「………要するに」
長い沈黙の後に、その男はにこりと笑って見せた。
「失敗した、ということですね?」
だが、その笑みに暖かいものなどひとかけらもこもっていないことを、キルは経験上良くわかっていた。
そもそも彼自身、浮かべる微笑に暖かい意味など込めはしない。それもすなわち、目の前にいるこの男――彼の父親、ツヴァイの影響を強く受けたということなのだが。
キルは父親の冷たい微笑みに、残酷なほどに良く似た微笑を返した。
「申し訳ありません、父上。確かに息の根を止めたと思いましたが、ハーフとはいえ思いの他しぶとかったようです」
平然と、そう言って。
もちろん、事実とは大きく異なる。
彼が『息の根を止めた』と言った相手は、彼の従姉妹にして恋人である唯一無二の少女。事前に打ち合わせたわけではないが、叔母の前で殺したように見せかける芝居を打った。そして、彼女の死を望んでいた父に、彼女は死んだと報告した。
そういつまでも騙しおおせるとは思っていなかったが、思ったより呼び出されるのが遅かった、と、他人事のように思う。
父は冷たい微笑を浮かべたまま、しばらく口を閉ざし…ややあって、何か考え事をするように視線を動かした。
「…過程はどうあれ、失敗は失敗です。……お仕置きを、しなければなりませんね」
とん。
視線をそらしたまま、指先を音を立てて肘掛に当てる。
その瞬間。

ばりばりばりっ!

キルの足元に、彼を中心にした魔法陣が浮かび上がり、そこから無数の雷が彼を拘束するように取り巻いた。
「……っ……」
突如襲った衝撃に、目を閉じて耐えるキル。
威力も拘束力も、彼の魔力では到底太刀打ちできないことは良く判っていた。体中を貫くような激痛に、ただ早く終わることだけを望む。
長い時が過ぎた。否、そう大して時間は経っていないかもしれない。
その感覚すら掴めなくなるほどに、もはや彼の意識はかろうじてそこに引っかかっている状態だった。
あと少し続けば、彼は意識を失い、ともすればそのまま意識が戻ることはないだろう、というところで。
ふ。
唐突に雷が消え去り、キルはがくりと膝をついた。
は、は、と短い息が漏れる。肺から吐き出す息が、まるで炎ででもあるかのように熱く感じられた。
「これに懲りたら、余計なことは考えないことです」
に、と、自分によく似た蛇のような笑みを見せるツヴァイを見上げ、キルは何とか息を整えると、回復の呪を唱える。
すう、と体から痛みが引いていき、彼は気を取り直して立ち上がった。
「……では、私は再び、現世界へと参ります。またしばらく不在になりますが」
父の言葉に弁解するでも抗うでもなく、ただそれだけを告げる。
ツヴァイの表情から笑みが消えた。
「…………キル」
「はい、父上」
逆に笑顔を返すキル。
しばし、沈黙が訪れる。
無表情で息子を見つめる父と、それを笑顔で見つめ返す息子と。
言葉を交わさぬ戦いが繰り広げられる。
が。
「……お前は賢い子です。どちらが己のためになるか、よく考えなさい」
はっきりと、言葉には出さずに。ツヴァイはそれだけ言うと、口を閉ざした。
「私は父上のように賢しくはございませんので、父上が何を仰っているのか判りかねます」
やはり笑顔で、いけしゃあしゃあとそう言って。
父の視線が鋭くなったのを気にも留めぬ様子で、キルは恭しく礼をした。
「では、失礼します」

失敗、と。
彼はそう言った。
彼女を殺せとの命に対し、彼女を殺せなかったことが、失敗、だと。

く、と喉の奥で笑う。

可笑しくて仕方がなかった。
気に入らぬ兄をその手にかけて手に入れた当主の座。
兄が人間との間に残した娘が、その座を脅かすなどと、まさか本気で考えていはすまい。
だが、そのために子まで成して、その存在を抹消しようとした。
子を成す事の方がよほど自らの地位を脅かすことなど、父すら手にかけてその座を手に入れた彼に判らない訳ではないだろう。

つまるところ。
自分に彼女に執着する感情が制御できないように、彼にもまた兄に対する感情を制御できていないのだ。それに気付いているかどうかはともかくとして。
何が己のためになるのか?
その言葉はそっくりそのまま、彼に返したい気分だった。
面白いので黙っているが。

力でも、恐怖でも、血の絆でも。
縛ることの出来ないものがこの世界にある、ということ。

そして、貴方の本当に望むものが、もう決して手に入ることのないものだ、ということ。

それを理解しなかったことが。

貴方の『失敗』ですよ、父上。

キルはそうひとりごちて、彼の住む屋敷を後にするのだった。

“Failure” 2009.12.2.Nagi Kirikawa

キルとツヴァイのやり取り。本邦初公開でしょうか(笑)
失敗、というので、ミルカにしようか悩んだんですが、そういえばキル主体を書いてなかったな、とキルに。
いつかはロッテが生きてることばれるよね、そうしたらそれは失敗扱いだよね、というのと。キルパパのお兄さんへの歪んだ愛情を描いてみました。
「お仕置き」の言葉に妙なスイッチが入るのをがんばって我慢して(笑)けっこういいものができたんじゃないかと自画自賛。