だよ。統治している王から、政治を取り仕切っている官僚、そして公務員に至るまで、ほとんどが魔道士。今は、エーテルスフィア、シーティアルフィという双子の女王が治めている。まだ若いけれど有能な魔道士で、国民とも親しげに接してくれる良い女王だよ」
「へー、双子の女王が治めてるなんて、変わった国だねえ」
ケイトが感心したように言う。
「そして、マヒンダで王宮と同じくらいの規模と重要度を誇るのが、魔術師ギルドの本部。全世界の魔術師ギルドを総括する、いわば総本山だ。この魔術師ギルドを治めているのが、マリエルフィーナ・ラディスカリというエルフの女性。余裕があれば是非一度会って欲しいのだけれど…いつも世界中を飛び回っている人だから、少し難しいかもしれないな」
「へぇ、本当に何から何まで魔道の国なんだな。師匠から聞いたことはあるけど、実際に行くのは初めてだから。楽しみだよ」
クルムが言い、ランスロットが興味深そうな瞳を向けた。
「クルムさんは、少し魔道をお使いになられるのですよね?わたくしは何も出来ませんから、羨ましい限りです…」
卵を作ることはできるけどね。
事情を知っている数名が、心の中でこっそりそうつけたした。
「オレが使うのは本当に、冒険に最小限必要な魔道だけだよ。回復や、体の機能を少し高める程度だし」
「そうですね、私も本当にその程度です。どうも、魔道より物理的な手段の方が性に合っているようですし」
エルがそれに続く。それでいいんですか神官。
「あたしも魔道は大して使えないねえ。仕事に使うくらいだし」
ケイトが言い、ランスロットがそちらに視線を向けた。
「そういえば、カトリーヌさんは何をしていらっしゃる方なのですか?」
ケイトはあからさまに頬を染めて、それに答えた。
「カトリーヌだなんて…やだぁもう、ランスロット様ったら!…こう見えても、実はあたし、料理人なんだよ」
どのあたりが「やだぁ」なのか「こう見えても」なのかは少し意味不明だが、料理人なのは先ほどのマヒンダに対するイメージの発言で少しわかる気がする。
「フェイリアの端くれだからね、コンロの火を調節したり、指先に火をともしたり…意外と応用が利いて便利なもんさ」
つまりは、火をつける魔法しか知らない、というわけなのだろうが、とりあえずそれには誰も触れずに、今度はフロムが話し始めた。
「私も魔道はさして使えるわけではありまセン。医者ですからネ~。魔法医というのもアリでしょうガ、人間の体は魔道に頼らずとも十分に強く出来ているものですカラ」
「じゃあ、どんなものを使えるの?」
ルージュが尋ね、フロムは嬉しそうに肯いた。
「私が使える魔法はデスネ、精神干渉術デス。私がこれを修行しているのはデスね、ちょっと表現が難しいんデスが、『話を聞いてもらうため』なんですヨネ。心が傷ついている人にこちらの言葉を届かせるために、精神干渉術を習ってイマス。当然デスが、人の心を治すのは同じく人の心ですカラ」
「なるほどねぇ。みんな専門じゃなくてもそれなりに魔法使えるわけか」
話を聞いていって、ルージュは微妙な表情で溜息をついた。
「あたしにとって魔道って、ゼロ、なのよねえ。敬遠してるわけじゃないんだけど、あんまり身につけようとは思わないな」
肩をすくめて、続ける。
「もちろん、出来た方が便利なのは知ってるけどね。別に、できる人をどうこう言うつもりはないし、大魔道士になる夢を見てる女の子なんかは純粋に応援したいって思うけど」
誰のことでしょう。
「俺は…まあ、単純に素養がないんだろうな。覚えたいとも思わんし」
ジェノも横で嘆息する。
「魔道ができないことを自慢しても仕方ねえ。ミケとグリムとチェルシーは専門なんだろ?どんな魔法が使えるんだ?」
そこで話を魔道士三人に振る。間髪入れずにチェルシーが手を上げた。
「はいはいはぁい、チェルシーはねぇ、回復まほうと召喚まほうがつかえるの。あと、闇まほうもちょっと使えるよ。でも回復まほうが得意かなぁ。だってねぇ」
難しい顔で人差し指を顎に当てて、うーんと唸る。
「けーちゃんは、出てきてくれるけど自分で帰りたくならないと帰ってくれないの。あっ、でもチェルシー、けーちゃん大好きだよ~♪」
「けーちゃん…?」
クルムが不思議そうな表情を向け、チェルシーはそちらに向かってにこりと微笑んだ。
「うん、けーちゃん!ケロ…あれ?けろべる……ええっとぉ、けるぼれ……んー?」
「も、もしかしてケルベロスのことですか?」
ミケがフォローを入れると、チェルシーは満面の笑顔で答えた。
「うん、そー、それー!でも言いにくいから、けーちゃんって呼んでるの♪」
「そ、そうですか…それにしてもケルベロスとは、すごいものを召喚なさるのですね…」
感心したようにミケが言い、そうなのか?と問うジェノを、私に聞くな、とルージュが一蹴した。
「グリムちゃんは、グリムちゃんは?どんなまほー、使えるの?」
期待の眼差しを向けられて、苦い顔をするグリム。
「あ、あたしはその…そ、そんなことより、ミケはどうなの?使い魔も連れてるし、かなりできそうじゃない?」
話の矛先を変えようとミケに振る。ミケは苦笑しつつも意思を汲み取り、少し考えてから話し出した。
「そうですねえ、風系魔法はだいたい…あと、ファイアーボールという攻撃魔法が使えます。それから、物に幻をかぶせる幻影魔法ですね。最近は気のせいでしょうか、回復と幻影魔法しか使っていないような気もするのですが…」
そこで、苦笑して。
「そうですねえ、少し偏っていますねえ。もっと色々な魔法を研究したいです…力は、欲しいので」
最後が少しシャレにならないようにも思えたが、それを聞いてフィズがにこりと微笑む。
「魔道を研究するのなら、マヒンダはおそらく世界最高の地だよ」
進行方向を、眩しそうに見つめて。
「あらざる力、意志の力が形を持って渦を巻いているところ…良くも、悪くもね」

「はぁい、ランスロット様、あ~ん」
時と場所は移り、夕方。粗末だがなかなか広いダイニングルームで、夕食がふるまわれた。
嬉々とした表情でスプーンを自分に近づけてくるケイトに、ランスロットは困惑した表情を見せた。
「あ、あの、カトリーヌさん…わたくしのことはいいですから、どうぞお食べになって下さい…」
「そんなぁ、あたしの手料理だからこそランスロット様に食べていただきたいんですぅ、はい、あーん」
ケイトは大きな体でいやいやとしなを作って見せた。少し不気味かもしれない。他の冒険者は、席を同じくしてはいるものの複雑な表情でそちらへ視線をやらないようにしている。
ランスロットは困った顔でわたわたと周りを見た。
「ケイト、もうその辺にしといてやれよ」
そこへ、苦笑したクルムが助け舟を出す。
「ランスロットは、もともと小食な性質なんだよ。そこに来て、船酔いで少し体調も悪いんだ。でもみんなが食事しているところに混ざりたいって、わざわざきてくれたんだよ?」
「おや、そうだったんですか…?」
ケイトは眉を寄せて、ランスロットとクルムを交互に見た。
この二人、どうやらそれなりに長い付き合いのようである。相手のことを気遣い、理解し、信頼し合うその様は、ケイトに入り込むすきなど無いようにも感じられた。
「…じゃっ、これはあたしが頂きます。今度はあたしの手料理、食べてくださいねぇん?」
ランスロットに媚を売ってから、真剣な表情で自分の作ったスープと向かい合う。
(…負けるもんかね!男の友情なんかに!)
かと思うと、ものすごい勢いで食べ始めた。
炎の料理人、カトリーヌ・ウォン・カプラン。
その炎はしばしば料理以外のところでも燃え上がる。果てしなく激しく、そして果てしなくはた迷惑に。

「ところで、フィズはマヒンダでは何をやってるんだ?魔術師ギルドで働いてるのか?」
食事を終えたジェノがフィズに問うと、フィズは微笑して首を振った。
「私はギルドが運営する魔道士学校に通っている学生なんだよ。今回はギルドの依頼で、私が仲介人を務めることになったんだ」
ジェノは少しだけ驚いた表情を見せた。
「何だ、バイトか?ギルドも人手不足なのか、学生に頼むなんざ」
「そうデスネ~、ギルドがかけだしの学生に依頼をするなんて、変わっていマスネ。フィズさんはよほど優秀なのでしょうネ~」
フロムもそれに続き、フィズは苦笑した。
「そんなことはないよ。ただ…そうだね、人手不足なのは変わりない…かな。多分。時々こうやってこき使われるんだ」
「こき使われるとは、穏やかじゃないな。なんだ、ギルド関係に親しい奴でもいるのか?」
「うん、まあ」
にこりと微笑んだだけで済ませるところを見ると、その先を言うつもりはないということなのだろう。
「でも学生にアルバイトでやらせるなんて、そんなことでいいわけ?ちゃんと依頼料は出るわよね?」
多分にうさんくさげに、グリム。
妙に疲れたボランティアや、派手な戦闘をしたのにその分の報酬はもらえずじまいだった事件に巻き込まれたため、なおさらそう思うのだろう。
「もちろんだよ。ギルドの仕事だからね、その点はきちんとしているさ。安心していいと思うよ」
そちらに笑顔で答えたところで、背中にのしっという重みを感じて、フィズは前のめった。
「チェ、チェルシー」
「ねえねえねえ、じゃあさー、フィズちゃんのこともちょっときいていーい?」
顔の横で楽しそうに言うチェルシーに、苦笑を返して。
「ああ、いいよ。なんだい?」
「あのねえ、フィズちゃん、彼女いるぅ?」
「か、彼女?」
唐突な質問に面食らう。
「オー、それは私も是非聞いてみたいデスネー」
楽しそうに話に乗ってくるフロム、その隣で彼女という言葉に赤くなって黙りこくるジェノ。
フィズは困惑したように顔を見渡して、それでも苦笑して答えた。
「うん、いるよ」
「えーっ、そうなんだ、どんな人、どんな人?」
「わたくしも興味がありますね」
さらに割って入ってきたナンミン、その後ろについてきたクルム。ちなみにケイトは食後の洗い物中だ。船での料理も、本当は彼女がやらなくとも船内のサービスであるのだろうが、自分の仕事は洗いものに至るまでやり遂げたいという職人気質だろう。もちろん、明日の朝の仕込みも含めて。
フィズはさらに増えたギャラリーにさらに苦笑して、それでも続けた。
「といっても、今は毎日会えるわけではないのだけれどね」
「えーっ、どーして~?」
「彼女はヴィーダに住んでいるんだ。だから、今は手紙とかでしか話ができないのだよ」
「淋しくないの?」
「正直、淋しくないといったら嘘になるね。でも、辛くはないよ」
「どうして?」
「私は、ひとりではないからね。もちろん、彼女も。離れていても、それは変わらないよ」
「ひゅー、御馳走様デスネ。私ももう少し若ければネ~」
若ければどうするつもりなんですかおじ様。
「そうですか…わたくしは、人間を勉強中でして、恋するとはどういった状態で、どういう気持ちなのか など、教えて頂きたいです…。きっかけ、出会い、気になる雰囲気…。それは友達と、どう違うのでしょう?」
まるで自分が人間外のもので、人間を研究しているようないい方をするランスロット。
フィズは少し上の方を見て、考えているようだった。
「そう、だね…出会ったのは、学校でだよ。変わったシチュエーションではあったけれど…まあ、説明をすると長いから省略するね。気持ち…は…残念だけど上手く言葉に出来ないな。友達とは、やはり違うとは思うのだけれど…ね」
「そうですか…では、その方はどんな方なのですか?」
続けて問われると、今度は微笑が返ってきた。
「何事にも一生懸命で、くじけることを知らない、強い子だよ。…そうだね、彼女といると、今まで当たり前のように見ていた筈なのに意識できなかったことが、はっきり見えてくるような、そんな気がする。今まで埋まっていなくて不安定だったものが満たされた充足感、というのかな…だから、何よりも失いたくない、かけがえのない存在、だよ」
その様があまりに自然で、そしてあまりにキザだったため、チェルシーを始め全員が、ほうっと頬を染めてため息をつく。
そして、それにつられるように、フィズも見る間に顔を真っ赤に染めた。
「じ、自分で言っといて、自分で照れるなよ、フィズ…」
複雑そうな表情で、クルム。フィズは困ったように言い訳をした。
「いや、その…なかなか、慣れなくてね…」
「そうですか…いいお話しですね…いつかそのお方とお話する機会がありましたら、同じ恋でも、女性の気持ちからもお聞きしたいものです」
ランスロットはまだ研究をしている風情だ。
「呪いも恋も強い気持ちという所ではつながっていますよね。何故人は、人に強い思いを抱くのでしょう…?そしてそれを生きる力や死んでしまう力という両極端な行動に変えられるのでしょうか…?感じる気持ちや思いに個性はあってもそれから導き出される答えはどこかでつながっているんでしょうかね?」
「そう、だね…恋も呪いも、人を強く思うという意味では、同じ物かもしれないね。そして、人を殺したいほどに憎み、呪う気持ちは…もしかしたら強い、あまりにも強すぎる愛情の裏返しなのかもしれない…」
「でも…それって何か、おかしいよ…だってそうだろ?好きなら、相手に幸せになって欲しいって願うものじゃないか。それを、呪うだなんて…」
困惑したように、クルム。フィズはそちらの方へ真剣な視線を向けた。
「そうだね。私も、相手を独占したい、強く束縛したい、自分のものにならないのならいっそ殺してしまいたい、という感情を抱いたことはないから、わからない…今のところはね」
そして、目を閉じてかぶりを振る。
「だけど…この先、そういう感情を抱かないという保証は、私にもないと思う。人の思いというものは、そんなに簡単に理屈付けられるものじゃない…わかっていても、止められない思いもある。…これも、本当のことだと思うよ」
何となく沈黙してしまう一同。
「…だが、実際、呪いの人形というものは、出回るものなのか?前にもこんな事件があったりしたのか?」
そこでようやく口を開いたジェノが、ようやく仕事の話をする。フィズは眉を曇らせて、答えた。
「そうだね…私は、マヒンダに来てまだ日が浅いから、何とも言えないのだけど…マヒンダの国民はほとんどが魔道士だから、呪いをかけようと思えば、誰でもかけられるのだよ。闇ルートで、そのような呪術具が取引されているとも聞くしね」
「そぉなんだぁ…なんだか、怖いところだね~…」
チェルシーが、ふるふるっと肩をすくめる。
「だけど、それは逆に言えば、それに対抗する方法もかなりの率で普及している、ということなんだ。マヒンダの人たちは大抵、呪いや魔法から身を守ることができるんだよ。よほどの術士でもない限りね。一般の人々に手に追えなくなったようなものが、ギルドに依頼としてくるわけさ」
「なるホド、ということは、私たちが担当するのは、そのギルドにも手に負えないような呪い、というわけデスネ~。今さらながらに、難しそうなお仕事デス」
フロムが、さして苦悩しているとも思えない表情で手を組む。ジェノは続けた。
「一般的には、呪われた人形というのは、どうやって解呪するんだ?」
「そうだね、大抵の人は、家などに簡易結界を張っているし、身を守るアイテムなどもつけているだろうから…よほどのものでなければ、それらのアイテムと解呪の魔法で解けると思うよ」
「そうか…その方法で解けない、手強い相手…相当の術者が絡んでいることだろう。…もし、自分の手に負えないような相手だったとしても…それでも、立ち向かう勇気はあるか…?」
ジェノは鋭い目でフィズを見た。
フィズはその視線をしばし無言で受け止めて、やがて穏やかに微笑む。
「私にできるすべてをするのが、私の努めだと思っているよ」
「…それで、自らの身を危険にさらしてもか」
「ある程度の危険は仕方ない。けれど、無闇に命を捨てることを勇気だとは、私は思わないよ。生きて帰ってくるのもまた、勇気だ」
二人はまた、無言で視線を交わした。
ややあって、ジェノがふ、と息を吐く。
「試すようなことを言ったな。済まない」
「構わないよ」
フィズは綺麗に微笑んだ。
「マヒンダに着くのは、4日後かぁ~。楽しみだねぇ♪」
そんな空気はお構いなしといった様子で、楽しそうにテーブルに膝をつくチェルシー。
「そうデスネ~。風変わりな異境の地で、久しぶりに酔ってみたい気分デス。フィズさん、魔道都市ならではのちょっとロマンチックなお店、紹介してくださいネ~♪」
フロムがそう言い、フィズは苦笑した。
「それは、少し私はお役に立てそうにないかもしれないな…私は、あまりお酒は飲まないから。まだ、18だしね」
「ホウ、これは驚きましたネ!大人びた方だとは思いましたが、まだそんなお年トハ!」
「そうか~、フィズってずいぶん老成してるんだな」
あなたがそれを言いますかクルム君。

後片付けも済み、明日の朝の仕込みも終わって、ケイトは上機嫌で客室の方へ歩いていた。
もちろん、ランスロットに「熱烈あぷろぉち」をするためである。
意気揚々とランスロットの部屋の前まで来て、ノックのために右手を上げたところで、部屋の中から声がした。
「だ、ダメだよナンミン…」
その声に、ケイトは顔を驚愕の色に染める。
(この声は…クルムさん…?!)
慌てて、扉に耳をぴたりとくっつけ、中の様子をうかがうケイト。
「どうしてですか?クルムさん」
それに答えるのはランスロットの声。何故苗字を呼ぶのかは判らないが、中にはクルムとランスロットがいるらしい。
クルムの声は困惑した様子だった。
「それは…えっと…」
「はっきり仰っていただかないとわかりませんよ?」
「だから…その、こんなところで…」
「場所など関係無いではありませんか…わたくしは、クルムさん……が欲しい……す」
細かいところはよく聞き取れない。ケイトはこっそり地団太を踏んだ。
「だ、だってほら、…………だし、その、恥ずかしい……よ」
「恥ずかしがっていては………ません、さあ、クルムさん」
「あ、ちょっと、ナンミ……!」
「さあ、クルムさん、力を抜いて……」
「や、だからちょっと、オレの話を聞……」
「参りますよ…?」
「だあぁぁぁっ!」
そこが限界だった。
ケイトは何か恐ろしいものを見るかのような表情でゆっくりとドアから離れると、何かを振り切るように走り出した。
「……っっ負けるもんかあぁぁぁっ!!」

「………今、誰かの声がしなかったか?」
「さあ…?わたくしには聞こえませんでしたが」
不思議そうな顔でドアの方を見るクルムとナンミン。
そう、ナンミン。ランスロットではなく、変装を解いたいつもの奇妙な物体になっている。
「さあ、そんなことより、出来ましたよ、クルムさんの綺麗な気を元にして作った卵です」
ナンミンの手の中には、無垢な瞳をした真っ白な玉子がおさまっていた。
「へ、へえ…こんな玉子もできるんだ」
やはりまだ困惑気味のクルム。
「そうです。この世界には残念ながら、悪い気も満ちています。そんな気を元にして作れば、凶悪な玉子が出来上がるのは当然…ですが、クルムさんのような清浄な気をお持ちの方の周りでは、こんなに素晴らしい卵が出来上がるのですよ」
ナンミンはにこにこして、その卵を卵ドセルの中にしまった。
「有難うございました、クルムさん。わたくし、前々からずっとクルムさん『の卵』が欲しかったのですよ」
「や、やっぱりなんかちょっと、恥ずかしいな」
いつものような卵が現れてしまっては、『迷惑』だし、と心の中で付け足す。
「恥ずかしがっていては、『いい卵は出来』ません!それに、緊張すると、カチコチの卵が出来上がってしまいますからね、リラックスして頂かないと」
ナンミンはいい卵が出来たので上機嫌だ。
「さあ、この調子で皆さんの卵を集めたいですね!クルムさん、ご協力有難うございました」
深々と頭を下げるナンミンに、クルムは複雑な表情で、それでも微笑んだ。
「…え、と、また何か協力できることがあったら、いつでも言ってくれな」
こうして、約一名の胸に果てしない誤解を植え付けたまま、客船の夜は更けていく。

「しかし、ホントに…なんとも形容しがたい街よね」
極彩色の街並をふよふよと移動しながら、グリムはそうひとりごちた。
真っ白い、暗闇では光る肌と濃い紅色の髪という派手な外見を持った自分でも、この街の中ではそう違和感がない。
マヒンダはそういう国だった。
個々の主張を非常にあるがままに受け入れた結果、街としての統一性を失った街並。赤というのも、タマネギ型の屋根というのも、あながち外れていない。ただそれ以外にも、煉瓦造りの四角い建物があれば、木でできた山小屋風の家もあり、なんだかよく判らない素材で出来た、なんだかよく判らない建物(どうして倒れずに建っていられるのかが不思議な構造だが)もあるというだけの話で。
一言で言うなら…ハッチポッチ。つぎはぎ、という言葉が一番相応しいだろう。
グリムの横を並んで歩いていたチェルシーが、楽しそうにスキップしながらそれに答える。
「うん、面白い街だよねぇ♪ねぇねぇねぇ、グリムちゃん。これからお人形屋さんを回るんだよね?」
「そうね、とりあえずはその人形の出所を探らなくちゃね」
「そぉだよねぇ、お人形のことは、お人形屋さんに聞くのが一番だよねぇ」
チェルシーはそういうと、腕に抱いていた熊のぬいぐるみを両手で高く上げた。
「可愛いお人形さん、いっぱいいるといいな~。ねぇ、ジャンク?ジャンクのお友達も、見つかるといいねぇ~」
楽しそうにそう言うチェルシーを横目で見て、嘆息するグリム。
この二人、1歳違いです(自称)。

「わぁぁっ、かわいいお人形さんがいっぱいあるぅ~」
とりあえずその辺りにあった一軒のおもちゃ屋に入ることにした。
チェルシーは並べられた色とりどりの人形にすっかり目を奪われている様子だ。ジャンクに人形を見せるしぐさをして、お友達いるかな?などと話している。
そちらのほうを一瞥して嘆息すると、グリムは店の主人に尋ねた。
「今、この人形のことについて調べているんだけど、ちょっとお話聞かせてもらえるかしら?」
魔法で写した人形の絵姿を見せると、主人は愛想良くうなずいた。
「いいですよ。おや、これはうちでも取り扱っている品物ですね。時を経ても変わらぬ人気を誇る、スタンダードな商品ですよ」
30代半ばといったところだろうか。あまり人形が好きという風情ではなく、あくまで商品として人形を見ているという様子だ。
「そんなに昔からあるものなの?」
グリムが眉を寄せて尋ねると、主人はうなずいた。
「ええ、もう…三百年位にはなるんじゃないでしょうかねえ。仕掛けはたいしたことないんだが、シンプルさが受けているんでしょうねえ。この人形の工房も、今も現役で動いていますし」
「じゃあ、この人形を売っているお店もたくさんあるの?」
「それはもう。うちだけじゃない、マヒンダのほとんどの人形屋やおもちゃ屋には置いてあるんじゃないんですか?土産屋で見かけたこともありますよ」
「参ったわね…そんなにあるんだ。…じゃあ、この人形に呪いがかかっている状態でお店に並ぶっていうことはあるのかしら?」
「呪い、ですか?」
主人は驚いたように身を反らせた。
「店には工房から直で下ろされているはずですし、工房で呪いをかけるなんてことはありませんから…だいいち、呪いのかかった人形なんて置く店があるわけないじゃないですか」
まるで自分の店の人形が呪われていたという言いがかりでもつけられたかのように剣呑な口調になる主人。
グリムはあわてて首を振った。
「そ、それもそう、よね…ごめんなさい、別にここがそうだといっているわけじゃないのよ」
「それはもう、呪われた人形を売っただなんていったら、店の信用にかかわりますからね。お客さん、マヒンダは初めてですか?」
「ええ。仕事で来たの」
「マヒンダはどこの家にも、呪いや邪な魔術除けの対策がしてあるんですよ。撃退とはいかなくても、邪な気配が入り込んできたら一発でわかる。だから、真っ当な人形屋なら呪われた人形を置いてるなんて事は絶対にないと言い切れますよ」
「でもぉ、マヒンダでお人形買ったら変になっちゃったっていう人がいたのよぅ?」
それまで人形を眺めていたチェルシーが、唐突に話に割って入る。
「そりゃ、おおかた別の原因があるんじゃないんですか?さもなきゃ、呪術屋で買ったとか」
「呪術屋、ねえ…」
結婚前の女性が人形を求めて入る店とは思えない。グリムはため息をついた。
「わかったわ、ありがとう。この人形を作ってる工房にも行ってみたいんだけど、場所を教えてくれるかしら?」
「いいですよ。ちょっと待っていてください」
言って、店の主人が奥へ引っ込む。
「グリムちゃん、お人形さん見つかりそう?」
チェルシーが言ってきたので、グリムは肩をすくめた。
「ひょっとしたら、人形屋に行っても望みは薄いかもしれないわね…」

「はい、クルムさん、あ~ん」
「ちょ、ナンミン…い、いいよ、自分で食べるから…」
「そんなこと仰らずに。わたくしには味というものはよくわかりませんが、カトリーヌさんが作ってくださったものは美味しいと皆さん仰っていましたよ。カトリーヌさんがせっかくお弁当を作ってくださったのですから、食べられないわたくしの分も食べてください。はい、あ~ん」
そう言って、嬉しそうな顔で色とりどりの料理をクルムの口に運ぶランスロット。
もちろん、クルムを始め他の冒険者たちにはにはライスボール2個であるのに対して、ランスロットあてのものは折りが三重も重ねられた豪華版である。しかしその料理は彼の口には届くことなく、クルムの口に運ばれようとしている。
クルムは困惑した表情で、手を左右に振った。
「い、いやだから、自分で食べられるから…そんなことしてくれなくても、大丈夫だよ」
ランスロットは心外そうな顔をした。
「何を仰るのですか。先日カトリーヌさんがやってくださったことからすると、これが人間の間での親愛の示し方なのでしょう?わたくしはクルムさんに、親愛の情を示さなければ」
「い、いやだからその、そうだ、そんなことしなくてもいつもナンミンにはよくしてもらってるから、オレにはそれで充分だよ」
『そうだ』というのが微妙に気になるが。
「そうですか…?」
ランスロットは不満そうながらも、持っていたフォークをクルムに渡した。
クルムは安堵のため息をつくと、フォークで料理をつつきながら(しつこいようだがランスロットあての弁当である)話し始めた。
「しかし、空振りばっかりだったな、人形屋」
「そうですねえ…まあ、人形屋さんたちからしてみれば、呪いのかかった人形を売ったなどといわれては信用問題でしょうし…それに、この国の方たちは、思ったよりも呪いというものに対しての対抗手段をお持ちのようです。…こういう詰まり方は、予想していませんでしたね…」
「なあ、人形を売ってるところじゃなくて、人形を作るところに行ってみたらどうかな?」
「と言いますと?」
ランスロットが首をかしげる。
「人形屋さんが、この人形は古くからあるもので、工房は今も現役でこの人形を作ってるって言ってたじゃないか。そっちに行ってみれば、何か手がかりがあるかもしれない」
「なるほど、さすがはクルムさん。そこに行けば、わたくしが念のためにメモしておいたあの人形の製造番号も、なにがしかの手がかりとして生きてくるかもしれませんね!」
「製造番号?」
今度はクルムが首をひねる番だった。
「はい。人形には、ことにこのように大量生産されている人形でしたら必ず、通し番号というものがついているはずなのですよ。ミィナさんを直接拝見した際に、メモしておいたのです。幸い、見やすいところに打ってありましたし」
「そっか、さすがはナンミンだな!じゃあ、早速行ってみよう。さっきの店の人に、場所聞いておいたんだ」
いつの間にか食べ終わった弁当箱を丁寧にしまうと、クルムは立ち上がった。

「あら、クルムじゃない。あなたもここに?」
教えられた工房に行ってみると、出かけたところで別れた仲間の姿があった。
「グリム、チェルシー。あんたたちもこっちに来てたんだな。考えることは一緒か」
クルムは嬉しそうに微笑んで、彼女たちに歩み寄る。
「どうする?入ってみましょうか?」
「そうだな」
「チェルシー、お人形さん作ってるとこ見るの初めて~。楽しみだな♪」
本来の目的とは少しずれたところでわくわくしているチェルシー。
やはりにこにこと後ろからついて来るランスロット。
先頭に立ったクルムが、工房のドアを開けた。

工房の中は思ったよりも狭かった。
受付の事務員に案内された部屋は今泊まっている宿屋の二部屋分程度の大きさで、中には4人の職人が所狭しと並べられた人形にそれぞれ受け持ちの細工を施していた。
「冒険者さん、ですって。人形について、少し話を聞きたいらしいわ。ちょっと休憩がてら、いいかしら?」
事務員が声をかけると、職人たちは手を止めてにこやかに立ち上がった。
冒険者達はとりあえず自己紹介をすると、早速質問に入る。
「この人形は、どれくらい前から作られてるものなの?」
口火を切ったのは、グリム。
一番奥にいた男性の職人が、うーんと天井を見上げた。
「詳しい数字はわからないが、もう200年くらいになるんじゃないかなあ。歴史は古いが、流行に流されない、昔ながらの製法にこだわっているよ」
「じゃあ、これと同じ人形はそれこそ山のようにあるのね?」
「そういうことになるだろうねえ。古い新しいはあるだろうけど、型は基本的にみんな同じだよ」
「この人形を作っている工房は、他にもあるの?」
「いや、昔からここひとつだけだよ。開発者の強い要望でね、どんなに売れようとも、大量生産して質を落とすことだけはしないでくれって。それが今でも守られているというわけさ」
グリムはうーんと考え込んだ。
クルムはしばし考えると、思い切ったように言った。
「あの、人形に呪いをかけるには、どうしたらいいんですか?」
職人は驚いたようだった。手前にいた女性の職人が、眉を顰めて問う。
「…あんた、それを訊いてどうするつもりなんだい?あたしたちの可愛い人形に、そんなことはさせないよ?」
クルムは慌てて首を振った。
「ち、違うんだ。そうじゃなくて…実は、この人形に呪いがかけられて、その呪いで苦しんでいる女性がいるんです。それで、何かの手がかりにならないかと思って、ここを訪ねたんですけど…呪いがかかった人形が出回るような事件は、よくあることなんですか?」
「ああ、なんだ、そういうことかい…そうだねえ、この国じゃあ誰もがやろうと思えば呪いをかけられるからねえ。でもそれだけ、呪いに対する取り締まりも厳しいし、解呪の魔法だって発達しているよ。事件になるほどのことじゃないのさ、このマヒンダでは」
「それにな、坊ちゃん。呪いの人形のことでここに来るのは、筋違いっちゅうもんじゃ」
女性の後ろに座っていた年配の男性が、その後を続ける。
「どうしてですか?」
「人形屋にここのことを聞いたなら、人形屋に聞きなさらなかったかね?人形はここから直に人形屋に運ばれる。そして人形屋もまた、呪いの対策は怠りない。もちろんここで人形に呪いをかけるなどということは問題外だ。だとすれば、残るは…人形を買った者が呪いをかけた、と考えるのが自然ではないかね?」
「でも、彼女は人形を買ったって…」
「人形を買えるのは何も、人形屋だけではあるまい。呪いをかけた人形を売り、売られた人形を置ける店…他の可能性を当たってみてはどうかな…?」
「そ、そうか…」
クルムは虚を突かれたように声を上げて、それから黙り込んだ。
その頃を見計らって、ランスロットが一歩前に出る。
「その、呪われた人形の製造番号をメモしてきたのですが…こちらで、いつ頃のものか調べることは出来ますでしょうか…?」
「まあ、用意周到ですね」
今まで黙っていた若い女性が、笑顔でランスロットからメモを受け取る。
「あら…これは、ずいぶん古いもののようですわ。ここでは詳しいことはわかりませんが、先ほどの受付のところに、第1号からの人形の通しナンバーの記録ファイルがありますの。そちらをご覧いただければ、判ると思いますわ」
「ご丁寧に、有難うございます」
ランスロットが丁寧に頭を下げてメモを返してもらうと、冒険者達はありがとうございました、と礼をして部屋を出た。
そして、その足で受付まで戻り、早速記録ファイルを見せてもらう。
丁寧に記録を追い、そして辿り着いた年は。
「王国歴1468年…今から158年前ですね」
予想していたよりもはるかに古い年代に、4人は真剣な表情を崩せなかった。

「であるからしてデスネ、重要なのはさりげなさだと思うのデスよ。人形屋さんはただお人形を売っているだけの善良な市民なのですカラね、怖がらせてはいけまセン。特にジェノさんのような、背が大きくて黒ずくめで目つきが悪くてどっから見てもヤクザな方は、人にものを尋ねるときには注意しないといけませんヨ~?」
「…悪かったな」
笑顔でさらりときつい言葉を吐くフロムと、仏頂面でそれに答えるジェノ。
この二人もやはり、人形屋を調べるために街へ出ていた。
フロムはわかったような顔でうんうんとうなずきながら、続けた。
「でも今回は安心してくだサイ、私が隣に立ってきちーんとサポートいたしますからネ~。ジェノさんが怒鳴り役、私が論理的矛盾をつくという役割で聞き込みはバッチリデ~ス」
そういう種類の聞き込みなのだろうか。
「…サンキュ。で、お前は何を訊こうと思うんだ?」
「…はっ?」
間の抜けた返事をするフロム。
「…だから、お前は何を聞こうと思うんだ?」
「…デスカラ、重要なのはさりげなく、ジェノさんが怒鳴り役で…」
「そうじゃなくて、お前は具体的に何を聞きたいんだ?」
しばし、沈黙が流れる。
「…ジェノさんのサポートが、私の役目ですカラ~」
「…要するに、何も考えてないんだな?」
「そうとも言うかも知れまセ~ン」
フロムは悪びれていない様子だ。ジェノは嘆息した。
「…まあ、いい。俺もどうせ訊きたいことはあらかたフィズに訊いちまったしな。後は人形の出所をつかんで…」
そう言いながら、辺りを見回す。
「よし、ここに入るか」
「はっ?」
フロムがまた間の抜けた返事を返した。
「何だよ、人形置いてあるじゃないか?」
「確かにそうデスガ、ココは人形屋さんでも玩具屋さんでもありませんよ~?」
そう、ジェノが指差したのは確かに人形は置いてあるが、専門店ではない。人形以外にも、古びた家具や雑貨などが置いてある、いわゆるアンティーク・ショップというものだった。
「人形を買うのは何も人形屋ばかりとは限らないぜ?」
「…それもそうデスネ。まあ、普通の人形屋さんは他の方が当たってくださるでしょうシ…それに、あの人形はかなり古びたものであったようですしネ。入ってみまショウか」
フロムも同意し、早速そのアンティークショップに入る2人。
からん。
薄暗い店内に、迎え鈴の渇いた音が響く。
それきり音が無くなってしまったかのように、店内は暗く静まり返っていた。窓から入るわずかな光にうっすらと浮かび上がる、目を見開いた人形達。
怖い。
店内に漂う異様な威圧感に、二人は身を震わせた。と、
「…いらっしゃいませ…」
「わぁっ」
いきなり至近距離の背後から声をかけられて、ジェノは振り返り後ずさる。
現れたのは、妙に長い顔にまるで生まれた時からついているような隈を張り付かせた、一人の老人。
彼は不気味に笑うと、奇妙にしわがれた声を出した。
「…何をお求めですかな…?家具からアクセサリーまで…古き歴史の刻み込まれたこの子達に、新たな歴史を刻み込んであげてくださいませ…ひひひ」
最後の笑いが不可解だ。
ジェノは帰りたくなる気持ちを抑えて、持っていた人形の絵姿を店主に見せた。
「この人形について調べている。話を聞かせてもらえねえか?」
老人は懐から片眼鏡を取り出して絵姿を見、やがて嬉しそうに微笑むと肯いた。
「ああ、ああ。この子ですか。いかにも、よく覚えておりますよ」
そのセリフに二人は驚いて老人を見た。
「この人形を売ったのか?!」
ジェノが今にも掴みかからんばかりの迫力で老人に迫る。
老人はさして気にした様子もなく、嬉しそうに続けた。
「この子でしたら覚えておりますよ。確かにうちでお売りいたしました」
「この人形はずいぶん昔からある型で、ずいぶん大量生産されているとお聞きしておりマスガ?どうして一目でおわかりになったのデスカ~?」
横からフロムがにこにこと尋ねる。
「この絵姿は魔道で映されたものでございましょう?ならば本物と寸分違わぬ姿のはず。私が一度でもお世話した子の姿を見間違えるはずがありましょうか…ひひひ」
老人は自信たっぷりに笑みを漏らした。どうでもいいが怖い。
「やっと新しいご主人様が見つかって喜んでいたようでしたな。新しいご主人さまの元で、幸せにやっていることでございましょう」
「…ふざけるなよ。その新しいご主人とやら、死にかけてるんだぜ。その呪いの人形のせいでな」
さらに低く凄みを利かせて言うジェノ。
だが、老人はそれにも不気味な笑みを崩すことはなかった。
「呪いの人形?何かの間違いでございましょう、あの子は呪われてなどおりませんよ」
「しかし現に、その女性はあの人形をまるで自分の赤子のようにあやし、その心はこの世を拒絶し、廃人同様の生活を送っているのデスよ?彼女をあのような状況に貶める他の原因が考えられない以上、この人形のせいであると考える他はないのではないデスカ?」
フロムのやわらかい、だが容赦のない問いにも、老人は笑みを崩さない。
「お客様は、このマヒンダのことをよくご存知ない様子…様々な魔道、あらざる力、不可思議な力が混在するこの国では…呪いも当然のようにその一部なのですよ。この国の者でしたらまず間違いなく呪いの力を行使することが出来…また、それを防ぐ手段も潤沢に持ち合わせている、ということです…」
「…ツマリ、呪いがかかっているものがあっても、それを発見し、解く力があると…そう仰りたいのですネ?」
「その通り…そのような国で故意に呪いのかかった品物を売ることに、何の意味がありましょうか…?」
「呪いにかかったのは、この国の人ではなかったのデスガ?」
「それは私の預かり知らぬこと…この国の方でない方を選んで呪われた人形を売ることなど一介の古道具屋に出来ようはずもございません…ましてやそのようなことをして、何の得になりましょうか?」
「なるホド…確かに理屈は通っていますネ。ですが貴方が故意に彼女を呪ったという仮説が消えたわけではありませんヨ」
フロムの表情も、穏やかに見えてまた真剣であった。
「吐いちまえよ、爺さん…あの人形はどこで手に入れた?何のために彼女を呪ったんだ?!」
ジェノの迫力のある言葉にも、老人はただ微笑んで同じ言葉を繰り返すばかりだった。
「何度言われましても、あの子は呪われてなどおりませんとお答えするしかありませんな…あの子は私の父がこの店をやっていた頃から、ここで新しいご主人様を待っていたのです…あの子がどこから来たかを知っているのは、もう今は亡き私の父…あるいは、ご先祖様だけということになりましょうな…」
そこまで言って、老人はひときわ大きな声でひひひ、と笑った。
「しかし…あの子を赤子と思いあやしているのであれば…あの女性は幸せなのではないですかな?誰よりも愛しい我が子と、他の誰にも邪魔をされず、愛をつむいでいけるのですからな…」
ジェノは苦い表情をして首を振った。
「…わかった、人形の出所を聞くのは無駄なようだな。なら質問を変える。この人形を買った時、彼女はどんな様子だった?一人だったのか?」
「いいえ、お一人ではございませんでしたよ。若い…彼女より年下に見える女性とごいっしょでございました」
「女性と一緒だった…?」
フロムもその言葉に身を乗り出す。
「どんな女だ?」
ジェノの言葉に、店主は少し天井を見上げて思い出しているようだった。
「そうですなあ…非常にお綺麗な女性でした。褐色の肌に、長く艶やかな黒髪をしておられましたな。異国風の衣装を着ておられて…赤く彩られた唇が、非常に蠱惑的な微笑みを浮かべておられました…」
「褐色の肌…長い、黒髪…?」
「…ジェノさん…?」
フロムが不審げに覗き込むが、ジェノは張り付いたような驚愕の表情を浮かべたまま、しばし硬直していた。

「えっ、いらっしゃるんですか?それは良かった。例の依頼の冒険者さんが、お話を聞きたいということでいらしてるんですよ。面会はできませんか?」
マヒンダで、王宮と同じか、あるいはそれ以上の規模を誇る、魔術師ギルド総本部。
その総合受付で、フィズは受付嬢と交渉をしているところだった。
呪いのことについてギルドで話を聞こうということで訪れたミケとケイトは、フィズの交渉を一歩下がって待っていた。
「…誰か、いい人がいるようですね」
「そうだねえ、呪いのスペシャリストなんじゃないのかい?」
「…呪いのスペシャリストってなんだかヤな感じですね…」
そんなことを言い合っていると、受付の方から笑顔でフィズがやってくる。
「運が良かったね、ちょうど帰っていらっしゃるそうだよ。面会もしてくださるそうだ」
「帰ってる?誰がですか?」
不思議そうなミケの問いに、フィズはにこりと微笑んだ。
「魔術師ギルド長さ」

その女性を一言で表現するとするならば、タイムリーながら、人形、というのが最も相応しいのではないかと思われた。
「ようこそ、マヒンダへ。わたくしが魔術師ギルドの総評議長を務めさせて頂いております、マリエルフィーナ・ラディスカリでございます。以後よろしくお見知り置きくださいましね」
言って、長いスカートを丁寧に摘み上げて、お辞儀をする。
クセがある、というのは少々控えめかと思われる銀色の巻き毛を両側で綺麗に結い、エルフの特徴である大きな耳には申し訳程度の小さな銀のイヤリング。ただでさえ白いエルフの肌をさらに白いファウンデーションで隠し、紅い大きな瞳には必要以上のアイライン、大きな唇にはこれも真っ赤な紅を、本来の唇の幅よりも明らかに広めに塗っている。古めかしい黒と白の調和の取れたドレスといい、瞬きをして口を開かなければ等身大の美しい人形と言われても信じたかもしれない。
それほどに、生き生きとした生気というものから隔絶された雰囲気を持った女性だった。
「ミーケン=デ・ピースです。お目にかかれて光栄です」
ミケが礼儀正しくお辞儀をし、ケイトも慌てて頭を下げた。
「あ、っとぉ~。ケイト…です。いやぁ、なんか緊張しちまうねえ、こんなエライひとの前だとさ」
恥ずかしそうに頭を掻くケイトに、彼女はにこりと生気のない笑みを投げかけた。
「そのように緊張なさらないで下さいな。わたくしはこのような仕事を任されているというだけの存在、決して偉くなどはございませんわ。ああ、どうかマリーとお呼びくださいましね」
口調もどこか芝居がかっていて、現実感が無いように思えた。
とりあえず一呼吸置いて、ミケが口を開く。
「そうですか、ではマリーさん、早速、呪いというものについて詳しく聞かせていただけませんか?」
マリーはそちらの方に瞳を向けると、肯いて話し始めた。
「呪術、とは、特定、もしくは不特定の人物に、精神的に害を及ぼすのを目的としてかけられた、遅効性の魔術である、とギルドでは定義しております」
「…っとぉ~…申し訳ないんだけどさ、あたしにもわかるように説明してくれるかい?」
ケイトが眉を寄せて言うと、マリーはまた生気のない微笑みを浮かべた。
「普通、魔道、及び魔術というものは、発動してからすぐに効果がありますでしょう?呪いはそうではありませんの。精神エネルギーを高めるための様々な呪術道具を使って直接念を相手に送り込むタイプと、なにがしかの媒体を用いるタイプとありますが…今回は後者ですわね。今回のケースのように、人形に呪いがかけられた場合、特定の人物が手にすることでその人物に危害を及ぼす力が発動する…というような命令がその人形にかけられているわけですわ」
「…なるほど。では、その呪いを解くには、通常はどのような手順を踏むのですか?」
「人形なら人形を壊したりとか…呪いをかけた本人をぶっ殺しちまえば済む話なんじゃないのかい?」
横からケイトも重ねて質問すると、マリーはくすり、と笑った。
「先ほど言いました、前者のタイプでしたら…術者が送る念を断ち切ってしまえば、被害者に及んだ魔術は効果を失い、元の状態に戻ります。ですが後者の場合、その媒体…人形でしたら人形にかけられた魔術自体を解除しないことには、呪いの効果は消え去らないのですわ」
「つまり、ぶっ壊してもダメ、っていうことかい?」
「初級の呪術でしたら、媒体を壊してしまうことで解けてしまうこともあるいはありますが、媒体を壊しても術自体はかけられた人物の中に残ってしまうことがありますの。そうしますと、人にかけられた術を解除するのは非常に困難になりますわ…人には、心があるのですから」
「では、そのような呪術は、どのようにして解除しているのですか?」
ミケが問い、そちらの方に視線を向ける。
「魔術ですから、その構成を読み取り理解し、それを解除する命令をさらに魔術で与えれば、それは可能になりますわ。上級の呪術ほど、その構成は難解になり、解除も難しくなりますの。この国は魔道を操る人間が多く住んでおりますから、それなりに解呪の魔法も発達しておりますけれども」
「では、今回は何故、解呪が出来ないのでしょう?それほどに高度な呪術ということなのですか?」
重ねて問うと、マリーは目を閉じてかぶりを振った。
「いいえ、そうではございませんの。わたくしも、下の者から知らせを受けて、その女性の元に伺ったのですわ。そしてその人形にかけられた術の正体を探ろうと致しました。しかし、無理でしたの」
「ギルド長を務めるほどの方の魔力関知でも解読できない構成だったのですか?」
そんなものを僕達が解くことができるのだろうか、と不安になりながら問うミケ。
マリーは重ねて首を左右に振った。
「そうではございませんわ。その人形には、術などかけられていなかったのです。魔力が、関知されなかったのですわ」
「え……っ?」
マリーの言葉に虚を突かれ、一瞬言葉を失う二人。
「ど…どういうことだい?あの人形は、呪われてたんじゃない、っていうのかい?」
「呪術でも、人間の魔力を使ってかけられたものである以上、ある程度の魔力の波動が感じられないはずはありませんわ。ですが、あの人形からは、それが一切感じられませんでしたの」
「どういう…ことです?彼女のあの状態は、あの人形が原因ではないということですか?」
「いいえ、経緯を聞き、そして彼女が今もあの人形を離さないところからすると、その線は考えられませんわ」
「じゃあ、いったいどういうことだい…?」
沈黙する3人。案内をしてきたフィズはとりあえず会話には加わっていないが、一緒に考えているようではあった。
やがて、マリーがゆっくりと口を開く。
「…これは、あくまでわたくしの憶測として聞いてくださいましね?」
二人は、無言で肯いた。
「呪術とは、相手に危害を及ぼすためにかけられた魔術です。ですが、術に及ぶ以前の…はっきりとした目的を持たない、想い…そう、『想い』ですわ。強い想いが、あの人形に宿り…そしてあの人形から、あの女性に宿ったとしたら…魔力が関知されないのも、肯けると思いませんこと?誰かに危害を及ぼそうという意思ではない…そもそも、術でさえないのですから」
「…そのようなことが…ありえるのですか?」
呆然と問うミケに、マリーは目を開いたまま首を振った。
「ですから、わたくしの想像と申し上げましたの。わたくしにもわかりません。はるかな時を超えてなお存在し、他人の意識をも支配するほどの強い『想い』が、果たして存在するのかどうか…」
そして、人形が閉じるようにゆっくりと、その瞳を閉じる。
「…そして、そのような『想い』を打ち消す手段が、果たして存在するのかどうか…」
評議長室は、再び沈黙に包まれた。

「しっかし、予想はしてたけどすっごい蔵書量ねえ…さすがは魔道王国の国立図書館だわ」
「…まったくです。なんですか、見るだけでやる気がなくなりそうですよ…」
自分と同じようにうんざりと、先が見えないほどに並んだ本棚を見てうめくエルに、ルージュはくすりと笑みを投げかけた。
「あら、知識神の神官がそんなこと言ってていいわけ?」
「…そうですね、とりあえず的を絞って、地道にがんばりましょうか」
苦笑して答えるエルに、ルージュはあっさりと背を向ける。
「あ、そ。じゃあがんばってね、私は金で司書でも雇うわ」
「ちょ、ちょっと待ってください、ルージュさん?!」
思わず大きな声になり、周りにいた人たちに睨みつけられて、おとなしくなるエル。
小走りにルージュに近づくと、小声で講義する。
「待ってください、ルージュさん。ご自分で調べるんじゃないんですか?」
「何で?私はこの図書館のどこに何の本があるのかなんて知らないし、そんな中をかたっぱしから調べて回る時間も勇気も根気もないわ。本を調べるのは嫌じゃないし苦でもないけど、どの道司書を雇ったほうが効率もいいでしょうし」
そこまで言って、背の高いエルを見上げ、にこりと微笑む。
「でも、知識神の神官様はそんなのに頼ったりしないわよね?がんばってね~」
エルははう、と溜息をついた。
「わかりましたよ、私も一枚かませてください。お願いします」
「素直でよろしい。じゃ、行きますか」
ルージュは早速総合受付カウンターに行った。
「あの、ちょっと司書を雇いたいんだけどさ。出来るだけ有能なの」
受付嬢は最初、きょとん、とした。
ややあって、ああ、と手を叩く。
「申し訳ありません、こちらには司書はおりませんので。代わりに、ガイドボールを有料で貸し出しております」
「ガイドボール?」
「この図書館の蔵書に関するデータをすべて記録した魔道アイテムです。銀貨1枚で貸し出しておりますが、どうされますか?」
「ああ、そんな便利なものがあんの?じゃあお願いするわ。さすがは魔道王国よねえ」
銀貨と引き換えに受付嬢が持ってきたのは、ふよふよと浮いている手のひらに乗るほどのサイズの水晶の玉だった。
ルージュが触れると、ヴン、という音を立てて光が宿る。
「マヒンダロイヤルライブラリへようこそ。こちらには100万冊の本が陳列されています。全部説明すると3年かかります」
ガイドボールから流れ出た音声に、ルージュは眉を顰めた。
「ここで年越しするつもりはないんだけど」
「キーワードを提示してくだされば検索いたしますが」
「そうねえ…それじゃあ、人形、呪い、あとは…魔族」
「畏まりました。只今検索しております、少々お待ちください…」
そして、ガイドボールが示した場所へと足を運ぶルージュ。
その後、エルもガイドボールに話し掛けた。
「そうですね、私も…人形の来歴が判るものがあれば。それから、過去に起こった人形の呪いの事件についての記録があれば」
「畏まりました。只今検索しております、少々お待ちください…」
そしてエルも同様に、ガイドボールが示した場所へと足を運んだ。

「どう、エル。何か見つかった?」
「…今のところは、まだ。ルージュさんの方は、どうですか?」
「とりあえずそれっぽいのだけ当たってみたけど、なにせ量が量でね。魔族の資料に至ってはどこまでがマジでガセなんだか見当もつかんようなのばっかりだし。こりゃあ早まったかな」
ルージュは明後日の方を向いて嘆息した。そしてエルの方に目を戻すと、彼の手元を覗き込む。
「今は何調べてるわけ?」
「過去に起こった同じような事件のリストですよ。呪いの人形の被害にあった方たちを調べているのですが…」
「今回みたいな事件がないか、っていうことね。どう?」
「まだ、調べ始めたばかりですが…」
エルは丁寧に、過去の事件のファイルを目で追っていく。
ファイルは次第に、過去のものへと遡っていき…そして、その事件の資料に、エルは目を止めた。
「…これは…!」
「なになに、あったの?」
後ろで別の資料を調べていたルージュが、エルの手元を覗き込む。そしてその事件の記事を読み始めた。
「王国歴1469年、マティーノの第5日。マヒンダ街中にて女性の遺体が発見された。女性の名はサリナ・ミレイン、地人、34歳。自宅にて衰弱死しているところを発見されたものである。検死の結果、彼女は食物をほとんど摂っていなかったことが判明。しかし自宅の食物貯蔵庫には食べ物が残されており、彼女が人形を抱いて死んでいたことにも不審な点が多い。魔術師ギルドは自然死と呪術による他殺の両面から捜査を開始…って、これ…!」
「ええ、おそらく…ミィナさんも、このまま放っておいてはこのようになってしまう、ということでしょう…彼女が抱いていた人形の写真は…やはり!ミィナさんの人形と型が同じです!これは、近づいてきましたよ…!」
「他には?何か手がかりがないの?」
はやるルージュに、エルは続きを読んだ。
「なお、サリナさんには娘が一人いたが、行方が知れなくなっている。ギルドはこの長女も何らかの事件に巻き込まれたものとして、捜査を………娘の名前は………っ!」
「…どうしたの、エル?」
ルージュが覗き込むが、エルは食い入るようにその記事を見つめている。
やがて、その口から、被害者の少女の名が紡ぎだされた。

「…………セレスティナ・ミレイン…………」

セレ。セレ。わたしの可愛い赤ちゃん。
わたしが永久に、あなたを守ってあげる…

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