「陛下、陛下ー!」

今日も今日とて、イオタは姿を消した女王たちの捜索のために王宮の庭を走り回っていた。
補佐官と秘書は別の場所を探している。昨日は宝物庫横の倉庫で見つかったので、そのあたりを重点的に探しているようだ。
「まったく……どこに行ったんだか」
きょろきょろしながら、嘆息する。
以前からちょくちょく、公務をサボってこうして2人で姿を消すことの多かった女王たちだが、ここ最近はどうもこの「かくれんぼ」を楽しんでいるきらいがある気がする。だからこそ、補佐官も彼女たちの幼馴染である自分に声をかけるのだろうが。
「……本当に、しょうがないな」
苦笑しながら、イオタはひとりごちた。

女王と執事、本来ならば親しくすることなど許されない身分である自分だが、この国は魔道を研究することに心血を注ぐ人間が作った国だけあって、既成の概念にはとらわれないおおらかさがある。身分の差を理由に何かを言ってくる者などいない。補佐官だけは複雑そうな顔をしているが、それは身分がどうこうというより可愛い妹を取られたくない兄としての気持ちの方が大きいようだ。
イオタ自身は祖父から譲り受けたこの執事という仕事に誇りを持っているし、職務をこなしている以上私情を挟むことはすまいと常に自分を律している。たまに、この何もかもが許されているゆるい環境の中で自分だけが流れに逆らおうともがいているような気がしないでもないが、必要なことなので譲る気はない。
だからこうして、「執事」としての自分ではなく「幼馴染」としての自分を当然のように求められるのは、嬉しいようであり、そして同時に困ったことでもあるのだ。
それがたとえ、本人たちの要望であったとしても。

「………いた」
2人は、割とあっさり見つかった。
庭の隅の、手入れの用具入れとなっている小さな小屋の陰。
この強い日差しの下、そこはちょうどいい具合に日陰になっていて、小屋の端から彼女たちの服の裾が見える。
こうして、彼にしか見つけられないような小さな痕跡を残し、まるで彼に見つけて欲しいというように隠れるのが彼女たちのやり方だった。
イオタは苦笑して、小屋の方へと歩いていく。
「……陛下」
ひょい、と覗いてみれば。
「………あれ」
女王たちは、小屋の壁に寄りかかるようにして眠っていた。
思わずくすっと鼻を鳴らすイオタ。
「…確かに、こう暑いとね…ここは涼しいし」
服の襟をぱたぱたと動かしながら、小屋の屋根から見える厳しい日差しを見上げる。
「思ったより早く見つかったし…少し休憩するくらいなら、ね」
もう一度苦笑して、シータの隣に腰をかける。
彼女たちはほぼ日陰になったところに座っていたが、彼がここに座ることで僅かに当たっていた日差しも防げるのだ。
2人とも壁に寄りかかって気持ちよさそうに眠っていたが、エータがまっすぐな体勢でいるのに対してシータの方はかなり体が傾いて不安定な体制になっていたのもある。
この体勢でよく眠れるものだ、と少し感心しながら、イオタは眠るシータの横顔を見つめた。

普段の状態でいればよく似ているといわれる双子の姉妹だが、こんなに違うのに、といつも彼は思う。
髪型だけではない。髪質も姉に比べて少し硬めのストレートだし、眼差しも姉に比べると少しだけ穏やかだ。
昔、彼女たちが髪型と服を取り替えていたことがあったが、彼だけは何も喋らぬうちから正確にシータを名指しし、周りをからかうのはよせと即座に着替えさせた。

彼が自分を厳しく律するのは、そのためだ。
天真爛漫で、心のままに行動する彼女たちには、制御できる誰かが必要なのだ。
ただ制御するだけではない、彼女たちが心から信頼できる誰かが。
それは兄である補佐官であり、彼女たちのスケジュールを管理する秘書室長であり、そして身の回りの世話をする自分やメイド長であったりする。
その自分が、幼い頃にそうしていたように、彼女たちと共に心の赴くままに行動しているわけにはいかない。
いくら、世界で一番大切な少女の願いであろうと、自分はそれを止めるのが役割なのだから。
そう自分に言い聞かせて、努めて執事としての態度で接するようにしている。

しかし、自分でも行きすぎを自覚するほどに自分を律しようとするのは。
ひとえに、『そうしたいと思っている自分』がいるからなのだ。
彼女を好きなようにさせて、可愛がって、ぐずぐずに甘やかしてしまいたいと思う自分が確かにいる。
『幼馴染』としての自分を求められるのは、その自分を解き放ってしまいそうで大変に困るのだ。

「……っ、と……!」
ぐらり。
シータの身体が、案の定バランスを崩して傾き、イオタは慌ててそれを支えた。
「……えーと……」
両腕で肩と頭を支えるが、そのままでいるには少々辛い体勢だ。
かといってこのまま起こしてしまうのも少し気の毒だと思う。
イオタは少し眉を寄せて考えて、それからそのまま、彼女の頭を自分の腿に降ろした。
「……ふう」
消耗するはずのない体力が消耗した気がして、息をつく。
いや、何かは消耗しているのだろう。愛しい少女が、自分の膝の上で、無防備な寝顔を晒して寝息を立てている、この状況はかなり辛い。
ぐらぐらと、必死に自分が守っている何かがひどく揺すぶられている感覚。
「んー……」
少し身をよじって、シータの目がうっすらと開く。
イオタは努めて動揺を表に出さぬよう、にこりと微笑んだ。
「お目覚めですか、陛下」
「………」
シータは視線の先にイオタがいるのをぼんやりとした表情で見つめている。
まだ目がさめていないようにも見えるが、その瞳が少し悲しげな光を宿していることに気づき、イオタは苦笑した。
そっと、手袋を取って彼女の額を撫でる。
「…おはよう、シータ」
「………」
すると、シータは嬉しそうに微笑んだ。
意志が極端に弱く、姉の助力がないと自分で言葉も話すことができない彼女の、僅かなサイン。
陛下、と呼ぶのが、どうやら彼女のお気に召さないらしい。
あまり名前で呼ぶと、自制心がぐらつくので本当はやりたくないのだが。
イオタはシータの額を優しく撫でながら、続けた。
「ゼータ様もアルファさんも探しているよ。もう少ししたら、行こうね」
「………」
「駄目だよ。かくれんぼは終わり。まだ仕事が残ってるんだろう?」
「………」
「じゃあ、今日はデザートに、シータの好きなマスカルポーネのケーキを作ってもらうよう、プサイにお願いしようか」
「………」
「そう?じゃあ、ご褒美のためにお仕事、頑張って」
「……………」
きゅ。
しばし、一方的に見える会話を交わしていた2人だったが、不意にシータが、自分の額を撫でていたイオタの手を握る。
相変わらずのぼんやりとしたような顔で、しかしじっとイオタの瞳を見つめるシータが何を訴えているかは、他ならぬイオタがよく理解したようだった。
「………仕方がないな」
握られたその手を、軽く握り返して。

「……あまり、揺らさないで?僕だって、色々……我慢してるんだから」

低く囁くと、ゆっくりと背を折り曲げて顔を近づける。

厳しい日差しの届かぬ場所でひっそりと口付けを交わす2人の傍らを、涼しげな風が吹きぬけていった。

“Little sign” 2011.8.1.Nagi Kirikawa

膝枕祭その9。久しぶりイオシーです。とりあえず喋れなくても意思の疎通ができる2人と、色々考えながら我慢してるイオタを書いてみました。エータの存在無視(笑)きっと寝た振りしながらまた「やってられませんわー」とか思ってるんだと思います(笑)お姉さんも大変(笑)