「おっ。い~いにおーい。なに?」

部屋に入るなり漂ってきた匂いに、ロッテは楽しそうに駆け寄った。
部屋の中央にあるテーブルの側に立っているのは、彼女の親友であるリー。
「ああ、おかえりなさい」
ロッテの声に振り返った彼女は、陶器で出来たポットを持っていた。
きょとんとするロッテ。
「およ、なに、珍しいじゃん。紅茶?」
「どういう意味よ。あたしだってたまには紅茶くらい自分で入れます」
「だいじょーぶ?塩とか入ってない?」
「もうっ、怒るわよ!」
「きゃははは、まーまー」
特に食べ物を作らせるとその不器用さを遺憾なく発揮するリーをからかいつつ、ロッテはテーブルの反対側に回ってテーブルの上のティーセットを面白そうに眺めた。
「でもホント、珍しいじゃん。キミがお茶入れるなんてさ。
しかも、ティーバッグじゃなくて茶葉から」
ティーカップの側の茶葉の瓶を取って、ラベルに目をやって。
「ローズヒップティー?」
「ええ。バラの実が入ってるの。こんな風に、鮮やかな赤い色になるのよ」
言ってリーが注いだ茶は、確かに普通の紅茶より鮮やかな赤い色をしていた。こころもちフルーティーな香りに鼻を近づける。
「飲んでみる?」
「いいの?んじゃ、遠慮なく」
リーに言われ、ロッテは躊躇無くカップに口をつけた。
「…すっぱ」
「そういう味なのよ」
半眼で感想を述べたロッテに、やはり半眼で返すリー。
「へー、こんなんがあるんだねぇ。つか、どうしたの。いきなり紅茶とか」
「その様子だと、知らないのね」
リーは自分の分の紅茶を別のカップに注ぐと、苦笑をロッテに向けた。
「ロゼッタ・セレモニー」
「ろぜった……なにそれ」
リーの口から出た聞きなれぬ名前にきょとんとするロッテ。
「リーヴェルの日のお返し、なんですって。
リーヴェルの日に、男性から想いのこもったパイをもらったら、その一ヵ月後の今日、ローズヒップティーでお返しをするのよ。
そして、そのティーカップにバラの花びらが一枚浮かんでいたら、あなたの想いを受け入れますっていう印なんですって」
「うっひゃー、ろまんちっくぅ」
どちらかというと茶化すような感じで、ロッテは奇妙な歓声を上げた。
「業者も、色々考えるよねぇ。パイのときも思ったけどさ」
「そういう身も蓋もない話をして…まあ、実際この『ロゼッタ・セレモニー』は、最近になって紅茶業者が広めた習慣らしいけどね」
「でしょー?そんなんなくたってさあ、スキならスキってそのまま言えばいーのにさ」
いかにもロッテらしい言い草に、リーは苦笑した。
「あえて言葉に出さない綺麗さ、っていうのがあるのよ」
「そうお?わっかんないなー」
「あとは…そうね、いつもはなかなか言い出せない気持ちを、伝えるきっかけにしたい…とか。
誰もがあなたみたいに、正直に自分の気持ちを口に出来る人ばかりとは限らないわよ」
「あの、性悪天使みたいに、ってコト?」
思いも寄らない返事が返ってきて、リーはきょとんとした後、頬を染めて苦笑した。
「…そうね。あの人なりの、愛情表現なのよ」
ロッテが性悪天使と称した少年…リーの想い人は、想いが通じ合っているにもかかわらず、その好意をはっきり口にすることを避けている。
ロッテは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ま、言葉で伝えられないっつーんなら、その返事もバラの花びらに言ってもらうってのもアリかもねー?」
刺々しい言い方に、苦笑するリー。
「またそういう言い方をして……」
「この際だから言っとくけどね、リー」
しかしロッテはさらに畳み掛けるように言った。
「彼の気に入らないところなんていっくらでもあるけど、いっちゃん気に入らないのがソコなんだよね。
なんで、スキならスキってはっきり言わないわけ?リーだって、そゆのはちゃんと言ってほしいんでしょ?」
「それは……まあ」
態度で十二分に示してくれてはいるが、やはり恋する乙女としてはきちんと言葉にして欲しいと思うこともあり。
しかし、周囲の期待に応えることで身を処してきた彼にとって、本当に想う気持ちは軽々しく口に出したくないと思っていることも、リーには良くわかっていた。恐ろしく器用で、しかし本当は不器用な彼のそんな一面も、愛おしく思う。
だから、毎年リーヴェルの日に彼が手作りで贈ってくれるパイを、リーは彼の気持ちの表れとして嬉しく受け取っている。今日ローズヒップティーを淹れたのも、彼への気持ちを込めた返礼のつもりだ。ロッテの言うとおり、彼女自身も自分の不器用さはよく理解していたので、練習がてら試しに淹れてみることにしたわけだが。
「でも、それがあの人の表現の仕方なんだし……」
「んなこたカンケーないの!問題はリーがどう思ってるかってコトでしょ?
リーがちゃんと言ってほしいって、わかってて彼はそうしない。リーに甘えてんだよ。ハラたつぅ」
リーの控えめな弁護も即否定。だがそれも、自分を大切に思っていてくれるゆえの発言である。リーはくすぐったそうに苦笑した。
「まあまあ。最近は、それでもちょっとは、言ってくれるようになったし…」
「そうぉ~?」
「そうそう。それに、それであたしが満足してるっていうなら、いいでしょ?」
「んーまー、そうだけどさぁ……」
まだ不満そうなロッテ。
リーは仕方なさそうに苦笑して、話の矛先を変えることにした。
「……あなたも、あげたら?」
「は?」
きょとんとするロッテに、リーは少し不満そうに肩を竦める。
「…先月。あなたも、もらったんでしょ、パイ」
そう。
かくいうロッテも、先月。彼女の想い人から、パイを贈られているのだ。
あの、天地がひっくり返っても他人に贈り物などしそうにない、傲岸不遜で慇懃無礼な少年が。
先月ロッテにそう告げられたときの衝撃を、まだリーは忘れられない。しかも見るからに手作りだった。まさか自分で作ったわけではあるまいが、他人に作らせたにしても贈り物を持ってくるというその行為がまず衝撃だ。
日頃ロッテに一方的な想いばかりを向けているあの少年も、それでも少しずつ変わってきているのだろうかと、針の先ほどだけ見直したものだった。
「だから、あなたも淹れてあげたら?あの人に、ローズヒップティー」
気は進まないが、彼が変わってきたというなら自分もまた態度を改めるべきなのかもしれない。
釈然としない気持ちのまま、ロッテにそんなことを勧めてみる。
「えぇ~、ボクがぁ?」
案の定、ロッテは不満そうだった。先ほどあれだけ、この習慣の悪態をついていたのだ。すんなり受け入れるだろうとは思っていなかったが。
「でも、あの人も、あなたにパイを贈ってきたんでしょ?そんなこと、する風には見えなかったのに」
「ま、確かにねぇ。ボクもチョーびっくりしたよ」
送られた当のロッテもリーと同じ衝撃を受けたらしい。
リーは苦笑した。
「びっくりして。それで、どう思った?嬉しかった?」
「嬉しかったっつか……新鮮だった、ってとこかな?アイツにもそんなとこがあったんだなーってさ」
少しくすぐったそうに言うロッテ。
リーはにこりと微笑んだ。
「嫌ではなかったでしょ?」
「そらまー……うん。嬉しかったよ?びっくりした分、上乗せで」
ロッテは少し照れた様子で頷いた。
「じゃあ、あなたもしてあげたらいいわ。
あの人もきっと、あなたと同じように、新鮮な驚きと、喜びを感じると思うわよ?」
本当に。
本当に不本意なのだが。
ロッテにこんな表情をさせられるのは、やはりあの少年しかいないのだろう、と思う。
複雑な思いでリーがそう言うと、ロッテは少し考えて、それから満面の笑みを浮かべた。
「……そだね。やってみよっ…かなー…」
へへ、と嬉しそうに笑って。
その微笑みに、リーもまた嬉しそうに微笑みを浮かべる。

気持ちを伝える手段に、多すぎて困ることなどない。

今日はたくさんの想いが、バラの花びらに乗せて運ばれることだろう。

「よっしゃー、そうと決まったら早速バラの花束買ってくるよー!」
「そ、そんなにいらないと思うわよ……?」

すべての人に、薔薇の女神の幸運を。

“The means to tell my heart” 2010.3.9.Nagi Kirikawa

ロゼッタ・セレモニーという行事を作って早3年(笑)やっと、エリリー&キルロテでこれをネタにした話を書けました(笑)
キルがロッテにパイを送る努力をしたという画期的な出来事があったので(笑)リーもちょっと歩み寄ってみましたよ、というお話。
まあ、そのロッテにあげたパイがエリー作だと知ったら、ロッテも怒るでしょうけどそれ以上にリーが大激怒しそうですよね(笑)エリーにも怒るだろうし、それ以上にキルに腹を立てるイメージ(笑)自分の彼女に贈るものぐらい自分で調達しなさいよと(笑)
まあ、「円滑な関係を築くために多少のブラフは仕方のないことです」(キル)
こちらのSSに沿ったイラストも描いています。 → そんなにいらないと思うわよ…?