ふわり。

やわらかな風が、さまよっていた意識を優しく引き戻す。
「ん……」
うっすらと目を開けると、ごく近い位置から囁くような声がした。
「起きた?」
視線を動かせば、手の届きそうなほど近くに、愛しい人の顔があるのに気付く。
混濁する意識をしばらく探るとようやく、私が彼女の膝を借りて眠っていたことを思い出した。
「……おはよう」
「まだ寝てても良いのに」
「そう?……じゃあ、眠らないけれど、もう少しこうしていて良いかな」
「……うん」
私が言うと、彼女は少し頬を染めて、それでも嬉しそうに微笑んだ。
肩から垂れる青い巻き毛に指を絡めると、彼女も私の髪をそっと撫でる。
「なんだか、幸せそうな顔して眠ってたから。起こしちゃったかしら、と思って」
「そんなことはないよ。…うん、でも、幸せな夢を見ていた」
「幸せな夢?」
「うん」
「どんな?」
「……忘れてしまったな」
「忘れたのに幸せだってわかるの?」
「そうだよ。内容は覚えていなくても、幸せな気持ちは残るから」
「ああ……なんとなく、わかるわ」
彼女が穏やかに微笑んだので、私もつられるようにして笑う。
くるくると、青い巻き毛を指先で弄びながら、私は続けた。
「でも…目が覚めたこちらの方が、もっと幸せだった」
「え?」
きょとんとする彼女。
私はふっと目を細めた。
「愛しい人が私に膝を貸してくれて、眠る私をずっと見守ってくれている。
その現実の方が、夢よりもずっとずっと幸せだったよ」
「っ………」
彼女の頬がさっと染まるのにつられるように、私の顔も熱くなる。
その熱ささえもが、夢のように心地良かった。
柔らかな彼女の膝を頭の後ろに感じながら、私を覗き込むその顔をまっすぐに見つめ返す。
手の届く距離に彼女がいるということが、この上ない幸せ。
「……ねえ」
「ん?」
私が呼ぶと、彼女はまだ少し頬を染めたまま、それでも微笑んだ。
青い巻き毛に絡めていた指を解いて、彼女の頬へと伸ばす。

「……もう少し、近くに、来て?」

こんなに近くにいるのに、それだけでは足りなくて。
もっと近くに、彼女を感じたくて。
伸ばされた指が、彼女の頬に触れようとする。
その時。

ふ、と。

私の指が、空を切った。

「あ、れ………」
虚空に伸ばされた指を、他人事のように見る。
指の先に広がっているのは、いつもの白い天井。シンプルなインテリアのみの、寮の一室だ。
「………夢、か……」
起き抜けの頭に、時間と共にはっきりと意識が蘇ってくる。
ここはマヒンダの魔道士学校。私はここに単身通っていて、愛しい彼女は遠く離れたヴィーダの空の下で今日もがんばっている。
私の頭の下にあるのは彼女の膝ではなく、寮に常備された固い枕。今度もう少し柔らかいものを買いに行こう、と何となく思う。
まだ体に残る気だるさを追い払うように、私は身を起こした。もともと朝に強い方ではない。
「……よほど、逢いたかったのかな」
呟いて、苦笑する。
彼女への募る想いが、こんな夢を見せたのだろうか。夢の中の彼女の笑顔が、柔らかい膝の感触が、鮮明に思い出されるだけに、今それが無い現実が少し切なく思える。
「……でも」
と、私は思う。

この幸せな夢が、いつか現実になることを、私は…私達は、知っているから。
今は切ない思いをしようとも、諦めずにこの幸せな未来に向かって努力していきたいと思う。

彼女もきっとそう思っていると……私は信じているから。

だから今日も、私はがんばっていける。

私はひとつ頷くと、学校に行くべく立ち上がった。

“Happy Dream”2011.9.8.Nagi Kirikawa

膝枕祭その14。やっと全部かけた…!よくがんばったあたし。
ということで、エア膝枕です(笑)ラブラブな二人を描いてもよかったんですが、やはりこの二人は遠恋が持ち味だよねと(笑)
一応最後までお互いの名前を出さずに書いてみましたが、フィズの口調は難しい…自分で作っておきながら(笑)