正直、ピンとこないところはある。
あまりにも長い間、自分ばかりが思いを寄せていると思っていたから。

どういうことかわからないのだ。

自分が求められる、ということが。

「うん、これでOKです。後はお任せします、何かあったらまた聞いてください」
段取りの最終チェックを終え、街の補修にかかっている技師を送り出すと、リンはふうと息をついた。
シルヴェリアの復興も順調に進んでいる。入れ物さえ出来れば、人が帰ってくるのは時間の問題だろう。移住先の開拓として他の街に宣伝してみても良いかもしれない。やることは山積みで、しかし目に見えて復興していくことが嬉しくもある。
リンが満足げに街を見渡していると、向こうから歩いてくる人影に気づいた。
綺麗な長い黒髪が乾いた風に揺れている。初めて会った時に身につけていた漆黒の鎧はさすがに今はなく、シンプルだが質の良い服を着ている。それでも、その美貌は色あせずに遠目でも見て取れた。
「ヴィル」
名前を呼ぶと、ヴィルは相変わらずの無表情でリンの所に歩いてきた。
いい加減その仏頂面にも慣れてきたリンは、笑顔でヴィルに言う。
「お疲れ。そっちはどう?」
「問題ない」
「そ。それならよかった。意外に早いペースで進められて一安心だわ」
ヴィルのコメントはない。この極端な無口さにももう慣れた。ヒルダ姫いわく、『ヴィルは寂しすぎて言葉を落としてしまった』のだそうで、たくさん言葉を交わしていくうちに言葉を取り戻すだろう、とのことだった。実際、こうして返事はしてくれるようになったのだし、と思う。ハードルが低すぎるのが我ながら微妙な気持ちになるが、魔族に育てられた彼が人間との意思の疎通を図れないのはむしろ当たり前のことなのだろうとも思う。国王としての礼節や言葉遣いも教えていかなければならないのだが、まあその辺りはのんびりやっていこう。
と、一人あれこれと考えていると。
「……あの男が帰ってきたぞ」
ぼそり、とヴィルが言う。
彼が「あの男」と呼ぶのは一人しかいない、彼女と共にシルヴェリアの復興に協力している、彼女の想い人、テッドのことだ。
リンはわずかに眉を上げた。
「へえ。意外と早かったのね」
彼は魔道技術の売買交渉のためにここから歩いて1週間ほどの都市に出ていたのだ。予定していた日程よりかなり早い。
リンは少し安心した様子で、携帯していた茶を飲んだ。
と。
「…あの男とは、どうなっている?」
ぶっ。
唐突なヴィルの言葉に、思わず飲んでいたものを吹き出す。
けほ。けほけほ。
「……何をしている」
「それっ……こっちのセリフだっての…!」
けほ。
ようやく咳が落ち着いたところで、リンは半眼をヴィルに向けた。
「な、なんなのよ、いきなり」
質問が唐突なのもあったが、何よりヴィルがそんな質問をすることが予想外だ。
が、ヴィルは変わらぬ無表情で淡々と言った。
「あの男の目的が判らん」
「は?」
リンはそう言うヴィルの意図が判らずに眉を寄せる。
「…シルヴェリアの復興は即ち、私と彼女を結びつける手段。
貴様ならともかく、何故あの男が手を貸す?」
「……ああ」
そこまで聞いて、ようやくリンは理解して頷いた。
「えーと……なんつうか」
言葉を探して視線を彷徨わせて。
それから、ひとつため息をついた。
「…あんたの言う通りだった、ってことよ」
「……どういうことだ」
「…言わせんの、それを」
半眼で言って、少し頬を染めて。
「……あたしといる方が、幸せなんだって」

そう。
2人のことについてヴィルと話したのは、考えてみればシルヴェリアに赴く前のことだった。
その頃はリンも、「テッドは姫に恋している」「そのために自分が身を引くべき」と考えていたし、それがテッドの幸せなのだから邪魔をしたくないとヴィルに宣言していた。
ヴィルの情報はそこから更新されていないのだから、話が通じないのも道理だ。
だが考えてみれば、彼が引っ掻き回したおかげでテッドの気持ちを知ることが出来たのだし、簡単に報告くらいはしておくべきだったのかと思う。
ヴィルが知りたがるとは意外だったのだが。

だが、ヴィルはさらに意外にも、頷いてこう言った。
「それは何よりだ」
目を丸くするリン。
「意外。あんたがそんなこと言うなんて」
「私が奴の想い人を奪った形になったのなら、いつ寝首をかかれるか判ったものではないからな」
「んなことするかっつの、あんたじゃないんだから」
理由に納得したところで、嘆息する。
「っていうことで、何の遺恨も無く協力してるわよ。恋愛感情はないけど、姫様やアウラの力になりたいとは思ってるだろうし。
基本、お人よしなのよね、あいつ」
「貴様もだろう」
「あたしは国を再興させるっていうプロジェクトを楽しんでるだけよ。
あとはしいて言うなら、あんたのためかな?」
「……私の、だと?」
今度はヴィルのほうが僅かに驚きの表情を見せる。
リンは頷いた。
「思いっきり不本意な形だけど、でも確かにあんたの言う通りだったし、あんたのおかげで上手く行ったのも確かだから。
だから、こんどはあたしが、あんたの想いが叶うように協力する番だと思って」
「……やはり、お人よしだ」
目を閉じて、呆れたように言うヴィル。
リンはははっと笑って、さっき飲み損ねた茶にもう一度口をつける。
「……それで」
そこに、ヴィルがさらに追い討ちをかけた。

「奴とは、もう寝たのか」

ぶほ。
先ほどよりも盛大に茶を吹くリン。
げほ。げほげほ。
口を押さえて激しく咳き込んで。
「…は、鼻に入った……」
「汚いぞ」
「あんたねえ!!」
ヴィルの言い草にキレぎみで言い返す。
「なんなのよさっきから!お茶もったいないでしょ!」
動揺のせいで文句のつけどころがおかしい。
ヴィルはあくまで冷静に言い返した。
「それは悪いことをした。それで、どうなのだ」
謝る気の全く無い棒読みで言ってから、さらに押してくる。
リンは顔を真っ赤にして言い返した。
「なっ、なんであんたにそんなこと言わなきゃいけないのよ」
「………」
ヴィルは無言のまましばし何かを考え、やがておもむろに口を開く。
「シルヴェリアの復興に時間を取られ、あまり暇がないのではないかと思ってな」
ぐ。
的確なヴィルの言葉に口を紡ぐリン。
「図星か」
「お、大きなお世話ですっ」
「哀れだな……」
「あんたに哀れまれる筋合いないわよ」
「貴様の事ではない」
ぎゅ、とヴィルの眉が寄った。
「あの男の事だ」
「…テッドの?」
「貴様の言うことが本当ならば、奴は姫ではなく、貴様のことをずっと想っていたということだろう」
「…そ、そうみたいだけど」
未だに、彼に想われているという事実を突きつけられると戸惑ってしまうリン。
ヴィルは続けた。
「どのくらいの付き合いになる」
「…生まれてからずっとよ。幼馴染だもの」
リンが答えると、ヴィルは眉を寄せたまま目を閉じてため息をつく。
「な、なによ」
「…いや、そんなに我慢を続けてきた奴の心中を察するとな」
「ガマンって……」
リンは眉を顰めて言い返した。
「確かに付き合いは長いけど、そういう意味での付き合いはそんなにないし……
テッドがそんな風に考えているようには見えないけど。
たまに2人でいても、そんな雰囲気にならないし」
「貴様は」
ヴィルはもう一度、眉を寄せてリンを睨んだ。
「阿呆か」
リンは軽く絶句してから、同じように眉を寄せて言い返す。
「あ…アホとはなによ」
「貴様が阿呆でないのなら、あの男が神がかりに演技に長けているということか」
「え?」
首をかしげるリンに、ヴィルはゆっくりと言った。
「…幼い頃から想いを寄せていた女を、欲しいと思わない男などいるものか」
「………」
複雑そうに口を噤むリン。
「何だ」
「言いたいことは判るけど、いまいち…ピンとこないっていうか」
肩を竦めて、続ける。
「さっきも言ったけど、そういう雰囲気にならないのよ。隣にいるのが当たり前っていうか。
だから、あんたにそう言われてもピンと来ない。たまに、好かれてるなって思う時は…あるけど」
ふとした仕草や言葉を思い返して、僅かに頬を染めて。
「でも、即そういう欲求があるかって言われると……そこまでじゃないんじゃない…かな」
ふううぅぅ。
ヴィルは今度はわざとらしく長いため息をついた。
「……あんたってそういうことも出来る人間だったのね…」
半眼で言うリンには構わず、低く言う。
「2人でいる僅かな時間も仕事の話しかしない上に、貴様がそのような認識でいるから、あの男も手を出せぬのだろう。
あの男は貴様の言うように、お人よしだからな。相手の気の進まぬことを強引に押し進めるようなことはすまい」
「う……」
またも的確なヴィルの言葉に、口を噤むリン。
ヴィルは切れ長の瞳をさらに細めて、淡々と言った。
「想いが通じているにもかかわらず手の出せぬ状況は、男にとっては貴様が思うよりずっと残酷だ。
その状況でよく平気で何日も他にやれる。せいぜい取られぬよう気をつけることだな」
「他の街で女作るってこと?」
さすがにむっとして言い返す。
「それはさすがにないわ。そういうことが出来るやつじゃないわよ、あいつは」
「絶対などこの世に存在はしない」
だが、ヴィルはいたって冷静に返した。
「確かに貴様に黙ったまま他で浮気ということはなかろう。
だが、帰ってきて思いつめた顔で『他に好きな娘が出来た』と告げられぬという保証はあるか?」
「っ……」
思ってもみなかった、という様子で表情を硬くするリン。
「別に、貴様らがどうなろうと私の知ったことではないが」
微妙にツンデレっぽいことを言いつつ、ヴィルはまた嘆息した。
「本当に、あの男が貴様を欲しているのか、そうでないのか。
貴様の目で、よく確認することだ」
「………」
不満そうな表情で口を噤むリン。
「何だ」
「…そんなこと言われても」
拗ねたように口を尖らせて。
「わかんないわよ。そう…いう風に、求められてるかなんて」
そもそも、幼い頃から自分の一方通行だと信じて疑っておらず、好意を向けられていることすら気づけなかったのだ。
そのリンに、気づけと言う方が無理というものだ、と半ば自棄気味に思う。
「だいたい、あいつだってわかりにくいわよ。…そういうこと、全然言わないし。色気のある話題になんてなんないもの」
不貞腐れて言うリンを、ヴィルはしばしじっと見つめ…それから、ぼそりと言った。
「…贈り物でもあれば、多少は違うのか」
「贈り物?」
リンはきょとんとして、それから苦笑する。
「あー、ないわ。あいつにそういう気のきいたこと出来ないわよ。
小さい頃から、その手のものなんてもらったことないわ。ま、あたしも興味ないから良いんだけどね」
幼い頃から、彼女の扱いは「近所の男友達」と同等だった。まあだからこそ、彼女は「自分に気がない」と判断したのだが。
リンは肩を竦めて、続けた。
「そうね、色気のあるプレゼントのひとつでもあれば、さすがのあたしもわかるかもしれないわ。
まーないと思うけど」
「……そうとも限らない」
ヴィルは相変わらずの無表情だ。
「貴様が年を取るように、あの男もまた子供のままではない。関係は変わるものだ、現に変わっているだろう」
「まあ、そりゃあそうだけど……じゃあ、期待しないで待ってましょ」
リンは冗談めかして言って、ようやく飲み終えた水筒をしまった。
「んじゃ、あたしもぼちぼち戻るわ。あんたも無理しないで休みなさいよ」
「……わかった」
ヴィルから返事があったことに安心した様子で、リンはにっと笑って踵を返し、そのまま城へと戻っていく。
ヴィルはそれをしばしじっと見送っていたが、やがてリンの姿が見えなくなると、嘆息してぼそりと言った。

「………これでいいのか、姉上」

ヴィル以外に誰もいないその場に声が響いてしばらくして、ふ、とヴィルの側に人影が現れる。
彼とよく似た面差しの女性、姉のアウラだった。今まで魔術で姿を消していたのだろう。
アウラは苦笑して、ヴィルに言った。
「やはりあなたには見抜かれていましたか」
「…悪趣味だぞ」
「良いではありませんか。わたくしもどうしても気になったものですから」
悪戯っぽく笑う姉に、ヴィルは半眼で嘆息する。
「…何故私がこんなことを。姉上が言えばいい」
「わたくしよりあなたのほうが適任だと思ったからですわ」
「…適任?」
眉を顰めるヴィルに、アウラはにこりと微笑んだ。
「こと色恋に関しては、リンさんはわたくしよりあなたに心を許しているようでしたから」
リンはアウラにテッドとの話をしていない。アウラがテッドから聞いた話が全てだ。そのアウラが、聞いていないはずの話をいきなり振ってくるよりも、事情を知っているヴィルが振ったほうが違和感がないし、本音も聞けるというものだろう。
そのことはヴィルも判っていたのか、反論はせずにまた嘆息する。
「賢しいあの女が、私の回した話題の不自然さに気づかなかったことを幸運に思うことだ」
そう。そもそもヴィルが、リンたちの恋路を気にかけること自体が不自然だ。贈り物に関する話の回し方も不自然極まりない。リンがそのことに気づかなかったのは、ひとえに動揺していたがゆえのものだろう。気づかれたら面倒なことになっていた所だった。
「…まあ、気づかれたなら即座に姉上に唆されたと告げるが」
「まあ、酷い」
アウラはくすくすと笑いながら、それでも満足げにリンの去っていった方向を見やった。
「でもこれで、あとはテッドさんの努力に期待するのみですわ。有難う、ヴィル」
「…あの男が贈り物を持ってくるのは確実なのか」
「ええ、買ってくると仰っていましたから。それがリンさんの心に響くことを祈りますわ」
胸の前で手など組みながら、期待の眼差しで言うアウラ。
ヴィルはしばらく無言でそれを見やっていたが、やがて半眼でぼそりと言った。
「……人の事ばかりにかまけていると、自分が行き遅れるぞ」
「っ……!」
絶句するアウラをよそに、さっさと歩き出すヴィル。
アウラはその背中を恨めしげに見やって、憤然と呟いた。
「……ああいうところばかり人間らしくなって……!」

「よ」
ドアが開いてテッドが顔を覗かせたので、リンは見ていた書類から視線を移した。
「なに、帰ってたの。おかえり」
「ん、さっき帰ってきた。部屋だって聞いたから」
「ごはんは?」
「食べた」
熟年夫婦のようなやり取りをしながら、テッドは部屋の中に入るとベッドに腰掛ける。
リンはすぐに、気になっていたことを訊いた。
「首尾は?」
「ああ、OKもらったよ。とりあえず来週、契約のためにここに来てくれるってさ。また迎えに行くことになった」
「そ、よかった」
安心して、書類をデスクに置き、彼のほうに向き直る。
「悪いわね、いつも飛び回ってもらっちゃって」
「なんだよいきなり、気持ち悪ぃな」
テッドは苦笑して言った。
「気にすんなよ。おれにできるのはこのくらいだし。
おれのほうこそ、こっちのこと全部おまえ任せにしちまって、悪いな」
「はは、適材適所、ってやつね」
軽く笑い飛ばすリン。
と、そこで彼が何かを持っているのに気がついた。
「なに、それ」
大きな彼の手にはえらく不似合いな、手の平サイズほどの小箱。暖色系の包装紙で簡単にラッピングされていて、それも不釣合いな印象を与える。
「ん?ああ」
テッドはそれに目をやって、それからひょいと差し出した。
「土産、みたいなもん」
「みたいなって」
「や、名産品でもないからさ。でもなんか良いなと思って、買ってきた」
「あたしに?」
「他に誰がいんだよ」
まあそれはそうなのだが。
リンはきょとんとしてそれを受け取ると、包装紙を破って中身を取り出した。
(……え)
中身に一瞬、手を止める。安物のビロードで覆われた、どう見てもジュエリーボックス。
自分もあまり興味ないのでよくわからないが、指輪のものよりは多少大きいようだ。
(まさか……)
半信半疑で、リンは箱に手をかけ、ゆっくりと開けた。
さらり。
中から鎖が擦れる音がして、その鎖の先に着いた紅い宝石が揺れるのが見える。
雫型の小さな紅い宝石があしらわれた、シンプルなネックレスだった。
「……っ」
目にしたものが一瞬信じられずに、息を飲む。
それから、ゆっくりとテッドに視線を移して。
「……これ、あたしに?」
思わず間抜けな質問をしてしまい、テッドが半眼になった。
「だから、そう言ってんだろ」
まあそれはそうなのだが。
そのあたりで、ようやく脳の認識が事実に追いついた。

『…贈り物でもあれば、多少は違うのか』
『そうね、色気のあるプレゼントのひとつでもあれば、さすがのあたしもわかるかもしれないわ』

ヴィルとの会話が蘇り、かっと頬が熱くなる。
リンはテッドの顔を見るのが急に気恥ずかしくなって、ネックレスに視線を戻した。
「……っ、あ、りがと…」
どうにか礼を言って誤魔化す。誤魔化せたとは思えないが、今はそんなことを気にしておられぬほどに頭が混乱していた。
(…っ、どーいうタイミングよ……!)
先ほどまでヴィルとそんな話をしていたその日に、今までプレゼントなどしたこともなかったテッドがいきなりこんなものを持ってくるとは。
まあそれは仕組まれたタイミングではあるのだが、リンにそんなことを知る由もない。
想定外のこの事態に、リンが混乱していると。
「つけてやるよ」
テッドが言って立ち上がり、リンの背後に移動した。
慌ててそちらに首を向ける。
「え、い、いいわよ、自分で」
「いいから」
いつになく強気でそう言うと、テッドはリンが手にしていた箱からさらりとネックレスを取った。
(ちょっ……何なのこの展開…!)
心の中で絶叫してみるが、ここでかたくなに断るのも変だろう。リンは諦めて前に向き直る。
「髪。ひっかけちまうからちょっと上げてくれよ」
「あ、うん」
ネックレスを持ったままテッドが言ったので、リンは素直に後ろ髪を片手で纏めてたくし上げた。
今まで髪に覆われていた首元が、ひやりと外気に晒される。
さら。
そこにテッドが手を回し、冷たい鎖が肌に落ちる感触がして。
どき、と心臓が跳ねる音。
触れているのは鎖だけ。だが、肌に触れるか触れないかの位置にテッドの腕があるのが、妙に熱く感じる。
熱いのは彼の体温なのか、それとも自分の身体なのか。
「いいぞ」
声と共に、腕が離れていく感覚がする。
ほっとしたような名残惜しいような感覚に戸惑いながら、リンは髪をまとめていた手を離した。
正面に回ってきたテッドが、満足げに頷く。
「ん、似合うじゃん」
その笑顔も何だか気恥ずかしくて、リンは再び視線を逸らした。
「そ、そう?…ありがと」
指先で鎖をいじりながら、どうにかそれだけ言ってみるが。
これは、やはり。
(……そういうこと、なのかな)
今更ながらに、その考えに至る。
近所の男友達と同等の扱いから、アクセサリーを贈るような恋人、に自分の立場が進化したということなのだろうか。
自分が、女性として求められている、と。
(……なんか……)
改めてそう考えると、身体が熱くなる。鼓動が速くなり、頭がまともに働かない。
テッドの顔もまともに見られないほどに気恥ずかしい自分が嘘のようだった。
「………リン」
熱っぽい声で名を呼ばれ、顔を上げると、思ったより近くに彼の顔。
「…っ……」
驚く間もなく、唇が重ねられる。
リンは一瞬だけ目を見開いて、それからすぐに目を閉じた。
肩に置かれた手に、自分の手を重ねる。
唇に押し当てられた熱い感触が、生々しく彼女の心をかき乱す。
「………」
ふ、と熱い吐息がかかって。
唇が離れたな、と思ったら、すぐにより深く口付けられた。
「っ……」
ぎゅ、と、重ねた手に力を込める。
思えば、このシルヴェリアでテッドが怪我をした時にぎこちなくキスをしただけだった。その時とは全く違う刺激に、正直戸惑ってしまう。
遠慮がちに触れ合うだけのものから、より深くを求めるようなものに。それでも、探るようなぎこちない動きに、彼の性格が現れていると思う。言葉より不思議と、彼の気持ちがダイレクトに伝わってくる気がする。
こういう時にどうするものなのか、書物で得た僅かな知識しかないのだが…それでも、判らないなりに懸命に応えた。
「……」
再び唇が離れ、ゆっくりと目を開くと、至近距離に彼の黒い瞳が見える。
僅かに潤んで、切ない表情を宿す瞳。
「……リン」
「…な、なに」
吐息交じりの声に、戸惑いながら言葉を返すと。

「………すまん。ガマンできねーわ」

がば。
「え、ちょ、なに?!」
いきなり正面から抱え上げられ、リンは思わず悲鳴を上げた。
視界がぐるりと回転し、そのまま力任せに運ばれる。
ぼす。
「っきゃ」
軽い衝撃に悲鳴を上げた一瞬後に、再び視界いっぱいに彼の顔が広がった。
「ちょ……っっ」
再び唇をふさがれ、目を閉じる。
柔らかい布に後頭部が押し付けられる感触に、そこで初めて自分がベッドに放り出されたことを悟った。
深い口付けに、体の力が抜ける。
戯れに手に取った恋愛小説で読んだ時には馬鹿なと思ったが、こうして体験してみるとその通りになるのがなんだか我ながら可笑しかった。
は。
名残惜しげに唇が離れ、どちらともない吐息が漏れる。
テッドは初めてキスをした時のように、切羽詰ったような真剣な表情で、ゆっくりと訊いた。
「……その……いい、か?」
「………この体勢でなに言ってんのよ、ばか」
ばっちり押し倒されているこの状況で、いいかも何もあるものか。
この人はどうしてこう、単細胞で、まっすぐで、朴訥で。
…そして、こんなにもいとおしいのだろうか。
うに。
「いて」
精一杯の表情で睨みつけて、リンはテッドの頬をきゅっとつねった。
「……そーゆーこと、訊く前に。何か、言うことあるでしょ」
彼は少しきょとんとして、それから苦笑する。
頬に伸びたリンの手を、そっと取って。
それから、耳元で、低く告げる。

「………好きだ」

どくん。
体の中心で、何か大きなものが脈打ったような気がした。
そこから染み渡るように、泣きたいほどに幸せな気持ちが体中に広がっていく。
リンは腕を延ばして、彼の首に回した。
もう彼の顔を見ることに、気恥ずかしさは感じなかった。

「……あたしも……好き……」

引き寄せたその腕から、何かが溶けて広がっていく。
求められる、ということの幸福に、戸惑いとそれ以上の喜びを感じながら。

リンは素直に、その幸福に身を委ねた。

“Present for me” 2010.11.29.Nagi Kirikawa

プレゼントのリンサイドです。アウラ暗躍の巻(笑) 後半部分は例によってセリフだけコピペの地文修正ですが、男性が肉体的な充足感を求めるのに対して女性は精神的な充足感を求めるとよく言われるので、テッドとリンでそのあたりが書き分けられるといいなと思いながら書きました。
リンとヴィル、ヴィルとアウラのやりとりもずっと書きたかったので、楽しく書けました。リンとヴィルのやり取りは書いてて楽しい(笑)ヴィルがもっと喋るようになってくれると、そのうちテッドが妬くくらいの軽妙な会話をしてくれそうです(笑)そうなったらテッドとヴィルの会話とかも書けるなあ。楽しみ。
アウラにでっかい行き遅れフラグが立ちましたが(笑)ていうかアウラも5年後だったら33歳だよね(笑)この話は5年後ではありませんが。まあ国の再興が完了するまで結婚どころではないだろうし……いや、アウラについて考えるのは辞めておこう…(笑)