「そのご命令は、お受けできかねます」

きっぱりとした口調で、イオタは目の前の女王補佐官にそう言った。
女王補佐官…女王の兄にもあたるゼータは、相変わらずの冷たいまなざしでイオタを見返すと、短く言った。
「…理由を聞こう」
「申し訳ありませんが、そのお言葉をそのまま返させていただきます」
対するイオタの表情は困惑気味だ。
「何故、私が、女王のフェアルーフ訪問ご同行の任を仰せつからなければならないのでしょう?
私は執事長であり、侍従でも護衛でもございません。
執事長の仕事を放棄してまで、何故私にその任が命ぜられたのでしょうか?」
「執事長の仕事は出立の日までに別のものを代理に立て引継ぎをしておけば問題はあるまい。どうせ女王がいなければ仕事はあってないようなものだ」
「お答えになっておりません」
なおも冷静に言い放つゼータに、イオタは誤魔化されずに言い募った。
「何故、私が、女王同行の任を?」
ゼータは諦めたように嘆息して、顔を背けた。

「……去年、楽しかったのだそうだ」

「………は?」
思わず間の抜けた声を返すイオタ。
ゼータは渋い顔で、続けた。
「去年のフェアルーフでの新年祭が楽しかったから、今年はぜひイオタを連れて行きたい、連れて行けないのなら訪問しないと駄々をこねた」
「………っ……」
イオタの頬がわずかに染まる。
ゼータは再び、深くため息をついた。
「お前なら護衛としても適任だろう。面倒をかけるが、よろしく頼む」
「………ですが…」
なおも気の進まない様子のイオタに、ゼータは再び視線をやった。
「…てっきり二つ返事で了承するものと思っていたが」
「……えっ」
「何故、そこまで渋る?」
「それは………」
イオタは呟いたきり、黙り込んでしまった。

(大概、補佐官様も陛下には甘いんだよなあ)
心の中でそんなことを呟きながら、イオタは浮かない顔で廊下を歩いていた。

『何故、そこまで渋る?』
ゼータの言葉が蘇る。
イオタは唇を噛み締めた。

何故って、そんなの決まってる。

城の中だから、自制できるんだ。
外に出たら、どんなことになるか判らないじゃないか。

身分違いの想いに異様に寛容なこの国の風潮だとか。
自分を決して歓迎はしていないくせに、妹には甘い兄だとか。
危機感の薄すぎる色々なものに悪態をつきながら、イオタは廊下を歩く足を速めた。

もっとも、一番悪態をつきたいのは。
それでも、彼女の願いを断れない自分自身に、だったけれど。

責任転嫁はいけません(笑)
身分違いの恋の醍醐味は、生殺しにあると思うんです(笑)