丁寧に、丁寧に包む。
とても綺麗に見えるように。
中身が少しも見えないように。

綺麗なところだけを見て欲しいから。
醜い中身を見られたくないから。

丁寧に、丁寧に。
幾重にも折り重ねて包んでいく。

ほんとうのこころを。

ホワイトデーにはパイを贈ろう、というジョークを、どこかで見た。
3.14、だからパイ(π)だなんて、微妙なジョークだ。

でも、パイを作るのは嫌いじゃない。
もちろん、市販のパイシートなんて使わない。
ちゃんと生地から練り上げて作っていく。

焼き上げると幾つもの薄い層が出来上がるのは、生地をたたんでは伸ばし、たたんでは伸ばしていくからだ。「ミルフィーユ」という名もついているように、千枚の葉が折り重なったようにみえるその様子は綺麗だと思う。
歯ざわりがさくさくしていて、クリームやフルーツにもよく合う。身内の受けもいいお菓子だ。

冷蔵庫で寝かせておいた生地にバターを挟んで伸ばす。三つに折りたたんで、また伸ばす。
俺はこの面倒な作業が割と好きだった。
この作業が、パイのあの美しい層を作り上げていく。
幾重にも、幾重にも。
繰り返し折り重ねられて、美しく形作られていく。

「あ、譲くん。今日は早いんだね」
「先輩。今お帰りですか」
「うん、委員会が先生の都合でお流れになっちゃって…何作ってるの?」
「パイですよ。ホワイトデーの試作品です」
「ホワイトデー?あー、もうそんな時期なんだー」
すっかり忘れてた、という風に口を押さえる先輩。
「譲くんのお菓子、おいしいもんね~。期待してるね」
「はい、期待していてください」

丁寧に、丁寧に。

「将臣くんのはどうせ出来合いでしょ~?…私も市販品だから言えた義理じゃないけどさ。
っていうか、将臣くんホワイトデーのこと覚えてるかどうかも怪しくない?」
「はは、いくら兄さんでもそれはないでしょう。きっといい物を買ってきてくれますよ」
「ホントに~?去年なんて、14日の夜にコンビニで買ってきた『半額』シール貼ってあるやつだったのよ?!」
「あはは、今年はきっと大丈夫ですよ。俺がそれとなく、兄さんに言っておきます」

幾重にも、幾重にも。

「あ、焼けたの?うわぁ、おいしそうだなぁ。味見していい?」
「はい、どうぞ。でも先輩、これから晩御飯でしょう?ほどほどにしてくださいね」
「わかってるわよ~。……ん~、やっぱり美味しい!譲くん本当に料理上手だよね」
「ありがとうございます。おいしいって食べてもらえるのが嬉しいんですよ」
「ホワイトデー、楽しみにしてるね」
「はい、俺も先輩のプレゼント、楽しみにしてますよ」
「あっ、私譲くんにバレンタインチョコもらったんだっけ。うわー、買いに行かなくちゃ」
「あっ…な、何でも構いませんよ。すいません、催促しちゃったみたいで」

綺麗に折り重ねて、包んでいく。

あなたの特別になれなくてもいい。
その他大勢と同じ、まとめ買いの市販品でも、もらえるだけで嬉しいから。
気を使わせるくらいなら、思いを告げずに側にいられたほうがずっといい。
それ以上のことは、望まない。

そう、幾重にも重ねていく。
本音が少しも見えないように、
綺麗な嘘で包んで隠す。

綺麗なところだけを見て欲しいから、
醜い本音を嘘で包んだ。
嫌な自分を見られたくないから、
自分で自分に嘘をついた。

本音なんて、俺自身にだってとっくにわからなくなってた。

「はい、先輩。ホワイトデーのお返しです」

でも、それでいいと。
誰よりも、あなたの笑顔を、ずっと見ていたいから。
俺は自分を、包み続ける。

「譲くーん!」
遠くから聞こえた声に、意識が引き戻される。
「先輩。部活、終わったんですか」
「うん。あと副部長に押し付けてきちゃった」
「え、いいんですか?」
「いいのいいの。今日はホワイトデーだもん、こんな日に部活に出てらんない!」
「…仕方のない人だな」
苦笑しつつも、胸が暖かくなる。
「はい、譲くん、ホワイトデーのお返しだよ」
言って、先輩は満面の笑みで包みを差し出した。
「ありがとうございます。じゃ、俺からもこれ」
手に持っていた袋を先輩に差し出して。
互いの贈り物を交換して、俺たちは微笑みあった。
「ありがとう、開けていい?」
「どうぞ。俺も開けますね」
丁寧に包装された包みを開けると、クッキーの入った箱と、もうひとつ出てきた。
「これ…眼鏡ケース、ですか」
革張りだろうか。シックな色の、高価そうなケースだ。
先輩は照れたように笑った。
「いつも持っててもらえるものがいいなーと思って…よかったら、使って?」
「ありがとうございます。毎日、使いますね」
「譲くんのは…あ、これって……髪飾り?」
箱から出したそれを、日の光に当てるようにして見つめる先輩。
俺は少し恥ずかしくなって、視線を逸らした。
「あ、はい…先輩、いつも髪をピンで留めているから。これも使ってもらえたらと思って」
「へぇ…これ、譲くんが選んでくれたの?」
「はい、一応」
女性しかいないアクセサリーショップに男一人で入っていったときの気まずさを思い出して、少し苦笑する。
「気にいってくれると嬉しいんですけど…俺が選んだから、自信ないな」
「ううん、すっごく嬉しい!こういうの好きなんだ、ありがとう」
先輩は言って、いましているピンを外して、その髪飾りをつけた。
自分で選んでおいてなんだけど、似合っていると思う。自然に顔がほころんだ。
「あとはー、っと…あ、クッキー。わーい、譲くんのクッキーおいしいよね」
「そうですか?ありがとうございます」
「ホワイトデーのお返しって、キャンデーがOKで、マシュマロがダメ…っていうんだっけ?」
「色々聞きましたが、みんな言うことが違うんですよね…」
「そうそう。あ、でも、去年譲くんがくれたパイもおいしかったよ。今年はパイじゃないんだ?」
「あ…はい」
さっきまで考えていたことがオーバーラップして、少し感傷的な気分になった。
でも。
「もう……俺は、包まなくてもよくなりましたから」
「包む?何を?」
きょとんとする先輩。
俺は首を振って、微笑みかけた。
「いえ…何でもありません」

幾重にも折り重ねた俺の嘘を、
こともなげに破り捨てて微笑んでくれたあなた。

ありのままの俺をあなたが受け入れてくれるということが、
今はこんなにも俺を満ち足りた気分にしてくれる。

もう俺は、あなたの前では自分を偽らない。

自分の、本音を。
あなただけには。

“Real intention”2005.3.12.KIRIKA

「遥かなる時空の中で3」譲×望美イベントサイトさんに寄稿した三部作の3作目です。1作目が片思い編、2作目が両想い編、3作目は両方を対比して書きました。ゆずのぞはこの変化が醍醐味です(何度でも言う)
どうでもいいけどホワイトデー=パイはトラアゲで話題にしたから引っ張ってきたんだと思ってます…wもともとはどこかの日記サイトさんで見たんだったかな。パイ美味しいですよねパイ。