涙は悲しみを洗い流してくれる、と。
あの人が持っていた物語で、主人公が語っていた。

ざ、ざっ。

スコップで土を掻いて、穴へと戻していく。
麻布で包んだあの人の遺体を、徐々に隠していく柔らかな土。

私が死んだら、身体はそのまま土に埋めてください、と。
亡くなる前、あの人はそんな風に言っていた。
土に還り、新しく生まれる森の糧となって、生き物が描く輪の中に還りたい、と。
生物学者らしい言葉だと思う。

ざ、ざっ。

肉体労働は得意ではない。
魔法で穴を掘り、魔法で埋めるのはとても簡単だった。
だけど、どうしても私のこの手で、あの人の願いを叶えたかった。
スコップを持つ手に走る痛みが、じくじくと私に訴える。
あの人は、もういないのだと。

とん、とん。

埋め終えた土をならし、整える。
これで、あの人は土に還った。
やがてあの人の身体は腐り、それを微生物が分解して、無機物へと変え。
それはやがて木々の養分となり、それを動物が食べ、その動物もまた捕食され、あるいは永らえて土へと還り。それが繰り返されていく。
永劫に続く輪の中に、彼もまた還ったのだ。

「まーま」

作業を終えた私のところに、娘がやってくる。
私はしゃがんで、泥だらけの手で彼女の頬に触れる。
私の銀の髪と紫の瞳を受け継いだけれど、優しいまなざしは本当にあの人にそっくりで。

……痛いくらいに。

「まーま……ないてゆの?」

たどたどしい言葉でそう言って、娘は心配そうに私の頬に触れた。
彼女に触れられて、初めて頬の涙に気づく。

「……そうよ……泣いてるの」

私は静かに、娘に告げる。
私の意思とは関係なく、とめどなく流れつづける涙。

なぜ。
なぜ涙が流れるのだろう。
涙を流しても、あの人は帰ってこないのに。

「まーま」

娘は、未だ心配そうに私を覗き込む。
私はその手を取って、目を閉じた。

涙は悲しみを洗い流してくれる、と。
そう言っていた。

ならば、私は願おう。
この涙が、永遠に枯れることのないように。

悲しみが薄れれば、あの人への思いも薄れてしまう。
この涙が流れることが、あの人がいた証になるならば。
決して枯れることの無い涙が、欲しい。

いつか、私もあの輪の中に還って、あの人にもう一度巡り会うまで。

“The tear” 2009.1.23.Nagi Kirikawa

誰にしようか悩んで、再びミシェルを引っ張り出してきました。ティフが亡くなった当時のミシェル。この頃の彼女はネガティブシンキングまっしぐらで、ゼゾの遺跡は彼女が閉じこもるためのアトリエだったわけなんですが。
イメージソングは園崎未恵の「Like a littl bird」です。