それは、目立たないけれど、確かにそこにあるもの。

「こんにちはー」
ランチを終え、ひとの気配の無くなった真昼の月亭に現れたのは、珍しい顔だった。
「まあ、ミシェルさんじゃないですか。お久しぶりですー」
「こんにちは、アカネー。お久しぶり―」
ミシェルはいつもの愛想のいい笑みを浮かべながらカウンターに回ると、アカネの正面の椅子に腰をかけた。
「何か適当にもらえるかしらー」
「はーい、じゃあえーと……はい、コーヒーっぽいものです!」
「…………ありがとー…」
ミシェルは即座に出された謎の飲み物をしばらく胡散臭そうに眺めていたが、やがて諦めた様子で口をつけた。
「それにしても久しぶりですね、ミシェルさん。もっと頻繁に来てくれてもいいのに」
久しぶりの旧知の顔に少しはしゃいだ様子のアカネに、ミシェルは再び笑みを返す。
「うふふー、私としてもそうしたいところなんだけど―、なかなかねー」
「何か、来られないような事情でもあるんですか?」
「あらー、今日のアカネは結構つっこんでくるわねー」
「い、いえ別に、言えないならいいんですけどっ」
先ほどと変わらない笑顔で、しかしどこか静かな迫力のあるミシェルに、アカネは少し気圧されたようだった。
ミシェルはしかし、その静かな威圧感をすぐに消した。
「真昼の、月、ねー」
「はっ?」
唐突に口にされた自店の店名にきょとんとするアカネ。
「うふふ、太陽は無くてはならないものだけど、あまり近づきすぎると焼け死んじゃうでしょ?」
「は…はぁ……そうですね…」
いきなりあさっての方向にすっ飛んだ話に、片眉を顰める。
「それに、私はもう太陽にはなれないからー。せいぜいが、太陽の光を受けて光るだけの月なのよねー。
でも、月の光だとしても、あまり照らしすぎると、今度は悪いものも寄ってきてしまうからー」
「………はぁ……」
もはやアカネの理解は期待していないのだろう。淡々と語るミシェルは、笑みの形に閉じられた瞳の中で、どこか違うものを見ているように思えた。
「だからー、私は、真昼の月でいようと思うのー。
太陽の光にまぎれて目立たないけど、確かにそこにあって、見守っていてくれるものにねー」
「な、なるほど…」
明らかにわかっていない表情で頷くアカネ。
ミシェルはにこりと微笑んだ。
「うふふー、私が風花じゃなくてこっちに来るのは、そういう理由があるのかもしれないわねー」
「えっ、それってウチが目立たないって事ですか?!」
そこだけは理解できたらしく、速攻でつっこむアカネ。
ミシェルはくすくすと肩を揺らした。
「そういうことじゃないけどー」
「いーえっ、今のはそういう風に聞こえました!ミシェルさん、ウチのことそんな風に思ってたんですねっ!ひ、ひどいですっ!」
「だからー、そういうことじゃないってー」
「いーえっ!訳わかんない長台詞の中に悪意を見ましたっ!」
「もー。しょうがないわねー、お詫びにクリームシチューお願いするからー」
「はいっ、毎度ありがとうございます!」
「……アカネ、商売上手ねー……」
「ウチは目立たないですから、こうでもして売上あげないと♪」
「…結構根に持つのねー……」

目に見えないけれど。
確かにそこにあって、優しく地上を見守るもの。

私は、真昼の月でありたいと思う。

“Midday Moon” 2008.11.10.Nagi Kirikawa

真昼の月亭の話にするのか、それとも本物の真昼の月の話にするか迷って、両方にしてみました。
ミシェルの訳わかんないくだりは、太陽の光=天使の力くらいに適当に解釈してください(笑)