「あれ、今日はそれだけ?」

トレーの上に好物のカツカレーを乗せてテーブルまで来たカイは、ミルカのトレーにサラダしか乗っていないのを見てそう言った。
ミルカはカイのトレーの上を一瞬だけ恨めしそうに見やってから、しょんぼりと頷いた。
「…ダイエットしてるの」
「またぁ?」
カイは半笑いでそう言うと、トレーを置いてミルカの向かい側に座る。
ミルカはしょんぼりしたまま、肩を竦めた。
「だって、2キロも増えちゃったのよ?あー、こないだのスイーツ食べ放題がまずかったんだわ、おいしくてつい食べすぎちゃって…」
「そんな、1日や2日の大食い程度で変わるわけないじゃん。ま、1日や2日のダイエットで変わるわけもないけどね~」
ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべるカイを、また恨めしそうに見やるミルカ。
「……だいたい、カイおかしいわよ。何で毎日毎日そんなにいっぱい食べてるのに太らないの?」
「あたしは食べた分だけトレーニングするからだよ。あんたもやれば良いよ、トレーニング。身体にもいいし気持ちもすっきりするよ?」
「冗談。カイと同じペースでトレーニングなんかしたら四半刻で死んじゃうわ」
「あ、それノンオイルじゃないよ?ノンオイルはこっち」
言いながらミルカが取ったドレッシングのビンを取り替えるカイ。
ミルカはまたむっとしてカイを一瞥すると、ハーブの風味がきつくて実は少し苦手なノンオイルドレッシングをサラダにかけた。
カイは苦笑して、カツカレーを一口。
「だいたい、何でそんなにして痩せたいかねえ?別にミルカ、太ってるわけじゃないと思うよ?」
「カイからそんなこと言われても、イヤミにしか聞こえませんー。お腹とか足とか体重計の針が気になる気持ちなんて、カイにはわかんないわよ」
「そりゃ、あたしにはわかんないけどさあ」
カイはしょうがないなというように片眉をひそめた。
「でも、女の子なんて多少ぽにゃぽにゃしてるもんでしょ。あたしなんてほとんど筋肉だから、抱くと硬い女は嫌だとか言われたこともあるよ」
「えええ、なにそれ?!」
ミルカは心底驚いたように目を丸くした。
「そんなこと言う男いるの?!」
「あ、別に恋人だったとか好きだったとかいう訳じゃなくて、一緒に依頼受けてパーティー組んだ時に冗談交じりにだけどさ」
「冗談交じりでも、そんなこと言う男は嫌だわ。サイテー」
「まあまあ」
どうやら本気で怒っているらしいミルカを苦笑してなだめて、カイはスプーンをひらひらと踊らせて見せた。
「でも、そうでしょ?あんたがそう言ったみたいに、あたしだってあんたのこと知りもしないでデブだとか言う男がいたらその場で張り倒すし」
「そ、そこまでしなくても」
「あの変態女装男が、もっと痩せて欲しいとか言い出したわけでもないんでしょ?そうだったらやっぱり張り倒すけど」
「…その呼び方いい加減やめてっていうかどこからつっこんでいいのか…」
半眼でサラダを一口食べるミルカ。
カイが言っているのはミルカの遠距離恋愛中の恋人のことで、ある事情で女装をしてまたそれがよく似合っていたことからずっとこの呼び方をされているのだが、今はまあそれはどうでもいい。
確かに、ミルカの恋人は彼女の外見に惹かれたのではない(むしろ彼の方がよほどの美形だ)し、彼女が太ったからといって眉を顰めたりするような性格でもない。だからカイに張り倒される心配もないわけだが。
「でも、それとこれとは話が別じゃない?やっぱり女の子としては、ちょっとでも綺麗でいたいわけだし」
「だから、ミルカは別に今のままで十分可愛いでしょ。そんなに無理してまで痩せようとしなくてもさ」
「カイは痩せてるから、そんな風に思うのよ」
「そうでもないよ。あたしだってもうちょっと胸があったらなあとか、思うことあるよ」
「え?」
カイが言ったことがよほど意外だったのか、ミルカは一瞬言葉を失った。
「カイでも、そんな風に思うことあるの?」
「あるよ。ひとのこと何だと思ってんの」
カイは少し眉を顰めて、それから苦笑した。
「あたし、背もそんなに無いしね。これから伸びるかもしれないけど、この年になってから急激に伸びるってのも考えにくいし。
トレーニングはしてるけどさ、もともとそんなに脂肪がつかない体質なんだよ。だから、もうちょっと胸があったり、肉付きがよくて女の子っぽい身体だったら、人生違ってたかな、とか。たまに思うことはあるよ」
「そうなんだ………」
ミルカはなんとなく呆然と、カイがそう語るのを聞いていた。

ミルカが体重のことで悩んでいて、カイがそれを大したことが無いと感じるように。
カイにも、ミルカが持っていて彼女が持たないものを羨み、悩むことがあるのだ。
そんな当たり前のことにいまさら気づかされたことが、新鮮な驚きだった。

「だから、さ」
カイはにこりと笑って、スプーンでミルカを指し示した。
「あんたもそんなに思いつめなくてもいいんだからね。
あんたの価値はそんなところに無いって、あたしも、あの男も、みんなよく知ってるんだから」
彼女の言葉に、ミルカはまたきょとんとして。
それから、ふわりと笑って見せた。
「そうね、ありがと」
苦手なハーブのドレッシングを絡めた野菜を、一口食べて。
「それを逃げる言い訳にしない程度に、適度にがんばるわ」
「そうそう。肉のついてないミルカなんて、ミルカじゃないよ」
「ちょ、それはいくらなんでも失礼じゃない?!」

大勢の生徒がひしめき合う食堂に、二人の笑い声が混じって響いていった。

My complex 2009.5.31.Nagi Kirikawa

投稿掲示板作品です。お題は「悩み」。誰で書こうか散々迷って、やっぱり書きやすいこの二人に(笑)
ミルカとカイはロテリーと同じように対照的な2人として描き出しているので、ぽっちゃりグラマー運動音痴乙女なミルカに対して、スマートスポーティーサバサバ系のカイ、それぞれがお互いを羨ましいと思うことがあるのかな、という風に考えていきました。
みんなちがって、みんないい(笑)