「今日は、皆さんに新しい仲間を紹介します。さ、天司さん、どうぞ」
眼鏡をかけた初老の女性講師に促され、彼女は入口から教室へと足を踏み入れた。
とたんに教室内がざわめきに包まれる。
それも無理はない。確かな足取りで教室の中に入ってきた少女は、およそ日本人とは思えない、流れるような銀の髪を持っていたからである。
が、彼女はそんなどよめきなどすっかり慣れた風で壇上の講師の横に立つと、やはり異色の、淡い紫色の瞳をすっと細めて、にっこりと微笑んでみせた。
「あまつかさ りは、といいます」
良い活舌で、発音しにくそうな名前をはきはきと喋る。その間に、講師は黒板に彼女の名前を書いた。
『天司 梨羽』
確かに日本の名前である。そして、目の前に立つおよそ日本人でなさそうな彼女の口から流暢にこぼれ出たのもまた、日本語だった。
彼女は朗々と続けた。
「昨日、ここに引っ越してきたばかりで、何もわからないですけど。どうぞ、よろしくお願いします」
言って、丁寧にお辞儀をする。そして、顔を上げてから、気さくにくしゃっと相貌を崩した。
「この名前、呼びにくくてかなわないだろうから。リー、って呼んでね。よろしく!」
その一言で、教室内の緊張の糸がふわりとほぐされた。
この不思議な少女の、外見の垣根を越えて、皆がなんとなく受け入れる空気になってくる。

天司梨羽とは、一言で言ってそういう少女だった。

「ねえねえ、天司さんって外国の人なの?」
休み時間になると、案の定好奇心旺盛なクラスメイトに取り囲まれた。
リーは嫌な顔一つせずに、にこにこと応対する。
「母方の祖母がね。でもあたしは日本で生まれ育ったから、日本を出たこともないし、日本語しか喋れないわ」
「へぇーっ、そうなんだぁ」
「そう。それと、あまつかさ、って言いにくいでしょ?リーでいいわよ。家族もそう呼んでるし」
「そう?じゃあ、リーってどこに引っ越してきたの?ここの近所?」
「ああ…家の都合でね、あたしが一人でここに来たの。だから寮生活になるわ」
「そうなの?なんだぁ~」
残念そうなクラスメイトに、リーはにこりと微笑みかけた。
「このクラスに寮の人はいないの?」
クラスメイトは肩を竦めて答えた。
「中等部で寮って結構少ないわよ。高等部や大学部の人がほとんど。うちのクラスだと…千葉さんくらいじゃないかな」
「千葉さん?」
リーが首をひねると、クラスメイトは上半身だけ振り返って窓際の一番後ろの席を示した。
「あそこの席の人。…っていっても、めったに授業に出てこないけどね。あまりいい噂も聞かないし…」
「…噂?」
リーはさらに眉を顰める。クラスメイトは言い辛そうに顔を見合わせると、こそっとリーに耳うちした。
「なんだか、エンコーしてるとか…ヤバそうな組織と繋がりがあるとか…そんな噂があるの」
「見るからに遊んでそうだしね~」
ね~、と小声で肯きあうクラスメイト達。
「リーも、あんまり千葉さんに近寄らない方がいいよ」
「ね~」
「近寄るも何も…あたし、その人の顔もよく知らないんだけど」
やや気圧されて、それでもリーが言うと、クラスメイト達はくすくすと笑った。
「すぐわかるよー。もう、一目でヤバそうな感じだもん!」
「ね~」
冷静に聞いたらかなり失礼なことを、もはや内緒話とは到底言えない大音量で言って、きゃっきゃっとはしゃぐクラスメイト達。
リーは嘆息して、先ほど示された席の方に目をやった。
よく日の当たる、窓際の絶好のポジション。しかし、彼女がこの教室に入ってきたときには、その席はすでに空いていた気がする。
「千葉さん…ね」
目の前で勝手に盛り上がるクラスメイトをよそに、リーはぽつりと呟いた。

昼休み。
昼食を食べ終え、学校を案内してあげる!というクラスメイトの申し出を、先生に呼び出されてるから、と適当に断って、リーは学校の中を一人でうろうろしていた。
(…一見、普通の学校のようだけど)
何気なしにきょろきょろしている風で、リーは校舎の隅々にまで気を配る。
(…まあ、普通の学校程度には『いる』ようね)
ちらりちらりと見える影に、時折鋭い視線を投げかけて。
(…この学校に、一体何があるっていうのかしら…)
リーは、この街に来る前に母と交わした会話に思いを馳せていた。

「エスタルティ学園?」
「そうー。幼等部から大学部まで、エスカレーター式のマンモス校なのー。ここからちょっと遠いんだけどー、寮があるから、そこに入ってもらってー」
「え、いつから?」
「明日からよー」
「ええっ?!ちょ、ちょっと、何でそんなにいきなり…」
「いきなり、じゃないわー。もうずいぶん前から編入手続きも入寮手続きもしてたからー。ただ、あなたに知らせるのが全部終わってからになっちゃっただけでー」
「そういうのをいきなりって言うのよ!」
「まあまあー」
「まあまあじゃないって…それで?」
「それで、ってー?」
「とぼけないで。なにがあるの?その学校に」
「…それは、自分の目で確かめてー?」
「ママ?」
「大丈夫よー、あなたには、天使様の血が流れてるんだからー」

(大丈夫よー、じゃないって…大体そう言うってこと自体、とんでもないことがありますって暴露してるようなものじゃない…)
内心で毒づいて、リーは人気のない階段を上っていく。
その先には、屋上に続く一枚の扉。
リーはガチャリ、と音を立ててそれを回した。
ふわ、と春先の心地よい風がドアの向こうからこぼれる。
リーは屋上に一歩足を踏み入れると、誰もいないことを確認して気持ちよさそうに伸びをした。
「うーん、気持ちいい!眺めも悪くないわね」
手すりのところまで歩いていって、手をかける。
目の前に広がる街並に、しばし見惚れて。
と、その時。

「めずらしいねえ、ここにお客さんなんて」

突如聞こえた声に、リーは驚いて振り返った。
つい今しがた、自分がくぐってきた扉。その扉がついた建物の屋根に、誰かが寝転がっている。
ごろり、と寝返りを打つと、それはリーと同じ年頃の少女であることがわかった。
が、それ以上に、彼女の外見にリーは唖然とする。
「なぁに、ヒトがいたからびっくりした?」
彼女はくすくす笑いながら身を起こすと、よっ、と弾みをつけてひらりと屋根から飛びおり、着地した。
「それとも、こんなヤツがいたことにびっくりしたのかな?」
くす、と笑って、腰に手を当て、胸を反らす。
その言葉の通り、彼女は頭のてっぺんから足先まで、この学校にいたどの女性ととも異なっていた。
綺麗に日焼けして真っ黒の肌。明るい色の、挑戦的な瞳。頭の上できつく結い上げられた髪は派手に脱色されていて、さらに前髪だけ赤く染め分けられている。耳にはいくつものピアスが並び、制服はだらしなく着崩して。ただでさえ短いデザインのスカートをさらに短くし、下にスパッツを着け、足元はいまや少し古い感のあるルーズソックスと厚底靴。
上から下まで、派手でだらしのない印象を受けるいでたちだった。
銀髪を後ろできちんと三つ編みにし、制服もきっちり着こなし、学校指定の紺のハイソックスにローファー、という格好のリーとは、あらゆる点で対照的だ。
彼女は、ひゅう、と口笛を吹くと、言った。
「何キミ、すっごい白髪」
「銀髪!」
眉を顰めて訂正するリーをさほど気にする様子もなく、彼女はにやりと口の端をつり上げた。
「キミでしょ。今日ボクのクラスに転校してきたコって」
「ボクのクラス…って…じゃあ」
リーが言うと、彼女はそれまでの怪しい雰囲気からパッと一転し、人懐こい笑顔を浮かべた。
「そ!中等部2年D組、千葉 麻莉菜。ヨロシクね♪」
彼女が名乗ると、リーは思わず肯いた。
「ああ、あなたが、千葉さん…」
リーはようやっと、クラスメイトが言っていたことを理解した。
『見るからに遊んでそう』
『一目でヤバそうな感じ』
(なるほどね…)
そう思うのも無理はない、と内心思いながら、リーは麻莉菜ににこりと微笑みかけた。
「あたしは天司梨羽。リーって呼んでね。よろしく」
クラスメイトのざわめきを一瞬で鎮めた笑顔。
だが。
「…ふぅん、軽いマインドコントロールか」
麻莉菜が発した言葉に、リーはぎょっとした。
彼女はくすくす笑いながら、続けた。
「ヤな感じをおさえてイイ印象だけ与える…術をかけられたことにも気付かない、ごくごく軽いヤツだね。さしずめ、キミがその外見でもいじめられずに今まで来れたのは、そのおかげ…ってトコかな?」
左目だけをぱちん、とつぶって。
「ま、ボクには効かないけどね」
「あなた…一体?」
リーは視線を鋭いものに変えた。
麻莉菜は苦笑しながら、こちらに歩み寄ってくる。
「そんなにコワい顔しないでよ。別にどうこうしようってワケじゃないんだからさ」
そして、リーの前で足を止めると、ぬっと顔を近づけた。
リーは驚いて反射的に顔を引く。
その顎に指を絡めて、麻莉菜はまた怪しく微笑んだ。
「ボクは、そんなことしなくたってキミを気に入るよ…ってコト」
「き、気に入る?」
麻莉菜はくす、と鼻を鳴らすと、リーから体を離した。
「キミみたいなコがいるなら、授業に出てみてもいいかもね。んじゃね♪」
そして、ひらひらと手を振ると、扉を空けて校舎の中に入っていった。
ドアがパタン、と閉じられたあとも、リーは放心したようにそれを見つめ…やがて、ふうと溜息をついた。
「千葉 麻莉菜………ね…」

宣言どおり、麻莉菜は午後の授業には出席していた。
教室に入ると、すぐに奥の席の彼女の姿に目がいく。
彼女はにぱ、と笑うと、こちらに手を振った。
リーは肩を竦めて自分の席に着き、午後の授業の講師が来るのを待った。

授業中も、何度か麻莉菜のほうに目をやれば、彼女は聞いているのかいないのか、頬杖をついてニヤニヤと笑みを浮かべている。
一度、リーの視線に気づいたようで、こちらにウインクをしてきた。リーはあわてて目を逸らす。
(なんなの、あの子…)
リーは混乱する自分を自覚していた。

おかげで授業にはちっとも身が入らなかった。

放課後になると、生徒たちはそれぞれ部活へ、自宅へと散っていった。
リーはまた校舎の中をぶらぶらしながら、校舎の隅々に目を配っていた。
辺りはすでに、人影もまばらで。日もだいぶ暮れかけ、明かりのついていない教室には黒々とした闇が立ち込め始めている。
昼間は日の光を受け、生徒たちの明るい笑い声とざわめきに満たされる場所。
だが、ひとたびそれらから解き放たれたとき、そこは想像もつかないほどの闇が渦巻く。
夜の学校が想像以上に恐ろしいのも、学校に怪談が多いのも、実はあながち不思議な話でもないのだ。
幸せなさざめきに満たされるだけ、押し込められた闇の感情は行き場を求めてさまよう。
太陽の支配が届かなくなり、光に押しやられていた闇が活動を始める。
普段は、人知れず。
だが時に、形を持った脅威として、人の前に立ちはだかる。

校舎の最奥、倉庫代わりに使われている鍵のかかった教室の前で、リーは足を止めた。
辺りに人影はない。ここは昼間も、めったに人の来ない場所である。
日はすでに山影にその姿を隠し、わずかな光と、向こう側の校舎から漏れる明かりだけが広い廊下を照らしている。
リーはくるりと振り返って、鍵のかかった扉にとん、と背中をもたれさせた。
「…隠れなくてもいいわ。出ていらっしゃい」
鋭い視線と共に彼女の言った言葉が、誰もいない廊下に空しく響き渡る。
と、廊下に落ちていた影が、ゆらりと動いた。
ゆらり、ゆらり。影は揺らめいて盛り上がり、次々に形を成してゆく。
獣の姿。蝙蝠の羽のついた人の姿。異形の角のついた蛇のような姿。どれも真っ黒でよくわからないが、数はゆうに二桁にのぼっていた。
リーは一歩脚を前に踏み出して、腕をこころもち広げた。
すると、一番彼女に近いところに出現した大きな影が、空気を震わせずに声を出す。
『……ナニモノダ…ワレワレノ存在ニハ、昼間カラ気付イテイタヨウダガ……』
リーはす、と右手を左肩の上に持っていき…底で何か棒のようなものを握る仕草をすると、一気にそれを振り下ろした。
ゆらり。十数個の影たちがいっせいに揺らめく。
彼女の手には、淡い緑色に輝く一振りの剣…否、剣に見える実体のないものが、ゆらゆらとその存在を誇示していたからだ。
「…神が遣わした天使の末裔…天司の一族」
リーは油断なく剣を構えたまま、ゆっくりと一歩を踏み出した。
「あたしにはそれが本当のことなのかどうかわからない。けど…あたしのこの力は、あなたたちに苦しめられる人々を救うためにあるのだと思ってるわ」
ひたり。歩みを一度止めてから、彼女は視線をさらに強いものに変えた。
「闇の眷属たち…ここはあなたたちのいる場所じゃない!元の世界に、還りなさい!」
高らかにそう宣言して、リーは一気に剣を振り上げ、影に向かって躍りかかった。

母方の祖母が外国人、というのはもちろん偽りである。
リーの家系は、先祖代々日本で生まれ、日本で育ってきた。
闇を祓う一族…『天司』の者として。
リーの母…美紗は「天使の末裔だ」と言っていたが、リー自身はその話は眉唾物だ、と思っている。ただ、天司の直系の娘は不思議なことに代々銀の髪と淡い紫の瞳を持ち、このように闇の眷族に対抗する能力を持っていた。その出自が何であれ、その事実だけがリーにとってはすべてだった。
彼女はその能力ゆえに、今までも何度か闇を祓う役目を負ったり、あるいは今回のように闇が蔓延っている学校に転校して事件を解決してきたのだ。
だが、今回の学校はどうも妙だった。確かに闇の眷族は存在するが、このようなことはどこの学校でも多かれ少なかれあるものだ。ここがことさら危険である、というようには彼女には思えなかった。
唯一気がかりであるとするならば…あの少女。
千葉 麻莉菜。
自分の能力を見切り、効かないと豪語してきたあの少女。
美紗が「自分の目で確かめろ」と言ってきたのは、あの少女の事なのか…?

『ギエェェェ…ッ』
リーの剣に斬られ、影たちは声無き悲鳴をあげて消滅してゆく。
「ふぅ…これで最後かしら」
リーは吐息をついて額の汗をぬぐうと、手の中の剣を消した。
と、その時。
『甘イワアァァッ!!』
突如上から声がして、そちらのほうを向く。
すると、蝙蝠の翼を持った獣の影が、今まさに彼女に跳びかかろうとしているところだった。
(…間に合わない!)
剣をしまってしまった直後である。彼女は頭のどこかで、他人事のようにそう自覚した。
影に引き裂かれる自分の姿をリアルに脳裏に描いた、その一瞬。

ざんっ。

『ギャアァァァッ!』
音無き音が響き、声なき悲鳴がこだました。
影の胴体のど真ん中を、オレンジ色に光る細い矢が貫いている。
影の悲鳴は次第に細くなり、そして実体と共に、消えた。
リーは、しばし唖然と影が消えたところを見つめる。
「だめじゃぁん、油断しちゃ」
廊下の向こうから聞こえた声に、リーははっとしてそちらのほうを向いた。
「…それとも、よけーなコト、だったかな?」
言ってウインクしたのは、リーの持っていた剣とよく似た、光り輝く弓を構えた少女。
「千葉…さん…」
リーは呆然と、その名前を呼んだ。
麻莉菜はにこ、と相貌を崩すと、弓からぱっと手を離す。するとあっという間に、その弓は空に溶けて消えた。
麻莉菜はニコニコしながら、リーに歩み寄ってくる。
「やっぱり、キミも『力』の持ち主だったんだね。そんな気がしたんだ」
「じゃあ…あなたも…?」
リーはおそるおそる訊いた。
「んー、そだねー。昔っからよく見えちゃったり聞こえちゃったりとかしてたし。今みたいにやっつけられるよーになったのはつい最近だけどね」
「…って…全部独学で?!」
驚いてリーが訊くと、麻莉菜はきょとんとした。
「独学?最近はなんか、襲ってくるようになってさぁ。うざいからやっつけらんないかなーと思っていろいろやってたら、今みたいな弓を出せるよーになったんだよ」
「出せるようになった…って…」
リーがこの力を自由に振るえるようになったのは、もちろん彼女自身の素質もあるだろうが、天司に代々受け継がれてきた教育によるところも大きい。リーが教えを受けて修行して身に付けたものを、麻莉菜は一人で編み出してしまったというのか。
(なんていう子なの…)
麻莉菜はリーのそんな内心はさほど気に留めてない様子で、嬉しそうに頭の後ろで手を組んだ。
「今まではボク一人でこいつらやっつけてたけど、なんか仲間が出来たみたいでうれしーよ」
邪気の見えないその笑顔に、リーは一瞬絶句して…それからふっと苦笑した。
「…なるほどね。よろしく、千葉さん」
「ロッテ」
「え?」
麻莉菜は右目をぱちんとつぶった。
「千葉、で、マリーナ、だから、ロッテ。みんなそう呼んでるよ」
なかなかしゃれの効いたあだ名だ。リーはふふ、と笑った。

「わかったわ。よろしく、ロッテ」
「よろしくね、リー」

2人は微笑みあって、ぱちん、と右手と右手を合わせた。

School club of Acting for Demons-killer “HALF & HALF” The End? 2003.6.21.KIRIKA

オリジナル作品のパラレルものです(笑)一度は考えますよね、誰も(笑)
記念イラストでリーとロッテを描こうと思ったときに、せっかくだから普段描かない格好で描こうと思って…で、せっかくだから制服で描いてみよう!と思い立ち。そして描いているうちにどんどん脳内妄想が膨らんで。「学園退魔代行部 HALF&HALF」とタイトルをつけたところで完全にダメでした(笑)もー、書けと電波が私に命令を下しました(笑)
まあ、おふざけパロですが(笑)エリーは猫かぶり生徒会長、キルは美術部、チャカは高等部のカリスマで4人の取り巻きがいて、キルパパは理事長、ミルカは高等部一年、フィズは三年、ミリーは保険の先生というところまで脳内妄想が膨らみました(笑)
誰か続き書いて下さい(書かせるな)
…いえ、また機会があったら続き書いてみたいと思います(笑)