「へえ、じゃあその人とは今日初めて会うんだ」
「そうなのー。すごく楽しみでね、準備にも気合が入っちゃった!」
長机にディスプレイをしながら、ミルカはうきうきした様子でそう言った。
ヴィーダの中心地にほど近い、大規模なイベント会場、ラージサイト・ヴィーダ。
そこで月に一度開かれる、特殊な趣味の人たちのためのイベントがある。
趣味で絵や小説、人形などの造形やその他いろいろな作品を作り上げ、同じ趣味の者達と売買しながら交流を深め合っていくイベント、と言えば説明になっているのだろうか。このあたりあまり深く追求しない。
ミルカは毎月のように、そちらの趣味には全く興味のないカイを引き連れてこのイベントに参加していた。売り買いのやり取りや、荷物運びなどにも人手は要る。カイももはや諦めた様子で、特に嫌な顔もせずに荷解きなどを手伝っていた。
「でも、よく知り合えたね。向こうも有名人っても、フィギュアの人でしょ?」
ミルカの作った本を机の上に並べながら、不思議そうな表情で言うカイ。
「うん、クロさんが紹介してくれたのよ、面白い人だよって。
それで、手紙を何回かやり取りしたんだけど、ホントに面白い人でさ」
言いながらやり取りを思い出したのか、本を持ったまま身を乗り出すミルカ。
カイはあまり興味のなさそうな顔で、はいはいと手を振った。
「あんたと気が合うんなら、そりゃ相当の変わり者でしょうよ」
「あー何よそれ」
「いいから早く値札つけなよ。もうすぐ開場でしょ。お客さん来るよ」
「え、もうそんな時間?急がなくちゃ」
「って、その本そこじゃないでしょうが!もう、なんであたしがあんたより把握してんのよ!」
「そんなこと言わないで~頼りにしてるから」
「同じ趣味の人引っぱってくればいいじゃん…なんであたしが」
「だってカイなら重い荷物もひょいひょい運んでくれるし」
「あ。今すっごい殴りたい」
「いやーんカイの力で殴られたら頭蓋骨へこんじゃうー」
きゃいきゃいとじゃれあいながら、準備を進めていく二人。
開場時刻はもうすぐだった。

「ふー、やっとひと段落ねー」
開場時間から、ミルカの発行する新しい本を求めてやってきた者達の波がやっと途切れ、立ちっぱなしで販売作業に追われていた二人は、ようやく椅子に座って一息入れていた。
と。
「あれ……あの子も参加者かな」
ふとカイが指差した方向を見ると、10歳そこそこの小さな少年が歩いている。
ミルカも少し驚いたようだったが、しかしうんうんと頷いた。
「若年化が進んでるっていうからねー、まあわたしも若い方ではあると思うけど」
「にしちゃあ何か、慣れた様子じゃない?初めてって感じじゃなさそうだし」
カイの言う通り、少年はなにやら細かい書き込みがされた会場図を見ながら、うろうろと探しているようだった。それも、会場の所々に設置された番号札を見ながら、目的の場所を探しているようだ。
初心者はまずこの会場の広さと人の多さに度肝を抜かれ、自由に会場内を見ることも出来ずに終わってしまうことがよくある。その意味で、あらかじめ会場の下調べをし、広い会場で場所の探し方も心得ているその少年は、少なくとも初心者でないことはうかがえた。
「ホントだ。あの年でこの世界に…歓迎すべきか嘆くべきかって感じね」
複雑そうな表情で、ミルカ。
「どこか探してるのかな」
「そうね、良さそうなところ探してる感じじゃなさそう」
何とはなしに、その少年のことを目で追う二人。
ミルカの恋人と同じ、地人種族なのだろうか。褐色肌に尖った耳が目立っている。いかにもといった感じの大きな眼鏡に、リュウアン風の白い装束と派手な帽子。そこはお約束で半ズボン。何かのコスプレをしているようにも見えないが、素であの格好だとするとなかなか奇妙なエレメンタリーだと思う。
と、少年はお目当ての目印を見つけたようだった。パッと表情を輝かせて、歩みの方向を変える。
「お。この島みたいだね」
「うちだったりして」
「まさかー」
ミルカとカイのいたグループ(島と呼ぶ)の方にお目当てがあったらしい少年の様子を見て、冗談半分にそんなことを言ってみる二人。
しかし、少年は迷わず足を進め、二人の前で足を止めた。
「え」
驚く二人をよそに、満面の笑顔を浮かべる少年。
「ストロベリークランチの、みるくさんですか?」
「え、はっ、はい、そうですけど」
ストロベリークランチ、というのは、ミルカが本を売るときのお店の名前…のようなものだ。みるくというのはミルカが本を書くときのペンネーム。ついでにこの業界は基本敬語で会話が成り立っている。相手が年上だろうと年下だろうと、ミルカも敬語で接しているのだが…
まさかこの少年の目的が自分だったとは思わず、挙動不審気味に言葉を返すミルカ。
少年は嬉しそうに背伸びをした。
「わぁ!初めまして、僕、『えすたる亭』の『かるろ』です!」
「え」
続いて少年の口から飛び出た言葉に、ミルカは再び目を丸くした。
「えええええぇぇ?!」

「うわー、クロちゃんから聞いてはいたけど、ホントにこんな可愛いヒトだったんですねー」
とりあえず売り場の方はカイに任せて、ミルカは『かるろ』と名乗った少年と休憩所のほうに向かっていた。うきうきした様子でミルカを見上げるかるろに、苦笑を返すミルカ。
「かるろさんこそ、まさかこんなにちっちゃい男の子だとは思いませんでしたよー。年齢制限引っかからないんですか?」
「いやいや、僕、童顔なだけなんですよ」
「童顔って……」
言い張るには無理のある理由だ。
しかしかるろはニコニコして、特に気に留める様子もない。
「スペースは売り子さんに任せてあるから、お客さんと直接対面することもあまりないですし。僕がスペースにいても本人の弟かなんかだと思われてるんじゃないのかな。現役の人で僕のこと知ってる人って、意外に少ないんですよー」
「そうでしょうね……」
あの萌えフィギュアを作っているのが、まさかこんな少年だとは思わないだろう。いろいろ大丈夫なんだろうかとも思うが、もしかしたら本当に童顔低身長なだけの成人男性なのかもしれない。初対面なのにそこまで突っ込むのもいかがなものかとも思う。
「あっ、でも」
かるろは唐突にそう言うと、指を一本立てた。
「みるくさんって、確か魔法の学校に通ってるんでしたよね?」
「あ、はい」
そういえば手紙でそんなことに触れたような気がする。
「じゃあ話しちゃってもいいかな」
にこ、と笑って、かるろ。
「実は、変形術使ってるんですよ」
沈黙。
「……は?」
唐突なカミングアウトに、間抜けな声を返すしかない。
「や、だから。変形術。習ってません?」
「いや、技術は習ってないけど知識は……って」
ぺた。
「うひゃ。いきなりボディタッチですか、大胆ですね」
しゃがみこみ、大真面目な顔でかるろの胴回りを触るミルカを、動じることもなく茶化すかるろ。
「い、いやいや!ちょ、え?嘘でしょ?」
ミルカは真面目に動揺した様子で、ぺたぺたとかるろの身体を触りまくっている。
「嘘じゃないですって~っていうかそんなに触られるとヘンな気分になっちゃいますよ~」
「いや、だって!」
さすがに触るのはやめて、ミルカは立ち上がった。
「変形術って。え、じゃあホントは」
「はい。みるくさんの背よりもうちょっと大きいナイスガイですよ」
なおもニコニコとどうでもいい自己紹介をするかるろ。
ミルカは絶句してため息をついた。
「はぁ……また、なんでそんなことを?」
「そんなこと、って?」
「いや、だから。なんでわざわざ、ちっちゃい男の子になってるんですか?」
「だって、そのほうが萌えるじゃないですか!」
力説。
「……はい?」
「だからー。みるくさんは成人済みのイケメン男子に萌えるかもしれませんけど、僕どっちかっつーとロリショタ萌えなんですよね。せっかく変形術使えるなら萌えるものを普段から目に入れときたいじゃないですか」
それって自分に萌えていたいってことですか、と喉元まででかかってやめる。
代わりに別の事を言ってみた。
「でも、かるろさんの作品って巨乳も多くないです?」
「そうなんですよー、そういう要望もあるから作るには作るんですけど。もちろん巨乳ちゃんも好きは好きなんですけど、僕のストライクはロリなんですよねー」
「はー……自分の萌えに忠実なのが基本ですけど、そういうこともありますよねー」
「あっ、わかってくれます?さすがみるくさんだなー」
嬉しそうにうなずくかるろに、ミルカは苦笑を投げた。
「じゃあ、そのメガネも?」
「や、これは素です。僕メガネ属性ないんで」
「あら意外。あ、でも変形術使いってことは、フィギュアも?」
「まさか!」
かるろは再び拳を握り締めて力説した。
「パテを盛り削りしながら自分好みのしなやかな肢体に作り上げていく、そんな一番美味しいところを魔法でやっちゃうわけないですよ!みるくさんだって、おにーちゃんの脇から腰のラインには自分でトーン貼りたいでしょ?!」
「もちろんです!」
つられてヒートアップするミルカ。
「服の模様や背景は手伝ってもらっても、あそこだけは譲れないわ!むしろあれを描くために本作ってるみたいなものですよ!」
「ですよねー!本拝見して絶対そうだと思ってたんですよ!」
「っていうか、かるろさんの作品だって。あのふくらはぎと足首にかける情熱はハンパじゃないと見ましたけど?」
「あっ、わかりますー?もーね、あそこだけはヘタすると何週間もかけちゃうんですよー」
休憩所で奇妙な盛り上がりを見せる少年少女。
しかし、そんなことはこの会場内では日常の風景だった。

「ただいまー。ひゃー、すっかり話し込んじゃった。ゴメンね遅くなって」
ようやく戻って来たミルカに、カイは苦笑を投げた。
「あんたたちって、ホントおかしいよね」
「なに、改まって」
引いている様子でもない彼女の言葉に眉を寄せるミルカ。
カイは肩を竦めて、答えた。
「いや、なんていうの?初めて会った時は、まるで取引先の人間みたいにかしこまって遠慮しあってるのに、ちょっと話をしだすとものすごい勢いで打ち解けて、まるで長年の友達みたいな会話をするじゃない?でも敬語なのよね、それがおっかしくて」
くすくす笑いながら言うカイに、ミルカは複雑そうな表情をした。
「そ、そう?」
「そうそう。初めて会ったのに、初めて会ったんじゃないみたい。でも、初めましてなんだよね。
傍から見てておかしいからさ、最近ここ以外でもあんた達のお仲間が判別できるようになっちゃったよ」
「う、なんかフクザツ」
ミルカはさらに渋面を作って、それから苦笑した。
「ま、それでも楽しいし、やめられないのよ」
「さっきの子とは上手くやっていけそうなの?ずいぶん年下みたいだったけど」
「あー……いや、なんかそうでもないみたい……」
「は?」
「いやいや、なんでも。手紙通りの、楽しい人だったわ。アフターもクロさんといつものとこ行こうって話になってるの」
「へえ、よかったじゃん」
「そうね」
ミルカは今度はにっこりと、混じりない笑顔をカイに向けた。

「初めましての人が増えるのは、いつだって楽しいわ。これからも、きっと、ずっとね」

“Nice to meet you?” 2007.11.28.Nagi Kirikawa

投稿掲示板作品です。
初めましてではなさそうな初めましてを描いてみたいなと(笑)
ミルカとカーリィは、ここから急速に仲良くなってタメで話すようになります(笑)
シナリオでは仲良いようですれ違い、を描いていきたい(笑)