「ねえ、メイ」
瓶になみなみとたたえられた水の表面をじっと見ながら、リリィは唐突に横にいる仲間に話し掛けた。
部屋の中の植木に水をやっていたメイは、呼ばれて顔だけそちらを振り返る。
風も無いし揺れてもいないのに、ゆらゆらと波打つ水面。リリィが遠見の術を使う時に用いるものだ。自分には何も見えないが、術者本人には何かが見えているのだろう。水面を見ているような、どこかもっと遠くを見ているようなうつろな表情で、リリィは続けた。
「故郷のことを…思い出すことは、ある?」
視線はしっかりと水面に据えたまま。
言葉だけをメイに向けて発する。
唐突な質問に、メイはきょとんとした。
「故郷……ですか?」
「ええ。生まれ育った故郷のことを思い出すことはある?」
なおも視線を外さずに問うリリィ。
メイは複雑そうな笑みを浮かべた。
「わたくしの故郷は…わたくしにはあまり優しくありませんでしたから。
思い返しても…あまり愉快な気分にはなれませんわ」
「そうね、私もそうよ」
リリィは楽しそうにくすくすと笑った。
「遠い…遠いところまで来てしまったわ。
もう戻れないくらいに」
瞳はいまだ、どこを見ているか知れぬ表情で水面に向けられていて。
メイは僅かに眉を寄せた。
「帰りたい…のですか?貴女は」
「まさか」
くすくす。
リリィは再び肩を揺らす。
「帰れないし、帰りたいとも思わないわ。
それが…遠い、と言っているの」
「どういうことです?」
「物理的な距離なんてね。どうとでもなると思うのよ。
私は、心が離れてしまった。故郷から、遠く、遠く。
そうしたことに後悔は無いし、それでいいと思っているけれど…不思議なものね」
「…?」
感慨深げに言うリリィの様子に、メイはさらに眉を顰める。
リリィは続けた。
「帰れない、帰りたくもないほどに…心も、体も、こんなに遠くにあるっていうのに。
私の中から、あそこが消えることは無いんだわ。
こびりついて取れなくなってしまった汚れみたいに…ずっと、私の中に染みついて取れない」
その瞳は、水面を見ているのか、それとも。
「……それが…故郷というものなのかも、しれないけれどね」
に。
微笑みの形を作った顔は、しかしそれとは裏腹に、何の生気も感じられなくて。

彼女の闇は思うよりずっとずっと深いのではないかと。
そう、思った。

“Far from hometown” 2008.11.11.Nagi Kirikawa

リリィは、ある意味リゼスティアルをとてもとても愛してるんだと思うんですよ。
それこそ、気がふれてしまうくらいに。どうでもいいものに長々とちょっかいはかけ続けないよね。
この人はチャカと同じくらいに、掘り下げると危険な香りがします。触るな注意(笑)