女同士、なんていうものは、不思議な絆があるものなんだろうか。

どこからどう見たって、あいつとあの半魔は正反対だ。
見た目もさることながら、考え方も、好みも、何もかもが違いすぎる。
そもそも、半分だけとはいえ、天使と魔族だ。根本的に正反対の生き物だろう。
一緒に旅をしているということ自体が、そもそも考えられないんだ。
そう考えれば、見た目や好みの事なんか、瑣末なことかもしれない。

だが、あいつらは不思議とお互いを信頼しあっている。
言葉に出さなくても、お互いのことを判り合っている、というのか。

以前、あの半魔に係累の魔族がちょっかいをかけてきたとき。
話し合う時間なんか、明らかに無かった。そもそも、あの半魔はリーと口をきくどころかろくに喋りもしなかった。
なのに、あいつらを陥れ、引き離そうとした魔族のたくらみを…こともなげに跳ね除けてみせた。
あいつらの中で、お互いが共にあるということは動かしがたい定義で、しかもそれをお互い信じて疑っていなかった。
相手が自分を裏切らない、傷つけない、という確信。そしてそれは、嘘のようだがすべて真実だった。

そして、今もあいつらは一緒に旅をしている。
お互いに、お互いの出生を離れた場所で乗り越えて。
離れていた時間も決して短いものではなかったのに。
再びまみえて、あいつらの結びつきはより深まったように見えた。
あいつは揺れ動く半魔の態度を心配して色々策を弄したみたいだが…まあ、上手く行ったんだろう。あの半魔に微妙な変化があったのは俺でもわかる。別に判りたくはないが。
離れている間に、あいつも僅かではあるが変わった。
まったく、どこからどう見ても正反対なくせに、こんなところばかり同じだ。

「ん?どこ行ったんだ、あいつ」
買い物から宿に戻ると、部屋にはリー一人しかいなかった。
剣の手入れをしながら、リーは憮然とした表情で答える。
「さあ。あの男が連れてっちゃったわ」
「はぁ?」

リーの言う「あの男」とは、くだんの「半魔にちょっかいをかけてきた係累の魔族」本人だ。
これがまた信じられないことに、あの半魔、自分の命を狙って罠に嵌めようとした魔族と、あろうことかくっついちまった。
まあ、所詮は魔族ということなんだろうが、それなら二人仲良く魔界にでも帰ればいいものを、時々やってくる魔族とつかず離れずのまま未だにリーと一緒に旅を続けているのがまた腹立たしい。
リーは、そういうことになっても未だにあの魔族が信用できないようで嫌っていたが、にもかかわらずあの魔族は時々現れては半魔と逢瀬を楽しんで帰っていく。
あいつらがどうしようと勝手だし、俺としては半魔がリーの前から消えてくれるのは願ったり叶ったり、むしろそのまま魔界までお持ち帰り願いたいところだったが、リーが目に見えてイライラするのだけは勘弁してもらいたかった。

俺は嘆息して、リーの近くの椅子に腰掛けた。
「前から思ってたんだが」
「何?」
「お前、あいつらが付き合うのに反対なんじゃないのか?」
俺の言葉に、リーは手を止めてこちらを見た。
「なに?いきなり」
眉を顰めた様子が、不機嫌さを物語っている。
「だから、前から思ってたって言ったろ。
お前、あいつが魔族と関わるとそんなに不機嫌になるくせに、本気で止めようとしてないじゃないか」
「……それは…」
言いよどむリー。
「お前の危惧はもっともだと思うよ。これ以上あの半魔が魔族の側に引きずり込まれたら、どうなるかわからない。
そう思って止めるなら、もっと真剣に止めろよ。あいつと一緒に旅をしたいんだろ?
まさか、あの半魔が俺にしてるみたいに単なる焼餅というわけじゃないだろうな?」
「エリー…」
リーは肩の力を抜いた様子で、しかし困ったように俺を見た。
「…あたしがそう思ってるのは確かよ」
「ちょっと待て。どっちにだ」
「どっちも。ロッテが魔族に取り込まれるのもごめんだし、あなたが言ってるように、嫉妬する気持ちもあるのも認めるわ」
「おい……」
勘弁してくれよ…と、表情に出てたんだろう。
リーは慌てて顔を真っ赤にして首を振った。
「ちょ、何変な想像してるのよ!そ、そうじゃなくて!」
「どうだかな…」
「もう!あなたまでロッテみたいなこと言うの辞めてちょうだい!
だから、そうじゃなくて…あくまで、親友として、よ?」
「…まあいい、続けろよ」
心行くまで追求したい気はしたが、俺はとりあえず当面の疑問に話を戻した。
リーはまだ目の端がかすかに赤かったが、こちらも話を戻すことにしたらしい。
「あたしは、ロッテがあの男に関わるのは正直言って気が進まないわ。
でも、どうするか決めるのはロッテでしょう?あたしの考えをあの子に押し付けるようなことはしたくないの」
「お優しいことだ」
俺は憮然として肩をすくめた。
「だったら、そうイライラを表に出すなよ。内心を隠すぐらい、お前なら訳無いだろ」
「どうして?」
リーが不思議そうな顔をしてそう言ってきたので、俺の方がうろたえた。
「どうしてって…お前の考えをあいつに押し付けなくないんだろ?」
「あたしが、ロッテとあの男が付き合うのが嫌っていうのは、あたしの気持ちであってあたしの考え方じゃないわ」
「屁理屈だ」
「違うの、聞いて。
あたしの考えを押し付けることと、あたしの気持ちを伝えることは違うでしょう。
あたしの気持ちをわかった上で、それでロッテがあの男といるのを選ぶのなら、あたしはそれを受け入れるわ。
ロッテが、あたしがあなたを選んだことを受け入れてくれたように」
「っ……」
俺は言葉に詰まって、リーの瞳を見返した。
そして、くしゃりと髪をかきあげる。
「……わかったよ」

女同士、なんていうものは、不思議な絆があるものなんだろうか。
あいつらを見ていて、そんなことを考えていた。
けど。

「…お前がそう言うなら、俺もお前の考えを受け入れるさ」
俺の言葉に、リーが安心したように顔をほころばせる。

女同士、だからじゃない。
この二人だからこそ。
俺の理解を飛び越えた不思議な絆を、持つことが出来るんだろう。

悔しいが、それは認めざるを得ない、だろうな。

“The Bond” 2008.11.12.Nagi Kirikawa

エリー視点でのロッテとリーの見解、というのかな。おとこのこ同盟成立前です。
エリーとロッテ、リーとキルっていうのは、お互いに激しく気に食わないのだけど認めざるを得ない、っていう感じなのかなあと思います。
もちろん、どっちの絆が強いとかじゃなくて、友情には友情の、恋人には恋人の絆があって、それはお互いにわかってるんじゃないのかな。