「美術室の幽霊?」

唐突な話題に、リーはきょとんとして首をかしげた。
昼下がりの退魔代行部。教室にいるのは彼女とミルカ、そしてその恋人のフィズの3人だ。
「ああ。高等部では噂になっているよ。聞いたことはない?」
唐突な発言の主は、まさにそのフィズであった。
名は司馬風唯。高等部3年に在籍しており、そして養護教諭である司馬美麗の養子であるという。中性的な雰囲気の美男子で、明るく天真爛漫なミルカと交際しているということが不思議なようにも、逆に似合いのようにも思える。
彼自身には魔を見る能力も、ましてや倒す能力もないのだが、どういうわけかミルカが彼を触媒として爆発的な退魔能力を発揮することがわかったのだ。
その後、退魔代行部に入部すると決めたミルカに、フィズは何のためらいもなくついてきた。いくら恋人とはいえ、自分が見ることも触ることも出来ないものを全面的に信じることに、リーも驚いたものだったが。
そのフィズが唐突に話し出したのが、「美術室の幽霊」の噂話、というわけだ。
リーはさらに深く首をかしげ、ふるふると振った。
「…いいえ、聞いたこと無いけど。え、あの美術室?4階の?」
ミルカ同様、フィズも気さくな人柄で、彼女と同じように敬語抜きで接してほしいと言われている。リーの言葉に、フィズはにこりと微笑んで首を振った。
「ううん。4階の美術室は第一美術室でしょう。そうじゃなくて、北館1階にある第三美術室」
「第三美術室?」
眉を寄せるリー。
「初耳だわ。そんなに美術室があるの?」
「ね!わたしも初めて聞いたわ。そんなに美術室作ってどうするのかしら」
ミルカも同意して言葉を重ねる。
「この学園のやることってたまに意味不明よね」
「まあ…マンモス校だからね、何か必要な事態があるんじゃないかしら」
考えても答えが出るわけではない。無理やり納得して、リーは言葉を続けた。
「それで…その第三美術室に幽霊が出るっていう噂があるの?」
「うん。時刻としては夕方、日が沈むまさにその時……逢魔時、というやつだね。窓から差し込んでくる夕日の赤い光の中に、黒い影が現れるんだって。キャンバスの前に現れて、赤と黒のおどろおどろしい絵を描くんだそうだよ」
「いやに具体的ね…」
妙に冷静に、ミルカ。
その様子にくすっと鼻を鳴らすと、フィズは続けた。
「昔コンクールに入賞できなかった生徒が手首を切って自殺して、その霊が夕方になると自分の血でキャンバスに絵を描いてるんだ、なんてもっぱらの噂だよ」
「想像力たくましいわねー」
ミルカが半ばあきれたように言う。
「まあ、火の無いところに煙は立たないっていうし…そこで何かを見たっていう人がいるのは事実じゃない?
それが何であったとしても」
用心深い言い回しに、リーも慎重に頷いた。
「そうね。一度見に行ってみるのもいいかもしれないわ」
そんな話をしているところに。
「やーっほー。おっ、今日はあの性悪カイチョーさんいないじゃん、らっきー♪」
がちゃっとドアを開け、ロッテが入ってくる。
言葉の通り、エリーは今日は生徒会の活動でこの部屋にはいなかった。何故かエリーを毛嫌いしているロッテは、エリーがいないことに上機嫌の様子だ。
「んでっ、3人で何のおハナシ?何か面白いコトでもあった?」
「面白いことっていうか…美術室に幽霊が出る、って高等部で噂になってるんですって」
「……美術室?」
ロッテの表情が急にこわばる。
ミルカが頷いて説明を続けた。
「うん、北館1階の第三美術室に、夕方になると不気味な絵を描く黒い影が現れるんだって」
「…何か知っているの?」
フィズが訊くと、ロッテは急に視線を泳がせた。
「え、ううん?初耳……つか、それホントなのかなー?部活中の生徒が幽霊扱いされたとかじゃね?」
「美術部の活動は第一美術室でやるし、わざわざそんな人通りのない教室で絵を描くっていうのも変じゃない?」
ミルカが首をかしげて言うと、ロッテは大げさに眉を寄せた。
「んなことないよ!人がいっぱいいるところだと描けないってゆーヒトもいるじゃん?」
「……そう……?」
「そうそう!そんなキショい絵描いてるくらいだから、きっと部活では描きづらくて変なトコで描いてるんだよ!」
傍から見て不自然なほどに幽霊(らしきもの)をかばうロッテ。
リーは眉を寄せて首を傾げた。
「……ロッテ、何か知ってるの?」
「なにかって?!」
びくう。
はじけるように振り返って、素っ頓狂な声を上げるロッテ。
「な、何にも知らないよ?つか、そんな幽霊話真にうけちゃうわけ?よくある怪談じゃん、気にすることないよー」
あはは、と笑ってみせる彼女を、他の三人はなかば呆然として見やっている。
ロッテは気まずそうに視線を泳がせてから、ぱたぱたと手を振った。
「だからホラ、別にわざわざ調べに行くことないよ。えっと、ボク今日は用事があるから帰るね?」
「ちょっと、ロッテ」
「んじゃねーっ!」
ばたん。
止める間もなく、ロッテはあっという間に部屋を出ていってしまった。
やはり呆然と、ドアを見つめる3人。
「……これを怪しくないと言うならサスペンスドラマ成立しませんってくらい怪しいわね…」
思わずミルカがつぶやくと、フィズが苦笑した。
「あれは…何かを知っているのだろうね。でも珍しいね、彼女がああいう態度に出るのは」
「そうね…よっぽど触れられたくない何かがあるのかしら」
嘆息して、リー。
「それでも、本当に『何か』がいるのなら、ロッテならそう言うと思うの。奴らを浄化すること自体は、あの子だって普通にやってることなんだから」
リーやエリーと同じ力を自力で身につけたロッテは、あれからもちょくちょく学園内の『影』を退治している。そのこと自体に抵抗はないようだし、彼女の方から積極的に『影』の居場所情報を提供してくることもあった。だから、『影』がいるのにそれを隠している、というのは考えにくい。
「じゃあ、ロッテが個人的に見られたくないものがある、ってこと…?」
不思議そうにミルカが首をかしげると、リーの眉がさらに寄る。
「そう考えるのが妥当なんだろうけど…でもあの隠しようはかえって気になるわよね…」
「そうよねえ、『押すなよ?絶対押すなよ?』ってことでしょ、あれは」
ミルカの言い草に苦笑して、フィズがリーの方を向いた。
「どちらにしろ、噂になっている以上確認はしておいたほうがいいのじゃないかな。
確認して何でもなければ、怖がっている人たちにそれを伝えればいいでしょう?」
「そうね…ロッテの態度は気になるけど」
リーは頷いて立ち上がった。

「行きましょうか。第三美術室に」

「ここ、ね…」
第三美術室、と書かれたその部屋は、北館1階のどん詰まりにある部屋だった。
階段の位置が悪いのだろう、普通に学校生活を送っていたならば、この部屋自体に用がない限り決して人が通りかかることはないと思われた。
そして、リーもミルカも、もちろんフィズも知らなかったことから、この第三美術室が授業に使用されることはない。
「確かに、怪しいといえば怪しいけど……」
ドアの小窓から差し込む光は、夕空を切り取ったような鮮やかな赤。
夕暮れの中途半端な時間で明かりが灯ることもなく、そしてどん詰まりの位置のため全体的に暗い廊下に差し込む赤い光は、それだけで妙に不気味な雰囲気を醸し出していた。
「中、見える?」
「ちょっと見づらいわね……」
ミルカの言葉に、リーは背伸びしてドアの小窓を覗き込もうとするが、少し彼女には高い位置にある。
「私が見ようか」
フィズが後ろからそっと肩を押しやり、小窓を覗く。
「これは……」
「やっぱり、何かいるの?」
若干わくわくしたようすでミルカが言うと、フィズは苦笑した。
「何かいるかと言われれば、いるよ。絵を描いてるね」
「えっ、やっぱり幽霊なの?!」
「幽霊と言ってしまっては失礼じゃないかな。私には人間に見えるよ」
「えっ」
きょとんとするミルカ。
「じゃあ、本当に人がいて絵を描いてるってこと?」
「私には、そのように見えるけど」
フィズにそういった能力がないことはリーもミルカも分かっている。彼が人間に見えるというのなら、それは本当に人間なのだろう。
「まあでも、確かに不気味な絵ではあるから、案外ロッテの言うように、部活では描きづらくてここで描いているということかもしれないね」
「…そんなに不気味なの?」
興味津々のミルカに苦笑して、フィズは首を傾げた。
「見せてもらう?」
「えっ」
意外そうな声を上げたのはリー。
しかし、さらに。
「…それもそうね」
あっさりと言葉を返したミルカに絶句する。
2人との付き合いは短いが、そのようなことを言い出すタイプの人間ではないと思っていたから。
「…本気?」
おそるおそる問うと、ミルカはあっさり答えた。
「気になることは、きちんと確かめておいたほうがいいでしょ?」
「それは…そうだけど。でも、悪いものではないんでしょ?」
「うん、その気配は感じないわね」
ミルカの感覚はリーのそれよりも鋭い。もちろん、リーも教室の中からそれらしき気配は感じられなかった。
「なら……」
「でも」
ミルカは僅かに眉をひそめて、教室の方へと視線をやった。
「……何か、嫌な感じ」
「嫌な…感じ?」
「そう。あの影とは違う……でも、嫌な感じ。今まで、感じたことない…中に人がいるなら、『こんな人見たことない』、っていうか」
「………」
自分よりずっと感覚が鋭いミルカがそう言うのだから、何かがあるのだろう。
「…わかった。それじゃあ、あたしがまず行くから」
「うん、ごめんね」
3人は頷きあって、美術室のドアに向き合った。
こん、こん。
遠慮がちにノックしてみる。

「どうぞ」

中から響いたのは、落ち着いたハスキーな声だった。男のものとも、女のものともつかない。
ごくり、と唾を飲み込んで、リーはドアノブに手をかけた。
かちゃ。
開いたドアの隙間から、赤い光がさっと差し込む。
教室の中は、不気味なほどに赤い光で満たされていた。夕日の赤と、夕闇の黒。明かりはあるのに付けられていない。
赤と黒とのコントラストに、頭がくらくらする。
教室の中央には、噂通りの黒い影がキャンパスの前に佇んでいた。
いや、黒い影、ではない。影と見まごうほどに、見事な長い黒髪をしているのだ。
制服から判断されるのは中等部の生徒、それも男子生徒だということだ。男子とは思えない長い黒髪を細い紐で束ねている。
彼の前にあるキャンバスは噂通り、教室の様相を示すかのような赤と黒のおどろおどろしい抽象画。
「……ここにお客様とは、珍しいですね」
先ほどと同じ、落ち着いたハスキーな声と共に、彼が振り返る。

ぞわり。

その途端、言いようのない悪寒が駆け抜けた。
なるほど、これがミルカの言う「嫌な感じ」なのだと肌で実感する。
男子の制服を着ていなければ、間違いなく少女だと思ってしまっただろう。可愛らしく整った顔立ちに、見た目だけはにこやかな笑みを貼り付けている。
室内の暗さを差し引いても、その肌は色素が濃く、かなり日に焼けているように見えた。長い髪と穏やかな物腰が肌の色と妙にアンバランスだ。
メガネの奥の瞳は、差し込む夕日の光の加減なのか、妙に赤く濁って見えた。
にこり。
彼は笑みを深めると、穏やかな口調で言った。
「今日は、一緒ではないのですね」
「……え?」
「瑛莉です。いつも、一緒にいらっしゃるでしょう?天使の末裔のお嬢様」
「っ………!」
彼の言葉に、リーは目を見開いた。
ミルカとフィズには、一応彼女の素性は明かしてはいる。しかし、それだけだ。彼女の正体を知っているのは、退魔代行部である5人の他にはいないはず。
「……あなた、何者なの?」
油断なく身構えて、リーはゆっくりと彼に問うた。
にこり。
また綺麗に微笑んで、彼は穏やかな声音で答える。
「この学園に、私のことをご存知ない方がいらっしゃるものなのですね」
「……え?」
「…禍宮綺琉。この学園の学園長の息子だよ」
傍らで、フィズが低く囁いた。
「君はつい最近転校してきたばかりだし、ミルカは高等部からの外部生だから知らないのも無理はないかもしれないね。
中等部2年の彼が、学園長の長男だっていうことは、学園のほとんどの人間が知っているよ」
「…学園長の……息子……?」
呆然と少年を見やるリー。
キルと呼ばれた少年は、にこりと笑みを深めると、続けて言った。
「私は、貴女のことを知っていましたよ。天使の末裔のお嬢様。何故か瑛莉と随分仲良くしているようですが」
「待って、何のこと?瑛莉って誰?」
眉をひそめてりーが問うと、キルはああ、と視線を外した。
「そういえば、彼女は偽名を名乗っていたのでしたね。愚かなことです。
確か……千葉」

「余計なこと言ってんじゃないよ!!」

ばん。
乱暴にドアを開ける音がして振り向くと、そこには息を切らせたロッテが立っていた。
「…ロッテ……?」
普段と違う彼女の様子に唖然とするリー。
ロッテはつかつかと教室の中に入ってくると、リーとキルの間に割って入り、顔だけをリーの方に向けた。
「リー、こんなヤツの言うことなんて聞かなくていいよ」
「ロッテ……どういうこと?」
「彼女にとって、知られたくない都合の悪い話を私が知っている、ということですよ」
リーの問いには、キルが満面の笑みで答えた。
「貴女には隠しておきたいことを」
「だから余計なこと言うなっつってんでしょ!」
噛み付くようにロッテが遮ると、キルはそれすらも嬉しそうに笑みを深めた。
「おや、『余計なこと』とは一体どんなことでしょうか?私の知っていることが根も葉もない嘘八百だとおっしゃるのなら、貴女は堂々と構えていればよろしいではありませんか」
「っ……!」
「ロッテ……?」
呆然と名を呼ぶリー。
ミルカもフィズも、口を挟むこともできずに見守っている。
キルはさらに続けた。
「あなたがそのように、話す前から必死になって否定しているという事実そのものが、私の話を肯定する何よりの材料であるとはお考えになりませんか?」
「っく……」
悔しげに歯を噛み締めるロッテ。
リーはなおも戸惑った様子で二人を交互に見ていたが、やがて。
「……それで」
ふう、と嘆息して、キルの方を向いた。
「あなたが知っている『事実』っていうのは、一体なんなの?」
「リー……!」
咎めるような視線を向けるロッテに、リーは目を閉じて首を振った。
「あなたのプライベートに首を突っ込むつもりはないけど。でもここで、あたしたちが話を聞かずに帰ったとして、あなたはこの先ずっと、彼があたしたちに何か話しはしないかと怯えて暮らすことになる。それは嫌でしょう?」
「そうね、そのせいでお互いにビクビクして仲に亀裂が入ったら、それこそ本末転倒じゃない?」
ミルカも後押しし、ロッテはうつむいて黙り込んだ。
フィズが穏やかに微笑んで、ロッテの背をそっと撫でる。
「大丈夫だよ。彼女たちも、もちろん私も、何か聞いたところで今までの君をすべて否定するほど心弱い人間ではないから」
「………」
ロッテは唇をかみしめて黙り込んでいる。
そんな彼女の様子に満足げに微笑むと、キルはゆっくりと語り始めた。
「この学園の学園長……禍宮都凱は、先代の長子ではありません。父には、兄がいました。学園を継ぐはずであった、兄が」
歌うようなその口調は、彼の穏やかな表情と相まって、どこか静謐な狂気を思わせる。
「私の伯父にあたるその方は、とても優秀な方だったそうです。祖父の事業を継ぐのに相応しい完璧な方であったと。
しかし、完璧であった彼もひとつだけ失態を犯しました」
「失態……?」
リーが眉を顰めると、キルはにこりと微笑んだ。
「使用人の娘と恋に落ち、子を成した。禍宮に相応しい血筋の令嬢と婚約の話が進んでいたところに、この事実は家を揺るがしました。
彼は後継の座を降ろされ、妻と子とともに姿を消した…と、されています」
「それが……ロッテの話とどう繋がるの?」
「わかりませんか?」
にこり。
何度も浮かべられたその笑みが、心の伴っていないものであることに、さすがにリーも気づいていた。
形だけ綺麗に整えられた、石膏像のようなその笑みに戦慄する。
キルは満面の笑みを浮かべたまま、静かに言った。
「父の兄……禍宮帝馬を篭絡し、妊娠をしてその座から引きずり下ろした使用人の娘の名は……千葉、零里」
「千葉……」
「そこにいる彼女の、母親ですよ」
「じゃあ……」
「そうです」
す、とロッテに視線をやって。
「彼女は、禍宮瑛莉。家を出た私の伯父が遺した娘です」
「ボクは…そんな名前じゃない」
絞り出すような声で、ロッテは言った。
「ボクの名前は…麻莉菜。ママがつけてくれたこの名前が、ボクの名前だよ。そんなワケわかんない名前で呼ぶな」
「確かに、出生届はその名前で提出をしたようですね。禍宮の追跡を逃れるためだったのでしょうか。甘く見られたものですが」
「お取り込み中のところ、悪いけど」
ひょい、と手を挙げて、ミルカが二人の話に割って入った。
「禍宮くんがどう呼んでもいいと思うけど、ロッテが呼ばれたいと思う名前が、ロッテの名前でしょ?
確かに、ロッテがこの学園長の血筋で、そういうスキャンダルめいたことがあったっていうことにはびっくりするけど、でも、それだけでしょ?
わたしたちはそんなことくらいで、ロッテの呼び名を変えたり、ロッテを見限ったりするはずがないわ」
「そんなこと、って…」
リーが眉を顰めると、ミルカはそちらを向いて平然と続ける。
「だって、そんなこと、でしょ?ロッテが誰だろうと、わたしたちにとっては仲間だし友達だわ。リーだってそうでしょ?」
「それは…そうだけど」
「わたしが言いたいのは」
ぴ、と指を一本立てて。

「禍宮の血筋だということが、わたしたちの仲を裂く……その決定的な原因となる理由が、ほかにもあるんでしょ、っていうことよ」

「え……」
リーは驚いて言った。
「…どういう、こと?」
「あまり家庭の事情、それもこんなにドロドロしたことは知られたくないのはわかるけど。それにしたって、ロッテのこの態度はちょっとおかしいでしょ。
まるで……知られたらもうわたしたちとは顔を合わせられない、とでも思ってるみたい」
びく。
ロッテの方がかすかに震える。
「ロッテがここまで必死になって止めるのは、何か理由がある、と思うのよ。プライベートなことだっていう以上の、何かが」
「……なるほど」
静かに、キルの声が響く。
「どうやら、瑛莉の傍らにいる人間は、思ったより頭が働くようですね」
「それはどうも。…それで?禍宮には一体、何があるって言うの?」
嘲るような言い方を気にする様子もなく、ミルカはさらに問うた。
キルはにこりと微笑んで、口を開いた。
「それは……」

「それは、俺から説明してやるよ」

不意にかけられた声に、室内にいた全員が振り返る。
「……エリー」
いつの間にそこにいたのか、戸口にエリーが立っていた。
厳しい視線をこちらに向け、ゆっくりと歩いてくる。
「天司……更科。他にも分かたれた家系は様々だが、共通しているのは天使様の血を引いているということだ。
天使様は、この世に蔓延る魔を滅するために遣わされ、俺たちはその血を引いている」
リーとエリーの家系の説明は、ミルカとフィズにも、もちろんロッテにもしていた。聞いていないのはキルだけのはずだが、キルは特に驚く様子もなくエリーの話を聞いている。
「…だが、天使様が遣わされたということは……当然、その逆の存在もこの世界に降り立っている可能性がある、ということだよ」
「その……逆?」
眉を潜めて問うリーの方にゆっくりと視線をやって。
「もちろん…天使様が滅するべき、魔のものだ」
「先に魔のものがこの世界にやってきたから、天使がそれを退治するために遣わされた、っていうこと?」
ミルカの問いに静かに頷いてみせる。
「そして、天使様が自らの死後もこの世界の魔を滅するために血筋を残したのと、同じように。
……魔のものも、血筋を残している可能性がある」
「……まさか、それが」

「禍宮の血、ですよ」

するりとキルの声が滑り込み、リーは呆然とそちらを向いた。
相変わらずの冷たい綺麗な笑みから、落ち着いた声音で、硬質な事実が吐き出される。

「瑛莉は貴女がたの仲間などではありません。
貴女がたがが滅しようとしている『魔』の血族……その末裔、なのですよ」

窓から差し込んでいた赤い光は、いつの間にかすっかり陰っていた。
向かいの校舎の明かりだけが薄く室内を照らし、お互いの表情すら窺い知れない。

重苦しく広がる沈黙を破る声は、いつまでも響くことはなかった。

School club of Acting for Demons-killer “HALF & HALF” The End? 2013.9.29.Nagi Kirikawa

3万ヒット御礼の学園SSです…よ、ようやく書くことができた……(笑)
まあその、キルを出したかったという内容になっておりますけれども(笑)ここからキルロテラブラブに持っていくのが難しいな…(笑)めんどくさいカップルです(笑)
あとは、H&H組とMM組が仲良くやってるところを書いてみたかったのです。ミルカが妙に頭いいような展開になってますが、リーが主人公となるとどうしてもちょっとニブなところを出さないといけなくてですね…このへんも難しいな(笑)仲いいところっつってもどのあたりまでを許すのかは結構悩みました。そもそも本編では交流ない人たちだし、まだぎこちないですね、あたしが(笑)
エリーがあまり書けなかったので、次回は書けるといいな…次回っていつだ(笑)