あの遠い地で、想いを交わして。
たった二人だけで、この世界へ戻ってきて。
あそこに行く前には想像もつかなかったような、
穏やかで幸せな日々を送っている。

何もいらないと思っていた。
その手も、言葉も、優しい眼差しも、
俺に向けられなくても構わない。
ただあなたのそばにいて、あなたを守ることが出来れば、と。

けれど、こうして自分の望んでいたものを得ることが出来て。
それだけで、自分には身に余る幸せだというのに、
どんどん貪欲になっていく自分に気付く。

もっと、もっと。あなたの全てが欲しい、と。

だけど、そんなことを思ってしまうのが子供くさく思えて。
一つ年下だという、ただそれだけのことが恥ずかしくて。
俺はいつも、言葉を伝えずに口をつぐむ。

あと1年早く生まれていたら。
そんなことを考えたって、仕方がない、のに。

「はぁ……楽しかったね~」
今日の余韻を楽しむようにうっとりとため息をつきながら、先輩は言った。
「本当にすみません。飯まで奢ってもらっちゃって…」
「ちちち。譲くん、そういう時は、『ありがとう』っていうのよ?」
先輩は何かの漫画の主人公のように人差し指を振って、わかってないなぁと言うように首を振った。
「今日は譲くんのお誕生日。そのプレゼントも兼ねた遊園地でしょ?私が全部お金出すのは当然よ」
そう。
今日、7月17日は俺の誕生日だった。
たまたま日曜だったこともあって、プレゼントは物をあげるより二人で思い出を作ろう、という先輩の提案に異論があるはずがなく、俺たちは二人で臨海公園にある遊園地に足を運んだ。
遊園地なんて小学校以来だったが、先輩と二人で回る時間は本当に楽しくて、テスト明けに久しぶりに楽しい時間を過ごすことが出来た。
そして、帰りがけに二人で食事を取って、今は帰り道の途中にある公園で一休みしているところだ。
夏といってもさすがにこの時間になるとあたりはすっかり暗く、ひとけもない。
「でも、ごめんね。せっかくの誕生日なのに、プレゼント何にしたらいいのか全然わからなくって」
俺の隣に座った先輩が、苦笑して言う。俺は微笑んで首を振った。
「とんでもないですよ。素敵なプレゼントでした。ありがとうございました」
「なんかねぇ、私こういうの、考えれば考えるほど頭ぐちゃぐちゃしてきて決められなくなっちゃうの。譲くんが今何欲しいのかとか考えたら、ああでもないこうでもないって。
いっそのこと譲くんに訊いちゃおうかとも思ったんだけど、それも何か…ねぇ」
肩をすくめて、先輩。
どう返事していいのか、わからない。
「先輩のその気持ちが嬉しいですよ。ありがとうございます」
そして俺は、また本当の言葉を出さずに口をつぐむ。

欲しいもの?そんなもの決まってる。
でもそんな子供っぽい欲求が、自分でも嫌で。
それを隠すことも恥ずかしくて、自分の何もかもが嫌になる。

せめて、あと1年早く生まれていたら。
先輩と同い年だったら、こんな焦燥はなかったかもしれないのに。

「……………」
と、そんなことを思っていたら、ある考えが脳裏をよぎった。
「…先輩。じゃあ…一つだけ、プレゼントをお願いしていいですか」
先輩に向き直って、言う。
先輩は嬉しそうに笑って、頷いた。
「お願い?うん、いいよ、言ってみて?」
「えっと……」
言ってはみたものの、なんだか言葉にするのが恥ずかしくて、一瞬ためらう。
「今日、俺は17になったから…これからしばらくは、先輩と同い年、ですよね」
先輩は一瞬きょとんとして、それから大発見をした子供のような表情で頷いた。
「…そういえば、そうだよね!私の誕生日まで、譲くんと同い年だね!」
なんとなく、先輩も嬉しいのかもしれない。
想いが同じだと思うと、急に勇気が湧いた。
「だから……同い年でいる間だけ、『先輩』って、なくしても…いいですか」
再び、先輩はきょとんとした表情になった。
しまった、と思う。
やっぱり、子供っぽい。こんなことに拘ってるなんて。
身体がかっと熱くなる。
慌てて言葉を訂正しようと思った、その時。
「……いいよ」
先輩が、ふわりと微笑んだ。
どきっとする。
かすかに頬を染めて、すごく嬉しそうに。
胸が詰まって、言葉が出ない。
「だって、同い年だもんね。先輩、なんて変だよね」
身を乗り出して、顔を近づける。
息がかかるくらいに。
「だから、私も譲くんのこと、年下っぽく言うの、やめるね。
……私の誕生日、まで」
口調と視線が、次第に真剣なものに変わっていく。
そっと、手を重ねられて。

「………譲」

囁くように呼ばれて、心臓が跳ねた。
先輩は俺をまっすぐ見詰めたまま、続けた。
「…譲。呼んで、私の名前」
言われても、口が上手く動かない。
自分で言い出したことなのに。
喉が渇いて、口の中もカラカラで。たった三文字の言葉が、上手く喋れない。
「の……」
俺はよろよろと、もう片方の手を先輩の肩にかけた。
そのまま、先輩の……
……望美の耳元で、低く呟く。

「………望美……」

望美の肩が、ぴくりと震えた。
見れば、頬を真っ赤にして、呆然としている。
きっと俺も、同じような顔をしていたんだと思う。
「……あ、は、はははは、自分で言っておいてなんだけど、何か、やだ、照れちゃう」
「…そ、そう、ですね……やっぱり…やめますか?」
「だめ」
急に表情を険しくしてきっぱり言い切ると、さらに人差し指を俺の口元に突きつけた。
「ついでに、敬語もダメ。同い年なんだからね?わかった?」
いや、というか微妙に指先が唇に当たってるんですけど…
俺は苦笑して、答えた。
「……わかったよ、望美」
望美はまだ赤い顔をしたまま、それでも嬉しそうに微笑んだ。
「ふふふ。何か、嬉しいな。あんまり、プレゼントになってないけど」
その表情は、なんだか子供みたいで。
この人への愛しさで、胸がいっぱいになる。

この人の、嬉しい時は素直に喜び、悲しいときには泣き、許せないと思うことには立ち向かえる。
そんな、自分を偽らない強さを、俺は好きになったのに。

「………望美…」

もうつまらない意地で、自分を偽るのはよそう。
思うままに。我侭でも、素直にこの人を好きでいよう。

「…好きだよ、望美。ずっと…ずっと好きだった」

抱き寄せて、呟けば。

「私も…好きよ、譲。これからも、ずっと好き」

重ねた手に力が篭る。

どちらからともなく目を伏せて、自然に唇が重なる。

あふれ出しそうな思いの中で、
俺はこの世界に生まれ落ちたことを、素直に感謝していた。

Happy Birthday to Yuzuru!

“Without” 2005.7.6.KIRIKA

「遥かなる時空の中で3」譲生誕祭に寄稿した作品です。運命の迷宮後、恋人同士の二人。譲くんはきっと一歳年下だということに負い目と焦りを感じてたんだと思うんですけど、望美ちゃんは望美ちゃんで、年下組はお互いをタメ口呼び捨てで呼んでるのに…とモヤモヤしてたんだと思うんですよね、という話。ちなみにうちの望美ちゃんの誕生日は私と同じなので、金属性と相性はいいですが二人の年齢が重なることはないですw