先ほどと同じように、部屋の中央にしつらえられた大理石のテーブルセットに腰掛けていたシータは、しかし先ほどより少し小さく見えた。
その原因が、かすかに赤らんだ顔にはりついている悲しげな表情であることは明白だったが、イオタは気づかぬ振りをして主に問い掛けた。
「陛下、お呼びでしょうか?」
うりゅ。
そんな擬音が聞こえてきそうな様子で、彼女の視線が彼に向けられる。
悲しげな、しかしどこか咎めるような光をはらんだ、赤紫の瞳。
「……イオタ」
その声は、もう先ほどのような酔いをはらんでいなかった。
「…はい」
神妙な面持ちで応える。
「……」
シータは、僅かに視線を逸らした。
「……手袋」
「はっ?」
「手袋。外して下さいな」
再び、まっすぐ視線を向けられる。
それが、自分のはめている白い手袋のことだと気づくのに、数秒かかった。
「…陛下?」
質問の意図が読めず、問い返す。
「…わたくし、いつもは寝ている時間ですわ」
「…ええ、ですから早く…」
お休みに、という言葉を、また咎めるようなまなざしに封じられる。
イオタは眉を寄せて、口をつぐんだ。
「…ですから、イオタのお仕事のお時間はもう、終わりでしょう?」
「…え……」
「お仕事が終わったのですから、手袋を外して下さいな」
「陛下……?」
訳のわからないシータの言葉に、首をかしげる。
シータの頬が赤いのは、酒のせいか、それとも。
「手袋をしている限り、イオタはお仕事としてしかわたくしに接してくださらないのでしょう?」
「…っ……」
ごく、と喉が鳴る。

直球だ。
そう、この人は、いつだって。
言葉を紡いでも紡がなくても。いつもまっすぐな気持ちを向けてくる。
それがたまらなく愛しくて、そしてたまらなく厄介だった。
大切にしたいのに。傷つけたくないのに。
そのまっすぐさが、ぐらぐらと自分の自制心を揺らすから。
何をするのが、何をしないのが、彼女のためなのか。
そんな答えのない問いに、ぐるぐると惑わされる。

シータはなおも、咎めるような、けれど何かを期待するようなまなざしを向けている。
たっぷりの沈黙の後…イオタは、苦笑しながらシータに歩み寄った。
「……いけませんよ、陛下」
「陛下だなんて、呼ばないでくださいな」
きゅう、とシータの眉が寄る。
そんな仕草の一つ一つまでが、愛しくてたまらないけれど。
彼女の前で足を止め、屈んで彼女の表情を伺う。
「陛下は、陛下ですよ。陛下のご命令でも、それは服従しかねます」
「わたくしが、女王だからですか?」
なおも言い募るシータ。
赤紫の瞳には、うっすらと涙がたたえられている。
イオタはまた苦笑した。

「違うよ、シータ」

耳元でささやくように言えば、シータの目が丸く見開かれる。
イオタはシータと視線を合わせて、にこりと微笑んだ。
「それが出来ないのは、君がとても大事だから」
「っ、そんな風に、大事にされても…っ」
「だから」
なおも言い募ろうとしたシータを、白い手袋に包まれた人差し指で優しく制して。
「……大事だから、お酒の勢いなんかで、その思いを汚されたくないんだよ」
「!………」
エータの目が、再び見開かれた。
「エータが、そそのかしたんだろう?お酒を飲めば大胆になれる、とでも言ったかな?」
「よく……わかりましたわね…」
「君たちとの付き合いは長いからね」
くすくす。
笑いながら、柔らかくシータの髪を撫でる。
「…だから。今度は、お酒無しで命令して?
君が喜んでくれるなら…僕は、こんなものいつだって外す用意はできてるんだから」

イオタの言葉に、シータは最初、きょとんとして。
それから、みるみるうちに赤い顔をもっと赤くして。

それから、本当に幸せそうに、微笑んで見せた。

8番目からの続き物です。すらすらと筆が進みました(笑)気が済んだ(笑)
話をどうするか延々と悩むより、とりあえず書き出してみると思いもよらない展開になったりすることってありませんか(駄目字書き)
イオシーってのは結局、別に許されない恋でもなんでもなくて、周りもほぼ歓迎ムードなんですが、イオタが一人で自分に枷をはめてるイメージです(笑)そんなストイック執事萌え(笑)
「主と従者の恋のお題」はこれにて終了です。お付き合いありがとうございましたんv