私立エスタルティ学園。
幼等部から大学院までの大規模なエスカレーター校として名を馳せている、
寮施設も整っており、遠方からの生徒も多く受け入れているこの学校には、当然教員も多く勤務していた。

それぞれに必要な免許も違うため、お互いに交流があることはまず無いが、中等部と高等部だけは同じ免許であるため、合同で教員が採用されており、掛け持ちをする教員も少なくない。
よって、中等部と高等部は渡り廊下で繋がる隣接した校舎で構成され、職員室は合同で一部屋用意されていた。
通常の教室の3教室分もある広い職員室には、それぞれの教科を担当する教員の机が所狭しと並べられ、スケジュール板や各種張り紙などで雑然とした雰囲気をかもし出している。
教員は通常、それぞれの教科研究室にいることが多いため、職員室で顔を合わせる機会は朝礼以外では意外に少ない。
さして特別なイベントもない今日の午後などは、職員室にいる教員の数もまばらだった。

トントン、と、持っていた書類を揃え、嘆息する。
「有度先生」
背後から呼ばれ振り返ると、穏やかに微笑む後輩の顔が。
「折宇。会議はもう終わったのか」
訊ねると、彼女はにこりと微笑んで頷いた。
「はい、特にこれといって問題もありませんでしたから」
「そうか、では今日は定時で終われそうだな」
「ふふ、そうですね。有度先生も今日は何も?」
「ああ、今日提出の書類は片付けた。今日は部活も無いしな、偶の定時だ、ゆっくりさせて貰おう」

彼女の名は有度亜衣(ありど・あい)。中高両方に所属する生物教師だ。
対する後輩は折宇羽花(おるう・うか)。高等部に所属の教師で、担当は古典。
さばさばして姉御肌の有度と、おっとりと優しい折宇は、なぜか馬が合い仲良くしている。
折宇は楽しそうに微笑むと、有度に言った。
「じゃあ、帰りにお食事でもどうですか。美味しいイタリアンのお店を見つけたんですよ」
「それは構わないが…折宇、私と行くより他に誰か一緒に行く男はいないのか?」
「うっ……痛いところをつきますね。いたらお誘いしていませんよ」
苦笑する折宇に、有度は嘆息した。
「一緒に食事に行く男もいないとは…折宇、行き遅れても知らんぞ?」
「有度先生こそ。バツイチでも、青春はこれからですよ?」
「ふふ、違いない」
「ふふふ」
そんな冗談を交わしながら笑っている二人に、さらに声がかかった。
「有度先生、書類の方出来ましたか?」
「おお、できているぞ、そら」
声をかけてきた男性に、先ほど揃えた書類を渡す。
彼はそれを確認して、少女のように可愛らしい顔をほころばせた。
「確かに。ありがとうございます」
「全部揃いましたか、宮田先生」
折宇が声をかけると、宮田と呼ばれた彼はそちらを向いた。
「そうですね、あとは黒布先生と瀬田先生だけです」
「しょうがないな、あいつらは……」
嘆息する有度。宮田は苦笑した。
この少女のような顔をした男性も、もちろん教員の一人である。
名前は宮田慧(みやた・けい)。今年配属になったばかりの新人で、中高両方に所属、担当は数学だ。
「そうだ、宮田先生も終わったらお食事に行きません?」
折宇が声をかけ、宮田は少し驚いて問い返した。
「食事、ですか?」
楽しそうに頷く折宇。
「はい。美味しいイタリアンのお店を見つけて、有度先生と一緒に行こうって相談してたんですよ。今日は特に残業もないですし、よかったら一緒に、と思って」
「いいですね。僕なんかでよければ、是非」
宮田は微笑んで頷いた。
と。
「つ~れないなぁオルーカちゃん、俺は誘ってくんねぇのぉ~?」
突如、折宇の後ろからにゅっと現れた顔にぎょっとする宮田。
「黒布先生!」
「いよ~ぉミケ~、アルディアも元気ぃ?」
折宇の肩に手をかけながら、陽気にもう片方の手を振って見せた彼も、実は教員の一人。
黒布流河(くろふ・りゅうが)といい、高等部所属の英語教師である。
宮田と同じ、今年配属になったばかりの新任教師だが、学園内部にコネクションがあるらしく、新任にもかかわらずかなりやりたい放題である。同期の宮田はともかく、先輩にあたる有度や折宇までも生徒が使うあだ名で呼び、自分のことは過去に海外留学をした際に呼ばれていた「ヴォルガ」という名で呼べと言う。もちろん一部の生徒以外誰もそう呼んではいないが。
「元気、では無かろうが、阿呆」
有度は呆れたように言った。
「今日提出の書類が在ったのを忘れたとは言わさんぞ。食事がどうとか言っている場合では無い」
「へ?んなのあったっけ?」
「教材費に関する書類ですよ。今日までに僕が取り纏めることになってるんです」
ややとがめるような視線を宮田が向け、黒布は額を手で覆った。
「っちゃ~、忘れてた。ちーっと取ってくるわ」
「え、忘れてたんですか?勘弁してくださいよ……」
眉を寄せる宮田。
折宇も同様に不快を表情に出す。
「黒布先生のせいで宮田先生帰れなくなるんですよ?せっかく一緒に食事に行こうと思ったのに…」
黒布はへらっと笑ってパタパタ手を振った。
「心配すんなって、もう出来てるからよ。出すの忘れてただけ~」
「良いから早く取って来い」
「へぇ~い」
有度に睨まれ、肩をすぼめてその場を去る黒布。
「しょうがないですねえ、黒布先生は」
苦笑する折宇に、宮田も苦笑を返した。
と。
「おー、いたいたミケ。書類持ってきたぞー」
遠くから呼ぶ声がして振り向くと、ジャージ姿の男がこちらに歩いてくる。
宮田はそちらに笑顔を向けた。
「瀬田先生。ありがとうございます」
「おいよー。お、オルーカとポンカンも一緒か」
「ポンカンと言うなと言うのに」
宮田に書類を渡しながら、女性陣に向かって言う男に、有度は眉を顰めた。
彼は瀬田朗(せだ・あきら)。中高両方に所属する体育教師で、有度の同期である。頬にある「Z」のような傷跡と、その親しみやすい性格から、生徒には「ゼータ」と呼ばれ親しまれている。
折宇は瀬田に向かって微笑みかけた。
「こんにちは、瀬田先生」
「よ、オルーカ。2人でなんか相談か?」
「いえ、今日は定時で上がれそうだから、みんなで食事でも、って言ってたところなんです」
「おお、そりゃいいな。で、どこ行く?」
「ちょっと待て、お前も行く心算じゃあるまいな」
有度が眉を顰めて言い、瀬田がそちらを向く。
「悪いか?」
「止めろむさ苦しい。宮田の様な綺麗所なら歓迎だが」
「…それ、僕としても少し微妙なんですが」
宮田が半眼で告げるが、無視。
「千葉でも誘えばいいだろうが」
「ちょっ……な、何でそこでその名前が出てくんだよ!」
慌てる瀬田。有度はにやりと微笑んだ。
「おや、違ったか?あまりに判りやすいんで態と出して居るのだと思ったぞ。なに、教師と生徒などと無粋な事を言うつもりはない。教頭には黙っていてやるから当たって砕けて来い」
「だからなんでそうなるんだ!!」
瀬田は噛み付くように言って地団太を踏んだ。
「当たって砕けるも何も、今美術室に行って玉砕……ってそーじゃなくてだな!」
「玉砕したんだ……」
「短い恋でしたね……」
口々に言う宮田と折宇。瀬田はますます顔を赤くした。
「だから、そぉじゃねえっつってんだろーがー!!」
「おーい何職員室で絶叫してんだ、冬将軍」
「冬将軍言うな!!」
送れて書類を持ってきた黒布にまた絶叫する瀬田。
「はいよ、ミケ、書類。これでいいだろ?」
「あ、はい、ありがとうございます」
「いや、だからだな!俺は千葉には何も!」
「これでオルーカちゃんとラブラブディナーさね~♪」
「ちょっと待て黒布。いつお前が一緒に行くことになった」
「ちょ、おい?だから、千葉には何もだな!」
「そうですよ黒布先生、有度先生と宮田先生もご一緒なんですよ?」
「いや折宇、問題はそこじゃないぞ」
「せっかくだから皆さんで行きましょうよ、食事は多い方が楽しいですし」
「宮田がそう言うのなら構わんが……」
「おおおぉぉぉいっ!俺の話を聞けー!!」

エスタルティ学園の昼下がり。
生徒達と同じく、職員室でも相も変わらぬ騒ぎが繰り広げられるのだった。

“In the teacher’s room” 2007.5.17.KIRIKA

常陸さんのリクエストで書きました、エスタルティ学園の職員室の風景です。
アルディアさんが先生なので、先生陣を…とのことで。とりあえず現時点で出てる先生は瀬田先生と有度先生と黒布先生だけだったんですが、以前話をしたときにオルーカさんは先生だよね、古典の(笑)という話があって、あとはH&Sにミケさんが先生で出てきたんで、まあそのまま数学の先生になってもらおうと(笑)そんな感じで書いてみました。
さらっと流してますが美術室でなんかあったっぽいです(笑)こんなところで己の萌えを満足(笑)
常陸さん、もらってやってくださいーv