エリーが買い物から部屋に戻ってくると、リーは部屋にしつらえられた机に向かって何やら楽しげに書いているところだった。

「何やってる?」

言いながら覗き込むと、どうやら数独と呼ばれるパズルのようで。
「ん?ナンバープレース。さっき本屋さんで見つけて、面白そうだったから買ってみたの」
紙面から目を離さずに、答えるリー。
楽しそうに鼻歌など歌いながら、サラサラと数字を書き入れていっている。
エリーはそれを見下ろして、嘆息した。
「お前、本当にそういうの好きだな」
「うん、楽しいじゃない?」
「同意を求めるな」
「えー、楽しくない?」
こつ。
マス目に最後の一文字を入れ、リーはペンを置いてエリーのほうに向き直った。
「頭の運動になるし、暇つぶしになるし。解くと達成感があるし」
「否定はしないがね」
理解できない、というように肩を竦めるエリー。
「そう?煮詰まってる時にいい気分転換になったりするわよ?
あまり頭使わなくて済むから、無心になれるし」
「お前今頭の運動になるって言っただろ。何だその頭使わないっていうのは」
「え」
リーは思いも寄らぬことを問われたという風に、きょとんとした。
それから、視線を動かして考えて。
「…頭の運動をすることと、頭を使うことって、違わない?」
「……俺には何が違うのかよくわからんが」
「うーん」
リーはどう説明しようか、というように天井を睨んでから、再びエリーに視線を戻した。
「パズルって、やり方が間違っていなければ、必ず唯一の正解にたどり着けるじゃない?
その過程が少し複雑になっても、ちゃんと考えれば正解にたどり着けるように出来てる」
「…まあ、そうだな」
エリーが頷くと、リーはわずかに苦笑した。

「現実の問題は、そんなこと絶対にないでしょ。
答えはひとつだけじゃない。何かを取れば何かを失う、そんなことも多いわ。
悩んで片方を選んだとしても、それが正解かどうかなんて永遠にわからない」

「……」
リーの思いがけない言葉に、僅かに目を見開くエリー。
リーは苦笑したまま、続けた。
「だから、かな。唯一の正解が用意されているものは、安心できるのかもしれないわね」
「……なるほどね」
エリーはふっと複雑な笑いを浮かべて、言った。
「だが、それでもやっぱり、別に俺はパズルには興味ないよ」
「そう?」
不思議そうに首を傾げるリー。
エリーはそちらに柔らかく微笑みかける。

かつては、彼にとって、すべてが「パズル」だった。
こう振舞えばこういう答えが返ってくる。こういう言葉をかければこういう反応が返ってくる。
複雑ではあるけれども、人の心も、学問と何一つ変わらない。
唯一解を出すことの出来る「パズル」でしかなかった。

彼女に会うまでは。

例えば、彼女が望む言葉はわかっているけれども、それをかけたくないと思う自分がいたり。
例えば、彼女と共にあることが、自分のこれまでの人生を覆すとわかっていても、それを止められなかったり。

なるほど、現実は彼女の言う通り、不思議に矛盾する…ジレンマだらけなのかもしれない。

だが。

「現実はパズルのようにいかない。答えの出せない問いばかりだよ。
だが」

そこで一息入れて、に、と唇の端を上げる。

「……だから、楽しいんだろう?」

エリーの言葉に、リーは一瞬きょとんとして。
それから、嬉しそうに微笑んだ。

「……そうね。その通りだわ」

Puzzle or Dilemma 2009.6.30.Nagi Kirikawa

いやー、悩んだ悩んだ(笑)「パズル」なんてお題にするんじゃなかったな(笑)パズルは好きですけど(笑)
リーはパパ譲りで、思考はどちらかというと理系。パズルとかクイズとか大好きです。エリーはリーに対してはパズル的な考えをしたくないなと思ってる感じ?
あまり上手いことラブにつなげられませんでした…