「わぁ、本当にテッドとリンだわ!お久しぶり!」

案内された部屋に入ると、ヒルダは満面の笑みで2人を迎え入れた。
「お久しぶり、姫様」
「久しぶり!もう6年ぶりかぁ?早いなー!」
嬉しそうなヒルダに、こちらも笑顔で挨拶をする2人。
6年の間にすっかり大人の淑女に成長していたヒルダは、少し苦笑してそれに答えた。
「2人とも、ちっとも顔を見せてくれないんだもの。遊びに来てくれれば、歓迎するのに。
ヴィルを連れてきてくれた時も、2人も来てくれていたんでしょう?アウラおねえさまから聞いたわ」
「あはは、姫様にはお会いしたかったんだけどね、こいつがお城に行くとそれだけじゃすまなそうだったから」
と、テッドを指差して言うリン。
指名された当の本人も、苦笑して頭を掻く。
「ごめんな、姫様。姫様のお誕生日祝いに、おれが行って別の騒ぎになるのが嫌でさ」
「ま、姫様へのお誕生日プレゼントはヴィルだったってことで、勘弁してやって」
「ふふ」
リンがフォローを入れると、ヒルダは嬉しそうに微笑んだ。
「ここなら、2人は安心して遊びに来られるのね」
「当然でしょ?ここは、あたしたちが作ったようなものなんだから」
自信満々に頷くリン。

そう。
3人が顔を合わせているここは、シルヴェリア王国の中心にある宮殿。賓客が滞在する豪華な部屋だ。
ヴィルとヒルダは再会を果たして後、通常よりかなり早いペースで婚約が取り交わされた。今はシルヴェリア伝統の祭りがあるということでヒルダがシルヴェリアにやってきているというわけである。
その後再び世界中を旅して回っていたテッドとリンも、祭りに合わせてシルヴェリアにやってきて、タイミングよくヒルダが滞在していると聞き、ここにやってきたのだ。

「2人も、お祭りを見に来たの?私、このお祭りに来るのは初めてなの」
「そうね、あたしたちがいた頃にも小規模だけどやってたし、楽しかったから。ヴィルやアウラにも久しぶりに会いたかったし」
「もう2人には会った?」
「ううん、まだなんだかいろいろ忙しいみたい。まあお祭りだからね、しょうがないわよ。終わってからゆっくり話でもできればいいし、それまではあたしたちもお祭りを楽しむわ」
「あっ、じゃあ!」
ヒルダは楽しそうにポンと手を合わせた。
「仮装、しましょうよ?お祭り用の衣装が、ここにもたくさんあるのよ。一人で仮装するのも寂しいと思っていたの、仮装して一緒にお祭りを回りましょう?」
「ええっ」
ヒルダの提案に驚く2人。
「仮装は構わないけど…いいの?姫様が街に出たりなんかして…」
「あら、私はこの国のお姫様じゃないもの、それに仮装するんだし、バレたりしないわ」
イタズラっぽく笑うヒルダに、2人は困ったように顔を見合わせる。
ヒルダは眉根を寄せて、可愛らしく首をかしげた。
「………だめ?」
「…しょうがないわね」
リンは苦笑して息をついた。
「ヴィルには言ってあるの?」
「街に出るなら護衛をつけろって言われてるの。でもその護衛が来なくって…」
「じゃあ、おれたちが姫様の護衛、だな」
テッドもにこりと笑ってヒルダの肩にぽんと手を置く。
「せっかく祭りやってるのに、閉じこもってたんじゃもったいないもんな。
行こうぜ、姫様。その衣装ってどこにある?」
ヒルダはぱっと表情を輝かせて、駆け出した。
「こっちよ!衣装室があるの。ふふっ、何の仮装しようかな、テッドとリンのものも選んであげるわね!」
早く早く、とはしゃいだ様子で手招きするヒルダに、2人はもう一度苦笑して顔を見合わせるのだった。

「でも、どうしてお祭りに魔物の仮装をするの?」
リンの衣装をあれこれと選びながら、ヒルダは不思議そうに今更な質問をしてくる。
代わりにヒルダの衣装を選んでいるリンは、両手に持ったドレスを見比べながら質問に答えた。
「なんでも、今日は死者があの世から帰ってくる日なんですって」
「あの世から?」
「ええ。あの世へ続く扉が開いて、亡くなった人の魂が家族に会いに来るのよ」
「それで…魔物の仮装?」
「あの世の扉が開くから、人の魂だけじゃなくて魔物もこっちの世界に来ちゃうの。
だから、仲間のふりをして襲われないようにするんですって」
「へぇ、そうなのね……」
ヒルダは感心した様子でリンの話を聞いている。
「…でも、妖精さんもいるわ?妖精さんは魔物なの?」
「このあたりでは、魔女や妖精も魔物の一種として扱われるのよ。魔法と縁深い土地だけに、魔法を使うものに対してはあたしたちの国とは違う感性があるのかもしれないわね」
「へぇ……」
可愛いのに、と呟いて、ヒルダは自分が選んだ魔女の衣装を見下ろす。
リンもドレスを選び終え、にこりとヒルダに向かって微笑みかけた。
「ま、今は仮装祭りの色が強くなってきてるみたいだし、あまり怖いっていう意識もないとは思うけどね?
これなんか、姫様が着たらきっと可愛い妖精になるわ」
「わあ、ありがとう!じゃあ、リンはこの魔女さんね!」
「ありがと。じゃ、早速着てくるわ」
「私も!」
2人は互いに持っていたドレスを交換すると、フィッティングルームに向かった。

かちゃ。
更衣室から出てきたヒルダに気づき、テッドは立ち上がって手を振った。
「おっ、姫様!可愛いなー、妖精か?すっごい似合ってるぜ」
「ふふ、ありがとう。テッドの狼さんもよく似合ってるわよ?」
微笑んで言うヒルダが身に纏っているのは、虹色の羽のついた妖精のドレス。グリーンをベースにした布地のあちこちに細かい宝石がちりばめられており、細かく切れ目が入った裾がふわふわとなびいて可愛らしい。ヒルダの柔らかな金髪とよく合っていた。
一方のテッドはといえば、ヒルダが選んだ狼男の扮装をしていた。狼の耳がついたフードに、毛皮で出来たベスト。ズボンにはふさふさの尻尾がついていて、一歩歩くごとにひょこひょこと揺れた。
「リンは?」
「まだ着替えてたわ。もうすぐ来ると思うけど…」
と、その言葉を待っていたかのように、再び更衣室のドアが開く。
「お待たせ」
「リン!うわぁ、やっぱり可愛い!」
「っ………」
出てきたリンの姿に、ヒルダは嬉しそうに手を合わせ、テッドは絶句して硬直した。
「似合うかなぁ…少し派手じゃない?」
「そんなことないわ、リンはスタイルいいし、とっても似合ってるわよ」
不安そうに自分の衣装を眺めるリンを、テンション高く褒めるヒルダ。
ヒルダが選んだのは、体のラインにぴったり沿ったチューブトップ型の黒いワンピース。裾には黒い羽があしらわれており、中央には大きく切込みが臍の辺りまで入れられ、紐を通して編み上げにはなっているもののその隙間から見える肌がかなり目の毒だ。
二の腕までの手袋と膝上までのブーツで露出している部分はそれほど多くはないが、その多くない部分が問題である。
「……おまえ、それちょっとやばくね?」
「何が」
彼女自身はそういう意味ではあまり気にしてはいないのか、少し視線を逸らし気味で言うテッドに不満そうに訊く。
「いや、だからさ……」
「せっかく姫様が選んでくれたのに。姫様に失礼よ」
「だから、違えし」
「あんたのそれはよく似合ってるけどねー?」
「そ、そうか?」
「けだものだから」
「うるせー」
2人の軽快なやり取りをニコニコしながら見守るヒルダ。
リンはテッドの心配に全く気づくことなく、ヒルダに向き直るとにこりと微笑んだ。
「さ、姫様。行きましょう。そろそろ屋台も賑わう頃よ」
「ええ!」
手を取り合って出口に向かう二人に、テッドは複雑そうな顔で後を追うのだった。

「わぁ、見て見てリン、これ、飴で作ったんですって!可愛い!」
屋台で飴細工を買ったヒルダが、嬉しそうに2人に差し出して見せる。
「妖精の飴細工ね。姫様みたいよ」
「うふふ、食べるのがもったいないわ」
楽しそうに眺めるその様子はとても成人女性のものとは思えないが、彼女にはそれが嫌味無く似合っていて、微笑ましい。
普段王城で暮らす彼女に、こういった催しごとを楽しむ機会はなかなか無いのだろう。それがわかっているから、2人も笑顔で同行している。
テッドは微笑を浮かべてヒルダに話しかけた。
「姫様、こんな祭りは久しぶりか?」
「ええ!千年祭をテッドと一緒に回って以来よ」
「そんなにか!じゃあ、楽しいよな」
「ええ。千年祭も、楽しかったわね」
「懐かしいな。あの時は姫様、綿菓子買って今みたいに大喜びだったよな」
「一生懸命食べようとして、顔をベタベタにしちゃってたわね」
「ふふっ、目に浮かぶわ」
テッドとヒルダの思い出話に、笑顔で相槌を打つリン。
すると、ヒルダはリンの方を向いてにこりと微笑んだ。
「私、リンのところにも連れて行ってもらったのよ」
「え?」
思わぬ言葉に、リンはきょとんとして彼女を見る。
ヒルダはなおもニコニコしたまま、続けた。
「リン、あの時広場でマジックショーしてたでしょう?」
「うん、そうだけど…」
「テッドがね、連れていってくれたの。あそこにいるのおれの友達なんだぜーって」
「ちょ、ひ、姫様」
唐突な暴露話に慌てるテッド。
それを気にすることなく、ヒルダは嬉しそうになおも続ける。
「リン、すごかったわ!ちっちゃかった私と同じくらいの年なのに、すごい魔法をたくさん使って。私もすごいすごいってびっくりしながら見てたのよ」
「そうなのね、なんだか照れちゃうわ」
苦笑して相槌を打つリン。
ヒルダはなおも無邪気に笑って、続けた。
「テッドもね、すげーだろすげーだろって、ずっと言ってたのよ」
「え?」
「姫様、ちょ、待っ……」
「あいつは大きくなったらぜってー国一番の魔法使いになるから、おれも大きくなったら国一番の剣士になって、あいつと一緒に旅するんだって、熱心に聞かせてくれたの。だから私、リンのこと覚えてたのよ。あの時の魔法使いさんだって」
「………」
絶句するリンをよそに、ヒルダはテッドのほうを向いて、にこりと笑った。
「よかったわね、テッド。夢が叶って」
「……あ、あー。うん、ありがと……」
もはや何をどう誤魔化しようも無く真っ赤になっているテッドに、リンも思わず頬を染めて視線を逸らす。
普段は彼からそんなストレートな褒め言葉を聞くことなどないのに加え、そんなに昔から自分のことをそんなに評価していたということが、嬉しくもあり、くすぐったくもあり。
微妙に漂う気まずさを振り払うように、テッドはわざとらしく陽気に声を上げた。
「あ、あー!姫様、もうこんな時間だぜ?」
「えっ?」
「ほら、そろそろ帰らねーと、ヴィルが心配するし。街もぐるっと回ったし、楽しんだろ?」
「…そうね……まだ楽しんでいたいけど、そろそろ…」
と、ヒルダが僅かに表情を曇らせた時。

「ヒルダ!」

鋭い声が、人混みの向こうから響いた。
はじかれたようにそちらを振り返る3人。
かつかつ、かつ。
人ごみを掻き分けてこちらにやってきたのは。
「………ヴィル」
目を丸くして、彼の名を呼ぶヒルダ。
魔王として在りし日の彼を髣髴とさせる、大きな黒いマント。その隙間から見える、赤を基調とした貴族服。長い黒髪が汗ではりついた端正な顔立ちに、一種異様に映る口元の牙。
吸血鬼の扮装に身を包んだヴィルが、そこにいた。
無表情の中に僅かに焦りをはりつかせ、足早にヒルダの元に駆け寄る。
「護衛から、部屋にいないと聞いて…探していた」
「……ごめんなさい」
その様子に、しゅんと肩を落として謝るヒルダ。
リンが心配そうに横から口を挟む。
「あたしたちが、行こうって言ったの。あまり姫様を責めないで」
「……責めているわけではない」
そこでようやく、安堵したように息をつくヴィル。
「…だが、連れ出すのならそう言っていけ。彼女は我が国の賓客だ」
「我が国の賓客、ね」
リンは肩を竦めた。
「相変わらずね、ヴィル。もう少し素直になったら?別にここは、お城の中じゃないんだから」
「………」
ヴィルはむっとしたように口をつぐみ、それから静かに言い直す。
「…私の大切な女性を、勝手に連れ出さないでもらおう」
「ヴィル……」
ストレートな物言いに頬を染めるヒルダ。
リンは満足げに頷いた。
「よろしい。姫様、もう少し2人でお祭りを回ったら?」
「えっ」
「そんな格好で街に出てきたってことは、ヴィルにはもう仕事は無いんでしょ?
いいじゃない、2人でゆっくりしてきなさいよ」
ヴィルに言うと、彼は少し戸惑ったようにヒルダを見下ろす。
ヒルダも同じような表情でヴィルを見上げた。
互いに、そうしたいのは山々だが、相手はそれでいいのだろうか、という風で。
リンは苦笑して、優しく送り出すように、2人の肩に触れた。
「いいから、いってらっしゃい。夜はまだまだこれからよ、楽しんできてね」
「でも……」
「そうそう、それに」
まだ逡巡するヒルダに、テッドも後ろから口を挟んで、ぐい、とリンの肩を抱き寄せる。
「せっかくの祭りなんだし、そろそろおれらのことも2人きりにしてくれよ、な?」
「ちょ、テッド!」
頬を染めるリン。
ヴィルはまだ少し戸惑った様子で、それでもヒルダの手を取った。
「ヴィル」
「……行こう」
「……うん」
ヒルダも嬉しそうに微笑んで、その手をぎゅっと握り返す。
「それじゃあ、2人も楽しんできてね」
テッドとリンに別れを告げて、ヒルダはヴィルと並んで歩き出した。
賓客としてこの国に訪れてから、ヴィルは王としての仕事に追われていて、こんな風に2人でゆっくりと歩く機会など無かったので、それが純粋に嬉しい。
ヒルダは幸せそうな微笑を浮かべて、僅かにヴィルに寄り添う。と、ヴィルもふと彼女の方を見た。
「……ヴィル?」
「…妖精、だな」
「あ、この衣装?リンが選んでくれたの」
「……そうか」
ヴィルは短く言って、ふと視線を逸らし。
そして、僅かに目尻を朱に染めて、低く呟いた。
「………よく、似合っている」
ヒルダは一瞬きょとんとしてから、頬を染めて嬉しそうに微笑む。
「ありがとう。ヴィルのヴァンパイアもとっても素敵よ。浚われたいくらい」
「…また、浚おうか?」
「ふふ、それも素敵ね。そうしたら、私は妖精だから、ヴィルに魔法をかけてあげるわ」
「…魔法?」
「私に夢中になって、ずうっと見つめずにはいられない魔法よ」
イタズラっぽく笑って言うヒルダ。
その様子に、ヴィルはふっと薄く笑った。
「……それなら、もう、かかっている」
「……ふふ」
もう一度、幸せそうに微笑みあって。
ますますの賑わいを見せる街中に、恋人たちはそっとその姿を溶け込ませた。

「やー、よかったな、ヴィルが来てくれて」
「それはいいけど、いつまでやってんのよ」
「いてて」
きゅっと手の甲をつねられて、しかしテッドはリンの肩から手を離さない。
リンは頬を染めたまま彼を睨み上げた。
「もう姫様たちも行ったんだから、いいでしょ」
「よくない」
「何が」
「そのカッコのおまえに何もしないの、そろそろ限界」
どことなく据わった目はまっすぐに、リンの胸元に注がれている。
リンは今更ながらに胸元を手で隠すと、視線を鋭くした。
「……すけべ」
「男だもんよ、しょーがねーだろ」
「けだもの」
「狼デスカラー」
からかうように笑ってから、テッドは不意に真剣な表情になる。
「…つーか」
「……何」
「そのカッコのおまえを、他のやつに見せたくない」
「…っ」
リンはますます頬を染めて、視線を逸らした。
「…なにそれ……反則」
「つーことで」
満面の笑みを浮かべるテッド。
「今ここで襲われるのと、速攻で部屋に戻ってから襲われるのと、どっちがいい?」
「どっちにしろ襲われるんじゃない!」
「まーまー。それくらいの選択権はやるぜ、魔女さん」
「……っ、もう!」
リンは顔を真っ赤にしたまま、すばやく印をきった。
「テレポート!」
呪文とともに、2人の姿がふっと消える。
後には、ますます盛り上がっていく街の喧騒だけが残った。

夜は更けていくが、街の明かりは消えることなくますます輝きを増していく。
祭りの夜は、まだまだこれからだった。

“Monsters Festival”2011.11.3.Nagi Kirikawa

ハロウィンの話を書こうと思っていたんですが…なんか違う方向に行った(笑)イラストはこちら→ 魔女と妖精
ただの魔物コスプレ祭り話になってしまいましたが、まあ書きたかったのはコスプレに萌える男共なんで、これでいい(笑)
千年祭でリンをべたぼめだった暴露話をされて慌てるテッドと、血相変えてヒルダを探すヴィルが書けたんで満足です。ヴィルヒルがほのぼのカプ路線になるのに対してテドリンがどうしてもちょいエロドタバタ路線になってしまう…(笑)大好きなんでいいですけど!(笑)