「飾りつけよし!テーブルクロスよし!ナプキンよし!メニューよし!つり銭よし!」
びし、びし、びし、と指差して、バニーガール姿のミルカはご満悦の表情で胸を張った。
「うん!あとは開場を待つだけね~楽しみだわ!」
そこに、控え室から着替えを終えて出てきた生徒たちがやってくる。
「むう…よくわからぬが、本当にこれでいいのか…?」
巫女装束を纏い、不思議そうにそれを見ながらやってきたのは、大学部に在籍する新納 稜弧。漫研のOBから拝み倒され、日本酒飲み放題の約束で協力することになった彼女は、当然ながら漫画のことなど全くわからないらしく、このコスプレ喫茶も目的が全く理解できない様子だった。
「うっわー、おりょうさん、さすがよく似合ってるぅ!」
彼女の古風な口調と純日本人的な外見もあいまって、その衣装は大変良く似合っている。が、おりょうはあまり納得の行っていない様子で、ひたすら首をかしげた。
「だいたい、何だこの刀は?巫女になぜ刀が必要なのだ?」
「それは、女王の刃だから」
「なんだそれは」
「いやー、そっち方面のことはわたしも専門じゃなくて」
「そうか……いろいろあるのだな」
「スライムみたいな感じの子の方が好き」
「知っているのではないか」
半眼でつっこんでから、おりょうは改めてミルカの格好をしげしげと眺めた。
「しかし…ミルカ殿のその格好…風紀にひっかからぬのか…?」
「えーっ、大丈夫よ。タイツはいてるし、おへそ隠れてるし、上からベストも着てるから」
「いや、そういう問題ではなくてだな…」
「本当はその刀も30センチ以上の長物は禁止なのよ?」
「そうなのか?」
「うん、だけど先輩が無理やりねじ込んで」
「あやつめ……いや、今はそのような話ではなくてだな。
ミルカ殿のような女性がそのような挑発的な格好をしていると、勘違いをする輩もおるのではないかということだ」
「それは、私もさんざん言ったのだけれどね」
そこに、シスター姿になったフィズが苦笑して割って入る。
「ミルカが、平気だと言うから。まあ、もちろん私たちも気を配るようにはするけれど」
「む、そうだな。私に役目を押し付けたあやつを見ていればわかるが、この類の輩には悪乗りをする傾向があるようだからのう。
不埒な行いには断固として制裁を加えなければな」
真面目な表情で言うおりょうに、苦笑するミルカ。
「ま、まあ、ほどほどにね。わたしも適当にあしらうし」
「それでも、男性が力ずくで来られたら力では敵わないだろう?十分気をつけて」
なおも心配そうなフィズに、ぱたぱたと手を振って。
「大丈夫よー、あそこのミニスカポリスが逮捕してくれるって」
「あんたねええぇぇ!!」
指差された先で、恥ずかしそうにミニスカートの裾を気にしていたカイが、ミルカの言い草に怒り心頭で歩み寄ってきた。
「なんであたしがこんな服着なきゃいけないのよ!ちょっと喫茶店のウェイトレス手伝うだけって言ったでしょー?!」
「あはは、だからそれがウェイトレスの制服なんだって」
「聞いてないっつうの!知ってたら協力なんて絶対しなかったよ!」
「あはは、だから言わなかったに決まってるじゃない」
「お・の・れ・は~!!」
「ちょっ苦しいギブギブ」
ミルカとカイが楽しそうに(若干一名は楽しくなさそうだが)じゃれていると。
「相田さん、サンドイッチ用意終わりましたよ。パスタの下ごしらえもやっておきましたけど」
「あっ、ありがと~ミケ先生!」
隣の準備室からひょこりと顔を出した男性に、ミルカは笑顔で手を振った。
ミケ先生と呼ばれた青年の名は、宮田 慧。今年就任した新任の数学教師で、穏やかな物腰と少女のような顔立ちから早速ミケ先生と呼ばれ親しまれている。
彼は漫研の担当ではないのだが、料理好きで、喫茶店などを出店するところの裏方を希望していたのをミルカが聞きつけ、スカウトしてきたというわけだ。
「じゃっ、ミケ先生にも協力してもらわないとね!はい、これ衣装!」
ミルカは早速、出てきたミケに、別に用意していた執事服を差し出した。
びっくりして首を振るミケ。
「ええええええええ、僕はあの、教師ですし!それにあの、こういうところに来る客層だと僕なんかこう、いらないと言われそうな気が!僕じゃ女性客呼べないんですよ?禍宮先生の方が!」
「カーリィ先生はもう白衣着てあそこでスタンバってるわよ」
けろりと言って入り口を指差すミルカ。
入り口そばのカウンターで、白衣に聴診器を下げてバインダーを持っているカーリィがひらひらと手を振る。
「やっほー、今日は森川さん声でがんばるよ~」
「誰ですか」
「メガネ声で有名な声優さん」
「メガネ声って何ぞ?!」
「跪き、許しを請う姿を見せてくれ…」
「その人はメガネじゃありませんよ?!」
ひとしきりつっこんでから、ミケははあ、と肩を落とした。
「着るしかないんですね…お料理の手が空いたときでいいなら」
「もちろんもちろん♪まあまずは始まってしばらくはお客さんもまばらだろうし外で客引きしてきてね」
「えええええ」
抗議したが、なんだかんだでミルカに言いくるめられて控え室に着替えに引っ込むミケ。
ミルカは改めてメンバーに向き直ると、腰に手を当てた。
「じゃ、交代であたりましょ。とりあえず、カイとおりょうさんは先に見て回ってきたら?」
「え」
「良いのか?」
きょとんとするカイとおりょうに、ミルカはにこりと頷いた。
「うん。お昼くらいが一番混むでしょうから、そこに4人+ミケ先生であたって、午後はわたしとフィズが回ればいいでしょ」
言って、シスター姿の恋人の腕を嬉しそうに引き寄せる。
カイは呆れたように手をひらひらさせた。
「あーはいはい…んじゃ、あたしは先に出させてもらうよ。つーか、先に出ていいんなら着替えは戻ってきてからでいいじゃん…」
「え、何言ってんの当然宣伝のためにその格好のまま出てもらうのよ?」
「はぁ?!」
再び眉を吊り上げるカイ。
「あんた何考えてんの!こんなカッコで外歩けるわけないでしょー!」
「まあまあ、宣伝だと思って!」
「絶対却下!今すぐ着替えてくるから!」
カイは怒り心頭の様子で控え室の方へ行ってしまった。
「んー残念。おりょうさんも着替える?」
「いや、私は別に構わぬ。カイ殿ほど露出も高くないし、着替えも面倒だ」
「そっか、よかった。声かけられたら宣伝しといてね」
「了解した。そうさな、私は気になっていた演劇でも見てくるか…ではな」
「はーい、いってらっしゃーい」
おりょうは淡々と言い置くと教室を後にした。
「こ、これでいいのかな…?」
そこに、カイと入れ替わりで控え室から出てきたミケがやってくる。
「わっ、やっぱり似合ってる~!はいそれじゃあこれチラシね!看板とどっちがいい?」
ミルカが駆け寄ってさっとチラシを出すと、ミケは微妙な表情でうっと固まった。
「か、看板はキャバレーの客引きみたいなんで、チラシにしておきます…」
「キャバレーの客引きと大して変わらないと思うけど」
「自分で言わないで下さい!では、行ってきます」
「いってらっしゃーい」
チラシを持ったミケを見送るミルカ。
開場の時刻はもうすぐだった。

「コスプレ喫茶です、よろしくお願いします……」
ミケは多少恥ずかしそうに、廊下を行きかう人々にチラシを配って回っていた。
「うう、早く終わらないかな…」
まさかこんな展開になるとは思っておらず、適当に配って早く帰りたいのが本音だ。
と。
「あっ、いたいた。探しましたよーミケ先生v」
後ろからかけられた声に、びくりと肩を震わせる。
ゆっくり振り向くと、廊下の向こうから満面の笑みでリリィが駆け寄ってくるところだった。
「…来瀬さん」
苦い表情で名を呼ぶミケの様子には構わず、パタパタと駆け寄ってミケの前で足を止めるリリィ。
「あは、コスプレ喫茶って本当だったんですね、良くお似合いですよ」
「微妙に嬉しくないんですが…何ですか、何か用ですか」
生徒には分け隔てなく優しく接するミケだったが、どうも彼女は鬼門だった。出来れば無視して立ち去りたい気持ちを抑え、そっけない態度で問う。
リリィは相変わらずニコニコしながら、答えた。
「ええ、ちょっとミケ先生に協力していただきたいことがあって」
「協力?」
「はい」
にこ。
リリィが笑みを深くした瞬間。

ばちん。

あまり学校の廊下で響く音ではない音がして、ミケの意識が暗転した。

「カーリィ先生~」
入り口で接客をしていたカーリィは、声をかけられてそちらを向いた。
「あれ、百合ちゃん。今日確か、劇に出るって言ってなかった?猫ちゃんと一緒に」
駆け寄ってきたリリィに笑顔でそんなことを聞いてみる。
リリィは同じように笑顔をカーリィに返した。
「はい、これからなんです。それで、ちょっとミケ先生をお借りしましたので、ご報告に来ました」
「ミケ先生を?」
きょとんとするカーリィに、変わらぬ笑顔で。
「はい。あ、舞台が終わったらお返ししますので、お昼前までには」
「あ、そうなんだ。うん、お昼に間に合えば大丈夫だよ」
「そうですか、よかったvそれじゃあ、お借りしていきますねvあ、ミケ先生が持ってたチラシは、代わりにメイが全部配りましたんで」
「はは、皐月ちゃんも大変だねえ。それじゃ、舞台がんばってね~」
「ありがとうございます。それじゃあ」
リリィは再び上機嫌で去っていった。

「すまぬ、遅くなってしまったな」
昼前にいそいそとおりょうが帰ってきた頃には、喫茶はかなり盛況で、列まで出来ている有様だった。
ドリンクを運んでいたミルカが笑顔で出迎える。
「あっ、おりょうさん、おかえりなさーい。…あれ?ちょっと目が赤いわよ?」
「ぬ。な、何でもないぞ」
おりょうは誤魔化すように目元をごしごしとこすり、きょろきょろと辺りを見回した。
「そ、それでは、さっそく業務に戻ろう。私は何をすればいい?」
「あ、じゃああっちに新規一名入ったから、行ってもらえる?」
「了解した」
おりょうは頷いて、いそいそと控え室に戻り、水とメニューを持ってきた。
そして、先ほどミルカが指し示した窓際の一人席の少女の元へ向かう。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」
のそり、という感じでゆっくりとおりょうのほうを向く少女。中等部2年、ジルだった。
おりょうは淡々と水とメニューを置いた。
「私はおりょうと申します。こちらではウェイトレスがお客様に名刺をお配りすることになっておりますので、こちらからお選びください」
ずらり。
おりょうが袂から出したのは、おみくじと書かれた札だった。正面には確かにおりょうの名前が書かれている。
「……おみくじ?」
無表情のまま、僅かに首をかしげるジル。
おりょうも無表情で頷いた。
「運試しです。どうぞ」
「じゃあ……これ」
ジルは中央の札を手に取り、くるりと裏返して読み上げた。
「末吉:今が正念場。全力を尽くせ……」
「はは、正念場のようですね」
おりょうが軽く笑って言うと、ジルは妙に真剣な表情で頷いた。
「うん……ありがとう…」
「お料理は、こちらの品書きからお選びください」
指し示したのも、おりょう専用メニューの絵馬。少々かさばるが、絵も綺麗で字もなかなか達筆だ。
ジルはしばしメニューを見て、それから左の方を指差した。
「この『おまかせ』と『おまかせドリンク』を1つずつお願い……」
「おまかせと、おまかせドリンクですね。
けたわたりまし……噛んだ……ではなく、承りました」
「しかし……すごいところだね…この人形とか…」
テーブルに置かれていたフィギュアを触ろうとしたジルを、慌てて制すおりょう。
「そのフィギュアにはお手を触れないでください。レジンキャストはデリ……あ、失礼しました。何でもありません」
「……?」
不思議そうに首を傾げるジルに、おりょうは一礼して控え室へ引っ込んだ。

「お待たせいたしました。謎ドリンクと謎オムライスです」
こと。
おりょうが持ってきたものは、確かに『謎』としか言い表せない外見をしていた。
ジルは無表情でそれをじっと見つめた後、小さく「いただきます……」と言ってジュースに口をつける。
おりょうは「では、失礼します」と一礼して、その場を辞そうとした。
「…あ。待って」
そこをジルに呼び止められ、おりょうは足を止めて振り返った。
「はい?」
「……キーボードを貸してもらえそうなところ……どこか知らない……?」
唐突なジルの質問に、きょとんとする。
「キーボード……ですか?
私は残念ながら高等部在籍ではないので、このあたりのことは……失礼、カイ殿。
キーボードを貸していただける場所に心当たりはござらぬか」
「キーボード?」
そこを通りかかったカイがおりょうに呼び止められ、首をかしげる。
「さぁ…音楽室とかじゃないの?」
「音楽室のものはもう他のグループが使っちゃってるんだ……」
ジルが言うと、カイは眉を寄せた。
「それじゃあ、ちょっと心当たりないな…ねえミルカ、キーボードってどっかにないか知らない?」
「キーボード?」
さらに呼び止められたミルカも加わり、しかしやはり難しい顔で首をかしげた。
「さあ…わたしは音楽方面はちょっとなぁ…何に使うの?」
「…野外会場の…ライブに……」
「えぇ?今日のライブなら準備してあるんじゃないの?」
「それが…壊されちゃって……」
「まぁ!酷いことする人がいるのね」
ミルカは困ったように眉を寄せ、腕組みをした。
「音楽室でダメなら…あとは、フリマとかに出してる人いないかな?」
「フリマなら…コンドルが行って……っ」
ジルがそこまで言ったところで、懐の携帯が震えた。
「…コンドルだ」
届いたメールを見て、ジルの表情が僅かに明るくなる。
「……キーボード……あったみたい」
「わぁ、よかったわね」
笑顔で頷きあう3人。
ジルも嬉しそうな無表情で頷いた。
「じゃあ……これ食べて…急いで行こう……どうもありがとう」
「どういたしまして。がんばってね!」
「うむ、応援しておるぞ」
ミルカとおりょうの励ましに、ジルは小さく頷いて、まずは目の前の謎メニューの制覇に取り掛かるのだった。

「え……えらい目にあいました……」
ミケが帰ってきたのは、それからさらにしばらくしてだった。
「あら。どこ行ってたのミケ先生」
驚いて出迎えるミルカに、げっそりとした表情で答える。
「ええ……あの…ちょっと、拉致されてまして…」
と、そこにおりょうもやってきた。
「これはミケ先生。先ほどのお芝居、素晴らしかったです」
「み、見てたんですか!」
「え、ミケ先生お芝居に出てたの?!」
「え、ええ…出たというか出させられたというか……」
「愛と友情の感動巨編だった…あれほどまでに感動的な芝居を私は見たことがなかったぞ」
「え、それ本気で言ってます?」
思い出し泣きをしかねない表情のおりょうに、冷静につっこむミケ。
すると。
「まあっ、ありがとうございますーv」
「うわぁっ」
ミケの後ろからリリィがにゅっと顔を出して、ミケは思わず飛びのいた。
「おお、人魚姫どのじゃな。素晴らしい芝居だったぞ」
嬉しそうに言うおりょうに、リリィもにこにこと答えた。
「ありがとうございます、がんばったかいがありました、うふv」
「な、な、何しにきたんですか」
戦々恐々のミケに、変わらぬ笑顔を向けて。
「何しにって、お茶しに来たに決まってるじゃないですか」
「はぁっ?!」
リリィの言葉に、ミルカがぽんと手を打った。
「あら、それじゃあお客様ね。おりょうさん、案内してあげて。ミケ先生はおもてなし。よろしくね」
「心得た。お席にご案内します、こちらです」
「まあ、ありがとうございますv」
「ちょっ、何で僕が!」
「手伝うって言ったでしょー?わたしも他の人も手一杯なのよ、ほらほら、ちゃっちゃと行く!」
「うふふ、楽しみにしてますよー、執事さんv」
「ううう、陰謀の臭いが……」
ぶつくさ言いながらも、ミケは控え室に引っ込むのだった。

「……お待たせいたしました」
仏頂面で、ミケはリリィのテーブルに水と菓子を置いた。
「まあ、ありがとうございますvこのお菓子は?」
「個別に、対応したウェイトレスの名詞をご用意してるんですよ。僕のは、これです」
ハート型のパイに、チョコレートで「Kei Miyata」と書いてある。
リリィはそれを手に取ると、嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ、なんだか食べるのが勿体無いですねえ」
「別に食べなくてもいいですよ、いらないなら下げます」
「いらないなんて言ってないじゃないですか~。食べちゃっていいんですか、ミケ先生を、ぱくっと」
「高校生がそういうことを口にするんじゃありません!」
「ええっ?私何か今変なこと言いました?普通にこのパイ食べていいんですかって言っただけですよね?」
「~~っ、あなたという人はー!!」

「おい、あそこにいるの、さっきのミケとかいう……」
「あら、本当ですね。お客様の方は来瀬さん……ええと、人魚姫の方です」
同じく、昼食を食べにコスプレ喫茶にやってきていたササとオルーカ。
列に並んで待っている間にミケとリリィのやりとりを目撃したのだった。
うっとりと2人のやり取りを見やるオルーカ。内容は無視。
「なんて息のあった二人なんでしょう」
「お似合いだな」
「二人で一つとはまさにこのことですね」
「ミケ先生、尻に敷かれてそうだけどな」
「でも幸せそうですよ」
「そうだな」
リリミケという名のフィルターのかかった視線でコメントを述べる二人。
ササは面白そうに店内を見回した。
「コスプレ喫茶っていうから、ガ○ダムの格好とかしてるのかと思ったけど、そういうんじゃないんだな」
「そうですねぇ。1st連邦軍の制服ならぜひフ○ウ・ボゥの生足仕様がいいと思ったんですけど、残念ですねえ。あ、でもスラックスはいてても 、逆に萌えるものがあるっていうか」
「ま、想像してたのとは違うけど、面白そうだな」
「うーん、一通りの需要は揃えてあるんですね…素晴らしいです」
微妙に視点の食い違う2人のコメント。
「ん?おい、オルーカ。あれ、お前のとこの古典教授の…」
ササが指差した先では、おりょうが接客をした男性に絡まれていた。

「うほっ巫女さんktkr!ねえねえその剣本物?」
「刀はお客様を護るためです。どうかお気になさらぬようお願いします」
「武者巫女さん萌ええぇぇ!巫女さんって下履いてないって本当?本当?」
「お客様、それは困ります。それ以上は、お戯れでは済ませられません」

「私には何も見えません」
努めてそちらの方は見ないようにして、オルーカはきっぱりと言った。
「でも…」
「そんなことよりササさん、先ほどの劇はどうでしたか?」
強引に話を逸らすオルーカに、ササは釈然としない表情で答える。
「ああ、うん。楽しかったぜ。けど、ネイトはあれでよかったのか?」
「元気な子ですから。体ごと当たっていく、いつものパターンです」
「…ちょっと将来が不安だな」
「子供はあのくらい元気が一番です。あ、そうだ」
オルーカは唐突に何かを思い出した様子で、ポケットをごそごそと漁った。
小さな包みを取り出し、ササに差し出す。
「どうぞ。飴玉です。まだお店の中に入るにはかかりそうですし、お腹の足しにはあまりならないかもしれませんが、ないよりはいいでしょう」
「お、さんきゅー。ん。疲れてる時はやっぱり甘いものだな」
オルーカの飴を舐めながら、2人は列が縮まるのを待つのだった。

「いらっしゃいませー、ようこそお越し…あっ、オルーカ先生!こんにちはーv」
ようやくオルーカたちの順番が回ってきて、ミルカが二人を出迎える。
「み、ミルカさん、すごいですね、その格好…」
「おいおい、風紀に引っかからないか?」
ミルカはオルーカの隣にいたササの方をきょとんと見やった。
「あれ。オルーカ先生の彼氏?」
さらりと直球で問うミルカに、オルーカもさらりと答えた。
「あ、はい。ミルカさんは初めてお会いするのでしたね。薬学部院生の猿正土三地亜賀さん、です。ササさん、この子は高等部の相田未留架さん 」
「よろしくな。オルーカの生徒さん」
ササも礼をすると、ミルカはにこりと微笑み返した。
「うふふ、後でオルーカ先生のお話聞かせてね。じゃ、こちらへどうぞ!」
そうして、ミルカは2人を席へと案内するのだった。

「はい、お待たせしました。こちらメニューと、これわたしの名詞ね!」
控え室から水をもってきたミルカは、オルーカとササに水を出すと、それにカードのようなものを添えた。
「名詞……ですか?」
「うん、担当になったウェイトレスが自分の名刺を1枚ずつ配ってるの。格好にちなんだものや、自分のオリジナルのアイデアでね」
「なるほど、それでトランプのカードなのですか…」
「あはは、カジノ風にね」
「可愛らしいですね。手作りですか?」
「もちろん。ちなみにフィズは免罪符で、カイは逮捕状ね」
「そ、それはちょっとアレですね……」
微妙な表情で言って、オルーカは改めてメニューに目を落とした。こちらも、ルーレットをモチーフにしたカジノ仕様のものになっている。
「何にしようかな…おすすめはなんですか?」
「んー、女の人ならクリームパスタかなー。サンドイッチも美味しいわよ」
「あ、じゃあサンドイッチで。ササさんは何にします?」
「じゃあオレ、オムライスのランチセット。飲み物はコーヒーで。オルーカは?」
「いちごスムージーをいただきます」
「サンドイッチとオムライス、コーヒーといちごスムージーね…了解。少々お待ちくださーい」
ミルカは伝票にメモして一礼すると、再び控え室に引っ込んでいった。
「しかし、凝ってるんだなぁ…この名詞とか、よく出来てる」
ササが改めて、ミルカが置いていった名刺を指先でいじっていると。
ひょい。
「これは没収です」
ササの持っていた名詞を取り上げ、にこりと笑うオルーカ。
「えええ?」
「やはり風紀上、よくありませんから!」
ぴしゃりと言って、オルーカは名詞をカバンにしまってしまう。
「…まあいいけど…」
微妙な表情で呟くササ。ヤキモチを妬いているのだろうかと思うと、少し嬉しくなる。
「それにしても、本当に色々な格好の方がいますねえ……あっ」
店内を見回していたオルーカの視線が、入り口近くでぴたりと止まった。
「ん?どしたオルーカ。知り合いか?」
「えっ!い、いえ、知り合いじゃないですけど…確か、初等部の先生で…」
入り口傍のレジで清算をしているカーリィ(白衣メガネ)を食い入るように見つめながら、もじもじと言う。
眉を顰めるササ。
「初等部?じゃあ、直接関わりはないんじゃ?」
「は、はい。あ、だからこそ、今ご挨拶しておかないとかもっ…」
ふらり。
何かに引き寄せられるように席を立ったオルーカを、ササは慌てて呼び止めた。
「お、おい。いきなりか?知り合いじゃないんだろ?」
「でも同じ職場で働く同僚です!」
かなり強引な理由をつけて足早にカーリィの方へ行ってしまうオルーカ。
ササは面白くなさそうな表情で、軽くテーブルを叩いた。
「なんだ、ったく」
「お待たせしましたー、コーヒーといちごスムージー……あれ?」
そこに、飲み物を運んできたミルカがやってきて、きょとんとする。
「オルーカ先生は?」
「……あっち」
不機嫌そうに入り口を指差すササ。
そこでは、オルーカが上機嫌でカーリィに話しかけているところだった。
苦笑するミルカ。
「あー、カーリィ先生美形だからねー」
「はは……」
「理事長の弟だし」
「な、マジで?!」
「うん。禍宮先生、っていうのよ。理事長と同じ苗字でしょ。弟さんだって」
「マジか……!」
なんとなく呆然として、ササ。
ミルカは苦笑したまま、ササに言った。
「まあまあ。オルーカ先生もミーハーなだけだって。大丈夫よ。カーリィ先生は三次元には興味ないし」
「ま、わかっちゃいるけどさ……」
はあ。
ササはため息をひとつついて、隠し持っていた包みを取り出した。
「こんなの用意してみたけど…上手く行くのかな……」
「なに、なにそれ?」
興味津々で覗き込むミルカ。
ササは言いにくそうに答えた。
「まあちょっとしたプレゼントってとこ」
「プレゼント?」
さらにつっこんでくるミルカ。
ササは一瞬迷って、それでも隠したところで仕方がないというように答える。
「んー。………家の、鍵」
「まあっ!まああああ!」
大興奮のミルカ。
「ねえねえそれってそれって、プロポーズ?!いや、プロポーズなら指輪か。一緒に暮らしましょう的なアレ?!」
抑えきれていない小声で問うと、ササは少し恥ずかしそうに言った。
「あー、まー、そんなとこ」
「じゃあっ!わたしに任せて!これ、お料理と一緒にもってきてあげるから!」
「え、いいのか?」
「もっちろん!こういうのは演出と雰囲気が大事なんだから!」
「じゃ、じゃあ……頼むよ」
「オッケー!」
ミルカはウインクして包みを受け取り、いそいそと再び控え室に戻るのだった。

「あの、初等部の禍宮先生、ですよね?」
清算をした客を見送ってから声をかけられ、カーリィはそちらの方を振り返る。
「私、中・高等部古典教諭の折宇羽花と申します」
「折宇先生」
カーリィはきょとんとして名前を繰り返してから、にぱっと笑った。
「ああ、ミルカちゃんからよく聞いてるよー。初めまして」
「あっはい、これからよろしくお願いします」
頬を紅潮させて頭を下げるオルーカ。
カーリィはあははと手を振った。
「そんな畏まらないでー?僕のこともカーリィでいいよー」
「え、え、でもそんな」
「禍宮って、この学校にたくさんいるからさ、ヘンな感じ。生徒達もそう呼んでくれてるし」
「じゃっ、じゃあ…カーリィ、先生?」
「うん、そうそう」
「あは、何か照れちゃいますね。あのっ、じゃあ私のことも、よければオルーカと…」
「ああ、そういえばミルカちゃんもそう呼んでたね。じゃあ、オルーカ先生、で」
「あ、ありがとうございますー」
すっかりでれでれのオルーカ。
カーリィはにこにこしたまま、続けた。
「んじゃ、オルーカ先生。そろそろ戻った方が良いんじゃない?」
「え」
「お連れの人。彼氏でしょ?何か気にしてるよー?大丈夫?」
「えっ、あ、あわわ、そ、それじゃあ戻ります、すみません!」
「ゆっくりしていってねー」
慌てて礼をして席に戻るオルーカを、カーリィは変わらぬ笑顔で見送った。

「ええい、やっておられん!なんなのだあの連中は!いいかげん疲れたぞ!」
控え室に戻ったおりょうは、うんざりとした表情で開口一番そう言った。
「まあまあ、報酬のためでしょ?」
「それはそうなのだがな。ええい、報酬のために我慢だ、我慢」
ミルカに言われ、呪文のように自分に言い聞かせる。
「まさかウェイトレスがこんなに厳しい仕事だとは思わなかった」
「うんまあ、厳しいのはウェイトレスだからじゃないと思うけどねー」
「うう、ダメージが……30分ほど休ませてくれ……ん?」
そこまで言って、おりょうはミルカが何かしているのに気がついた。
「どうした、ミルカ殿。そのサンドイッチはもう出来上がっているのではないか?」
「サンドイッチはね、できてるんだけどねー…ふふふ、これが重要なのよ……よしっ、できたv」
「なんだこれは……鍵?」
サンドイッチの皿の中央に、綺麗な包み紙でしつらえられた台が置かれ、その上にはリボンで飾られた鍵が、小さなビロードのクッションの上に うやうやしく置かれていた。
「うん!これからキューピットになりに行くのよ~、うふふv」
「な、なんだか判らんが…がんばってくれ」
「それじゃ、いってきまーす♪」
上機嫌でサンドイッチとオムライスを持って控え室を後にするミルカを、おりょうはわけが判らぬまま呆然と見送るのだった。

「す、すみません、お待たせしました……」
オルーカは少し肩を縮めてササの待つ席へと戻ってきた。
「挨拶できたか?」
半眼でそれを出迎えるササ。
「はい。あ、違うんですよ。禍宮先生は。いえ、ちょっとカッコいいとは思いますが。ほら、同僚の先生ですから。ご挨拶を!」
「オレの名刺は没収したくせに…」
「あ、あれは教師としてですねえ!」
「分かってるからあんま言い訳するな。逆にへこむだろー」
苦笑してササが言うと、オルーカは照れたように笑った。
「す、すいません」
そこに、料理を持ってミルカがやってくる。
「お待たせいたしましたーvこちら、オムライスになりまーす」
こと。
美味しそうなオムライスをササの前に置き。
「そしてこちらが、サンドイッチでーす!」
こと。
さきほどの鍵つきサンドイッチをオルーカの前に置く。
「……え、これ?」
サンドイッチの中央に置かれた豪華な飾り付けに驚いてミルカのほうを向くオルーカ。
ミルカはにこりと微笑んだ。
「こちらのお客様からでーすv」
「えっ……」
「それじゃ、ごゆっくり~♪」
言い置いて、上機嫌で控え室へと戻っていく。
「え、これ、あの、ササ、が?」
まだ混乱した様子で、サンドイッチの中央を凝視するオルーカに、まさかここまで派手なことをするとは思ってもみなかったササが苦笑する。
「ああ、プレゼントしたいって言ったら、さっきの子が、協力してくれるって言うから…まさかここまでしてくれるとは思わなかったけど」
「えっと……鍵、ですか?」
おそるおそる、リボンのかけられた鍵を指先でつまみあげるオルーカ。
「うん。あのさー。オレ達も付き合って結構長いじゃん?」
ササは改めて、テーブルの上に肘をついて身を乗り出した。
「オレ、今は院生だけど、来年ちゃんと就職しようと思ってるんだ」
「えっ。院はどうするんです?」
「就職したらやめるよ」
「いいんですか?」
「うん。実家のこともあるし。まあもろもろ考えて」
「そうですか…」
ササの実家があまり裕福ではないというのは聞き及んでいる。それでも、院まで行ったのに好きな勉強を途中で辞めるのは気の毒な気がして、オ ルーカは少しだけ表情を曇らせた。
「なんでさあ、まあ。これ貰ってくれる?」
「えっ。あの」
ササの言葉に、ようやくその意味が脳に浸透してきたらしいオルーカ。
「…これ、えと。ササの……部屋の、鍵、ですよね」
「…まあ、そう」
「それは…その。私が、ササの部屋で一緒に住む…と」
「直球で言うと、まあ、そういうこと」
「えと、あの」
オルーカは頬を染めて、そわそわと視線を泳がせた。
「一緒に住むってことは…」
その先は口に出せないが、言外に結婚の二文字がにじんでいることは容易に見て取れる。
ササは苦笑した。
「そんなに重く考えなくても。いや、軽く考えられても困るけど」
「…あなたがこんなことするなんて思ってませんでした」
ササもオルーカもサバサバしていて、ロマンチックとは程遠い。同じ同棲を言いだすにしても、鍵を渡すなどという回りくどいことをせずに直球 で言葉に出すのがいつものササと思っていた。
ササはわずかに不安そうに、オルーカに聞いた。
「やだ?」
「えっ、いえ」
オルーカは慌てて否定して。
「……嬉しいです」
それから、満面の笑みを浮かべた。
「………」
「貰います、ね」
「そう。よかった」
ササはぶっきらぼうに言って、照れたように顔を背けた。
にこ、と笑みを深めるオルーカ。
「ありがとうございます、ササ」
「ん」
短く返事をしつつも、呼び捨てがちょっと嬉しいササ。
オルーカは大切そうに鍵を荷物にしまうのだった。

「お2人で1000円でーす」
「えっ、それだけでいいんですか?」
「あはは、学園祭だもん、そんなにふっかけられないよー」
昼食を食べ終わり、会計に来た2人。
恐縮してカーリィに代金を払っているオルーカの後ろで待つササに、ミルカがこそっと声をかけた。
「ねえねえ!どうだった?」
「ん、ばっちり。ありがとな」
「ホント!きゃー、今度オルーカ先生にいろいろ聞かなくちゃ!」
「あれ、ミルカさん」
そこに、会計を済ませたオルーカが、カーリィに貰ったカルテ(レシート)をごそごそとしまいながら声をかける。
ミルカは満面の笑みでオルーカに言った。
「オルーカ先生、来てくれてありがとう!お幸せにね!」
「あ、え」
オルーカは僅かに頬を染めて、それから満面の笑顔を返した。
「はい、ありがとうございます」
「どーも。そんじゃ」
ササの方はそっけなく言って、くるりと踵を返し。
オルーカはもう一度礼をして、その後を追う。
ミルカは2人の姿が見えなくなるまで、上機嫌で見送るのだった。