平日は、ルヒティンの刻に起きる。
言うとみんな意外そうな顔をするけれど、私は朝には弱い。
身体を起こしても覚醒しない意識がどうにか普通の判断力を持つ頃には、1限の授業の中ほどになっていることもあるくらいだ。どうやって起き上がって、服を着て、朝食を食べて(食べたかどうかも覚えていないけれど)寮から学校の教室へと移動したのか、恥ずかしながら覚えていないことが多い。
我ながら不思議なのだけど、特に問題が生じているわけではないようだから、何とか上手くやっているのだろう。目が覚めきらないうちに受けた授業を取り戻すのが少々大変だけれどね。

午前中の授業が終わると、昼食になる。
フェアルーフの魔道士学校もそれなりの規模ではあったけれど、やはりマヒンダの魔道士学校は規模が違う。学生用に用意された食堂だけで、フェアルーフの3倍以上はあるのじゃないだろうか。それに加えて、学外の業者を招きいれて開店している店舗が3件、仕出しの弁当屋が2件。カフェもランチをやっているから、そっちに行く生徒もいるだろう。食べ物屋だけでこれだけの店があって、さらに学用品を売る購買、魔道士の学校だからマジックアイテムやその材料の販売所もある。寮に暮らす生徒も多いから、日用品や生活雑貨、ちょっとした食料品を置いてある店だとか、最近は洗濯を代わりにしてくれる店も出来たらしい。私はさすがにそれは少しものぐさなのではないかなと思うけれども、結構繁盛しているそうだ。みんな、洗濯は面倒な仕事なのかな。
それはともかく、学校の中にそれだけの学生向けの店があるとなると、それはもうこれだけでひとつの街と言っても差し支えない。だから、大抵の用は学外へ出なくても事足りてしまうんだ。
私も例に漏れず、学食を利用する。安価な割に良い食材を使っているから美味しいんだ。私のように極端なベジタリアンでも安心して食べられるメニューもいくつかある。
今日は…そうだね、温野菜のサラダにしようかな。
注文をして、手早く出された皿をトレイに乗せ、代わりに銅貨を3枚払う。フォークを取って歩き出すと、向こうの方から友達の声がかかった。
「フィズ!こっち来いよ、一緒に食べようぜ」
「うん、わかった」
私は笑って返事をして、彼の向かい側の席に座る。
彼は私がこの学校に編入した当初から良くしてくれているクラスメイトだ。
私が席につくと、彼は私の持っていたトレイを見て眉を顰めた。
「お前、またそんだけかよ?よくもつなあ」
「そうかな?あまりお腹は空かないけど…」
「しかも、またドレッシングも何もかけてねーし。味なくねえ?」
「野菜はそれ自身だけで確かな味を持っているものだよ」
「わっかんねーなー」
理解しえないという様子で、彼は首を振った。
「肉食べたくなったりしねえの?ベジタリアン、ってやつ?他の生き物の命を奪いたくありませーん、てか?」
からかうように言ってくるので、私は苦笑した。
「命は植物にも平等に宿っているよ。その命をなかばで摘み取って食べていることには変わりないと思うけれど」
「なんだよマジレスかよ。じゃあなんで肉食べねえの?」
「うーん…味や食感が好きではないから?」
「うぇっ、マジで?!あんな美味いモン嫌いとかお前おかしいんじゃねえの?」
「そうだねぇ、私にとってみたら抵抗なく食べられる君の方がおかしく見えるけど」
なんていう会話を、食べながら交わしていると。
「ねえねえ、フィズくん」
横から話しかけられて、私はそちらを向いた。
こちらも同じく、クラスメイトの女の子。何かを期待するようなまなざしで、手に握り締めた紙を指先でいじっている。
「あのね、先月できた郊外のアトラクションパークの招待券をもらったんだけど…あの、今度の安息日、暇だったら一緒に行かない?」
紙はどうやらそのチケットらしい。私は微笑んで訊き返した。
「何人で行くの?」
きょとんとする彼女。
「何人って…ふ、2人だけど」
「そう」
私は顔には出さずに嘆息した。
「クラスの皆を誘うのなら行くけれど、2人しか行けないのなら、私のほかにもっと行きたがっている人がいるだろうから、その人と一緒に行ってあげて?」
う、と少しショックを受けたような表情の彼女。
しかし、すぐに繕った笑みを見せる。
「そ、そっか。残念。また誘うね!」
言うと、私の返事も聞かずにパタパタと駆けていった。
彼女の姿が見えなくなったことを確認して、向かい側の席の彼がため息をつく。
「凝りねえなあ、あいつ。これで何度目だよ、お前にこっぴどくフられんの」
「人聞きの悪い言い方をしないでくれないかな…」
「いーじゃん、一度くらい一緒に行ってやったってさ」
「だから、皆と一緒なら行くよ、と毎回言っているよ?」
「そーじゃなくて。あいつがお前に気があんの、わかってんだろ?」
微妙な質問をしてくる。
私は何とも言えない表情で肩をすくめた。
「いっそ、はっきり言ってくれれば、はっきり断れるのだけど」
「なんでだよ。タイプじゃねえの?」
「今は考えられないから」
「彼女と遠恋してんだっけ?ったく、いーじゃんよ。マヒンダとフェアルーフだろ?バレやしねえって」
「ばれるばれないの問題ではないよ、私がそういう気にならないというだけの話」
どうも彼と話していると感覚の違いを感じずにはいられない。まあ、彼も悪い人じゃないのだけれど。
「私のことはどうでもいいよ。君こそ、あの子に気持ちを伝えたの?」
「ばっ……そ、それこそお前にカンケーねえだろ!」
たちまち真っ赤になる彼。
こういう一面もあるから、彼と話すのは楽しい。
私はくすりと笑って、サラダの最後のひとかけを口に入れた。

午後の授業を終える頃には、もうストゥルーの刻になっている。
授業を終えて寮に帰り、夕飯は自炊することが多い。もっとも、作り置きしていたスープを温めたり、サラダを作ったりする程度だけれど。
寮の門をくぐり、レターボックスのチェックをする。
何通かの手紙の中に、彼女のものがあることに安心する。
部屋のドアを開けて、湯を沸かし、お茶を入れて…一息つきながら、まず彼女の手紙の封を切って。
ゆったりとお茶を飲みながら、彼女の綴った文字に目を通す。

今日は何があった、誰それがこんなことを言った、課題が難しい…
そんな、他愛もないことが綴られている、長い手紙。

私がなんでもない日常を送っている遥か遠くで、彼女もなんでもない日常を送っている。
そのことが、嬉しいような…悲しいような。不思議な気分になる。

彼女の手紙を読み終えて、私もまたペンを取る。
私も、彼女に伝えよう。
私が、どんな風に日常を送っていて、どんな風に感じて、どう行動したのかを。

そして、いつか。
この、なんでもない一日を、共に過ごしたいねと伝えよう。

彼女もきっと、そう思っていてくれるだろうから。

“The day with nothing” 2009.1.15.Nagi Kirikawa

なんか無駄に長くなってしまいましたが(笑)マヒンダで暮らすフィズの一日です。
要するに最後のことだけが言いたいんですが、昼間の描写で無駄に行を食いました…要するに、離れていても彼の生活はミルカを中心に回っている、ということが言いたかったんです(笑)