「とりあえず、第一印象が最悪だったと思うのよ?」
「…そうですね」
「こんな出会い方をしなければ、全て私のものになっていたと思わない?」
「……そうですね」
「あの方を恨むわけじゃないけど、何ていうの、ロミオとジュリエットっていうか?敵対する勢力じゃなかったら、きっと2人は相思相愛になっていたに違いないわ!」
「………そうですね」
「もう、メイ、本当に聞いてるの?!」
花に水をやっていたメイの如雨露を取り上げて、リリィは眉を吊り上げた。
メイは呆れたように肩を落として、言う。
「…どう返事をしても貴女の結論は変わらないのでしょう?」
「それはそうだけど!」
(そうなんだ…)
綺麗な開き直りぶりに少々呆れつつ、言っても仕方のない言葉を飲み込む。
代わりに、至極当然な言葉を吐いて見せた。
「…ずいぶん、あの魔術師にご執心なのですね、リリィ?チャカ様はよろしいのですか?」
「あん、だって最近チャカ様お忙しいみたいなんだもの。なかなかお相手してくださらないから…ヒマなの」
(彼は暇つぶしの道具なんですか…)
これも口に出したら即座に肯定されそうで、飲み込む。
「でもでも、ミケさんが好きなのは本当よ?もう可愛くて可愛くて、つい構ってあげたくなっちゃうのよね~。私に敵わないって知っててなお、気丈に向けてくる挑戦的な視線がたまらないの…ゾクゾクしちゃう!」
楽しそうに身悶えするリリィにまた呆れたようにため息をついてから、メイは言った。
「では、いいではありませんか。また彼の元に行けば」
「違うのよ、メイ!ミケさんのカラダはいつでも好きにできるの。でも、ミケさんの心は私のものになってないの!私は欲張りだから、両方欲しいの!」
「はいはい、そうですか…」
「あーっもう!いつから私のセリフを軽く流すようになったの?!そういうこと言ってるとお仕置きしちゃうんだから!」
(言っても言わなくてもお仕置きはするでしょうに…)
これも、言っても仕方がないので飲み込む。
「…両方欲しいといっても、あの方の心はもうどうにもならないのではありませんか?貴女への敵対心がもう既に遺伝子に組み込まれているといっても過言ではないのでは…」
「そうなのよねぇ。敵対する勢力に身を置いた二人の悲しい運命なのね…」
(原因は絶対にそこにはない気がするのですが…)
先ほどからいったい何度、口に出しても仕方のない言葉を飲み込んできたのだろう。
リリィはひとしきり「悲劇のヒロイン」に浸った後、くるりとこちらを振り返って、いつもの露悪的な微笑を見せた。
「だからね、私考えたの」
おとめちっくに、顎の下で袖を揃えて。

「私と出会う前のミケさんなら、全部私のものになってくれるわ!」

「ここが、リストフの街ね…」
方法はまあひとまず置いておくとして。(ヒント:その辺にいた白い竜の喉仏を以下略)
リリィは時空を超えて、ミケと出会う前の時代にやってきた。
主人から聞いていた、深い森の奥にある名もない村で起こった事件。ちょうど、その直後に当たる時代。彼らはそのまま、その山を抜けてリストフという貿易都市にやってきたはずだ。依頼通りに。
リリィはそこで、リリィに会う前のミケと接触するつもりだった。主人の話が確かならば、彼はあの事件で相当な傷を負っているに違いない。そこに付け入……もとい、心の隙間に入り込……まあなんでもいいが、慰めてハートをげっちゅ☆大作戦、というわけだ。
「ミケさんはどこかしら…」
リリィは長い髪をきっちり編みこんでひとまとめにし、いつものリュウアン風の桜色のローブではなく、白い清楚なワンピースを着ている。少し年若い街娘、といった風だ。
リリィはあてもなく町中を歩きながら、栗色の髪の魔術師を探した。
(宿屋にはいなかったわ…出かけているのかしら。いったいどこに…)
そろそろ日も落ち、夜の帳が降り始める頃だ。貿易都市とはいえ、ヴィーダほどの賑わいのないリストフである。適当に探し回ればすぐに見つかるものと思っていたが…
(会おうとすると、なかなか会えないものね…)
のんびりとした街並みを歩きながら、ひとりごちる。元の時空ならともかく、遭ったこともないこの時空のミケの精神波を読み取って探査することなど出来ない。魔法に頼らず地道に足で探すしかない。
(ミケさんがどこに行くか…か。考えてみると、そういったことは何も知らないのねぇ)
いつも、彼がひとりの所に押しかけて行って無理やり(以下略)か、彼の依頼中に敵として対峙するしかなかったから。プライヴェートで彼がどのような場所を好むのかなど、考えたこともなかった。
(…まあ、興味がないといえばそれまでなんだけど)
あっさりと切り捨てて、角を曲がる。
(でも…ミケさんと会って、何を喋ろうかしら?)
小首を傾げて考えながら、歩みを進める。
(この時代のミケさんは…私のことを知らないのだし。私の本性を知らないわけだから、騙すのは簡単そうだけど…)
えげつないことをさらりと考えて。
(…でも、どんな風に接すれば、ミケさんのハートをげっちゅ☆出来るのかしら…そういうのは、よくわからないわ)
今までそんな風に彼のことを見たことがなかったから。
いつだって彼は「力ずくで従える」「無理やり思いを遂げる」相手であったのだし。
はぅ。
小さくため息をついて。
(勢いづいて来てしまったけど…これは、少し作戦不足だったかしら)
眉を寄せて、認める。
(この時代のミケさんは、私を知らないミケさん…私は、ミケさんの好みを知らない。もう少しリサーチをしてくるべきだったかも…)
と、足を止めようとした、その矢先に。
「!………」
彼は、いた。
考え事をしているうちに、すっかり郊外に来てしまったらしい。あたりに人影も建物もない開けた草原は、すでに薄闇に包まれていて。
中央にひっそりと立っていた大きな木の根元に、彼はぼんやりと座っていた。
(何を…しているのかしら)
ゆるく編まれた栗色の髪、相変わらずの黒いローブ。彼女の知っている彼と、そう変わってはいないのだろうけど…少しだけ幼い印象があるかもしれない。木の根元に座って、焦点の定まらない瞳で虚空を見つめている。
別段気配を顰めて近寄っているわけではないのだが、歩いていく彼女の気配にも全く気がつかない。リリィは構わず足を進め、彼の前に立った。
「どうしたんですか、こんなところで」
声をかけられて、初めて彼は彼女に気づいたようだった。びくりと体をすくめ、次に苦笑する。
「え、あ……あれ。もうこんなに暗くなってたんですね…」
辺りを見回してそう言ったので、リリィはくすっと笑った。
「よっぽど考え事に夢中だったんですね?」
「考え事…といいますか」
ミケは苦笑して、それから悲しげに俯いた。
「自分の力が至らない事を、これほど悔しく思ったことはなくて」
見たことのない彼の表情に、息を呑む。
「悲しい出来事が、あったんです。僕は、何も出来なかった…彼女の傷を理解することも、彼女を止めることも、救うことも……事実を得意げに解いて見せたところで、僕には、何の力もない…それを思い知らされて…」
何も出来なかったことへの後悔。救えなかった少女に対するいたわりの気持ち。悲しげな…それでいてその中にも明々と燈っている、彼の自尊心。
こらえきれずに吐き出してから、彼は苦笑した。
「……申し訳ありません。見ず知らずの方にこのような…あなたには、何の関わりもないことなのに…不快にさせてしまったら、ごめんなさい」
「………」
自分より年下の、初対面の少女に対する、紳士的な態度。
謝罪の言葉、優しい微笑。
どれも、今まで対峙した彼からは、投げかけられなかったもので。
彼が明らかに彼女を「通りがかった普通の少女」だと認識している証拠だった。
(私は………)
ゆっくりと、リリィは思う。
「…あなたは、どうしてここに?」
ミケの問いかけに、言葉が詰まった。
(私は……何を話すつもりなの?)
今、普通の少女として、彼に接すれば。
彼の心の傷を聞き出し、癒すことが出来れば。
彼の心は間違いなく、彼女のものになるだろう。
それは、確信できた。
(でも……)
「………?」
返答のない彼女に、首を傾げる彼。
「私は………」
ゆっくりと、言葉をつむぐ。
(私は、こんなミケさんが欲しかったの?優しく微笑んで、私を包んで欲しかったの?)
胸の内をこだまする思い。
「私は………」
ふっ、と、リリィは笑った。

「私は、あなたに会いに来たんです」

「僕、に………?」
驚きと、戸惑いと。
彼の表情からは、それが読み取れた。
くす。
鼻を鳴らして、首をかしげる。
「ええ。あなたに会いに来たんです…ミケさん」
「…どうして、僕の名前を?」
その表情に、少しだけ警戒の色が混じった。
にこり。
笑みを深くするリリィ。
(…そうだったわ)
彼女は、彼のこの瞳の色が好きだった。

「それは、愛されたものですね」

「…僕一人では、あなたには勝てません。残念ですが、それが事実です」

「僕はあなたが好きではありません」

「それであなたは満足ですか。誰にも愛されず、誰にも心を開かないで。それで満足なんですか」

「僕はあなたと戦う。出来ないかもしれなくても、僕自身の望みのために、全力で」

彼女と対することで己の力の無さを痛感させられ、迷い、悩み、苦しみ、それでも前を向いて一身に彼女に向ける彼の瞳が、好きだった。
優越に浸るためのいたわりも、寂しさを紛らすためのぬくもりも、彼らには必要なかった。
いつだって彼らの間には、炎のように熱く渦巻く感情が満たされていたのだから。
「私、あなたに会うために時を越えてここに来たんです」
「時を、越えて…?」
彼の眉が寄る。混乱しているようだ。
「…あなたの、話が…本当だったとして。僕に、どんな御用があるというんですか…?」
慎重に言葉を選んで問う。リリィはくすっと笑った。
「見つからないから帰っちゃおうかと思ったんですけど…でも、どうしてもあなたに会いたくて。
出会わないまま、あなたが私を知らないままでいるのが嫌でしたから。
ここで出会って…何かひとつでもいい。私のことを覚えていて欲しかったんです」
「覚えて…?」
「あなたの、心が欲しかったの」
無邪気な微笑を見せて、リリィは夢見るように視線を泳がせた。
「意志が強くて、無邪気で…無鉄砲で、負けず嫌いで。いつも刺すように私を睨む瞳も、嫌いじゃないですけど。一人の男性として、ミケさんが私を愛してくれたら…それもいいかもって、思って」
「……っえ……?」
唐突な話にますます混乱し、かすかに頬を染めるミケ。
「でも、さっき優しく私を気遣ってくれたミケさんを見て………」
リリィは、そこで唐突に視線をミケに戻した。
「つまんないな、って」
「つ、つまんない?」
驚きの声を上げるミケに、リリィはくすっと鼻を鳴らした。
「はい。たとえミケさんから愛してるって優しく囁かれても、私、きっと嬉しくないわ」
(…そうだった。どうして、わからなかったのかしら)
す、と指を差し出して、空に文字を描く。
「麗・火」
描かれた魔術文字から、燃えさかる炎。
「……っ、魔術……?!」
ミケは驚いた様子で、印を切った。
「風よ、か弱き者を守れ!」
高速で彼に向かって飛んだ炎は、彼の眼前で風に吹き散らされた。
はぁっ…!
大きく息を吐いて、ミケは問う。
「あなた…魔術を…?」
「はい」
リリィはにっこりと笑った。
「私たちの間には、いつも戦いがありました。
あなたと本当に出会えるのは、戦いの中。そこしかない」
あたりはいつの間にか、すっかり闇に包まれている。
闇の中、リリィの白いワンピースが、ふわりと舞った。
「本当に、どうしてわからなかったのかしら。
ミケさんの心なんて、私はとっくに手に入れていたのに!」
「僕の…心?」
ミケはまだ混乱した様子で、それでも防御の体勢をとっている。
リリィは嬉しそうに微笑んだ。
「はい。だから、今この時も、戦うことでミケさんの心を頂きます」
訳がわからないという表情をしながら、それでも微妙に侮られていることを察したのか。
ミケは少し眉を寄せて、言った。
「…時を越えて来た、ということは…僕は、未来にあなたと戦っている、ということなんですね?」
「そういうことになりますね?」
「あなたは僕のことを知っているのに、僕はあなたのことを知りません。せめて戦う相手の名前くらいは、知っておきたいものですが」
「ああ…そうですよね」
リリィは再び、楽しそうに微笑んだ。
彼はいくつもの名前を知っている。初めて出会ったときの彼女の偽りの名。海の王国の皇女であった頃の彼女の本当の名。魔女としての異名。
だが、やはり彼にはこの名を名乗るのがいいだろう。
そして、彼女も主が呼んでくれるこの名が一番気に入っている。
「いずれ、またあなたがこの名を呼ぶ時が来るまで。
この夜から、覚えていてください。
あなたはこう呼んでいました」
す、と手を上げて。リリィはゆっくりと言った。
「私は…リリィ、です」
そしてそのまま、指先で魔術文字を描く。
「招・雷・轟」
瞬く間に、あたりに雷鳴が鳴り響いた。

はぁ、はぁ……
草に覆われた草原はところどころ無残にめくれ上がり、ミケが最初にたたずんでいた木も半分ほどこげてなくなっている。のどかな田園風景は一転して殺風景な戦場に変わり、二人の荒い息遣いだけがこだましていた。
もっとも、満身創痍なのはミケだけで、リリィの白いワンピースには血のしみひとつ無く、汗がわずかに浮かぶのみだったが。
だが、ミケは傷だらけになりながらも、まだリリィに向けた厳しい視線を逸らそうとはしなかった。
「それで…終わりですか?まだまだ、こんなものではないでしょう…?」
「ふふ、よくご存知ですね…雹・刻・斬」
魔術文字と共に、氷の刃がミケに降り注ぐ。それを風の術で弾き返し、ミケは息を吐いた。
「…不思議、ですね……」
「…何がですか?」
口の端ににじむ血を、ぐい、とぬぐって。
ミケはふ、と笑った。
「どうして…あなたのことを、美しいと思ってしまうんでしょうね」
「まあ」
くす、とリリィも笑う。
「ミケさんの口から、そんな言葉が出るなんて」
「未来の僕は、よほどあなたを目の仇にしているんですね…僕は美しいものは素直にそう言いますよ。あなたと、戦っているのに…あなたのその、優しげに見えてその実僕を射るような目が…美しい、と思うんです」
息を整えながら言うミケに、リリィはにこりと微笑んだ。
「もし、ミケさんが私のことを美しいと思って下さっているなら…それは、私がミケさんを望んでいるからかもしれませんね」
「望む?」
ミケはきょとんとして、それから再び笑った。
「願いや願望……あなたのそれは、そんな生易しいものではないでしょう?
そう……それは、『欲望』です」
そう言うミケも、優しげな瞳の中にどこか挑戦的な光をたたえていて。
「そこに立っていたときに僕に見せていた、清らかで優しい女性の衣を脱ぎ捨てたあなたは…
獣のように、純粋で、貪欲で……でも、美しい」
ミケの魔術が唸り、リリィがそれを無効化する。
ばちん、と、あらざる力が衝突する音が辺りに響く。
(純粋で美しいのは…ミケさんのほうですよ?)
笑みを浮かべ、リリィは心の中でつぶやいた。
(ミケさんは今…本気で私と戦っている。私を見てる。ミケさんの魔力の波動が見える。私の魔力を散らすのが見える。こんなに近くに…あなたを感じたことはないかもしれない)
「麗・火!」
「風よ、悪しき者を切り裂け!」
(重なる…!)
ごうっ!
二人の魔力が正面からぶつかり、炎の竜巻が舞い上がる。
一瞬空を茜色に染め上げ、炎が散ったあとに…ミケは、息をついた。
「…あなたは、僕が欲しいんですか…?……その炎で、燃やし尽くすほどに…」
はぁ、と息をついて。
リリィは、満面の笑みを浮かべた。
「欲しいです」
悪意のひとかけらも見えない…綺麗で、残酷な微笑。
「ミケさんの全部が欲しいです。
血も肉も…骨も…魂も……心も。あなたのすべてを、諦めません。
ミケさんのすべてを、私のものにしてあげます」
ミケは苦笑した。
「大した自信、ですね。
でも…まだ、本気は隠しているんでしょう?」
す、と上げられた手に、魔力の光が込められる。
「あなたはとても楽しそうな表情をしている…おそらく、僕もそうなのでしょう。
けど、あなたのような方がこれで終わりなんて、考えられません。
あなたにとっては、楽しいデートになるんでしょうけど…ねっ!」
ミケの指先からまきおこった風が、吹き散らされる。
「でも、それだけです。傷はやがて癒える。記憶も薄れていく。僕はあなたの、ただ一夜のデートの相手に過ぎません。あなたが、それで終わるはずがない…
あなたの魔力が僕を貫くのは、いつですか。
いつまでも、こんな…猫が獲物をもてあそぶようなことをしていないで…さっさと、止めを刺したらどうです。…あなたを…僕に、刻み付けてみせなさい」
まっすぐな瞳。
決して、慈しみや優しさなど含まない…冷たく、鋭く、射るような瞳。
リリィは、身震いをするのを感じた。
「不思議ですね…」
感慨深げに、瞳を閉じる。
「私は、ミケさんの心が欲しくて、こんなところまで来たのに…
望んだものは得られないのに、こんなに満たされているなんて」
一歩、また一歩と、満身創痍のミケに近づいていく。
「ミケさんが、あっちでは絶対言ってくれないようなことを言って下さったから…特別サービス、ですよ?」
そして、悪戯を仕掛ける少女のように、唇の前に一本指を立てて見せた。
「今、この時間があれば…チャカ様との思い出も繋がりも、全部要らない。
今、本当にそう思ったんです」
「……?……」
聞き覚えのない名前に、眉を寄せるミケ。
その名が、彼女の命よりも大切な主人であることを知っていたら、きっと、ひどく驚いただろうに。
怪訝そうなミケの額に、す、と指を当てて。
「封・身」
「?!…か、らだが…」
魔術で身動きの取れなくなったミケに、再びにこりと微笑みかける。
「一夜で終わり?そうですね、ミケさんの仰るとおり、私はそんなもので満足はしません」
ミケはかろうじて動かせる顔の筋肉だけで、苦い笑みを浮かべて見せた。
「今更ながら…手段を選ばない方、ですね。貪欲な……」
「はい」
「手段はどうでも、目的が道を外れていても……」
ふ、とその笑みが和らぐ。
「想いそのものは…とてもまっすぐで、純粋…ですね。
その想いに身を任せて、あなたは、ここではない時空から僕を求めてきた……」
どこか諦めたような。
それでいて、どこかすっきりしたような微笑。
「…ミケさん?」
不思議そうに首を傾げると、彼は片眉をひそめて言った。
「…どうしたんですか?僕を…手に入れたいんでしょう?」
リリィの瞳が、少しだけ驚きに見開かれる。
「…ミケさん…」
そっと。
手を伸ばして、彼の頬に触れる。
「あなたは僕を知っていても、僕はあなたを知らない。
それでも…何も知らない僕を、あなたは求めたというんですか?」
不思議そうに問うミケに、リリィはくすりと笑った。
「ミケさん、いつもつれないんですもん。
そういうのも悪くないけど、乙女としては甘い言葉も囁かれたいなーなんて思ってみたんです」
「なんですか、それは……」
あきれたような半眼。
「でも、わかりました。私を知っていても知らなくても…ミケさんがミケさんであることには変わりはない。そして、そんな変わらないミケさんを…私は、求めてたんだなって」
「え……っ」
何かを問い返そうとした唇が、柔らかくふさがれる。
深い口付けの後に、リリィはまた、にこりと微笑んだ。
「…僕が、欲しいですか?」
「欲しいです」
ミケの問いかけに、即答する。
「あなたのすべてが、欲しいです」
ミケは再び苦笑した。
「これは…嫉妬、なのかな」
「え?」
「未来の僕は、そんなにあなたを虜にしているんですね。それが、少し羨ましい気が、するんです」
「ふふ、未来のミケさんは、絶対そんな風には思ってないと思いますけど」
「そうなんですか?」
「はい。だから、それが悔しくて私はこんなところまで来たんですから」
「ますますわかりません……」
「あはは、わからなくていいです。ついでに……ここでのことも、消させてもらいますね」
「え?」
とん。
怪訝な表情をするミケの額に、もう一度指を当てる。
「ミケさんが、初めて私に会った時の新鮮な驚きを、大切にしておきたいですから」
「ちょっ…そ、それでいいんですか…?!」
狼狽するミケに、微笑みかけて。
「ミケさんに私を刻み付けるつもり、でしたけど。
でも、もういいんです」
その指が、ゆっくりと魔術文字を描く。
「傷は癒える。記憶も、やがて薄れていく。
でも、そんなものでは決して消えないほど、強く…」
そして、リリィ自身の体も、淡い光に包まれた。

「もう、ミケさんには私が刻み込まれているんですから」

「お荷物は、こちらに。お着替えは一応こちらに用意してございますが…」
「ああ、大丈夫です。ありがとうございます」
「お食事はストゥルーの半刻になります。お迎えに上がりますね」
「そんなことまでして下さらなくても…僕達は、ゴールドバーグさんの雇われ冒険者なのですし」
恐縮して言うミケに、長い髪のメイドはにこりと微笑んだ。
「どなたであろうと、私達にとっては大切なお客様です」
その笑顔に、ミケがきょとんとした表情をする。
「…どうかなさいましたか?」
「…え、あ……いえ。なんだか…あなたに、どこかで会ったことがあるような気がして」
「あは、ナンパですか~?やだてれちゃう」
「ち、違います!」
あわてて手を振るミケを嬉しそうに見やって。
そのメイドは、ゆっくりと礼をした。

「私、ユリ、っていいます。よろしくお願いしますね、ミケ様」

“The carved seal”2005.1.20.KIRIKA

と、いうことで、大変遅くなってしまいましたが、「遥かなる時空の中で3」知盛と神子のリリミケアレンジ~リリ神子編~をお届けいたします…(笑)
何のことだかよくわからない方はGIFTの相川さんの作品をご覧になってください(笑) → こちら
とりあえず、何から何まで難産でした…!申し訳ない(笑)シチュエーションから、ミケさんの反応から、リリィの発言まで(笑)何度投げそうになったことか(笑)
ミケさんが何度やっても死ぬわけでもなければ、リリィは時を遡るほどミケさんに飢えているというわけでもない(笑)いつもミケさんを手の上で転がして遊んでる(すいません…(笑))わけですから。ということでかなり無理やり「ミケさんの心を手に入れるために時空跳躍!」と結び付けてみました。
全ては…全ては、「ミケさんの全てが欲しいですv」のセリフを言わせるために!(笑)
そんな感じで書き進めていって、結論としては「ま、心が欲しいとか思ってみちゃいましたけど、考えてみればミケさんの心はとっくに私のものでしたよねv」という、まあ、リリィらしい感じに落ち着きました(笑)でも「チャカ様の思い出も繋がりも全部要らない」と思ったのは、結構本気っぽいですよ?(笑)ま、あの一瞬だけでしょうけど(笑)

ということで、相川さんに捧げます…(笑)もらってやってください(笑)