「なんだ、こんなところにいたのか」

宿屋の中を探し回り、ようやく探り当てた彼女の居場所は、少し奥まったところにある部屋だった。
「ああ、探してた?ごめんなさい」
彼女…リーは微笑んでそう返すと、持っていた本を目の前の本棚に戻す。
「何だ……書斎…いや、書庫か?」
奥まったところにしつらえられた狭い部屋に、ぎっしりと敷き詰められた本を見回しながら、エリーは物珍しそうに足を踏み入れる。
「ええ。ここのご主人が趣味で集めている本を保管しているんですって。図書館にできるほどの量ではないけど、本が好きなら好きに読んで良いって言うから」
「本、好きなのか」
何となく彼女のイメージとは遠い気がして、エリーは意外そうにリーを見た。
リーは嬉しそうに頷く。
「ええ、好きよ。小説も、評論も…エッセイも。書いた人の世界が見える。
その人が何を考えて、何を大事にして、何を正義として、何を悪としているのか。
本ほど雄弁に物語ってくれるものはないわ」
「…そんなものかね」
本に対して彼女ほどの見解は持っていないので、納得したようなしないような返事を返す。
と、彼女はすい、と本棚にも目を向けた。
「本も好きだけど……本棚を見るのも、好きよ」
「本棚?」
また意外な言葉が紡ぎだされて、エリーは僅かに眉根を寄せた。
「ええ。本棚も、本と同じ…持ち主が、何が好きで、どんな心の持ち主なのか…本のジャンルはもちろん、例えば、本はきちんと揃えられているか、乱雑に置かれているか、ジャンルごと、作家ごとに分けて整理されてるか、それとも読み終わった端からバラバラに入れているのか…本棚を見れば、その人となりがわかるわ。その人と、本棚を通じて会話をしている気分になる」
「………」
本棚を見上げる彼女の表情は、どこか陶酔しているような、夢見るようなもので。
エリーは何も言えずに、彼女の言葉を聞いていた。
「…あたし、パパのこと、何にも覚えてないの」
不意に視線を彼に移し、彼女は言った。
唐突な言葉に、また何も言えずにいると、彼女は再び本棚に視線を向ける。
「あたしが物心つく頃には、パパは老衰で亡くなっていたから。パパと話したこともないし、顔もママの記憶でしかわからない。
けど、パパがひとつだけ、あたしに残してくれたものがあったの。
それが、本棚」
彼女の目の前にある本棚は、彼女の父親のものではない。が、まるで目の前にその本棚があるかのように、彼女はいとおしげにその本棚を撫でた。
「パパは生物学者だったけど、生物学だけでなくて本当に色んな本を持ってた。それこそ、小説やエッセイまでね。あたしはパパの本棚で、パパがどんな人であるかを知った…本棚で、パパと会話しているような気分になったのよ」
にこり。
再び、彼にきれいな微笑みを見せて。
「だから、かな。あたしが、本を好きなのは」
「…なるほど、ね……」
厳しく冷たくはあったけれども、父と母が欠けることなく存在した自分には、彼女の気持ちは判りえない。それがひどくもどかしくはあったが、安易に同情するのは彼女が乗り越えてきた時を軽く見るようで憚られた。
短く、それだけしか告げられない自分がもどかしい。エリーは俯いて、喉を詰まらせた。
と。
「あなたの本棚も、見てみたかったな」
言われて顔を上げれば、先ほどと変わらないきれいな彼女の微笑みがそこにある。
また唐突な言葉に、彼は苦笑した。
「大して面白いものはないよ」
彼の本棚は、彼女が行くには少し厄介な世界にある。おそらく、見ることは叶わないだろう。
「当ててみましょうか」
すると、彼女は悪戯っぽく上目遣いで彼を見上げた。
「学校に通い始めた当初からの教科書、参考書。それからそうね…魔道書、兵法書。ああ、ジョン先生の著書」
すらすらと並べていく本の種類は、確かに彼の本棚に並んでいるもので、彼は少し驚いた。
そして、その後に発せられた言葉に、さらに目を丸くすることになる。
「…で、その本を全部除けると…奥に、本当にあなたが好きな本が並んでる」
「!………」
絶句する彼に、彼女は嬉しそうに笑った。
「ね。本棚って、人を表すものでしょ」
「………確かに、な」
彼は苦笑するしかなかった。降参だ。
彼女はまた、嬉しそうに微笑んだ。
「いつか、見てみたいな。あなたの、本当に好きな本棚」
彼女は言って、また本棚を見上げた。
つられて、彼も見上げる。
「ああ……いつか、見せてやるよ。何かで隠す事がない、本当の俺の本棚を」
いつか……そう、この世界で、彼が本棚を持つ事があれば。
それは、隠すことなく彼女に見せようと、そう思った。

「ちなみに、お前の本棚はどんなのなんだ?」
「あたし?そうねえ、何でも読むけど……あ、推理小説とか結構好きよ。パパの本棚にもたくさんあったの」
「………納得だ」

Bookshelf 2008.6.11.Nagi Kirikawa

投稿掲示板作品です。
リーが本が好き、という設定は前から書いてある通りです。
何で好きか、っていう話と、リーがティフから受け継いだ洞察力の話。
エリリーの話と見せかけて自分的父娘話です(笑)