「リー」
ロッテが抑えた声音であたしの名を呼ぶ時は、戦いの合図。
あたしのほうを見ずにまっすぐ前を見つめつづける瞳は、どこか楽しそうな輝きをはらんでいる。
「…いくつ?」
「前にある分かれ道の茂みに3匹。右の木の上に2匹。通り過ぎた後ろに回りこんだのが2匹」
こともなげに数を言っていくロッテ。
あたしも目や耳は悪くない方だけど、ロッテのは動物並に敏感で、狂いがない。絶対の信頼を置いても良いと判ってる。
「…魔物なのね。なら、楽だわ」
追いはぎや山賊の類だと、手加減をするのが難しい。魔物なら、倒せばエネルギーが魔界に還るだけだから、周りを巻き込まないことだけに注意を払えばいい。
あたしは足を止めて、後ろを振り向かずに後ろにいる人に声をかける。
「エリー」
「…判ってるよ。必要以上の犠牲は出さない、だろ?」
面倒げな返事。
あたしたちよりずっと大きい力を持っている彼にしてみたら、あたしたちのレベルに合わせて力を抑えることのほうが、魔物を倒すことより面倒なんだろう。
「…いくわよ」
言って、静かに腰を落とす。
剣の柄に手をかけて、神経を研ぎ澄ませて。
「…ガァァッ!」
殺気を開放したのと、木の上にいた魔物が姿を現したのが、同時だった。
「ウィンドブレード!」
けど、それを制するようにエリーの放った風の刃が飛んだ。
ざっ、と、木の葉を凪ぐような音がして、翼を持ったその魔物の羽が抉り取られたようにもげる。
「ギエェッ!!」
苦悶の叫びを上げる魔物に、同じ木の上にいたもう一匹が怯んだように距離を取った。
「そっちも出てきな!」
後ろから魔法を放ったエリーと交差するようにして後ろに踏み出たロッテが、番えた矢を打つ。
前にだけ敵がいるのなら、エリーは距離を取って魔法を使うのがベストだけど。挟まれてしまってはそうもいかない。
あたしとロッテでエリーを挟むようにして立ち、魔物を迎え撃つ必要があった。
「ギャッ!!」
ロッテの弓に貫かれた魔物の悲鳴を聞きながら、あたしは前に向かって足を踏み出した。
茂みの影から僅かにのぞいている角。
殺気を隠さずに近づけば、奴らはあたしを敵だと認識して襲い掛かってくるだろう。
殺気を隠して戦うことは出来るけど、後方に攻撃の目を向けさせない為にあたしに攻撃を集中させる必要がある。
「キィッ!」
角の生えた猿のような姿をした小型のモンスターは、案の定あたしに向かって飛び掛かってきた。
「はっ!」
振りかぶっていた剣を、叩きつけるように魔物に向かって振り下ろす。
ざっ、と、肉を切断する嫌な手ごたえがあった。
「…はぁあっ!」
さらに柄を持つ手に意思を込めると、あたしの意思に呼応して剣にかけられた魔法が発動した。
ぼっ。
柄の珠に込められていた火の魔力が剣から解き放たれ、触れていた魔物の体にあっという間に燃え移る。
「ギャアアアァァァッ!!」
魔物の断末魔の悲鳴が響く。
次の瞬間。
「リー!」
エリーの声がして、あたしは迷わずその場に屈み込んだ。
「ウィンドシュート!」
間髪いれずに、エリーの呪文が響きわたり、頭の上を何かが通り過ぎる気配がする。
「グギャアッ!」
鋭い悲鳴がして、あたしに飛び掛ってきた魔物は反対に弾き飛ばされた。
それを確認して、追い討ちをかけるために強く足を踏み出す。
「たぁっ!」
ざ。
空中に放り出された格好だった魔物は、あっけなく両断されて塵に還った。
「キイィィィッ!」
残りの一匹が奇声をあげて飛び掛ってくる。
あたしは剣を水平に構え、その胴体に向けて勢いよく突き出した。
「はっ!」
「グギャアアア!!」
あまり長くない刀身も、小柄な魔物の胴を貫くには充分だった。
魔力を込めるまでもなく、魔物の体は塵へと還る。
「…ふう」
あたしは息をついて、立ち上がった。
後ろの魔物はロッテが、空中の魔物はエリーが片付けてくれたようだ。

正直、戦うこと――命のやり取りをすること自体は好きじゃない。
けど、体を動かし、神経を研ぎ澄ませるこの感覚は、嫌いじゃなかった。
信頼を置く仲間がどう動くか、言葉にしなくても、その目で見なくても感じ取ることが出来る。
そのことが、あたしを高揚させる。
そういう意味では、戦うこともあまり嫌いじゃ…

「リー!」
後ろから、ロッテの声。
はっとして振り返ると、もう目の前に、羽を持った魔物の姿があった。
さっき、エリーが片羽を落とした魔物。もう動けないとたかをくくっていたが、最後の力を振り絞って無防備なあたしに襲い掛かってきたらしかった。
「…っ!」
間に合わない。
あたしは、死なないまでも傷つくことを覚悟して、できるだけダメージの少ない体制を取ろうと体を捻り…

がっ。

「!……」
魔物の爪はあたしに届く前に止められた。
「…油断するな、バカ」
あたしの前に立ちはだかって、普段めったに振るおうとしない細いロッドで魔物の爪を食い止めているのは。
「…エリー!」
エリーは、ぎ、と魔物をひと睨みすると、構成していた魔法を解き放った。
「…ヴォルト!」
ばちん!
何かがはじける大きな音がして、魔物の体が雷に打たれたように痙攣した。
「ギャアアアアッ!」
そして、けたたましい断末魔と共に、塵へと還っていく。
「………」
あたしは詰まっていた息をゆっくりと吐き出して、エリーに言った。
「…ありがと。ごめんなさい、油断してて」
「まったくだ」
エリーは憮然とした表情で、出していたロッドを腰のホルダーに収めた。
「お前の体じゃないんだ。不用意に傷つけるな」
「は?」
意味の判らない言葉に首を傾げる。
「あたしの体じゃないって、どういう意味?誰の体だって言うのよ?」
エリーは当然のことというように肩をすくめた。
「俺の」
「ちょっ……」
いつものといえばいつもの言い回しに、体がかっと熱くなるのが判った。
けど、あたしが反論するより早く。
「はあぁぁ?!なにゆってんの、リーはボクのなの!」
「あんたこそ何言ってる。言っとくがもうリーに触るんじゃないぞ、汚れるからな」
「ちょっとー!!あたしは誰のものでもありませんっっ!!」

…まったくもう……

“The Days in the Battle” 2008.11.11.Nagi Kirikawa

バトルシーンにするか、それとも精神的な意味での「戦い」にするか迷いましたが、バトルシーンの練習がてらバトルを書いてみることにしました(笑)
H&Hの面々は、考えてみると女の子→物理、男の子→魔法という妙な取り合わせですよね。一応エリーもそこそこ武器は使えるんですよ(笑)ムチですが(笑)
しかし、敵をあっさり一掃→リーが油断した隙に生き残りが背後から攻撃→別の誰かがそれを助けるというパターンを、あたしは使いすぎだと思うんです(笑)学パロでも2回もやったし(笑)リーが緊張感の無い子みたいじゃないかー(笑)