「学年対抗・秋の球技大会……?」

掲示板に張り出されていたその文字を、わたしはおそるおそる読み上げた。
「へえ、面白そうね」
「どこがっ!」
わたしの隣で暢気な感想を述べるルームメイトのカイに、速攻でつっこんで。
もう一度張り紙に向き直って、恐ろしい事実が夢ではないことを確認する。
「なんで…?何で魔道学校で球技大会なんてやるわけ…?!」
「魔道の勉強ばかりしていないで、たまには健康的に体を動かしましょう……だってよ?」
絶望的な表情で呟くわたしに、カイはさらりと張り紙の文句を読んでみせた。
「超絶巨大なお世話だわ!」
力説するわたし。
「魔道士なんて、日がな一日部屋の中にひきこもって魔道の研究をねちねちしてるたぐいの人種でしょ?!」
「あんたそれ、世界中の魔道士に失礼よ…」
「就職口だって魔術師ギルドかいいとこ宮廷魔道士、肉体労働とは無縁の場所だし。よしんば冒険に出たとして、前線に出て暴れまわるわけじゃないんだし、体力なんてそもそも必要ないじゃない!」
「それは言いすぎでしょ…冒険に出たら体力は必要よ?」
「ぐっ」
カイの冷静な――それも、もと冒険者の口から出た説得力のある言葉に、わたしは言葉を詰まらせた。
にぃ。
その隙をつくようにして、嫌な笑みを浮かべるカイ。
「…なにあんた、運動苦手なわけ?」
決定的な一言に、わたしは憮然として黙り込んだ。

まあ、言われるまでもない。ちっちゃい頃から運動は苦手だった。
かけっこをすればビリは確定だし、ドッジボールでは真っ先に狙われた。バスケはドリブルが出来ずによくボールを取り落としたし、水泳は手足を動かせば動かすほど沈んでいった。
どこに出しても恥ずかしい、立派な運動音痴。略して…いやごめん略さなくていい。

「エレメンタリーの頃から舐めてきた苦汁を、ここに来たら味あわなくて済むと思っていたのに…っ!」
ぐぐぐ。
意味無く拳など握り締めながら、わたしは力説した。
「だってここはフェアルーフ一、世界に舞台を移したってマヒンダに次ぐ規模を誇る魔道士養成学校よ?
一流の魔道士を何人も輩出した、魔道教育の最先端。トップクラスの魔道教育をする専門の教育機関なのよ?
何でそんなところまで来て、球技大会なんかやらなくちゃいけないわけ?!
魔道士に球技が必要なの?!ボール投げて魔法が使えるようになるんだったら何十回でも投げるわよ?!」
「嘘ばっか」
半眼でつっこむカイ。
「……嘘だけど!」
「嘘なんだ…」
「それはともかく!魔道士に球技なんて、いいえスポーツなんて必要ないじゃない!
わたしは出ないから!絶っっ対!!」
「でもこれ、全員参加って書いてあるよ?」
「うそ!」
あくまで暢気なカイの言葉に、わたしはふたたび貼り紙に目をやる。

『なお、競技には必ず全員参加のこと』

無情に記された文字に、かちんときた。
「なにこれ?!ちょっと横暴じゃない?!スポーツなんてやりたい人もいれば見ていたい人もいるのに、全員参加とか!
権力の濫用を許してはいけないわ!横暴な専制に屈したらわたし達は人として生きる権利を失うのよ!この構造的欠陥に猛省を促さなければならないわ!」
「だんだん何言ってるかわかんなくなってきたでしょ?」
「ばれた?」
「まあ、猛省を促したければ、やってみればいいんじゃない?
…できるものならね」
なおも半眼で、再び張り紙に目をやるカイ。
「?」
わたしは首を捻って、彼女の視線を追った。
さっきの全員参加の注意書きの下に、この文書の発行人の名前が記されている。

球技大会実行委員会代表 ミレニアム・シーヴァン

「………」
がくり。
「神様って…なんて残酷なの……」
なんで校長先生がこんなちっちゃいイベントの実行委員長とか…!
確かにあの人は面白くなりそうなことには際限なく手を出すけど!!
わたしは人が決して抗うことの出来ない運命というものの存在を呪った。
「大げさな…練習すればいいじゃない。当日までに」
「練習って。何をどうやってやったら良いのかもわかんないのに」
「あたしが教えたげるよ」
「カイが?」
驚いて聞き返すと、カイは満面の笑みを返した。
「あたし、こういうの結構好きなんだ。そこそこできるよ」
「ホントに?」
自分に厳しいカイがこんなことを言うなんて。
カイの「そこそこできるよ」はわたし達で言う「プロ級」というやつだ。
「じゃ、じゃあ…2人で出来るやつ…参加してみる?」
おそるおそる提案してみる。
カイは笑顔で頷いた。
「そうだね。じゃあ、手軽にテニスとかでどう?」
「そうね、2人で出来るっていったらそれくらいかな。人数がいっぱいになっちゃう前に登録しちゃおうか、人気ありそうだし」
「だね。じゃあ、そっちは任せていい?あたし、練習できそうな場所とラケットとか準備するから」
「わかったわ。じゃあ、今日の放課後から早速練習ね」
わたしとカイは、そう告げあってその場を離れた。
正直言って、ちょっとうきうきしてたのよね。
今まで気鬱だったスポーツも、ちょっと楽しく出来るんじゃないかって。

そう。
うっかり忘れてたのよ。

カイが、自分に厳しいのと同じくらい、他人にも厳しいんだってことを。

「遅いっっ!これぐらいの球もひろえないでどうすんの!」
しぱーん。べし。
「いったぁ!」
カイが打ったボールが、わたしの頭に絶妙な感じで直撃する。
カイはそのままラケットでわたしをびしっと指した。
「出来ないのは甘えがあるからよっ!出来なくても良いと思ってる自分がどこかにいるの!
もっと自分を追い詰めなさい!限界まで追い詰められたときに、本当の力が発揮されるのよ!」
しぱーん。
再びカイからの弾丸スマッシュが飛んでくる。
「うわあっ!」
「ほら、よけられるじゃん。必死になればやれないことはないでしょ?」
「な、なんか別の意味で追い詰められてる気がするんだけど!」
「だから、さっきから追い詰めるっつってんじゃん」
「生きるか死ぬかまで追い詰めるのはちょっと違うんじゃない?!」
「何言ってんのよ大げさな。さあ、もういっちょいくわよ!」
しぱーん。
また飛んでくるボールを必死で避けるわたし。
「ちょっと。打ち返しなさいよ、テニスにならないじゃない」
「打ち返せるわけないでしょこんなもんっっ!!」
「そんなことではまだまだエースへの道は遠いぞ、オカ!」
「誰?!」

かくして、それから球技大会までの1週間。
わたしは毎日、ボコボコになるまでカイにしごかれたのだった。

……ううっ、やっぱりスポーツなんて嫌いよ……

“Let’s Play!” 2008.10.31.Nagi Kirikawa

投稿掲示板作品です。
お題は「スポーツ」。意外に難産でした(笑)ファンタジー世界でスポーツってあんた(笑)
で、スポーツが大の苦手なミルカと、やるからには徹底的に・体育会系のカイの組み合わせで。投稿作はカイミルが多い気がします、書きやすい(笑)
……ところで、オカは古いですか(笑)