「おーい、何死んでんのよー」

テッドが帰ったと知らせを受けて彼の部屋に行ってみると、彼はベッドでうつ伏せてぐったりしていた。
リンが声をかけると、片手だけをひらひらと上げて返事をする。どうやら生きているらしい。
リンは嘆息して、ベッドの側の椅子に腰掛けた。
「疲れてる?」
「んー」
「ごはんは?」
「食べた」
「お風呂は」
「めんどい」
「ちょっと、なにそれ」
眉を顰めるリン。
テッドはごろりと転がって、面倒そうに顔を上げた。
「いいだろもー…マジ疲れてんだよ」
「ならなおさら、ざっとでもいいから浴びてきなさい。疲れが取れないわよ」
「めんどいー」
「ったく、子供かっての……」
半眼で言うリンを、じっと見るテッド。
「……何」
言うと、ちょいちょいと手招きする。
「何なのよ」
椅子から腰を上げて身を乗り出すと、ぽんぽん、とベッドを叩かれた。
どうやら、座れ、ということらしい。
リンは嘆息して、テッドが叩いた場所に座る。
「で、何」
と、振り返ると同時に。
もそ。
上半身を起こしたテッドが、そのままリンの膝に頭を下ろす。
「ちょっ……?!」
リンは驚いてそれを見下ろした。
「何すんのよ!」
「膝枕」
「見りゃわかるわよ!」
「疲れたーなんもしたくない」
「だから?!」
「こうしてればちょっと回復する」
言いながら、気持ちよさそうにリンの腿に頬擦りするテッド。
彼の硬い髪がちくちくと膝をくすぐる。
「ちょっと、テッド!」
リンはくすぐったさと照れくささで真っ赤になりながら、ぺし、とテッドの額を叩いた。
「痛えな」
「叩いたら痛いに決まってるでしょ!なんなのちょっと、どいてよ!」
「やだ」
「やだじゃない」
「いいだろちょっとくらいー減るもんじゃなし」
「減らなきゃいいってもんじゃないでしょ」
「ちょっとだけー」
「もう……!」
リンの髪をひと房、ちょいちょいと引っ張りながらねだるような視線を向けてくるので、リンは頬を染めたまま嘆息した。
「……ちょっとだけだからね?」
「へっへー」
テッドは嬉しそうに笑って、ごろりと頭の向きを変える。
彼が動くたびに髪の毛がちくちくと動いてこそばゆい。
というか、それ以上に照れくさすぎてどうにかなってしまいそうだ。妙に膝に力が入ってしまい、リンは意識しないようにふいっと視線を逸らした。
「リーンー」
くい。
テッドがまた髪をゆるく引っ張る。
頭の向きを変えたので下からリンを見上げるかっこうになっていて、リンはそちらをちらりと一瞥するとまた視線を逸らした。
「……なに」
「こっち向けよ」
「やだ」
「なんで」
「やなもんはやだ」
「子供かよ」
「あんたに言われたくない」
リンが言うと、テッドはそれこそ子供のように頬を膨らませた。
「ちぇ。じゃあ、横向いてるからさ」
ごろ、と再び横を向いて。
「頭、撫でて」
「はあ?!」
あまりに予想外の言葉に思わず視線を戻すリン。
「何言ってんのあんた?!」
「いーじゃん。子供の頃たまにやってくれたろ」
「っ……」

言われて、幼い頃の記憶が蘇る。
まだ学校にも入る前の頃、他の子供よりませていたリンはやたらとお姉さん風を吹かせたがっていた。
上から目線で命令してみたり(まあそれは今でも一緒だが)、色んなところに連れまわしてみたり、あれこれと面倒を見たがったり。
その中のひとつが、お昼寝の時間に膝枕をして、眠るテッドの頭を撫でていた、というもので。
そのときの気分や光景までまるで昨日のことのように鮮明に思い出せるが、今となっては恥ずかしさしかこみ上げてこない。

「…こんなでかい子供がいるかっての」
リンは真っ赤な顔で、それでもテッドに言い返した。
「つかあんた、恥ずかしくないの?」
「べっつにー」
「…信じらんない」
「いいじゃん、ここおれらのほかに誰もいないんだし」
テッドの声音には本当に気にした様子はまったくない。
まだ指先に絡めていたリンの髪の毛をまたくいっと引いて、甘えるように言う。
「リンー」
「だから……」
「頼むよー」
「………もうっ!」
リンはヤケクソのように言って、手をそっとテッドの頭に添えた。
ちくちくと手に刺さる髪の毛の感触が、膝同様にくすぐったい。
恐る恐るそっと撫でてみると、テッドが気持ちよさそうに目を閉じて息を吐くのが見えた。
(……は、はずかしい……)
幼い頃の自分の若干黒歴史な思い出もあいまって、先ほどよりさらに気恥ずかしい。
リンは頬を染めて、しかし今度は視線を逸らすことなく、テッドの頭をゆっくりと撫で続けた。
「………楽しいの?」
「楽しいっつか、気持ちいい」
「………」
即答され、返す言葉もなく黙る。
テッドは楽しそうにくすっと鼻を鳴らした。
「なかなかこういうサービスないもんなー、おまえ」
「さ、サービスって」
「おまえ照れ屋だから」
「う、うっさいわね。こんなの恥ずかしくない方がおかしいわよ」
「まーでも、またたまにやってもらおう」
「決定事項?!」
「いーじゃん、別に毎日やれとか朝までやってろとかじゃないんだし。たまの帰りで疲れてんだからさー」
「そりゃあ……」
テッドは相変わらず外を忙しく飛び回っており、こうして城に帰ってくるのも月に数度、という生活を送っている。
リンは彼ばかりを忙しく立ち働かせて申し訳ないと思う気持ちもあり、眉を寄せて息を吐いた。
「…まあ、たまになら…」
「やりー」
テッドは嬉しそうに言って、リンの腿を撫でる。
べし。
赤面したリンに速攻ではたかれて、ひらひらと手を振って。
「いてー」
「調子に乗んなっ」
「いいじゃんよー、減るもんじゃなし」
「減る。主に体力が。あと気力とかもろもろも」
「けーち」
「ケチで結構。つかあんた、疲れてんじゃなかったの?!」
「なんつーか、別腹?」
「けだもの」
「けだもので結構!」
「いいから早く風呂に入ってこーい!」

立ち上がったリンに床に転がされて、テッドはしぶしぶ浴室へと向かうのだった。

“Once in a while” 2011.7.26.Nagi Kirikawa

膝枕祭その8。テッドとリンにやらせたらなんかコメディみたいになってしまった…(笑)あたしはなんだか、勇者属性のヤツに豹変して甘えさせるのが好きらしいです(例:フカヤ)この2人の場合は、どちらが積極的かと言われるとリンと見せかけてテッド、という構図が萌えポイントなので、そんな感じで(笑)幼馴染ならではの、小さい頃の話とか、馴れ合いきった掛け合いなんかも書いてて楽しかったです。