『それであなたは、生きているって感じられるの?』

おかしな女。
そう思った。

だが、鼓動が跳ねるのを、確かに感じていた。
これまでそんなことを訊いてくるヤツはいなかったから。
誰も。

物分りのいい坊ちゃんのフリをすれば、大抵のヤツは信用した。
何も知らない無垢な少年を演じてやれば、バカな年増は簡単に引っかかった。
おかげで早熟の天使にしたって人並み以上の知識も経験も手に入ったが。
それでも何も知らないフリをして相手のいうことを聞いていれば、自分こそがこの少年の初めての相手だと勘違いして罪悪感と背徳の喜びに身を焦がしていたな。
聞き分けのいい子供のフリをすれば、親父だってうるさいことは言わなかった。そのかわり、甘い言葉なんてものも期待できなかったがな。俺が手がかかろうとかかるまいと、あの男にとってはそれこそどうでもいいんだろう。あの男の意識を支配できるのは、俺が生まれる前にあいつを手ひどく振った、やっぱり変わり者の女くらいだろうからな。

そうやって、相手の望む「自分」を作るのは、楽だった。
あいつらは、俺のことなんか見ちゃいない。
俺の顔に、自分の都合のいい仮面をつけて、それに満足してるだけだ。
その仮面の下がどんな顔だろうと、何を考えていようと関係ない。
自分の作り上げたかりそめの「理想」に酔いしれてるだけ。
表面で奴らの望んだことを口に出してやりながら、それに酔いしれるさまを見ているのは愉快だった。
こいつらは、俺が本音を言ってやったら一体どんな顔をするんだろう。
全部俺の計算ずくの言葉だと知ったら一体どんな反応をするんだろう。
そうやって、自分の夢の中だけで楽しんでいればいい。
あんたが愛しているは、結局あんただけなんだから。

そうやって、自分の演技で人がころころ踊らされるのを見るのは、面白かった。
バカな奴ら。
本当のものなんて何も見えちゃいない。自分で作り出した幻に踊らされて、滑稽だと。
笑顔を作ってやれば、大抵の奴は微笑む。
皆のためだと言えば、大抵の奴は謙虚だと感心する。
あんなことを言った奴はいない。そう、一人も。

『あなたは?あなたの意思はどこなの?』

仮面じゃなく、その下の俺を知りたがった女。
俺の言葉にいちいち惑わされて表情を変えるくせに、本質からは決して目を逸らさない。
俺が巧妙に隠そうと何重にベールで覆っても、そんなことは問題にならないといった体であっさりとベールを突き破る。
優しげな、しかし芯の強い光を宿す瞳は、動揺に揺れはするけれど、まっすぐに俺を捕らえて離さない。

『…だからその時思ったの。これはなにもかも、あなたが仕組んだことなんじゃないかってね』

ほら、そうして。
お前はあっさりと、俺の予想の上を行く。

だから、知りたくなった。
お前のそのまっすぐな瞳が、何を映しているのか。
何を思い、どこに向かって歩いているのか。
欲しくなった。
お前の瞳に映るもの。お前の行く先にあるものが。
それが、俺だけであればいいと、思った。

人にこんなに執着したのは初めてだった。
手に入らないものはなく、手に入れられないものは要らないと偽って諦めていたから。
だが、これだけは。どんな手段を使っても手に入れたいと願った。

そう思ったとき、胸の中に奇妙なものが湧いた。
高揚感。それともときめきとかいうヤツか?まあ、どっちでもいい。
あいつらを相手にしていた時には欠片も湧かなかったもの。
この胸の熱さが初めて、俺が今まで何に対しても冷めた奴だったということに気づかせる。

俺の仮面を剥がした女。
俺が唯一、欲しいと思った女。
冷めていた俺に火をつけた女。

手に入れる。
どんなことをしても。

「…何を、さっきからじっと見てるのよ?」

俺の視線にじれたのか、眉を顰めてそう訊いてくる。
俺は目を細めて、それに答えた。

「…いや。綺麗だから、見とれてた」
「……っ。もう、またそういうこと言って…!」

ほら。
そうやって、俺の言葉にいちいち頬を染めるくせに。

「…でも、あなたも、そのほうが綺麗だと思うわよ」
「は?」

「だってあなた、最初に会った時。綺麗で優しそうだけど、生きていない感じがしたから」

そうして。
誰も見ちゃいなかった俺を、まっすぐに射抜く。

俺はきっと、満面の笑みを浮かべていたに違いない。

だけど、口をついて出てくるのは、いつもの言葉で。

「じゃ、生きてるって確かめるか?俺の胸はいつでも空いてるぜ?」

お前はまた、真っ赤に頬を染めて俺を睨む。

「~~~っ。一生言ってなさいっ」

その、まっすぐな瞳。
手に入れる。
どんなことをしても。

たとえ、俺が俺じゃないものに成り果てたとしても。

“Your Eyes” 2003.11.16.Nagi Kirikawa

エリー1人称です。
なんか、触れる機会が多いせいか、ロッテ派の人が多そうで(笑)
エリーもちゃんと恋をしてるんだよっぽいことを、急に書きたくなって。
まあ、こんな感じです(笑)
ぶっちゃけ、ベッドテクニックは絶対にロッテのほうが上ですが(笑)
彼もこんな感じで、結構女性には不自由はしていなかったようです。処世術がお上手な彼のことですから、「この人には自分しかいない」と思わせるのもさぞかし上手だったことでしょう(笑)
でもなあ、誰かを好きになる前に無理やり教えられちゃったりとかしたら、多分それはただの「手段」としてインプットされるんだろうなと。ロッテもそうですが。
エリーは好きなんですよ?これでも(笑)