「……おや」

珍しいこともあるものですね。
貴女が、このような宵の口からお休みになっていらっしゃるとは。

ようやく身体が空いて、こちらへとやってきてみれば。
愛しい私の姫君は、ベッドの上で気持ちよさそうに眠っていました。
こちらの概念では、ストゥルーの刻と言うのでしたか。
まだとても、眠るような時刻ではありません。
年端の行かぬ子供でさえ。ましてや、私の姫君のような方ならばなおさら。

ああ、ですが。
よく見れば、貴女は外で見かける旅装束のままですね。
グローブもブーツもつけたまま。辛うじて弓矢だけは脇に置いているようですが、マントさえ外さずに。
今日の外出は殊の外お疲れだったのでしょうか。疲労感に少しだけ横になろうとベッドに倒れこみ、そのまま眠ってしまいましたという風で。
仕方の無い方です。

私はとりあえず姫君の側に腰掛けて、寝顔をしみじみと拝見することにしました。
…ええ、着けたままのマントやグローブを外して差し上げるような殊勝なことをする義理は、私にはありませんし。
姫君の寝顔はいつも飽きるほど見せていただいてはいるのですが、事の前というのは意外に新鮮かもしれません。
くるくると表情を変え、無邪気かと思えば妖艶な光を宿す瞳は、今は瞼に覆い隠されていて。
伏せたまつげは意外に長く、紅い前髪と絶妙に調和しています。
夢の中で何かを食べているのでしょうか。もぐもぐと口を動かして、幸せそうに微笑んでいますね。
さて、どのタイミングでその夢を壊して差し上げたらよいものか。
と、私が益体も無いことで頭を悩ませていると。

「……んぅ……キルぅ……」

おやおや。これは。
貴女の夢の中には、どうやら私が登場しているようですね。
その幸せそうな微笑みは、夢の中の私に向けられているのですか。

私はくすりと鼻を鳴らして、姫君に顔を近づけます。
そうしても全く気付かず、幸せそうな微笑みを浮かべる貴女。

ああ。
夢の中の貴女に、そうして微笑みかけられる夢の中の私を。
一体、どうしたらこの手でくびり殺す事が出来るのでしょうね。

「……姫君?」

唇が触れるほどに、近づいて。
目覚めの口付けのひとつでもすれば、夢の中の私から、貴女を奪い返す事ができるでしょうか。

でも、この幸せそうな寝顔を堪能していたくもあって。

私はいつまでも、この眠り姫を起こす事が出来ずにいるのです。
…不思議なもの、ですね。

“You in your dream”2008.11.30.Nagi Kirikawa

投稿掲示板作品です。
お題は「夢」。リーのを先に書いて、対になる形でこちらを書きました。キルに眠らせてもよかったんですが、この人なんか寝ないイメージがあって…(笑)案の定、出てきた感想はリーと正反対のもので、そういう意味でも対比できる作品になって満足です(笑)
キルの一人称って、難しいんですけどね…もって回った言い方をするので。