「ねえ、ロッテ」
「んー?」
後ろから声をかけられてロッテが振り向くと、なにやら真面目な表情をしたリーがじっと見つめていた。
「………」
「……なに?」
声をかけておきながら一向にそれ以降の言葉を続けないリーに、首を傾げるロッテ。
リーはしばらくじっと彼女の顔を見ていたが、やがて真面目な表情のまま視線を逸らした。
「……やっぱりいいわ」
「ちょっ、なにそれ!」
眉を寄せて言い返すロッテ。
リーは視線を逸らしたままぼそりと言い返した。
「…あなたにお願いすると、高くつきそうだし」
「ほほーう、何かをボクにお願いするつもりだった、と」
にまり。
意地悪げな笑みを浮かべ、リーに歩み寄るロッテ。
「だから、いいって言ってるでしょ。自分で何とかするわ」
「何とかできそうなモノじゃなかったからボクに声かけたんでしょーん?」
「それは……」
「まー言ってみなよ。お願いするだけならタダだよ?」
おどけてロッテが言うと、リーは複雑そうに視線を動かしながら、小さく言った。
「あのね」
「うん?」
ロッテが促すが、やはり言い難そうに視線を逸らして口をもごもごと動かす。
「えっと……」
「だから、なに」
「…お」
「お?」

「……お料理、教えてくれない、かな」

少し恥ずかしそうにつぶやいた一言に、ロッテは一瞬絶句して、それから大声で問い返した。
「えぇ?!」
「そ、そんなに驚くこと?」
「だって、えぇ?!なに、どうしちゃった?悪いモノでも食べた?」
「そこまで言う?!」
「や、冗談だけど。ボクてっきり、リーはそういう方面諦めてるんだと思ったよ」
「ど、どういう意味…」
「リー」
ぽん。
ロッテは妙に真剣な表情でリーの肩に手を置くと、しみじみと言った。
「ヒトにはね、向き不向きっていうのがあってね」
「あなた、さっきからかなり失礼なこと言ってない?!」
「いや、だってさぁ」
ニヤニヤしながら言うロッテ。
「ま、いいよー?女のコだもんね、料理の一つくらい出来てもいいよね」
「お願い、出来る?」
「高くつくよーん?」
「……やっぱりやめるわ」
「うそうそ、教えるくらいならいーよ。何作るの?もう材料は買ってあるんでしょ、キミのことだから」
「ええ、宿の台所を貸してもらえることになってるの。行きましょう」

「で、何作りたいの?」
台所に到着すると、リーの言う通り確かに材料はすでに台の上に置かれていた。
さっと見渡しながら言うロッテ。見たところ、野菜が中心のようだ。果物も少しある。
「ええと、ポトフとサラダ…あとフルーツを切って出せればいいかなと思ったんだけど」
「野菜ばっかだね?なんか料理習いたいってゆーと豪勢で凝ったものっていうイメージあるけど」
「最初から手の込んだものは無理でしょ。簡単なものから、と思って」
「にしたって、スープも野菜ばっかりじゃ物足りなくない?別に肉とか魚とか入れてもそんなに難しくなんないよ?」
ロッテが言うと、リーは少し困ったように眉を寄せた。
「お肉入れるのはちょっと…」
「なんで?べつにキミいつも肉食べるじゃ…………」
そこまで言って言葉を切り、急に不機嫌な表情になるロッテ。
リーは苦笑した。
「そういう顔をするだろうと思ったから、やめようと思ったの」
「べつにぃ、ヤじゃないけどー。まぁそうだよねー、料理苦手なリーがいきなり料理作るとか言い出したら、そりゃ特別な理由がありますよねー。
食べて欲しいヒトのキライなモノは入れませんよねー」
嫌味っぽい口調で言うロッテに、さらに苦笑を深める。

ロッテがすぐに看破できるほどに、リーの恋人・エリーは極度の偏食だった。肉・魚を始めとする、動物性のものを一切避けるのである。
リー自身に好き嫌いはないので、肉や魚を避けるという行為から容易に彼女の恋人が浮かび上がってきた、というわけだ。
エリーのことをあまり良く思っていないロッテにしてみれば、彼のために料理を作る手助けをするのは気が進まない、というのも無理からぬことだろう。

判りやすく不機嫌になったロッテに、苦笑しながらリーが言った。
「だから、無理に教えてくれなくていいわよ?宿の人にでも教わって…」
「や、泊めてくれてる宿の人にそんな可哀想なことさせらんないし」
「ちょっとどういう意味よ」
「まー、いいけどね。…めっちゃ辛くしてやろっかな」
「ちょっと?!」
「うっそうっそ。ポトフとサラダだよね。じゃあまず野菜切るところからやろっか」
「ちょ、本当にお願いね?」
「あはは、努力するー」
「ちょっとー!」
なんだかんだ言いつつも、エプロンをかけて野菜を手に取るロッテ。
「んじゃ、これまず洗っちゃおうか」
「洗えばいいのね?」
「洗剤つけて洗うんじゃないよ?」
「…いくらあたしでもそこまでじゃないです」
半眼で言ってから、ロッテの手元を見つつ真似して水洗いするリー。
ロッテは手際よく野菜を洗いながら、リーに言った。
「つかさ、彼はなんでそんなに肉ダメなの?肉だけじゃなくて、タマゴとか牛乳もダメだよね。ベジタリアン?」
「ううん、信条的なものじゃなくて、単に好き嫌いみたい。動物性のものの味が好きじゃないって言ってたわ」
「でもそんなコト言ってたらこの世の料理半分くらい食べられなくない?」
「食べたら吐くほどダメっていうわけじゃないみたい。付き合いで出されたものは残さず食べるって」
「外面だけは無駄にいいもんねえ」
「そういうこと言わないの。あなたも似たようなものでしょ」
「なんのことかにゃー。けど、にしたってキライなモン多すぎて困ったりしないのかな?」
「もともと食べることにあまり執着はないんですって。食べないで済むなら別に平気って言ってたわ」
「なまっちろいカラダしてるもんねぇ」
「そりゃあなたに比べたら誰だって白いでしょうよ」
「じんしゅさべつはんたーい」
軽口を叩きあいながら作業をしていく2人。
「で、洗ったものを切るのね?」
「先に皮を剥こうよ…」
「あ、そ、そうか」
「ちょっ、何をどうやったらそーゆー包丁の持ち方出来るワケ?!指切らない方がおかしいよそれ!」
「こ、こう?」
「それも危なっかしいなあ…あーもう、ピーラーでいいよ、これ使ってみ」
「ええと……こう……いたっ」
「ピーラーで指切れるってある意味才能だよね…」
「しょうがないじゃない使ったことないんだもの」
「あー、じゃー、皮むきはボクがやるからキミは野菜切って?」
「わかったわ」
「ちょっとちょっと!それじゃあ包丁の下に指があるでしょ!指も一緒に切っちゃうよ!」
「こ、こう?」
「指増えたー!」

台所はしばらく2人の声で騒がしかったという。

「というわけで…良かったら食べて……」
料理を終えた頃には夕方になっており、すっかりくたびれてしまったリーは帰ってきたエリーに皿を出すのに演出すらする余裕も無く、ぐったりとした様子でそう言った。
ちなみにロッテはリー以上に疲労困憊で、夕食すら食べずに部屋で寝ている。
エリーはその様子と自分の前に並べられた皿とを交互に見て、静かに訊いた。
「……これ、お前が作ったのか?」
「……そう」
「そうか…」
再び、料理に目を落とすエリー。
少なくとも、見た目に問題はない。
料理を見つめたまま沈黙するエリーに、リーは心配そうに声をかけた。
「……やっぱり、やめましょうか」
「うん?いや、いただくよ」
けろりとした表情で言うエリーの様子に、無理をしている様子は見えない。
だが、彼とてリーの不器用さ、特に料理に関する不器用さはロッテ同様よく知っているはずだ。演技の得意な彼のことだ、動揺を表情に出さないのはお手の物だろう。
リーは急に不安になって、さらに声をかけた。
「…無理だったら、残していいからね?」
「……味見してないのか?」
「し、したけど……」
「どうせあの淫乱魔族と一緒に作ったんだろ?」
「う」
「なら大丈夫だろ。いただきます」
軽く食前の祈りを捧げて、スプーンを手に取るエリー。
スプーンがスープを救い上げ、彼の口に入るのを、リーは固唾を呑んで見守った。
こくり。
小さな音を立てて、彼の喉が動く。
「………どう?」
恐る恐るリーが訊くと、エリーは平然と頷いて答えた。
「ああ、美味いよ」
「よかった……!」
ほっとしたように笑みを浮かべるリーに、意地悪げな笑みを浮かべて。
「お前にしては、な」
「う……」
再び苦い顔をするリー。
エリーはくつくつと喉を鳴らした。
「食べられるものを作ったことは大いなる進歩だな」
「そ、そこまで言う…?」
「世辞を言ってもお前は納得しないだろ。言う気も無いしな」
言って、もう一口。
傍らのサラダにもフォークを刺して、口に入れる。
さくさくという野菜の音が小さく聞こえた。
「……どう?」
無言で食べるエリーに、また不安そうに問う。
エリーはまた平然と頷いた。
「だから、美味いよ」
「…本当に?」
「気持ちはわかるが、卑屈になりすぎるとかえって不味くなるぞ。
美味いと言ってるんだから、素直に受け取っとけ」
「……ありがと」
複雑な気持ちで一応礼を言うリー。
エリーはその後もさくさくと出されたものを平らげると、食後の軽い祈りを捧げた。
「ご馳走さん」
「…お粗末さまです」
「で、どうしたんだいきなり料理なんて」
「…あたしが料理しちゃおかしい?」
「そんなことは言ってないが。あいつも同じことを言わなかったか?」
「……言ったけど」
「だろう?お前を知る者の一般的な感想だ」
「うう……」
「ま、俺も出来ないものを無理にやらなくてもいいんじゃないかとは思うがね」
「……でも、できたほうがよくない?」
「うん?」
エリーが首を傾げると、リーは気まずそうに視線を逸らして、小さな声で言う。
「…女の子なんだから。お料理くらい、出来た方がよくない?」
「誰かにそう言われたのか?」
「そうじゃないけど」
「なら、気にするな。出来る奴がやればいいだろう、そんなもの。料理が出来る女が出来ない事を、お前が出来るということだってあるんだろう?」
「そうだけど……」
まだ言いよどむリーに、エリーは何が引っかかっているのか、と首を傾げ、しかし問い詰めることはせずに彼女が口に出すのを待った。
リーはしばらく言い難そうに逡巡していたが、やがて小さな声で言った。
「………ぃじゃない」
「うん?」
「…食べて、もらいたいじゃない。あたしの、作ったもの」
聞こえるか聞こえないか位の声で言ってから、耳まで赤くして俯く。
「…お前……」
エリーは二の句が告げない様子でそれを見つめてから、何かを振り払うように頭を振った。
「エリー?……っきゃ」
その様子を心配そうに覗き込んだリーの腕を取って引き寄せる。
バランスを崩して彼の肩に手をついたリーの耳元に唇を寄せて。

「……あまり、可愛いこと言うな」

低くそう言うと、リーの顔がさらに真っ赤に染まる。
「っ、な……」
口をぱくぱくさせるリーの顔を、正面から見つめなおして。
「嬉しかったよ、ありがとう」
「え、と」
緩く微笑んで、珍しくそんなことを言う彼に、リーはしばらく戸惑ったように口ごもっていたが、やがて嬉しそうに微笑んだ。
「美味かった、と世辞でも言っておいたほうが良かったか?」
「もう……!」
意地悪く言ってみせれば、今度は苦笑を返す。
エリーはもう一度彼女に笑みを投げると、肩に置かれた手をそっと取った。
「……だが、いくら俺のためでも、今後料理は禁止な」
「え、どうして?」
少し不満げな彼女に目をやってから、取った手の指先に視線を移す。
どうすればこんなになるんだというほど、親指から小指まで余すところなく絆創膏の貼られた指に、軽く唇を寄せて。
「……っ」
再び頬を染めるリーをよそに、小さく呪文を唱えると、指先がほのかに光って、絆創膏の下の傷がみるみる癒えていく。
「……あ、ありがと」
ぎこちなくそう言うリーに、もう一度微笑みかけて。

「……俺のだから。勝手に傷はつけるなよ」
「……っ!」

リーは今度こそ、真っ赤になって沈黙する。
それを見て、エリーは満足げに目を細めるのだった。

“How to…”2011.4.15.Nagi Kirikawa

リー、お料理に挑戦するでござる、の巻(笑)
リーの不器用さ、特に料理に関する不器用さは小出しにはしてましたがメインに据えたことは無かったのでメインに据えてみました(笑)間違いなくミシェルの遺伝です(笑)
いつもは宿の食事を食べるし、野宿の時なんかはロッテにやってもらうので、彼女が料理をすることはめったにありません。させたら悲劇が起こることをエリーもロッテも良く知っているので(笑)
コメディにしつつ、最後はラヴで締められたので満足です(笑)ちなみに、同タイトルの18禁バージョンをずいぶん前に書いたことがあります(笑)リーがロッテに何を教わったかは、ご想像にお任せします(笑)