「……あら」

珍しいこともあるものだわ。
買い物から帰ってきて部屋に入ると、魔道書を読むと言って残ったエリーがうたた寝していた。
開かれたままの魔道書の上に手を重ねて、気持ちよさそうに眠っている。
あたしは極力物音を立てないようにして荷物を置くと、彼が眠る机の横に椅子を寄せて、そこに座った。
めったに見られない光景だから、せっかくだしじっくり見せてもらおうと思って。
(……まあ、こんな陽気だし。うたた寝するのもわかるわね)
机のすぐそばにある窓からは、やわらかな春の日差しが惜しみなく部屋に降り注いでいる。
外もぽかぽかしてて、出掛けるのにも絶好の日和だった。現に、ロッテもどっか行ったまま帰ってこないし。
机の上に頬杖をついて、眠っているエリーの表情をしげしげと眺めてみる。
…すごい、まだ気付かないわ。完璧に眠ってるわね。
と、思うくらい、実はエリーの寝顔を見た事があまり無いことに気付く。
それも、彼の気質を思えば、何となく納得してしまった。

心を許さない人には、仮面をつけて接する彼。
当たり障りのない、優しげな仮面をつけて。さりげなく距離を取って、全体を観察して、一番「自分に求められている行動」を取ろうとする。
それは、「いい子」である彼をしか見ていなかった環境の中で、彼なりの生きる手段だったのだと思う。
とても器用で、でもとても不器用な人。
…誰にも寝顔を見せられない、常に起きて警戒していなければならないくらいには。

「………」
あたしは少し苦笑して、眠る彼の表情をもっとよく見た。
インドア派、魔道士らしく真っ白い肌。
伏せられたまつげは意外に長い。サラサラと流れる金髪と同じ色。
いつもはからかうような、妙に挑戦的な光を宿す青い瞳は、今はまぶたに隠されて見えない。
夢の中で、この瞳は何か別のものを見てるんだろうか。

(……あ)
笑った。
目を閉じたまま。うっすらと唇に笑みが浮かぶ。
いつもの、あたしをからかうような笑みとは違う。
優しげで……でも、仮面の表情とも違う…柔らかな、満ち足りた微笑み。
「………」
めったにお目にかかれない顔に、喉の下のあたりがきゅっと苦しくなるのがわかった。
ドキドキするような……でも、ちょっとモヤモヤするような、変な感じ。

頬にかかる髪の毛を、そっと掬い取ってみる。
ねえ。

夢の中のあなたは、一体誰に微笑みかけているの?

胸の中に浮かんだ問いに、我ながら赤面した。
夢に嫉妬とか。
あたしってこんなに独占欲強かったかしら。

と。
「……ん……」
さすがに気付くだろう。エリーは小さく呻いて、薄く目を開けた。
「……何だ……寝てた…?」
うたた寝をしていたという事が、彼自身にも信じられない事実だったんだろう。
不思議そうに目を擦りながら、身体を起こす。
「今日は暖かいから。うたた寝するのも無理ないわ」
赤面してたのを気取られないように、笑ってそう言ってみる。
彼は不機嫌そうに眉を顰めた。
「帰ってきたなら起こせよ」
「ええ?いいじゃない、気持ちよさそうに寝てたんだし」
「まったく…」
ふわ、と小さくあくびをして、エリーは魔道書を閉じた。
誰かに寝顔を見られていた、というのは、彼にとって存外恥ずかしいことだったのかもしれない。
誤魔化すように席を立つ彼に、あたしは悪戯心で訊いてみた。
「ずいぶん幸せそうな顔してたけど。何の夢を見てたの?」
「は?」
顔だけこちらに振り返る。
きっと、あたしはいつものエリーのような表情をしてたんだと思う。
彼は意外そうにあたしを見て…でも、すぐにいつもの顔で、にやりと笑って見せた。

「…お前の夢を見てたよ」
「……っ」

速攻でやり返されて、言葉に詰まる。
さっきとは違う感覚で、首から頬までがかっと熱くなるのがわかった。
そんなあたしを見て、満足そうににこりと微笑むエリー。
「……とでも、言って欲しかったか?」
「…………もう!」
あたしは悔しげにそれだけ言って、ふいと顔を背けた。

でも、そうね。
夢の中のあなたに、そんな風に笑いかけてもらえたのなら。
夢の中のあたしが、少し羨ましいわ。

そんなことを言ったら、あなたはどんな顔をするかしら。

そんなこと、とっても言えないんだけれどね。

“You in your dream”2008.11.30.Nagi Kirikawa

投稿掲示板作品です。
お題は「夢」。眠ってる間に見るものと、将来を描くものと、どちらにしようか迷いましたが、「寝顔」というシチュが大好物なのでこちらをチョイス(笑)エリーにうっかりうたた寝をしてもらいました。
寝顔見られるの、すごく嫌そうです(笑)自分の思う通りのイメージを相手に対して繕っていたい人ですからね(笑)でもリーが入ってきても目覚めないのは、それだけ心を許してるから、とか、そういう部分も萌えポイント(笑)