「お疲れのようですね」

いつものように突然現れたキルは、床の上に大の字になっているロッテににこりと微笑みかけた。
ぐったりした様子でキルのほうに目をやるロッテ。
「つーかれたー。ぐってぐてだよー」
「今日はお嬢様は?」
「性悪天使といっしょー」
微妙に不機嫌そうにそう言って、ごろりと寝返りを打つ。
東方大陸にあるこのあたりの集落では、ベッドという習慣は無いようで、宿に入っても部屋にベッドは無く、広い床に敷布をして寝る仕様のようだった。
その敷布も広げる元気も無く、固い床にごろりと横になっている。
「もー今日は、ダメかもー」
「ダメ?」
「キミの相手してらんないかも。さすがに体力ない」
「そうですか」
「帰ってもいいよぉ。ゴメンねぇ」
「何故ですか?」
「え」
キルが不思議そうに言ったので、ロッテはきょとんとした顔をした。
「だって、だから相手できないよ?」
「お話しくらいは出来るでしょう?」
「そらそーだけど、えっちはくたびれてるから出来ないよ?」
てっきりいつもの逢瀬のように、身体を重ねる為に来ているのだと思ったが。
不思議そうに首を傾げるロッテに、キルは僅かに苦笑した。
「それは残念ですが、それだけが目的ではありませんから」
「ええっ」
「貴女が私をどのような目で見ていらっしゃるかが如実に解りますね」
「普段のオコナイでしょー」
「むしろ貴女がそうであるからそういう発想が出るのでは?」
「はは、否定はしない」
軽く笑って言うロッテ。
キルは立ったまま、部屋の中をきょろきょろと見回した。
「寝台が無いのはともかく、椅子も無いのですね…」
「ああうん、そのクッションみたいなのの上に座るらしいよ」
「これですか?」
すい、とキルが薄いクッションを指差すと、そのクッションがふわりと浮き上がる。
ロッテは首だけをそちらに向けて、こくりと頷いた。
「そうそ。床に置いてテキトーに座るみたい。キミには慣れないかもしんないけど」
「そうですか……」
キルは浮いた座布団を見やって、しばし沈黙した。
クッション越しとはいえ、床に座るということに抵抗があるのだろうか。
ロッテはシェリダンで育ったこともあり、割と慣れてはいるのだが、彼は仮にも『それなりのおうちのお坊ちゃま』なのだ。慣れぬ文化に抵抗もあるかもしれない。
だが今は自分も疲れきっているし、椅子を用意してやる元気も無い。
もう少しこのまま、慣れぬ状況に戸惑う彼を鑑賞していたい気もするが、ロッテはにやりと笑うと片方の手でちょいちょいとキルに手招きをした。
「?」
首をひねるキルに、ここ、と自分の頭のそばを指差す。
そこに座れ、と言っているのだと察したキルは、クッションをふわりとその位置に着地させると、そこまで歩いてきた。
ロッテの頭のすぐそば、そのまま座ったら足蹴にしかねないので少し腰をひねって座る。
と。
「もちっと、こっち」
ロッテはよけられた脚を自分のほうに引き寄せると、その腿の上に自分の頭を乗せた。
いわゆる、膝枕、というやつだ。
「…何をなさるかと思えば」
キルは少し驚いた様子でロッテを見下ろしてから、僅かに苦笑した。
「あまり心地よいものではないでしょうに」
「んー?チョー気持ちいいよ?」
「そうですか?男性は女性ほど皮下脂肪がありませんから、そう大して柔らかくはないのでは?」
「…キミ、オトコに膝枕してもらったことあんの?」
「ご想像にお任せします」
「……まーいいけど。いーんだよ、硬くて冷たい枕でも自分に合ってれば気持ちイイの」
「そういうものですか?」
「そーゆーものです」
「…つまり私の膝は硬くて冷たいと」
「やーらかくないっつったの自分でしょ。キミ体温低いしさー」
言葉とは裏腹に楽しそうに言って、ロッテはごろりと横を向くとキルの腿に頬を摺り寄せた。
「でも、気持ちイイよ。マジ」
「そうですか」
キルは目を細めてそれを見下ろすと、長い袖先から出した指をすっとロッテの髪に絡める。
手入れの悪い猫のような髪は、指を通すとキシキシと引っかかるような感触がした。
「くすぐったい」
「そうですか」
くすくすと笑いながら、再び顔を上に向け、見下ろすキルと視線を合わせるロッテ。
「ね」
「なんでしょうか」
片手をあげて、キルの頬にそっと触れて。
「ちゅー、してよ」
「この体勢からではなかなか辛いものがありますが」
「がんばって」
「…仕方がありませんね」
ぐぐ、と屈んで首を伸ばし、髪に絡めていた手でロッテの後頭部を持ち上げて。
掠めるように唇を重ねると、ロッテが上げていた手をそのままキルの首に絡め、引き寄せるようにして深く口付けた。
「ん……」
ふ、と息をついて唇を離す。
普段に比べれば格段に短いキス。
「ごっそさん」
「こちらこそ」
「ね、このまま寝ちゃっていい?」
「お望みのままに」
「やたー」
眠たそうに半眼で微笑むと、ロッテはそのまますうと目を閉じた。

キルはその可愛らしい寝顔をずっと膝の上に乗せたまま、飽きることなくそれを眺めているのだった。

“Cold pillow”2011.7.6.Nagi Kirikawa

つめたーい、まくらーとーあたたかいーキッスあげーるーよー♪(宇多田)
キルロテ膝枕絵に合わせて描きました(笑)イラストはこちら → 冷たい枕
書いてみたらただの甘々ラブラブ話になった気が…キルロテを久しく書いてなかったのでキルロテで、最近某所で膝枕にかなりヤラれてしまったのもあり膝枕というお題を二人に投げてみたのですが、ロッテがキルに膝枕してほしいと言って譲らないものですから…(笑)
まあ、たまにはこういうエロくない2人もいいですよねって言うことで(笑)