「イオタ」

突然呼びかけられて、僕は拭いていた銀食器を持ったまま振り返った。
そこには、よく見知った人の姿。よく見知りすぎているんだけど、実を言えばあまり得意な人ではない。
でも、僕は彼に仕えるのが仕事だから。そんなことはおくびにも出さずに、相手の名を呼ぶ。

「どうかなさいましたか、ゼータ様」

赤い髪をした、僕より少し年上の男性。この城の…いや、この国の主である双子の女王様の兄で、女王補佐官という地位についている。
そして…僕の想い人の兄上でもあるのだから。
執事長という立場の僕にとっても、僕個人にとっても、どうしたって頭の上がらない人、だ。
「………」
ゼータ様は、少し苛立っておられるようだった。小走りに僕の元へ駆けてくると、息を整える。
「……エータとシータを知らないか」
「また、ですか」
彼の言葉に、僕は苦笑した。
彼の妹たちであり、そしてこの国の女王でもあるエータとシータは、有能な魔道の使い手でもあり、一国を動かすだけの才気を併せ持っているわけだけれど…やっぱり、まだ17歳の女の子なんだ。時々、こんな風にして『お仕事』を放棄し、遊びに行ってしまうことがある。
その度に、補佐官であるゼータ様や、秘書室長のアルファ様が方々を探し回ってつかまえてくるんだ。
…もっとも、あの2人はそれすらも楽しんでるところがあるようだけど。
「今日は、お見かけしていませんよ。いつものところにはいらっしゃらないんですか?」
「ああ。…と、いうよりは」
ゼータ様は何故か何かを言いよどんでおられる様子だった。
…そういえば、彼女たちがいなくなるのは日常茶飯事なのに、ゼータ様の苛立ちようが少し不自然だ。
僕のところに訊きに来る、っていうのも。
僕がゼータ様を苦手なのと同様に、ゼータ様も出来れば僕との接触は避けたいと思っていらっしゃる…はずなのに。
「……何か、あったんですか?」
努めて冷静に、僕はゼータ様に訊いた。
ゼータ様は一瞬目を逸らしてためらって、そうしてもう一度僕のほうを向く。
「…本当に、知らないのだな?」
「はい。陛下が、どうかなさったんですか?」
自分でも動揺が声に出ているのが判る。
この国の女王であるというだけでなく…シータは、僕の大事な人なんだ。
彼女に何かあったらと思うと、いてもたってもいられない。
ゼータ様は僕をまじまじと見て、それから目を閉じて嘆息した。
「……その様子なら、本当に知らないのだな」
「……?」
首を傾げる僕に、ゼータ様は淡々と告げた。

「……魔力が、感知されない」

「!………」
血の気が引いた。
このマヒンダは、魔道の王国。国民の誰もが魔法を使える。
だから、誰かを探そうと思ったとき、まずその人の魔力のパターンを感知するんだ。それで、大体の居場所がわかる。
だから、魔道感知をしてみて…いない、ということは。
魔力を封じられているか……その人が、もうこの世にいないことを、意味する。
「……それで、私に」
僕は神妙な顔でゼータ様に言った。
「…ああ。だが、お前は関係ないようだ。疑ってすまなかった」
「……いえ。私は、それだけのことをしたのですから」
顔を逸らして、俯く。

今より、少し前。
僕は、シータを城から連れ出したことがあった。
その生まれのせいで…エータに力を貸してもらい、意志力を分けてもらった時にしか、自分の意思を表に出すことが出来ない…つまりは、女王の公務を果たす時にしか、自分で話すことすら出来ない彼女が、不憫で。
エータを騙してシータを連れ出し…そして、彼女の魔力を封じて、追尾を逃れた。
僕は、優しいシータの気持ちを利用して…彼女たちの魔力を、マヒンダから消した。
結局は見つかって、元の通りになったのだけど…ゼータ様は、同じように2人の魔力が消えたことで、真っ先に僕のことを思い浮かべたんだろう。無理もない、僕がゼータ様の立場だったらそうする。僕は、それだけのことをしたのだから。

だけど、今回は僕は何もしていない。
ならば……
「…とにかく、僕も心当たりを回ってみます」
「……頼む。お前たちにしか判らない場所もあるだろう。私は引き続き心当たりを洗ってみる」
「わかりました」
僕は磨いていた銀食器を丁寧にもとの位置に戻すと、急いできびすを返した。

「……どこに行ったんだろう」
主のいなくなった女王の部屋に入って、辺りを見回す。
意外にこの部屋は、捜索されていないのじゃないかと思って来たけれど…案の定、武官も秘書室の人たちもいない。
…かといって、僕が何を見つけられるってわけでもないんだろうけど……
「……あれ」
ベッドの脇に違和感を感じて、そちらに歩み寄る。
二人揃って寝るための広いベッドに、熊のぬいぐるみが置かれている。
そして、その熊の手に、なにやら紙切れがピンで留められていた。
「なんだ……これ」
僕はそれを手にとって、カサリと開く。
「!………」
その紙に書かれていた内容に、僕は目を見開いた。

がちゃ。
ドアを開けてすぐのところで、彼女が座っているのが見えた。
はあ、はあ。
ここまで走ってきて息を切らしている僕に、柔らかく微笑みかける。
「……遅いですわ」
言葉とは裏腹に、嬉しそうな表情で。
僕は苦笑して、彼女の元に歩いていった。
「…ごめん。ゼータ様に聞くまで、君たちがいなくなったっていうことも知らなかったんだよ。
でも、意地が悪いな。わざわざここを指定するなんて」
そう。
彼女がいたのは、以前僕が彼女を連れ去った時に身を置いていた…僕の隠れ家。
ゼータ様も知らない、僕たちの秘密の場所だった。
彼女は……シータは、エータに力を分けてもらった…美しい大人の女性の姿になっていた。
「そうおっしゃらないで。シータの計らいですわ」
「計らい、ね……だったら、わざわざこんな置手紙、しなくたっていいのに」
かさ。
熊の手に止められていた紙を広げて見せる。

『あなたの隠れ家でお待ちしておりますわ。
これ以上は言わなくてもわかりますわよね?
今日は特別な日ですもの。
今日一日だけ、シータを貸して差し上げますわ。
貴方のご両親が貴方を生んで下さったことに、感謝なさいね?
                       エータ』

「言われるまで、忘れてたよ。エータにも、後で伝えておいて。
素敵なプレゼントを、どうもありがとう、って」
僕は苦笑して、シータの傍らで眠る子供を見下ろす。
シータに力を貸し与えたために、子供の姿になってしまったエータ。
眠っているのは、力を貸し与えたからか、それとも僕に気を利かせてるのか。
……まあ、今日くらいは、気を利かされようかな。
彼女たちに使える執事としてでなく、彼女たちの幼馴染の僕として。

シータはにこりと笑って、僕の手を取った。

「お誕生日……おめでとう。イオタ」

Hide and Seek 2008.1.2.Nagi Kirikawa

投稿掲示板作品です。
こちらも前々から書いてみたかったイオシー。
でも、「プレゼント」というお題にたどり着こうとして盛大な回り道をした感じがします…(笑)
エータは、2人のラヴをニヨニヨしながら見守っていただきたい(笑)