「んで?その後どうよ」

街中のオープンカフェ。
久しぶりに会ってショッピングを楽しんだ梨紗と千夜は、道路に面した席で休憩していた。
ジンジャーティーを飲みながら唐突な質問をする千夜に、梨紗はきょとんとして首を傾げる。
「どうって、何が?」
「例の優等生クン」
にや、と笑ってカップを置く千夜。
梨紗はキャラメルマキアートを一口飲んでから、嘆息した。
「相変わらずよ。たまに来て息抜きして帰ってくわ」
「それだけ?」
「それだけってなにが?」
「いや、それ以上のことになったりしないのかなーってさ」
「それ以上?」
「密室に男女がふたりっきりでしょーん?」
「ちょっと、いやらしい言い方しないでよ」
「いいじゃん、若くてぴっちぴちの男子高校生にオトコを教えてもらったらー?」
「ちい、怒るわよ」
「おーこわ」
千夜は大仰に肩を竦めて、もう一口茶を含む。
梨紗はもう一度嘆息して、カップを置いた。
「本当に家だと休まらないらしいのよ。疲れが取れないって。ご両親も帰ってくるの遅いみたいだし……」
「ほほう、ちょっと見ないうちにずいぶんと彼のことに詳しくなったねえ?」
「え?」
「親のことまで知ってんだ?彼もずいぶんキミに心許してるんじゃないの?」
ニヤニヤと意味深な笑顔を浮かべる千夜に、複雑そうに視線を逸らして。
「別に、親の話をしたわけじゃなくて…親が帰ってきたからメール終わる、みたいなことを…」
「メールやってんの?うっそ、めずらし」
千夜は目を丸くした。
「キミ、メールなんてめったにしないじゃん。必要事項連絡するためだけのツールだと思ってるでしょ?」
「え、そ、そう?」
「そうそ。挨拶とか、今日あったこととか、面白い話とかのメール、しないじゃん、キミ」
「そんなもの、会って話すか、ダメなら電話で話せばいいじゃない?」
「まーそもそも、メールチェックしないもんねキミ、返事1日遅れとかデフォだし」
「だから、緊急の用事なら電話すればいいでしょ?」
「ははっ、そらキミにとってはそうだろうけどさぁ。それが原因でフラれてるのにねー」
「うるさいわね」
千夜の言葉に、学生時代の苦い思い出がよみがえって憮然とする梨紗。
「価値観の違いでしょ。あたしは会って話すか、せめて電話で話したかったの」
「そーもいかない時もあるでしょ。ちょっとだけ空いた時間にちょこちょこってメールするくらいどーってことないじゃん?」
「そういうのって…なんだか、片手間みたいで心がこもっていない感じがするわ」
「ちょっとの時間も自分のために割いてくれない方がつれないって思うヒトもいるってコトだよ。ま、りいの言うとおり、価値観の違いだよねぇ、要するに」
千夜はしたり顔で言って、再びニヤニヤと笑った。
「りいみたいに、マジメでおカタいコの感覚にイライラしないココロのひろーいヤツじゃないとダメかもねぇ」
「なによそれ。あたしがみんな悪いみたいに…ていうか、普通は逆じゃない?メールの返事くれないって機嫌損ねるのは女の子のほうだと思ってたわ」
あたしはむしろそういう重さで煩わせることがない、つき合いやすい女だと思ってたけど、と言外に匂わせて、嘆息する梨紗。
千夜はくすっと笑うと、頬杖をついて梨紗に顔を近づけた。
「ま、彼の言いたいことはそういうことじゃないんだろうけどね?」
「……なに、それ」
「メールの返事だけじゃないよ。つきあってるのにいつまでたっても触らせてくれないんじゃそら欲求不満にもなるさ」
「なっ……!」
梨紗はさっと頬を染めて、言い返す。
「いつまでたっても、って!あたしは普通に……!」
「大学なんてさあ、親元から離れて授業もサボり放題、彼女も出来たら一番なんでもヤリたい盛りじゃん?
なのに、自宅から通ってるわけでもないのに授業に遅刻しないように早寝早起き、デートはお決まりの健全コース、夜9時には自宅前でサヨナラ、じゃあ不満も溜まるって」
自分は大学に通ったわけでもないのにやけに詳しい千夜の描写に、梨紗は思わず声を潜めて問うた。
「……あなた、見てたの?」
「きゃは!やっぱ図星なんだ!やー、りいならそうじゃないかと思ってたけど、やっぱそっか!」
「え……ま、まさか当てずっぽうなの?!」
「キミがわかりやすすぎなんだって」
「嘘でしょ……」
「まーまー。で、キミの言う『フツー』って、どこまでやらせてあげたのん?」
「な、何でそんなこと言わなきゃいけないのよ!」
「いいじゃんいいじゃん、教えてよー」
「いやです!」
「けちー」
「ケチで結構よ」
「んじゃあ、ボクのも教えるからさー」
「もっと結構です!」
と、乙女らしい(?)会話に花を咲かせていたところに。

「……先生?」

突然声をかけられ、梨紗ははじかれたようにそちらを振り向いた。
「江崎くん?!」
歩道に面したカフェテラスのまさに歩道に、私服の江崎が立っている。
傍にはクラスメイトの姿も見え、そちらも楽しそうに理沙に話しかけてきた。
「ホントだ、先生じゃん!偶然!何してんのこんなとこで」
「友達と買い物よ。あなたたちは?」
「映画。田中も渡辺もいたんだけど、今は別行動。でもここに先生いんなら、あいつらも来ればよかったのになー」
「ふふ、みんなにもよろしく伝えておいて?」
「そちらが、先生のお友達ですか?」
江崎が千夜の方を見て問うてきたのでそちらを見ると、先に千夜がひらひらと手を振った。
「そそ。りいの友達がこんなケバいのでびっくりしたっしょー!」
「りい?」
「りさ、の、り、だからりい。ボクはちよ、だからちいだよ。ちい姉さんって呼んでねーん」
「ちょっと、ちい。変なこと教えないで」
「ははっ、面白い友達さんだね、先生」
クラスメイトが楽しげに言う。江崎は一歩引いていつものやわらかい笑みを浮かべたまま黙っていた。
「先生とはタイプ違うけど、イケてるじゃん」
「そお?ボクこの先の『エスト』ってサロンで美容師やってるんだ。よかったら今度おいでよ、イケメンにしたげるよー」
「マジで?でもエストって高くね?」
「なに言ってんの、今は男のコもオシャレにお金かけなきゃ!学割もあるし、値引きは出来ないけどサービスしちゃうよーん?」
千夜と彼は楽しそうに会話を続けている。
梨紗がふと江崎に目をやると、彼はずっとこちらを向いていて、視線が合うとにこりと微笑んだ。
梨紗はなんとなくどぎまぎして、すぐに視線を逸らす。
「んじゃ、俺ら行くわ。またね、先生、ちい姉さん」
千夜との話を終えたクラスメイトが言い、梨紗はそちらに笑顔を向けた。
「あまり遅くならないようにね」
「へいへい。行こうぜ、江崎」
「わかりました。では、失礼します」
会釈して立ち去る江崎と軽く手を振ってその場を離れるクラスメイト。
千夜はひらひらと手を降り返してそれを見送ると、梨紗の方を見た。
「あのコが、優等生クン?」
「え」
「喋んなかった方。ホントに友達にも敬語なんだね、びっくりした」
「でしょう?」
「ありゃあちょっと手ごわいかもねぇ、がんばってーん?」
「手ごわい?」
意味がわからず首を傾げる梨紗に、千夜は意味深な微笑だけを返す。
「ま、キミにとっても良かったんじゃない?」
「何が?」
「キミがメールするなんて、ボクもびっくりだったよ。しかも、親が来たからやめる、ってわざわざメールしてきたってことは、ほとんど会話みたいにメールしてたってコトでしょ?」
「ま、まあ、そうだけど」
「うは!ボクだって1日3回以上キミとメールやり取りしたことないのに!妬けるなー!」
「……そういえば」
言われて、初めて気づく。
こんなに短いスパンでメールのやり取りをしたのは初めてかもしれない。千夜の言う通り、自分にとってメールは連絡伝達のためのツールであったから。
千夜はまたにまりと笑った。
「もしかして、気づいてなかった?」
「……ええ。ただ、普通に……」
メールだけではない。準備室でのやり取りもそうだった。
一見強引なようでいて、しかしいつの間にか、不快感を感じさせずに彼のペースに巻き込まれる。
彼の言うことに反論できなかったり、即座にメールを返すという普段しないことを当たり前のようにしていたり。
おそらくはあの友人も、そうなのだろう。普通の高校生なら、友人の敬語に違和感を感じて当然だ。しかし、彼はそれが当たり前のように受け入れられている。
そんな不思議な雰囲気が、彼にはあった。
自分の有利な方向に、自然と人を向かせる力。
それは言い換えれば、彼の魅力、ということかもしれない。
「ふうん」
千夜は興味深そうに梨紗を見た。
「面白そうじゃん。またなんかあったら、聞かせてよ。
彼がどんな風に変わってくのか、興味があるな」
「ちい……」
梨紗が複雑そうな表情を向けると、千夜はにこりと微笑み返す。
「もちろん、キミがどんな風に変わってくのか、もね。チョー楽しみ」

夕暮れのカフェテリア。
梨紗の注文したキャラメルマキアートは、もうずいぶん冷めてしまっていた。

ちいとりいの会話と、ちいと悠人の遭遇を書きたかった、感じ。
ちいとりいは進学は別々だったのでお互いの生活のことはあまりよく知らないはず。ちいが鋭いだけです。